狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「ひぃ、ひぃ、死ぬ……」
「大袈裟だな、喜助」
ため息交じりの俺の言葉にも、喜助は床に大の字になって荒い息を繰り返し、反論してこない。
……少しやり過ぎたか? いや、でも加減するなって言ったのは喜助だし気にする事はないだろう。
――現在、俺は里にある道場に赴いている。
ここは普段は剣道を習う子供達の練習場所だが、同時に自警団の鍛錬の場でもあった。
そこで俺は喜助達自警団の面々に頼まれ、剣の相手をしているのだが……。
「アンタ、意外と厳しいんだな……」
呆れたようにそう言うのは、右手に竹刀を持ち次の相手である総司。
厳しい、か。まあ……そう言われても仕方ないのかもしれない。
何せ、道場の床に倒れているのは喜助だけではないのだから。
俺と打ち合った全員が、ぜーぜーと呼吸を繰り返し倒れたまま起き上がろうとしない。
「当然加減はしてるぞ?」
「……容赦なく竹刀を持つ手を打ったり、急所以外の場所とはいえ躊躇いなく突いたり、でか?」
「急所はわざと外してただろ?」
俺が行ってきた鍛錬は、実戦形式のものだ。
戦う経験を培うにはそれが一番手っ取り早い、生き死にの境界線を掴み、生き残り勝利する直感を鍛える。
場合によっては妖獣のような人以上の力を持つ存在と戦わなければならない自警団の事を考えると、生半可な鍛錬では意味を成さない。
そう思って当然加減しつつもできるだけ実戦形式で相手をしたのだが……。
「そういう話を聞くと、アンタが妖怪だと思えるよ」
「えぇー……?」
それは、どうなんだろうか。
それじゃあ普段の俺が、全然妖怪らしくないって事じゃないか。
「そう言ってるんだよ」
「えぇー……?」
「それだけアンタが人間みたいだって事だな」
「……」
「何ニヤニヤしてんだ?」
「いや、嬉しくてさ」
人が好きな俺にとって、今の総司の言葉は褒め言葉のようなものだ。
だから嬉しくてつい笑みを浮かべてしまった、そんな俺を見て総司は肩を竦め苦笑を浮かべる。
「さて、それじゃあおれも鍛えてもらおうかっ」
「いいぞ、来いっ」
再び、道場に竹刀の音が響く。
……正直な話、自警団の面々の戦闘能力は思っていた以上に高かった。
若い世代が中心とはいえ、各々の身体能力や反射神経は概ね優れているし、こうやって打ち合いをするだけでも彼等が優れた肉体を持っているのがよく判る。
さすがに妖怪相手では分が悪いが、一対複数ならば決して分の悪い勝負にはならないだろう。
後は連携と、妖怪にも有効な武器があれば……などと考えていたせいか、ついつい打ち込みにも力を入れてしまった。
誰かを鍛えるというのも存外楽しいもので、気が付いたら一時間近くも打ち合いを続けてしまい。
「はっ……はぁ……や、やっぱ……アンタ、厳しい、ぜ……」
結果、総司も他のみんなと同じ末路を辿らせてしまった。
「……ごめん」
死屍累々となった光景を目にしつつ、ばつが悪くなって謝ってしまった。
しかしみんなからの反応はない、いやあるにはあるんだが……恨めしそうな視線なので無かった事にしたいだけだ。
うぐぐ、たしかにやり過ぎたと認める他ないけど、鍛えてくれと言ったのはみんなじゃないか。
「失礼します…………って、なにこの惨状」
入口が開かれ、2人の少女が道場へと足を踏み入れる。
そして開口一番、中の光景を見て上記の言葉を放つのは、博麗の巫女である霊夢だった。
顔を引き攣らせ、ただ一人立っている俺を見て何故か呆れたような視線を向けてくる。
その視線を受け流しつつ、俺は霊夢の隣に立つ少女を見て……驚いた。
「……お空?」
「おにーさん、会いに来たよーーーーっ!!!!」
「うおっ……」
満面の笑みを浮かべ、飛び込む勢いで俺に抱きついてくるお空を受け止める。
