狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
――無縁塚に、鈍い打撃音が響き渡る。
「ガガ、ギィィィ……ッ!?」
耳が痛くなるような金切り声を上げながら、聖哉へと襲い掛かったアンデッドが殴り飛ばされる。
これで何度目か、聖哉の拳や蹴りを幾度も受けた相手の身体は、既に所々がひしゃげ風穴が開いていた。
「……」
「…………オォォォ」
だというのに。
殴られ、蹴られ、幾度となく吹き飛ばされるアンデッドはその度に立ち上がり、聖哉へと向かっていく。
当然だ、既に死者である存在が打撃攻撃だけで沈黙する筈がない。
倒すには再生もできない程に跡形もなく消滅させるしかない、そしてそれは聖哉にとって造作もない事だ。
〈――おい、何やってんだお前。さっさとケリをつけろ〉
しかし、聖哉はそれを行わずそんな彼にヴァンが苦言を呈した。
〈言ったろ。もうあの人間は助からねえ、元々死体だったのを加工されちまったんだ。ならさっさと楽にしてやれ〉
(わかってる)
〈わかってねえから言ってんだろうが。――元人間だからって躊躇ってんじゃねえ〉
(わかってる!!)
苛立ちを隠そうともせず、聖哉はヴァンに叫ぶ。
その結果、一瞬だけ彼はアンデッドから意識を逸らし、その隙を突いた相手が肉薄する……!
〈馬鹿野郎!!〉
「っ」
迫るアンデッドの爪。
妖怪にも効果がある強力な毒素が含まれたそれを、聖哉は咄嗟に両腕を交差させ防御の体勢で受ける。
「ぐっ……!?」
鈍痛と、強い痺れが全身に伝わる。
当然彼は自身の身体に黒いオーラを纏わせていた。
その防御能力があれば、相手の攻撃など受け止める事など容易……であったが。
〈……馬鹿かテメエは、心を乱してオレの力を満足に扱えねえからいらねえ傷を負うんだ〉
ヴァンの言葉通り、精神を乱していた聖哉のオーラは大きく弱体化し、その結果アンデッドの一撃を受けてしまう事になってしまった。
痛みと痺れに襲われつつも、距離を離そうと聖哉は後方に大きく跳躍する。
「くっ……」
〈痛いか? だが自業自得だ。戦う選択を選んだくせに迷うお前が悪い〉
「……」
わかっている、そんな事は。
相手は倒さねばならない存在、死んだ存在が生きている者を襲う事などあってはならない。
助ける事もできない、既に相手はああなる前に死者なのだから。
――そんな事は、わかっているというのに。
〈人間を守りたいなら躊躇うな、それができないなら逃げろ〉
(……それは、できない。俺があれを止めなくては他のみんなが)
〈だったら覚悟を決めろ。――お前は自分の甘さで他の人間がアレに殺されてもいいのか?〉
「っっっ」
それは、駄目だ。
人を守るという意志は揺らがない、揺らがせるわけにはいかない。
――ならば、今の自分のすべき事は。
「オォォォッ!!」
動きを止めた聖哉が隙だらけと思ったのか、アンデッドは低い唸り声を上げながら彼に向かって走っていく。
肉が削げ落ち腐りきった口を大きく開き、まるで貪るように彼の身体に喰らいつこうとして――聖哉の姿が、消え去った。
「――許せよ」
短く呟き、聖哉はアンデッドの真上へと跳躍。
同時に背中の大太刀を抜き取り、上段に構えながら灼熱の黒いオーラを刀身に込め。
「
落下の勢いを乗せ、アンデッドの身体を左右2つに両断する――!
「……」
断末魔の悲鳴すら上げさせず、聖哉の一撃はアンデッドの肉体を両断すると同時に炭化させた。
……人の肉が焦げる、嫌な臭いが鼻腔を刺激する。
それが否が応でも……聖哉に「人を討った」という事実を、突き付けた。
〈これはお前が愛する人間じゃねえ、くだらねえ事を考えるな〉
(…………自己満足だけど、弔ってやらないとな)
アンデッドの身体は既に原型を留めていない。
けれどこのままにしておくのは忍びない、そう思った聖哉は穴を掘り簡易的な墓を作ってあげた。
(…………許さない)
祈りを捧げ立ち上がった彼の顔は……強い怒りと憎しみの色を宿していた。
それを現すかのように身体からは黒いオーラが溢れ出し、その力の質は今までよりも強く禍々しい。
周囲の空気は重くなり、力の奔流が大気を揺らす。
(殺してやる……こんな事をした奴を、俺の手で……!)
