狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第74話 自警団との同行~憎しみの激情~ ※

 ――なんで妖怪なんぞと行動を共にしなきゃいけない。

 今の言葉で、穏やかだった空気が一変した。

 

 全員の視線がある一点、上記の言葉を口にした青年へと向けられる。

 そんな青年の視線は俺……正確には、俺達妖怪に向けられていた。

 冷たく鋭い、敵意と殺意をまったく隠そうとしない眼差し。

 この人間とは初対面の筈だが、まるで親の仇だと思われているような錯覚に陥った。

 

「……総司、お前それは失礼なんじゃねえか?」

 

 少し呆れたように、咎めるように喜助が青年の名を呼びつつ苦言を呈する。

 しかし総司と呼ばれた青年は此方に対する敵意を微塵も緩めないまま、苛立ちを含んだ反論を返した。

 

「失礼? こいつ等は妖怪だ、そんな奴等と行動を共にするなんざ自殺行為だろ」

 

「聖哉さん達は慧音センセーの知り合いだ、信用してもいいだろうに」

 

「どうだかな、油断させて……なんて考えてるんじゃないか?」

 

「……」

 

 隠そうともしない殺意、あからさまな侮蔑の言葉と感情。

 初対面の相手にしては失礼過ぎるその態度はしかし、この幻想郷で生きる人間が妖怪に向けるものとしては珍しくはない。

 だから俺は気にしない、そもそも幼年期の頃からこれよりも悪質で腹立たしい態度を他の天狗連中から向けられていたのだから、寧ろ可愛いくらいだ。

 

「ちょっと何よその態度!!」

 

 しかしイリスは気に喰わないのか、がーっと怒りつつ青年へと詰め寄ろうとする。

 それを背後から羽交い絞めするように抱きしめ阻止する、彼女の気持ちも判るが話がややこしくなるからな。

 

「総司、彼等は信用できる。私の言葉では不満か?」

 

「……慧音先生には申し訳ありませんが、こんな化け物共を信用する事などできません」

 

 吐き捨てるように言い放ち、青年は俺達から離れていく。

 それを他の自警団のみんなは怪訝そうに見つめ、けれど誰も彼を責めるような事はしなかった。

 当たり前だ、確かに彼の発言や態度は失礼かもしれないが、相手は妖怪なのだから当然と言った方が正しい。

 ……ただ、あの反応は単なる警戒から来るものではないようだが。

 

「すまねえ天狗様、アイツは総司って言って俺の幼馴染なんだが……そのな」

 

「いいんだ。俺達は妖怪なんだからああいう態度は仕方ないと理解してるつもりだ」

 

「……それだけじゃねえんだが、とにかくそう言ってくれると助かるよ」

 

「なによアイツ、ワタシ達を化け物なんて……失礼しちゃうわ!!」

 

「そう言ってやるなよイリス、お前だって本当は判ってるだろ?」

 

 ぶつぶつと文句を言うイリスを制しながら、俺は周囲に意識を向ける。

 幸いにも獣や妖怪の気配は無い、油断しなければ問題なく周囲を探索できそうだ。

 

「それじゃあみんな、時間も惜しいし早速食糧を探すとしよう」

 

 俺の言葉に周囲の人達が頷きを返す。

 ただ一人、総司だけは俺達と視線を合わせず一歩離れた場所で佇んでいたが……。

 

 

 

 

 先頭を俺と慧音と喜助という形で獣道を歩いていく。

 まだ季節は冬ではないものの、既に道には雪が積もり歩みを鈍くしていた。

 その中から食糧を探すというのはなかなかに大変だが……山で生きてきた白狼天狗である俺には関係のない話である。

 

「アケビに……このキノコも大丈夫そうだな」

 

 更に地面を掘り起こし、自然薯やふきのとうといったものを見つけては用意してくれた籠の中に放り込んでいく。

 とはいえあまり採り過ぎるのは問題なので、当然それは注意する。

 

「先輩、とりあえずこんなものでいいでしょうか?」

 

