狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第82話 VS天魔~心に響く友の声~ ※(一部)

「――ぬうぅぅうあっ!!」

「ガアァァァッ!!」

 

 大気が揺れる。

 妖怪の山の大地が悲鳴を上げている。

 その中央で交差する2つの影は、咆哮を上げながら絶え間なく剣を振るっていた。

 

――近寄る者など、誰も居ない。

 

 否、近寄る事などできはしないと、山の異常を感知しこの場へと赴いた天狗や河童達妖怪は、戦いを見届ける事しかできなかった。

 一撃一撃に込められた力はただ圧倒的、スペルカードルールよりも前に行われた“死闘”そのものだ。

 ぶつかり合う力の奔流だけでその身を砕かれかねない、それが判るからこそ誰もが遠くから傍観する事しかできない。

 

「……なんだ、これは」

「冗談だろ……犬渡が、本気の天魔様と戦えるなんて……」

 

「で、出鱈目だ……犬渡隊長が強いのは知っていたけど……」

「ありえない、あの天魔様と互角なんて……」

 

 この戦いを見届けている誰もが、震える声で呟きを零す。

 それ程までに目の前に広がる光景は現実離れしており、しかし疑いようのない現実であった。

 

「……」

 

 剣戟の音が、鼓膜を震えさせる。

 もはやこれは戦いではない、戦争だ。

 互いが互いの命を奪う事に何の躊躇いも抱かない、妖怪同士の戦争と化していた。

 

「オォォォォォォッ!!!!」

 

 吼える天魔、長い黒髪を靡かせながらひたすらに刀を振るう。

 その速度は一筋の銀光にしか見えず、相手に斬られたという感覚すら与えず絶命する剣戟だった。

 しかし、聖哉はその悉くを弾き、いなし、受け止めている。

 秒の間に数回の爆音が鳴り、火花が散り、2人の周囲の地面を削り飛ばしていく。

 

「…………聖哉」

 

 他の者と同じように茫然と戦いを見届けつつ、にとりはギュッとリュックを持つ手に力を込める。

 ――このままでは、いけない。

 止めなくてはどちらかが間違いなく死ぬ、それは避けなくてはならない。

 

 しかしだ、どんなに頭を働かせても――自分では止められないという事実だけしか浮かばなかった。

 あの中に入れば死ぬ、何もできずに粉砕され塵一つ残らず消滅するだけだ。

 

 何もできない。

 友人を助ける事も、止める事も。

 今の自分にできる事など、ただ黙って結末が来るのを待つ事だけ。

 

「っっっ」

 

 悔しくて、歯噛みする。

 彼が山を追放された時も力になれなかったというのに、今もこうして見ている事しかできない。

 自分の弱さが情けなくて、けれど――彼女はこの場から一歩も動こうとはしなかった。

 

(諦めちゃ駄目だ、きっとチャンスは来る……止めるチャンスがっ)

 

 だからこそ、一瞬たりともこの戦いから目を逸らしてはならない。

 正直、戦いを見るだけで全身が震え上がる。

 それでも逃げない、今度こそ――今度こそと己に言い聞かせ、彼女はじっと戦いを見届ける。

 

(っ、よもやここまで……勇儀と萃香が掛け値なしに褒めるだけはあるっ!!)

 

 横殴りの一撃を受け止めながら、天魔は全身に走る激痛に歯を食いしばって耐える。

 ――彼の力は、予想以上のものであった。

 繰り出される剣戟は雷のように速く、受け止めるだけで鬼の剛力に殴られたかのような衝撃が身体に響く。

 

 もはや彼の力は白狼天狗はおろか、名立たる大妖怪と拮抗、もしくは凌駕している。

 何より剣戟に込められた絶殺の意志が、絶え間なく天魔に死の恐怖を与え続けていた。

 

 受ければ死ぬ。

 たった一撃でもまともに受ければ、この身など簡単に消し飛ばされると思い知らされる。

 それだけの力、それだけの重みが彼の一撃一撃に込められていた。

 

(だが、この剣は――)

 

