そら飛べワンチャンダイブマン ~1日1回個性ガチャ~   作:AFO

10 / 12
U.A.FILE.09 Class No.09
DENKI KAMINARI

個性
『帯電』
 お前、静電気スッゲェな……。そんな個性だ!
 体に電気を貯めて放出できる。そしてアホになる個性だ!
 静電気は普通に生きていても体感するものなので、どちらかと言えばアホになる方がメインの個性だぞ!
 つまり、雄英の校長である、根津の個性『ハイスペック』と対になる個性である。『ハイスペック』が常時発動の異形系であるのに対してこちらは任意発動の変身系というわけだ!
 頑張れよ静電気少年! ウェーイ!

デンキズクチ
 チャラい。ウェーイが口癖。
デンキズメッシュ
 髪についてる黒いゴミみたいなやつ。忘れそうになるらしい。堀越先生が描き忘れるという意味なのか、実は着脱式で朝付け忘れるのかは不明。
 着脱式じゃない場合、髪が伸びても消えないのでこのゴミは移動してるってことになる。常闇くんと一緒で飼ってるのかもしれない。そのうち召喚獣として使役するよ。
デンキズカオ
 アホになると骨格まで変わる。やっぱり変身系じゃないか!
デンキズテ
 アホになると親指を立てる。普段はたぶん小指を立ててる。ナンパっぽいけど、中指と薬指を立てるのはまだまだ先のことになっちゃう。高校卒業してからにしなさい。
デンキズカラダ
 反射神経は優れている。が、アホになったら使えない。フォルゴレほどバカじゃないっていう設定のキャラがいるけど、こいつはフォルゴレよりアホになる。ウェーイ。


No.10 親哀れ

 

「さあ(あが)めろ女子ども! 騎馬戦1位のこの俺──峰田実サマをなぁ!!」

 

 峰田実がふんぞり返って凄んだ。

 女子陣は顔をひきつらせ、

 

「いや全部緑谷の作戦なんでしょ?」

「緑谷のおかげだし……何言ってんだか」

「むしろすごいのは緑谷くんだよね」

「崇める必要……あるかな?」

 

「「ないでしょ!!」」

 

 辛辣だった。

 

「いやいや。あの作戦は峰田くんあってのものだよ。峰田くんがいたからこそできた作戦なんだ! 僕は崇めるよ!」

 

 ありがたやありがたや。緑谷出久は合掌し感謝を示す。峰田実の頭の球体が、彼には大仏の頭のように見えた。

 

「緑谷ァ……! おめえは……おめえってやつは……。おめえだけは俺を……。……。

 ……男子に崇められても嬉しくない」

「そっか……」

 

 二人して肩を落とした。

 

 

 第二種目の騎馬戦を終え、昼休憩。競技中の緊迫した空気とはうって変わり、彼らには学生相応の平穏な空気が戻っていた。

 緑谷出久と峰田実も新しい体操服に着替え、18禁とはほど遠い学生相応の身なりだ。

 

「よかったよ緑谷ー! 私の『個性』も活躍できたし! 誘ってくれてありがとね!」

「こっちこそ。かっちゃん誘いに行ってたのを無理に言ったのに……。芦戸さんの『酸』で競技場を陣取れたのは大きかったよ」

 

 妙に高いテンションで言うのは芦戸三奈。じゃね! と上機嫌のまま休憩へ向かっていく。

『酸』は強力な個性だ。この昼休憩の後に待つ最終種目にて敵対することがあれば、厄介な相手になるはずだ。

 

 

 

 最終種目に備え。緑谷出久はクラスメイトたちと共に食堂に来ていた。飯田天哉は燃料であるオレンジジュースを蓄え、緑谷出久はケンタッキーフライドチキンを屠った。

 

「最終種目、頑張って結果を残さんとね!」

 

 隣で意気込みを見せるのは麗日お茶子。

 意気込むのはいいのだが──表情に野心が滲み出て、アレな顔になっていく。普段の麗日お茶子とかけ離れた、全然うららかじゃないアレな顔だ。

 

 麗日お茶子が異様に張り切る理由を問えば、返ってきたのはヒーローを目指す動機だった。

 ヒーロー業で稼ぐことで、親孝行するのだと。

 