 近くの川に行っていた椛が、大量の魚を持って戻ってきた。

 彼女には魚釣りを頼んでいたのだが、どうやら効率を考え釣りではなく直接手掴みで捕る方法を選んだようだ。

 魚籠と呼ばれる竹や網で作られた複数の籠の中には既に数十匹の魚が入っている、燻製にすれば冬の間は保つだろう。

 

「セーヤ、こっちも終わったわよー」

 

 ふよふよと飛びながら数人の人達と共にイリスがやってくる。

 ……大型の猪が、縄で縛られ数人がかりで担がれている。

 イリスには猟師さん達と一緒に肉の調達をお願いしたのだが、予想以上の大物を手に入れてくれたようだ。

 

「ご苦労さんイリス、みんなもお疲れ様」

 

「いやいや、イリスちゃんのおかげでこんなデカい獲物を手に入れられましたよ」

「しかも怪我人も出なかったし、本当に助かったぜ」

「イリスちゃんマジ天使」

 

「そ、そうか……」

 

 若干名、おかしな発言があったが気にしない事にしよう。

 褒めて褒めてと近寄ってくるイリスの頭を撫でると、彼女はドヤ顔を見せつつも嬉しそうに口元を緩ませる。

 ……判った、判ったからそんな恨めしそうな顔を見せるな椛、ってか撫でてもらうのそんなに嬉しいのか?

 

「当たり前です。昔はよくヨシヨシナデナデペロペロしてくれたじゃないですか!!」

 

「ペロペロはしていない、断じてしていない」

 

 ですから自警団の皆さんブラス慧音、そんな冷たい目で俺を見ないでくださいお願いします。

 そして椛も「ペロペロしてくれないんですか?」みたいな視線を向けるな、余計こじれるから。

 なんだか椛の頭のネジが二本ばかり外れているような気がする……もしかして、俺のせいか?

 

「し、しかしすげえな天狗様達は……あっという間にこれだけの食糧を集めちまうなんて」

 

「山で生きてきたからな。ある訓練では冬の山を半年己の力だけで生きるなんて内容もあったから、これぐらいはできるんだ」

 

「なにその拷問めいた訓練、恐っ」

 

 俺の言葉を聞いて数人の人達の顔が引き攣る。

 まあ確かに生身の人間がそれをやれば間違いなく死ぬからな、一部の白狼天狗だって耐えられないのだから相当だろう。

 今思うと、あれは鍛錬でも何でもなくただ白狼天狗を軽視していただけかもしれないな。

 

 ……山のみんなは、元気だろうか。

 文やはたてとは何度か会えたが、にとり達河童や他の若い白狼天狗達とは一度も会っていない。

 山を追放されたのだから当たり前かもしれないが、俺のせいでみんなの立場が悪くなっていないかふと心配になった。

 

「天狗様、どうかしたんすかー?」

 

「……なんでもない。それよりみんな俺の事を「天狗様」なんて仰々しい呼び方しないでくれ、敬語だって必要ないから」

 

「いや、ですが……」

 

「そっちの気持ちも判るけど俺は既に山を追放されたはぐれ天狗だ、畏怖も敬意も必要のない野良妖怪さ。それに俺は人間のみんなと仲良くなりたい、だからこそもっと気安く接してほしいんだ」

 

 なかなか難しい注文をしているというのは、俺自身理解していた。

 天狗という妖怪はかなり知名度が高いし、その力は並の妖怪とは比べものにならないという認識を人は抱いている。

 だからこそ人は天狗を恐れ、また同時に敬うのだ。

 それなのに「仲良くしたい」などと言われいきなり態度を改めるというのは無茶な話だ、現に周囲の人達の表情は困惑のものに変化している。

 

「……変わった天狗だな、そんな事を本気で言う妖怪なんて初めて見たぜ」

 

 そんな中で。

 喜助は困惑しながらも、口元に笑みを浮かべながら俺の前に立ち。

 

「けどオレもそっちの方が好みだよ、そんじゃ……よろしくな、“聖哉さん”?」

 

