狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~   作:カオ宮大好き

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第93話 刻まれる亀裂~歪みの始まり~②

「えっ……」

「今の……悲鳴……?」

 

 椛とお空の動きが止まり、何事かと彼女達はその場で立ち上がる。

 他の客も外の声が聞こえたのか、何事かと騒ぎ出し店の空気が重くなる中で。

 

「っっっ……!」

 

 只一人、聖哉だけが行動を開始した。

 全身に走る悪寒に身震いする暇もなく、懐から強引に銭を取り出し机に叩きつけながら、弾けるように店から飛び出す。

 

――急げ。

 

 今の悲鳴は無視できない、無視してはならないと訴えている。

 獣の直感と呼ぶべき彼の感覚が、既に全身にオーラを纏い戦う準備を整えていた。

 そこから放たれる速度は疾く速く、最速を自負する文に匹敵する。

 

「た、助けてくれええええっ!!」

 

 再び響く悲鳴。

 それを耳に入れた瞬間、聖哉の速度は更に上がり、秒も待たずに現場へと到達する。

 

「っ……!」

 

 そこに広がる光景、それは人間が暮らすこの里では決してありえぬものであった。

 周囲に展開する人間達、その誰もが表情に驚愕と恐怖の色を宿し、一斉に視線を一点に向けている。

 その中心に居るのは、先程悲鳴を上げた一人の男性と。

 

――既に事切れている筈の、生ける屍であった(・・・・・・・・)

 

 露出している肌は所々が剥がれ、全身から放たれる腐臭が鼻腔に突き刺さる。

 ……視界に入れるだけで判る、アレは既に死体だと。

 だというのに動いているという矛盾、しかし聖哉は動じない。

 

「その場で伏せてろっ!!」

 

 生ける屍――アンデッドは今にもへたり込んでいる男性に襲い掛かろうとしている。

 躊躇いなど抱ける時間はない、たとえ相手が元々人間だったとしても……生きている者を襲うのならば。

 刹那の時間で覚悟を抱き、聖哉はアンデッドに向けて右手を突き出す。

 

 瞬間、右手から黒いオーラが伸び瞬時に巨人の如し巨大な腕へと変化する。

 漆黒の手は容易くアンデッドの肉体を呑み込むように掴み取り、飴細工のような軽さで握り潰した。

 

「……」

 

 アンデッドは全身を粉々にしない限り動きかねないしぶとさを持つ。

 だから容赦も慈悲も与えず、一片すら残さずに文字通り消滅させるのが最善策だ。

 念の為、黒いオーラを展開したまま聖哉は座り込んだ男性へと手を伸ばす。

 

「大丈夫か?」

 

「え、あ……は、はい……」

 

 まだ思考が停止しているのか、相手の返事は間の抜けたものだ。

 それでも男性は右手を伸ばし聖哉の手を掴んだので、彼はそっと男性を立ち上がらせた。

 

「一体何があったんだ?」

 

「わ、わかりません……ただ、そこの細道から何かが現れたと思ったら……あ、あんな化け物が」

 

 両腕で自分を抱きしめるような体勢のまま、男性は語る。

 真横の細道へと視線を向ける聖哉、そこから気配等は感じられなかった。

 腐臭も既に薄れ始めている、少なくともこの周囲に潜伏しているというのは考えられないだろう。

 

「――旦那様!!」

「おにーさん、一体どうし……うっ、なにこの臭い……」

 

 と、椛とお空が聖哉の元へとやってきた。

 なので聖哉はまず飛び出した事を2人に謝罪し、先程の事を説明した。

 

「無縁塚で旦那様が戦ったようなアンデッドが、人里に……?」

 

「ああ、だけどそれは……」

 

 人里には結界がある、博麗の巫女が作り上げた里全体を覆い尽くす程の強大で強力な結界が。

 それは妖怪を拒み侵入を許さぬものだ、力の弱い妖精や一部の例外を除いてこの結界を越える事など本来はできるものではない。

 ましてや如何に異形の存在になったとはいえ、先程のアンデッドの力はそう強いものではなかった。

 それが結界を破壊せずに里に入る事など……単身では不可能と断言できた。

 

――だが、逆を言えば。

 

「――何者かが、手引きをしているという事でしょうか?」

 

「……」

 

 椛の問いに聖哉は答えず、しかし彼も彼女と同じ意見であった。

 そうでなくては説明が付かない、しかし一体誰が何の目的で?

