狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
(……珍しい光景だな)
ある日の人里。
散歩に勤しんでいた俺の目に、見慣れた紅白姿が見えた。
長く艶やかな黒髪を赤いリボンで纏め、何故か腋が丸見えな巫女服に身を包んだ少女。
博麗の巫女である博麗霊夢が里を歩いている……のだが、彼女は何故か大きな荷車を引いていた。
「霊夢、何しているんだ?」
「んー? って、なんだ聖哉か」
「なんだとは御挨拶だな……それで、なんだこの荷車は?」
中を確認すると、様々な食材と大きな瓶が乗せられていた。
瓶の中身は……調味料の匂いがする。
「もうすぐ本格的な冬でしょ? だからそれが来る前にこの時季は色々と買い溜めしてるのよ」
「ああ、成程……」
確かに、博麗神社の立地を考えると本格的な冬が訪れてからはおいそれと買い物には来れないかと納得。
なにせ里から神社までの道のりは、碌に整備されていない獣道だし運が悪ければ野良妖怪や悪戯妖精が現れるような地帯だ。
荷車を使う程の荷物となれば、雪道になる前に買い溜めするのは当然である。
「手伝おうか? 重いだろ、それ」
「……予想はしてたけど、まさか本気で言うとは思わなかったわ」
相変わらず暇人で御人好しなのねと苦笑されてしまった。
いいじゃないか別に、俺はただ女の子である霊夢が大変そうだから手伝おうとしただけだ。
そう言うと、何故かまた霊夢に苦笑されてしまった、解せぬ。
「でもありがと、お言葉に甘えようかしら」
「よし、任せろ」
霊夢を荷車に乗せ、さっそく引き始める。
思っていた以上の重量だ、妖怪の俺はともかく人間の少女である霊夢にはかなりの負担が掛かるとすぐに判った。
……定期的に、彼女はたった一人でこんな事をしているのだろうか。
まだ成人していない、強力な術を扱えても子供である霊夢一人で。
「霊夢」
「なに?」
「俺で良ければいつでも力になるからな、だからその時は遠慮するなよ?」
気が付くと、俺はそんな事を彼女に言っていた。
すると霊夢はキョトンとしてから……俺に向かって呆れたような笑みを見せる。
「妖怪が、博麗の巫女の力になるとか……ホントに聖哉って変な天狗よね」
「変でもいい。友達の助けになるのなら俺が変でも構わないさ」
「…………ありがと、その時は遠慮しないわ」
ぽつりと、呟くように言って彼女はそのまま荷車の中で丸くなった。
……遠慮しないと言ってくれたのは正直嬉しい、人間である彼女が妖怪である俺を信用してくれている証だと思ったからだ。
まあ体よく利用されている可能性もあるが、それでも力になれるのならば悔いはない。
「おや聖哉さん、今日は巫女様のお手伝いですか?」
「ええ、力仕事は得意ですから」
「働き者ですねえ、愚息も見習ってほしいものですよ」
「そんな事ありませんよ」
「聖哉さん、巫女様と浮気なんざ椛ちゃんに怒られちゃいますよ?」
「どうしてそうなるんですか!?」
「はははっ、冗談冗談」
「まったく……洒落にならないんでやめてくださいよホントに」
マジでやめろ、そういう冗談はと本気で言いたかった。
つい睨みそうになるのを堪え、外に向かいながら話しかけてくれる里の人達と他愛無い会話を楽しむ。
あぁ……今日も人間と会話ができて嬉しい。
「……すっかり受け入れられてるのね、アンタって」
「ありがたいよ、本当に」
とはいえ、さすがに里全てに受け入れられていると思っているわけではない。
中には俺を恐怖の対象として見ているには知っているし、何かするのではないかと警戒されているだろう。
いずれはそんな人達とも仲良くなりたいが、まあ慌てずに少しずつ歩み寄れればいいだろう。
――それから里を出て、神社へと続く道を歩んでいく。
白狼天狗と博麗の巫女、この2人を襲うような野良妖怪はおらず妖精も悪戯を仕掛けようとはしてこない。
至って平和だ、と思っていた矢先。
「ん?」
「どうしたの……って、あれは」
前に視線を向けると、疲れたように岩の上へと座っている一人の女性が見え、足を止めた。
