狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第81話 黒き力~憎悪の狼王~

「……んっ……」

 

 白狼天狗としての優れた嗅覚が異臭を嗅ぎとり、椛は微睡みから覚める。

 目を醒ました彼女は、まず自分がどこかの小屋の天井に吊るされている事を自覚する。

 両腕を天に向かって伸ばす形で拘束され、単なる荒縄で縛られているというのに引き千切る事ができない。

 

 いや、それどころか全身に上手く力が入ってくれなかった。

 立っている足は少しでも気を抜けばそのまま崩れそうで、妖力も練れず“千里眼”も扱えない。

 これでは何の力もない少女も同じ、曲がりなりにも天狗でありながらあまりに無様な姿だ。

 

(……ここは、何処だ?)

 

 動けないのなら仕方がない、そう割り切り椛は意識と視線を周囲に向ける。

 暗く、明かりなど存在しない石の部屋は季節も相まって寒く、少し埃っぽい。

 妖怪故に暗闇の中でも視界は問題ないが……次に映った光景に、椛はおもわず息を呑む。

 

(悪趣味な……)

 

 周囲にあるものは、口にするのも嫌になる器具の数々。

 ――尋問や拷問に使うであろう道具達が、無造作に置かれていた。

 醜悪なものを見たかのように椛の表情が歪み、やがて彼女の中で生まれた怒りは……暗闇の中、自分をにやにやと歪んだ笑みで見つめる、大天狗へと向けられる。

 

「良い趣味を、持っているんだな」

 

「そう言うな。お前も直に気に入るさ」

 

「ハッ……世迷言を」

 

 心底馬鹿にするように、否、これ以上ないくらいに見下しながら椛は大天狗――豪厳に嘲笑を送る。

 それを意に介した様子もなく受け流し、豪厳はゆっくりと拘束され動けない椛へと近づいていった。

 

「虚勢を張るな椛、本当は恐いのだろう? これから自分が何をされるのか、理解してしまうからこそ恐いだろう? なにせ生娘だからな、お前は」

 

「……」

 

「媚びてみるか? そうすれば優しくしてやるのもやぶさかではないが……」

 

「……」

 

 厭な笑み、醜い笑みを豪厳は浮かべている。

 自分が絶対的に有利だからこその、強者が弱者に向ける傲慢でどうしようもなく……哀れな笑みだ。

 

「あなたに媚びるくらいなら、死んだ方がマシだ」

 

「くくく……強がりもここまで来ると感心してしまうな。

 だが椛よ、お前を助ける者など居やしないのだぞ? ここは妖怪の山の端、天狗の領地でも滅多に誰も来ぬ廃屋の中だ。

 しかも周囲にはここを認識できぬ結界も張った、たとえ天魔様でも見破る事は叶うまい」

 

「だから?」

 

「…………」

 

 バシッ、という音が室内に響き渡る。

 豪厳が右手に持つ鞭が、容赦なく椛の身体に叩き込まれた音であった。

 

「……お前はそこまで愚か者ではなかった筈だぞ椛、だが理解できていないようだから説明してやる。

 つまりお前は儂から逃れる事などできんという事だ、自分の力では脱出できず救出も望めない。だから」

 

「っ」

 

 強引に顎を掴まれ、豪厳の顔に引き寄せられる。

 

「だから、お前は儂のモノになる以外の選択は無いのだ。

 ――さあ椛よ、儂はお前の口から聞きたい。

 どうか慈悲をくださいと、儂に対して頭を垂れ服従しろ! さすれば、妻として優しくしてやってもよいぞ?」

 

「…………」

 

 この男の言っている事は正しいだろう、魂まで腐り果てているが大天狗としての能力は本物だ。

 拘束されているだけではなく何か術か薬を施されたのか、全身の力は入らず何もできない。

 これだけ自慢げに話しているのだ、結界の件もおそらくは……。

 

 ただ、それでも。

 

 

 

「――老いぼれが、空元気を出すのはみっともないですよ?」

 それでも、たとえどれだけ辱められようが椛はこの男を受け入れる事などありえなかった。

 

 

 

「っっっ、椛ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

「っ、っ……」

 

 怒りの形相で何度も鞭を振るう豪厳。

 その度に椛の美しい身体には痛々しい傷が刻まれ、血が滲む。

 