俺の胸に顔を埋めぐりぐりと頭を動かすお空、ちょっとくすぐったい。
いや、それよりなんでお空が人里に来たんだ? しかも霊夢と一緒に。
「お空、お前一人で地上から出てきたのか?」
「そうだよー。さとり様からおやすみを貰って遊びに来たのー」
「遊びにって……」
地底の妖怪である彼女が、地上の、しかも人間の里に来るのは色々と拙いんじゃなかろうか。
「うん、だから博麗の巫女の所に行ったの。許可を貰えば大丈夫かなって」
「……」
ちらりと、霊夢に視線を向ける。
すると彼女は肩を竦めつつも、特に何も言ってこなかった。
……本来ならば許されないが致し方ない、表情がそう言いたげに見えた。
「あれ? お空、お前その姿……」
お空を身体から離し、彼女の姿を見ると……いつもとは違っている事に気が付いた。
胸付近にある大きな赤い目のようなものが無い、確かあれは「八咫烏」の目だった筈だ。
他にも第三の足や制御棒も無くなっており、背中の翼も収納している今、人間の女の子にしか見えなくなっていた。
「これ? 巫女がヤタくんを表に出しておくと面倒な事になるっていうから、見えなくしてるの」
「見えなくって、そんな事もできるのか」
「うん、頑張ってできるようになったの! 偉い?」
そう言って、何かを求めるように上目遣いで俺を見つめてくるお空。
多分褒めてほしいのか、そう思った俺はとりあえず彼女の頭を撫でてあげた。
「えへへ、おにーさんに褒められた……」
「ああ、偉いぞお空。最初に霊夢の所に行ったのもそうだけど、ちゃんと周りと足並みを揃えられるのは本当に偉いな」
「んふー……」
本当に嬉しそうに笑うお空を見て、ほんわかした気分になる。
「なんだあの黒髪美少女は……」
「可愛い、けど同時に美しい……」
「それにしても……デカいな」
「ああ、デカいな。何がとは言わないが」
……やっぱり、もう少し厳しい鍛錬をすればよかったかもしれない。
倒れたままお空に熱い眼差しを送る者達を、軽く睨みつける。
「うっ……い、いいじゃんか別に見たってさー!」
「そうだそうだー、大体聖哉さんばっかりずるいんだよなぁ」
「そうそう。椛ちゃんっていう良妻が居るのにさー、世の中不公平だっての!」
俺の視線に怖気づきながらも、ぶーぶーと文句を言う男達。
……お空が妖怪だって知ったら、どんなリアクションをするのやら。
「そういえばおにーさん、椛ちゃんとイリスちゃんは元気?」
「あ、ああ……元気だぞ」
椛はな、と言いかけて口を閉ざす。
……まだイリスは戻ってきていない。
八雲様の所に居るのなら、心配する事はないだろう。
あの子の意志を尊重すると言った以上、心配するだけ無意味なのは判っているが……。
「そっかー、おにーさんに会いたかったのは勿論だけど椛ちゃん達にも会いに来たんだー」
「なら、合流しようか」
現在の時刻は十一時過ぎ、そろそろ昼食の時間だ。
自警団の面々は午後からそれぞれの仕事に戻る、少し早いが鍛錬はここまでにしておこう。
「喜助、そろそろ……」
そろそろ鍛錬を切り上げよう、そう言おうと視線を喜助に向けると。
彼は既に立ち上がり、何やら霊夢と話し込んでいた。
そういえば、霊夢は何をしにここに来たんだろうか。
「霊夢、お前の要件って何だったんだ?」
「……ちょっとね。まあアンタには関係のない事よ。
それじゃあ喜助さん、何か少しでも異常があったら教えてください」
「あいよー」
それじゃあ、そのまま霊夢は道場を後にする。
……なんだろう、つっけんどんな態度は珍しい事ではないけれど、 今回のは少しばかりキツめなものに感じられた。
今話してる問題に関わるな、そんな強い拒絶の意志が今の態度に込められていた。
「……なあ喜助、霊夢の要件って何だったんだ?」
