狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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今回は、イリスの一人称で話が進みます。


幕間 イリスの葛藤~賢者の誘い~

「――イリス、アンタこんな所でなに黄昏れてんの?」

 

「…………なんだ、天子か」

 

 地霊殿の屋根の上。

 旧都をボーっと眺めていたワタシに、髪をボサボサにした天子が声を掛けながら近づいてくる。

 ……よく見たら服には色々な毛が纏わりついている、どうやら“また”地霊殿のペット達にもみくちゃにされたのだろう。

 

「なんだとは御挨拶ね、可愛くないのは駄目よ?」

 

「可愛くなくて悪かったわね」

 

「機嫌悪いわねー、愛しい愛しい御主人様と喧嘩でもしたの?」

 

「……」

 

 からかう口調の天子に、ワタシは無言を貫く。

 別にセーヤと喧嘩したわけではない、だけど……。

 

「……もしかして、ホントに喧嘩でもした?」

 

「別にそんなんじゃないわよ。それで、何の用もないなら放っておいてくれない?」

 

 つっけんどんな態度、誰が見ても今のワタシは不機嫌だと気づくだろう。

 実際に今のワタシは機嫌が悪い、いや正確には解決できない悩みを抱えてモヤモヤしているといった方が正しいか。

 

「――よっこらしょ」

 

「ちょっと、なに隣に座ってんのよ?」

 

「別にいいでしょ? わたしが何処で何しようと勝手じゃない」

 

「……」

 

 この不良天人め……毒吐きそうになるのをどうにか堪える。

 天子からは視線を逸らし、また旧都の街並みに視線を向ける。

 今日も地底世界は騒がしい、どうせ妖怪達が飽きもせず宴会を開いているのだろう。

 

 その中で、強い力のぶつかり合いを感じ取る。

 セーヤと椛が勇儀辺りと鍛錬に勤しんでいるのだろう、尤も勇儀は鍛錬というより喧嘩と思っているだろうけど。

 

「あの二人もよくやるわねー、そんなに強くなりたいのかしら?」

 

「……」

 

「アンタは付き合わないの?」

 

「……」

 

「……あの時の戦いから、なに不貞腐れてるのよ?」

 

「……っ」

 

 思わず、今の言葉に反応を見せてしまった。

 これでは天子の言葉が事実だと認めるようなものではないか。

 

「やっぱり、まあ別にわたしには関係ない話なんだけどね。アンタが何を悩んでいようとも」

 

「……なら、一々訊かないでよ」

 

「辛気臭い顔が近くにあると鬱陶しいのよ」

 

「だったら離れてなさいよ」

 

「なんで天人のわたしが人形のアンタの我儘に付き合わなきゃいけないのかしら?」

 

 っ、この天人は本当に……!

 キッと天子を睨みつける、だけど彼女は含み笑いで軽々とそれを受け流していた。

 攻撃してやりたい衝動に駆られるが、生憎と獲物は融けてしまったし素手での一撃は天人の身体には到底通用しない。

 それに、何より……わたしの力なんかじゃ、目の前の彼女にダメージなんて与えられない。

 

「――内側に溜め込んだって、解決しないわよ」

 

「え……」

 

「自分じゃ解決できない何かを抱えてるなら、溜め込むより躊躇いなく吐き出した方が物事は上手くいくのよ。まあこれからも苦しみたいМ気質なら話は別だけど」

 

 ワタシと視線を合わせる事なく、天子は上記の言葉を口にする。

 ……コイツ、一体何を企んでいるのかしら?

 疑いの視線を向ける、すると天子はわたしに向かって肩を竦めてきた。

 

「せっかくわざわざわたしが気に掛けてやったってのに、ホントに可愛くないわね」

 

「……悪かったわね」

 

「別に気にしてないわよ、さっきも言ったけど辛気臭い顔が近くにあると気分が悪いだけだから」

 

「……」

 

 ああ、成程。

 少しだけ比那名居天子という存在を理解できた気がする、要するにコイツ……めんどくさいヤツだ。

 誰かに優しくした事がないから、こうやって回りくどい言い方をして誤解を招いて、面倒な事態に発展させていく。

 セーヤや椛とは違う、不器用な態度につい苦笑してしまった。

 

 だって、天子の本質ってワタシによく似ているんだもの。

 可愛くなくて、口も悪くて、すぐ喧嘩腰になる、めんどくさいヤツ。

 しかもなまじ自覚しているから、余計にタチが悪い。

 だけど……だからこそ、今のワタシにとって天子の不器用な優しさは有難かった。

 

「………………ワタシ、何もできなかった」

 

「……」

 

「あの怨霊の巨人との戦いで、何の役にも立てなかった……」

 

 悔しかった、ただの足手まといにしかならない事実が。

 勇ましく突っ込んで、何の成果も上げられず、天子が居なかったらきっと灰も残らず燃え尽きていた。

 

「自分が弱いのが許せないのなら、強くなればいいんじゃない?」

 

「簡単に言ってくれるわね……わたしが人形だって事を、忘れてない?」

 

 そう、わたしの肉体はあくまでも人形だ。

 人形使いであるアリスが造ってくれたこのボディは、普通の上海人形や蓬莱人形に比べればずっと強固だしあらゆる点で優れている。

 けどそれだけ、鍛錬で限界を超えるなんて事はできない、そしてすでに今のワタシの力は……セーヤ達の足手纏いになるレベルまで落ち込んでいた。

 

