狼王戦記 ~黒き白狼天狗の軌跡~ 作:カオ宮大好き
「は、や――!」
銀光が奔る。
椛が放った刀の一撃は、また一体アンデッドの肉体を二つに分ける。
既に十数体。
全て一刀の元に斬り伏せているが、相手の数は一向に減っていない。
アンデッド達は動きこそ鈍いものの、手には刀や鈍器を持ち武装している。
その程度ならば妖怪である椛達には効果が薄い、しかし……その獲物を向けられる対象が普通の人間ならば話は別だ。
「チッ……」
舌打ちをしながら、稲妻めいた一閃を放ち、同時に三体のアンデッドを両断する椛。
――急がなければ、犠牲が増えるだけだ。
聖哉程ではないにしろ、椛も里で生活するうちに人間達を気に入り始めていた。
故に、このような所業を行った存在を許せぬと怒りを覚えているし、人間の犠牲が出るのは望んでいない。
その想いは自然と彼女の刀を振るう手に力を込めていき、一撃毎にその破壊力を増していった。
「椛ちゃん、凄いねー」
緊迫した戦場の中でも、お空はいつもの調子でそう告げる。
とはいえただ傍観しているわけではなく、お空は八咫烏の炎を用いて蠢く死体達を全て焼き払っていた。
〈いいぞお空、この動く死体共はこうやって灰にしないとまた動き出すからな〉
(……ねえヤタくん、これって元々普通の人間だったんでしょ?)
〈ああ、そうだ。それを一度殺してその肉体だけを人形のように操ってる胸糞悪い術の犠牲者だな〉
(助ける事は……)
〈死人は死人、魂が既に肉体から離れたアレはただの肉塊と同じだ。
――聖哉の甘さが移ったかお空? 地獄炉の炎の温度調節には死体を用いるってのに、アレはそれらと変わらねえだろ?〉
(……違うよヤタくん、上手く言えないけど……それはたぶん違うと思う)
何がどう違うのか、お空自身も説明できない。
だけど可能ならば……今もこうして自分達に襲い掛かってくる存在も、救えたらとお空は願った。
……たとえそれが、叶わぬと理解していても。
「――消えろ」
一閃。
椛が真一文字に放った斬撃が、彼女達を取り囲っている全てのアンデッドの肉体を二つに分ける。
「お空さん、お願いします」
「了解、椛ちゃん!!」
左手の人差し指を天に掲げるお空。
そこから現れるには小さな火球、否、それは太陽の炎。
「――ごめんね」
ひょい、と。
小さなボールを投げるような軽々しさで、お空は指先から生み出した火球を投げ放つ。
それはゆっくりと弧を描きながらアンデッド達の中心へと向かい。
――眩い光を放ち、死した亡者を灰塵へと帰した。
「……」
倒さねば、ならない相手だった。
だが……できる事ならば、討ちたくはなかった。
「……椛ちゃん、おくうね……こんな事をしたヤツの事、許せないよ」
「私もですよお空さん。――ですが今はそれより、他のエリアのアンデッド達を」
「――大丈夫だ。他の骸達は全て排除した」
「えっ……藍さん!?」
突如として自分達の前に現れた藍に、椛は驚きの声を上げる。
何故八雲紫の式である藍が、この人里に現れたのか……。
「里を守るよう、紫様から仰せつかってね。橙も協力してくれた甲斐もあって既に障害は排除したんだ」
「この短時間で……」
“千里眼”を発動させると、確かに里中に現れたアンデッドの姿が見えなくなっていた。
……流石はあの大妖怪の式であり九尾の狐か、
「人間達も稗田の屋敷や命蓮寺に避難させている。君達もどちらかに向かうといい」
「だったらおにーさんの所に――」
「いえ、お空さん。私達はとりあえず屋敷か寺のどちらかに行きましょう」
「えっ、でも……」
「まだ今回の元凶が姿を現していない以上、油断はできません。
旦那様は人間達を守りたいと思っています、ならば私達が今すべき事は旦那様と合流する事ではなく人間達の傍に居て不測の事態に備える事です」
お空の言い分は判る、というより本音を言えば椛とて同じ意見だ。
……聖哉の前に、アンデッドとは違う存在が現れたのが“視えた”からだ。
