狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第72話 宴会~穏やかな時~

 ――博麗神社での宴会が始まった。

 今回はかなり規模の大きなものなのか、神社の境内は人妖様々な人物によって埋め尽くされ、皆が思い思いに楽しんでいる。

 その中で今回の主役とも呼べる犬渡聖哉は……今すぐにこの場を離れ静かな場所へと移動したかった。

 というのも。

 

「はふぅ~、はふぅ~……」

 

「もふもふ……聖哉さんの尻尾、こいしの言う通り前よりパワーアップしてますね……」

 

 早苗とさとりが、彼の尻尾を遠慮とか躊躇いとか微塵も感じさせない勢いで触り続けているからである。

 まあそれは百歩譲っていいとしよう、本当は今すぐに尻尾で往復ビンタしてやりたいが酒を楽しめば無視する事はできる。

 しかし。

 

「おにーさん……ぎゅーっ」

 

「お空さん、もう少しそっちに……ああ先輩、頭ナデナデやめないでくださいっ」

 

「ちょっと椛、少し変わりなさいよ!! お空でもいいから!!」

 

「やーだよー」

 

 椛とイリスとお空が、腹部に顔を埋めるように抱きつき、更に頭を撫でるようにせがんでくるのだから参ってしまう。

 結果、今の聖哉は一歩も動く事ができないばかりか両手も塞がっており、宴会だというのに酒も肴も楽しめない状況に陥ってしまっていた。

 

「相変わらず素晴らしい観察眼ですね、さすが地霊殿の主」

 

「貴女もその若さで素晴らしい才を持っています。現人神は伊達ではないという事でしょうか」

 

 何か通じ合うものがあったのか、人間と妖怪という種族の違いがありながらも早苗とさとりはお互いに確かな友情が築かれたのを感じていた。

 それだけならば素晴らしい光景である、ただその間にも聖哉の尻尾をモフり続けているものだから台無しであった。

 そんなに尻尾が気に入ったのならこれでぶっ叩いてやろうか、そう思う聖哉だが流石に実行に移そうとは思わない。

 相手は女の子だしそんな事をすれば大惨事になるというのもあるが、今のこの状況は決して悪い事ばかりではないからだ。

 

「えへへ……おにーさん」

 

「ほらセーヤ、もっと撫でなさい」

 

「先輩、ぎゅー……」

 

 まるで磁石のように引っ付いてくる椛とイリスとお空の3人の姿が、聖哉の心を和ませてくれているからである。

 なんと可愛らしい行動を見せてくれるのだろうか、口元を緩ませ幸せそうに微笑む3人を見ると聖哉も自然と笑みを浮かべてしまう。

 

(ただ、いつまでもこのままはなぁ……)

 

 いい加減酒や料理を楽しみたい。

 しかし後ろの2人はともかく前の3人を離れさせるのは少々可哀想に思え、口には出せなかった。

 さてどうしたものか……そんな事を考える聖哉の前に、一人のメイドが歩み寄る。

 

「……聖哉様、お食事をお持ちしました」

 

「咲夜……?」

 

「その状態では何もできないと思いまして、勝手とは思いましたが」

 

 そう告げる咲夜の両手には、一升枡になみなみと注がれた清酒と皿に盛られた様々な料理が握られていた。

 どうやら今の彼の状態を見て気を遣ってくれたらしい、なので聖哉は「ありがとう」と告げ近くに置いてくれるように頼んだのだが。

 

「――はい、あーんしてください」

 

 何を思ったのか、咲夜は一度酒と料理の入った皿をシートの上に置き、料理の一つを聖哉の前に差し出してきた。

 魚の煮付けを箸で掴み、口を開けるように促してくる咲夜。

 

「いや、咲夜……」

 

「両手が塞がっていますでしょう? はい、あーんです」

 

「……」

 

「あーん」

 