 かといってこれ以上の強化は、如何にアリスといえども不可能だ。

 このボディは現時点での最高のパーツと技術が込められて造られている、つまりこれ以上ワタシは強くなれない。

 経験を積んで技術は磨けても、単純な力が足りなくては意味が無い。

 

 セーヤは絶対に気にしないだろう、あの人の事だから「イリスは充分強いし助けてもらってる」と本心で言ってくれる。

 だけどそれじゃあ駄目なのだ、きっと近い内にセーヤはまた戦いに巻き込まれる。

 誰よりも平穏を望むくせに、名前も知らない誰かの為に自分の力の総てを懸けるから、すぐ自身を蔑ろにして……沢山傷つくんだ。

 だからこそワタシは弱い自分が許せない、だけどどうしようもなくて……。

 

 

「――強くなりたいの?」

 

 

 声が響く、でもその声はワタシでも天子のものでもない。

 刹那、空間の一部が裂け――その先に数え切れない目玉が不気味に此方を見つめているのが見え。

 

「こんにちは、命ある人形さん」

 

 その中から、会いたくない存在が不敵な笑みを浮かべながら現れた。

 紫のドレス、薄桃色の日傘を持つ金の髪を持つ女性。

 妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪、八雲紫の出現にワタシと天子は同時に身構えた。

 

「あらあら、嫌われたものですわね」

 

「本気で言ってるのなら頭の病気ね」

 

「そちらの天人“もどき”に言われたくありませんわ」

 

「……」

 

 空気が息苦しいものに変わっていく。

 天子の目が鋭くなり、明確な敵意を紫に対して放っていた。

 けれど紫は意に介した様子もなく、ワタシに対しその金の瞳を向けてくる。

 

「っ」

 

 ぶるりと、身体が勝手に震えてしまう。

 敵意も悪意も紫の視線からは感じられないというのに、理解できない恐怖心がワタシの心を縛り付けていた。

 やっぱりコイツは得体が知れなさ過ぎる、敵でも味方でもないという事実が……本当に恐ろしいと感じた。

 

「こちらの子供の相手をしていたら本題に入れませんわね。――イリス、貴女は本気で強くなりたいのですか?」

 

「……だったら、何よ?」

 

「その願い、私が叶えて差し上げると言ったら……どうします?」

 

 そう言って、紫は相も変わらず胡散くさい笑みを見せながら、ワタシに右手を差し出してきた。

 ……信用できない、最初に浮かんだのはそんな考え。

 だけど、同時にコイツは嘘を吐いていないと、何故か確信できた。

 

「ちょっと待ちなさいよ、アンタいきなり――」

 

「黙れ、今度こそ殺されたいのか?」

 

「っっっ」

 

 凄まじい力の奔流が、ワタシと天子に襲い掛かる。

 何て凄まじい妖力なの……これが八雲紫の力。

 足が震え一歩も動けなくなる、それだけの重圧を与えながらも……まだ全力ではないのだから驚愕しかできない。

 

「次に不用意な言葉を放ってみなさい、その時が貴様の最期にしてあげるわ」

 

「――」

 

 直接向けられていないワタシですらこの様なのだ、いくら天子でも紫の重圧には完全に言葉を失ってしまっていた。

 それにしても……紫のこんな姿初めて見たから、別の意味でも驚いてしまう。

 アリスからは紫と天子の仲の悪さは聞いていたけど、これはもう仲が悪いというレベルを超えているように思えた。

 

「……ごめんなさいね、恐い思いをさせて」

 

「別に……だけど、一体何が目的なの?」

 

「何が、とは?」

 

「とぼけないで。アンタが無償でワタシの力になるなんて絶対にありえないもの。――ワタシを懐柔してセーヤを自分のモノにしようとしているのなら」

 

 武器はない、単純な力の差も歴然だ。

 けれどだからって、セーヤの害になるというのなら……!

 

「……素晴らしい、ですわね」

 

「え……」

 

「貴女はもう立派な生命体に昇華している、元が人形とは思えない……確かな魂がある。それが本当に素晴らしいと……そう思っただけですわ」

 

 そう言って紫は笑みを……先程のものとは違う、見惚れてしまう程に美しく優しい笑みを見せてきた。

 いや、実際にワタシは心底見惚れていた。

 その笑みだけで、先程の敵意も紫に対する不信感も薄まっていく。

 

「信じてもらえないとは思っていますが、私は純粋に貴女の力になりたいと思っていますの。

 ただの人形であった貴女が自我を持ち、悩み、苦しみ、それでも尚大切に想う者を守ろうとする……それが聖哉なのですから尚更ですわ」

 

「……ワタシを信用させる事で、結果的にセーヤのアンタに対する警戒心を無くそうってわけ?」

 

「正直、それもあります。ですが……自業自得とはいえ、私は聖哉に嫌われてしまいましたから。直接的な助けは望んでくれないでしょう」

 

 そう言って、紫はほんの少しだけ表情に陰りを見せた。

 ……どうやら、コイツも存外に不器用らしい。

 天子といい紫といい、永く生きてる存在というのはめんどくさいヤツしかいないのかしら?

 まあ、それを言ったらワタシはどうなんだーって話だが。

 

「……どうでしょうか? 八雲紫の名に誓って、貴女は勿論聖哉に対し不利に働くような事はしないと誓いましょう」

 

「…………」

 

 ちらりと、天子に視線を向ける。

 彼女は何も言わず、ただ黙ってワタシの好きにしろという視線を返してきた。

 

「なら、ワタシは――」

 

 

 

 

 

 

 迷いはある、彼女を疑う心はまだ存在している。

 だがら、ワタシは…………。

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