狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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かつての山の支配者である鬼、その中でも“山の四天王”と恐れられる伊吹萃香が突如として山へと侵入してきてしまった。

事を穏便に済ませるために、聖哉は萃香に勝負を挑む事になってしまったのだが……。


第7話 VS萃香~引き出される力~

 上段からの振り下ろし。

 地を蹴り、一息で間合いを詰めた聖哉は鬼の少女、伊吹萃香を粉砕する勢いで大剣を振るった。

 

「っ……」

 

「思ったよりは速いね、ちょっと驚いたよ」

 

 しかし、相手は規格外の生物である鬼。

 彼の全力の一撃は、軽々と右手一本だけで止められてしまっていた。

 

 すぐさま剣を引こうとする聖哉であったが、力を込めてもピクリとも動かない。

 見ると、萃香の指が大剣の刀身を掴んでいる。

 掴むというより摘んでいるという表現の方が正しいそれだけの行為で、彼女は聖哉の腕力と拮抗してしまっていた。

 

 なんという怪力か、わかっていた筈だが改めて鬼の出鱈目さを聖哉は痛感する。

 

「ぐっ、く……りゃあっ!!」

 

 全身に力を入れ直し、萃香の指から強引に大剣を離れさせ、距離を離す聖哉。

 後退しながら彼は自身の周りに妖力で生成した風の刃を展開し、萃香に向かって撃ち放った。

 

「……痒いなあ、それで攻撃のつもりなの?」

 

 だが無意味、避ける事も防ごうともせず萃香は向かってきた風の刃を真っ向から受け止め霧散させる。

 舌打ちしつつ聖哉は再び踏み込み、相手の胴を薙ぐ横殴りの一撃を。

 

「遅い」

 

「なっ……」

 

 萃香の姿が視界から消えたと理解した時には、遅すぎた。

 右腕を掴まれた、すぐに離れようとして――聖哉の身体が宙に浮かび上がる。

 片腕だけで萃香は聖哉の身体を掴み上げ。

 

「ぬんっ」

 

「がっ、は……!?」

 

 そのまま勢いをつけ、地面に向かって叩きつける……!

 

 爆撃めいた音を響かせ、地面に小さなクレーターを生み出すほどの破壊力を放つ鬼の怪力。

 その衝撃をまともに受けた聖哉は、地面に沈んだままの身体を起き上がらせる事もできず、そのまま意識を失ってしまった……。

 

「……まあ、こんなもんか」

 

 わかりきっていた結果が訪れただけだ、いくら加減した所で白狼天狗に苦戦するほど“もうろく”していない。

 立ち向かってきた気概だけは認めよう、だがそれだけだ。

 じゃあね、地面に沈んだままの聖哉に短くそう告げ、萃香は天魔の元へと向かおうとして……動かしたばかりの足を止めた。

 

 聖哉を助けてあげようと思ったわけではない、まがりなりにも天狗なのだからあんな程度で死ぬわけがないからあのまま放っておくつもりだ。

 ならば何故足を止めたのか、その理由は……まるで気配を感じさせないまま現れた、少女の相手をするためであった。

 

「まさかのノーダメージとは想定外、さすが鬼というべきかそこの天狗があまりにも弱すぎたせいなのか。どっちなんだろ」

 

「……誰だい? 山の妖怪じゃなさそうだ」

 

「こりゃ失礼を。拙者の名は“睦月”、しがない傀儡師ですぜ。あえて名乗るとするならば……鬼殺しの傀儡師とでも呼んでくだせえ」

 

 飄々とした態度で、睦月と名乗る少女は萃香を完全に馬鹿した様子で芝居がかった名乗りを上げる。

 しかし萃香は彼女に抱く事はなく、むしろ自分を前にしてここまでふざけられる胆力に感心した。

 

「それで、一体何の用なのさ?」

 

「いやー……某としてはさっきの戦いに便乗して、どさくさ紛れに襲い掛かって鬼であるテメエを傀儡にしてやろうと思ったわけですよ。

 だっていうのに全然弱ってないとか、白狼天狗の弱さにビックリですわー」

 

 大袈裟な動作で、睦月は聞き捨てならない言葉を放ち、萃香は静かに拳を握り締めた。

 鬼である自分を完全に見下しているその態度はもちろんのこと、傀儡にしようなどと恐れ知らずにも程がある。

 

「よくわかった、つまり……あんたはここでぶっ飛ばされたいって事だね?」

 

「おや恐い、酔っ払いが無理しちゃ身体に響く――」

 