「そっか……」

「出久くんは?」

 

「僕は最高のヒーローになるのが昔からの夢なんだ。オールマイトみたいなヒーローに。小さい頃に見たオールマイトの動画がきっかけで……」

 

 言い掛けて、緑谷出久はどこか寂しそうに目を落とした。

 

(僕はオールマイトに憧れてヒーローになろうとした。でも僕はもう──オールマイトみたいにはなれない……)

 

 不意に去来したのは、彼の『個性』のこと。

 一日ごとに個性が変わる『日替わり』。その実態は、死と引き替えに『個性』を得るというもの。死神に魂を売るかのごときそれは──

 ──『正義(オールマイト)』のイメージとは真逆、(ヴィラン)のようなイメージの『個性』。

 

 憧れたオールマイトのような、全てを笑いで吹き飛ばすような快活な『個性』ではない。苦しみの末に力を得る、非人道的な『個性』だ。

 これが自分の『個性』だと受け入れ、その力でヒーローを目指すのだと決めた今でも。やはり心残りを感じてしまう。

 

 それでも緑谷出久は、念願の『個性』だろうと言い聞かせるようにして首を振る。

 元々、可能性がないとまで宣告されていたのだ。これ以上を願っては罰当たりだろう。

 

「すごいな出久くんは……不純な私と違って、立派な動機だ!」

 

 麗日お茶子が目を細めて言う。

 

 

「──オールマイトみたいに、たくさんの人を助けるヒーローを目指すなんて!」

 

 

 何気ないような、その呟きに。緑谷出久は、引っかかりを覚える。

 

(なんだろう、これ──)

 

 些細なニュアンスだが、緑谷出久の語った動機と、麗日お茶子の受け取った内容に差違を感じた。取り立てるほどでもない、微々たるものだ。言葉の綾であろう。

 

(……あ)

 

 けれども、緑谷出久は、気づいてしまう。

 

 ──僕は最高のヒーローになるのが昔からの夢なんだ。オールマイトみたいなヒーローに。

 ──立派な動機だ! オールマイトみたいに、たくさんの人を助けるヒーローを目指すなんて!

 

 些細な違いだが、気づいてしまう。

 

(僕は『ヒーロー』になりたかったんじゃなくて、『オールマイト』になりたかった──?)

 

 

 汗が頬を、伝う。

 

(いやそんなはずない! 僕は『最高のヒーロー』を目指してて、『最高のヒーロー』っていうのはつまり『オールマイト』のことで、でも僕は『オールマイト』にはなれなくて、でも『最高のヒーロー』を目指してて……)

 

 堂々巡り。思考せども、緑谷出久の中で『最高のヒーロー』と『オールマイト』はイコールで結ばれていた。

 

 強すぎる憧れは感覚を麻痺させる。いや、感覚を錯覚させる。

 

 緑谷出久にとって、オールマイトという存在は憧れであり、そしてヒーローを象徴するものだ。

『無個性』だからと、ヒーローになる夢を否定された緑谷出久。彼は手が届かないものだと理解した上で、それでもなお夢を諦めきれずにいた。

 それは無自覚の内に、彼の『ヒーロー』への憧れを肥大化させた。

 

 隣の芝は青く見える、そんな言葉があるように。自分にないものほど、人は求めてしまう。 

 

『オールマイト』に憧れて。

『オールマイト』みたいな『ヒーロー』になりたくて。

 

『オールマイトのように』とだけ、願い続けた。

 

 結果2つは置き換わり。

ヒーロー(オールマイト)になりたい』

 それがいつしか、緑谷出久にとっての夢となっていた。

 

 だから──ヒーローになる条件(個性)を得た上で、彼にとってのヒーロー(オールマイト)になれないことを受け入れてしまった今、矛盾が生まれる。

 

 

「──『ヒーロー』って、なんだっけ……?」

 

 

 その言葉の本質が、わからなくなっていた。

 

 緑谷出久は──思考を振り払うように、ケンタッキーフライドチキンにかぶりついた。

 

「……ッ!!!」

 

