狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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~幻想郷の日々~
第73話 下界へ~慧音との再会~※


 死者の世界、冥界の大地を駆け抜ける。

 生きていない木々をすり抜けるように走り、意識は自分の周囲全てに気を配る。

 

――光が迫る。

 

 こちらに真っ直ぐ向かってくる五条のそれは、ほぼ同時に撃ち放たれた“矢”であった。

 しかしその鏃には妖力が込められており、その一つ一つが大岩を容易く貫く貫通力と威力を持っている。

 全て当たれば妖怪の身体であっても無事では済まない、見事なまでの必殺の攻撃。

 

 跳躍、それに一瞬遅れ地面に大穴が生まれる。

 回避した矢が地面に刺さっただけで、直径数メートルはあろう範囲の地面が文字通り抉れたのだ。

 加減無しか、僅かに顔を引き攣らせながら俺は“千里眼”でこの矢を放った少女――椛の姿を捉える。

 その時には既に彼女は次の行動に映っていた、手に持っていた矢を背中に戻しながら腰に差している太刀を抜き取り此方に向かってきている。

 

「っ」

 

 それを追撃……する前に、別の閃光が俺に迫った。

 風を切り裂きながら迫るそれは、槍による突きの一撃。

 眼前に迫る一撃を顔を横に逸らして躱す、そう思った時には次の一手が放たれていた。

 

 疾く速く、針の穴を通すような正確さを持ちながらも鋭く重い槍の連撃。

 それだけの攻撃を俺の3分の1程度の大きさしかない小さな少女、イリスが放っているのだから驚くしかない。

 

「当たりなさいよ!!」

「無茶言うな」

 

 そう言いながらもイリスの槍は少しも速度を落とさない、寧ろ一撃毎に増している気すらした。

 しかも彼女が持っている槍は、彼女の身体よりも大きいのだから余計に驚きである。

 

「っ」

 

 真横から剣戟が迫る。

 咄嗟に両足に力を込め後方に跳躍、しかし白銀の閃光は逃がさぬとばかりに俺へと襲い掛かる。

 椛の剣ではない、力こそ彼女に劣るがその鋭さと正確さは彼女以上の剣戟だ。

 

「今度は妖夢か……!」

「し――……!」

 

 二刀を構え、その華奢な両手からは想像もできない烈火の如し剣の嵐を放つ妖夢。

 イリスもすぐさま攻撃に加わり、刀と槍の嵐が迫る。

 さすがにこれを躱し続けるのは不可能だ、なので両腕に黒いオーラを展開。

 手甲のように纏ったオーラで2人の攻撃を受け止め、いなし、弾いていく。

 

(? だが……)

 

 おかしい、先程から二人の連撃には“必殺”の呼吸が感じられなかった。

 確かに一撃一撃は重く速い、しかしながら自分達の攻撃で俺を倒そうとは考えていないような……。

 

「っ」

 

 しまった、そう思った時には既に遅く。

 ほぼ同時に、妖夢とイリスが攻撃を止め真横に跳んだ。

 

「一の牙――」

 

 入れ替わるように間合いを詰めてくるのは、右手に持つ太刀の切っ先を俺に向けるように構える椛。

 その刀身の切っ先には高密度の妖力が込められている、間違いなく次に放たれる一撃は必殺のものだ。

 回避は間に合わない、受け止めるしかないか……。

 

「――皇牙一閃突き!!」

 

 放たれるのは、槍のような突きの一撃。

 だがその速度は閃光の如し、攻撃の軌道を読む事すら眼で捉える事も本来ならば不可能。

 

「ぬぅぅおあっ!!」

 

 右手を動かす。

 そして閃光が動かした俺の右手とぶつかり合い――

 

 

 

 

「あーもぅ……3人がかりでも勝てないとか、セーヤ強くなりすぎ!!」

 

「なんだよその理不尽な怒り方……」

 

 がーっと怒るイリスを宥めつつ、妖夢の用意してくれたお茶を飲む。

 ああ美味い、もう数え切れない程に飲んでいるが彼女の淹れてくれる緑茶は本当に美味い。

 

「ですが本当に強いですね、少し前まではいい勝負ができていたのに……」

 

「いや、今でも剣術では妖夢に敵わないって」

 

「たとえ剣の技術で勝っていたとしても、それ以外が負けていれば勝てませんから」

 

 少し悔しそうに頬を膨らませ、非難めいた視線を向けてくる妖夢に苦笑を返す。

 最初の頃とは違い、彼女もすっかり素の自分を俺に見せてくれるようになった。

 

