「おーい! 岬!!」
しばらく後、アパートへ戻ろうと、僕達が歩き出した時、通りの向こうから小田が何か大きな包みを大事そうに抱えて走ってきた。
真っ白な布で包まれた四角い板のようなもの。
「……!!」
僕は、はっとなって駆けだした。
あれ、小田が持っているのはキャンバスだ。
間違いない。僕がさっき汚してしまった富良野の風景だ。
「……小田!」
「良かった……岬、こんな所にいたのか。親父さん、探してるぜ」
「……父さんが?」
「ああ、これ持って大通りをうろうろしてたから、どうしたんですかって声かけたら、お前がいなくなったって言うもんだから、オレびっくりしてさ」
そう言って、小田は持っていたキャンバスを再び抱え上げた。
「それ……」
「そうそう、オレ、事情よく知らないないんだけど、親父さん、なんかこれをお前に早く見せたいって言ってたから。とりあえず預かって代わりに探しに来たんだ。オレの方がこの街詳しいし、足早いし、すぐ見付けてみせるからって」
「…………」
「ほら、受け取れよ」
小田が包んでいた布を取りながら、僕の目の前にキャンバスを掲げた。
「…………」
とたんに目の前に広がる富良野の銀世界。
「うわー!! すげえ」
隣で松山と金田が感嘆の声をあげた。
広大な富良野の風景画。一面の雪景色。
そして、その中央に、赤いマフラーを巻いた小さな男の子の姿があった。
「……これ……」
小さくて、顔もよく解らなかったけど、赤いマフラーに赤い手袋をして立っている少し明るい茶色の髪をした少年は、なんだかとても幸せそうだった。
優しい富良野の風景の中で、少年は幸せそうに笑っていた。
「岬の親父さんの絵って、初めてみたけど、こんな絵を描くんだ」
松山がしげしげと父さんの絵を覗き込んで言った。
「風景専門って聞いたけど、人物も描き込むんだ」
「……初めてだよ。父さんが絵の中に人物を描いたの」
「そうなのか?」
「……うん。そう」
初めての人物。
父さんは僕を富良野の風景の中に住まわせてくれたんだ。きっと。
絵の中で、僕はずっと、この暖かな富良野の地に居られるんだ。
永遠に。
「僕ね、また転校するんだ」
「…………」
松山と金田と小田が同時に僕を見た。
「たぶん、2、3日中には、此処から離れる」
「そ……そっか。じゃあ、一緒に雪割草探しに行けないんだ」
小田が残念そうに言った。
「うん。ごめんね」
「何処へ行くんだ?」
金田が聞いてきた。
「わかんない。南の方だってだけ、父さんが言ってた」
「…………」
「僕ね、みんなと一緒に全国大会行きたかった。そんな先まで居られないの解ってたから無理なのは承知だったんだけど、本当に、みんなと一緒に読売ランドのグランドに立ちたかったな」
「立てるじゃねえか」
突然、松山が言った。
「……?」
「行こうぜ。全国大会」
「松山? お前、何言ってんだよ。今の岬の話聞いてなかったのか?」
「聞いたよ」
「だったら……」
「別に味方同士じゃなきゃ、一緒に行ったことにならねえのか?」
「…………え?」
その場にいる全員があんぐりと口を開けた。
「岬、お前、これから何処へ行くのか知らねえが、夏には絶対サッカーの強い学校に転入しろよ」
「…………」
「そんで、その学校が全国大会に出場してきたら、オレ達、また一緒にサッカーできる」
「…………」
「敵と味方に別れちまうけど、ひとつのボールを追って同じグランドに立って、一緒にサッカー出来ることには変わんねえだろ」
「…………」
「ずっと一緒にサッカーをしようぜ」
「松山」
ずっと一緒に。
今まで、どんな場所も通り過ぎるとそのまま忘れ去られていた僕に、松山は未来の約束をくれた。
ずっと。
ずっと一緒にサッカーをしよう。
時には味方同士で。時には敵同士で。
それでも、たったひとつのボールを追って、ずっと一緒にサッカーをしよう。
僕は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて、力強く松山に向かって頷いた。
「うん。ずっと一緒にサッカーをしよう」
その後、僕らはそろってアパートまで戻った。
父さんに絵を返し、謝ると、父さんは小さな声で、お前のおかげで一段と良い絵になったろう、と笑ってくれた。
それから3日後、僕達は四国に向けて旅立った。
向こうに着いたら絶対に住所を教えろとしつこく金田が言うので、僕は四国に着いた最初の晩、借りたアパートのそばの公衆電話から金田に電話した。
今度の学校にはサッカー部がないそうなので、隣町のサッカークラブを覗きに行こうと思ってると言ったら、金田は頑張れよって、でも、あんまりオレ達のライバル増やすなよって、笑いながら小さな声で言った。
そして、それから2週間後。
金田から僕の所に一通の手紙が届いた。
中身は小さな押し花と、みんなの寄せ書き。
花はもちろん、白い雪割草だった。
FIN.