 その瞬間、緑谷出久は悲鳴に近い呻き声を上げる。

 

「出久くん!? どうした!?」

 

 麗日お茶子が案ずるようにのぞき込む。

 

「……痛い」

「え? え!? 痛いって……まさか騎馬戦で怪我!!? 医務室!! リカバリーガールのところに……」

 

「い、いや違う麗日さん……。歯が……」

 

 嫌な思考を押しつけるように噛みついたケンタッキーフライドチキンが、骨による100%スマッシュで迎え撃ったのだった。

 

「気をつけんと!」

「う、うん……」

 

 緑谷出久は顎をさする。医務室に行くようなダメージではなかった。というか、競技の負傷ならまだしも、こんな理由で医務室に行くなど滑稽の極みである。

 

 ──気づけば、先までの()()()()は吹き飛んでいた。

 それは、『細かいことでウジウジするな』というケンタッキーフライドチキンからの叱咤のようで。

 

 思わず苦笑いを浮かべ、前向きになることができた。

 

 

 昼休憩が終わるとレクリエーションが始まり、同時に最終種目について説明も行われた。

 騎馬戦を勝ち抜いた4チーム──総勢16人による、トーナメント形式で行う一対一のガチバトル。

 

 組み合わせが発表された後。尾白猿夫に一回戦の相手、心操人使の『個性』に気をつけろとの旨を伝えられて。

 それから、緑谷出久は轟焦凍に呼び出されていた。

 

「あの……話って……何? えと……」

 

 轟焦凍はまっすぐに、緑谷出久を睨みつける。

 

「トーナメント。見たよな? 二回戦、おまえが勝ち進めば俺と当たる」

 

「──へ?」

 

「正直、おまえなんか眼中になかった。『日替わり』は不確定要素の多い『個性』で、動きが予測できない。でも、それは『個性』が手に着いてないってことだ。そんな急拵えの力なんか俺の氷でどうにでもなる」

「それは──」

 

 轟焦凍が指摘したのは、『日替わり』の表向きの弱点だった。轟焦凍の言うとおり、一日限定の『個性』では成長が望めない。どころか使うことさえ困難になってしまうものだ。

 

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う。だが──おまえはこの体育祭で、第一第二ともに一位を穫ってきた。俺の予想の上を越えて。だから……おまえには勝つ。それを伝えに来た」

 

 緑谷出久は思わず、拳を固めた。強く。そして、震えていた。

『半冷半焼』。1-Aでもずば抜けた能力を持つ轟焦凍が、こちらを()()()()。眼中になかったという轟焦凍が、こうして布告に来ていることに。

 

 自分を視野に入れているということに、嬉しくも、恐怖を感じる。

 

「僕も負けな……」

「これは俺の私怨でもあるんだけどな」

 

 僕も負けないと応えようとした緑谷出久を、轟焦凍は遮った。

 

 そして唐突にも語られたのは、轟焦凍の『個性』についての成り立ちだった。

 個性婚。遺伝の要素が強い『個性』を、人為的に組み合わせ生成しようという倫理から外れた行為。轟焦凍は、個性婚によって生まれたのだと語る。

 

「緑谷……おまえの()()は親譲りのものなのか?」

「……。いや、僕のは『突然変異(ミューテーション)』だけど……」

 

「そうか。ならおまえには関係ない話だったかもな」

 

「……」

「今日のおまえの『個性』は『発火』……だったか? つまり、俺の親父と同じ『炎』の個性だ。

 

 ──ここまで一位で来た(おまえ)に。俺の『氷』で勝ち一番になることで、奴を完全否定する」

 

 その宣戦布告には、緑谷出久の価値観を、遙かに越えた思いが込められていた。

 

「だから、私怨だ。時間とらせたな。──当たったときは、その『炎』で全力で来い」

 

 そう言い残し、去っていく背中を、緑谷出久はただ見送ることしかできなかった。

 

 自分が何になりたいのかを見失い始めた彼に、轟焦凍へ掛けられる言葉を見つけることはできなかった。

 

(僕の『個性』は──)

 

 

 

 

 幕を開けた最終種目、ガチバトル。一回戦の競技場にて、緑谷出久と心操人使は向かい合う。

 