 だがそれも、この冥界で半年近く生活しているからこそだろう。

 月での1件の後、傷を癒すためにこの白玉楼にて厄介になっていたが……完治してからも、俺達は幽々子や妖夢達の厚意に甘えここで暮らしていた。

 それから半年、毎日のように俺達は妖夢と共に鍛錬に励み、先程も3対1での模擬戦を行ったわけで。

 

「それにしてもセーヤ、さっきのアレ……何?」

 

「ん? ああ……“これ”か?」

 

 そう言って俺は、右腕から黒く発光する“雷”を生み出し腕に纏わらせた。

 

「……不思議です。魔法とはまた違うものですね」

 

「出せるのは雷だけじゃないぞ、炎に氷も生み出せるようになった」

 

「なったって……それって元々使えるものじゃなかったの?」

 

「白狼天狗の俺にそんな能力ある訳ないだろ。これはあくまでヴァンの能力だよ」

 

 あの時、月での戦いの際に“第二の枷”とやらが外れた。

 その結果、俺は今まで以上に黒いオーラを操れるようになったが……それ以外の能力も得る事ができたのだ。

 それがこの黒いオーラで生成した雷と、炎と氷の能力。

 こうやって拳に纏わせ破壊力を向上させるだけでなく、まるで竜のブレスのように吐き出したり、魔法使いのように火球や氷の塊を生み出したり……その使用方法は多岐に亘る。

 

「……そのせいで、私の太刀がこんな風になってしまいましたけどね」

 

「うっ……」

 

 椛の視線が、俺に突き刺さる。

 だがまあ彼女の怒りも尤もだ、先程の突き技を受け止める為に……俺は右手に黒いオーラと炎の力を纏わせ相殺した。

 その結果、椛が愛用している太刀は刀身の半分以上が“融解”し使い物にならなくなってしまった。

 こうやって生み出せるようになったのは怪我が完治してすぐに気づいたけど、使ったのは初めてだったので加減が判らなかったが……威力が高過ぎるな。

 

 だけど、良い能力に目覚めてくれた。

 この力があれば俺はまだ強くなれる、ヴァンから借りた力でも……強くなれるのだ。

 強くならなければならない、この世の誰にも負けない程に強く。

 そうしなければ、月で戦ったあの化け物――イザナミには勝てないのだから。

 

「――怖い顔になってるわよ、聖哉くん」

 

「っ……幽々子、か」

 

 いつの間に背後に居たのか。

 いつものように穏やかな笑みを浮かべる白玉楼の主、西行寺幽々子がぽんぽんとあやすように俺の頭を軽く叩く。

 

「もっと肩の力を抜いて。強くなりたいのは判るけど、キミ一人が強くなってもしょうがないんだから」

 

「……そう、だな」

 

 判っている、だがあの化け物は規格外だ。

 ヴァンが俺の身体を使って戦ってくれなければ、間違いなく俺はここにはいない。

 アレは魔族とか妖怪とか、そういったものを超越している何かだ。

 そんな相手とみんなが戦えば……もしかしたらと思ってしまう。

 

 俺だけがイザナミと戦えると自惚れているわけじゃない、だがなまじ相手の力量が判るからこそみんなで戦えば無駄な犠牲が……。

 

「先輩?」

 

「……なんでもない」

 

 立ち上がる。

 ……今は、強くなる事だけを考えればいい。

 だけどそろそろ下界……幻想郷の事も気になるな。

 ここに来てから一度も戻ってないし、みんなの顔が見たくなった。

 

「幽々子、妖夢、そろそろ幻想郷に戻ろうと思うんだが……いいか?」

 

「もちろん良いわよ~、今まで妖夢の鍛錬の相手をしてくれて助かったわ~。椛ちゃんの料理は美味しかったしイリスちゃんは可愛くて癒されるし……ずっとここに居てほしいくらい」

 

「私もです。聖哉さん達のおかげで前とは比べものにならない程に強くなれました、幽々子様の言う通りこのままここに居てもいいのですよ?」

 

「ありがとう幽々子、妖夢、だけど幻想郷のみんなの事も気になるからさ。また遊びに来るよ」

 

 あ、でも俺が勝手に決めた事で椛やイリスはまだ白玉楼に居たいかもしれないな。

 そう思って視線を彼女達に向けると、仕方ないなと肩を竦めながらも賛成の意を示してくれていた。

 

――こうして、俺達は妖夢達に見送られ冥界を後にし幻想郷へと戻ってきたのだが。

 

「寒っ……!?」

 

 幻想郷に吹く風は、思っていた以上に寒くなっていた。

 春の息吹など微塵も感じさせず、冬の到来を知らせるような冷たい風。

 ……そういえばもう半年以上経ってるんだから、季節が変わるのも当たり前だったな。

 