 あまりにも、異常である。

 相手を破壊し殺すだけの剣、今の聖哉の剣はそんなものに成り下がっている。

 ……これは違う、彼が持つべき剣ではない。

 戦い自体には歓喜するものの、このような剣を振りかざす今の彼は……天魔が望んでいたものとは違っていた。

 

(この子の闇は、ここまで大きかったのか……)

 

 完全に見誤っていたと、天魔は己の浅はかさを呪った。

 ……聖哉が変貌してしまった原因は、間違いなく豪厳が椛に対し何かしらの事をしでかしたからだろう。

 あの男の下賤な面は知っていた、とはいえあの男は古くから山で生きてきた古参の一人だ。

 故に明確な行動を起こせなかったが……それが間違いであると、この現状を招き入れ漸く理解できた。

 

 しかしだ、恐らく豪厳の一件は“切欠”に過ぎない。

 彼はずっと苦しんできた、“忌み子”と嫌われ、罵られ、嫌悪されてきた。

 その痛みは傷として、彼の内側に泥のように蓄積されていったのだ。

 

 だというのに、彼を助ける立場でありながら自分を含む山の重鎮達は何もしなかった。

 寧ろ彼の傷を広げ、苦しめただけだ。

 椛や文のような存在が居たが、それだけでは足りなかったのだ。

 

(愚かしい、ものじゃな……)

 

 その結果が、これだ。

 ずっと耐えてきた、いつかは認められると己に言い聞かせ、自分自身を鍛えてきた。

 だというのに、妖怪の山は、天狗組織は彼を裏切った。

 それすらも彼は耐え、憎悪の感情を内側に閉じ込め――そして今回の件で、決壊したのだ。

 

(ワシはこの子に何をしてきた? この子を支え、助けなければならなかったというのに……)

 

 彼の剣を受け、そこで漸く天魔は犬渡聖哉の傷を真に理解した。

 ……本気で戦えると喜んでいた先程までの自分を、殺してやりたくなる。

 

「ガアッ!!」

 

 上段から繰り出される、大太刀の一撃。

 受ける事は容易い、防御は充分に間に合う。

 だから天魔はその一撃を受け――受けた両手が、その衝撃で折れてしまった。

 

「か、っ―――」

 

 吹き飛ぶ身体、地面を削りながらボールのようにバウンドを繰り返しながら、天魔の身体は岩壁に叩きつけられる。

 

「が、ぶ……」

 

 吐血する、ポンプのようにせり上がるそれは瞬く間に彼女と地面を赤く汚した。

 

「ぐ、ぅ……強く、なったもの、だ……」

 

「……」

 

 聖哉が近づいてくる、しかし天魔は倒れそうになる身体を支えられず地面に倒れ込む。

 顔を上げると、自分を見下ろし大太刀を空に振り上げる彼の姿があった。

 

「……すまんな聖哉、ワシは……お前に何もしてやれなかった」

 

「……」

 

「お前を支えなければならなかったというのに、ワシは山の秩序と古の掟を守る事だけを考え……お前を蔑ろにした。

 椛に言われたよ、ワシは老害であると。本当に……あの子の言う通りだ」

 

「――――聖哉、もうやめてよっ!!」

 

 泣き叫ぶような声が響き、にとりが聖哉と天魔の間に割って入る。

 

「……」

 

「もう、やめてよ聖哉。何があったのか知らないけどさあ、こんな事するなんて……」

 

「にとり、お前も俺の邪魔をするのか?」

 

「っ」

 

 冷たい声。

 優しい彼からは想像もできない、身も心も凍り付くような声だ。

 逃げ出したい、今すぐここから逃げて何も見なかった事にしたい。

 そう願いながらも、にとりは震える自分自身を叱咤し彼を真っ向から睨みつけた。

 

「何があったのかは知らない、聖哉がこんな事をするって事はよっぽどのことがあったっていうのは判るけど……だからって天魔様やみんなを傷つけていい理由には」

 

「邪魔をするから殺すだけだ。どいてくれ」

 

「やだっ。どかない!!」

 

「……どいてくれ。でないと、俺は」

 

「殺したいなら殺せばいいっ!! 遠慮なんかいらないよ!!!!」

 

「……」

 