上質な生地で作られた着物を纏った金糸の髪の女性、呼吸が乱れているのか肩で大きく息をしている。
妖怪ではなく人間だと判り、どうしてこんな場所に居るのか首を傾げつつ俺達は女性に近づき声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え? ……あらあら、随分と大きな殿方ですねぇ」
顔を上げた女性は俺を見て一度驚き、その後になんだか間延びした声で呑気な事を言ってきた。
それにしてもこの女性、誰かに似てるような……。
「あなたは……確か魔理沙のお母さん、でしたよね?」
「え?」
「そういうあなたは博麗の巫女様ですね、いつも娘がお世話になっております」
立ち上がり、霊夢に頭を下げる女性。
ちょっと待て、今魔理沙のお母さんって言ったが……。
「そちらの方は……もしかして、白狼天狗の犬渡聖哉様ですか?」
「え、ええ」
「お目に掛かれて光栄です、私は魔理奈。
こちらにも丁寧なお辞儀をしてきたので、俺も慌てて頭を下げた。
成程、見覚えがあると思ったら魔理沙の母親なのかこの女性は、確かに魔理沙とよく似ている。
だけど魔理沙と違ってなんというか、のんびりオーラが漂っているというか、魔理沙をそのまま大きくしておしとやかにした感じだ。
「どうしてこんな場所に? 野良妖怪が現れる危険地帯だという事は知っていますよね?」
「ええ、ですが博麗神社にお参りに行きたくて……ですが中々道のりが険しく、こうして休憩していたのです」
「でしたらこの荷車に乗ってください、私達も神社に戻る予定ですから」
「え、ですが……」
「大丈夫です。力だけはある天狗様が居ますから」
おい、誰が力だけだ。
とはいえ彼女の提案には賛成なので、俺も頷きを見せ乗るように促す。
まだ遠慮していた魔理奈さんであったが、やがて「ありがとうございます」と礼を言いながら、荷台に乗り込んでくれた。
――少しだけ歩く速度を緩めながら、ゆっくりと神社へと向かっていく。
「ところで、魔理奈さんはうちの神社にどういった御用件で?」
「あら、巫女様もおかしな事を言いますね。神社に行く理由なんて参拝以外にあるのでしょうか?」
「そ、そうでしたね……」
僅かに顔を引き攣らせる霊夢、まあ滅多に参拝客が来ないから仕方ないかもしれないが、今の反応は悲しくなった。
ほんの少しだけ微妙な空気になりながらも、止まる事なく歩を進め……神社へと続く階段へと辿り着いた。
百近いであろう段数を見上げる、何度か見ているとはいえ本当に博麗神社は立地条件が宜しくない。
守矢神社よりはマシだが、こういった所も参拝客が増えない原因の一つなのだろう。
そんな事を考えつつ、俺は荷台を持ち上げゆっくりと飛翔していった。
魔理奈さんは空を飛ぶことに驚き……はしていたけど、なんだか目を輝かせている。
「あの、恐くありませんか?」
「凄いです。空を飛んだなんて初めてなので、とても楽しいですよっ」
遠くの景色に目を奪われながらそんな事を言う魔理奈さん。
さすが魔理沙のお母さんというべきか、普通は恐がるもんなんだが。
ただあんまり身を乗り出そうとしないでほしい、一応気を付けながら神社の境内へと着地すると。
「――よお霊夢、遊びに来たけど居なかったから寛がせてもらってたぞ~」
「こんにちは霊夢さん、それとすみません……」
ニカッと元気いっぱいに微笑み片手を上げる魔理沙と、何故か申し訳なさそうに霊夢に向かっている早苗の姿があった。
俺と霊夢も2人に挨拶を返すと……魔理沙は荷台、正確には魔理奈さんを見て固まってしまった。
「…………母様?」
「あらあらあら? 魔理沙じゃないの~っ!!」
「わぶっ」
一方の魔理奈さんは、固まっている魔理沙に駆け寄り彼女を自分の胸へと思いっきり抱きしめ出した。
もがもがとよくわからない声を上げながら抵抗する魔理沙だが、魔理奈さんは彼女を離そうとせず本当に嬉しそうに抱きしめる力を強めていく。
はて、魔理奈さんの反応がなんだかおかしな気がするが……あの態度、まるで久しぶりに我が子にあったかのように見える。
「霊夢さん、あの人は?」
