狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第80話 想いは形となりて~深き恋慕~ ※

「……」

 

 特に用事もなく、人里の中を歩いていく。

 そんな俺を周りの住人達は心配そうな表情を見せつつも、話しかけ辛いのか声を掛けてくる者は居ない。

 ただ今の俺にとってその反応は正直有難い、何故なら……声を掛けられてもどう反応を返していいのか判らないからだ。

 

――心が、軋んでいる。

 

 苛立ちとは違う、正体の判らない不快感。

 ……あの大天狗とのやりとりから既に数日が経つというのに、いまだに俺の心にはよくわからないもやもやが渦巻いていた。

 きっとそれが顔に出ているのだろう、だから周りの人達はそんな俺を心配そうに見つめていると理解しつつも、俺もこれの正体が判らないものだからお手上げ状態だった。

 

〈おい、大丈夫かよ?〉

 

 わからん、というか何なんだこの形容しがたいもやもやは。

 ヴァンにそう答えつつ、ただ彷徨うように里の中を歩いていった。

 

 まいった、俺の様子がおかしいってんで椛達も心配しているし、早く何とかしないとな。

 だけどなんでこんな状態になっているのか判らないから、どう対処すればいいのか。

 

〈椛に相談したらどうだ?〉

 

 無理だよそんなの、これ以上あいつに負担は掛けられない。

 ただでさえあの豪厳との一件に対して彼女は俺達に迷惑を掛けたと思っているのだ、それなのに俺自身説明できないこの悩みを相談する事などできるわけがない。

 と、そんな俺の返答を聞いてヴァンはあからさまにため息を吐き出した。

 

〈お前……ホントにわかんねえのか?〉

 

 なにがだよ?

 訝しむ俺に、ヴァンは〈こりゃヤベェ……想像以上だ〉と、よくわからない呟きを零した。

 まったく意味が判らない、判らないがなんとなく小馬鹿にされているような気がした。

 

「――こんにちは、聖哉さん」

 

 声を掛けられ、視線を横に向ける。

 そこに居たのは命蓮寺の住職であり大魔法使いである白蓮さんと、そんな彼女に付き従うように真横に立つ一輪と雲山であった。

 

「……こんにちは白蓮さん、一輪、雲山」

 

「何かありましたか? あまりお元気そうに見えませんが」

 

「……」

 

 鋭い、というより今の俺が判り易いだけか。

 

「何か悩みを抱えているようですね、ですが聖哉さん自身もその悩みが何なのかよくわかっていない……」

 

「……白蓮さんって、悟り妖怪でしたっけ?」

 

「ふふっ、これでもたくさんの人達の悩みを聞いていますから。――もしよろしければ話してはいただけませんか? 話すだけでも心が楽になる場合もありますし」

 

「……」

 

 不思議だ、白蓮さんにそう言われるとなんでも話したくなってしまう。

 強制されているわけでもないのに、話さなければとすら思えてしまうのだから……これも彼女の人徳の成せる業か。

 

「じゃあ、聞いてもらえますか?」

 

「はい。それじゃあ一輪、先に命蓮寺に戻ってみんなに少し遅れるって伝えておいてくれる?」

 

「わかりました。――聖哉、何の悩みか判らないけど自分で何とかできないのなら私も力になるからね? もちろん寺のみんな全員がそう思ってるんだから」

 

「ああ、ありがとう一輪。雲山も」

 

「覚えておいてよ? 聖哉はなんでも一人で抱えようとするみたいだから、誰かに甘える事を覚えた方がいいわ」

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

「――成程、それは」

 

 近くの甘味処へと移動し、俺は早速とばかりに白蓮さんに悩みを打ち明けた。

 なるべく事細かに説明し、白蓮さんはそんな俺の言葉を聞き逃さぬように耳に入れ……全てを話し終えた後。

 

「……」

 

 何故か、なんともいえないような表情を俺に向けてきた。

 苦笑とも失笑ともいえぬ、ほんの少しの呆れと手のかかる子供を前にしているような、とにかくあまり良い感じではない表情だ。

 彼女が俺を馬鹿にしているわけではないと判るが、こっちは真面目に悩んでいるというのに……少しだけむっとしてしまう。

 

「ごめんなさい。けれど聖哉さんを馬鹿にしたわけではないんです」

 

「それはわかりますけど……」

 

