狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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幕間 地上へ~天人の帰還~ ※

 岩場を縦横無尽に駆け抜けながら、椛は左手に盃を持ち右手を握り拳にしたまま不動を保つ星熊勇儀の隙を見つけようとその瞳を光らせる。

 対する勇儀は自分から攻めようとはせず、けれどしっかりと椛の姿を捉えつつ彼女の出方を待っていた。

 

「どうしたんだい? さっきから走ってばっかで攻めてこないじゃないか?」

 

「……」

 

 あからさまな挑発には乗らない、タイミングを間違えればそれで終わりだ。

 単純な腕力も、防御力も、明らかな開きがある。

 だからこそ椛は焦らない、が――どうやら相手はあまり我慢強くないようで。

 

「そっちが攻めないのなら――こっちから行くよ!!」

 

「っ」

 

 勇儀が動く。

 それを椛が理解した時には、既に眼前にまで彼女の進行を許してしまっていた。

 

「ラァッ!!」

 

 裂帛の気合と共に打ち込まれる鬼の拳。

 空気を切り裂き、真っ直ぐ椛に向かうそれは単純ながらも必殺の一撃。

 当たれば戦闘不能、かといって防御すればその防御ごと粉砕されるは必至。

 

「っ、ガァァッ!!」

 

 ならば相殺させる他ない、刹那の時間でそう判断した椛は咆哮を上げながら右手に持つ刀を横薙ぎに振るった。

 斬撃は勇儀の拳とぶつかり合い、生じた衝撃が2人の周囲の地面を削り飛ばしていく。

 

「ぐっ……!?」

「っ……」

 

 まるで弾丸のように飛んでいく椛と、地面を両足で削りながら後退していく勇儀。

 

「ちぃ……っ」

 

 顔をしかめながら、椛は力任せに刀を地面に突き刺し衝撃を殺そうと試みる。

 ガリガリと地面を斬り削りながらも、少しずつ吹き飛ぶ勢いは衰えていき。

 

「終わりだね」

 

 完全に止まる前に、勇儀は次の一手を打ってしまっていた。

 一方の椛はまだ先程の衝撃を殺し切れておらず、反応が遅れる。

 勝負あり、今度こそ勇儀の拳は椛の身体に命中しこの勝負の幕を――

 

「っ!?」

 

 椛の身体が、先程以上の速度で吹き飛び後方の岩に叩きつけられ、瓦礫となった岩々の中に沈んでいった。

 ……勝負は勇儀の勝ちで決まった、だが――当の彼女は拳を突き出したままの体勢で固まりその表情は驚愕のものへと変わっていた。

 

「…………へぇ」

 

 自身の拳を見て、勇儀は感心したような呟きを零す。

 ――反撃してきた。

 あの瞬間、完全に隙を突いた勇儀の攻撃に、椛は防御も回避もせず反撃してきたのだ。

 ダメージは免れないと理解したのだろう、ならばいっそのこと反撃をして極力自身に襲い掛かる衝撃を殺そうと考え椛は勇儀の拳に刀を叩き込んだ。

 

 尤も、不利な状況による反撃で押し負ける程、鬼の一撃は軽いものではない。

 しかしそれでも椛の斬撃は勇儀の拳に傷を与え、血を出させるダメージを与えた。

 その判断を一瞬で行い、尚且つ成功させたのだ、これは感心せざるを得ないと勇儀は笑みを浮かべながら……岩々を吹き飛ばし、立ち上がってきた椛に視線を向ける。

 

 額から血を流しながらも、瞳に映る闘志は一片も衰えていない。

 それが益々勇儀を興奮させるが……どうやら、この続きはまたの機会になるらしい。

 

「――おーい勇儀、椛ー、そっちは終わったかー?」

 

 間延びした声を出しながら、2人に歩み寄っていく一人の少女。

 頭部に捻じれた二本の角を生やしたその少女も、勇儀と同じく鬼である。

 四天王の一人、伊吹萃香と彼女の隣を歩く聖哉の姿を見て、勇儀は残念そうにしながら。

 

