狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
振り下ろされる一撃。
死神の鎌を思わせるそれは、聖哉とイリス、そして総司の3人をまとめて薙ぎ払おうと迫り。
「っ、っ……!」
2人を守るために自ら盾になった聖哉の身体に、深い裂傷を刻ませた。
舞い散る鮮血、激痛に耐える為に身体に力を入れつつ聖哉は右の拳を構える。
「なっ……!?」
「セーヤ!?」
一瞬遅れて彼の行動を見て驚愕するイリスと総司。
しかし蟷螂の怪物は先程の一撃で相手の命を奪えなかったと知るや、次なる一撃を繰り出そうと左腕を動かし。
――その前に、黒いオーラを込めた聖哉の右の拳で殴り飛ばされた。
鈍く重い打撃音が響き、蟷螂の怪物は木々を破壊しながら後方へと吹き飛んでいく。
すぐに追撃を仕掛けようと聖哉は足に力を入れ――突如として、謎の痺れに襲われる。
(“毒持ち”か……!)
既に痺れは全身に広がっており、思うように力が入らない。
その影響か展開している黒いオーラも乱れ始めている、なので聖哉は追撃を止め慧音に向かって指示を出す。
「慧音、すぐにみんなを連れてここから離れろ!! コイツの相手は俺達がするっ」
「わ、わかった……! みんな、里に向かって走れ!!」
慧音の指示を受け、喜助を先頭にこの場から走り出す自警団の面々。
その後ろ姿を見送ってから、聖哉は大きく深呼吸を繰り返し精神を集中し始める。
「先輩、何か毒を受けたのですか?」
「……そうみたいだ。どうやらあの妖怪の前脚には痺れ毒が仕込まれているらしい、気を付けてくれ」
「――来るわよっ!!」
イリスの声と同時に、バキバキという音が響き木々を破壊しながら蟷螂が真っ直ぐ聖哉達の元へと向かってくるのを3人は視界に捉える。
椛は右に、イリスは左へと散開し、聖哉はその場に留まり相手の出方を待つ。
(こんな事なら、妖夢さんにお願いして刀を一本譲り受けておけば良かった……!)
「ギギギ……!」
鳴き声とも唸り声とも違う不気味な声を発しながら、蟷螂は椛とイリスに構わず聖哉へと向かっていく。
走る黒光、聖哉の命を今度こそ奪わんと剣のように振るわれる蟷螂の両前脚。
「ぬぅぁ……っ!!」
それを真っ向から、黒いオーラで強化した両手で受け止める聖哉。
衝撃と重みで彼の両足が地面に沈む、全身を襲う痺れで力が入らないものの完全に威力を殺す事に成功した。
「――だああっ!!」
裂帛の気合を込めて、聖哉は蟷螂をその剛力で上空へと投げ飛ばす。
無論、そんな事で相手にダメージは与えられない、が。
「ギィ……ッ!?」
銀光が奔る。
それと同時に蟷螂からくぐもった悲鳴が放たれ、右前脚が身体から離れた。
一体何が、驚愕する蟷螂の視界に映ったのは――自身の脚を斬り飛ばし、既に次の一手を放とうとしている椛の姿であった。
「二の太刀――
己の妖力を太刀に込め、上段から振り下ろされる必殺の一撃。
刀身が蟷螂の肉体に食い込み、そのまま椛は力任せに相手を地面へ叩きつける。
(っ、堅い……!)