このような非道な行いをした者には、絶殺の報いを。
たとえ許しを請おうとも、罪を償おうとする意思を見せても関係ない。
完膚なきまでに叩き潰し、ありったけの絶望と痛みを与えながら殺し尽くして……。
「聖哉、終わったのか?」
「ああ、終わったぞナズーリン」
戦いが終わった事を察知したのか、戻ってきたナズーリンへと振り向く聖哉。
「ひっ……!?」
だが、聖哉の顔を見た瞬間。
ナズーリンは全身を震わせ、その表情に強い恐怖の色を見せながら固まってしまった。
「……ナズーリン?」
彼女だけではない、彼女と共に戻ってきた無縁塚の妖怪達も、聖哉を見て脅えてしまっている。
まるで化け物を、否、それ以上の“異常”を見るかのような視線を、彼に向けていた。
「ナズーリン、どうして俺をそんな目で見るんだ……?」
意味が判らない。
冗談の類ではない、彼女は今心の底から自分を恐れている。
だからこそ聖哉は困惑し、問いかけながら彼女へと近づこうとして……距離を離された。
(なんで……)
〈お前、自分が今どんな顔をしてるのか判らねえのか?〉
(何を……)
〈笑ってんだよお前、目の前の存在をどういたぶって殺してやろうか考えてるような……獣の笑みを浮かべてやがる〉
「――――」
慌てて、聖哉は両手で自分の顔に触れた。
……頬の筋肉が、吊り上がっている。
それも歪に、触るだけで尋常ではない笑みを浮かべているのか判る程に。
「うっ……ぁ……」
何故、何故何故何故……!?
どうしてこんな笑みを浮かべているのか理解できない、理解したくもない。
これでは本当に化け物ではないか、こんな笑みを友人に向けていたのかと聖夜は戦慄する。
「――聖哉、終わったのなら里に戻ろう」
「…………」
「彼等は一時命蓮寺で保護する事に決めた、事後報告になるが……御主人様や聖なら受け入れてくれるだろう」
「……」
「聖哉、その……」
「すまんナズーリン、今は……一人にしてくれ」
強い口調と声で彼女の言葉を遮り、背を向ける聖哉。
そんな彼にナズーリンは開きかけていた口を閉ざし、暫し彼に何かを伝えようとしたが……結局何も言わず、背を向けて無縁塚の妖怪達と共にその場を立ち去っていった。
「…………どうしたっていうんだ、俺は」
〈さて、どうしちまったんだろうな〉
(ヴァン、お前何か……)
〈ああ、よーく知ってるぜ。今のお前がどうなってるのかがな〉
(ヴァン、俺は一体)
〈だがそれを教えた所で解決するわけじゃねえ。
――これはな、お前自身がお前だけで立ち向かい、乗り越えなければならない事だ〉
(それはどういう意味なんだ、ヴァン!!)
しかし、それ以上問いかけてもヴァンからの返答が返ってくる事はなく、聖哉は思わず悪態を吐いてしまった。
自身の異常の原因を理解していると言っているのに、それを話そうとしないとは何事か。
ヴァンに対する不信感が芽生え始めるが……同時に先程の彼の言葉を思い出す。
「……俺自身が立ち向かい、乗り越えなければ、か……」
それが一体どういう意味なのかは、正直判らない。
けれど今の彼は自分の相棒だ、きっとその言葉にも意味があるのだろう。
それに、先程の戦いで今回の1件が終わったわけではない。
(結局、ナズーリンの部下の妖怪鼠達は見つけられなかった)
その事実が、聖哉にある予感を頭に過らせる。
そしてそれが予感ではなく、現実のものになるとも理解してしまっていた……。
◆
「――はい旦那様、どうぞ」
「ああ、ありがとう椛」
人里、慧音宅の縁側。
夕食を終え、聖哉は当初の予定通り椛と共に夜の空を眺めながら酒盛りを楽しんでいた。
「……ふぅ、旨い」
「このお酒、喜助さんがくれたんですよ」
「そうか。なら後日お礼を言っておかないとな」
友人に感謝しつつ、聖哉は椛の作ってくれた肴を口に運ぶ。
美味いな、聖哉が笑顔でそう言うと椛は嬉しそうに笑みを返してくれた。
――穏やかで、平和な一時。
心が満たされる暖かな時間が、聖哉の不安や懸念を一時的に忘れさせてくれた。
「そういえば旦那様、今日はどちらに?」
「命蓮の事を白蓮さんに話す為に寺に言っていたんだ、そういう椛は?」
「私は今日は一日家事をやっていました。……慧音さんって、片付けがあまり上手じゃないんですね」
