狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第76話 日常~里での暮らし~ ※

「――先輩、起きてください」

 

 誰かに身体を優しく揺すられ、意識が覚醒していく。

 目を開けると、清潔感溢れる白い割烹着に身を包んだ椛が、こちらを優しく見つめている姿が視界に入ってきた。

 

「……おはよう、椛」

 

「はい、おはようございます。先輩」

 

 にっこりと微笑む彼女に笑みを返しつつ、俺は布団から起き上がる。

 外へと視線を向ければ、既に日は昇り晴れやかな青空が広がっていた。

 

「今日もいい天気ですね」

 

「ああ、そうだな」

 

 大きく伸びをしていると、椛が俺の布団を片付けてくれた。

 

「悪い」

 

「いえ、お気になさらないでください」

 

「……」

 

 甲斐甲斐しいその姿は、なんというか。

 夫を立ててくれる、若奥様のように見えてしまった。

 

「? 先輩、どうかしましたか?」

 

「あ、や……なんでもない」

 

 誤魔化すように視線を逸らし、熱くなった顔に手を置く。

 朝から何考えてんだ俺は…………けど。

 割烹着姿の彼女は、いつもとはまた違う可愛さというか愛らしさが……。

 

「……ふふっ」

 

「?」

 

「あ、すみません。なんというか、その……私達、夫婦みたいだなぁと……」

 

 顔を赤らめ、椛はそんな事を呟く。

 聞いているこっちが恥ずかしくなるような事を言うものだから、せっかく冷めてきたのにまた顔が熱くなってしまった。

 ……暫し、沈黙が流れる。

 

「おほんっ」

 

「っ!? け、慧音……!?」

 

「仲睦まじいのは結構だが、寺子屋に行かなければならない時間が迫っているのでな、早く朝食にしたいのだが……」

 

「す、すみませんっ!!」

 

 先程以上に顔を赤くさせながら、逃げるようにその場から駆け出す椛。

 その後ろ姿を眺めてから、慧音はこちらに呆れたような視線を向け……口を開いた。

 

「……お前達、今のやりとりをしているのに夫婦はおろか恋人同士でもないのか?」

 

「うるせえっ」

 

 

 

 

「こんにちは聖哉さん、椛ちゃん」

「2人とも買い物かい? 仲が良いねえっ」

「椛ちゃん可愛いよ椛ちゃん」

「若奥様椛ちゃん……イイ」

 

 朝食を食べ終え、寺子屋に向かう慧音を見送ってから。

 俺と椛は、今日の夕食の材料を買う為に人里へと赴いていた。

 

 行く先々で、里の人達が挨拶をしながら話しかけてくれる。

 それに返事を返しながら…………って、一部変な言葉が聞こえたような。

 

「皆さん、もう私達を受け入れてくれているんですね」

 

「そうだな、まだ慧音の家で厄介になってから1週間だってのに」

 

 そう、彼女の厚意に甘え居候をして今日で1週間。

 その間に俺達が里で暮らしている事はすっかり皆に伝わり、当たり前のように受け入れてくれている。

 まだたったの1週間だというのに、これは一体どういう事なのか。

 

「自警団の皆さん……特に喜助さんと総司さんが、私達の事を受け入れてくれるように話をしてくれたみたいですよ?」

 

「え、そうなのか?」

 

「はい。でも驚きました、喜助さんはともかくとして総司さんまでそんな事をしてくれるなんて……先輩、何かしたんですか?」

 

「……いや、別に」

 

 あの時の総司とのやりとりは、なんとなくだけど内緒にしておきたかったので白を切ることにした。

 でも、そうか……総司も俺達を受け入れてくれたのか。

 その事実が嬉しくて、自然と口元に笑みが浮かぶ。

 

「――おおっ、聖哉殿に椛殿ではないかっ」

 

 名を呼ばれ、椛と共に視線を横へ。

 視線の先にあるのは団子屋、その店先の前には……此方に向かって大きく手を振る布都と、彼女とは違い小さく手を動かす屠自古の姿があった。

 

「久しいの。二人とも元気そうで何よりじゃ」

 

 彼女達に近寄ると、布都は無邪気な笑顔を浮かべてきた。

 相変わらず元気が身体から溢れている子だ、俺や椛より太古の存在だというのになんだか幼く見えてしまう。

 