 そう言って、俺に向かって右手を差し出してくれた。

 それは握手をしてほしいという意であり、同時に……彼が俺の言葉を汲み、友人として接しようとしてくれる証であった。

 

 ――ああ、本当に。

 こういう考え方を持つ存在も居るから、人は素晴らしい。

 

「ああ、よろしく喜助」

 

 握手に応じる。

 気が付いたら、俺も自然と笑みを浮かべていた。

 周りも俺達の姿を見て、少しずつではあるが困惑が薄れる中。

 

「――ふざけるな。どういうつもりだ喜助!!」

 

 空気が、先程以上に重苦しくなるような怒声が、響き渡った。

 全員の視線が上記の言葉を放った青年、総司へと向けられる。

 その表情は……大きな怒りと、何かに対する憎しみに溢れていた。

 

「妖怪と親しくするだと……? 頭がどうかしたんじゃないのか!?」

 

「……そうかい? 確かに聖哉さんは妖怪だが、話のわかる良い人じゃないか」

 

「っっっ、ふざけるなあぁぁぁぁっ!!」

 

 空気が震える。

 それだけの叫び、それだけの怒りが総司の口から放たれたのだ。

 

「俺が……俺とお前が妖怪に何をされたのか、忘れたっていうのか!?」

 

「……忘れるわけねえだろ。あんなもん、オレが死ぬまで忘れるなんざありえねえ」

 

「だったら…………っ!!」

 

「だがな総司、何事にも“例外”ってのがある。たとえどんなに殺したって殺したりないくらい妖怪が憎くてもな……それが妖怪の全てじゃねえ」

 

「そんなもの詭弁だろうっ!! こんな化け物、生きてる価値なんざねえ存在じゃねえか!!」

 

「なっ……アンタ、今の言葉もういっぺん言ってみなさいよ!!」

 

「イリス、よせって」

 

 再びイリスを抱き寄せる。

 ただ今回はかなり怒っているらしく、俺の腕の中で暴れ始めてしまった。

 って痛い痛い、足をバタバタさせるな蹴ってるからっ。

 

「今の言葉だけはセーヤが止めても許せないわ、自分の主人をここまで馬鹿にされて黙ってるなんてできるわけないでしょ!?」

 

「その気持ちは嬉しい、でもだからって暴力を行っていいってわけじゃないだろ?」

 

 ここで手を出してしまえば、余計に事態が拗れてしまう。

 だからこそ落ち着くようにイリスを説得するのだが。

 

「――見下してる人間の言葉なんざ、意にも介さないとでも言いたいのか!?」

 

 既に冷静さを失ってしまっている総司が、更なる火種を撒いてしまった。

 その言葉でイリスは更に暴れ、今まで沈黙してくれていた椛も表情を険しくさせ総司を睨みつける。

 拙い、どんどん事態が悪化していく……!

 

「――いい加減にしないか!!」

 

 空気を震わす怒声が、周囲に響く。

 怒鳴り声を上げた慧音が総司へと駆け寄り――容赦なく、彼の頬に平手打ちを叩き込む。

 加減をしなかったのか、叩かれた総司の頬は赤く染まり彼は茫然とした表情で慧音を見やる。

 

「総司、君の心中を理解できないとは言わない。だが彼等は私の大切な友人であり信頼できる存在なんだ。

 それに彼等は私達の為にこうして協力してくれているんだぞ? だというのにその態度はあんまりじゃないか!!」

 

「……俺達を油断させる為って事も考えられます」

 

「彼は私とは比べものにならない程に強大な力を持っている、仮にそんな事を考えているとしてもこんな回りくどい事はしない。

 そもそも彼は本当に人を好きで居てくれているんだ、今だってこれだけの暴言を受けても穏便に済ませようとしてくれているというのに……!」

 

「っ、だから何だというんです!? こいつ等が妖怪である事に変わりはない、そして俺は妖怪なんて化け物を受け入れる事なんかできるわけがないんです!!」

 

「……」

 