破壊力を重視した技である二の太刀だったが、それでも身体に太刀を食い込ませるだけに留まってしまった。
予想以上の堅牢さに舌打ちをしつつ、椛は強引に太刀を抜き取り後退する。
「ギィ……ッ!!」
「くっ……!?」
傷つけられた事に苛立ったのか、蟷螂が憎々しげに鳴きながら後退する椛の元へと向かっていく。
口を開き、椛に向かって何かを吐き出す蟷螂。
黒く濁り粘着質を持つそれは強力な酸、浴びれば火傷では済まないが。
「――シールド!!」
蟷螂と椛の間に割って入ったイリスが展開した巨大な盾によって、無力化された。
けれど蟷螂の進撃は止まらない、そのまま脚を動かしイリスと椛を残った左前脚で薙ぎ払おうと迫る。
「かああっ!!」
「ッ、ギィィ……!?」
蟷螂の動きが、聖哉の口から放たれた“雷”のブレスによって止まる。
黒い雷撃が蟷螂の巨大を包み、熱と衝撃で周囲に異臭を漂わせていく。
悲鳴のようなくぐもった鳴き声を上げ身悶える蟷螂、その隙に聖哉達は一度相手から距離を離した。
「イリスさん、先輩、ありがとうございます」
「別にいいわよ。……でも、精神的に嫌な気分になったわ」
一部が腐食した自身の盾に視線を向けつつ、げんなりとした表情を浮かべるイリス。
――しかし、状況はあまり良いものではなかった。
椛の太刀は先の鍛錬によって半ば使い物にならず、蟷螂の血に腐食効果があったのか刀身に錆が生じてしまっている。
更に聖哉の身体を襲う痺れは更に強くなってしまっており、まともに戦えなくなるのは時間の問題であった。
「セーヤ、どうするの?」
「……椛、あと一撃だけ放てるか?」
「……おそらくは」
「わかった。なら二人は最大威力の技を出す準備をしてくれ、その間に俺がヤツの相手をすると同時に動きを止める。そうしたらトドメは任せた」
「相手をするって……アンタ、身体は動くの?」
「なんとかするさ。それじゃあ……頼むぞ!!」
そう言って、地を蹴り相手へと向かっていく聖哉。
――既に蟷螂は黒い雷撃を耐え抜き、再び標的を聖哉に向けていた。
好都合だ、自分を狙う相手に感謝しつつ聖哉は両手から小規模の“竜巻”を生み出す。
「風よ――荒れ狂えっ!!」
両手を相手に向かって翳し、そこから二つの竜巻が放たれ蟷螂を呑み込む。
二つの渦は刃のように蟷螂の全身を斬り裂き、更にその場に押し止めたが……。
「ギイィィィィィッ!!」
耳障りな叫びと共に、蟷螂は自らを拘束していた竜巻を霧散させる。
そしてすぐさま聖哉へと攻撃を仕掛けようとして……彼の姿が無い事に気が付いた。
その事態に蟷螂の動きが一瞬止まりそして、その一瞬が勝負の分かれ目となった。
「ギ、ッ……!?」
突如として、上空から降り注いだ強力な寒波が蟷螂の身体を包み込む。
一体何が、蟷螂は驚愕しつつも状況を把握するために顔を上げようとして……その時には既に、ぴくりとも身体が動かせなくなっていた。
――蟷螂の身体が、少しずつ凍り付いていく。
冬の寒波とは比べものにならない、凄まじいまでの“氷”のブレス。
それを放つのは跳躍し蟷螂の真上へと移動した聖哉、新たに手に入れた能力を用いて彼は己が役目を果たすために力を振り絞る。
「く、ぅ……っ」
がくんと、全身の力が抜け聖哉はそのまま地面へと落下してしまう。
毒が完全に回ってしまったようだ、動けなくなったわけではないが立って歩く程度の事しかできなくなってしまった。
しかし――聖哉の役目はもう終わっている。
「――頼むぞ、2人とも」
その呟きに応えるように。
椛とイリスは、勝負を決める為に必殺の一手を繰り出す。
「三の太刀――」
威力重視の二の太刀でも、届かなかった。
更に自身の獲物も永くはないと悟った椛は、更なる剣技へと手を伸ばす。
貫通力の“一の太刀”、破壊力の“二の太刀”。
そしてその二つの能力を合わせ持つ、白狼天狗に伝わる奥義の一つ。
「
繰り出される剣技。