 爆音が響く。

 睦月が最後まで言い終わる前に、萃香は情け容赦なく相手を殴り飛ばした。

 鬼の怪力により、睦月の小柄な身体は容易く吹き飛び後ろの木々の中へと消えていった。

 なんと呆気ない事か、反応すらできなかった相手の無様さに笑いさえ起こらない。

 

「口だけは達者だね、何の妖怪かはわからないけどもう少し身の程を」

 

 

 身の程を弁えろ、そう告げようとした時には……全てが終わってしまっていた。

 

 

 ――首筋に違和感。

 針で軽くつつかれたような小さな痛みが走ったと思った瞬間、萃香の身体がその場で崩れ落ちる。

 

「は……えっ……?」

 

 立ち上がろうとして、全身から力が抜け落ちてしまっている事に彼女は気づく。

 同時に全身を包み込むような甘い痺れに襲われ、自身の身体に何が起こったのか理解できぬ彼女の耳に、愉しげな声が響き渡る。

 

「ちょろいなー。ホントに力のある妖怪っていうのはどいつもこいつも慢心があるから、付け入りやすいことこの上ない」

 

 木々の隙間から現れるのは、先程萃香に殴り飛ばされた睦月であった。

 殴られた箇所、胸部に風穴を開けながらも彼女は何事もなかったかのように萃香へと歩み寄っていく。

 

「あん、た……なん……」

 

 声がうまく出せず、まともに身体も動かせない萃香は相手を見上げる事しかできない。

 その滑稽な姿に睦月はニヤリと口元にゆがんだ笑みを浮かべながら、萃香の首筋へと手を伸ばす。

 そして彼女は、萃香の首から目を凝らさねば見えぬ程に細い針のような物を抜き取った。

 

「これはわちきの“髪の毛”、束縛と麻痺の魔法を施したコレをテメエにぶっ飛ばされると同時に突き刺したってわけ」

 

「なる、ほど……魔法使い、か……じゃあ、その変な身体、も……魔法なのかい?」

 

 萃香の拳によって風穴が開いている睦月の胸部。

 その中から、光沢のある金属片が見え隠れしていた。

 

「凄いでしょー? これは魔法じゃなくて機械の身体だよ、まあ時代錯誤な幻想郷の住人じゃわかりっこないだろうけど。

 ……さて、じゃあそろそろこっちの目的を果たすとしようかねえ」

 

「ぐっ……」

 

 睦月の髪が生物のように蠢き、1つの束となって萃香の身体に突き刺さる。

 痛みはない、だがその代わりとばかりに酷い喪失感に襲われた。

 自分の存在そのものを吸い取られているような、耐え難い苦痛に萃香は苛まれていく。

 

「うおー……これが鬼の力かあ。えっと能力は……密と疎を操る? なんかよくわかんない能力だなー」

 

「こい、つ……!」

 

 吸収されている、比喩ではなく文字通りの意味で睦月は萃香の力を己のものにしようとしている。

 現に萃香の中から妖力が少なくなっていくと同時に、睦月の身体からは際限なく力が溢れてしまっている。

 このままでは拙い、ただでさえ得体の知れないというのに鬼の力まで宿ってしまっては手が付けられなくなってしまう。

 

「ぐ、ぐ……」

 

「はいはい。慌てなくても吸い取りきったら殺してあげるから待ってなって」

 

 さらりと残酷な言葉を放ってから、睦月は一気に力を吸い取ってやろうとして。

 

 

「おい」

 

 

 いつの間にか、自分の眼前にまで近づいていた聖哉に胸倉を掴まれ。

 抵抗する間もなく、睦月は彼に殴り飛ばされた。

 同時に萃香の身体に突き刺さっていた髪も抜け、ぐらりと力なく崩れ落ちそうになる彼女を聖哉は慌てて駆け寄り抱きかかえる。

 

「伊吹様、大丈夫ですか!?」

 

「あーうん……完全に油断したよ、まったく情けない……」

 

 力なく笑う萃香、既に彼女の身体には殆ど力が残されていなかった。

 満足に指さえ動かせないまでに衰弱してしまっている、そこに“山の四天王”と呼ばれる偉大さは微塵も感じられない。

 

「……逃げた方がいいよ。アイツ……私の力を奪いやがった」

 

「…………」

 

 そんな事、言われなくてもわかっている。

 おもいっきり、加減なんて微塵もせずに殴り飛ばした。

 なのに睦月の身体にはさしたるダメージはなく、何事もなかったかのように起き上がった姿を見れば、相手が自分より遥かに強いというのはすぐにわかる。

 かといって逃げる事は叶わない、挌上の相手から逃げる算段など存在しないし……何よりもだ。

 