 人里は、人間は勿論人間以外の存在――幻想の中で生まれた妖怪にとってもなくてはならない場所だ。

 そんな場所をこのような形で襲うなど自殺行為に等しい、たとえ格の低い妖怪であってもそれは理解できる筈。

 

(自然発生? いや、それこそありえない……)

 

 思考を巡らせるが、いずれも憶測の域にすら到達できない。

 だがこの事態は無視できない、何故ならこのままでは二次被害へと発展しかねず。

 

――その不安は、すぐさま現実のものとなった。

 

「っ……!?」

「うっ……!?」

 

 突如として目に激痛が走り、聖哉は顔をしかめる。

 しかしその異変は彼だけに襲い掛かったものではなく、椛もまた同様の痛みが目に走っていた。

 同時に全身に駆け巡る悪寒、2人が共通して持つ能力、“千里眼”が警鐘を鳴らす。

 

「これは……!?」

 

 初めての現象に困惑しながらも、2人はそのまま“千里眼”を発動する。

 すぐさま2人の“眼”に映るのは里の光景、だが視えたのは普段の平和な里ではなく……地獄絵図であった。

 

「な、に……!?」

「そんな……これは一体……!?」

 

「おにーさん、椛ちゃん、どうしたの!?」

 

 驚愕する2人に、お空が何事かと問う。

 しかし2人は彼女の問いに答えを返せない、それだけ視えたものが驚愕に値するものだったからだ。

 

 

――化け物が、見えた。

 

 

 里の至る所から唐突に、何の前触れもなく人ならざる存在が現れ始めている。

 その殆どが先程のようなアンデッドであり、見境なく周囲の人達に襲い掛かっていた。

 間違いなくたった今聖哉が倒したアンデッドと同一であり、このままでは取り返しのつかない事態に陥ってしまうのは明白だ。

 

「……旦那様、視えましたか?」

 

「ああ、という事は椛も……?」

 

「とにかく行きましょう、このままじゃ皆さんが……!」

 

「そうだな。――里は広い、別れて行動しよう。悪いがお空は椛と一緒に行ってくれるか?」

 

「えっ、えっ?」

 

「詳しい内容は移動しながら話します。行きますよお空さん!!」

 

「う、うん!!」

 

 まったく状況が掴めないながらも、2人の鬼気迫る表情でただ事ではない事を察したのか、困惑しつつお空は飛び立つ椛の後を追っていった。

 それを見送ってから、聖哉はまず周囲に居る人間達にここから避難し安全な場所である稗田の屋敷に向かうように説明する。

 

「ば、化け物が人里に現れたって……本当なの?」

「どうなってんだ。ここには巫女様の結界があるのに……!」

 

「不安になるのも判る、けど今は避難を優先してくれ」

 

「せ、聖哉様はどうするんですか?」

「途中でその化け物に襲われたらどうすれば……」

 

「……わかった。なら俺も一緒に行こう、途中で他の人達も保護したいしな」

 

 聖哉がそう告げると、幾分か人間達は落ち着きを取り戻してくれた。

 妖怪である自分に一定の信頼を寄せてくれている事に感謝し、聖哉は人間達と共にこの場を離れようとするが。

 

 

「待てよ、そんなの守ったってしょうがねえだろ」

 

 

 弾むような声を放つ、第三者がそれを許さなかった。

 

「……」

 

 聞こえた声は背後から。

 なので聖哉は一瞬で人間達の後方へと移動しつつ、守るように振り返り第三者と対峙した。

 

 ――現れたのは、一人の男。

 

 全身にフィットする動き易さだけを追求したような衣服に身を包み、右手には獲物であろう槍を掴んでいる。

 口元には笑みを浮かべ、その身から発せられるのは敵意や殺意ではなく、まるで馴染み深い友人を前にしたような気さくさが感じられる。

 

「……今回の、元凶か?」

 

 だが聖哉は構えを解こうともせず、男に問う。

 その不敬とも取れる態度を前にして、男は何故か嬉しそうにしながら……あっさりと答えた。

 

「正確にはオレじゃねえな。――コレをやったのは聖命蓮とかいうヤロウだ」

 

(命蓮……!)

