狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第79話 芽生える感情~不穏な対峙~ ※

「――神霊廟へようこそ」

「聖哉殿、椛殿、イリス殿、歓迎するぞ!」

 

 そう言って、布都と屠自古は俺達をある場所へと案内してくれた。

 目の前に広がるのは巨大な道場施設、中華風のデザインをした道観で、楼閣なども見られる。

 この施設の名は『神霊廟』、現代に蘇った聖人である豊聡耳神子が作り上げた“仙界”という異界の中に存在する、彼女達の居城だ。

 

「……おっきい」

 

 建物を見上げながら、イリスが驚きながらそんな呟きを零す。

 確かに大きい、ここは神子達の道教修行用の施設と居住を兼ねているとはいえ、広さでいえば人里にも負けてはいない。

 これだけの建造物を作り上げ、しかもそれを自らが生み出した“異界”に設置したという事実は、神子の強大な力を物語るには充分過ぎる。

 

「太子様も待っておられる、さあさあ」

 

「ああ……」

 

 布都に促され、俺達は神霊廟の中へと足を進めていく。

 巨大な門を通り、最初に広がるのは広々とした石畳の広場。

 その中央では数十もの人間達が、道士となる訓練に励んでいる姿が見えた。

 

「あの人間達は太子様に弟子入りを志願してきた者達だ、日々ああやって一人前の道士となるべく修行に励んでおる」

 

「……もうあれだけの弟子志願者が現れたのか」

 

 まだ神子が幻想郷に現れて日は浅い、というのに既に数十もの人間が神子の力とカリスマ性に影響され弟子入りした。

 さすがかつてこの国を統治していた聖人というべきか、間違いなく幻想郷のパワーバランスの一角を担っているだろう。

 その事実を再確認し、僅かに警戒心を強め俺は椛達と共に神子の元へ。

 

「太子様、お待たせ致しました」

「――ありがとう屠自古、布都。聖哉達もよく来てくれました、歓迎しますよ」

 

 友好的な笑みを浮かべ、此方を歓迎する少女。

 全身から溢れ出す光のオーラは、闇の中に生きる俺達妖怪にとっては少しばかり居心地が悪い。

 しかし決して悪い気はせず、かといって油断すれば忽ち引き摺り込まれるような……含みのあるオーラだ。

 

「歓迎してくれてありがとう神子、元気そうだな」

「神子さん、今日はお招きいただきありがとうございます」

「ありがとね」

 

「いえいえ。立ち話もなんですから座ってください」

 

 神子と向かい合う形で座る、すぐに布都と屠自古がお茶を持ってきてくれた。

 

「では太子様、我等はこれにて失礼致します」

「何かあればお呼びください」

 

「ええ、ありがとう二人とも」

 

 神子に向かって一礼し、部屋を出ていく布都と屠自古。

 そして部屋には俺達四人だけが残り、神子は用意されたお茶を一口こくんと飲んでから立ち上がり。

 

「――まずは謝罪を。青娥が君達に迷惑を掛けたそうですね」

 

 躊躇いもなく、俺達に向かって深々と頭を下げてきた。

 

「神子が謝る必要なんかない、あの二人にも言ったが悪いのはあの邪仙なんだから」

 

「そう言ってもらえるとこちらも救われますが、身内の不始末は全て私の責任ですから」

 

「なら今の謝罪だけで充分だ。それより――本題に入ったらどうだ?」

 

「……」

 

 顔を上げる神子、その表情は……面白いものを見つけたかのような含みのある笑みが刻まれていた。

 瞬間、場の空気が僅かに引き締まった。

 

――神子が俺達を呼んだ理由、それは決して単なる“招待”ではない。

 

 彼女は俺達に何か伝えるべき事があるから呼んだ、そう思っているからこそ俺はすぐさま本題に入るように促したのだ。

 そしてその予想は神子の表情を見て確信に変わると同時に、先程以上に警戒を強めた。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ただ友人としてこの神霊廟に呼んだというのも間違いではありませんから」

 

「だが決してそれが本当の理由じゃないんだろう?」

 

「ええ。これ以上わざわざ話を伸ばす意味もありませんし、単刀直入に言いましょう。

 ――聖哉、椛、イリス。あなた方三人には我々の“同志”になっていただきたいと思っているんです」

 

「ど、同志……?」

 

 思いがけぬ彼女の言葉に、俺達は揃って固まってしまう。

 同志、即ち神子達の仲間になれという事か……?