「……確認しますが、本当に聖哉さんは今の自分が抱えているその悩みの正体が判らないのですか?」

 

「判らないから相談に乗ってもらっているんですけど……」

 

 つい、棘のある返答をしてしまった。

 それに対し白蓮さんは「ごめんなさい」ともう一度謝罪の言葉を口にしてから、俺に問いかけてきた。

 

「聖哉さん、貴方は椛さんの事をどう思っているのですか?」

 

「えっ、どうって……」

 

「大切な問いです。真剣に答えてください」

 

「……」

 

 有無を言わさぬその言葉に、俺は思わず言葉を失った。

 先程とは違う、真剣さだけが込められた力強い視線を向けられ、何も言えなくなる。

 椛の事をどう思っているか、だって? そんなの、判り切っている。

 

「あの子は俺にとって、本当にもったいないくらいの後輩ですよ」

 

「それだけですか?」

 

「それだけって……ああ、それにかつて剣を教えた弟子で山に居た頃は部下でしたね」

 

「そうではありません、そのような判り切った事実を私は訊いているのではないのですから」

 

「……質問の意図が理解できません」

 

「貴方は自覚するべきなのです。椛さんに向けている感情の正体を、理解しなくては……悲しいすれ違いが起きてしまう」

 

「だから、それがどういう意味なのか判らないと聞いているんですっ」

 

 思わず、強い口調で返してしまった。

 怒鳴らなかっただけマシだが、その声の大きさは周囲の視線を集めるのに充分過ぎるものだ。

 ……落ち着け、たとえ白蓮さんの言葉の意味が判らなくても今の反応は正しくない。

 

「すみません、つい大きな声を出してしまって」

 

 とにかく彼女に頭を下げ、周囲の人達にも謝罪の意味を込めて頭を下げる。

 その間も、白蓮さんは周りの視線など気にせず、ただ黙って俺を見つめ続けていた。

 そして、彼女は。

 

「どうやら回りくどい問いかけでは無意味のようですので単刀直入に。聖哉さん、貴方は」

 

 

 

―――貴方は、椛さんを女性としてどう思っているのですか?

 

 

 

「――――」

 

 その問いは、俺の思考を真っ白に染め上げるものであった。

 椛を女性として、どう思っているのか。

 つまりは異性として、彼女に対しどんな感情を抱いているのかという事で。

 

「何、を」

 

「言葉の通りです。聖哉さんは椛さんを……女性としてどう見ているのですか?」

 

「……」

 

 喉が、カラカラと乾いていく。

 知らずに息は乱れ始め、思考は困惑に埋め尽くされる。

 

「その大天狗は椛さんに求婚し、しかもまだそれを諦めていない。

 それだけでなく、彼女を力づくで己の物にしようとした。それが聖哉さんには許せないのですよね?」

 

「あ、ああ……」

 

 そうだ、許せるわけがない。

 あの男の発言は、今でも思い返すだけで殺意が湧き上がる。

 あとちょっとでも理性が無くなってしまっていたら、間違いなく俺は斬りかかっていただろう。

 

「それは、聖哉さんにとって椛さんが単なる後輩だからでしょうか?」

 

「…………」

 

「もう一度、己の心に問いかけてみてください。聖哉さんの心が乱れているのは……“嫉妬”したからではないのですか?」

 

「嫉、妬……」

 

 かちり、と。

 何か、俺の心の中で大切なピースが合わさったような気がした。

 

 ……俺にとって椛は、後輩であり、部下であり、弟子であり、恩人でもある少女だった。

 いつも俺の傍に居てくれて、“忌み子”と呼ばれ孤立していた俺を支えてくれた。

 そんな彼女に後ろめたさを感じながらも、傍に居てくれるのが嬉しくてつい甘えてしまっていた。

 

「俺、は……」

 

 何度も喧嘩をした、けどその度に仲直りをして。

 共に山の哨戒任務に努め、苦しい事も楽しい事も共有した。

 彼女のお陰で、俺は決して多くは無いけれど友人ができた、認めてくれる白狼天狗も出てきてくれた。

 決して返せぬ恩を、俺は彼女から受け取り……だからこそどんな事があっても彼女を守り力になると誓った。

 

――そんな彼女が、俺に好きだと言ってくれた。

 

 俺を男として、愛してくれた。

 だけど俺は答えを返せなかった、彼女の事を後輩と見ていたから……ではない。

 