「いいだろう。お前のその減らず口がどこまで続くか試してやるっ!!」

 

(……ごめんなさい、先輩)

 

 自分は、この男に穢されるだろう。

 そうしたら、もう彼には愛してもらえない。

 それだけは残念だが……まあ仕方ないかと、椛は己自身に言い聞かせる。

 

 とはいえ、だからといって目の前の愚者を悦ばせたくはない。

 だから椛は歯を食いしばり、悲鳴など上げてやるものかと豪厳を挑発するように笑みを浮かべる。

 その笑みの意味を理解し、益々激昂した豪厳は再び鞭を振り上げ…………。

 

 

 

 

「えっ……!?」

「っ」

 

 それは、突然の事であった。

 譲ってもらったカメラの調整をしてもらおうと、文は河童の河城にとりの元へと赴いた際に“それ”に気づく。

 傍らに居た彼女も同時に気づき、その表情は驚愕と恐怖の色で固まっていた。

 

「これ、は……!?」

 

 今、妖怪の山にある存在が入ってきた。

 その妖力を文達はよく知っている、かつての部下であり友である犬渡聖哉のものだ。

 しかし、感じ取ったのは妖力だけではない。

 

 工房から飛び出すように外へと出る文とにとり。

 周囲に居た河童達もそれに気づいたようだが、誰もがまるでこの世の終わりが来たかのような絶望感漂う表情を見せていた。

 ある者は全身を震わせ、ある者はその場に座り込み立ち上がる事すらできず、またある者は恐怖からか瞳に涙を滲ませている。

 

「……ねえ、文。この妖力って聖哉の、だよね……?」

 

 震える声で問いかけるにとり。

 だが今の文にはにとりの問いかけに答える余裕はなく、震えそうになる身体を必死で抑える事しかできなかった。

 

 

 なんだ、これは。

 なんなのだ、この力は。

 なんだというのだ、この――怒りと憎しみだけで構成された、死の力は。

 

 

 妖力と共に流れ込んでくる、吐き出しそうになる程の負の感情。

 これは彼の憎悪の炎、何が起きたかは理解できないが彼は今――悪鬼と化している。

 この世の全てを殺し尽くさねば気が済まぬとばかりの憎しみが、彼の中で渦巻いているという事だけは理解できた。

 

「っ、にとり、みんなに避難するよう伝えなさい。この力からできるだけ遠くに離れるようにっ」

 

 言って、文は背中の翼を限界まで展開しつつ飛び立つ。

 彼の身に何が起きているのか、何故彼が妖怪の山に入ってきたのか。

 疑問は幾つも浮かんでくるが、とにかく今は一刻も早く彼の元に向かわなければ。

 そう思い、文は幻想郷一を自負する速度で空を駆け抜け。

 

「と、止まれ犬渡っ。止まるんだっ!!」

 

 怯えを隠し切れない制止の声を上げる、白狼天狗の部隊長とその部下達。

 そして、そんな彼等に囲まれながらもゆっくりと移動を進めている聖哉の姿を視界に捉えた。

 

 既に白狼天狗の部隊は太刀や弓といった武器を手に取り、聖哉を逃がさぬよう展開している。

 少しでもおかしな真似をすれば斬る、そういった雰囲気を出しながらも――聖哉の進行は止まらない。

 まるで周囲の声など聞こえていないかのように、否、周囲の存在など認めていないかのように。

 

「――――」

 

 今度こそ、文は全身を震わせる事を止められなかった。

 この目で直接見てしまったからこそ、判ってしまう。

 今の彼にとって近づく者は全て敵であり、己を妨げる存在は排除する障害でしかないと。

 

 これ以上ここに居たら殺される、それを全身で感じ取ったのだ。

 たとえ千の時を生きた文であったとしても、その恐怖には抗えない。

 事実、周囲の白狼天狗は全員逃げ腰になっており、武器を持つ手はすっかり震え上がっている。

 さすが隊を束ねる存在か、部隊長だけはどうにか声を張り上げ彼に止まるように叫ぶが、そんなものは悪手でしかない。

 

「と、止まらなければ、は、排除するぞ!!」

 

「――――」

 

 その声で、聖哉の動きが止まった。

 だがそれは決して、彼等の言葉に従うわけではなく。

 

――ここで初めて、聖哉は彼等を排除すべき敵だと認識した(・・・・・・・・・・・・)

 

「――――消えてくれ」

 

 ぽつりと、呟くような声。

 だがその声はいやに響き、まるで地の底から響くような恐ろしいものであった。

 いつもの彼とは違うその声に、誰も反応を返せない。

 

「消えないなら殺す、俺の邪魔をするなら殺す、アイツを庇うのなら殺す」

 

(アイツ……?)