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのままの意味ですよ。我々はあなた方が欲しい、だから勧誘したというわけです」

 

「質問の意味じゃない。俺達を引き入れたい訳を話してくれ」

 

 俺がそう訊ねると、何故か神子は驚きの表情を見せてきた。

 どうしてそんな事を訊いてくるのか、本気で判らないとばかりの彼女の態度に、俺は眉を顰め軽く彼女を睨みつけてしまった。

 

「……どうやら本当に判っていないようですね、予想はしていましたが……」

 

「あの、さっきから言っている意味が判らないのですが……」

 

「そうですね、自覚していないのならば今の私の言葉の意味が判らないのも当然です。

 ――あなた方はですね、現在様々な組織に目を付けられているのですよ」

 

「えっと……それ、どういう事?」

 

「まず聖哉、あなたの力は既にこの幻想郷の中でも上位に位置しています。そして椛にイリスの力もかなりのものです。

 そしてそれだけの力を持ちながらあなた方はどの組織にも属してはおらず……何よりも、妖怪でありながら人里の人間に受け入れられているのが一番の要因でしょう」

 

「……」

「えっ?」

「???」

 

 ああ、そういう事かと俺は今の言葉で理解する事ができた。

 ――この幻想郷は、複数の組織および存在がパワーバランスを担っている。

 レミリア達紅魔館勢に永琳達永遠亭勢、あの風見幽香や命蓮寺に神霊廟に妖怪の山……幻想郷に存在する組織の大半が該当している。

 それらが表立って行動を起こそうとはせず水面下で睨み合っているからこそ、スペルカードルールでの“弾幕ごっこ”及び“異変”が成立しているのだ。

 

 しかしだ、それはあくまで“表面上”でしかない。

 幻想郷が危ういバランスの上に成り立っている理由はそれであり、該当する全てではないが中にはこの世界を牛耳ろうという野望を抱いている勢力もいるだろう。

 そして、その野望を抱くには――人里の支配が一番手っ取り早い。

 

 妖怪は人間の恐怖によって存在する、つまり人間が住まう里を支配できれば幻想郷を支配するも同意なのだ。

 里の支配者となれば簡単に妖怪に対する恐怖心を煽り、自らの力の強化に繋がる。

 だからこそ様々な組織が里を狙っている、無論表立った武力行使は何のメリットにもならないので行おうとはしないが。

 

 妖怪同士の権力争い、人間は知らずとも遥か昔から里はそういったものの渦中に巻き込まれている。

 俺もそれなりに生きている天狗だし、人間社会には首を突っ込んでいるからこそ知っているが、まだ生まれて間もないイリスや山を殆ど出た事が無い椛にはピンと来ないようだ。

 

「妖怪でありながら人間に受け入れられている俺達を引き込めば、内側から一気に里を支配できると、そういうわけか?」

 

「ご明察。そういう賢しい所も好きだよ聖哉」

 

「悪いが興味が無い、帰らせてもらう」

 

 席を立ち部屋を出て行こうとする、一歩遅れて椛とイリスも俺の後を追ってきた。

 神子はそんな俺達を止めようとはしない、てっきり実力行使で来ると思ったが……予想外だな。

 

「強引に君達を同志にしようとしても無駄だって判っているからね、それに全力で抵抗されたらこちらも只では済まない。

 今回は今君達が置かれている状況を自覚してもらえば充分だと思っているし、何より……友人として招いたのも嘘じゃないからね」

 

 里に戻るゲートは部屋を出て右だよ、神子の言葉に軽く一礼を返してから俺は部屋を後にする。

 すぐに椛達もついてきて……その途中、布都と屠自古に出くわした。

 

「むっ? もう帰るのか?」

 

「ああ、邪魔をしたな」

 

「…………聖哉、太子様は不器用な所があるんだ。今回の事は……どうか許してはくれないか?」

 

「……」

 

 どうやら屠自古は、神子が俺達に何を話したのか察したらしい。

 申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、隣の布都はわけがわからないのか首を傾げていた。

 