 口をぽっかりと開け、ひたすらに「あーん」を繰り返してくるメイド長のその姿は、有無を言わさないものであった。

 しかし恥ずかしい、色気など無いが美女美少女に囲まれた状態で更なる美少女に「あーん」をしてもらうというのは、精神的にクるものがある。

 とはいえ彼女も善意でやっている事だ、そこに余計なからかいとか悪戯心などは存在しない…………筈。

 

「…………あー」

 

 なので聖哉は諦め、おとなしく口を開いた。

 そんな彼に咲夜はどことなく嬉しそうに表情を緩めつつ、料理を彼の口に運んだ。

 

「……美味い」

 

「それはよかった。聖哉様に喜んでほしくて頑張った甲斐があったというものです」

 

 気を良くしたのか、咲夜は次なる料理を聖哉の口へと運ぼうとする。

 いやちょっと待て流石にこのまま続けるのは恥ずかしいからやめてくれ、苦笑しながらそう訴える聖哉だが……メイド長には届かない。

 それどころかなんだか楽しくなってきた咲夜は、今日はずっとこのまま彼に料理や酒を食べさせようとすら思い始めていた。

 

(なんでしょうかこの気持ち……楽しいというか、聖哉様が喜んでくださると……こちらも嬉しくなる)

 

 レミリアやフランに喜んでもらうとは、また違う感覚だ。

 この感覚は一体何なのか、疑問に思いながらもこの感覚は心地良いのであまり深く考えない事にした。

 

「――見てくださいなレミリアさん、犬渡さんってばあんな状態でありながらうちのメイド長に世話されていますわ」

「本当ですわねフランさん、あんな図体でなんて子供っぽいのでしょうか」

 

 わざとらしい口調で話し合いながら、ニヤニヤと微笑みつつ聖哉達を眺めるのは……スカーレット姉妹。

 完全にからかっている、それが判るから聖哉は全力で2人を睨みつけるが、今の彼の状態を見れば迫力など微塵もありはしない。

 

「……むー、先輩にあーんをするなんて羨ましいです」

 

「ちょっとそこのメイド、代わりなさいよ!!」

 

「あなた達は聖哉様にめいっぱい甘えているからいいじゃないの。私だって……」

 

「? 私だって、なーに?」

 

「……とにかく、聖哉様のお世話は私がするからあなた達はそのまま甘えてなさい」

 

「ダ、ダメです。先輩のお世話は私の役目なんですから!!」

 

「ちょっと椛、なに一人で抜け駆けしようとしてるのよ!!」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと言い争い始める椛達。

 その中心に居ながら既に蚊帳の外になってしまった聖哉は、自分が原因であると理解しつつもこの場から離れたかった。

 

「聖哉さんも大変ですねえ……もふもふ」

「本当ですねえ……はむはむ」

 

「そう思うならなんとかしてくれよ早苗にさとり、ってかさとりは尻尾を甘噛みしないでくれ……」

 

 ああ、尻尾がまた唾液で汚れていく。

 違う意味でここから離れたくなりながらも、聖哉は暫しの間この喧騒の中でひたすら耐え続けるのであった……。

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 ため息を吐きつつ、神社の隅にある井戸にて尻尾を洗う聖哉。

 結局言い争いは終わらず、最後は煩いと一喝した霊夢の怒声を発端に弾幕勝負が始まってしまった。

 めちゃくちゃになる宴会会場……とはならず、そこは流石幻想郷の住人達か。

 すぐさま酒やつまみを避難させつつ、野次を飛ばしながら誰が勝つのかを賭け始める始末。

 

(なにはともあれ、助かった……)

 

 原因の一端なので少々心苦しいが、楽しそうな声が聞こえる辺りあまり気にしなくていいのかもしれない。

 さてどうするか、このまま宴会に戻るのは御免なので、暫く隅の方で静かに佇んでいるのがいいかもしれない……。

 

「――あんたも大変ね、聖哉」

 

「姫海棠様……じゃなかった、はたて」

 

「よしよし、山に居た頃の調子で様付けされてたら天狗キックかましてた所よ」

 

「そこまで……?」

 

「当たり前じゃない、文は呼び捨てで読んでるのに」

 

(判るような判らんような……)

 