「それじゃあ椛、ここまでにしようか?」

 

「はい。星熊様、鍛錬に付き合ってくださってありがとうございました!!」

 

 およそ鍛錬とは思えぬ、事実勇儀にとって楽しい喧嘩であった時間は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

「椛、怪我してるじゃないか!!」

 

 萃香との鍛錬(相手からすれば楽しい喧嘩だろうが)を終え、離れた位置で同じく鍛錬をしていた椛と勇儀と合流したのだが。

 額から血を流しながらも、俺を笑顔で出迎えてくれた椛を見て、俺はすぐさま彼女の元へと駆け寄った。

 

「これですか? 大丈夫ですよ、たいした怪我じゃありませんから」

 

「何言ってんだ。椛は綺麗なんだから傷が残ったりしたらどうする?」

 

 懐からハンカチを取り出し、まずは額の血をなるべく優しく拭う。

 とりあえずこのまま傷口を押さえて、地霊殿に戻るとしよう。

 そう言おうとして……椛の顔が真っ赤に染まっている事に、気がついた。

 

「椛、どうした?」

 

「……旦那様、さらりと綺麗だと言われると照れてしまいます」

 

「あっ……」

 

 しまった、という程の失言ではないが、なんとなーく空気が微妙なものに。

 ……後ろでニヤニヤしてる萃香と勇儀の視線が、物凄く腹立たしい。

 ええいっ、いいじゃないか。椛は俺の大事な奥さんなんだからっ。

 もう無視だ無視、萃香と勇儀を軽く睨みつけてから、俺は椛を連れてその場を後にする。

 

「良い旦那様だねー、椛ー」

「こりゃあ旧地獄の暑さも形無しだね」

 

 黙ってろ酔っ払い共っ。

 後ろから聞こえる野次に思わずそう返す、椛は何が可笑しいのかくすくすと笑っていた。

 あー、くそっ……なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。

 顔が熱くなっていくのを感じながら、俺と椛は地霊殿へと戻る。

 

「あ、聖哉……」

 

 意外にも、最初に俺達を出迎えてくれたのは天子だった。

 てっきりイリスかなーっと思っていると……彼女が俺達に対して気まずそうな表情を浮かべているのに気づく。

 俺達が戻ってきたのを確認した彼女は駆け寄ってきて、俺に向かって一枚の手紙を差し出してきた。

 

「これは?」

 

「……イリスからよ、とりあえず読んでみて」

 

「イリスから?」

 

 一体どういう事なのか、天子に問いても「読めばわかるから」と返され、とりあえず俺は手紙を開いてみる事に。

 椛にも見えるようにその場で座り込み、手紙の内容を確認する。

 

 

『セーヤへ。

 

 

 突然で悪いんだけど、少しの間八雲紫の所に行ってくるわ。

 別に無理矢理連れて行かれたわけじゃないから、そこは心配しないで。

 前の戦いで何にも役に立てなかったから、ちょっと強くなってくる。

 どうせセーヤの事だから気にする事ないって言うだろうけど、それじゃあワタシの気が済まないの。

 

 相談もせずに勝手な事をしてごめんなさい、でも今はワタシの好きにさせてくれると助かるわ』

 

 

「……」

 

「イリスさん…………天子さん、どうして止めなかったんですか!?」

 

「もちろん止めたわよ一度は、だけどね……あの子の目を見たら、力ずくで止めるなんてできなかったわ」

 

「相手はあの八雲紫なんですよ?」

 

「わたしだってアイツは苦手だし正直嫌いよ、けど……少なくとも、イリスの事をどうにかしようだなんてわたしには思えなかった」

 