「知ってるかい緑谷出久。おまえ、一年じゃ有名人なんだ。一年でだけじゃない、学校中におまえの名前が浸透してる。一日毎に違う『個性』。個性(自分)を持たない男」

 

 心操人使は試合が開始される前に関わらず、独りでに語り出す。

 

「体育祭の話があった日から、俺たちヒーロー科以外のやつはなんどもヒーロー科に宣戦布告に行こうとしてるんだが、おまえを見て引き下がってる。

 

 ある日は足だけ妙に長い奇人。

 ある日はわかめの悪臭を放つ。廊下まで磯臭い。

 ある日は犯人みたいな黒づくめ。申し訳なくなる。

 ある日はガチャ(ピー)ンが教室にいるし。

 ある日は喧嘩の後みたいなズタボロの格好で。

 ある日は眼球が飛び出たゾンビ。

 

 宣戦布告に行った奴が口々に語るんだ、1-Aには化け物がいる。全部──おまえだよな?」

 

 緑谷出久は言葉を失う。それらは全て、間違いなく緑谷出久の『個性』だった。

 

「その化け物は、普段は見るからにオタク気質のもやしだ。コミュ障なのかオドオドしてて、でもそのくせ『個性』の話になると急に快活になる。典型的なクソナードだ。本人も『「頑張れ!!」って感じのクソナード』を名乗っていたらしい」

 

『レディィィィィイ──START!!』

 

「USJの件もあって、一年はヒーロー科の1-Aを打倒とするやつにあふれてる。だがそんなのお構いなしに、化け物は他クラスに『個性』の話を持ちかけてくる。そして解析をして、伸び代まで提案してくる。これから競う相手にしてはやりすぎだよな? どこまで眼中にないってんだか。第二回戦でもB組の凡戸を勧誘してたよな? どこまで空気が読めないんだ。それも断られた直後に芦戸のところにいく節操なしときた」

 

 心操人使は、明らかに煽っていた。

 

「化け物クソナード。なぁ、どう思……っ!!?」

 

 その挑発に。

 

 緑谷出久は、突き飛ばすことで応えた。

 

「!!? お、おい、おまえっ、まだ話して──」

 

 転倒を堪えたところへ、追撃。そのまま端まで追いやり。

 最終種目、第一回戦は。ありえないほど単調に、片方が押し出して幕を閉じた。

 

「ふ……ふざけんなよ!! おまえ!! なんか言えよ!」

 

 

「うるさい! あああああああ!!」

 

 

 緑谷出久は、叫びを上げた。

 

「答えると『洗脳』されるとわかってて、答えるわけないだろ!!!」

 

 そして、緑谷出久の身体が固まる。

 

 個性『洗脳』、発動──。

 

「……っ、な、なんなんだよおまえは!!」

 

 ──『洗脳』が、解除される。

 

「はは、どうだよ、こんな『個性』だ。こんな敵みたいな『個性』が俺だよ……! 俺は『洗脳(これ)』しかない。いいよなあ、おまえは何にでもなれて──」

 

 自暴自棄のように吐き出された言葉が、相手の意図しないところで緑谷出久に突き刺さる。

 

 ──敵みたいな『個性』が俺だよ……!

 

 それは、緑谷出久も、また。

 

「……『洗脳』の発動条件が、問いかけに対して相手が答えることなら、弱みを突くのは間違った手段じゃない。人は譲れないものを指摘されたとき、嫌でも反応する。でも、あまりに露骨すぎちゃ返って相手を警戒させてしまう……。僕だったらむしろ、シンプルに。正々堂々やろうなって言われただけで返していたかもしれないのに……」

 

「……」

 

 緑谷出久が言うと、心操人使は押し黙った。

 

 背を向け、競技場から離れる。

 しかし去り際に、口を開く。

 

「いっそのこと、試合の前に『洗脳』してしまえばよかったんだ。そうすれば、君は簡単に勝つことができた。でもそれをしなかったのは、それが君の中の『正義』に障ったからだろ? 君の譲れないものだったから……」

 

 緑谷出久は口を閉じる。それ以上は、紡げなかった。

 去り際に、心操人使が言う。

 