「魔理沙のお母さんよ」
「魔理沙さんの? 成程、確かに似てますね……だけどなんだか久しぶりにあったような反応を見せていますけど、魔理沙さんって滅多に実家へと帰らないんでしょうか?」
「帰らないんじゃなくて帰れないのよ、だってあの子“勘当”されてるから」
「えっ!?」
「何!?」
霊夢の言葉に、俺と早苗は同時に驚きの声を出してしまった。
勘当って……縁切りの事だよな、魔理沙は実家と縁を切っていたのか……。
驚く俺達に霊夢は簡潔に説明してくれた、なんでも魔理沙が魔法使いになるという夢を抱いた際に父親と大喧嘩をして、そのまま家出したとの事。
「私もそれ以上は詳しく聞いてないけど、霖之助さんからの話だから間違いないと思うわ」
「なるほどー……だとしたら魔理沙さんのお母さんのあの反応は無理からぬことですね。一体どれだけ帰っていないんでしょうか?」
「少なくとも六~七年前の話らしいわよ」
「……なんだか、悲しいですね」
早苗の表情が曇る、その表情はほんの少しだけ悲しそうで。
「ところで早苗、アンタなんでさっき私に対して謝ってたの?」
「え、あ……それはですね、魔理沙さんが私が霊夢さんに持ってきたお土産であるフルーツタルトを勝手に全部食べちゃったので、それを止められなかったから――」
「――――なんですって」
そんな呟きが耳に入ったと自覚した時には、既に周囲の空気は凍り付いていた。
まるで地の底から響き渡るような霊夢の小さな呟き、そこには……無意識のうちに震え上がる程の憤怒の感情が溢れていた。
早苗は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ俺にしがみ付き、俺もまたそんな彼女を庇いつつもその場から一歩も動けなくなってしまった。
「ありがとう早苗、わざわざ私の為に作ってくれたのよね?」
「ひ、ひゃい……」
「アンタが謝る必要なんてこれっぽっちもないわよ、だって……悪いのは手癖の悪い魔法使いさんだもの」
「れ、霊夢……気持ちは判るが落ち着いてくれ……」
「落ち着く? 私は落ち着いているわよ聖哉、ただね……食べ物の恨みは恐ろしいって事を、思い知ってもらわなきゃって思ってるだけだから」
「……」
あ、これはダメだ。
瞬時にそう悟った俺はそれ以上何も言わず、黙って魔理奈さんから離れ赤い顔で彼女に抗議している魔理沙に向かって両手を合わせた。
所謂“合掌”である、まあ要するに……そういう事だ。
「ちょ、聖哉さん。なんですかそれ!?」
「わかるだろ早苗、……魔理沙、骨が残ったらちゃんと供養してやるからな」
「縁起の悪い事を言わないでくださいよ!?」
とは言いつつも、彼女自身も悟ったのかゆっくりと魔理沙に向かっていく霊夢を止めようとしない。
「だいたい母様は…………って、れ、霊夢……?」
漸く気づいたか魔理沙、だがもう遅い。
「れ、霊夢……何怒ってるんだ?」
「判らない? ……本気で言ってるのなら、私からは何も言わないわ」
「あ、い、いや……その、えっとだな……」
どうやら何故自分が命の危機に陥っているのか気づいたようだ、全身から汗を流しながら必死に弁解の言葉を見つけようとする魔理沙。
だけどな魔理沙、さっきも言ったがもう遅いんだよ……。
「……と」
「と?」
「――糖分は、乙女の燃料だから仕方ないよな?」
「死ね」
――それから先は、もう本当に酷かった。
霊夢の事だからてっきり全力の夢想封印でも叩き込むかと思いきや、魔理沙への報復は平手打ちから始まった。
ただその平手打ちは女の子のそれではなく、なんていうか……巨大な鉄球で殴り飛ばしたような音と衝撃を持ったものだった。
しかもそれを静かに、ゆっくりと、淡々とした作業感覚で延々と繰り出すのだから、恐ろしい。
最初は必死に謝ったり弁解しようとした魔理沙だったが、段々と何も言えなくなりそれでも霊夢は止まらない。
「あら、まあ……」
いや魔理奈さん、あらまあじゃないです。
だけどすみません、俺も早苗も今の霊夢を止める事は出来ないんです。
とにかく今の俺達にできる事は、霊夢が満足するまで魔理沙の命の灯が消えない事を、祈る事だけだった……。