かなり言葉を選びつつも、視線を逸らしながら上記の言葉を口にする椛。
だけどそうも言いたくなった、寺子屋の教師の一人として働く慧音の自室は……資料等で埋め尽くされていたから。
きちんと整頓されているならともかく、床に散らばり放題だったのだから最初に見た椛は思わず絶句してしまったものだ。
慧音曰く「これでも整頓されている」との事だが、生真面目で几帳面な椛としてはとても許せるものではない。
なのでさりげなく逃げようとした慧音を捕まえ、一日がかりで部屋の掃除に取り掛かった。
「……夕食の時、慧音がぐったりしてたのはそういうわけか」
「自業自得です。子供達に勉強を教える立場の先生が部屋の片づけができない大人なんて許されません」
「厳しいなあ……」
「旦那様も、掃除はこまめにしないと駄目ですからね?」
「はい、わかりました」
大袈裟に頭を下げると、椛からくすくすという笑い声が聞こえてきた。
つられて聖哉も笑い、柔らかな空気が更に柔らかく暖かいものに変わっていった。
(ああ……幸せだな……)
咲夜のように、時が止められたらいいのにと思わずにはいられない。
このままずっと、この世で一番大切な存在とこうやって穏やかな時が過ごせれば、それはどんなに……。
「――それで旦那様、何があったのですか?」
「え…………」
「命蓮寺に行った後、何かあったのでしょう?」
「……」
不意打ちも同然のその問いかけに、聖哉は思わず固まってしまった。
その態度が椛に何かあったと教えていると気づいたが、もう遅い。
「慧音さんは気付いていなかったみたいですけど、ずっと一緒に居た私は騙せませんよ。
旦那様の事ですから、余計な心配を掛けたくなかったんでしょうから、別に責めるつもりはないしその優しさは本当に嬉しく思います。でも、番である私には話してくれませんか?」
勿論、無理にとは言いませんが。
そう言って椛は視線を聖哉から外し、酒を口に運ぶ。
(……まいったなぁ)
椛の察しの良さと配慮に、聖哉は苦笑しか浮かばない。
戻ってきた時にすぐ問い質さなかったのは、慧音や自分に心配を掛けたくないという聖哉の気持ちを無碍にしたくなかったからなのだろう。
気を遣われたくないと思って黙っていたのに、逆にここまで気を遣われてしまったというのは、なんとも情けない。
だけど、同時に椛のその優しさは……本当に嬉しかった。
「ありがとな、椛」
「私は旦那様の力になりたいだけです、たとえどんな事でも」
「…………実はな」
椛にもう一度感謝しつつ、聖哉は無縁塚での一件を彼女に話す。
そして、自分自身にもわからぬ異常も……包み隠さず話した。
「そんな事が…………旦那様の事、ヴァンさんはなんて?」
「教えてくれなかったよ、教えても意味ないって」
「……」
「正直、暫くみんなとは距離を置いた方がいいんじゃないか……そう思うんだ」
そうしなければ、何か取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない。
そんな予感めいた不安が、聖哉の中に渦巻いている。
現に一度、聖哉は友人である霊夢達の命を奪おうと暴走した事もある。
当然あのような愚行を侵そうなどと考えてはいない、だが……。
「大丈夫ですよ、旦那様」
「椛……?」
「あの時の事を、考えていたんでしょう? 睦月との時の事を」
「………………ああ」
「でしたら大丈夫です。たとえあの時のような事が起きたとしても、私が止めますから」
力強く、それでいて優しい眼差しを聖哉に向けながら、椛は言う。
「ですから旦那様、自分自身を恐れないでください。
旦那様には私が居ます、ですから御心のままに生きてください」
「……」
ああ、本当に。
何度目か判らないけれど、自分には勿体ない女性だと聖哉は思い知らされた。
今の言葉は、この場限りのものではない。
彼女は本気で、何かあったとしても全身全霊を以てなんとかしてみせると言ってくれている。
「椛」
「はい」
「ありがとう」
「はいっ」
ならば、その優しさに甘える事にしよう。
自分の心の赴くままに、決して消えぬ願いと誓いを忘れぬように。
何があっても己を見失わぬように、固く固く……聖哉は自身に言い聞かせた。