狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第69話 VSイザナミ~魔獣降臨~

 聖哉、白蓮、霊夢の3人は一斉に攻撃を仕掛けた。

 霊夢の遠距離からの霊力弾、聖哉と白蓮による拳や蹴りによる格闘戦。

 それを一斉に、しかも互いに互いを邪魔しないように計算された攻撃を前にすれば、如何なる存在とて回避も防御も望めないだろう。

 

――だというのに。

 

「くっ……!?」

「なっ!?」

「コイツ……!?」

 

 3人を相手にする魔王――イザナミはその全てを躱してしまっている。

 表情一つ変えず、迫る嵐のような攻撃を視えているかのように回避するその姿は、異常としか言いようがない。

 驚愕しながらもすぐに次の一撃を繰り出す3人だが、何度攻撃しようとも当たる所か掠りもしない。

 

(当たらない……これだけの攻撃を、防御すらしないってのか!?)

 

 弾かれ、いなされるというのならばまだ理解できる。

 ただ全て躱されるなど、想像もできなければ実際に目の当たりにしても信じられる光景ではなかった。

 人数差を前にしても、このイザナミという存在は自分達の遥か上に位置する実力者だというのか……!

 

「3人がかりでもこの程度か? せめて当ててもらいたいものだが……」

 

「っ、なめんなぁっ!!」

 

 聖哉がイザナミの真横を通り過ぎ、そのまま背後へと周り両腕で首を締め上げる。

 その細首を絞め砕かんとばかりの剛力を込める聖哉だったが……。

 

「がっ……!?」

 

 腹部に衝撃、そのあまりの威力に呆気なく力を緩めてしまう。

 続いて全身に鬼の拳を受けたかのような一撃を受け、聖哉の身体は後方へと吹き飛びながら家屋を破壊し……その瓦礫の中へと消えた。

 

「聖哉さん!!」

 

「他人の心配をしている余裕があるのか?」

 

 一瞬意識を聖哉へと向け隙を見せた白蓮に、イザナミが動いた。

 しかし彼女が放ったのはおよそ攻撃とは思えぬ動作――その場での掌底だ。

 当然白蓮達との距離は離れている、更にその掌底はまるで力が入っておらず無造作に放たれたような粗末なもの。

 

「っ……!!?」

 

 だというのに。

 次の瞬間、白蓮の強化された肉体すら貫く程の衝撃が発生し。

 彼女もまた聖哉と同じように吹き飛ばされ、瓦礫の中へと消えていった。

 

「し、掌圧……だけで!?」

 

「驚く事ではないさ巫女よ。その気になれば今の芸当如き、あの僧にも可能だ」

 

「……」

 

 あまりにも、桁が違い過ぎる。

 強者などという括りでは絶対に収められない、目の前の存在は……ここに居る誰よりも強い。

 それを心の底から思い知り、霊夢の中に初めて相手に対する“恐怖”が芽生え始めた。

 

「余が恐ろしいか?」

 

「っ……」

 

「お前は人間とは思えぬ才に恵まれているようだな、だからこそ……本当の挫折も、恐怖も、何も感じずに今まで生きてきたというわけか。

 だが今お前は初めて恐怖している、余の力に心底震え上がっている。フフッ……可愛いものだ」

 

「見縊るんじゃないわよっ、博麗の巫女である私を嘗めたらどうなるか教えてあげるわ!!」

 

 その場で跳躍し、空中へと浮かぶ霊夢。

 そして彼女は自身の周りに蒼白く輝く陰陽玉を展開させた。

 

「ほぅ……?」

 

「受けてみなさい!!」

 

 その激昂の声が引き金となった、八つの陰陽玉の輝きが臨界へと達した。

 放たれるは純白の極光、月の都全体を包み込むそれは博麗の巫女の最終奥義。

 

「――「夢想天生」」

 

 全てを覆い、照らし尽くす極光がイザナミに迫る。

 如何なる存在すら、その極光を前にすれば対抗する術など持たず。

 やがてイザナミの身体が夢想天生の光に包まれ、かつてのお空のように――

 

 

「――なめるなよ、娘」

 

 

 キンッ、という甲高い音が一瞬響く。

 その瞬間、極光の輝きは初めから存在しなかったかのように消え去り。

 