◆
「――霊夢さん、また作ってきますから」
「…………だって、早苗が作ってくれるお菓子って美味しいから」
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど……ちょっとやり過ぎじゃないですか?」
チラリと視線を横に向ける早苗、そこには魔理奈さんに膝枕されているボロ雑巾のような魔理沙の姿が。
……原型を留めているだけマシかもしれない、だけどただの平手打ちだけであそこまで人間はボロボロになるのかと戦慄する。
彼女の自業自得とはいえ、さすがに同情した。
「いいんですよ巫女様、悪いのはこの子なんですから。いい薬です」
「うぅ……ひどいよ母様」
「何言っているの。元はといえば魔理沙が巫女様のお土産を勝手に食べたからでしょう? 悪い事をしたらちゃんと謝らないと駄目じゃない」
「うっ……」
おお、あの魔理沙が完全に圧倒されている。
あれが母の力というものなのか、単純な力では完全に魔理沙が勝っているというのに。
力だけでは計れない親の力、か……。
「そ、それよりなんで母様がこの神社に来たの?」
「参拝に決まってるでしょ? ――それと巫女様に、貴女が元気でやっているのか聞きたくて」
「……」
「ねえ魔理沙、家に戻る気は――」
「っ、あるわけないだろっ!!」
魔理沙の怒声が神社に響き渡る。
眼を見開き、魔理奈さんから飛び起きるように離れた彼女の表情は、怒りに満ち溢れていた。
「あんな家戻るもんか、あんな……あんなクソ親父の所なんかに!!」
「魔理沙……お父さんも心配していたのよ?」
「心配? アイツが心配してるのは自分の店の跡取りだろ!! 私の事なんか単なる跡取り娘としか見てないヤツに、心配なんかされたくない!!」
「ま、魔理沙さんちょっと落ち着いて……」
「早苗、関係ないくせに口を挟むなよ!! ――アイツはな、私が家出する前に「お前は家の跡取り娘なんだ、それ以外の生き方を選ぶという勝手な真似は許さん」って言ったんだぞ!?
そんなヤツが、娘を娘として見ない父親が心配なんかするもんかっ!!」
肩で大きく息をしながら、魔理沙は叫び続けた。
その声はだんだんと涙声になり、いつも元気で強気な彼女からは想像もできない程に弱々しくて。
誰一人として、彼女に対して何も言えなくなってしまっていた。母親である魔理奈さんすら。
「……霊夢、今回の詫びは近いうちにする。悪かったな」
「別に、もうさっきのでチャラよ」
「それと早苗、怒鳴ってごめん……」
そう言って、魔理沙は素早く箒を自分の手元へと引き寄せそのまま飛び去って行ってしまった。
……沈黙と重苦しい空気が、俺達を包む。
誰もが口を開けず、どうしようかと思っていると。
「――皆さん、お恥ずかしい所をお見せしてしまってごめんなさい」
魔理奈さんが、まるで自分がすべて悪いかのように謝り、俺達に向かって頭を下げてきた。
「あなたが謝る必要なんてありません、それに俺達も彼女の態度に腹を立てている訳でもありません」
「……ありがとうございます」
もう一度頭を下げられてしまった、なのでもう一度「気にしないでください」と彼女に告げた。
感謝するように笑みを見せる魔理奈さん、そして彼女は当初の予定通り参拝を済ませ帰ろうとするので、送っていく事にした。
その間もお互いに会話は無く、けれどなんとなく気まずい空気が流れる。
〈あんま気にすんなよ、人様の家庭の問題なんだからな〉
判ってるよ、それに下手に踏み込むなんて無神経な事はできないさ。
ただ、魔理沙の事を友達だと思ってたのに何も知らなかったなって。
〈そんなの当たり前だろ。教えてくれなきゃわからねえっての〉
それはそうなんだけどな……何となく、もやもやしたものが胸の中で渦巻いているのだ。
〈何か力になれればなんて考えるなよ? それこそ大きなお世話だ〉
……そう、だよな。
ヴァンの言葉を肯定しつつも、もやもやは晴れない。
結局、魔理奈さんを里まで届け別れた後も、俺は暫くその事を頭の隅に追いやる事すらできなかった……。