「そっちも元気そうで何よりだ、神子も元気か?」

 

「元気も元気、既に太子様はこの地にて再び王として君臨する準備をだな……」

 

「何大ボラ吹いてんだお前は、太子様にはもうそういった事に興味は無いって言われたばかりだろうが」

 

「むっ……しかしだな屠自古よ、やはり太子様ともあろう御方が民を導かねばならぬと我は……」

 

「お前の気持ちも判るが、他ならぬ太子様がそういった気が無いのなら仕方ないだろ?」

 

「むぅ……」

 

 不満そうに唇を尖らせながらも、布都は押し黙った。

 ……民を導く、か。

 生前の神子は一時期この国の王として君臨していた、だからこそ復活したのだから再び王として……忠実な部下である布都がそう思うのも当然かもしれない。

 ただここは幻想郷、そんな事をすれば他の勢力が黙ってはいないだろう。

 

「ところで、お二人はここで何を?」

 

「うむ。ここの団子屋が人気だという話を聞いたのでな、朝の散歩がてら太子様の土産にと思ったのだ」

 

「ただ早すぎたのかまだ店が開いてなくてな、ったく……布都が急かすから」

 

「よ、よいではないか。どうせ暇だろうに」

 

「おいコラ、誰が洗濯掃除といった家事仕事をしてると思ってるんだ? 手伝いもしないくせに」

 

 キッと、迫力のある視線を屠自古に向けられたちまち小さくなる布都。

 お母さんに怒られる娘のような構図に見えてしまい、つい笑いそうになってしまった。

 

「そ、そういえば聖哉殿。今度太子様がお主を仙界に招待したいと言っておったぞっ」

 

「仙界?」

 

「う、うむ……なんでも詫びがしたいと言っていたが……」

 

「…………あっ」

 

 布都の言葉を聞いた瞬間、屠自古の表情が「しまった」というものに変わった。

 すると、彼女はいきなり俺に向かって頭を下げ。

 

「すまない聖哉、お前には謝罪をしなければならなかったというのに……」

 

 そんな、よくわからない事を言ってきた。

 

「謝罪って……俺、屠自古に何かされた覚えなんかないんだが?」

 

「……正確にはわたしじゃなく、あの邪仙――青娥の事で謝りたいんだ」

 

「青娥…………」

 

 はて、確かそんな名前を前に聞いたなと己の記憶を思い返す。

 ……あ、もしかして前に小川で襲い掛かってきたキョンシーを使役していた女性の名前が。

 

「そういえば、前にキョンシーを操っていた青髪の女がそんな名前を名乗ってたな……」

 

「……ソイツはわたし達の身内なんだよ」

 

 疲れたように額に手を乗せ、大きなため息を吐き出す屠自古。

 ああ、そういえば神子の知り合いとも言ってたなあの女性。

 

「どうして屠自古が謝る? 悪いのはあの霍青娥という奴だろう?」

 

「アイツは太子様の友人であり、(タオ)の事を教えた師匠のような存在なんだ。

 そんなアイツが太子様の友人であるお前に対し襲い掛かったと平然と言い放ったんだ、謝罪するのは当然だろう?」

 

「むぅ? おい屠自古よ、我には何が何だか判らんのだが?」

 

「ああ、実は……」

 

 小川であった出来事を布都に説明すると……彼女は驚愕しながらも、合点がいったといった様子で何度も頷きを見せた。

 

「そうであったのか……前に屠自古がいきなり青娥殿に怒鳴りながら雷を落としていたのは、そういう訳だったのだな」

 

「別に隠し事をするつもりはなかったんだがな……悪い布都、説明するのが遅れて」

 

「よいよい、屠自古が謝る事でもあるまいて。――それより聖哉殿、椛殿。如何に知らなかったとはいえ身内の恥を謝らずに居たとはなんとも情けない……許してはくれぬか?」

 

「布都も謝らなくていいって、なあ椛?」

 

「そうですよ、悪いのはその邪仙なんですから」

 

 それに、先程の布都の言葉でしっかりと仕置きを受けたというのは判ったのだ。

 甘いかもしれないが、とりあえず“今回”は水に流す事にしよう。

 

「神子にも言っておいてくれ。詫びなんかいいから仙界に招待するなら友人として招待してくれって」

 