 ……後ろめたさが、あったからだ。

 俺は“忌み子”であり、山の掟に反する天狗の混血児。

 敵も多かったし、重鎮である大天狗の殆どは俺を認めていない。

 だから俺が彼女と一緒になれば、若く才能に溢れ将来がある彼女の足枷になるから……。

 

「…………違う」

 

 そう、それは違う。

 そんなものは俺の情けない言い訳でしかない、本当は――本当は、誰かを愛するというのがどんなものか判らないだけ。

 愛し方が判らない、理解できない、だからそんな俺が彼女の想いに応える事などできるわけがなかった。

 

 だからこのままでいい、このまま手のかかる先輩としっかり者の後輩のままでいいと自分に言い聞かせた。

 何も変わらない、変えなくていいと自分を誤魔化し、きっとこの関係は続いていくと無意識に懇願していた。

 自分の想いに蓋をして、いつからか俺自身それに気づかないようにしてきたというのに。

 

 あの男の言葉で、固く塞いでいた蓋が開いてしまった。

 

「……………………椛を、誰かのものになんかしたくない」

 

「……」

 

「ずっと、一緒にいてほしいと……どんな関係でもいいから、傍に居てくれればそれで良かったのに……」

 

 それなのに、俺の心は本当に我儘で。

 あの子から充分過ぎる程の愛情を貰っているのに、足りないと、もっと欲しいと叫んでいる。

 なんて罪深い、望まれて生まれてきたわけでもない俺が、あんなに綺麗で眩い存在である少女を自分だけのものにしたいと願ってしまっている。

 

「あんなヤツに渡したくない。いや、誰にもあの子を渡したくない……」

 

 身勝手で、子供の如き欲求。

 けれど、閉ざしていた蓋は完全に開き、粉々に砕かれてしまった。

 

「白蓮さん、俺はどうしたらいいんですか? 愛する事も知らない俺があの子の想いを受け入れるなんて」

 

「――いいえ、それは違いますよ聖哉さん」

 

 透き通るような声。

 白蓮さんの言葉は、今の俺の心にもすんなりと入ってきた。

 

「えっ……」

 

「大丈夫です。貴方は彼女を心から愛している、愛する事を知らぬなどありえません。

 だって貴方はいつだって椛さんを想っていた筈です、それはまだ付き合いの浅い私にだって判る程に……深い愛情なのですから」

 

「……」

 

「貴方の心の赴くままに行動すればいいのですよ、それがきっと正しい選択だと私は思います」

 

「心の、赴くままに……」

 

 そう言われても、正直どうすればいいのか判らない。

 けれど、気が付いたら俺の心の中にあった不快感は消え去り、暖かな何かに満ちていた。

 

「どんな選択を選ぼうとも貴方の自由です、私の言葉はあくまできっかけにしかならない。

 ですが聖哉さん、どうか己の心から目を背ける事だけはしないでください。そうすればきっと……」

 

 きっと、貴方も椛さんも幸せになれるから。

 そう言って、白蓮さんは直視できない程に美しく、優しい笑みを見せてくれた。

 ――心が、澄みきっていく。

 自己嫌悪とか、迷いとか、そういったものが全て吹き飛んでいくような、そんな力が白蓮さんの笑みにはあった。

 

「……白蓮さん」

 

「はい」

 

「俺、椛が好きです」

 

「はい」

 

「ずっと、一緒に……同じ道を、歩みたい……」

 

「……それ以上の言葉は、どうか彼女自身に伝えてください」

 

「っ、はいっ」

 

 居ても立っても居られなくて、俺は椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がり、机に注文したものの代金を置いてから店を飛び出す。

 そのまま走って走って、ただ今は彼女の顔が見たくて慧音の家へと急いだ。

 何を話せばいいのか判らない、開口一番にこの想いを伝えればいいのか……それとも、心配を掛けた事を謝ればいいのか。

 だけど今は、一刻も早くあの子の顔が見たい。ただそれだけを思って――

 

「っ!!?」

 

 地面が揺れる。

 その揺れは地震の類ではなく、衝撃による揺れだった。

 何が起きた、頭がそんな疑問符を浮かべるよりも早く。

 

「――――」

 

 俺は、慧音の家方面から煙が昇っている光景を、目にしてしまった。

 

「――椛、イリス!!」

 

 厭な予感が、一気に全身を駆け巡る。

 その場で跳躍し、周りの目など構う事無く全力で慧音の家へと向かっていった。

 