「余程のことが無い限り、俺は友人と認めた相手との繋がりを消そうとは思わない。

 だから屠自古、お前が謝る必要なんかないし神子の事だって気にしてないさ」

 

「……助かるよ、聖哉」

 

「??? のう屠自古よ、一体何の話をしておるのじゃ?」

 

 状況を理解できない布都に「ちょっとな」と話す屠自古と別れ、俺達は廊下を歩いていき……やがて光に包まれた空間へと辿り着いた。

 この光が先程神子が言っていた“ゲート”というものだろう、その光の中へと入り込み――俺達は一瞬で里の近くへと戻ってきた。

 ……やはり凄まじい能力だ、これも仙術の一種だろうか?

 

「……ねえ聖哉、さっきの神子の話だけど……いろんな組織が里を支配しようと考えてるって」

 

「本当の話さ。天狗社会もそんな考えを持つ輩が居る、というより知性を持つ妖怪の殆どが考えているだろうさ」

 

「なんでそんな……」

 

「誰だって消えたくないからな、それだけ妖怪の存在が崖っぷちに立たされてるって証拠だ」

 

 尤も、理屈で理解できても感情が納得できる話ではないが。

 いくら妖怪として消えたくないからといっても、ただ平穏に生きる里の人間達を裏で支配するなど……胸糞悪いにも程がある。

 だからこそ神子の話は断ったし、明確な行動を見せようものなら……たとえ相手が誰であろうとも。

 

「――――」

「っ」

 

 慧音の家に戻ろうとした俺と椛の足が止まる。

 

「? 2人とも、どうし――――きゃっ!?」

 

 風が、吹いた。

 幼子ならば倒れ込んでしまう程の突風、それによりイリスの言葉が遮られる。

 ……今のは、自然の風ではない。

 妖力を含んだそれを、俺と椛はよく知っている。

 だからこそ一体何が来たのかを理解し、空の上から降り立った者達を迎え入れた。

 

「……」

 

 背中に生えた漆黒の翼。

 右手に持つ紅葉の形をした扇。

 現れたのは、八人の男性鴉天狗と。

 

「――久しいな、椛」

 

 俺の巨体すら軽々と上回る、巨人の如し体躯を持つ大天狗の男であった。

 

「……」

 

「上司には挨拶をするものだぞ? お前ともあろうものが忘れたのか?」

 

 不遜さを隠そうともしない声。

 しかしその中には息苦しさを与えるようなプレッシャーが込められており、大天狗の名に相応しい力をこの男は見せつけている。

 ……この男は、確か“豪厳(ごうげん)”という名の大天狗だったか。

 大天狗と呼ばれる天狗の中でも古参の存在であり、山の重鎮の一人。

 そして当然ながら、“忌み子”である俺を嫌っている男だ。

 

「……何の用でしょうか?」

 

 豪厳から放たれる重圧を真っ向から受け流しつつ放った椛の言葉は、冷たいものであった。

 必要最低限以上の事は話すつもりはない、そんな感情を隠そうともしないそれは彼女らしからぬものだ。

 取り巻きであろう鴉天狗の表情に、険しさが宿る。

 椛の態度を不敬と思ったのだろう、しかし誰一人としてそれを咎めようとはしてこない。

 

 それは決して椛の態度を許容したからではなく。

 

「つれないな椛、だが相変わらずで安心したぞ」

 

 不用意に口を開けば、この男に殺されると理解したからであろう。

 周りの鴉天狗達は、この男の部下ではない。

 この男にとって道具であり、少しでも機嫌を損ねれば躊躇いなく命を奪われる存在だ。

 それ程までのこの男は……豪厳という大天狗は、危険な存在であると前に清十郎様から聞いた事がある。

 

「山を降りたと聞いた時は心底驚いたが、もういいだろう?」

 

「もういい、とは?」

 

「判らんのか? ――山へ戻ってこい、戯れはもう充分だろう?」

 

 受け入れるように両手を広げ、豪厳は椛へと告げる。

 ……吐き気がした。

 どうしてかは判らない、だが今の言葉を聞いて……どうしようもない不快感が全身を駆け巡ったのだ。

 

