狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
地上の大地の遥か下には、広大な地底世界が存在している。
元々地獄の一角であったその土地は現在、地上から消え去った妖怪や怨霊が住まう世界となっている。
その全容を理解している者は居ない無法地帯、しかしそれでも一応の“法”は存在していた。
それが地底世界の中心に位置する都、通称“旧都”と呼ばれる場所だ。
「――ふぅん、ここが地底かぁ」
キョロキョロと辺りを見回しつつ上記の言葉を放つ、我儘天人様。
さほど興味なさそうな態度を見せつつも、その表情は物珍しいものを見る顔になっていた。
「で? ここにわたしが満足できる場所なのかしら?」
「さてな。それは天人様次第さ」
「はあ? ちょっと待ちなさいよ、このわたしがわざわざついてきたのに……」
「ここに来た目的はあくまで俺の用事を済ませる為だからな、そんな事より行くぞー?」
後ろでぎゃいぎゃい喚いている天人様の言葉を軽く受け流しながら、旧都へと歩を進めていく。
尚も騒いでいた天人様だったが、さすがに未知の土地に一人で居るのは拙いと思ったのか、ぶつくさ文句を言いながらも俺の後ろについてきた。
「ねえセーヤ、なんで今回の面倒事を引き受けたの?」
「そうですよ旦那様、お優しいのは良い事ですけど……」
俺の頭の上に乗るイリスと、左隣を歩く椛から当然の疑問が投げかけられる。
「俺も初めは引き受けるつもりは無かったんだけどな……なんというか、放っておけなくなったんだ」
尊大で我儘、初対面の相手に平然と暴言を放つ礼儀知らず。
俺の想像以上だった不良天人様だが……どうにも放っておけないと思ってしまったのだ。
天人に恩を売るつもりはない、ただ彼女のあの表情は……。
「…………旦那様、浮気は男の甲斐性だとはよく言いますけど」
「ちょっと待て、そんなんじゃない」
「旦那様は女性に優しいし誤解を招くような言動や態度を見せますから……」
「あのなあ……俺が一番好きな椛が隣に居てくれるのに、他の女性に靡くなんてあるわけないだろ?」
全然信用ありませんね俺……ちょっぴり悲しい。
そもそも俺にそんな器用な真似ができるわけがないと、椛なら判ってくれるだろうに。
……それだけ俺を大切に想ってくれているという事なのだろう、そう思うとなんだか顔がにやけそうになってしまう。
「…………ふひっ」
「……椛、今の笑い方やめたほうがいいわよ?」
「だ、だってしょうがないじゃないですか。旦那様が私を一番好きって……うひひっ」
「……」
椛、嬉しいのは判ったからイリスの言う通りその笑い方をやめたほうがいいぞ?
女の子がしちゃいけない顔になってるから、後ろで見てる天人様も若干引いちゃってるし。
「……ねえ、あんた達って夫婦なの?」
「んっ? ああ、そうだ。婚礼は行ってないけどな」
「……ロリコンなの?」
「……」
失礼な事を言ってくる天人様の頭に、無言で手刀をお見舞いしてやった。
両手で頭を押さえ悶絶するが知った事じゃない、自業自得だ。
まあ、椛は比較的小柄だし俺は巨人みたいなデカさだからそう思ってしまうのも致し方ない面があるのは認めよう。
「うぐぐ……アンタ、仮にも天人であるわたしに対して容赦なさ過ぎじゃない!?」
「失礼な事を言ったお前が悪い。それにお前は俺に恭しい態度で接してほしいのか?」
「……」
「天人様がそれを望むならそうするが……どうする?」
「…………生意気な男ね。――敬うつもりが無いなら“天人様”なんて呼び方するんじゃないわよ」
「わかったよ、
「ふんっ……」
睨まれるが、それを軽く受け流す。
「それで、アンタの目的って何よ?」
「ああ、それは…………っと、着いたな」
足を止める。