 

「な、何を言っているんだ犬渡。そもそもお前は山を追放された身でありながら――」

 

「――もういい、消えないなら……殺すだけだ」

 

 瞬間、彼の姿が文達の視界から消えた。

 

「っっっ」

 

 殺される、瞬時に理解した文はとにかく全力で動いた。

 出し惜しみも加減もせずに妖力を展開、能力で生み出した風を右手に持つ天狗扇に込め聖哉の一番近くに居た白狼天狗の前に躍り出る。

 

「ぐっ……!?」

 

 刹那、全身がバラバラになってしまうかのような衝撃に文は襲われた。

 ――目の前には、黒いオーラを纏った拳を繰り出した聖哉の姿。

 風が渦巻く天狗扇には彼の拳が叩き込まれており、彼女が後ろに居る白狼天狗の前に出なければ、今頃彼の命は無かっただろう。

 

「聖哉、落ち着きなさいっ!!」

 

「……」

 

 文の声に反応したのか、一瞬だけ聖哉の動きが止まる。

 しかしそれだけ、瞳から深淵よりも深く恐ろしい闇を見せながら、彼はそのまま文の横をすり抜け飛んでいってしまう。

 

「聖哉!!」

 

 すぐに文は彼の後を追う、が。

 

(っ、嘘、速い……っ!?)

 

 彼の速度は、全力を出している自分よりも速かった。

 ほんの僅かではあるものの、彼の速度は文のそれを上回り少しずつ距離を離されていく。

 

「聖哉、お願い待って!! 一体どうしてこんな事をしているの!?」

 

「……」

 

 聖哉は振り向こうともせず、ただひたすらに山の奥へと進行していく。

 ……本当に、彼はどうしてしまったのか。

 明らかに常軌を逸している聖哉の姿に、文は困惑する事しかできなかった。

 ただこれだけは判る、今の彼は自分自身すら制御できぬ怒りと憎しみに駆られ、目に映る者全てを殺す悪魔と化していると。

 

「……」

「きゃっ!?」

 

 空から、雨のような光弾が降り注ぐ。

 それは妖力によって生み出された殺傷性の高い光弾であり、明らかな殺意と敵意が込められたものであった。

 弾幕ごっことは違う相手の命を奪う攻撃が、聖哉と文に襲い掛かる。

 文は持ち前の速度でどうにか回避するが、聖哉はその場で止まり攻撃の全てを黒いオーラで防ぎ切った。

 

(……私ごと攻撃ですか)

 

 舌打ちをしつつ、文は空を見上げる。

 ……先程2人に攻撃を仕掛けた大天狗達が、苛立った様子でこちらを見下ろしている。

 いくら追放されたからといって同じ天狗である聖哉を問答無用で殺めようとしたのもそうだが、山の一員である自分すら巻き込んだ事に、文は表情を険しくさせた。

 

「…………そんなものか、大天狗共」

 

「何だと!?」

「犬渡、貴様……追放された身でありながら、山に侵入するとは……やはり過ぎた野心を抱いていたようだな!!」

 

(野心って……本当にこの老害共は……)

 

 無茶苦茶にも程がある、これが自分達の上司かと思うと文は情けなくなった。

 向こうからすれば、聖哉が山に入ってきたのは好都合なのだろう。

 一体何が大天狗達を駆り立てているのか理解できずしたくもないが、余程この老害達は彼の存在を許せないらしい。

 

 もう加勢する気も起きない、というか自分も攻撃されたから寧ろ彼に加勢したい。

 しかしそれはできない、その理由は山の天狗だから……というわけではなく。

 

――今の彼は、放ってはおけない。

 

 完全に暴走してしまっている、今の彼は他者の命を奪う事に一片の躊躇いがない。

 それに彼がこれだけ怒り狂うには何か理由がある筈だ、それも突き止めなくてはならないと文自身そう確信していた。

 