 詰め寄る椛に申し訳なく思いながらも、天子は意外な返答を返してきた。

 八雲様と天子様の仲の悪さは、尋常なものではないと前に文や霊夢から聞いた事がある。

 いや、仲が悪いという可愛らしい表現では済まない、なにせ八雲様が珍しく本気で怒りその命を奪おうと殺意を剥き出しにしたというのだから。

 

 天子も天子でそんな八雲様を嫌っているようだから、一度顔を合わせればどうなるかなど想像に難くない。

 だというのに、天子はあの八雲様を庇っている。

 その行為は怒りを露わにしている椛を狼狽えさせ、俺も驚きつつ手紙を懐に仕舞い、立ち上がった。

 

「わかった。そういう事ならイリスの好きにさせるさ」

 

「旦那様、宜しいのですか?」

 

「無理やり連れて行かれたわけじゃないみたいだし、何より……俺達の為に強くなろうとしてくれるあの子の想いを、無碍にはしたくないよ」

 

 俺がもしイリスと同じ立場になったら、きっと同じことをしただろう。

 大切だと思う存在の力になれないのが悔しくてもどかしくて、どうにかできるのならどうにかしたい。

 そんな気持ちがあるからこその選択だ、ならまがりなりにも彼女の主人としてその気持ちを汲み取ってやりたかった。

 

「ごめんな天子、余計な気を遣わせたみたいだ」

 

「べ、別に……気にしてないわよ。その……アイツは、まあ、友達……みたいなもんだし」

 

 そっぽを向いて、顔を赤くしながらそんな事を言う天子に、俺と椛は揃って苦笑してしまった。

 我儘で尊大な不良天人様は、どうやら結構イリスと似た気質の持ち主のようで。

 

「何笑ってんのよ!! ――そ、それよりもそろそろ地上に戻らない? たぶん衣玖も戻ってくる頃だろうし」

 

「ああ、そうだな……」

 

 既に地底で数日が経っている、永江さんの話では確かにそろそろ天界の事情も終わるだろう。

 だとすれば彼女の言う通り、地上に戻った方がいいかもしれない。

 よし、ならまずはさとり達にこの話を――

 

「駄目です、認めません」

 

「おわあっ!?」

「きゃあっ!?」

「ひぇっ!?」

 

 突如として至近距離から聞こえてきた声に、俺達三人は文字通り跳び上がる程に驚いてしまった。

 声のした方へと慌てて視線を向けると、そこには此方を不満そうに見つめるさとりの姿が。

 な、なんで怒ってるんだこの子……?

 

「本当に、わからないのですか?」

 

「あ、ああ……」

 

 記憶を思い返してみても、俺がさとりを怒らせたような記憶は存在しない。

 椛も当然彼女を怒らせるとは思えない……だとすると、天子か。

 

「違います、怒ってなどいません」

 

「いや、怒ってるだろ」

 

「いいえ、ただ聖哉さんに椛さん、あなた達を地上に帰すわけにはいきません」

 

「え……」

 

 ど、どういう事だ?

 まさか、この間とは別の問題が発生したとか?

 おもわず身構えてしまう俺と椛だったが……さとりの放った次の言葉で、まったくの杞憂だったと思い知らされた。

 

「何故なら……」

 

「な、何故なら?」

 

「何故なら――まだお二人を存分にもふもふしていないからです!!」

 

「……」

 

 ああ、成程、いつもの病気(・・・・・・)か。

 それが判ると、さっきまで身構えていた自分がなんだか恥ずかしくなってきた。

 椛もそう思っているのか、構えを解き冷たい視線をさとりに向けていた。

 

「大体、聖哉さんも椛さんも酷いです。この数日間、さりげなくわたしから離れてもふらせてくれなかったじゃないですか!!」

 

「いや、当たり前だろ」

「はい、当たり前です」

 

 さとりの可愛がり方は、下手ではないのだが……恐ろしいのだ。

 それに油断してるとしゃぶってくるし、あの子にとって尻尾は飴か何かなのだろうか。

 

「……アンタ達も大変ね」

 

