狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
第9話 VS魂魄妖夢~冥界の剣戟~
死者が次の輪廻転生を待つ間を過ごす世界といわれる場所、冥界。
例外を除き生者は存在しない死者の世界に、現在聖哉と椛は赴いていた。
生命の息吹をまったく感じられない森の中を進む2人、周囲に響く音は無く冥界らしい不気味さを醸し出していた。
「……なんだか、肌寒いですね」
「幽霊だけが存在する世界だからな、生きている俺達にとってはそう感じるんだろう」
「…………」
「? 椛、どうした?」
隣を歩いていた椛がいきなり服の裾を掴んできたので、聖哉は足を止め彼女へと視線を向ける。
しかし椛は何も答えず顔を俯かせるだけであり、かといって掴んだ裾は放そうとしない。
そんな彼女の態度を怪訝に思う聖哉だが、よく見ると椛の身体が震えているのがわかり、彼女の心中を察した彼は……悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「恐いのか?」
「っ、こ、恐くなんかありません!! ほ、誇り高き白狼天狗が幽霊に恐がるなんて……」
幽霊、とは一言も言っていないのだが……勝手に自爆した椛に苦笑する聖哉。どうも彼女は小さい頃から幽霊の類が苦手らしく、幼少期は恐くて泣きついてきた事もあるくらいだ。
今は成長したのかさすがに泣きはしないものの、身体を震わせている辺りまだ苦手意識は克服できていないようだ。
「じゃあ俺の服の裾を掴むのは何でだ?」
「そ、それは……」
「無理するな。別に幽霊が苦手だからってそれが悪いわけでもないし、俺はおかしいなんてちっとも思わないぞ?」
おかしいとは思わない、寧ろ幽霊に恐がる椛はたいへん可愛らしいではないか。
尤も、こんな事を口に出したら間違いなく怒られるし幽霊関係の事で彼女をからかうとヤバイ、具体的には太刀を振り回しながらどこまでも追いかけてくる。
現に彼女がまだ幼かった頃にちょっと脅かしたら山中追い掛け回された、そして暫く口をきいてくれなかった。話しかけてもわざとらしく顔を背けられた時は、静かに涙を流すくらいショックだったので聖哉は二度とこういう事で椛をからかうのはやめようと強く誓ったほどだ。
「……こんなんじゃ、いつまで経っても大人の女性に近づけません。だからちゃんと克服しないと」
(椛は充分大人だと思うが)
確かに彼女は妖怪としてはまだ若い、だがその精神は立派に成長していると幼少の頃からの知り合いが故に聖哉はそう思っていた。
だというのに気づいていないのか、それでもまだ未熟だと思っているのか。彼女は自分が子供だと思ってしまっているようだ。これも生真面目さ故か……。
「まあ克服しようとするその向上心は結構な事だから、無理しない程度に頑張れ」
「はい!! ……ただ、今は手を繋いでくれると嬉しいです」
「はいはい……………………と、言いたい所だが……どうやらそうもいかねえようだ」
視線を前方へと向け――ゆっくりと此方に向かって歩みを進めてくる一人の少女を視界に収める。
背に二本の刀を背負う白髪の少女、その歩みは無造作に見えながらも隙を見せぬように訓練されたそれだ。
強い、戦わずともそう確信できるその動きに、自然と聖哉は全身に力を込めていく。そして互いに一息で踏み込める距離で少女は足を止めた。
……向けられる視線は明確な敵意、どうやら歓迎してくれるつもりは微塵も無いらしい。
「――去りなさい。これ以上進む事は許しません」
小柄で幼い外見に似つかわしい、やや高めの声。
しかし込められた言霊の重みは凄まじく、常人ならば声を聞いただけで萎縮してしまう力があった。
「よ、妖夢さん……?」
「知り合いか?」
「は、はい。彼女は
「……彼女が」
魂魄妖夢の名は聖哉も知っている、文から歩く話は聞いているし白玉楼といえばこれから自分達が向かおうとしている場所である。
ちょうどいい、道案内をしてもらおう……と言いたいが、彼女の様子を見るにそうはいかなそうだ。
しかし解せない、彼女と自分は初対面だというのに何故こうも敵意を向けられるのかと聖哉は首を傾げた。
「妖夢さん、どうしたんですか?」