「弱いくせに逃げない忠犬っぷりは褒めてあげる、けどさあ……邪魔されて黙っていられるほど寛容じゃないんだよ、わっちは」

 

「お前は何者なんだ? 伊吹様の力を奪ったその能力は一体」

 

「遺言はそれでいい? じゃあ……殺すぞ?」

 

 こんな危険な存在を、このままにはしておけない。

 だが目の前の相手を止める手段は存在しない、ましてや今の相手は萃香の力を吸収してしまっている。

 

(どうすればいい? 今の俺の力なんかじゃ……)

 

 思考を巡らす、と……聖哉は、懐にしまっていたあるモノを取り出した。

 何の変哲もない巾着袋、これは前に八雲紫から半ば強引に譲り受けたものだ。

 

“厄介な状況になったら開けてごらんなさい、きっと助けになるでしょうから”

 

 彼女はそう言っていた、正直その言葉を信じているわけではないが……聖哉は藁をも縋る思いで袋を開ける。

 中から出てきたのは……一片の紙と、小さな飴玉のような球体の物体であった。

 すぐに紙へと目を走らせる聖哉、そこには達筆な字で。

 

“食え”

 

 簡潔に、ただその一言だけが書かれていた。

 その字に面食らう聖哉、今にも襲い掛かられそうな状況だというのに思考が鈍るほどに意味不明な内容だったからだ。

 しかしすぐさま我に返った彼は、迷わずにその玉を口に含み一気に噛み砕いた。

 

 この状況がこんなもので打開できるとは思っていない。

 だが迷っている暇も疑問に思う隙も、今の聖哉には残されていなかった。

 今は紫の事を信じるしか道はなく、そして。

 

――その効果は、すぐに彼の身体から現れた。

 

「っ!? う、おぉ……っ!?」

 

 最初に襲い掛かってきたのは、圧迫感。

 全身の筋肉が膨張し、内側から破裂しそうな感覚が、訪れる。

 否、それは決して比喩表現ではなく……瞬く間に彼の身体が“肥大化”していった。

 

「ぐ、あ、うぅ……」

 

 ボンッ、という破裂音のような音を響かせ、聖哉の身体が大きくなる。

 既に大柄であった彼の身体は更に伸び、二メートルを優に超える巨人と呼べる域にまで成長していた。

 

「ふーっ……ふーっ……」

 

 息が乱れる、全身からマグマのような力が溢れ出しそうになるのが止められない。

 なんでもいいから暴れまわりたい、そんな思考で精神を乗っ取られてしまいそうだ。

 

「……ちょっと吃驚した、何ソレ手品?」

 

「ふーっ……ふーっ……」

 

 その声を耳に入れた瞬間、聖哉の姿がその場から消えた。

 刹那、周囲に響く凄まじい打撃音。

 

「ごぼ……っ!?」

 

 顔が変形してしまったと勘違いしてしまうほどの衝撃を受け、睦月の身体が地面を削りながら吹き飛んでいく。

 

「がっ、ぎ……!?」

 

 次に背後からの衝撃、背中を蹴り上げられ宙に吹き飛ぶ睦月に一瞬で追いつく存在が居た。

 それは先程まで彼女が雑魚だと完全に侮っていた聖哉であり、しかし今の彼は先程とはまるで別人のように変貌していた。

 全身の筋肉を膨張させ、瞳には野生の眼光を覗かせている。

 明らかに強さが増している、先程食べた玉が作用しているようだが……。

 

「ひゃはははああああっ!!」

 

「っ!?」

 

 聖哉の拳が睦月の身体を殴り飛ばすと同時に、睦月の蹴りが聖哉の顔を蹴り飛ばす。

 互いの衝撃で勢いよく両者は地面に叩きつけられ、すぐにどちらも立ち上がった。

 

「ぐ、う……」

 

「はぁぁぁぁ……いいね、そんな底力があったとは思わなかったよ」

 

 全身から血を流しながらも、睦月の表情は余裕そのものだった。

 一方、聖哉は息を乱し意識も朦朧としているのか虚ろなものになってしまっている。

 

「けどイタチの最後っ屁って感じかな? その力……まだ保てる?」

 

「…………」

 

「どうやらさっきので自分の中の力を引き出したみたいだけど……どう見ても白狼天狗が持つ力じゃない。当然そんな力を満足に扱えるわけないよねえ?」

 

「黙ってろ、すぐにそのヘラヘラした顔面をぶっ飛ばしてやるからよ!!」

 

 言うと同時に、聖哉は動いた。

 宣言通り、睦月の顔面を殴り砕こうとして右の拳を放ち。

 

「――無理だって、わからない?」

 