 これには天子も、俺達に対して同情の視線を向けてきた。

 しかしどうしたものか、正直無視して帰ってもいいんだが……後々面倒になるのは目に見えている。

 かといってさとりの要求を呑むつもりは毛頭ない、それ以前に椛の耳や尻尾を彼女の毒牙に掛けたくない。

 

「安心してください。優しくしますから」

 

「いや、そういう問題じゃないんだが」

 

「先っちょだけ、先っちょだけでいいから!!」

 

「何が?」

 

 ……これが地霊殿の主、嫌われ者のさとり妖怪だと一体誰が信じれるのか。

 普段は家族想いの良い子なのに、これさえなければ……。

 

「…………あ」

「あ」

「えっ? ……あ」

 

 本当にどうしよう……そう思った矢先、俺達は揃いも揃って間の抜けた声を出してしまった。

 そんな俺達の反応に怪訝そうな表情を見せるさとり、そんな俺達の視線は彼女ではなく。

 

 

「――さとり様、何してるんですか?」

 

 

 さとりの背後で仁王立ちをしながら、とんでもなく恐ろしい笑顔を浮かべたお燐に向けられていた。

 

「――――」

 

 固まるさとり、既に顔には汗が滲み僅かだが身体も震え出している。

 ……うん、その気持ちわかるよ。だって直接向けられてない俺達でも判る程の憤怒だから。

 その恐ろしさは椛と天子が震えながら俺を両隣からしがみ付いてくるくらいだから、もしかしたらあの勇儀も恐れるかもしれない。

 

「お、お燐……」

 

「今更さとり様の悪癖を直せだなんて言いませんよ、というかできないでしょうからね。

 ですがね……お客様であるお兄さん達を困らせるのはいただけないですよ、今回だって凄いお世話になったでしょ?」

 

 口調は穏やか、小さい子に言い聞かせるようにも見えるが、その淡々な所が逆に恐ろしい。

 既にさとりの瞳には涙が溜まり、足はガクガクと震えなんだか可哀想になってきた。

 

「お、お燐……それくらいにしてやってくれないか?」

 

 なので助け舟を出そうと、おそるおそるお燐に声を掛ける。

 

「お兄さんは優しいね。でもそっちが気にすることはないんだよ、いいね?」

 

「アッハイ」

 

 ……ダメだ、さとりを助けるのは諦めよう。

 涙目でこっちを批難するような視線を向けるさとりに、「自業自得だ」という意味を込めた視線を返し、合掌を送る。

 

「お兄さん達、もう地上に戻るんだろ? なら後はあたいに任せて」

 

「あ、ああ……あ、でもお空にもこの事を……」

 

「それはちょっと難しいかな。まだ地獄炉の修復をしているから暫く戻ってこれないよ」

 

「え、まだやってるのか?」

 

 あの怨霊の巨人のせいで、地獄炉は決して無視できないダメージを負ってしまった。

 その修復にはお空やお燐のような地獄炉の炎を浴びても平気な子達ではないとできないと聞いていたが、俺の思っていた以上に大変な作業のようだ。

 流石に修繕中であちこちから炎が噴き出している地獄炉の中に行くのは難しい、かといって一生懸命作業をしているお空を呼ぶというのは躊躇われる。

 

「それに、お兄さんが帰るって聞いたらお空のヤツ放してくれないと思うよ?」

 

「確かに……否定できませんね」

 

「それだけあの子にとってお兄さんは大事なんだよ。まあ今回は運が悪かったと思ってもらうさ、でもお兄さんは優しいから強く言えないだろ?」

 

「……」

 

 否定できず黙ってしまう俺に、お燐は苦笑する。

 

「……ならお言葉に甘えさせてもらうよ。

 それでお燐、悪いんだけどお空に「そっちが良ければいつでも遊びに来てくれ」って伝えておいてくれるか?」

 