「……すみません椛さん、今は何も言わずに帰っていただけませんか?」
聖哉の時とは違い幾分かは柔らかい口調ながらも、言葉の中には有無を言わさぬ迫力は健在であった。
どうあっても通すつもりはないらしいが……聖哉とておとなしく帰るつもりはない。
「椛、さがってろ」
「えっ、先輩……?」
「このままおとなしく帰るわけにはいかないだろ? かといって向こうは話を聞くつもりはないみたいだからな、なら……押し通るまでだ」
背中の大剣に手を伸ばし、抜くと同時に剣の切っ先を妖夢へと向ける聖哉。
……それを見た妖夢の纏う空気が変わり、彼女も背中の長刀――
「悪いがこっちにも事情がある、八雲様のご友人である西行寺幽々子に訊きたい事があるからな、通させてもらうぞ?」
「ご自由に。……できるものなら」
一触即発、息苦しくなるほどに緊迫した空気はもはや2人がぶつかり合う事態は避けられないと告げている。その中で、椛は聖哉を見つめながらある違和感を抱いていた。
(おかしい……先輩はここまで好戦的じゃなかったはずなのに……)
少なくとも、今のように言葉での説得もそこそこに力ずくで自身の道理を貫こうとする強引な手段は、好ましくないと思っていた筈だ。
いつもの彼らしくないこの行動を怪訝に思うが、間に割って入り仲裁する事はもうできない。まがりなりにも剣を扱う椛は2人の間に漂う鋭い“気”を感じ、見守る事しかできないと理解すると同時に。
「――――はっ!!」
気合一閃、一息で間合いを詰め刀を振るった妖夢と、それを見切って大剣で受け止める聖哉の戦いの火蓋が切られてしまった。
長刀を弾き間合いを離そうとする聖哉に、そうはさせないと妖夢は更に踏み込み追撃を仕掛ける。
上下左右、あらゆる方向から放たれる妖夢の剣戟に対し、聖哉は攻撃の軌道を合わせ防御しつつ――相手の力量に驚愕した。
(速度は完全に向こうが上……あんな細腕でここまでの剣が放てるのか……)
八尺にも及ぶ長身に鍛え抜いた筋肉を持つ聖哉に比べ、妖夢の身体はまさしく“少女”と呼べる程に小柄なものだ。
だが放たれる一撃は華奢な身体からは想像もできない程に重く、何より速い。
正直聖哉は魂魄妖夢という少女を侮っていた、文から剣士だとは聞いていたがここまでとは思っていなかった。自身の未熟さを恥じながら相手の猛撃を防ぐ聖哉であったが……侮っていたのは妖夢も同じである。
(初撃で決まると思ったのに……)
確かに全開ではなかった、それでも充分斬り伏せられると思った彼女の予想は大きく裏切られ、尚もそれは続いている。
既に妖夢は全力で剣を振るい、それでもその悉くを相手の大剣によって防がれていた。
(長引かせるのは拙い……一気に勝負を決める!!)
今はまだ機動力で勝っているが、体格の差やスタミナの面ではこちらが圧倒的に不利。そう判断した妖夢は出し惜しみなどせずに自身の“必殺剣”を発動させた。
力任せに相手の大剣を弾き僅かに後退させると同時に、妖夢は桜観剣を右上段に構えながら霊力を込めていく。
「っ!?」
力の流れを感じ取り、聖哉もすぐに刀身に妖力を込めていくが。
「断命剣――冥想斬!!」
妖夢の必殺剣が放たれ、咄嗟に聖哉は大剣でそれを受け止め――容易く吹き飛ばされ地面を滑っていく。
吹き飛ばされながらも大剣を地面に突き刺し勢いを殺そうとするが、それも叶わず聖哉はそのまま後ろの木々の中まで吹き飛び見えなくなってしまった。
「先輩!!」
「……早くあの人と一緒にここから立ち去ってくださいね?」
勝利を確信し、妖夢は桜観剣を鞘へとおさめそのまま背を向け用がなくなったこの場から離れようとするが……ふと、その足を止めた。
そして再び振り向き視線を聖哉が消えていった木々の中へと向け、ぞわりと全身を震え上がらせた。それは恐怖から来る震え、彼女は何故か何も居ない場所を見つめて恐怖心を芽生えさせていた。
刹那、木々の隙間から何かが猛スピードでこちらに向かってくる光景を視界に入れ、驚愕しながらも彼女は素早く桜観剣を抜き取り追撃を仕掛ける。
「っ、ぐっ……!?」
次に彼女に襲い掛かったのは、全身がバラバラになったと錯覚するほどの衝撃。桜観剣を持つ両手は痺れ感覚が消えてしまっている。