「犬渡、お前の身勝手もここまでだっ。よもや我々を前にして勝てると思っているわけではあるまいな!?」

 

「……」

 

「謝罪も弁明も聞き入れる意味なし、貴様は大罪人として粛清してやろう!!」

 

「……」

 

 彼は答えない。

 大天狗の言葉を聞いても反応を示さず、否、今の彼に大天狗の言葉は届いていなかった。

 ただ、彼は改めて理解していた。

 大天狗という存在は、自分にとって。

 

――ただの障害であり、消し去るべき対象でしかないという事を。

 

「っ、がっ!?」

 

 聖哉の姿が、その場から消える。

 そう思った時には、彼は近くの大天狗の顔を右手で掴み、そのまま地面に叩きつけていた。

 その衝撃は凄まじく、大天狗の巨体が完全に地面に埋まってしまう程だ。

 

「なっ!?」

「きさ――――ギャッ!?」

 

 いち早く動こうとした大天狗の身体に、聖哉は背中に背負った大太刀による斬撃を叩き込む。

 更にオーラを込めた蹴りを繰り出し、聖哉は二体目の大天狗を一体目と同じく地面のオブジェへと変えた。

 

「お前達と遊んでいる暇はない、さっさと……死ね」

 

「き、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!」

「撃てっ、撃てええぇぇぇぇっ!!」

 

 激昂し、先程のような弾幕の雨を撃ち放つ大天狗達。

 高密度の妖力が込められたそれは、一発一発に家屋を軽く吹き飛ばせる力が込められていた。

 その数はもはや数えられぬものではなく、しかし――彼には通用しない。

 

「……」

 

 その殆どを文すら超える飛翔速度で回避し、たとえ当たったとしても黒いオーラがバリアのように展開し妖力弾を霧散させる。

 そして隙間を縫うように、大太刀による斬撃を放ち一刀の元に大天狗達を戦闘不能へと陥らせていった。

 

(嘘、いくらなんでもこれは……)

 

 目の前に広がる光景に、文は驚くと同時に強い違和感を抱く。

 確かに聖哉は強い、それは紛れもない事実だ。

 しかし大天狗とて妖怪の中では実力者である事も間違いではなく、しかもこの場には殆どの大天狗が聖哉一人相手に戦っている。

 だというのに、少しずつけれど確実に数を減らされ、一方聖哉に対してはまともなダメージを与えてはいない。

 

 あまりにも圧倒的すぎるのだ、これは彼が強いという理由だけでは到底説明できない。

 ――悪寒が、した。

 今の彼をこのまま戦わせ続ければ、なにか取り返しのつかない事態に陥るような……そんな厭な予感が文の中で芽生える。

 

「聖哉、止まって!!」

 

 そう思った瞬間、文は彼に向かって叫んでいた。

 戦ってはいけない、これ以上……その力を使ってはいけないと訴えるが、聖哉にはその声は届かない。

 ただひたすらに、愚直なまでに、単純作業をこなすかのような無機質さで彼は大天狗達を蹂躙していく。

 

「お願い聖哉、これ以上は駄目よ……これ以上は」

 

「……」

 

 また一人、大天狗の身体を斬り裂いてから地面に殴り落とす。

 その光景を見下ろしながら、聖哉は言いようのない高揚感に酔いしれていた。

 今まで自分を見下し、蔑み、認めようともしなかった大天狗達を蹂躙している。

 その事実が、彼にずっと内側に閉じ込めていた同胞に対する負の感情を加速度的に増大させていった。

 

〈おい、いいのか?〉

 

 ヴァンの声も、やけに遠く聞こえる。

 今の言葉には一体どんな意味が込められていたのか、しかしその疑問は湧き上がる高揚感で薄れていく。

 

〈……お前の行き着く先が、こんな結末とはな〉

 

 皮肉とほんの少しの憐れみが込められたヴァンの声も、今の聖哉には届かない。

 今はただ、この圧倒的な力で今まで自分を蔑んできた連中全てを殺す、ただそれしか考えられなくなっていた。

 ……もはや自分の本来の目的も、彼は忘れかけている。

 それを疑問に思う事もしないまま、既に恐怖し戦意を喪失している大天狗達を斬り捨てようと、再び動こうとした……その時であった。

 

