狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第91話 平和な一時~人と妖怪~ ※

「ん……?」

 

 椛と共に、今日の夕食の買い物をしようと里を歩いていると、珍しい光景に出くわした。

 視線の先に居る一人の少女と青年、里の自警団の団長である喜助と……霊夢だ。

 何やら真剣な表情で話し合っている、会話の内容が気になったので話しかけてみる事にした。

 

「霊夢、喜助」

 

「ん? ……なんだ、聖哉と椛か」

 

「ちっす聖哉さん、椛ちゃんも」

 

 つれない霊夢と軽い喜助、いつも通りの反応だ。

 ……ただ、なんとなく霊夢の反応に違和感を覚えた。

 

「お二人は、何を話していたんですか?」

 

「ちょっとね。……話は判りました喜助さん、私の方でも調べてみます」

 

「すみませんね、頼んます」

 

 椛の問いには答えず、あっという間に話を終え霊夢は行ってしまった。

 なんだアイツ、素っ気ないのはいつもの事だけど……ちょっと変だな。

 

「喜助、霊夢と何を話していたんだ?」

 

「あー……まあ他愛のない話っすよ、里の結界の更新についてっす」

 

「……そうか」

 

 嘘だな、それがすぐに判ったもののそれ以上は何も聞けなかった。

 あまり詮索しても失礼だし、本当に他愛ない話かもしれない。

 

「そんな事より相変わらず仲睦まじいっすねご両人」

 

「ご両人やめろ。そういう喜助はどうなんだ?」

 

「オレは無理っすよ、のらりくらりと生きてるんで」

 

 肩を竦める喜助。

 

「総司のヤツはモテるんですけどね……死ねばいいのに」

 

「お前……」

 

「まあそれは2割ほど冗談ですけど」

 

「ほぼ本気じゃないですか……」

 

「聖哉さん今夜時間あります? あるならちょっと飲みに行きましょうや」

 

「そうだな……」

 

 ちらりと視線を椛に向ける。

 ……にこりと笑顔を返された、これは「行ってもいい」という返答だ。

 

「わかった。じゃあ中央広場で待ち合わせよう」

 

「うーっす、そんじゃ椛ちゃん、ちょいと愛しの旦那様をお借りしますね?」

 

「はい。でも旦那様と飲み比べなんかしちゃダメですよ? 命に関わりますから」

 

「…………うっす」

 

 おい喜助、今の反応はどういう意味だ?

 椛も椛で失礼だな、まるで俺が萃香や勇儀みたいに酒に関して見境ないみたいじゃないか。

 

 

 

 

 夜になり、約束通り里の中央広場にて喜助と合流した。

 てっきり彼だけかと思いきや総司の姿もあり、不機嫌そうに眉を顰めている。

 ……さては、強引に連れてきたな。

 

「何ぶすっとしてんだ総司」

 

「……無理やり連れて行かれればこうもなる」

 

「そう言うなって、奢ってやるから」

 

「ったく……」

 

 腕を組み悪態を吐きながらも、総司はそれ以上何も言わなかった。

 確かな信頼と絆があるからこそのやりとり、この2人は本当に幼い頃から親友なんだと見るだけで判る。

 それが少し羨ましく思うと同時に、見ていると胸が暖かくなった。

 

「……なに笑ってんだ?」

 

「ん? いや、2人は本当に仲が良いなと思って」

 

「よしてくれ、コイツとは腐れ縁なだけだ。いつだって貧乏くじを引かされる」

 

「あー、そういう事言っちゃう? 寺子屋に通ってた時、オレが何度お前を助けてやったか……」

 

「慧音先生の課題をいつもいつも手伝ったのは、誰だったか?」

 

「…………」

 

(やっぱり、仲良いじゃないか)

 

 ついついそんな言葉が出掛かるが、このままだといつまで経ってもここから動く事ができなくなる。

 なので俺は2人を宥め、喜助の案内の元行きつけだという居酒屋へと足を運んだ。

 

 その居酒屋は何処にでもあるような、あまり大きくないものだった。

 けれど外にまで聞こえる喧騒は楽しそうなものであり、騒がしくも穏やかな空気を醸し出していた。

 いい店だ、ここならきっと愉しく酒が飲めると入る前から思えるが……一つ、気になる点があった。

 

(……妖怪が、居る?)