 まあ、はたてとしては譲れないものなのだろう。

 そう心の中で納得してると、聖哉はいきなりはたてに腕を掴まれ引っ張られ始めた。

 

「はたて、どうしたんだ?」

 

「椛達が居るとアイツも困るでしょうから、今のうちなのよ」

 

 よくわからない事を言いつつ、はたては聖哉を引っ張ったまま神社の裏側へと向かっていく。

 一体何が……そう思いながら聖哉はおとなしくついていくと、そこには見慣れた女性の姿が。

 

「……文?」

 

「あ……」

 

「ほら、連れてきたわよ。後は自分でなんとかしなさい」

 

 そう言うと、はたては聖哉の背中を強く押し文の前まで移動させた後、その場を後にしてしまう。

 

「……」

「……」

 

 その場に残される2人、わけがわからず聖哉は困惑しつつも文へと話しかけた。

 

「えっと……久しぶり、だな」

 

「そ、そうですね……はい」

 

「……?」

 

 そっけない態度、視線すら合わせようとしない文に聖哉は首を傾げる。

 なんだか文の様子がおかしい、前に宴会で会った時は「これからは対等の友人になろう」と言って気さくになったというのに。

 何かしてしまったのだろうか……そう思う聖哉だが、思い返しても何も浮かんでこない。

 

「あ、あの……」

 

「ん?」

 

「えっと、その……今回は、大変だったようで……」

 

「ああ、けどみんなのおかげで戻ってこれたんだ。もしかして、心配してくれたのか?」

 

「あ、当たり前です。貴方が目覚めないって聞いて私がどんな気持ちで……」

 

「……ごめん、迷惑掛けたな」

 

「ち、違います。そうじゃなくて……謝らなければいけないのは、私の方で」

 

「? どうして文が謝る必要があるんだ?」

 

 謝られるような事など、聖哉にはされた覚えなど無かったので首を傾げつつ問いかける。

 確かに山に居た頃は彼女から割と無茶振りをされたり面倒事を押し付けられたりもした、しかしそんなものは聖哉にとって迷惑のうちには入らない。

 困らされたりからかわれたりした事もあったけれど、なんだかんだで文には助けられた事の方が多かったのだから。

 

「そ、それはですね……それは」

 

「……」

 

 何かを言いかけ、けれど文は何も言わず聖哉から視線を逸らす。

 ……一言謝りたい、今更ではあるけれど山を追放される時に何もできなかった事を謝罪したい。

 そう思っているのに、口を開いても言葉が出てこなかった。

 

――今更謝った所で、何になる?

――彼の助けになれなかったのに、自分が許されたいから謝るのか?

 

(最低ね……)

 

 虫の良すぎる自分自身に、文は吐き気すら催した。

 

「……」

 

 一方、聖哉は顔を俯かせ口を閉ざしてしまった文に対し、ある能力を開放した。

 それは“全てを見通す眼”、およそ生物が持つには強大過ぎる力をほんの少しだけ解放し、彼は文が何を伝えたいのか“視る”事にした。

 心を読むに等しいこの行為に心の中で謝罪しつつ、余計なものを視ないようにして――聖哉は、彼女の葛藤を理解する。

 

(……そう、だったのか)

 

 脳髄に痛みが走り、能力を解除する聖哉。

 たった数秒の使用だけでもこれだけの反動を受ける能力にため息を吐きつつ、彼は文へと言葉を紡ぐ。

 

「――俺は、気にしてないぞ」

 

「はい?」

 

「すまん。文には悪いと思ったんだが、能力を使って文が俺に何を伝えたいのか視させてもらった」

 

「えっ……ぁ、それって……」

 

「あの時、俺が山から追放される時に文ができる事なんて何もなかったんだ。むしろあそこで抗議していたら文の立場が悪くなるだけだった。

 だから気にしなくていいんだ、逆に気にされるのは…………困る」

 

「で、ですが……」

 

「俺の事をそれだけ考えてくれただけで充分嬉しいんだ、ありがとう」

 