「あー……まあ、たいした事じゃないっすよ。聖哉さんが気にする事じゃないんで」
「……」
霊夢ほどではないにしろ、喜助の今の返答にも似たようなものが感じられた。
関わらないでほしい、そんな態度を見せられたのは初めてだったから、驚くと同時に……少し、ショックを受けた。
「……すみませんね。こう言ったら怒るかもしれませんけど、妖怪である聖哉さんにはちょいと話せない内容なんで」
「むっ、なんでおにーさんにイジワルするの?」
「お空、いいんだ」
むくれるお空を制しながら、喜助に「気にしなくていい」と返す。
喜助が悪いわけでも、もちろん霊夢が悪いわけでもない。
――妖怪には話せない。
ここは人間が暮らす里だ、故に人間ではない者に知られてはならない事だってある。
致し方ない事情というものだ、それで彼等を責めるのはお門違いだし問い質すなんて行為はもってのほかだ。
人と妖怪、異なる種族でも歩み寄る事はできると俺は信じている。
だけど……踏み込んではいけない領域というものは、どうしても埋める事などできないのだから。
◆
「――そっかー、イリスちゃんまだ帰ってきてないんだ」
お空と共に一度慧音の家に戻り、そこで椛と合流。
そのまま三人で甘味処へと足を運び、お互いに近状を話し合う事に。
まずお互いの再会に喜び合ったが、そこにイリスが居ない事に残念がるお空。
「大丈夫だよお空、イリスならきっと見違える姿で帰ってくるさ」
「うん……だけどあの妖怪がイリスちゃんに変な事してなきゃいいけど……」
「……」
お空の言葉に、椛の表情が曇る。
イリスが今行動を共にしているのが八雲様だからか、心配は拭えないのだろう。
……正直な所、俺もまったく危惧していないわけではない。
八雲様がイリスに何かするとは思えないが……かといって、完全に信用できるわけでもなかった。
あの方は大妖怪、それも幻想郷を作った賢者の一角。
その行動理念の総ては、「幻想郷の未来」を優先している。
そんな八雲様が、イリスの「強くなりたい」という願いをただ純粋に叶える為に協力するとは、考えにくい。
〈外堀を埋めようと思ってるんじゃねえか? あの女、内心ではお前の事を諦めてはなさそうだしな〉
(……外堀、か)
つまり、八雲様がイリスに協力的なのは。
俺の傍に居る彼女を籠絡して、俺の力を手に入れようという魂胆という訳か。
その考えは失礼ではないか……と、完全に思えない辺り、俺も心の何処かでは同じ考えに到っていたのかもしれない。
「――そういえば、まだ言ってなかったね」
「ん?」
「おめでとうおにーさん、椛ちゃん。番になったんでしょ?」
「え、あ、ああ……」
にっこりと微笑み、俺と椛に祝福の言葉を贈るお空。
対する俺は間の抜けた返事を返すに留まり、椛は顔を赤らめ曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
別に彼女の言葉が嬉しくなかったわけじゃない、寧ろ心から祝福してくれて俺も椛も嬉しい。
嬉しいんだけど……そこは
しかも結構大きい声で言ってきたものだから、周囲の一部のお客さんが吃驚した顔でこっち見てくるし。
そんな俺達の心中などよそに……お空は更なる爆弾を投下してきた。
「それで、2人の子供はいつ作るの?」
「ぶっ……!?」
危うく、口に含んだお茶を吹き出しそうになってしまった。
な、なんてことを平然と聞いてくるのかこの娘御は……!
「あれ? おくう変な事訊いたかな? 番になった者同士は子供を作るのが当たり前だと思ってたんだけど」
「いや、それは別に違わない……けど」
だからといって、世間話のように言っていい事でもない。
「……私は今すぐにでも欲しいと思ってるんですけどねぇ」
「おいやめろ、これ以上この話を続けようとするな」
あと椛、どうして俺をそんな非難するような目で見るんだ?