「……判った、確かに伝えておくよ」

 

「聖哉殿は優しいの。妖は好きではないが聖哉殿は気に入っておるぞ」

 

「ありがとう。……ただ、そうなるとまた仕掛けてきた時にどうするか」

 

 神子の知り合いというのであれば、あまり手荒な事はしたくはない。

 とはいえ彼女のあの反応、間違いなく諦めてはいないと容易に理解できる。

 

「うむ……我等もなんとかしてやりたいが、言葉で引き下がる輩ではないのでな」

 

「太子様の友人という事もあるから、わたし達としても仕置きぐらいはできるんだが……」

 

「ああ、布都も屠自古も気にしないでくれ」

 

 そういう事ならば致し方ないだろう、2人にも色々と立場というものがある。

 椛も同じ気持ちなのか、「大丈夫ですよ」と2人に言うのだが……。

 

 

「ただ……また仕掛けてきた時は、容赦なく斬り捨てますからね?」

 

 

 空気が、凍り付いた。

 にこにこと、屈託のない笑顔を浮かべながら、椛は上記の言葉を言い放つ。

 そんな彼女の姿に、俺はもちろん布都と屠自古も言葉を失ってしまった。

 

「そ、そうか……ま、まあその時は青娥殿の自業自得だしのぅ……」

 

「そ、そうだな……」

 

「はい。ですから布都さんも屠自古さんも気に病む必要はありませんよ」

 

「……」

 

 恐い、その笑顔がただ恐い。

 お願いです霍青娥さん、どうか俺の事はもう諦めてください。

 でないと、死神のお迎えより先にあの世に連れて行かれますから、ホントに。

 

 

 

 

「――布都さんと屠自古さん、なんだか恐がっていましたけど……どうしたんでしょうか?」

 

「…………さあな」

 

 椛の問いに曖昧な返答を返しつつ、俺はそっと腰を地面に降ろす。

 2人と別れ、買い物を終えた俺達は里を一望できる丘の上へとやってきていた。

 今日も平穏な里を見下ろしながら、時折流れてくる穏やかな風に身を委ねる。

 

「ん……?」

 

「えへへ……」

 

 左肩に柔らかな感触。

 視線だけをそちらに向けると、椛が頭を自分の肩に乗せているのが見えた。

 更に両腕を俺の左腕に絡めるように抱きつき、これでもかと密着してくる。

 

「暫く、このままでもいいですか?」

 

「あ、ああ……」

 

 暖かくて柔らかな感触が、左腕を包み込む。

 正直恥ずかしい、けれど拒めないのは……俺も男という訳か。

 だけど、流れる空気はただ穏やかで……このまま、ずっと彼女の温もりを感じられたらとも思った。

 

「……このまま、時が止まってくれればいいのに」

 

「……」

 

 ああ、くそっ。

 今の呟きは反則だろ……椛。

 冷め始めていた顔が一層熱くなっていく、思わず……彼女を抱きしめたくなってしまう。

 

〈よし聖哉、そのまま抱きしめてぶちゅーっと情熱的なキスをだな……〉

 

 黙ってろ、エロ魔獣。

 はやし立てるヴァンに、俺は一時的とはいえ意識を向けていると。

 

「――仲睦まじいな。妬けてしまいそうだよ」

 

 彼女(・・)の接近に、気づく事ができなかった。

 

「…………藍」

「久しいな聖哉、元気そうで何よりだ」

 

 いつもの導師風の衣服に身を包み、見惚れてしまいそうになる程に美しく妖艶な笑みを浮かべる九尾の狐。

 八雲紫様の式である八雲藍は、そのまま俺の右隣に座り込んだ。

 

「幽々子様と妖夢殿から白玉楼を旅だったと聞いてな、まさか人里で暮らしているとは思わなかったよ」

 

「まあ、色々あってな」

 

「お前の事だ。きっと人間の力となり受け入れられたのだろう、相変わらず妖怪らしくない妖怪だよお前は」

 

 そう言いながらも、藍の笑みは何処か嬉しそうなものに変わっていた。

 それと同時に、彼女はだんだんと俺との距離を縮めるように顔を近づけて……。

 

「――ご用件は、何でしょうか?」

 

 怒気を孕んだ椛の問いかけに、藍の動きが止まる。

 藍の顔から笑みが消え、険しい表情で椛へと視線を向けるが。

 