「――よせ、もう充分だろう?」

 

 強い風が、場に吹き荒れる。

 それは自然のものではない、圧巻する程の高い妖力量から放たれる、妖の風であった。

 

「……」

 

「聖哉……」

「酷い顔だ。せっかくの色男が台無しではないか」

 

 風と共に現れたのは、大天狗である清十郎と、山の長である天魔であった。

 清十郎は聖哉の雰囲気に表情を強張らせ、一方の天魔は彼に対し憐れみの視線を向けている。

 

「聖哉よ。これは一体どういう事だ? 山を追われたお前が何故再びここに現れたのもそうだが……この惨状は、どう説明する?」

 

「邪魔だ、消えろ」

 

 天魔の姿に若干の冷静さを取り戻したのか、聖哉は有無を言わさず襲い掛かろうとはしない。

 しかし言葉には絶対的な拒絶の意を込め、これ以上語る事はないと瞳が訴えていた。

 その姿は彼をよく知っている天魔と清十郎を驚愕させるには充分であり、同時に起こってはならない事態が起きている事を理解する。

 

「……椛はどうした? 一緒ではないのか?」

 

「――――」

 

 緊迫していた空気が、完全に凍り付いた。

 瞬時に天魔は己の問いが彼の逆鱗に触れたと察するが。

 

「――邪魔をするなら殺す、椛を連れていった豪厳を庇うなら……誰であっても殺すっ!!」

 

(豪厳、だと……?)

 

 何故ここであの男の名が出るのか、天魔は瞬時に思考を巡らす。

 今の言葉は決して無視できないものだと、彼の変貌の理由にあの男が関わっているのは間違いないと推測する天魔だが。

 

「ぬぅ……っ!?」

 

 一瞬で間合いを詰め上段からの斬撃を放つ聖哉によって、思考を中断させられてしまった。

 

「よさぬか聖哉、お前は誰に斬りかかっているか――」

 

「五月蠅い、黙れ!! 俺を見下し、蔑み、助けもしなかったヤツなどみんな殺してやる!!

 俺の邪魔をするな、俺の前に立ち塞がるな、俺から……俺からあの子を、椛を奪うなああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

「ぐあ……っ」

 

 力任せに弾かれ、そのまま天魔は殴り飛ばされてしまう。

 一瞬意識を失いかねない程に重く、鋭い拳に驚愕しつつも、天魔は背中の翼を羽ばたかせ態勢を立て直す。

 そして彼女は、清十郎と文にある指示を放った。

 

「清十郎、文、すぐに豪厳を捜せ!!」

 

「えっ?」

 

「今の聖哉は言葉では止まらん、かといって力づくで止めるには至難の業じゃ。

 だからワシが抑え込んでいる間に豪厳を捜せ、今の聖哉の言葉を信じるのならばヤツは椛に何らかの危害を加えておるっ」

 

「…………あの男、まさか」

 

 豪厳と椛、2人の名を聞いた瞬間、文はある事を思い出す。

 豪厳と言う天狗は気に入った女天狗を己の物にしないと気が済まない下衆だ、そして椛も狙われた事がある。

 他ならぬ椛自身から相談された事もあったし、文自身豪厳という男がどんな輩か知っているからこそ、天魔の推測は的中していると納得できた。

 

「了解しました天魔様! 清十郎様、急ぎましょう!!」

「う、うむ……」

 

 全速力で、この場から飛び去る文と清十郎。

 瞬時に真意を理解してくれた部下の有能さに感謝しつつ、天魔は意識を聖哉へと向ける。

 

「……前に模擬戦をした事があったが、まさか再びお前と戦う事になるとはな」

 

 よもやこのような形になるとは思わなかった、その点は残念に思う天魔だが。

 同時に、不謹慎とは思いつつも今の状況に感謝していた。

 

「久しぶりに全力で戦えそうだ……感謝するぞ聖哉!!」

「邪魔だああああっ!!」

 

 大太刀を構え、吶喊する聖哉。

 それに対し、天魔は腰に差してある刀を抜き取り、真っ向から迎え撃つ。

 右上段から放たれる聖哉の斬撃、それを刀で受け止めた瞬間。

 

 

 

――妖怪の山が、大きく揺れ動いた。

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