 

 そう、この居酒屋の中から妖怪の証である“妖力”を感じ取れたのだ。

 勿論人間が暮らす里の中に妖怪が居ない、などと信じている者は誰一人として居ないだろう。

 ――この里には、ひっそりと生きる妖怪が居る。

 姿を変え、里の脅威とならぬように、人のように生きる妖怪達が。

 

 とはいえそれはあくまでグレーゾーン、暗黙の了解とも言えるギリギリさで黙認されているだけ。

 表立って動けば噂となり、噂は人に不安と不信を生み、それは……博麗の巫女を呼ぶ遠因を招き寄せる。

 だからこそ、この店の中のように人間と妖怪が関係なく酒を楽しむという状況は非常に珍しい、俺達や命蓮寺という例外を除いては。

 

「どうしたんすかー?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 違う意味で、この店に興味が出た。

 先に入ろうとしている喜助達に続き、店の中へ。

 

「――いらっしゃーい!!」

 

 最初に聞こえてきたのは、店主であろう女性の元気な声。

 喧噪の中でもしっかりと聞こえるその声は、大きくも決して煩くない。

 親しみ易さと優しさを感じる声に、自然と頬が緩んだ。

 

「あれ? 聖哉じゃない」

 

「ミスティア……?」

 

 なんで妖怪の彼女が、人間の店主と共に料理をしているのだろうか。

 俺が首を傾げると、心中を察したのか彼女が説明してくれた。

 

「ここの店主にはちょっと世話になっててね、時折こうやって店の手伝いをしてるの」

 

「ミスティア、知り合い?」

 

「ちょっとね。――それより座ったら? あと注文はどうするの?」

 

 促されたので、空いている席に座る。

 とりあえず熱燗と適当に肴を注文してから、俺は仕込み途中の店主に問うた。

 

「店主さん、彼女は……」

 

「妖怪だっていうのは知ってるよ、でもアタシの旦那とこの子は古い付き合いでね。ミスティアが屋台を始めたのもウチの旦那の影響さ」

 

「……そうなんですか」

 

 俺の問いに答えてくれた店主の様子に、俺は少なからず驚いていた。

 ミスティアが妖怪だという事を知っていて尚、それがどうしたと言わんばかりに受け入れ、友人として接している。

 幻想郷に生きる者として、なかなかできるものじゃない。

 

「お人好しなのよこの夫婦は、だって他の妖怪とのいざこざで怪我して動けなかった私を無償で治療したのよ?」

 

 呆れを含んだ声で言いながら、ミスティアが注文したものを持ってきてくれた。

 里芋の煮っ転がしに煮魚に熱燗、どれもこれも美味そうで自然と喉が鳴った。

 

「アタシは最初反対したわよ、見た目が女の子で怪我してるって言っても妖怪だもの。だっていうのにあの宿六は……」

 

「よく言うわよ。なんだかんだで折れてからはあの人以上に熱心に治療してくれたくせに」

 

「うっさいミスティア、これ以上余計な事言ったら食材分けてやらないわよ」

 

「あっ、それは卑怯じゃない!!」

 

 がーっと叫ぶミスティアと、それを軽く受け流しつつ慣れた手つきで仕込みを続けていく店主。

 それは誰が見ても友人同士のやりとりで、そんな二人を周りの客達は暖かな視線を向けている。

 

「驚いたっしょ?」

 

「ああ、驚いた」

 

 ここに居る誰もが、人間と妖怪とのやりとりを認めている。

 異なる種族が判り合ってるこの光景は、俺にとって夢のようで。

 だから浮かれてしまった俺は店主に対して……あまりにも無神経な問いかけをしてしまう。

 

「店主の旦那さんは何処に居るんですか? 是非会ってみたいんですが」

 

「あー……それはちょっとできないんだよ」

 