それでもどうにか剣を握りしめ、両足でしっかりと立ちながら何が起きたのかを確認しようと顔を上げ……視界が閃光で覆い尽くされた。
「くぅぁ……!!」
身体を捻り、全神経を回避に集中させ閃光から逃れる妖夢。
ゴロゴロと転がり元いた場所から距離をとってから起き上がり、先程まで自分がいた場所へと視線を向け妖夢は戦慄した。
……底が見えない巨大な亀裂が地面に刻まれている、先程の閃光によるものだろうか。
そして……この亀裂を生み出したのが、
「せ、先輩……」
突如として見せ付けられた聖哉の凄まじい力に、椛は茫然としながら彼を見つめる事しかできなかった。
明らかに今の一撃は今までの彼の力を大きく上回るものだ、それに今の彼は……今の彼の内側から溢れ出そうとしている力は……。
「――はーい、そこまでよ~」
妙に間延びした声が、張り詰めていた空気を消し去る。全員の視線が声のした方へと向けられると同時に、聖哉の視界が桃色の髪を持つ美女の笑顔に覆い尽くされた。
……まったく気配を感じなかった、ここまで接近されるまで気づかなかった事に聖哉は戦慄し、対する女性はニコニコと無垢で友好的な笑みを聖哉へと向ける。
その笑みを見たせいか少しずつ身体から余計な力が抜け落ち、聖哉は落ち着きを取り戻していった。
「幽々子様、どうしたんですか!?」
「もういいって紫が言っていたから、止めに来たの」
「もういいって……それは一体どういう事ですか?」
頭にクエスチョンマークをいくつも浮かべる従者の問いには答えず、女性は聖哉に向かって自らの名を明かす。
「私は
「あんたが西行寺幽々子か。早速で悪いが訊きたい事が……」
ある、聖哉がその言葉を口にする前に幽々子は彼に背を向けて移動を始めてしまった。
「立ち話もなんだから」、どうやら詳しい話は白玉楼で話してくれるようだ。
ふわふわとのんびりした様子で飛んでいく幽々子に、せっかくだからと歩いてその後に続く聖哉。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
と、聖哉の横に並んで歩き出した妖夢はおずおずと話しかけてきた。
それに「大丈夫だ」と返しつつ、先程とはまるで態度が違う彼女に聖哉はどうしたのかと問いかけてみた。
すると彼女は視線を逸らし、小さく「怒らないでくださいね……?」と前置きしてから。
「……紫様と幽々子様に、犬渡聖哉さんが冥界に来たら敵として全力で相手をしろと言われまして」
ちょっと何を言っているのかわかりませんね的な言葉を、返されてしまった。
成る程、つまり……紫にあったら斬っていいわけか。妖夢には「そうか、大変だったな」と無難な返答を返しつつ心の中ではどす黒い怒りの炎を煮え滾らせる聖哉。
その憤怒を近くに居るが故に感じ取ってしまったのか、妖夢がさり気なく彼から離れたのは余談である。
「…………」
聖哉の後ろをついていくような位置から、椛はじっと彼の後ろ姿を見やる。
戦いは終わり、すっかり緊迫した空気は払拭されているが椛の表情は晴れない。というのも彼女はいまだに聖哉から違和感を覚えているからであった。
「椛、どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
見せてくれた反応はいつもと同じ、椛がよく知っている犬渡聖哉そのものだ。
さっきのは気のせいだったのではないか? そんな考えが一瞬頭に浮かぶが、椛はすぐさまそれを否定する。
やはり今の彼は今までの彼とは違う、雰囲気も身に宿す力も……何か人為的な操作をされているような気さえした。
◆
「――紫~、聖哉くんを連れて来たわよ~?」
冥界の奥に存在する広大な屋敷、白玉楼の中庭へと案内された聖哉達。
縁側で待機している筈の友人である八雲紫に声を掛けた幽々子だが、肝心の紫の姿は見当たらない。
はて、どこへ行ったのだろうかと首を傾げる幽々子だが……縁側に置かれている一枚の紙が目に入り、拾い上げる。
「……聖哉くん、あなた宛に紫からの手紙があるわよ?」
「えっ?」
幽々子から渡された紙に目を通す、そこには達筆な字で紫からのメッセージが書き込まれていた。
『聖哉へ。
まずはこの前萃香を助けてくれてありがとう、さすがいずれ私の式になる子ね!