「友人の助けにならない役立たずな河童なんて殺せばいいさ、私が死んで聖哉の力になれるのなら……」

 

 嘘だ、死にたくなどある筈がない。

 今すぐ土下座して命乞いをしたい、死にたくないと心が叫んでいる。

 だけど、上記の言葉もまた河城にとりという少女にとって紛れもない本心であった。

 

 力になれなかった、友人なのに山を去る彼等に何もできなかった。

 だから今度こそ、力になれる機会が訪れた時――何があろうとも逃げないと決めた。

 

「お願いだよ聖哉、お願いだから……いつもの優しい聖哉に戻ってよ。こんな聖哉見たくないよ……椛だって、悲しむよ」

 

「っ、……その椛を、俺から奪ったのは山の天狗共だっ!!」

 

「えっ……」

 

「――やはり、豪厳が椛をお前から奪ったのか」

 

 当たってほしくない予想が確信へと変わり、天魔は悲しげに視線を下に向ける。

 ……彼が怒り狂うのは当然ではないか、聖哉自身が自覚しているかは判らないが、彼にとって犬走椛という少女はまさしく“特別”なのだから。

 

「っ、ぐ、ぁ……」

 

 全身に喝を入れ、天魔は立ち上がろうとする。

 

「ごぶ……っ」

 

 口から吐血しようとも構わず、意識を断裂しかねない痛みにも耐え、彼女はどうにか立ち上がった。

 戦う為ではない、否、これ以上聖哉と戦うわけにはいかない。

 渦巻く怒りと憎しみが、彼に本来の目的を見失わせている。このままでは……誰も救われない。

 

「――行け、聖哉」

 

「……」

 

「もう誰もお前の邪魔はしないしさせん。そして全てが終わったら……儂の命をくれてやる」

 

「て、天魔様!?」

 

「黙っていろ。――だから、お前はお前の目的を果たすのだ。今のお前がすべき事は、憎むべき儂達の命を奪う事ではあるまい?」

 

「……」

 

「頼む聖哉、儂が言える事ではないのは重々承知しておる。

 だがお前には椛が必要だ、そしてあの子を救えるのはお前しかいないのだ。だから」

 

 だから、怒りや憎しみだけに支配されるなと、天魔は訴える。

 痛む身体も知らぬと、苦しげな呼吸を繰り返しながら必死になって彼の心に届くよう願いながら。

 

「……」

 

 その姿を見て、聖哉の瞳に僅かな光が戻る。

 ――何の為に自分はここに居る?

 己の願いと目的を、彼は再び取り戻し――大太刀を背中に戻した。

 

「聖哉……」

 

「……」

 

 何も答えず、聖哉はその場から飛翔する。

 

(すまぬ聖哉、本当に……すまぬ)

 

 その後ろ姿を見つめながら、天魔は何度も何度も彼に対し謝っていた……。

 

 

 

 

〈正気に戻ったか?〉

 

 相変わらず遠くから聞こえてくるヴァンの言葉に、俺はわからないと答えつつ……“眼”を開放させた。

 意識がはっきりしない、自分の身体なのにまるで別の身体を操っているかのようだ。

 “眼”の反動による痛みが襲い掛かるが、今の俺にとってこの痛みは気薄になりかけている意識をはっきりさせてくれるのに丁度よかった。

 

 

 

――殺せ。

――俺を蔑ろにしてきた天狗の連中を、全て殺せ。

――助けてくれなかった、支えてくれなかった奴等を殺せ。

――皆殺しにしろ。

 

 

 

「っ、っ……」

 

 呪詛のような“囁き”が、絶え間なく頭に響く。

 その言葉を受け入れそうになる、何もかも忘れて殺戮の限りを尽くしたくなる。

 怒りが、憎しみが、己の内にあるありとあらゆる負の感情が、俺の精神を削っていく。

 

〈受け入れてしまうのも、悪くないと思うぜ?〉

 

 っ、ふざけるなよヴァン、二度とそんな言葉は口にするなっ。

 からかうような口調でそう言ってくるヴァンに、俺は怒りを込めた返答を返す。

 

〈……それでいい。お前はやっぱりそうでないとな〉

 

 当たり前だ、俺がここに来たのは……椛を救う為なんだから。

 もうあんな感覚に呑まれるわけにはいかない、あんな“囁き”は俺が望んでいる事じゃない。

 急げ急げ急げ、手遅れになる前にあの子を……!