「――――」

 

 何が起きたのか理解できず、愕然とした霊夢の前に。

 夢想天生の直撃を受けたのにも関わらず、無傷のままのイザナミが。

 彼女の様子を嘲笑うかのように、口元に笑みを浮かべ君臨していた。

 

「まったく、見事なものだ。人間がこれほどの秘術を編み出しあまつさえ扱えるとは……いやまったく、可能性というのは侮れぬ」

 

 それは、紛れもない称賛の言葉であった。

 皮肉でも厭味でもない、純粋な評価をイザナミは告げ、それを使用した博麗霊夢という人間の少女に惜しみない称賛を送る。

 だが、今の霊夢にはそんな言葉など届かない。

 

「……ぁ、あ……」

 

 震えている、全身が。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、身体は動かず口からは掠れた声が漏れてしまう。

 

(殺される……私、殺され、るんだ……)

 

 脅えている、あの博麗霊夢が。

 博麗の巫女としての彼女が完全に心を挫かれ、ただの少女のように脅えている。

 歯をガチガチと鳴らし、瞳には涙を浮かべ、完全に彼女の戦意は失われていた。

 

「ここまでか。まあそれも仕方あるまい、寧ろよくぞここまで戦えたものよ」

 

 口調にどこか失望の色を滲ませながら、イザナミは右手を手刀のように構えた。

 そこに込められる高圧縮された魔力の塊、魔力を込めたその手はまさにあらゆるものを斬り裂く名刀と化していた。

 

「……」

 

「少々拍子抜けだが……ここまでだな、博麗の巫女」

 

 手刀が繰り出される。

 真横から放たれたそれは、無防備となった霊夢の身体を二つに分け。

 

「……………………え?」

 

 霊夢の瞳に、視界を覆い尽くす程の血が映った。

 しかしその血は自分のものではない、ましてや自分の身体には何の傷も痛みも発生していなかった。

 

「っ、ぐ、ぅ……」

 

 それもその筈だった。

 何故なら、イザナミの手刀を受けたのは霊夢ではなく。

 

「…………聖、哉」

 

 彼女を守るために、身を挺して間に割って入り。

 右腕を斬り飛ばされた、犬渡聖哉がその一撃を受けたのだから。

 

「が、ぐ、ぅ……」

 

「聖哉!!」

 

「その身を犠牲にしてまで庇うとは、見事な覚悟……ではあるが、愚行よな」

 

「な、ん……だと……!?」

 

「その娘とは違いお前はまだ戦えた、だというのに戦えぬ者を守り腕を失うなど……本末転倒ではないか?」

 

「……」

 

 そう、イザナミの言っている事は正しい。

 右腕を失った今の聖哉は、もう戦えないだろう。

 かといって霊夢も先程戦意を喪失してしまっている。

 まだ白蓮は生きているし聖輦船にも星達が居るとはいえ……残念ながら、彼女達だけではイザナミを打倒できるとは思えない。

 

「……やっぱり、お前は何も判っていないな」

 

「何……?」

 

「霊夢を守るのが本末転倒? そんな事はない、彼女を……俺の大切な友を目の前で失うくらいなら、俺はいくらでもこの身を犠牲にできるさ」

 

「…………」

 

 はっきりと、迷う事無くそう言い放つ聖哉の瞳には、一片の迷いもなかった。

 それがイザナミにとっては驚愕に値するものであり、同時に――恐ろしく映る。

 

「それに俺はまだ戦える、腕が無くなろうが足が吹き飛ぼうが……生きている限り、戦える」

 

「その闘志は見事と言う他ないが、それだけで余は倒せぬ。

 もう終わりにしよう聖哉、長く苦しませるのは余の本意ではない」

 

「っ」

 

 来る、自分達を確実に殺す気だ。

 霊夢はもう戦えない、彼女ならばいずれこの恐怖心すら乗り越えられるが、その前にイザナミが動くだろう。

 ……強がりを言ったが、聖哉自身もう自分が戦えないと判っている。

 右腕を喪失した痛みは計り知れず血も流し過ぎた、終わりはもう近い。

 

「聖哉さん、霊夢!!」

 