辿り着いた先は、1件の居酒屋。
中からはまるで祭りのような喧騒が響き、繁盛しているのが判る。
「アンタ、まさか目的って酒を飲む事なの?」
「いや、友人に会う為さ」
「――やっと来たのかい、待ちくたびれたよ」
店の中から、一人の女性が出てくる。
胸元が大きく開かれた着物を身に纏い、右手に見事な盃を持った額に角を生やす長身の女性。
纏う空気は強者のそれであり、けれど浮かべる表情は友好的な笑みであった。
「久しぶりだな、勇儀」
「ホントだよ聖哉、もっと頻繁に遊びに来てほしいもんだねえ」
「それは悪かったよ、だからこうして顔を見せに来たんだ」
「星熊様、お久しぶりです」
「久しぶりだね椛、イリスも。――随分と力を身につけたみたいじゃないか。
どうだい? 少し手合わせでも……」
「お断りします、命が幾つあっても足りませんから」
「つれないねえ…………ところで聖哉、お前さんまた新しい女を引っ掛けたのかい?」
天子に視線を向けながら、勇儀は誤解を招く事を言ってきた。
「違う、実はかくしかウニョラーってわけだ」
「まるうまトッピロキーってわけかい……相も変わらずお人好しが過ぎるねお前さんは。
――はじめまして天人様、あたしは鬼の星熊勇儀ってもんだ。宜しくね?」
右手を差し出す勇儀、対する天子はというと。
「地を這ってる鬼風情が、随分と馴れ馴れしいんじゃない?」
腕を組み、あからさまに見下した態度で勇儀に対し暴言を放った。
――空気が凍る。
あの勇儀に対してこのような態度をとれる彼女にはある意味感心するが、今のはあきらかに愚行だ。
天子の態度に椛とイリスは固まり、小馬鹿にされた勇儀は当然激怒する……事は無かった。
「――あっはっはっは!! こりゃ驚いた、天狗の新聞に書かれてた通りのはねっ返り娘じゃないかっ!!」
左手で自分の足をバシバシと叩きながら、心底可笑しいとばかりに爆笑する勇儀。
その態度が馬鹿にされたと思ったのか、天子の表情が険しくなっていく。
「虚勢を張るのはみっともないわよ?」
「何言ってんだい、あんたの事気に入ったよ!!」
そう言って、勇儀は豪快に笑いながら天子の腕を掴みそのまま店の中へと入っていこうとする。
「ちょっ、何するのよ!?」
「聖哉、ちょいとこの子を借りてもいいかい?」
「……ああ、勇儀流の歓迎をしてくれないか?」
「はぁっ!? 何言ってんのよ、今すぐ助けなさいっての!!」
「大丈夫だ天子、少なくとも退屈は紛れるだろうから」
「なんだい、お前さん退屈だったのかい? そりゃいけない、なら愉しい宴会といこうじゃないか!! 聖哉達はどうする?」
「俺達は他の用事があるから、また後で飲もう」
「あいよ。そんじゃ天人様、おもいっきり楽しもう!!」
「いや、ちょ……覚えてなさいよぉぉぉぉぉぉ…………」
勇儀と共に店の中へと消えていく天子に、俺は満面の笑みで手を振った。
天人だから酒には強いだろう、それに頑丈だし勇儀流の歓迎にもきっと耐えられる筈だ。
……一応、合掌は送っておいた方がいいな。
「ねえセーヤ、助けなくていいの……?」
「大丈夫さ、天人様は強いんだから」
「……まあ、セーヤがそれでいいならいいんだけど」
判ってるよイリス、お前が何を言いたいのかよーく判ってる。
だけど勇儀が気に入った以上、ここで天子を助ければ面倒な事になるのは目に見えている。
それに……一度何も考えずに騒ぎ散らした方がいいとも思っているのだ、特に天子の立場を考えると。
「ところで旦那様、他の用事というのは何ですか?」
「地霊殿に行こうと思ってるんだ、さとり達とも全然会えていないからな」
さとり達とも最近会えていなかったし、少しばかり頼みたい事もできた。
お空は元気だろうか? それにこいしはちゃんとさとりの所に帰っているのだろうか?
