そら飛べワンチャンダイブマン ~1日1回個性ガチャ~   作:AFO

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No.1 緑谷出久:アナザー

 

 人は、生まれながらにして平等じゃない。

 

 そんなことわかっていた。

 わかりきっていた。痛感したからこそ、目を逸らしていた。

 

『個性がないから』

 

 それは夢を叶える努力をしない言い訳で。そして夢を見ることは現実から目を背ける口実で。

 

 画面の中の、ヒーローの背中に憧れ続けたのはとどのつまり宗教のそれでしかなく、結局は大きな何かを心の支えにしたかったからに過ぎない。

 

 形だけ、見せかけだけのハリボテの努力はノート十三冊分。

 

 希望だけ、志望しただけの高校受験は馬鹿にされ、自らの無力を痛感した。

 

『──そんなヒーローに就きてんなら効率いい方法があるぜ。

 来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!』

 

 幼馴染の言葉が蘇る。

 

 緑谷出久は『無個性』だ。そしてヒーローがヒーローたる条件は『個性』を持っていること。

 少年は、ヒーローにはなれない。

 

 ──本来の世界線ならば、彼はこれから下校途中に敵に襲われ、そしてオールマイトと出会うはずだった。

 

 しかしこの日、少しの心境の変化が物語を変える。

 いつもと違う帰り道。自然と足が向かったのは、高層ビルの屋上。

 

 見下ろす街の風景はどこか他人事。色あせた1枚の絵のように、どうでもよく無味乾燥。

 まるで世界から色がなくなってしまったかのようだ。

 

 それもそう、今からこの世界に別れを告げようというのだ。

 夢も見れないこんな世界から解き放たれ、来世はそう、もっと素晴らしい世界に変わっていることを願って。

 しかしそれ自体が現実逃避でしかなく、希望も何もないことだっというのは薄々わかっていた。人生は一度きり。それを全て捨て去ってしまった方が楽な場合もある。

 

 逃げてしまった方が楽なのだ。

 

 虚ろな目のまま、彼は空中に身を投じた。

 

 眼下に広がるは裏路地。せめて世間に迷惑をかけないようにと目立たない場所を選んでしまうあたり、彼は最期まで日陰者であった。

 

 重力に逆らうことなく、来世を信じて身投げ。

 

 地面との距離が縮まっていくその最中、不意に我に返る。

 

(──いやだ)

 

 その瞬間、世界に色が戻る。

 

(いやだ、死にたくない……!)

 

 突如として沸き上がる恐怖、後悔、絶望。自分の行動の取り返しのつかなさ、愚かさ。

 虚構のように実行した行いが、現実として去来する。

 

 しかしどんなに想おうとも、自由落下という不自由に囚われた彼の身体は止まらない。

 

(いやだ、いやだ、まだ死にたくない。僕はまだヒーローになる夢を、諦めたくない!)

 

 恐怖に目を瞑る。地面に身体が触れたその瞬間、意識は闇に飲まれた。

 

 

 

 緑谷出久が最後に抱いたのは、後悔。恐怖よりも、絶望よりも勝ったのは後悔。

 

 ──ヒーローになりたい。

 

 今際の際、彼の無念の想いが全身を支配した。

 

 

 そして彼の内、奥底に眠っていた僅かな個性因子を──呼び覚ます。

 

 

 瞑った目を、開く。

 

 視界に映ったのは、人気の少ない路地裏のものだった。

 

「い、生きてる……っ!」

 

 目を見開いた。死ぬはずの自分が生きていること、そして、そんな自分が、()()()()()()()()()

 

「と、飛んでる!? いや、う、浮いてるんだ!!」

 

 緑谷出久は、それが個性であると直感した。辺りを少し滑空すると、興奮に身を振るわせた。

 

「おいおいおい、僕に! 個性が!」

 

 自然と持ち上がる口角。彼は念願の個性を手に入れたのだ。

 

「なんだこれ、『飛行』!? いや、『テレキネシス』!? 『重力操作』!?」

 

 思うままに、候補となる個性を上げる。個性の本質を捉えるのは簡単ではない。いくつもの経験を経てようやく、その個性がどんなものなのかがわかるのだ。

 一口に浮くと言えど、浮力を操作するのか、重力を操作するのか、物体の位置を操作するのか、風を操作しているのか、はたまた、見えない手で持ち上げているのか、と無数の可能性もある。

 本人が自覚していないものもあるのだ。

 