それと妖夢をけしかけるような真似をしてごめんなさいね、今のあなたの力を確認したかったの。
結果は合格、まだまだ発展途上だけど予想以上の力を見せてもらえてゆかりん大満足よ!!』
「…………なんですか、このふざけた文面は」
横から手紙を覗き込みながら、書かれている内容に怒りの呟きを零す椛。
まあ確かに、おちゃらけているだけでなく上から目線の物言いもあるが……とりあえず最後まで読み進めようと再び手紙へと視線を向ける。
『本当なら私に会いたがっている貴方と話がしたかったのだけれど、ちょっと所用ができちゃったから今回は見送らせてもらうわ。
それに睦月の件なら貴方が心配する事ではないから、後の事は私と藍ちゃんに任せてゆっくりなさいな。
ゆかりんより愛を込めて』
「…………」
どうやら、こちらの思惑などお見通しだったようだ。
睦月の事は心配するなとは言うが……正直肩透かしをくらった気分だ。
本当に紫1人に任せてもいいのだろうか、もちろんそう思うのは彼女の力を信用していないからではなく、押し付けるような形になる事による申し訳なさからだった。
「大丈夫、紫が任せろって言っているんだから素直に甘えなさいな」
聖哉の心中を察し幽々子は彼にそう声を掛け、「とりあえず座りなさいな」と促した。
聖哉と幽々子、一歩遅れて椛は縁側へと座り込み、程なくしてお茶と菓子を持ってきた妖夢も加わり、中庭の美しい風景を眺めながら穏やかな時を過ごす。
……紫には睦月の事以外にも訊きたいことがあったのだが、今回は諦めるしかないようだ。
「それにしても、紫から聞いていたけど聖哉くんって本当におっきいわね~。抱きしめられたら気持ち良さそう~」
「そんな事はないと思うが……って、何してんだ……」
むふふと変な笑みを浮かべながら、幽々子はいきなり聖哉の胸板へと顔を埋めだした。
「おお、これはなかなか……」などと呟きつつ、頬擦りまで始める幽々子。こそばゆい感覚に襲われながら注意しようとした聖哉だったが……その前に椛の怒声が放たれる。
「は、離れてください!! 先輩に頬擦りしたりクンカクンカしていいのは私だけなんですから!!」
がーっ、と怒鳴りながら幽々子の服を掴み無理矢理聖哉から引き剥がそうとする椛。一方の幽々子は「いーやー!!」と何故か子供じみた抵抗を始めてしまう。
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぐ椛と幽々子、その光景を見て妖夢は主の行動に呆れながらため息をつき。
(さっきの椛の発言にはツッコミを入れた方がいいんだろうか……? それより……E、いやFだと……?)
聖哉は心の中で上記の疑問を抱きつつ、冷静に幽々子のとある部位を計るという謎の奇行に走っていた。
余計な事を考えないといろいろと困るのである、男として。
◆
「――いいわね、楽しそうで」
聖哉達のやりとりを、こことは違う異界にて眺める一人の女性がいた。
上下左右、どこを見渡しても巨大な目玉が浮かび上がる不気味な空間。通称『スキマ空間』と呼ばれるこの異界の主である女性、八雲紫は「あなたもそう思いませんこと?」と……自身のすぐ傍でボロ雑巾のように倒れ伏している睦月へと声を掛けた。
今の彼女の姿は文字通り悲惨なものであり、右腕と左足は根元付近で千切れ身体の至る所には深々と裂傷が刻まれている。
人間はおろか妖怪ですら致命傷であるはずのその傷を負いながらしかし、睦月は顔を上げ皮肉めいた笑みを紫に向け口を開いた。
「せっかく身体の修復が終わったと思ったと同時に拉致られてボコボコにされて、そんな暢気な思考回路なんかもてるわけないじゃん。おばあちゃんの頭はお花畑なんだねー……ギャッ!?」
睦月の身体に、巨大な標識が槍のように突き刺さる。
衝撃と痛みに顔をしかめつつ、睦月は口から多量の血を吐き出しながらもその笑みを崩そうとはしない。
「お、おやぁ……? 図星をさされておばあちゃん怒っちゃったかなー?」
「口の減らない小娘ですわね、自分の立場をまるで理解していないと見える」
「立場? ハッ、泣いて詫びて命乞いしようが何しようが殺すつもりな大妖怪様に、どうして下手に出ないといけないんですかねえ?