 優しい笑みを浮かべ、本心からの感謝の言葉を告げる聖哉。

 ――そう、彼女がそんな事を気にしてくれていただけで嬉しい。

 それと同時に申し訳なく思う、自分のせいで彼女がそんな悩みを抱えていたという事実に。

 

「ごめんな文、随分悩ませてしまって。

 だけど俺はその気持ちだけで充分嬉しいし救われた、だから文も自分を責めないでくれ」

 

「……」

 

 その言葉は、あまりに優しくて。

 謝らなければならないのは自分なのに、どうして彼が謝っているのか理解できなくて。

 けれど、その言葉で彼が自分に対し微塵も怒っておらず、そればかりか本心から友として見ている事が判って。

 

「……本当に、貴方ってどこまで御人好しなのかしらね……」

 

 気が付いたら、文は瞳に涙を滲ませてしまっていた。

 

「あ、文……!?」

 

「気にしないで、別に悲しい事があったんじゃなくて、むしろ嬉しいの」

 

「嬉しいって……」

 

「ありがとう聖哉、私を許してくれて。私を友だと思ってくれて」

 

「え、ああ、いや、俺は別に……」

 

「ふふっ……」

 

 顔を僅かに赤らめ困惑する彼がなんだか可愛く見えて、文は自然と口元に笑みを浮かべてしまう。

 そしてそのまま身体を動かし……彼の肩に自分の頭を乗せ体重を預けつつ、彼の身体を抱きしめるように背中の黒い翼を大きく広げた

 

「文?」

 

「少し、このままで居させて。なんなら抱きしめてもいいわよ?」

 

「い、いや……それはさすがに」

 

「あら? 椛達は遠慮なく抱きしめるのに、私は嫌なのかしら? 同じ女としてそれは無いと思うけどなー」

 

「…………」

 

「あ……」

 

 肩を掴まれ、左手だけで強く抱きしめられる。

 逞しい腕に抱きしめられる感覚がやけに心地良くて、ほんの少しだけ気恥ずかしい。

 

(ちょ、ちょっと意地悪を言っただけなのに……これは予想以上に恥ずかしいわね)

 

 だがそれ以上に、文の中でなんともいえぬ幸福感が湧き上がっていた。

 ずっとこのままで居たいと、この温もりの中で溶けてしまいたいと思ってしまっていた。

 

(この感覚は……何かしら?)

 

 永い時を生きてきたが、こんな感覚は初めてだ。

 

(……まあ、いっか)

 

 ある予測が頭に浮かぶが、そんな訳ないと否定しながら文は更に自身の身体を聖哉へと預けていく。

 今はただ、この幸せな一時を噛み締める事だけを考えながら……。

 

 

 

 

「…………わぁ、予想以上の展開だ」

「おぉぅ……まさか、あの文がねぇ……」

 

 神社の壁に身体を預けつつ、こっそりと2人を覗き込む鴉天狗と河童の少女――はたてとにとりは驚愕していた。

 あの文が、射命丸文があんな無防備な姿で異性に身体を預けている。

 そんな光景など今まで一度たりとも見た事がなかった、更にあの緩んだ表情は一体何だ?

 彼女を知る他の天狗が見たら、間違いなく思考停止してしまう程に目の前に広がる光景は衝撃的なものだった。

 

「でもさ、あれ……やばくない?」

 

「うーん……でも、文自身も自覚してないみたいだし、何より“そう”だと決まったわけじゃないし……」

 

「だといいけど……椛がこれを見たら、怒るぞー」

 

 幸いにも、椛はまだ境内にて弾幕ごっこの最中だ。

 ただそれがいつ終わるか判らず、終わったら彼女の事だから聖哉が近くに居ない事にすぐ気づく。

 そして“千里眼”を使えば……後の展開はおのずと知れるというものだ。

 

「……これは」

「うん、知らんぷりした方がいいわね」

 

 その場をこっそり離れ始める2人。

 一方、あっさりと見捨てられた事実を知る由もない2人は、暫し何もせずただ今の時間に全てを委ねる。

 

 

 

 

 


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