 お空の立場を考えると、中々難しい話だというのは判っている。

 ただそれでも、あの子には喜んでほしい。

 俺を慕い、受け入れてくれているお空の願いなら、できるだけ叶えてあげたいのだ。

 

「うん、必ず伝えておくよ。――ありがとう、お兄さん」

 

 そう言ってお燐は、俺に感謝するように優しく微笑み。

 

「――さあさとり様、行きましょうか」

 

 一瞬でその笑みを恐ろしいものに変え、さとりの首根っこを掴み上げた。

 不敬も過ぎるその行為だが、今のさとりにそれを咎める度胸は無い。

 

「今回は……“もふ禁部屋の刑”にしましょうか」

 

「!!!!????」

 

「この数日、他のペット達からの苦情がありますからねぇ……少し反省してもらわないと」

 

「お、お願いお燐。あの部屋だけは、あの部屋だけはあああぁぁぁっ!!!!」

 

「自業自得です。さあ、いきますよ!!」

 

「いやあぁぁぁぁっ!!!!」

 

 まるでこの世の終わりのような断末魔の悲鳴を上げながら、猫のようにお燐に連れて行かれるさとり。

 そのまま地霊殿の中へと戻っていき……暫しの静寂後、天子がぽつりと呟いた。

 

「……もふ禁部屋って、何?」

 

 しかし、俺も椛もその問いに答える事は出来なかった。

 というかあまりに意味不明の刑だから、想像もできないし何よりしたくない。

 ただ、あのさとりの惨状を見る限り相当重い刑罰なのだろう、少なくとも彼女にとっては。

 

 ……ただ、何故だろうか。

 その頭の悪い名前の刑罰が、俺にとってはちっとも恐ろしくないと思ってしまうのは。

 

 

 

 

 

「――おかえりなさいませ、総領娘様」

 

「あれ? 衣玖?」

 

 地底を後にし、地上へと戻ってきた俺達を一番に出迎えてくれたのは、永江さんであった。

 

「なんでここに居るの?」

 

「総領娘様が地底に行ったという報告がありましたので、空気を読んで待っていました」

 

「…………そう」

 

 色々とツッコミ所がある発言だったが、天子はその一言だけを返す。

 きっと指摘したら面倒な事になると思ったのだろう、賢明である。

 ……ただ、ちょっと永江さんを見る目が変わりそうだ。

 

「聖哉様、椛様、バ……総領娘様の面倒を見てくださりありがとうございました」

 

「ねえ衣玖、前もそうだったけどアンタ「バカ」って言いかけてるでしょ?」

 

「滅相もありません。何を根拠に言っているのか理解に苦しみます」

 

「よくもまあいけしゃあしゃあと嘘言えるわね……その胆力だけは感心するわホント」

 

「恐れ入ります」

 

「褒めてないわよっ!!」

 

(また始まった……)

 

 初登場の時もこんなコントをしてたなこの2人。

 

「総領娘様の世話はさぞかし大変でしたでしょう?」

 

「いや、確かに多少の我儘はあったけど……普通に良い子でしたよ?」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉に永江さんは驚きの表情を見せてきた。

 とはいえ俺とて世辞を言っているわけではない、その証拠に椛も俺の言葉に同意するように頷きを見せている。

 比那名居天子という少女は、確かに天人からすれば不良と呼べるかもしれない。

 我儘は言うし、口が悪い時もあるし、だけれどもそんなもの俺にとっては可愛いものだ。

 

 何せ山に居た時は、彼女とは比べものにならない程の無茶振りをされていたのだから。

 外の世界でいう“ぱわはら”とかいうものを沢山されてきた俺としては、天子の我儘など我儘の内に入らない。

 それに、彼女は少しばかり不器用なだけで、決して悪い子ではないという事もこの数日で判った。

 きっと彼女にとって天界のルールは息苦しいだけなのだろう、自身を縛られたままではやさぐれるのも無理はない。

 

「……総領娘様が、良い子ですか」

 

「聖人君子ってわけじゃない、だけど彼女はきちんと他者を想う心を持ち合わせてる。

 人でも妖怪でもないイリスを心から心配してくれているし、友達だとも思ってくれている。

 ――少なくとも俺達にとって、彼女は“不良天人”なんて不名誉な渾名を付けられるような子ではないと思うよ」

 

「…………聖哉」

 

「まあだからってあの異常気象の異変はやり過ぎだと思うけど……永江さんも、もう少し天子を信じたらどうですか?