それは一息で二条の閃光となり、蟷螂の肉体に十字の傷を刻む。
その破壊力は圧巻の一言、巨大な蟷螂の身体を十字に斬り裂くだけでなくその肉体を四つに分ける程。
「ギ、ギ……ッ!」
だというのに。
昆虫の生命力を持ち合わせているのか、蟷螂はその身体を四つに分けられても尚、生きていた。
その眼をギョロギョロと動かし、椛に憤怒を込めた視線を向けている。
「――終わりよっ!!」
しかし、蟷螂が反撃に映る事はなかった。
吶喊する小さき者、イリスが上記の叫びを上げながら右手に持つ槍を突き出す。
美しい白銀に輝く槍、そこに組み込まれている赤い宝石のような石が輝き始める。
そして、槍が蟷螂の肉体の一つを貫いた瞬間。
「爆ぜなさい!!」
イリスの力ある言葉に反応し、宝石の輝きが臨界に達する。
――耳をつんざくような、爆音が響いた。
輝きから発せられた大爆発が、蟷螂の身体を瞬く間に呑み込む。
「わきゃあっ!?」
「イリスさん!!」
爆発の中から飛び出してきたイリスを、驚きつつも地面に激突しないようにキャッチする椛。
「ご、ごめん椛……けほっ」
「いえ、ところで今のは……」
ちらりと、椛は爆発があった場所へと視線を向ける。
既に煙は晴れ――そこには、灰と化した蟷螂の身体がパラパラと地面に落ちる光景しか残されていなかった。
その残骸も風によって何処かへと飛ばされ、如何に先程の爆発が凄まじい破壊力を持っていたのかを理解する。
「ふっふっふ……これぞワタシの秘密兵器よっ!!」
そう言って、イリスは見せびらかすかのように右手に持つ槍を天に掲げる。
白銀の輝きを持ち、中央付近には赤く輝く宝石のようなものが埋め込まれている。
他の装飾などは一切なく、無骨でありあくまでも“戦闘用”の武器だと示していた。
「この槍に使われている金属は魔法金属として名高い“ミスリル”、そしてこの宝石みたいな石は“魔法晶石”と呼ばれる魔法を封じ込める事ができる魔石の一種よ」
「じゃあ、さっきの爆発は……」
「そ、封じ込めていた魔法の一つである爆撃魔法を解放したってわけ。ワタシ自身がその魔法を使えなくてもこの石に必要な魔力を込めれば発動できるのよ」
「凄いですね、そんな武器があるなんて……」
「まあこの武器を作ったのも魔法を込めてくれたのもアリスなんだけどね、ワタシ自身は魔力はあっても魔法は使えないから……って、椛の方は……」
イリスの視線が椛の右手、正確には彼女が持っている太刀へと向けられる。
先程の剣技で限界を超えたのか、既に刀身は砕け散り柄だけになってしまっていた。
その無残な姿に椛は苦笑しつつも、気にしてもしょうがないとイリスに告げ聖哉の元へと向かった。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……ああ、痺れはあるが命に関わるものじゃないみたいだ。ただ人間が受ければ死んでただろうな」
それを考えると、身体を張って庇うという選択肢は間違いではなかったようだ。
しかし、そう思っているのは彼だけであり……椛とイリスの2人は、先程の彼の行動に苦言を呈する。
「先輩、いくら妖怪の身体だからって無茶をしていいわけじゃないんですよ?」
「そうよ。いくらオーラによる防御が間に合わないからって自分の身体を盾にするなんて、そんなにワタシ達に心配させたいのかしら!?」
「……悪かった。悪かったよ」
気が付いたら、痺れが残る身体で正座をし始めていた。
それだけ2人が恐い……もとい、迫力が凄かったのだろう。
とはいえこのまま叱られるのは色々と困る、なので聖哉は強引に立ち上がり話題を変えた。
「と、とりあえず慧音達と合流しよう。それともうみんなを里に送った方がいい、な……」
ぐらりと、聖哉の視界が揺れる。
痺れが残った状態で急に立ち上がったからか、倒れそうになるのを堪えたくても力が入らない。