それに、いくら自称賢者様に殺されようとも構いませんしい? だって拙者……不死身でござるから」
「そのわざとらしい一人称、鬱陶しいからやめてくれないかしら? それとあなたは自分が不死身だと思っているようだけど……あなたを殺す手段がないと思っているのかしら?」
言いながら紫は、自らの能力を発動させる。
八雲紫の能力、『境界を操る能力』は万物に存在する“境界”を操り意のままに従える能力である。
つまりだ、常軌を逸した再生能力で真っ二つになった身体を元通りに出来る程の睦月の“境界”を操作すれば、そのまま彼女を“消滅”させる事ができるというわけである。
全能ではないものの倫理的創造と破壊すら可能とするこの能力を前にした瞬間に、睦月の命は尽きていたのと同じだ。
「神に匹敵する力……なるほどなるほど、さすが賢者様と呼ばれる事だけはある。けどさあ……その能力に全振りされているだけで、テメー自身は妖怪としてたいしたことないって自覚してる? あの鬼の力を吸収したアタシと直接力比べしたら勝てないっしょ?」
「……そうね。それは否定しないわ」
「能力ありきの癖に大物ぶって恥ずかしくないんですかあ? まあそんなだから周りから孤立してるぼっちさんなんでしょうけどー」
からからと、心底馬鹿にするように笑い声を上げる睦月。
身体からバチバチと火花を散らしながらも、瀕死の少女はあくまで自らを誇示し続ける。
それは紫にとって異質に見え、同時に恐ろしさすら抱かせる姿であった。これ以上生かしておくわけにはいかないという強迫観念じみたものが浮かび、紫は自身の能力を睦月へと展開させた。
「テメーじゃあたしは殺せねえよ。いくらこの機械の身体をボロボロにできても……あたしは殺せねえ」
「自身過剰もそこまでいくと素直に賞賛できるわね、この幻想郷には正真正銘の不死がいるけど……あなたのは優れた再生能力に過ぎない。私の力で存在そのものを消し去れば復活などできないでしょう」
「じゃあやってみればー? 自分は優れた存在だと認識している賢者様にできるものなら」
「……さようなら」
右手を前に翳し、強く握り緊める紫。それと同時にグシャリという鈍い音が響き……睦月の身体が文字通り押し潰れた。
断末魔の叫びすら上げないまま、潰された睦月は砂のように散っていく……。
「…………っ、ぐ……っ、ふぅ……」
その最期を見つめていた紫だったが、突如として大量の汗を流しながらその場で蹲ってしまった。
息を大きく乱し、肩を激しく上下させるその姿は彼女がひどく消耗している様を示していた。
「は、ぁ……さ、さすがに……“生物の消滅”は負担が大きいわね……」
先程述べた通り、彼女の能力は決して全能ではない。
生物の創造と破壊、それを実行するには多大な負担が彼女に襲い掛かり、また対象の力が膨大であるほどにそれは増えていく。
この大量の汗と立ち上がれない程の疲労感は、睦月という存在がそれだけ強大なものだという事を物語っていた。
「……ふぅ」
だが、これで今回の騒動も終わりだ。
睦月の存在は完全に消し去れたと改めて確認できたし、そもそもその気になれば彼女に操作できない境界は存在しない。
「っ、何……?」
チクリという僅かな痛みが胸元に響く、何事かと視線を向けるとそこに自分のものではない髪が突き刺さっていた。
右手で取って確認すると、その髪が睦月の髪だとわかり紫は気味悪そうに表情を歪めてから、その髪を投げ捨て消滅させる。
「まったく、最後の最後まで気味の悪い……」
これはもう、最愛の式の尻尾に癒してもらうしかない。
そう思った紫はだらしなく口元を緩ませながら、八雲屋敷へと繋がるスキマを開き異界から消えていった。
その後、彼女の最愛の式の悲鳴が八雲屋敷から響き渡ったとかなんとか……。
【簡潔なキャラ紹介】
・西行寺幽々子
冥界を管理する亡霊姫、紫の一番の親友であり理解者。
紫以上に底が知れず常にのほほんとした空気を纏っているが、内側に宿す能力は幻想郷でもトップクラスに危険なもの。ちなみに巨乳。
・魂魄妖夢
半人半霊の少女剣士、幽々子の剣術指南役で庭師を兼用する従者的存在。
見た目は小柄な少女ながらその剣術は達人級、それでも本人は半人前だと思っているのでこれからも伸び続ける優等生。
ただし主である幽々子の言葉に従いやすい為に今回のような余計な事態を招く事もしばしば、その度に彼女は反省し自己嫌悪に陥ったりするのは余談である。