明らかに有象無象とは違う、強敵だと本能が訴えてくる者と、彼は戦おうとしている。
だが、それが判っていたとしても椛は聖哉の元へと向かう選択肢は選ばない。
彼が人を守りたいと願うのならば、伴侶である自分が協力しないわけにはいかない。
「……成長しているのだな、君も」
「あまり見縊らないでもらいたいものですね。お空さん、気持ちは判りますけど旦那様の意志を尊重しましょう?」
「…………そうだね。おにーさんがここに居る人間達を守りたいなら、おくう達が協力しないとっ」
「ありがとうございます、お空さん」
彼女は地底の住人、地上のいざこざに関わる義理はない。
だというのに当たり前のように協力してくれている、その優しさに感謝しつつ椛は阿求の屋敷へと足を運ぶ。
(旦那様、どうかご無事で……)
◆
「――――ふぅ」
稗田家の屋敷を包むような結界を張り終え、霊夢は疲労の色が見えるため息を吐き出す。
既に里の住人の避難は終わった、結界も展開できた。
これならば余程の事が無い限り被害は出ないだろう、尤もまだ油断などできないが。
(気配がほぼ消えた……紫達も動いてくれたのね)
後は聖哉の近くに現れた強い気配だけだ。
すぐに加勢しに行きたいが……ここを離れるわけにはいかない。
「――おい、霊夢ーーー!!」
「魔理沙……」
焦りを含んだ表情で霊夢の前に降り立つのは、彼女の友人である霧雨魔理沙。
おそらく人里の只ならぬ空気を察知したのだろう、相も変わらずその行動力の高さはある意味頼もしい。
「一体何が起きてるんだ!?」
「異変よ。けどいつものスペルカードルールが成立しない、ね」
「も、もしかして犠牲者が……!」
「怪我人は出たけど幸いまだ死者は出ていないわ。
とりあえず中に入りましょ、アンタも御両親が心配でしょうし」
「え、あ、ま、まあ母様はだけど……べ、別にあんな親父の心配なんて……」
「はいはい」
和解したと聞いていたが、どうやらまだ意地を張っているらしい。
素直じゃない友人に少々呆れつつも、霊夢は魔理沙を連れて屋敷内へと戻る。
向かう先は屋敷の中で一番大きな部屋である大広間、避難してきた者達が一同に集まっている場所だ。
「――霊夢さん、お疲れ様です」
「ありがとう阿求。……里の人達の様子は?」
「思っていたよりは落ち着いていますが、この状態が続くとなると……」
肉体よりも先に精神が参ってしまう、阿求の言葉に霊夢は表情を険しくさせる。
当たり前だ、結界が張られている里の中でいきなり化け物が現れたのだ。
“里の中に居る以上、妖怪に襲われることはない”という絶対的な常識が覆された、その事実は力なき人間達にとって絶大な不安を抱かせるには充分過ぎる。
(……とりあえず、紫が動いている今、私がすべき事はみんなを安心させる事ね)
そう思い、阿求達と共に霊夢は大広間へと向かい足を踏み入れた瞬間。
「――巫女様、我々は本当に大丈夫なのですか!?」
霊夢の姿を見た人間の一人が、不安と絶望と怒りを混ぜたような声で、彼女へと迫ってきた。
その声を皮切りに大広間の中に居た人達の視線は一斉に彼女に向けられ、その誰もが声を荒げた人間と同じような表情を浮かべている。
……予想以上に不穏な空気が広がってしまっている、とにかく落ち着かせようと霊夢はなるべく優しく穏やかな口調を心掛けながら口を開いた。
「安心してください。この屋敷全体に全力の結界を展開しました、ここに居れば安心です」
「そ、そうですか……」
「で、ですが巫女様、化け物は今も我が物顔で里を闊歩しているのでしょう!?」
「いつまでここに居ればいいのですか!?」
「すぐに異変解決に向かいます。ですので皆さんはどうか落ち着いて……」
「落ち着いてなどいられません!!」
「そうだ。結界が展開していたのに何の反応もなく、いきなり化け物が現れるなんて明らかに異常事態だ!!」
「本当に結界は張られていたのですか!?」
「……」
霊夢の言葉を遮り、次々に声を荒げる人間達。
不安で仕方がないのだろう、しかしその心理状態は……些か身勝手と言わざるを得ない。