 その一撃を、軽々と回避され。

 聖哉の腹部を、睦月の拳が貫いた。

 

「ぐ、が……!?」

 

「キャッハァァァァァッ!!」

 

 狂気の声を上げながら、睦月は尚も追撃を繰り出していく。

 聖哉の腹部から腕を抜き取り、その腕で睦月は何度も聖哉を殴り続ける。

 更に睦月は両手で聖哉の頭部にある白狼天狗の耳を掴み上げ。

 

「ハハアァァァァッ!!」

 

 容赦なく、笑いながら力づくで引き千切りゴミのように投げ捨てた。

 耐え難い激痛が彼を襲い、意識が途切れてしまいそうになる。

 だが聖哉はまだ倒れない、頭から流れる血で顔を真っ赤に染め上げても、ただ一点に睦月を睨みつけていた。

 

「トドメェッ!!」

 

 それを不快そうに睨みながら、睦月は一層狂気に満ちた声を上げ。

 聖哉の心臓を砕こうと、拳を放ち。

 

「――――」

 

「……馬鹿なヤロウだ、遊んでるから……格下相手に出し抜かれる」

 

 睦月の拳が、聖哉の左腕に掴まれ止められた。

 ……満身創痍な状態で、彼は相手の最後の一撃が来るのをずっと待ち望んでいた。

 渾身の一撃を確実に命中させる為に、ただひたすらに耐え抜き……その時が訪れた彼は、全身全霊の力を抜き取った大剣へと込め。

 

「テ――」

 

「くらいやがれぇっ!!」

 

 睦月が動く、その前に聖哉は抜き取った大剣を上段から振り下ろした。

 その斬撃は睦月の身体に深々と裂傷を刻ませ、しかしまだ彼の攻撃は終わらない。

 

「おらぁっ!!」

 

 二撃目、横薙ぎの一撃が睦月の身体に叩き込まれる。

 

「こいつで……終わりだぁっ!!」

 

 大剣を両手で握り締め、柄の部分が悲鳴を上げる程にまで力を込めてから。

 

「うおおおおりゃあっ!!」

 

 刀身を根元付近まで突き刺してから、力任せに横に振るい、睦月の身体を破壊した。

 もはやかろうじて胴が引っ付いているという状態にまで陥った睦月の身体は、誰が見ても手遅れなものだ。

 ……だというのに、彼女はまだ生きているばかりか、聖哉に向かって憎悪の視線を向けていた。

 

「テメエエエエエエッ!!」

 

「ちっ、コイツ……くたばりやがれええええっ!!」

 

 振り下ろされる剣戟。

 彼の咆哮と共に放たれた斬撃は、今度こそ睦月の身体を左右2つに分け……沈黙させた。

 

「っ、~~~~~~っ」

 

 2つに分かれた睦月の身体が地面に崩れると同時に、もう耐えられないとばかりに聖哉は大の字になって地面に倒れ込んだ。

 

「はぁ、はぁ……くそっ、もう動けねえ……」

 

 残り全ての力を使い切った、もう指一本動かす程の余裕すら今の彼には存在していない。

 ……できるのならば、生きたまま捕縛したかったが仕方ない。

 相手の正体は判らずじまいとなってしまったが、殺さなければこちらが殺される状況でそれ以上の事は望めなかった。

 

「……たいしたもんだね、もしかして私との喧嘩では手加減していたのかい?」

 

「ご冗談、を……そんな恐れ多い事、できるわけ、な……い……」

 

「? どうしたんだい……?」

 

 突然沈黙した聖哉の顔を覗き込む萃香、すると彼は目を閉じ意識を失っていた。

 力を使い過ぎた反動だろう、幸い呼吸はまだ荒いものの少しずつ安定してきている。

 これならば命に別状はあるまい、とはいえこのまま放っておくのは拙い……が、今の萃香も殆ど力が残されていなかった。

 

「……よっこらしょっと」

 

 結果、彼女は聖哉の隣に寝転がり、眠る事にした。

 動けないのはこちらも同じなのだ、その内そこらの天狗が自分達を見つけてくれるだろう。

 そう楽観視しながら、萃香はすぐに眠りの世界へと旅立っていく。

 

「助かったよ白狼の小僧、ありがとね……」

 

 自分を救ってくれた英雄に、感謝の言葉を述べながら……。

 

 

 

 

 




【簡潔なキャラ紹介】

・睦月
今回聖哉と戦った謎の妖怪。
生物だが身体の半分以上は機械の身体で構成されており、他者の力を奪う能力を持つ。
一人称は安定せず常に他人に対しふざけきった態度を取る情緒不安定さと残虐さを合わせ持つ。
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