 頑なな態度、たとえ何があっても妖怪を憎む心は薄れないという激情が、総司から溢れ出ている。

 人は妖怪を恐れる、けれど彼の態度はただそれだけでは説明が付かない程に強い。

 ……もしかしたら、彼は。

 

「――妖怪に、大切な存在を奪われたのか?」

 

 ぽつりと、呟くような俺の問いかけに。

 言い争っていた二人は、驚愕の表情で俺へと視線を向けた。

 その反応で、俺は自分の予測が正しいと理解して……嫌になった。

 

「な、何故それを……」

 

「その目を、俺は何度か見た事があるんだ。どうしようもない、晴れる事のない憎しみと怒りが込められたその目を」

 

 スペルカードルールが浸透しているとはいえ、全ての人間妖怪がそれに従っているわけではない。

 だから今でも……妖怪に襲われ命を奪われる人間は、一定数存在していた。

 そして総司が俺に向けるその目は、そういった人間のものとまったく同じなのだ。

 頑なに妖怪を憎むのも、そういった過去があるからこそ……。

 

「お前なんかが、気安く判ろうとするな!!」

 

「そんなつもりは毛頭ないよ。関係ない俺が判ろうなんてそれこそ傲慢だ、君のその怒りも憎しみも君だけが理解できるものだ。判る筈なんかない」

 

「なら今すぐ俺の視界から消えろっ、化け物が……目障りなんだよ!!」

 

「勿論里まで送ったら消えるさ、でも今は……今だけは俺達を信じてくれないか? 里から離れてしまっているこの場所では、ルール違反をする妖怪が出ないとも限らない」

 

「妖怪なんかに守られる必要はない!! 信じられるかっ」

 

 取り付く島もなく、総司の態度は変わらない。

 とはいえ此方も引き下がれない、たとえ受け入れられないとしても危険がある以上、守らなければ。

 

「セーヤ、悪いけど今回ばっかりは頭に来たわ。ここまで馬鹿にされてまで守る意味なんかないわよ!!」

 

 イリスが怒鳴る、しかし彼女の言い分も尤もだ。

 普通ならばそう思うだろう、先程から何も言わないでくれている椛もその表情には怒りを露わにしていた。

 だけど、幼年期の頃から拒絶の意思を向けられてきたせいか、正直俺の中で彼に対する苛立ちは存在していないのだ。

 それに詳しい内容が判らないとはいえ彼は過去に妖怪によって深い傷を負わされた、それを顧みればこの態度だってある程度の納得はできる。

 

「誰が守ってほしいと言った!?」

 

「っっっ、アンタ……ホントにいい加減にしないと力ずくで黙らせるわよ!?」

 

「そら見ろ、所詮化け物は人間の命なんざ何とも思ってないっていうのが証明されたな!!」

 

「このぉぉぉ……っ!!!!」

 

 またしても始まってしまう言い争い。

 それも今度は本当に拙い、イリスは本当に力ずくで総司を黙らせかねない怒りを見せてしまっている。

 慧音も彼を怒鳴り周囲の人達はどうすればいいのか判らずオロオロするばかり。

 

 もはや、事態は言葉だけでは収まらない所にまで来てしまっていた。

 しかしかといってこのままにすれば、間違いなくイリスは彼を傷つけてしまう。

 それだけは許されない、こうなったら彼女には悪いが強引に止めるしか……。

 

「先輩!!」

「え――――?」

 

 突如として耳に響く、椛の緊迫した声。

 顔を上げ、視界に映る光景を見て――思考が停止した。

 

――何故、気づかなかったのか。

 

 視界に先に映るのは、巨大な蟷螂のような生物。

 全身を黒く染めたそれは不気味な光沢を放ち、赤黒い口を醜く歪ませ笑っている。

 いつの間に接近されたのか、まったく気配を感じる事ができなかったそれは。

 

「――――死ネ、白狼」

 

 明確に、俺への殺意を込めた言葉を放ちながら。

 近くに居る総司とイリスごと俺の命を刈り取ろうと、大剣のような前脚を振り下ろした――――

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