そんな心中を表に出そうとはしない霊夢だったが、彼女の傍に居る阿求と魔理沙は人間達の態度に顔をしかめていた。
「――命蓮寺に最近やってきた妖怪達が、元凶なんじゃないか?」
ぽつりと、そんな言葉が場に響く。
そう口走ったのは一人の老人、彼の表情は疑心の色に満ち溢れていた。
「何を……」
「無縁塚に居た妖怪達を命蓮寺の住職が受け入れたそうじゃ、その矢先にこの事態……どう考えても怪しいんじゃないか?」
「そ、それは……でもそんな奴等をあの白蓮様が受け入れるとは……」
「いや、だがその可能性は充分考えられるんじゃないか!?」
「そうよ。現に命蓮寺の人達は誰一人としてこの屋敷に避難してきてないじゃない!!」
「まさか……その妖怪達が白蓮様達を唆して……!?」
「皆さん、落ち着いてください!!」
ざわめき立つ人間達を宥めようと声を荒げる霊夢だが、人間達の混乱は収まらない。
寧ろどんどん大きくなる一方であり、中には命蓮寺そのものを疑い出す者達も出てくる始末。
(拙い、こんな状態じゃ外の鎮圧に向かえない……)
「――はいそこまで、気持ちは判るけど巫女様が困っているわよ?」
喧騒が鳴りやまぬ場に、そんな声が響いた。
それは決して大きな声ではなかったが、不思議と耳に入る“凄み”を感じられる。
皆の視線が声の主へと向けられる、その先に居たのは……魔理沙の母である、霧雨魔理奈であった。
緊迫に包まれた場所でも、彼女はいつものように穏やかな優しい眼差しを見せながら、言葉を続ける。
「妖怪だからと、
「ただそれだけって……魔理奈さん、お言葉ですけど安易に妖怪を信じるのは……」
「あら、どうして妖怪を信じてはいけないのかしら?」
「どうしてって……妖怪は人間の敵だと昔からの常識でしょう!?」
「そうだ。人間を騙し喰らう怪物じゃないか!!」
「あらあら……けど優しい妖怪さんも沢山居るわよ? 例えば……聖哉さんとか」
「っ、そ、それは……」
聖哉の名が出た途端、騒いでいた者達の言葉が途切れ始める。
「人と妖怪の歴史、それを振り返れば確かに明確な敵かもしれない。
けれどそれが今の時代にとって正しいかどうかは別問題、争い合いたいならともかく……そうでないのなら、歩み寄る必要もあると思うの」
「そんなものは詭弁だ!!」
「そうね。だけど聖哉さんや椛さんのような優しい妖怪も居れば……人でありながら人を貶める人間も居る。
全てを受け入れるなんて事はできないけれど、頭ごなしに否定する事もしてはいけないと思うの」
「し、しかしじゃな……ならばこの現状はどう説明する?
あまりにも都合が合い過ぎている、これでは命蓮寺を疑うなと言う方が酷ではないか?」
「だからこそ、その道のプロが調査しようとしているんですよ」
そう言って、魔理奈は霊夢と……隣に居る魔理沙へと視線を向ける。
「でもここで私達が好き勝手に言い合っていたら巫女様は調査に向かえない。
――今の私達ができる事は、ここでおとなしくしている事だけ。みんなで騒いでいたら邪魔になるだけですよ?」
「う、む……」
その言葉で、今度こそ喧騒は完全に消え去った。
……その光景に、霊夢達は驚く事しかできない。
言葉だけでこの騒ぎを収めてしまった、術や魔法を使えぬたった一人の女性が。
「……魔理沙、アンタのお母さん……凄いわね」
「そうじゃなきゃ、普段ぽわぽわしてる母様が大商人の親父と一緒になれないって」
「納得。――ところで阿求、さっきの話だと命蓮寺の連中は避難してないみたいだけど……」
「向こうは向こうで魔法障壁を展開して皆さんを守っているみたいです。
いくらこの屋敷が広いといっても、里中の人達全員を避難させるのは難しいので。念のため慧音さんも向こうに行っていますから万に一つも心配はありませんよ」
「なんだ、じゃあ本当に杞憂だったって事じゃないの……」
つい呆れを含んだため息を吐く霊夢。
人は妖怪を恐れ憎む、それは判るが……今回は少々浅はか過ぎやしないだろうか。