「そっかー、おにーさんがヘタレだからかぁ……こいし様の言った通りだねぇ」
「おい、どういう意味だコラ」
お空はお空で失礼な事を言ってくるし。
というかこいしの奴、お空に何を吹き込んでんだっ。
俺がヘタレだと? そんなわけ……………………………ないだろうが。
〈自覚あるじゃねえか〉
(うっさい)
認めたくはない、ひっっっっっっっっじょーに認めたくはないが、確かに俺はそういった面がある。
だがしかし、理由はそれだけではないのだ。
決してこれは言い訳なんかじゃない、本当に別の理由があるんだ。
「椛ちゃんも大変だね」
「でも、そんな旦那様が好きですから」
「そっかー……でもおくうも、そんなおにーさんが好きだなあ」
「あげませんよ?」
「……時々、借りるのは?」
「うーん……考えときます」
椛、考えときますじゃないんだが?
あとお空も、俺はレンタル品か何かと勘違いしてないか?
ここらで男の威厳というヤツを見せてやらないといけないかもしれない。
「それで旦那様、御予定は考えていますよね?」
「まだ続くのかその話……」
「当たり前です。正直お空さんの会話は良い切欠だと思っていますから」
「……」
最近おとなしいと思っていたが、どうも内側に色々と溜め込んでいたようで。
……子供、か。
大切な存在との愛の結晶、それを授かるというのは俺にとっても夢のような話だ。
拒否する道理も理由もない、寧ろ俺だって願っている。
そう、願っているが……同時に、こうも思うのだ。
――俺は、親になってもいいのだろうか、と。
“忌み子”と呼ばれ、禁忌となる天狗の混血児である俺の血を引いた子供は……どんな子になるのかと思うと不安になる。
白狼天狗と鴉天狗、これらは同じ天狗と呼べる存在ながら同時に種族としてはまったくの別物といってもいい。
その間に生まれた俺は、本来の天狗とは違うモノだ。
そんな俺が純粋な白狼天狗である椛との間に子を授かれたとしても、その子供は果たして……幸せになれるのだろうか。
幼少期の俺のように、辛い記憶を植え付けられるだけではないのか、そう考えると……どうしても、踏ん切りが付かない。
無意味な苦悩かもしれない、きっと椛はそれを聞いたら怒るし「気にするな」と言ってくれるだろう。
だが、たとえ親である俺達がそう思っても……子供は?
本当に生まれてきて幸せだと思ってくれるのか?
親もいない俺が、親となって子供を幸せにできるのか?
それが、どうしようもなく不安で恐ろしい。
意気地のない俺が必死に論点をずらしているだけかもしれない、ただ単に怖気づいているだけかもしれない。
だけど、もしもその不安が的中していたら……。
「旦那様?」
「おにーさん?」
子供だった俺の時と同じような目に遭わせてしまったら、俺は自分を許せない。
だったら……だったら初めから。
「旦那様!!」
「おにーさん!!」
「っ、あ、えっと……な、なんだ2人とも?」
思考を奥底にまでやっていたせいか、2人が大声を出すまで気づけなかったようだ。
俺を不安そうに見つめる2人に笑いかける、けれど相手の表情は晴れない。
「……ごめんなさい、まさかそこまで思い悩むとは思わなくて」
「うにゅ……おにーさん、ごめんね? からかったわけじゃないんだけど……」
「何言ってるんだ、2人が謝る必要なんかどこにもないぞ? ちょっと考え事をしてただけでさっきの事は全然気にしてないんだから」
務めて明るい口調でそう告げるが、2人の視線は俺から外れようとしない。
迂闊だった、どうやら長い間思考に耽ってしまったらしい。
悟られるわけにはいかない、今の考えを知られれば心配を掛けるだけだ。
だから俺は、必死に誤魔化そうと考えを巡らせながら。
――店の外から響く悲鳴を、耳に入れた。