 

 ……心の何処かで、予感はしていたのだ。

 あの正気を失った男は、必ず自分達の前に立ち塞がると。

 人と妖怪が生きるこの幻想郷に、災いを齎すと。

 

「――で、だ。もういいか?」

 

「っ」

 

 男の姿が、聖哉の視界から消える。

 それを認識すると同時に、聖哉は左横にオーラを集中させた。

 

「っ、ぐ……!」

「へぇ……」

 

 強い衝撃。

 ――男の姿が、聖哉の左横から現れる。

 一秒にも満たぬ時間での素早い踏み込み、そこから放たれた槍の突きが聖哉の身体を薙ごうとして、オーラの前で不発に終わる。

 一撃で仕留められると思ったのか、男の口から感嘆したような呟きが零れた。

 

「ちぃ……!」

「おっと……!」

 

 左腕を振るい、反撃に映る聖哉。

 しかし彼の攻撃は当たらず、気が付くと男は元の位置に戻ってしまっていた。

 

(速い……)

 

 瞬発的な速度は、並の鴉天狗ですら軽々と上回るというのが今の一撃で判る。

 強敵だ、なので聖哉はすぐさま“千里眼”を発動させつつ、背後に居る人間達に声を掛けた。

 

「すぐにここから離れるんだ、早く!!」

 

「で、ですが……」

 

「急げ、守りながら戦う余裕はない!!」

 

「言う通りにした方がいいと思うぜ。――というかよ、コイツの枷になるんなら……先にテメエらから殺すぜ?」

 

 飄々とした声で、男は人間達に告げる。

 抑揚のない口調だが、それはあまりに冷たく重圧すら掛けられているかのような残忍さが込められていた。

 その声を聴いた何人かが、短く悲鳴を上げる。

 だが同時に気づけただろう、目の前の男は本気で言っているという事を。

 

「せ、聖哉様、お気をつけて……」

 

 それが功を奏したのか、人間達は聖哉を心配するような言葉を投げかけながら、一目散にこの場から走り去っていく。

 ……男は動かない、彼の視線は聖哉から少しも離れようとしない。

 走り去る人間達には微塵の興味も抱かず、目の前で対峙する彼を自分の獲物だと完全に見定めていた。

 

「……追わないのか?」

 

「追う必要が何処にある?

 それによ、仮に標的をアレらに決めたら、お前さんの逆鱗に触れるだろうが」

 

 まあ、それも悪くないけどなと男はくつくつと笑う。

 

「命蓮は何処に居る? アイツは、里にアンデッドを放って何をするつもりなんだ?」

 

「さあな。知らねえし興味もねえ、オレは“造られた”だけで道具扱いだからよ」

 

「造られた……?」

 

「おうとも。――オレは既に死んだ人間でな、どういうカラクリかは知らねえがこうしてまた現世に舞い戻ってきたってわけだ。

 で、オレをここに送ったあのヤロウに色々と身体を弄り回されたが……悪くはねえ気分だ」

 

 右手だけで二メートルはある巨大な槍を軽々と振り回しながら、男は楽しそうに語る。

 その行為だけでも人間業ではないというのに、男は息をするかのように行っている。

 身体を色々と弄られた、それが何を意味するかを理解しながら……聖哉は表情を険しくさせた。

 

〈あの生臭坊主、色々とぶっ飛んでると思ったが成程……器用な真似をするじゃねえか〉

 

(……ヴァン、あの男は肉体改造をされてるって事でいいのか?)

 

〈そうだろうな。だが単純な強化じゃねえってのは、お前でも判るよな?〉

 

(ああ。さっきの動き……いくら鍛え上げたとしても人間ができるものじゃなかった)

 

〈博麗の嬢ちゃん辺りならできそうだが、お前が言ったのはそういう意味じゃねえよな?〉

 

(判ってるだろヴァン。――あの男の中から、妖力とは違う力を感じる)

 

 霊力や魔力、法力とも違う力。

 しかしそれは本来人間が持つべきものではない力。

 ……“神力”を、男の内から感じ取れた。

 

(神々の一柱に位置する存在しか持たぬ力の筈なのに、どうして人間の身体で扱える?

