雪割草   作:FARADON

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第2話

「あーあ。さっさと雪止まねえかな」

 ストレッチをしながら、僕の隣で小田がそうぼやいた。

「今日いっぱいは降り続くって、さっき天気予報で言ってたよ」

「ホントかよ、金田」

「ああ、ホント、ホント。それにこの感じじゃ、明日は止んでも雪かきだけで1日終わりそうだね」

「それじゃあ練習出来ねえじゃねえかー」

 金田の言葉に、悔しそうに舌打ちをして、小田が更に声を荒げる。

 雪は、見ている分には綺麗だけど、実際その中で生活するのは大変なんだと僕は此処に来て初めて知った。

 

 冬の最中、彼らのようなサッカー部や野球部は、グランドを使えない日、よく体育館の片隅をかりて基礎訓練やボール磨きを行っていた。それに、ようやく雪が止んで外にでられるようになっても、まずしなければならないのは雪かき。でも、時々雪かきが、いつの間にか雪合戦に代わり、おしくらまんじゅうに代わり、みんなで汗だくになって笑い転げることもあった。

 

 今、僕の隣でぶつぶつ文句を言いながらストレッチをしているのは、このサッカー部の副キャプテン、小田和正。なんだかんだ言いながら、暖房の入った体育館の一番暖かい場所を陣取っている。

「おら、ちゃんとストレッチやれよ、お前ら。こういう地道な努力が、後で良いプレイに繋がっていくんだからな」

 必死で腹筋をしながら檄を飛ばしているのは、松山光。このサッカー部のキャプテンである。思いこんだら一直線の単純明快な性格と、何事にも物怖じしない度胸の良さ。少し喧嘩っ早いけど、みんなが認める立派なキャプテンだ。

 その松山の補佐(フォローとも言う)を一手に引き受けているのが、先程ラジオで天気予報を聞いていた金田春男。優しげな顔立ちと、柔らかな言葉遣いでみんなの気持ちを和らげてくれる。でも、奥にとても強いものを秘めているのが、その言動の節々からうかがえる。

 そうそう、小田はこの金田と同じ病院の同じベッドで生まれたんだそうだ。もちろん生まれ月は2ヶ月ほどずれてるけどね。

 あと、ゴールキーパーの加藤。

 それに、山室、若松、中川……。

 もともと、物覚えは悪い方ではなかったのは確かだが、僕はたった一日、彼らと一緒にサッカーをしただけで、このチーム全員の名前と顔を覚えてしまっていた。

 

 3ヶ月前、転校初日の放課後の事だ。

 僕は何の気無しにグランドで練習をしている彼らの楽しげな姿を見ていた。

 転校を繰り返す生活事情の為、僕は今まで正式に何処かのクラブやチームに所属した事はなかった。たまに助っ人として参加することはあっても、僕はいつもお客様だった。今回もきっとそうなるだろうと思いながら、それでもこうやってグランドに足を向けてしまうのは何故なんだろう。

 30分くらいもそうしていただろうか。金網に手をかけ、じっとグランドを見つめていた僕の姿に最初に気付いたのは松山だった。

 小雪のちらつく中、僕はきっと物欲しそうな目をしていたんだろう。いきなり、フェンスを乗り越え僕の所に走ってきた松山は、強引に僕をグランドの中に引っ張り込んだ。

「紅白戦兼ねたミニゲームやってるんだけどさ、メンバーが一人足んねえんだ。ちょっと手伝ってくれねえか? 岬」

「……えっ?」

 その時、素直に頷いたのは、松山が真っ直ぐに僕を見て岬と呼んでくれた所為だった。

 いつも、転校して最初の一週間ほど、僕のあだ名は“転校生”だった。ようやく覚えてもらって、名前を呼ばれるようになって、友達づきあいが始まった頃、僕は次の地方へ旅立った。

 いつも、いつも。

 それが当たり前で、その事に疑問なんか持ったことなかったのに。彼らは、みんな最初の日から、僕を岬と呼び、友達として扱ってくれた。

 もともとサッカーは好きだったけど、何だか、その時、僕は初めて本当のサッカーをしたような気がしたんだ。

 パスを受ける。パスを出す。

 ただ、それだけの事がこんなに嬉しかったのは初めてだった。

 そして、その日のうちに彼らは僕を、助っ人ではなく、正式な部員として迎え入れてくれた。

 僕が転校を繰り返している事情を説明しても無駄で、

「一ヶ月だろうが半年だろうが関係ないよ。岬はもうサッカー部の一員なんだ。お客様でも助っ人でもない」

 松山は笑ってそう言った。

 

 北海道のほぼ中央に位置するここ富良野は、ラベンダー畑などで有名な観光地である。

 富良野市内には小学校が11校。僕のはいった「ふらの小」は総生徒数が200人足らずの小さな学校だった。1学年が1クラスしかなく、体育などの合同授業では2学年一緒に授業を受けることもあるという。そのせいか、此処では学校中みんなが知り合いで、ほんの些細な出来事さえ、全校生徒が知るのにさほど時間はかからなかった。

 街中が知り合いだらけで、まるで巨大な家族のようなこの街は、ずっと他人の中で過ごしてきた僕にとってとても不思議な街に思えた。

「オレ達、みんな兄弟みたいなもんだから」

 松山がそう言った時、やけに羨ましかった。

 僕は永遠に言うことはないだろうその言葉を、何のてらいもなく発する松山が羨ましかった。

 でも、その次の言葉は、そんな僕の気持ちをひっくり返すのに充分値する言葉だった。

「岬、お前ももう、オレ達の兄弟だからな」

 雪の中で笑った松山の顔を、僕は一生忘れないと思った。

 それ以来、雪が好きになった。

 雪の中で肩を並べて歩くのが好きになった。

 初めて、雪を冷たいと思わなくなった。

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