 瓦礫の一部が吹き飛び、そこから白蓮が飛び出し三人の間に割って入る。

 衣服の至る所が汚れているものの、聖哉と違い肉体にダメージを負った様子はない。

 しかしその表情には一片の余裕もなく、また聖哉の状態を見て息を詰まらせた。

 

「……聖哉さん、霊夢と共に聖輦船へ行ってください。そしてそのまま脱出を」

 

「白蓮さん……?」

 

「勝てません、目の前の相手には。今ここに居る全員が協力して戦っても……全滅してしまいます。

 私がどうにか足止めをしますから、聖哉さん達はその間に」

 

「駄目です、そんな事は認められない」

 

 怒気を含んだ声で、聖哉は白蓮の言葉を遮った。

 自分を犠牲にするなど許さない、特に白蓮のような女性を失うなどあってはならないのだ。

 ……矛盾している、自分とて平気でこの身を犠牲にすると言ったというのに。

 無茶苦茶な事を言っているのは聖哉自身理解していた、けれど感情が納得してくれなかった。

 

(だが……どうする?)

 

 状況は最悪、奇跡でも起きない限り覆る事のない窮地に立たされている。

 白蓮を犠牲にする事もせず、イザナミを月から追い出し幻想郷へと帰るなど、全身全霊を懸けたとしてもその結果を手繰り寄せる事などできはしない。

 だけど諦めたくない、都合の良い理想を願う心を失いたくない。

 自分だけでは、そんな奇跡など――

 

「…………」

 

 そうだ、自分だけでは。

 犬渡聖哉だけでは、決して成し得ない奇跡だ。

 ならば――自分以外の力を借りればいい(・・・・・・・・・・・・・)

 

(……ヴァン、頼みがある)

 

〈…………本気、なのか?〉

 

(俺の内に居るのなら、俺が何を望んでいるのか判る筈だ。――俺の身体を、お前に貸す。

 お前は俺よりずっと強い、ならこの状況をなんとかできる筈だ)

 

 自分では成し得ない奇跡でも、ヴァンならば可能かもしれない。

 しかし彼には肉体が無い、故に。

 

〈まだオレの“枷”は全て外れたわけじゃねえ、確かに今の状態でも表に出られるが……お前の身体がそれに耐えられるのか?〉

 

(そんなにキツいのか?)

 

〈ああ。まがりなりにも神代に生きてきた魔獣の力だ、如何に人外であっても妖怪の肉体じゃ……死ぬかもしれないぞ?〉

 

(そっか……だけど、このままじゃ結局死ぬさ。ならヴァンに託す、情けない話だけどな)

 

 自分の力では叶えられない事が、ひどく情けなくて……悔しい。

 けれどその程度で打破できるかもしれないのならば、恥や男の意地などいくらでも捨てられる。

 

〈……お前は本当に馬鹿野郎だよ。他人が傷つくのは耐えられないくせに、自分が傷つく事なんざいくらでも耐えられる。お前にだって……お前の為に泣いてくれるヤツが、幾らでも居るんだぞ?〉

 

(死なないさ俺は、どんなに苦しくたって我慢する。だって俺はまだ椛に……答えを返していないんだ)

 

 それは、精一杯の強がりだった。

 だけどヴァンは何も言わない、ただその決意だけを汲み取った。

 

〈なるべく早く済ます。だからお前は耐える事だけを考えろ、いいな?〉

 

(ああ、頼む。実を言うとちょっと恐いんだ)

 

〈…………頼むから、耐えてくれよ〉

 

(余計恐くなったよ)

 

 冗談めかした口調で言ってから、聖哉は大きく深呼吸を数度繰り返す。

 

「白蓮さん、霊夢と一緒に聖輦船に戻っていてください」

 

「え……?」

 

「お願いします。もしかしたら……なんとかなるかもしれませんから、でもその為には二人には安全な場所に居てほしいんです」

 

「ですが……」

 

「お願いします白蓮さん、今は俺を信じて……離れていてくれ」

 

「……」

 

 決意と不安に満ち溢れた瞳。

 それを見て、白蓮は何も言えなくなってしまった。

 彼一人でこの状況を打破できるとは到底思えない、だが……その言葉には従わなければならないと思った。

 それだけの“重み”が、今の言葉に込められている。

 