 彼女の立場を考えるとそれが難しいのは判ります、だけどそうやって抑えつけても反発されるだけだ。そうなったら彼女はこれからも成長できませんよ」

 

 そうなったらきっと、彼女は駄目になってしまう。

 彼女は単なる人間でも妖怪でもない、天人という特殊な存在だ。

 だからこそ成長しなくてはならない、彼女にとっては迷惑な話かもしれないが……“天人”という立場である以上、必要な事だ。

 強い力や立場を持つ者は、それ相応の実力を身に付けなけばならない責務がある、それが“上”に居る者の定めなのだから。

 

「………………あなたは」

 

「?」

 

「いえ、成程……確かに一理ありますね。

 判りました、あなたの言葉はこの胸に刻み込んでおきましょう。――総領娘様、戻りましょうか」

 

 言うやいなや、永江さんは天子の反応を待たずに飛び立ってしまう。

 

「ちょっと衣玖!? ごめん2人とも、またねっ!!」

 

「はい、また会いましょう天子さん」

 

「天界が退屈ならいつでも遊びに来ればいい、もう俺達は友達なんだから」

 

「…………うんっ」

 

 弾けるような笑顔を見せ、天子はそのまま永江さんを追いかけていった。

 あの反応じゃ近い内にまた来るだろうな、もちろん大歓迎だが。

 ……それよりも、気になる事ができてしまった。

 

「旦那様」

 

「なんだ?」

 

「……あの永江衣玖という妖怪、旦那様の言葉を聞いてから様子がおかしかったですね」

 

「椛も気付いてたか?」

 

「はい。様子がおかしいというより……旦那様に対して、警戒するような目を見せていました」

 

 眉を潜めながらそう告げる椛に、俺は頷きを返す。

 気になる事ができた、それは……最後に見せた永江さんの俺を見る“目”だ。

 

 俺の進言に対する驚きと……それを易々と上回る警戒と、あれは敵対、だろうか。

 

 とにかく永江さんは俺に対して好意的ではないという事だけは判った、最初に出会った時とは真逆な態度だ。

 矢継ぎ早に飛び去ったのも、その感情を知られたくないが故だったのかもしれない。

 何かをしでかした、というわけではないだろう、何せ彼女と顔を合わせて話したのはまだ二度目なのだ。

 

(ならば、何故?)

 

 天人である天子の境遇に対して進言した事で無礼者だと思われたのか?

 いや、だとしたらあそこで驚いたのはおかしい。

 

〈考えても仕方ねえ事は、あまり気にしない方がいいだろ〉

 

(それは……まあ、そうかもしれないが)

 

 もしも俺の態度や言葉で怒らせたのだとしたら、申し訳なくなる。

 

〈あれはそういうんじゃねえ。……入れ知恵されたんだろうさ〉

 

(入れ知恵?)

 

〈忘れろ〉

 

 気になる事を言うだけ言って、ヴァンは奥に引っ込んでしまった。

 なんだよ、思わせぶりな事を言って……もしかして、ただ場の雰囲気に合わせてシリアスな事を言っただけじゃないだろうな。

 ……ヴァンならやりかねない、と否定できないのが少し悲しい。

 

 とはいえ、彼の言い分は尤もでもある。

 判らないのなら気にするだけ無駄、それに永江さんの事は俺や椛の勘違いである可能性だってあるのだから。

 そう思い、俺は訝しげになっている椛を連れて、里へと戻る事にしたのだった。

 

 

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