「イリスさん、寒いんですか?」

 

「うぐぐ……ア、アリスってばワタシ達人形も暑さとか寒さとか感じるように設計してるのよ……そのくせ冬になったらワタシ達だけで雪搔きさせられて……なんでこんな無駄機能つけたのよアイツは!!」

 

 自身を抱きしめるようにしながら創造主に文句を言い放つイリス。

 確かに人形には不要な機能だ、だけどその理由はきっと……。

 

「どうするイリス? こうなったらお前だけでも白玉楼に戻るかアリスの家にでも……」

 

「そ、それはダメよ!!」

 

「どうしてだ?」

 

「だ、だって……そんな事したら、セーヤと離れちゃうじゃないの!!」

 

「え……」

 

 イリスの放った不意打ちじみたその言葉に、おもわず間の抜けた声が出てしまう。

 すると彼女は頬を赤らめながらも、自らの意志と決意を俺に示してくれた。

 

「セーヤはワタシの御主人様なのよ? それなのに……この間みたいに守れなかったなんて、嫌だもん……」

 

「あ……」

 

 そうか、俺が月に行ってしまった事を気にしていたのか。

 あれはイリスが悪いわけじゃない、イザナミの行動に巻き込まれただけだ。

 それでも彼女は後悔している、主人と認めてくれた俺を守る事ができなかったと。

 

「……ごめんなイリス、ありがとう。俺はお前に酷い事を言っちゃったな」

 

 潤んだ瞳を見られたくなくて、両手を伸ばしてイリスを抱きしめる。

 

「いいわよ別に。それに寒くても……アンタがワタシを抱きしめていればいいんだから」

 

「ああ、そうだな。俺で良ければこのままでいよう」

 

「……アンタ以外の男になんか抱きつきたくないっての」

 

 うっ、イリスの奴いつの間にかこんな素直な子になったのか。

 嬉しさと気恥ずかしさで顔が熱くなる、なんだか妙な空気に……。

 

「おほんっ、イリスさんばかり狡いと思うのですが?」

 

「い、いいじゃない……ワタシにはセーヤに抱きしめてもらう大義名分があるんだから」

 

「それとこれとは話が別です。――せんぱ~い、私も寒いですよ~」

 

「何よその猫撫で声はっ!! 白狼天狗の誇りはどこ行ったのよ!?」

 

「……」

 

 2人とも、頼むから俺を挟んで大声を張り上げるのはやめてくれ。

 ここが空の上で良かった、眼下には森が広がっているし里からも離れているからこの光景を見られる心配もない。

 ……ただ、妖精達がくすくす笑いながら俺達を見ているのはちょっと困った。

 

「……?」

 

「椛、どうした?」

 

「向こうの方角……二十二名の人間が歩いてますね、距離は二里ほどでしょうか」

 

「え?」

 

 椛の言葉に、俺は視線を彼女が指差す北西方向へと向けながら首を傾げる。

 この辺りは人里から離れている、狩りを行う猟師だってここまで足を踏み入れるとは思えないんだがな。

 そう思いつつ“千里眼”を発動し……俺は椛の言葉が真実だと理解した。

 

「確かに居るな、あれは多分自警団の人間だと思うが……慧音の姿もある」

 

 着物に羽織に袴、腰には刀を差し弓矢を持つ者も居る。

 妖怪相手には心許ないが、彼等の先頭を慧音が歩きつつ周囲を見渡しているのが見えた。

 その表情はどこか緊迫しており、皆険しい顔つきだ。

 

「それにしても椛、よく気づいたな」

 

「ヴァンさんに“千里眼”を強化されたからかもしれませんね」

 

 ヴァンのヤツ、そんな事してたのか。

 だけどそうなると、“千里眼”に関しては俺より優れてるかもしれないな。

 っと、それより慧音達の所に行ってみるか。

 

「――――慧音!!」

 

「え? おお、聖哉じゃないか!!」

 

 彼女に声を掛けてから、俺達は地面へと降り立つ。

 一瞬だけ周囲が緊迫するが、慧音が俺達だと確認するとそれもすぐに霧散する。

 

「月での一件は聞いたぞ、あれから里に現れないから心配していたが……元気そうで何よりだ」

 

「ああ、心配かけて悪かったな」

 

「――あなたが、噂の里の英雄さんっすか?」

 

「?」

 

 俺と慧音の間に割って入り、無精ひげを生やした少々身なりが適当な青年が上記の問いかけを投げ放つ。

 なんというか、あまり覇気を感じられない目つきでこう言ってはなんだかだらしない印象を受ける青年だ。

 