 いやそもそも、人間の身体に“神力”が宿る事なんてありえるのか?)

 

〈違うぜ聖哉、まず前提を間違えてるんだお前は〉

 

(間違い……?)

 

 疑問を抱く聖哉に、ヴァンはその意味を告げる。

 だが、それは。

 

〈――あの坊主はな、力の消えかけた神を強引に人間の肉体に憑依させたのさ〉

 

(な、に……?)

 

〈元が僧とは思えない罰当たりな行為だと思わねえか?

 つまりあの男は今や“半人半神”、人でありながら人を超えた力を持つ怪物になっちまったってわけだ〉

 

(……そんな事が、可能なのか?)

 

 あまりにも突拍子のないヴァンの言葉に、聖哉はおもわず疑いの問いを投げる。

 

〈できなくはないぜ。何せ神々の時代では別に珍しい事でも何でもなかったからな。

 消えゆく事しかできぬ神々が、最期の最期まで惨めに足掻こうと人の身体に憑依する……そんなケースもあったもんだ〉

 

 とはいえ、ヴァンにとっても目の前の男は珍しい存在だと言えた。

 人と神はそもそも力の本質が違う、故に憑依した所で上手く混ざらず両者共に消滅する可能性の方が高い。

 だというのにこの男の内にある神力は落ち着いている、元となった神々の力だけが男のものになっている。

 その事実が――かつて神の座に君臨していたヴァンには、心底気に入らなかった。

 

〈聖哉、コイツは消し去ってしまった方がいい。それが慈悲ってもんだ〉

 

「――仕掛けてこねえのか? さっきは不意打ち気味にしちまったからよ、待ってやろうと思ったんだが」

 

「……」

 

 互いの距離は、およそ六メートル程か。

 先程の攻撃を見る限り、男なら一息で踏み込めるだろう。

 だというのに、男はその場から動かず聖哉が仕掛けてくるのを待ち構えていた。

 

「悪いが、無駄な時間は掛けられないぞ?」

 

「そうこなくっちゃ。――人間の身で、妖怪であるアンタにどこまで食らいつけるか試せるチャンスだからな」

 

「…………そうか」

 

 惜しいな、と。

 こんな状況だというのに、聖哉はそう思った。

 ……目の前の男は、ゾアに似ている。

 己の力の高みだけを望み、善も悪も関係ない。

 

 ある意味では純粋で、けどだからこそ。

 ――今ここで、もう一度地に還してやらなければならない存在だ。

 

「っ……!?」

 

 地面が抉られる程の衝撃を放ちながら、聖哉が男に向かって疾走する。

 小細工などしない、真っ向からの踏み込み。

 

「馬鹿正直だな、アンタ!!」

 

 相手が真っ向から来るのならば、此方も小細工などせずに迎え撃つ。

 放たれる槍の一撃は、まさしく旋風。

 聖哉の“千里眼”を用いても尚、光が通り過ぎたと錯覚する程の速度。

 

 それが既に五発。

 眉間、喉、肩、心臓、そして腹部。

 連続の打突は烈火の如し、前進も後退も許さぬ隙など見せぬ連続攻撃を前に、聖哉は停止を余儀なくされる。

 

(…………なんて)

 

 迫る打突をどうにか弾きながら、聖哉は心の底から感嘆した。

 如何にその身に神々の力を得ようとも、この槍捌きはまごう事なきこの男自身の技量。

 人の身で、一体どれだけの鍛錬と努力の先にこの域まで至ったのか。

 

 正直に言おう、彼は今相手の槍に見惚れている。

 眩い輝きを放ち続ける目の前の男に、惜しみのない称賛を送りたい。

 だから、聖哉はこう思った。

 

 

 

 

 

 

「――――――はっ」

 

 目の前の強者を、喰らってしまいたいと(・・・・・・・・・・)

 自らの糧にしたいと願い(・・・・・・・・・・・)、口が裂ける程の笑みを浮かべ。

 

「ああ――お前、旨ソウダ」

 

 口から、彼ではない声を解き放った。

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