倒れる――そう思った聖哉だったが、その前に椛が彼の身体を支えてくれた。
「悪い」
「いえ、私達こそすみません……」
「そんな事ないさ、悪いのは俺だからな。とにかく……みんなの所へ戻ろう」
◆
「――――ふぅ」
「どうだ? 痺れは取れたか?」
「ああ。……助かったよ慧音」
人里に戻り、慧音の住む屋敷へと連れられた聖哉達。
そこで慧音が淹れた薬湯を飲み毒を中和し、聖哉は漸く一息つく事ができた。
「これで今年の冬は乗り切れるだろう。いや寧ろ余るくらいの余裕ができたな」
「それは何よりだ。……さて、それじゃあそろそろ行くか? 2人とも」
「ちょっと待て。そんな急がなくてもいいだろう? それに君達は今何処に暮らしているんだ?」
「あー……それがな」
言ってもいいものか、一瞬迷ったが聖哉は自分達が現在家無しだという事を慧音に告げた。
家が無いから住める場所を探さなければならない、彼がそう言うと慧音は驚いた表情を見せてから。
「――なら、好きなだけ私の家に暮らせばいいじゃないか」
と、よく判らない事を笑顔で言ってきた。
「はあ?」
「幸いにも部屋は余りに余っている、たまに妹紅が泊まりに来るぐらいで持て余していた所だ。
もちろん住む代わりに家事全般をやってもらうが……悪い話ではないだろう?」
「いや、それはそうだけど……」
慧音の提案は、確かに魅力的なものであり聖哉達にとって受けるべきものだ。
だが妖怪である自分達が、人間の住む里に住まうというのはどうなのか……。
「聖哉、君は自分の思っている以上にこの里の人達に信頼されている。問題はないさ」
「…………」
どうする、と視線で椛達に訊ねる聖哉。
2人は暫し考えるような仕草の後……笑みを浮かべ彼に対し頷きを返す。
どうやら2人は慧音の案に賛成のようだ、なので聖哉も少々の不安を抱きつつも慧音の厚意に甘える事にした。
「なら慧音、暫く世話になる」
「暫くと言わずずっとでもいいぞ。じゃあ悪いが早速君達が使う部屋の掃除を手伝ってくれ、一応掃除はしているんだがあまり行き届いていなくてな……」
「わかりました。――先輩は休んでいてください、私達でやりますから」
「いや、でも……」
「いいから、アンタは休んでなさいっての」
立ち上がろうとする聖哉だったが、強引に座り直され部屋に一人残されてしまう。
(……気を遣われちまったな)
〈まあ仕方ねえさ。まだ痺れが残ってんだろ? ならおとなしくしとけ〉
(ヴァン……お前、暫く音沙汰ないと思ったら)
〈そう言うなよ。今の今まで寝てたんだ、大目に見ろ〉
(ったく……)
ただ彼の言っている事は正しい、なので聖哉はおとなしく休憩しようと椅子に深く腰掛け直す。
と。
「――慧音先生、いらっしゃいますか?」
玄関から青年の声が聞こえたので、聖哉は立ち上がり玄関へと向かった。
そこに居たのは――妖怪を憎む青年、総司。
彼は聖哉の姿を見て僅かに目を見開いてから、思い出したかのように表情を険しくさせた。
「……慧音は奥に居るぞ、呼んでこようか?」
「…………いや、いい」
「そうか。なら何か言伝が……」
「いや、用があるのは……アンタだ」
「? 俺に?」
なんだろう、また文句でも言われてしまうのか。
少しだけ身構えていると、総司はややばつが悪そうな顔を聖哉に見せる。
何か言いたいのに言い辛い、そんな心中が伝わってきたので聖哉は身構えるのを止め静かに彼の言葉を待つ事に。
そして、彼は。
「――何故、俺を庇った? あんた程の強さを持つなら、俺なんかを庇わなければ怪我を負う事も無かったのに……」
そう、問いかけてきた。
「……庇わなければ君はあの毒で死んでいただろうし、それに守るという約束もしたし……何より、俺は人間が好きだからな」
「好き、だと……?」
「人が好きだから守りたい、力になりたいと思っているんだ。だから庇うのは当然だしそっちが気にする必要なんかない」