 この個性がなにを秘めているのか夢を膨らませながら、高鳴る心臓を抑えて彼は家路に着いた。

 

 

 

 だから、このときの緑谷出久は自覚していなかった。

 

 この個性は決して飛行能力なんかではなく。

 

 夢と憧れにしがみついた、未練が生み出したこの個性の名は──

 

 ──『ワン・チャン・ダイブ』。

 

 

   *

 

 家に帰るなり、個性が発現したことを親に報告した。

 

 泣いて喜んだ。彼自身、そして個性がないことで悩んでいたことを知っていた母も。

 翌日は病院に検査に行こうと約束した。

 

 

 翌朝──彼は、飛べなくなっていた。

 

 その日は抜け殻のようであった。

 個性発現はなにかの間違いで、夢でも見ていたみたいに、何事もなくなっていた。

 

 しかし夢ではなく、母も彼が浮いていたことを覚えていた。

 

 夢ではない。

 

 けれども、現状飛べないのだから、状況は変わらない。

 

 ぬか喜びさせられた分だけ、落胆は跳ね返ってくる。

 輪ゴムを両手で引っ張って、わーすごい僕もこんなに延ばせるようになったよ、と喜んだ直後に片手を離して手を痛める。そんな感覚。

 

 虚しい。ただひたすらに虚しい。

 

 無個性の事実が突如現実として去来した。

 

 だから、緑谷出久はしぼんだ風船のごとく落胆していた。

 空気を入れた風船だからこそ、しぼんでしまったあと虚しくなるように。

 あるいは、風船を両手で引っ張って、わーすごい僕もこんなに延ばせるようになったよ、と喜んだ直後に片手を離して手を痛める。そんな感覚。

 

 あまりにもひどいその様を見た周囲は、昨日無個性だと馬鹿にしたのが原因だと思い込みクラス全員でごめんなさいをした。

 爆豪本人でさえも責任の欠片を感じ、

 

『チッ、なんで俺が……。オイデクゥ! ……その……悪かったよ……でもなぁ!? だからってこの俺に──おい、テメェ聞いてんのか!? この俺が! 謝ってやってんだから! あああああああ!』

 

 それさえも上の空になるくらい、彼はタバコの吸い殻同然の佇まいであった。

 

 死んだ目が虚空を見つめ、朝からずっと微動だにしなかった。

 教科書さえ出さないのだが、あまりにも凄惨な佇まいを教師も口出しできず。

 その日の授業が終わった瞬間に立ち上がり、家へと身体が向かい始める。帰り際、教師が休んだ方いいと声を掛けてきたのにも気づかないまま、学校を後にする。

 

 そして帰宅中。ろくに足下も見ない彼は階段を踏み外す。頭から落ち、緑谷出久の意識は暗転した。

 

 

 

「あれ、僕は……」

 

 気づくと、周囲に人が集まっていた。

 

 どうしたんだろう。抜け殻同然の状態から我に返った緑谷出久は、不思議に思いながら起きあがる。

 

「き、君、大丈夫なのか!?」

 

 見知らぬ青年が慌てて駆け寄る。

 

「あ、はい。あの……何かあったんでしょうか?」

 

「なんだ……! 階段の下で倒れてるもんだから、てっきり落ちたのかと。ま、まあ大丈夫ならいいんだ。あ、救急車いらないみたいです。お騒がせしました……君、記憶にないだけかもしれないから、何か異常を感じたら病院にいくんだぞ!」

 

 いい人だった。そういえば、気を失う前の記憶が曖昧だった。

 

(僕はただ普通に帰ってて……じゃあやっぱり、転んだのか?)

 

 順当に考えて、その可能性が高かった。

 

 帰路に戻って少しした頃、ふと彼は思い出す。昨日の宙に浮いていた一件。今はもうできないぬか喜びの個性を。

 

 現実として去来する。

 

 倒れたことで有耶無耶になっていた精神状態が、昼間のものに戻っていく。

 

 情けなくてやるせなくて、無力を痛感しながら、家路を歩み始めた矢先──

 

 ──彼の身体が、自転車のごとくその場を駆け抜けた。

 

「……ん?」

 

 彼自身、何かがおかしいと首を傾げる。

 

 その挙動を見ていた道行く人が囁く。

 

「なんだあの子、一瞬で5メートル歩いたぞ!?」「競歩の個性か!? あんな速度で歩けばそりゃ転ぶに決まってら」「カサカサカサカサカサーってゴキブリみたいな!」

 