「椛、イリス!!」

 

 煙が昇っていたのは、予想通り慧音の家だった。

 幸いなのはその煙が火事によるものではなかった事かもしれないが、屋敷の半分近くが倒壊している時点で変わらないかもしれない。

 まるで大砲のようなものをぶち込まれたかのように、屋敷の一部が完全に破壊されている。

 そこはちょうど居間辺りの部屋がある場所だ、周囲には既に何事かと近所の人達が集まり始めていた。

 

 それには構わず、土煙の中へと飛び込む。

 瓦礫を踏み抜きながら進んでいくと、その中で倒れているイリスを発見した。

 

「イリス!!」

 

 すぐに彼女を抱きかかえ呼びかける、すると苦しげな表情を見せながらも彼女は目を開き反応を示してくれた。

 

「うっ……セーヤ……」

 

「しっかりしろ、何があったんだ?」

 

 この状況は明らかに人為的なものだ、つまり何者かに襲撃されたという事。

 すると彼女は、俺に対して申し訳なさそうにしながら。

 

 

「――ごめん、椛……連れて行かれちゃった……」

 そんな、よくわからない事を言ってきた。

 

 

「………………は?」

 

 ぐらりと、視界が揺れる。

 彼女が何を言っているのか、本気で理解できない。

 だが俺の頭はすぐに冷静さを取り戻し、その言葉の意味――椛が、何者かに拉致されたという事実を認識した。

 

「いきなり鴉天狗の集団が現れて……ワタシを盾に、椛について来いって……」

 

「……」

 

「ごめん……ごめんね、セーヤ……」

 

 泣き出しそうな顔で、イリスは俺に謝り続ける。

 だけど、今の俺に彼女の言葉は届かなかった。

 気にするな、お前が悪いわけじゃない、そんな慰めの言葉すら出す事ができずに。

 

「………………あいつ、か」

 

 俺は当たり前のように、当然のように。

 彼女を連れ去ったのが、あの大天狗――豪厳の手の者だと理解していた。

 

 確証はない、けれどあの時の執着心を見れば否が応でもその答えに辿り着く。

 そんな俺の心中を悟ったのか、イリスは肯定するように頷きを見せる。

 

「……」

 

 天狗は里を襲わない、幻想郷のルールを違えるような低俗な妖怪とは違う。

 心の何処かでそう思い込んでいたからか、奴らがこんな手を使った事に驚きを隠せない。

 だけど、その驚きはすぐに消え。

 

――俺の心が、大きく軋みを上げた。

 

「聖哉、みんな、大丈夫か!?」

 

 イリスを抱きかかえ、土煙の中を出ると寺子屋に居た筈の慧音の姿が見えた。

 おそらく自分の家の異常を察知したのだろう、全速力で走ってきたのか息は乱れに乱れている。

 俺の姿を見て安堵の表情を浮かべる慧音、しかしすぐさま彼女は椛の姿が無い事に気が付いた。

 

「聖哉、イリス、椛は……?」

 

「……」

 

 ギチギチと、心が軋んでいる。

 慧音の問いに答える余裕も、謝罪する事もできず、ただ黙ってイリスを手渡した。

 

「お、おい聖哉……」

 

「慧音、イリスを頼む」

 

「頼むって……聖哉、一体何があったんだ? 椛はどうしたんだ?」

 

「……」

 

 慧音の声が、どこか遠くから聞こえる。

 その声を無視して、俺はゆっくりと全身から黒いオーラを放出し始めた。

 

「聖哉、おいっ!!」

 

「……詳しい事情は、イリスから聞いてくれ」

 

「っ、お、お前……」

 

 びくっと、慧音は身体を震わせ何か得体の知れないモノを見るかのような視線を俺に向ける。

 だがそれも仕方がない、多分今の俺の顔は……直視できないものになっているだろうから。

 もう彼女は俺に声を掛ける事もできず、震える事しかできなくなっていた。

 それに対し心の中で謝罪しつつ、俺は――妖怪の山へと向かって飛翔した。

 

――もう、止められない。

 

 俺はきっとこれから、許されない大罪を犯すだろう。

 だけどもう止める事などできない、この怒りは、この憎しみは。

 

 

 

 

――あの大天狗と、ソイツに加担する全ての存在を殺さなければ、収まる事などありえない。

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