「……霊夢さん、いきましょう」

 

「えっ!? だけど……」

 

「霊夢、戦えないだろ? ならここに居たって何の意味もない事ぐらい判る筈だ」

 

「っっっ」

 

 おもわず聖哉を睨もうとした霊夢だったが、歯を食いしばり俯く事しかできなかった。

 正論だったからだ、今の彼の言葉は。

 今の自分は戦えない、イザナミに対峙するだけで身体が震えている者がどうして戦えるというのか。

 

「話は、終わったか? ではそろそろ終わりにしよう」

 

「っ、急げ!!」

 

 敵はもう待ってはくれない、聖哉は叫び白蓮と霊夢は急ぎその場を離れ始め聖輦船へと向かっていく。

 イザナミは視線こそ送るものの、無防備な彼女達を迎撃しようとはしない。

 見逃すというわけではない、いずれは殺すが……今は二人に構っている余裕はなかった。

 

「何かするつもりのようだな、聖哉」

 

「……」

 

 何か仕掛けてくる、それが判るからこそイザナミは聖哉から意識を逸らさない。

 対する聖哉は無言のまま、最後に大きく深呼吸をして。

 

 

――瞬間、彼の中からこの世の者ではないモノが姿を現した。

 

 

「――――」

 

 イザナミの顔から、余裕の色が消え去った。

 ――何かが、来る。

 犬渡聖哉の肉体から、彼ではないナニカが這い出てくる。

 それは今の世界には存在しないモノ、かつて神々が当たり前のように地上へと君臨していた神代の存在。

 

「――時間がねえんだ。すぐに済ませるぞ」

 

 彼の口から、彼ではない者の声が放たれる。

 同時に火山の噴火のように放出される黒いオーラ、その勢いと力の密度は犬渡聖哉のものとは比べものにならない程に強い。

 

「貴様、何者だ?」

 

「時間がねえって言ってんだろ。悪いがテメエなんぞと悠長に話している暇はねえんだよ」

 

 無造作に噴出していた黒いオーラが、再生した右腕(・・・・・・)へと集まっていく。

 ただ集まっているわけではない、収束と圧縮を繰り返すオーラの密度は更に上がり、破壊力を向上させていく。

 

「……聖哉の内側に何か居るとは思っていたが、成程……それが貴様か」

 

 イザナミの口元に笑みが浮かぶ。

 愉しめる玩具を見つけた子供のように笑う相手に、ソレ――ヴァンの瞳に絶対零度の殺意が宿った。

 

――表に出てくる事は成功した。

 

 第二の“枷”が外れたお陰だろうとヴァンは理解すると同時に、やはりまだ自分が長く表に出る事は出来ないという事も理解した。

 秒単位で力が抜けていく、このままでは何もせずとも数分で犬渡聖哉の肉体は瓦解するだろう。

 それだけヴァンが流出させる力が凄まじい事を意味しており、だからこそ彼は――次の一手だけに全てを懸ける。

 

 力を右腕一本だけに収束させていく。

 狙うは相手の絶殺のみ、ならば今放てる全力を駆使するだけ。

 

「仕掛けるか? 良い、好きにしろ」

 

 両手を広げ、まるで受け入れるような体勢を見せるイザナミ。

 何を放とうとも自分には届かぬ、そんな絶対的な自信が見えるその姿に、ヴァンは怒りを覚えた。

 しかしそれは自分を完全に見下しているからという理由だけではなく。

 

――今も必死に耐え続けている聖哉の想いを、踏み躙っているからであった。

 

 そう、彼は今自らの内側で必死に耐えている。

 ヴァンが放つ力の奔流に呑まれないように、自分自身が消えないように耐え続けているのだ。

 全てはイザナミを打倒し、守りたいと願った者達を守るため。

 ただその理由だけで、彼は想像を絶する痛みに耐えているというのに。

 

「――殺す」

 

 今の自分が出せる全てを総動員させ、目の前の存在を捻じ伏せる。

 怒りと憎しみを力に変え、ヴァンの右腕は深淵よりも深い闇のオーラで完全に包まれた。

 イザナミは動かない、その無防備な身体にしっかりと狙いを定め。

 

「――――狼王牙(グラム・ファング)

 

 神速を超えた速度を以って、相手の急所を狙い撃つ……!