「……」

 

 言われてまた、歩き出す。一瞬で、景色が変わる。

 

 それは、個性のそれだった。

 

 昨日の興奮が、蘇る。

 

 それから、個性を発動しないように意識しながら家に帰った。

 

 その歩行速度は自動車と変わらず、人にぶつかれば跳ね殺すことになるだろう。

 駐車場で試してみるに、その個性は『競歩』。歩いているとき限定で、ものすごい速度で進める。

 

 走るより歩いた方が速いという冗談のような個性だ。

 

 たったそれだけだが、その足の動きはもはや人の身体の駆動ではなく、エンジンや馬力で表すものに近い。

 

 ただ『競歩』と侮らず、その馬力、足の駆動を別の用途に使えれば応用ができるだろう。

 

 無個性の彼はどんな個性にも希望を見いだせた。

 

 

 そして翌日──彼の歩行速度は元に戻った。

 

   *

 

「ふむぅ……日替わりの個性か……そんなの聞いたことないのお」

 

 医者は言った。

 

「しかし、元々個性がどうして発現するのかも解明されておらんからの、緑谷出久くん、君はこれまでない特殊な個性かもしれないぞ」

 

 そうして、暫定的に下された個性は『日替わり個性』。

 

 日替わり定食ならぬ、日替わり個性。

 

 日替わりと言いつつ、その日はまだ何も超常的なことはできずにいた。そもそもどんな個性が発現しているのかもわからない中、今日の個性を断定するのは難しかった。無意識の今、もうすでに発動しているのかもしれない。

 

 こんな、微妙なものだが、ともかく個性を確信できた緑谷出久の顔は晴れやかだった。

 

 

 そして時が過ぎ──

 

 

 ──彼は、緑谷出久は国立雄英高等学校の実技試験会場にいた!

 

 異常なまでの行動力!

 

 彼曰く、気づいたら身体が動いていた!

 

 

 緑谷出久。今日の個性は不明。個性の発動条件は不明。個性の発現条件の不明。

 

 よくもまあ、こんな個性で雄英を受けようと思ったものだ。

 

 あれからやったことと言えば、筋トレのみ。個性があるという事実が彼の希望、動力源となり、付け焼き刃以下であるが多少の底上げを実現した。

 

「でけデク!!」

 

 背後から怒鳴るのは幼馴染みの爆豪勝己。

 

「かっちゃん!!」

「俺の前に……ちっ、消えやがれ」

「へ?」

 

 そう吐き捨てて爆豪勝己は彼の横をすり抜けた。

 罵詈雑言浴びせられると思っていた彼は情けなく構えていたのだが、拍子抜けである。

 

 こんなことが度々あった。実のところ爆豪勝己はいつかの抜け殻状態を危惧し、彼を避けるようになっていたのである。

 

(ビビっちゃうのコレもう癖だ……)

 

 緑谷出久には、そのことを知る由もない。

 

 震える足のまま踏み出すと、見事に足をもつれさせる。

 

 ──これだよ!

 

 自虐的に心の中で呟く。そのまま勢いよく頭から地面へ──

 

 ──ぶつから、なかった。

 

 身体が浮いていた。

 

(やった、今日は個性が発動してくれた! もしかして僕の個性は転ぶことで発現するのか!?)

 

 なんて、思うものの。

 

「大丈夫? 私の『個性』。ごめんね勝手に。でも転んじゃったら演技悪いもんね」

 

 朗らかに笑う少女がいた。どうやら彼女が個性で身体を浮かせたようだった。

 

「緊張するよねぇ」

 

「……」

 

 口が動かなかった。同年代の異性を前にした緊張、というのもあるのだが、自分の個性じゃないとわかった途端に気分が沈んでいく。

 

 念のためジャンプしたり、手を振って羽ばたこうとしたものの、彼は飛行の一切ができなかった。

 

 

 ──そしてそのまま、試験は始まった。

 

(どうしよう!? このままじゃ……)

 

 試験は仮想的の機械を破壊した数をポイント制で競い合うというもの。

 

 しかし、現状では無個性そのものである彼に仮想的を倒す手段はない。

 

(いや諦めちゃだめだ。何か方法はあるはず。仮想敵の材質は鉄だ、殴る、無理。蹴る、無理。爆発させる、無理。溶かす、無理。落とし穴に落とす、そんな時間ない。火を吹く、父さん……。ビーム、出ない。オールマイトになる、できたら苦労してない)

 