「ご用件は何でしょうかと言ったのですが、聞こえませんでしたか?」

 

 椛もまた、藍に対し険しい表情を浮かべていた。

 和やかな空気は消え、両者の睨み合いは続く。

 

「そう邪険にしないでくれ椛殿、私はただ聖哉と友としての時間を過ごしたいだけだ」

 

「その割には、随分と先輩との距離が近いような気がしますが?」

 

「それは当然だ。私と聖哉はかなりの(・・・・)友人なのだからな」

 

「……」

 

 く、空気が重い……。

 だけど椛の疑問は尤もだ、いくらなんでも藍との距離が近すぎる。

 ただでさえ椛が密着しているというのに、絶世の美女である藍にここまで接近されれば、否が応でも緊張してしまうではないか……!

 

「ふふっ……聖哉、もしかして私を意識しているのか? だとしたら嬉しいな」

 

「あ、いや……それは、仕方ないだろ。藍は自分がどれだけ美人なのか自覚してないのか?」

 

「……美人、か。ふむ……いや、なんというか……照れてしまうな」

 

「っ」

 

 な、なんだその反応はっ。

 顔を僅かに紅潮させ、嬉しそうに笑うものだからこっちまで気恥ずかしくなってしまった。

 まさかあの藍がこんな反応をするとは思わなかった…………って椛、俺を睨むのは止めてくれ。

 

「ふふふ……紫様には申し訳ないが、“眠りの時”に入っていらっしゃって良かったよ。知られたら仕置きをされてしまいかねん」

 

「そうか、八雲様は」

 

「うむ、既に“眠りの時”に入っていらっしゃる。……決して無茶をせず、己の命を軽々と天秤に乗せるような真似はするなと仰られていたよ」

 

 そう言って藍は立ち上がり、右手を真横に翳す。

 刹那、彼女の右手の前で空間が軋みを上げ、紫様の能力である“スキマ”の空間が顔を出した。

 そこから棒状の物体が二本、零れるように落ち地面へと突き刺さる。

 

「刀……?」

 

「それに、大太刀……」

 

 棒状の物体の正体、それは黒い鞘に入った刀と抜き身の大太刀であった。

 けれど俺と椛は瞬時に理解する、この剣がただの剣ではないという事を。

 

「2人とも武器を失っているのだろう? 刀は椛殿に、大太刀は聖哉に渡そう。

 どちらも中々の妖刀だ、銘は無いが2人の力を充分に引き出してくれるだろう。紫様からの手向けだ」

 

「……何が狙いですか?」

 

「狙いなどないよ。ただ……君達には戦う力を保ってもらわねば困るんだ、色々とね」

 

「? それは、どういう意味だ?」

 

 俺の問いかけに藍は「いずれ判る」と言い残し、そのままスキマの中へと入ってしまった。

 すぐに後を追おうとするがそれは叶わず、言いたい事だけを言って藍はスキマと共に消えてしまった。

 

「……」

 

 地面に刺さった大太刀を右手で抜き取る。

 ……重い、俺ですら両手でなければ十全には扱えない重厚な剣だ。

 だが確かにこれは妖刀だ、他の剣には無い“凄み”を感じられた。

 

「……大丈夫でしょうか?」

 

「さあな。だけど少なくともこの獲物には何の細工も施されていない。椛ならわかるだろ?」

 

「まあ……」

 

 警戒しながらも、椛は刀を鞘ごと地面から抜き取り……そのまま自分の腰へと差した。

 納得はできないが、とりあえずは使わせてもらおうというわけか。

 

「そろそろ帰りましょう先輩、イリスさんも待っていますし」

 

「ああ、そうだな」

 

 大太刀を背中に背負い、俺は椛と共にその場を後にする。

 そして慧音の家に向かいながら……俺は先程の藍の言葉を思い返していた。

 

 戦う力を保ってもらわねば困る、彼女はそう言った。

 まだ幻想郷にとって脅威となる存在は残っている……しかし、彼女の言葉の意味はそういったものではないと思えたのだ。

 もっと別の、無視できない理由があるような気がしてならない。

 

 

 

 ――そして、その言葉の意味を俺は後に知る事になり。

 何故それをすぐに理解できなかったのかと……後悔する事になる。

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