「…………理解できないな。俺はあんた達に対して敵意を向けていた、そんな相手すら守るっていうのか?」
「当たり前だろ。俺は嫌われてるから守らないなんて、そんな事で簡単に信念を曲げるなんて真似はできないんだ」
「は……?」
そう、これは犬渡聖哉にとっての“信念”だ。
確かに下心はある、力になる事によって人間が自分を好いてくれたら……受け入れてくれたら嬉しいと、考えていないわけではない。
だけどそんなものは二の次三の次、聖哉が人の助けになる理由は……あくまでも自分がそうしたいから。
幼き頃の自分に、人の美しくも尊い営みを見せてくれた。
大袈裟かもしれないけれど、それによって自分は救われいつかその中に入りたいという願いを生み出してくれた。
だから守る、決して失ってはいけない人の光を、心を、守りたいのだ。
「自分が妖怪らしくないと理解してる、こんな考えは本来妖怪が抱いてはいけないものかもしれないとも思っている。
――だけど、時代は変わってきているんだ。いつまでも昔のような考え方から抜け出せなければ、人と妖怪の関係は変わってくれない」
人と妖怪が共に生きれる世界、その可能性を幻想郷は持っている。
その可能性を現実のものにできれば、それはどんなに希望溢れるものか……。
「……おかしな妖怪だな、本当に」
「ああ、小さい頃からよく言われているよ」
「…………妖怪はどうしようもない悪だ、そう思っていた俺は……間違いだったのか?」
「それは違う。俺には君の詳しい過去は知らないけれど、大切な存在を妖怪に奪われたのならば、その怒りも憎しみも間違いじゃない。
――それらは一生消す事なんてできないんだ、たとえ他のもので補ったり薄めたりすることはできても……忘れる事も否定する事も、きっと誰にもできないんだ」
だから、君が妖怪を憎むのは間違いではないと、聖哉は総司を肯定する。
……本音を言えば受け入れてほしい、けれど彼の心は妖怪によって無残に傷ついている。
その傷を乗り越え憎むべき相手を受け入れるなど並大抵の事ではない、第三者の言葉や説得など何の意味も成さないのだ。
「そう、か……そうだな。俺の目の前で両親と妹を殺し、その亡骸を食い散らかした妖怪を……許せるわけがないよな」
「……」
吐き捨てるように呟いたその言葉の中には、どうしようもなく深い悲しみと……怒りが込められている。
――されど。
「だが少なくとも…………アンタは、アンタの今の言葉だけは嘘偽りのない真実だという事だけは、理解できるよ」
「えっ……」
「妖怪という存在を許せるとは思えない、これからもきっと憎み続ける事になる。
けど、少なくとも俺の心はアンタだけは……犬渡聖哉という白狼天狗だけは、信じたいと思っているようだ」
「……」
「――助けてくれて、ありがとう。感謝している」
姿勢を正し、真っ直ぐに聖哉を見据えてから。
総司は深々と頭を下げ、彼に対し最大限の感謝の言葉を告げた。
「…………ありがとう。本当に……ありがとう」
「なんで助けたアンタが俺に礼を言うんだ? ……本当におかしな妖怪だよ、アンタは」
「はは……そう、かもな」
心底可笑しそうに笑う総司に、聖哉もつられて笑ってしまう。
だってそうしないと……嬉しくて、泣いてしまいそうだったから。
だから聖哉は誤魔化すように笑う、瞳に滲む涙を悟られないように。
(ああ、本当に……人は、強いな……)
〈わかってねえなお前は、こいつが自分の中にある怒りや憎しみに拘らずに一歩前に進んだのは、お前だからだぞ?〉
(……そうだと、いいな)
〈やれやれ、本当にわかってねえなお前は……〉
ヴァンは笑う、皮肉を込めながらも……彼を称賛するように。
太古の魔獣の心に、今まで感じた事のない暖かな感情が流れていく。
それはとてもくすぐったくて、違和感が拭えないものだったけれど。
〈……悪くない、気分だな〉
自然とそう思える、心地良さがあった……。