 不味い。どんどん敵が減っていく。

 

 他の受験者が次々に仮想敵を破壊していく。周囲を見渡せど、彼のように慌てふためくものなど一人もいなかった。

 

 どころか、仮想敵が見当たらなかった。

 

「どうやら、この一帯の仮想敵は終わったみたいだな……!」

 

 眼鏡を掛けたガタイのいい少年が呟いた。

 

「どうしたんだ君、傍目に何もしていないようだが……危ないから避難した方がいいぞ。妨害目的なら帰りたまえ」

 

 避難を進められた。

 そして彼はものすごい速度で走り去っていった。

 

 一度、緑谷出久も似たような移動をしただけ悔しいものがあった。

 

(くっそ……僕だって、やりたくて立ち尽くしてるわけじゃ……!)

 

 何かしなければ、そんな思いに突き動かされ、緑谷出久は手近な建物に登った。

 

 先ほど、この一帯は終わったと言っていた。なら、次に狙う場所を決めてから動くのは合理さに欠ける選択じゃないはずだ。

 

 しかし彼、素の身体能力は、ちょっと運動始めたクソナード。全く持って猛る要素はない。

 よって、ビルに登るのにも一苦労である。

 

 結果として不合理。多少の思考あれど身体がなければ空論である。

 

 ──時間をかけて階段を登った彼が見たのは、そのビルよりも大きな仮想敵の姿だった。

 

 ポイント加点0、おおよそ破壊不可能のお邪魔ギミック。アトランティスの謎におけるこうもりである。

 迫り来る圧倒的脅威。見下ろせば他の受験者は逃げていく。

 

 そしてビルの屋上にいる暫定無個性の緑谷出久に逃げ道はない!

 

(マズイマズイマズイまだ0ポイントどころか逃げ場すらない!!)

 

 慌てふためく中──ふと視界に入ったのは、仮想敵の前に横たわる人影。

 人相がわかる距離ではなかったが、その髪の色は見覚えがあった。

 

 今朝、転びそうになった彼を案じた少女だった。

 

 

 その瞬間──

 

 ──身体が勝手に動いていた。

 

 ビルの縁に足を掛け、飛び降りた。

 

 

   *

 

 試験会場を映すモニター、そこへ視線を向けるのは、この受験の審査員。

 

 一同が注目していたのは一人の少年。

 

「おお! 飛んだぞ! すごいガッツだ! これは救助ポイントが──へ?」

 

 沸き上がり、そして一同が唖然とする。

 

 少女を見るなりそこへ飛び降りた少年は──そのまま地面に叩きつけられた。

 

「……!!?」

「何、あれ」

「お、おい、ちょっと待て、死人……不味くねえか?」

「いや試験会場で自殺するやつがどこにいる。きっと彼の個性ゆえの行動だ。取り乱すんじゃない」

「あ、あれ、血じゃねえか? 血だまり出来て──やべえ現地と連絡を……」

 

 青ざめていく試験管。

 

「──待て!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 モニターでは仮想敵が進行を続けている。少年は砂埃に隠れ、転んだ少女もろとも仮想敵が踏み進もうとする。

 

「何だよ、仮想敵に安全装置はついている! はずだから少女に心配はない! だが少年は──」

「そうじゃない。様子が──」

 

 次の瞬間、試験会場に、赤い()が現れた。

 

 言うなれば、赤いレーザー。それは巨大な仮想敵を貫き、僅か一発で機能停止に追いやった。

 

 それは液体。もっと言えば、血液。

 発射下は少年、もっと言えば、先ほど地に伏した少年、緑谷出久。の、口。

 

 流れ星のごとく突き抜けたそれは、緑谷出久の口から放たれた血のレーザー。

 

 このとき、彼に発現したのは『自分の体液を操る』個性。

 

 

 

 その個性を発現させたのは、彼本来の個性。

 無個性だった彼の執念が生み出した、決して受け継がれない、今後表舞台に語り継がれることのない唯一無二の、最低最悪にして最狂の個性。

 

『ワン・チャン・ダイブ』

 

 個性を発現させる個性。

 一日に一度、身を投げることで疑似的に生まれ変わり、その日限定で個性を得る個性である。

 

 

 

『考えるより先に、体が動いていた』

 

 そんなワンチャンダイブによって、緑谷出久は個性を得る。

 

 

 ──これは無個性だった彼の無念と未練、後悔と執念が、最高のヒーローへと成り上がらせる物語である。

 

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