 

「っっっ、ぬ、ぅ……っ!?」

 

 舞い散る鮮血。

 ヴァンの突きは容易くイザナミの身体を貫き、くぐもった呻き声を上げさせる。

 

「ぬ、ぅ……余の肉体を貫くか……」

 

「余裕かましてるからだ、それじゃあ――いただくぜっ!!」

 

「むっ……!?」

 

 突如として、イザナミは疲労感に襲われ始めた。

 何か、身体の奥から力を吸い取られているような感覚……。

 

「貴様、余の力を……」

 

「言っただろ、余裕かましてるからだって。本音を言えば喰いたかねえが……テメエの力は聖哉の力になるからなぁっ!!」

 

「むうぅぅ……離れろ!!」

 

「うぉ……っ!?」

 

 ヴァンを突き飛ばし、貫かれていた右腕を抜き取るイザナミ。

 しかしかなりの力を取り込まれたのか、激しい喪失感に襲われるが……。

 

「ふ――――ふはははははっ!!」

 

 一体何が可笑しいのか。

 突如としてイザナミは、口元を歪ませ腹を抱え笑い出した。

 

「あ……?」

 

「いやまったく……神代の魔獣すら手懐けるとは、余の想像を軽々と超えるものよ」

 

「手懐けられた覚えはねえがな」

 

「……ああ、そういえばまだ褒美の話をしていなかったな」

 

(…………コイツ)

 

 かなりの力を取り込んだというのに、イザナミの様子は先程と変わらない。

 とはいえ弱っているのは事実だろう、このまま一気に。

 

「余を楽しませてくれた礼だ。今回はここまでにしよう」

 

「……なんだと?」

 

「それと今後一切月に手を出さないと誓おう。元より月に来たのも月夜見達に一泡吹かせてやろうという個人的感情があったからなのでな、もう充分に目的は達成できた」

 

「……」

 

 理解できない、言っている意味が判らないのではなく。

 イザナミは本気で、上記の言葉を放ち自らの負けを認めている事が理解できなかった。

 これも余裕の表れなのか、それともヴァンの力に恐れをなしているのか。

 そのどちらでもないのか……それが判らないから、ヴァンは困惑した。

 

「それにこれ以上の戦いはお前にとっても望むものではないだろう? どうやら、まだ完全にその肉体を扱えるわけではないようだからな」

 

「……」

 

「ここで決着を着けるのもまた一興だが、余興というものは余すことなく愉しむ方が良い。

 ――聖哉に伝えておくといい、存外に楽しめたと」

 

 イザナミの身体が、少しずつ透け始める。

 魔界に戻るつもりだ、しかしヴァンは追撃を仕掛けない。

 このまま一気に始末する……そう思ったのだが、獣の本能とも呼ぶべきものが警鐘を鳴らしているのだ。

 

 これ以上は無謀だと、ここはおとなしく退かせるべきだと。

 何故そう思ったかは彼自身も判らない、ただ……イザナミの言葉通り、限界が近いのも理由にあるのかもしれない。

 

「ならオレからも聖哉からの伝言を伝えておく。――次は、俺自身の力で殺すだとよ」

 

「そうか。それは楽しみだ」

 

 本当に楽しそうにそう告げ、イザナミの身体が完全に消え去る。

 周囲にはヴァン以外の存在は居らず、念の為“眼”を使うが本当にイザナミ達は月から撤退したようだ。

 

「っ、チッ……もう無理か、聖哉」

 

 地面に降り立ち、そのまま背中から倒れ込む。

 ……もう聖哉の精神が保たない、思っていた以上に彼に掛かる負担が大きかった。

 

(こりゃあ、イザナミの野郎に助けられたな……)

 

 あのまま戦闘を続けていたら、おそらく聖哉の精神が焼き切れていた。

 イザナミもそれが判っていたのかもしれない、かといって優しさから見逃したというわけではないようだが。

 

「後は、巫女の嬢ちゃん達に任せるか……」

 

 視界の隅に此方へと向かってくる霊夢達の姿を確認してから、ヴァンは静かに目を閉じる。

 そしてそのまま、沈むように眠りの世界へと向かっていった……。

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