 

「――――見つけたっ!!!!」

 

 瞬間、俺は空を駆け抜けていた。

 疾く速く、己の限界など容易く超えた速度でそこへと向かう。

 妖怪の山の端、天狗の領地の中でも進んで赴こうとも思わない辺境に……それはあった。

 

 簡素な木造の家屋、およそ住めるとは思えないその廃屋はフェイクだ。

 ……廃屋の真下、つまり地下に椛と……あの男が居る。

 

「椛ーーーーーーーーーっ!!!」

 

 大太刀を両手で抜き、廃屋に向かって全力で振り下ろした。

 刀身から繰り出される黒い斬撃は、軽々と廃屋を粉砕し、地面を砕き……地下の部屋を露出させた。

 

「――――」

 

 そこに広がる光景を見て、俺は思考を停止させる。

 ――悪趣味な道具が所狭しと散らばっている。

 その中央には、何が起きたのか判らないのか、こちらを茫然とした表情で見つめる豪厳と。

 

――ぐったりとした様子の椛が、全身に痛々しい傷を刻まれ吊るされていた。

 

「き、貴様……犬渡か?」

 

「……」

 

 ヤツの声で、現実に戻ってきた。

 ……不思議だ、こんな地獄のような光景を前にしても、自分が今成すべき事が判る。

 先程の負の感情に呑まれていた自分とは思えない冷静さが、思考をクリアにさせていた。

 

 地下の部屋に降り立ち、大太刀を軽く振るう。

 それだけで椛を拘束していた器具は破壊され、そのまま地面に倒れそうになる彼女を左手で支えた。

 

「………………先、輩?」

 

「眠れ椛、今は何も考えずに」

 

「は、い……」

 

 瞳を閉じ、椛は意識を手放した。

 ――生きている。

 無事というにはあまりにも痛々しい姿だが、彼女が生きているという現実が俺に安堵を与えてくれた。

 

「な、何故貴様風情がこの結界を破る事ができた!? いやそれよりも、貴様は自分が何をしているのか判っているのか!!!!」

 

「……」

 

 ヤツは、何を言っているのだろうか。

 よく聞こえない、目の前であんなにも喚いているのに、ヤツの言葉は俺には届いてこなかった。

 というよりも、俺の心はヤツなど眼中になく、心底どうでもいいと思っていた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 てっきり怒り狂うと思っていたのに、おかしなものだと笑いたくなった。

 本当に眼中にない、こんな非道な事をしでかしたヤツの存在など、どうでもよかった。

 今はこの子をゆっくりと休ませてあげたい、ヤツに刻まれた傷を綺麗にしてやりたいという事しか考えられない。

 

 だから俺は喚き散らすヤツを尻目に、空へと飛んだ。

 

「逃がすと思うか!!」

 

 俺に向かって飛んでくる、妖力の塊。

 さすが古参の大天狗、その一撃は確かに強力なものだ。

 

「……」

 

「なっ!?」

 

 ヤツが放った光弾は、俺の黒いオーラに当たった瞬間、呆気なく霧散した。

 その光景を見てヤツは固まり、俺は何も言わずにその場から飛び去る。

 

〈意外だな。殺さないのか?〉

 

 あー……そう、だな。

 今はいいよ、今の俺のすべき事はこの子を休ませてあげる事なんだから。

 俺自身も不思議なんだけどさ、本当にどうだっていいと思ってるんだ。

 

〈……やっぱりお前、根っこの部分はどうしようもなく甘いんだな〉

 

 そうかな? そんな事はないさ。

 だって。

 

 

―――あんなの、いつだって殺せるんだから。

 

 

 今はこの子の事だけを考えればいい。

 女の子に付けちゃいけない傷を治して、ゆっくりと身体を休ませて。

 そして本当の意味で安心できてから……殺してやればいいだけだ。

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