「……君は?」

 

 ただ、その見た目とは裏腹に立ち振る舞いには隙が無い。

 人間にしてはかなりの実力者だ、少なくともここに居る自警団の中では一番強いだろう。

 

「あー、そういえば自己紹介がまだでしたね。オレは喜助っつーもんですわ、一応この自警団の団長やってるんで」

 

「成程、通りで一番強いわけだ」

 

「おっ、判ります? さすが英雄様っすね」

 

「英雄って……」

 

「何度も里を救ってくれてるじゃないっすか。しかしまぁ、聖哉様ってデカいっすね。天狗というより巨人っすよ巨人」

 

 じろじろと眺めつつ、喜助と名乗った青年はやたらと馴れ馴れしい口調で話しかけてくる。

 ただそれに対して不快感を抱くものではなく、どちらかというと友好的な面が強いため好意的に映った。

 

「こら喜助、よさないか」

 

「へーい」

 

「すまんな聖哉、悪いヤツじゃないんだが」

 

「いいんだ、寧ろ俺としては仲良くしようとしてくれて嬉しい。

 だけど慧音、どうしてこんな所に居るんだ? ここは里からはかなり離れている場所なのに……」

 

「……それは」

 

 言い淀む慧音、あまり話したくない内容なのかな?

 

「実は里の備蓄がちょいと不安でね、本格的な冬になる前に確保しとこうって話になったんですわ」

 

「おい喜助!!」

 

「いいじゃないっすか慧音センセー、英雄様に言った所で不都合なんてないんだし」

 

「備蓄って……食料の事か?」

 

 俺の問いに頷きを返しつつ、喜助は詳細を教えてくれた。

 なんでも今年は不作というわけではなかったようだが、冬に向けての備蓄が例年よりも少ないらしい。

 なので万が一に備え本格的な冬が訪れ動けなくなる前に狩りをしようと、慧音を中心とした自警団が動き回っているとの事だ。

 

「成程、里から離れたこの場所に居るのもそういう事か」

 

「そそ。ただなぁ……あんまり成果は芳しくねえんだよ、猟師経験のあるヤツも居るんだがいかんせん里から離れすぎててな。この辺の土地勘がねえもんだから上手くいかねえんだ」

 

「……」

 

 ふむ、つまり困っていると。

 ……このまま放っておくのは、やっぱり無理だな。

 

「なあ慧音、喜助、もしよかったら俺達も手伝おうか?」

 

「へ? いいんですかい?」

 

「……はぁ、聖哉ならそう言うと思ったから黙っていようと思ったのに」

 

「別に迷惑だなんて微塵も思わないから心配するな。俺や椛は山での暮らしでどこにどんな食料があるのか判るしイリスはみんなを守れる力がある、それでどうだ?」

 

「そりゃあありがてえけど……こっちは何も返せねえぞ?」

 

「見返りを求めて言った訳じゃない。だがそれだとそっちも納得しないだろうから……そうだな、里で美味い酒を奢ってくれればいいさ」

 

 里の酒は旨いと、前に萃香と勇儀が言っていたのを思い出す。

 俺も天狗だから酒には結構うるさいのだ、だから報酬としてはそれで充分。

 

「それと今後は俺を天狗様とか聖哉様とか呼ぶのをやめてほしい、敬語も要らない。俺はそんな大層な存在じゃないからな」

 

「………………こりゃあ、慧音センセーがため息吐くわけだ」

 

「判るか喜助? コイツはこーいうヤツなんだ」

 

「なんか馬鹿にされてる気がするな、オイ」

 

 まったく失礼なヤツだ、俺はただ事実を言っているだけだというのに。

 ……おい椛にイリス、なんでお前達まで同じ反応を見せる?

 ため息を吐くな、これじゃあ俺がおかしいみたいじゃないか。

 

「そんじゃ協力してもらいますよ聖哉さん、みんなもいいよな?」

 

「ああ、願ったり叶ったりだ」

「それに椛ちゃんやイリスちゃんみたいな可愛い子と一緒に居られるしな!!」

「椛ちゃんかわいいよ椛ちゃん」

「馬鹿野郎、イリスちゃんの方が可愛いっての」

 

「……」

 

 他の人達も俺達を受け入れてくれたようだ、若干おかしなのが混ざってる気がするがきっと幻聴だろう、うん。

 では改めて出発………………と、言いたかったのだが。

 

 

 

 

 

「――待て。なんで妖怪なんぞと行動を共にしないといけないんだ?」

 

 やっぱり無視できないよな、この敵意は。

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