 困ったように店主は笑い、そう答える。

 それが何を意味するのか判らず、首を傾げていると。

 

「――もう死んじまってるんだよあの人は、妖怪に襲われて」

 

 仕込みの手を止めて、悲しそうに……言った。

 

「…………え」

 

「言ったろ? ミスティアがお人好しだって。

 ――本当にそうだったのさ、ウチの人は人間とか妖怪とか関係なかった、困ってたり傷ついてたりしているヤツを放っておかなかったんだ」

 

「……」

 

 ミスティアの手も止まり、何かを思い出しているかのように顔を俯かせる。

 ……喧騒が、よく聞こえなくなった。

 それほどまでに、店主の言葉は衝撃的で……こんな問いかけをした自分を、殴りたくなった。

 

「まあ仕方ないさ、ミスティアみたいに悪態吐きながらも友人として接してくれる妖怪の方が珍しいんだ。

 ――でもあの宿六はきっと最期まで後悔しなかっただろうさ、何せたった一人で瀕死の妖怪を他の妖怪の手から守れたんだから」

 

「……妖怪を守るために、死んだっていうのか?」

 

「アンタには到底信じられる内容じゃないだろうね総司、でもこれは事実さ」

 

「恨まなかったのか?」

 

「そりゃ恨んださ、旦那を殺されれば誰だってその対象を恨む。

 けどね、ここは幻想郷だ。人間も妖怪もいれば妖精や神様だっている。

 そんな世界なんだからこういった事は珍しくない、恨んだって……あの人が帰ってくるわけじゃないんだ」

 

 なら恨み続けるよりも、今の自分がすべき事をするべきだと店主は言った。

 愛する夫が遺したこの店を、大切な存在と生きたこの場所を守る事、それが自分のすべき事だ。

 だから店主は自身の恨みと憎しみを呑み込んだ、決して消えず今もこの身に渦巻いているとしても……吐き出さず受け入れる道を選んだのだ。

 

「アタシの選択が正しいだなんておこがましい事を言うつもりはないよ。

 憎しみを消す事なんて心を持つヤツなら誰だってできるわけじゃない、受け入れ呑み込む事が偉いわけでもない。

 だけどね……ただその憎しみだけを抱いて生き続けても、何も残す事なんてできないんだ。

 アタシはこの店を残したかった、あの人が助けたミスティアの助けになりたかった。だからこの選択を選んだだけさ」

 

「……」

 

 なんて。

 なんて、強い人なんだ。

 残された悲しみも、奪われた怒りも、何もかもを受け入れて尚、未来を見ている。

 

 ……俺に、そんな選択ができるのか?

 大切な存在を無慈悲に奪われて、怒りと憎しみでこの身を焦がさずにいられるのか?

 

「……湿っぽい話をしちまったね、悪かったよ」

 

「いや……そんな事はない」

 

「変わったね総司、前までのアンタはただただ妖怪を憎むだけだったのに……そっちにいる犬渡さんのおかげかい?」

 

「……いえ、俺は何も」

 

「謙遜する事はないよ、総司が変わった経緯は喜助から聞いてる。

 ――ありがとね犬渡さん、あんたのおかげで総司は良い意味で変わってくれたと思うよ。

 あんたみたいな優しい妖怪と知り合える、それだけで……アタシの選択は間違ってなかったって胸を張れるんだ」

 

「……」

 

「…………おやおや、でかい図体をしてるくせに涙もろいね」

 

「はは……」

 

 瞳に溜まった涙を乱暴に拭う。

 くそっ、店主だけでなくミスティアや喜助まで笑いやがって。

 

「ありがとうございました店主、とても……良い話を聞けたと思います」

 

「そうかい? なら良かったよ」

 

「おーい、酒のおかわりくれ~!!」

 

 客の一人のその声で、話はお開きとなった。

 

 少しだけしんみりとした空気が続いたものの、それはすぐに店の楽しげな喧騒の中に消えていき。

 

 そのまま閉店時間まで、俺は穏やかな心のまま……楽しく酒が飲む事ができたのだった。

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