そんな事を考えつつ、椛とイリスと共に地霊殿へと向かおうとして。
「――――」
動かしかけていた足を止める。
「? 旦那様、どうかしましたか?」
「セーヤ、どうしたのよ?」
「……すまん、2人は先に地霊殿へ行っててくれないか?」
「えっ?」
「別の用事を思い出したんだ、すぐに戻るから安心してくれ」
2人にそう言って、俺は地霊殿とは逆方向へと歩いていく。
自然と歩みは速くなっていき、気が付いたら俺は全速力で走っていた。
――誰かが、俺を見ている。
それも決して好意的なものではない、敵意は無いが闘気を込めた好戦的な視線だ。
無視する事などできない、なので俺は敢えてその視線の主の元へと向かう。
走って走って……広い旧都の中でも端に位置する、行った事のない未知のエリアに辿り着いた。
古い建物が並ぶそこは、荒廃的な雰囲気も相まって廃墟を思わせる。
見慣れない俺は目立つのか、周囲の妖怪達は遠巻きに視線を送ってくるが……その視線は、ひどく淀んでいた。
〈同じ旧都の中とは思えねえな、まあこれだけ広けりゃ歪みも大きくなるか〉
何故か楽しそうにそんな事を言うヴァンの言葉を受け流しつつ、俺は周囲の視線も気にせず歩を進めていった。
奥へ奥へと進んでいき――周囲から人影が無くなり瓦礫だけが散乱する場所にて、俺は立ち止まり。
「――来たか、聖哉」
かつて死闘を繰り広げた相手。
大悪魔と呼べる力を持つ魔人、ゾアと対峙した。
「久しいな」
「……どうして、お前がここに居る?」
身構える。
相手から敵意は感じられないが、いつでも戦えるように臨戦態勢へと入った。
「そう身構えるな、今日はお前と戦いに来たわけではない。伝えるべき事があるからお前を呼んだのだ」
「伝えるべき事……?」
「聖命蓮という男を、覚えているか?」
「……聖、命蓮」
覚えている、というより忘れられる筈がない。
聖白蓮さんの弟である大僧正、しかし俺達の前に現れた彼は……聖命蓮という人物の負の感情のみで生成された悪鬼だった。
妖怪を憎み、蔑み、その命を容赦なく奪おうとしたが、最後は姉である白蓮さんの拒絶によって抜け殻のようになったと聞いている。
だが――八雲様がその命を奪おうとした瞬間、何者かの介入によって消え去ったという。
その後は一度たりとも現れる事は無く、なので話題に上がる事も無かったが……。
「あの男を助けたのは、お前達なのか?」
「正確にはイザナミが戦力になると思い手元に置いておく事にしたそうだ。
しかし回収はしたがまるで廃人のようになってしまっていてな、使い物にならないので捨て置いていたんだが……忽然と姿を消したらしい」
「姿を、消した?」
「何処へ行ったかも判らん、しかしお前には伝えておこうと思ってな」
「何故だ?」
「……前に一度、あの男の目を見た事がある。
強い絶望と妄念に囚われた目をしていた、ああいった狂気を孕んだ者は……何をするか判らん」
だから気を付ける事だ、そう言ってゾアは話を終える。
……どうやら本当に上記の件を伝えに来ただけのようだ、話を終えてもゾアは俺に対し隙だらけな姿を晒しているのだから。
だからこそ疑問に思う事があり、俺はヤツに問うた。
「どうして俺にその事を教える? お前はイザナミ達の仲間じゃないのか?」
「……あの時奴等に協力したのはあくまでお前と戦う為だ、味方というわけではない。
オレは、オレの血と魂を震わせてくれる強者との戦いだけが望みだ、イザナミの支配欲など眼中にない」
「……成程」
不思議と、今の言葉は信じる事ができた。
この男は生粋の、どうしようもないくらいの戦士なのだ。
善も悪もない、ただひたすらに強者との戦いだけを渇望するある意味では純粋な存在なのだろう。
かといってこの男のした事を許すつもりはない、許すつもりはないが今の言葉だけは信じても良いだろうと思えた。
「その忠告だけは、素直に受け取っておく」
「そうか。――しかしお前という男は一体どこまで強くなるのだ? 前とはまた別人のような強さを身につけているな」
「守りたい人達が沢山居るんだ、その為にも俺は誰よりも強くならないと」
「守りたい者達の為に、か……」
理解できないといった感じで、ゾアは呟く。
「――決着はいずれ着けよう、聖哉」
「できればもう二度と御免だ。お前程の存在が動けば幻想郷が無駄な争いに巻き込まれるからな」
「それはできぬ相談だ」
不敵に笑い、ゾアは俺から背を向け去っていく。
……本当に忠告に来ただけだったんだな、アイツ。
ゾアの性格からして一戦交えるかと身構えていたが……少しばかり拍子抜けだ。
〈なんだよ聖哉、もしかして戦いたかったのか?〉
そんなわけないだろ、どこぞのバトルマニアじゃあるまいし。
平和的に過ごせるのなら、それに越したことはないさ。
〈ブレないなー、お前は。まあ……お前が望まなくても、争いは向こうからやってくるみたいだが〉
「……」
〈わかってるよな? おそらくあの野郎は幻想郷にやって来るぞ〉
ああ、判っているさ。
……また、近い内に戦いが始まるのか。
仕方ないとは思う、敵は命蓮だけではない。
いずれは、倒さねばならない相手だっているのだから。
だけど、それでも無駄な争いなど起きてほしくはない。
今を一生懸命に生きている人達の平穏を、奪われたくない。
だからこそ、強くならなければ。
誰よりも、何よりも強く、全てを守れるくらいに。
(……また、悪い病気が再発しやがったな。この馬鹿は)