「何を言うかと思えば……私はもう山を追放された身、戻る事などする筈がない」

 

「それは何かの間違いだ。儂の方から天魔様には進言しておく、だから――」

 

「戻るつもりなどない、そして――たとえ何があっても私はあなたのモノになるつもりはない」

 

「――――」

 

 その、言葉で。

 俺は先程の不快感の正体を、理解してしまった。

 

――コイツは、椛を自分の所有物扱いしている。

 

 先程からの態度も、言葉も、彼女を自分の“モノ”であると心の底から思っているからこそのもの。

 それが、とてつもなく不快で、腹が立って、気持ち悪い。

 

「くく――ははははははっ!!」

 

 何が可笑しいのか、突然笑い出す豪厳。

 

「儂の言葉を真っ向から跳ね除けた女はお前が初めてだ椛」

 

「そうでしょうね。もし逆らえば……あなたは自らの地位とその力で強引に女性を所有物にしていたでしょう?」

 

「無論だ。逆らう女を力づくで屈服させ跪かせる、その快楽は何物にも代えられぬものだ」

 

「っっっ」

 

 思わず、背中の大太刀に手を伸ばす。

 それと同時に周りの鴉天狗達が一斉に身構えた。

 

「ふん、まるで狂犬だな。所詮“忌み子”という事か」

 

 豪厳の冷たい視線が、初めて俺を捉える。

 だがそんなものどうだっていい、今の俺にはマグマのように噴火しようとしている怒りに溢れ返っていた。

 コイツの存在は許されない、女を女として見ないその態度は勿論だが。

 何よりもだ、己の身勝手で狂った快楽の捌け口に、椛を選んだ事がどうしようもなく不快だった。

 

〈殺すか?〉

 

 ……ああ、コイツはここで殺した方がいい。

 自分でも驚く程あっさりと、そんな考えが頭に浮かんだ。

 コイツをこのまま生かしていたら、椛は…………っ。

 

「せ、先輩……?」

 

「……椛は戻らないと言っている。これ以上この子に近づくな」

 

「貴様風情が口を挟むな、無礼にも程がある」

 

「この子に近づくな、さもなければ……今ここで殺すぞっ!!!!」

 

 黒いオーラが、俺の怒りに触れたかのように勝手に放出されていく。

 その禍々しい力を感じ取ったのか、その場にいる全員の顔に恐怖の色が現れ始める。

 

「これが最後の警告だ、二度と椛に近づくな。もし近づけば……その時がお前の最期だと思え!!」

 

「ぬ、ぅ……まあいい、興が削がれた」

 

 吐き捨てるように言って、豪厳はそのまま飛び去って行く。

 他の天狗共も慌ててその後を追い、俺は暫く空を睨みつけてから……大きく深呼吸を繰り返しオーラを消し去った。

 深呼吸を繰り返したおかげか幾分か冷静さを取り戻せたが、胸に宿る怒りは一向に収まらない。

 

「先輩」

 

「……椛、あの大天狗はお前を」

 

「ええ、実は……前に求婚されたことがありまして」

 

「っっっ」

 

 き、求婚……?

 椛が、あの男に……?

 

「求婚って……あの天狗と椛、どんだけ歳が離れてると思ってるのよ!?」

 

「ま、まあ軽く千以上は離れてるでしょうけど、妖怪としては珍しくないといいますか……」

 

「ま、まさかその求婚を受け入れたわけじゃないよな!?」

 

「当たり前じゃないですか!! 私が好きなのは先輩なんですよ!?」

 

「あ、ああ……そうか、うん……」

 

 そ、そうだよな、あんなヤツと椛が番になるとかありえないよな。

 ……なんだろう、凄まじく癇に障る。

 アレと椛が番になる、そう考えた瞬間にさっき以上の怒りが湧き上がってきた。

 

「セ、セーヤ……なんでそんな恐い顔してるの?」

 

「……なんでもない」

 

 ああ、すげー腹だしいぞ。

 なんだこの苛立ち、やっぱり見逃さずに始末すればよかったか?

 

〈お前、物騒な事を言うようになったな……〉

 

 うるせえなヴァン、黙ってろよ。

 あーくそっ、一体なんだってんだ。

 

 なんで、こんなに胸がざわつくんだ……?

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