とはいえ状況が状況だ、思うところもがあるが致し方ないと霊夢は納得し。
「――呆れた。前よりも更に腐りきった世界になったのね、幻想郷は」
いつの間にか、大広間の真ん中に立つ、見慣れぬ巫女服の女を見た。
「え―――」
「は―――?」
魔理沙と阿求の思考が止まる。
――いつから、そこに居たのか。
……少なくとも、このような格好をする女性はこの里には、否、今のこの幻想郷には存在しない。
そもそも先程まで目の前に居る女性はこの場には存在していなかった、だというのにまるで初めからそこに居たかのように佇んでいるというのは一体どういう事なのか。
魔理沙と阿求、そして大広間に居る者達の誰もが、出現した女性に視線を向けたまま茫然とする中。
「っっっ…………!?」
霊夢だけが、目の前の存在を“異端”だと認識し。
瞬時に戦闘態勢へと移行、右手のお祓い棒に全開の霊力を込めつつ一息でソレへと間合いを詰めようとして。
――女性の周囲に居た者達、十数人の人間の首が胴から離れる光景を、目にしてしまった。
「――――」
踏み込もうとした霊夢の足が、鉛のように重くなる。
あまりにも非現実、あまりにも……冒涜的な光景。
鮮血が舞い、両の手では数え切れぬ数の人間“だった”存在が、無残に傾き地面に沈む。
如何に博麗の巫女としての才に溢れ、数多くの異変を解決してきたとしても、霊夢はまだ幼さが残る少女である
そんな彼女が足を止め、一瞬とはいえ完全に動きと思考を停止させてしまうのは致し方ない事であった。
だが、それはあまりに悪手。
「――餓鬼ね、今代の巫女は」
そんな声が聞こえてきた時には、既に女性は霊夢の眼前にまで迫っていた。
一瞬より速い刹那の速攻、霊夢の思考が敵からの攻撃を認識するよりも速く、相手の一撃が叩き込まれる。
それは、赤黒く輝く霊力が込められたお祓い棒による打撃。
されどその一撃はあらゆる名刀すら霞む程に鋭く重い斬撃に等しいもの、掠るだけでも致命傷のそれを。
「――――!!???」
霊夢は、半ば無意識のうちに発動させた“二重結界”で受け止める選択を選んだ。
否、受け止めるという選択しか選べなかったと言った方が正しい。
あまりにも速過ぎる一撃は、霊夢の“二重結界”に触れた瞬間――あっさりとそれを砕き、彼女を吹き飛ばした。
秒も待たずに霊夢の姿が屋敷から消え、女性の意識は――まだ現実に戻れない阿求に向けられる。
「まだ生かされてるのね、
「えっ……」
その言葉で、阿求はいち早く現実へと戻る。
阿礼乙女、確かに女性はそう言った。
初代稗田の当主、稗田阿礼の転生体の事を御阿礼の子もしくは阿礼乙女、と称される。
わざわざそちらの総称で呼ぶなど、それこそ今の幻想郷で生きる者ならば考えられない。
しかし、同時に目の前の女性が幻想郷の深部に関わっていると証明していた。
阿求は知らない、九代目稗田家当主としての自分は目の前の女性が何者なのかは判らない。
だが――彼女の“魂”が、かつての御阿礼の子としての記憶が、この者を知っていると訴えていた。
「解放してあげるわ。その悲しき宿命から」
阿求の視界から、女性の姿が消える。
そう思った時には、既に女性は先程霊夢を防御ごと吹き飛ばした一撃を繰り出そうとしていた。
「あ」
死ぬ。
何度も転生を果たし、人でありながら人ならざる生き方をしているからか、当たり前のように理解できた。
戦闘能力など皆無な自分では次の一撃を防ぐことも躱す事も不可能。
でも、このままおとなしく殺されるのは――癪だ。
だから、せめてもの抵抗として阿求は女性を睨む。
あまりにもちっぽけで無意味だとしても、このまま黙って殺されるよりはマシだと彼女は最期の瞬間まで意地を通そうとして。
「――な、に……やってんだああぁぁぁぁぁっ!!!!」
裂帛の気合を込めた声が響き、白銀の光が周囲の光景を包み込む。
死が決定していた阿求は生き永らえ、その彼女を救った魔法使いの少女。
霧雨魔理沙が、女性へと全力のマスタースパークを撃ち込んだ――