「……クッソ。次は、負けない、いつか追い抜いて──覚えとけよ……!」

 

 振り向き、頷いて。今度こそ競技場を降りる。

 

(何、言ってんだ)

 

 心操人使へ送った言葉を省みて、自虐に歯噛む。

 

 

 譲れないもの。正義。

 

 ──『ヒーロー』とは。

 

(それがわからないのが──僕なのに)

 

 

   *

 

 一回戦が軒並み終わり、二回戦。

 

 轟焦凍は緑谷出久を見て、顔を引き締めた。

 彼を突き動かすのは、父親への反抗心。

 

 その二つを叶えるのが、ここまでを『一位』で来た『炎』。

 父親と同じ『炎』を、母親の『氷』で下してこそ、父親への否定を完遂することができるだろう。

 

 だから。

 

「さぁ緑谷。使えよ」

 

 試合開始の直後、轟焦凍は棒立ちのまま、告げた。

 

「……?」

「言っただろ? 俺はおまえの『炎』を倒すのが目的だ。今『氷』でおまえに勝つのは簡単だ。でもそれじゃ意味がない」

 

 侮っているわけではない。ここまで一位で駒を進めてきた緑谷出久の、知識と作戦自体は評価している。

 だが、それ以上に轟焦凍にとって重要なのが『炎』だった。

 

『個性』を使えと誘う轟焦凍。しかし緑谷出久は──『個性』を使うことなく、ただ接近してきた。

 

 放たれた掌底を、轟焦凍は躱す。

 

「何のつもりだ……?」

 

 緑谷出久はその問いに答えることなく、肉体での攻撃を繰り出した。

 特別なものはない。ただの拳。ただの掌底。一撃一撃が、ただ繰り出されるだけの単調な攻撃。躱せないものではない。

 

 特筆するならば、腕を振るう度に大げさに距離をとる戦法だろうか。やけにこちらとの距離を意識し、離れては近づき、また離れては別の角度まで回って攻める。

 それはやけに低姿勢であり、爆豪勝己と麗日お茶子の対戦を彷彿させるが、別に空に何か仕掛けているようでもない。

 

(氷を警戒してるのか……?)

 

 一度凍らされれば終わり。そう考えてのヒットアンドアウェイととるのが打倒だろう。

 

 底姿勢なのは、地面を氷が伝うのに反応するためだ。

 

 だがしかし、用いられるのはただの徒手空拳。『個性』の欠片もないもので、轟焦凍がわざわざ待っているものではない。

 

 轟焦凍は無言のまま、緑谷出久の攻撃を躱す。緑谷出久はただ一人で、暴れているだけだ。

 空に何か仕掛けているのかと気にし、見上げる暇さえある。緑谷出久の攻撃はひとつ覚えというか、覚えたてというか、呆れるように単調だ。

 

 それでも少しは付き合ったが、勝手に汗だくになっている緑谷出久を見て、限界を迎える。

 

「おい……ふざけてるのか? 早く『個性』を使え。何のために待ってると……」

 

「ふざけてるのは、そっちじゃないか……!」

 

 緑谷出久から返ってきたのは、思ってもないものだった。

 

「宣戦布告とか言っておきながら、結局僕なんか眼中にない。『炎』しか見てないじゃないか。なら君も『個性』を使うべきだ。そんなにいい『個性』を持っておきながら、使わないなんて、それこそふざけてる。君も『個性』を──『(ひだり)』を使えよ」

 

 炎を要求する轟焦凍へ、炎を要求する緑谷出久。

 

「クソ親父に金でも握らされたか……?」

 

 そう訝しむ。それなら納得していいだろう。こんな遅延をする意味を。

 轟焦凍は戦闘において、左の炎を使わないと決めている。それは彼の理念であり信条。譲れないもの。

 だが──

 

「使えよ。そんなに(君のお父さん)を否定したいなら──その炎ごと、僕の『個性』で打ち負かして上げるから……っ!!」

 

 ──その一言で、崩れる。

 

「……言ったな? このクソ親父(ひだり)を……おまえは否定できるんだな!!?」

 

 緑谷出久は、頷いた。

 

「なら……やってくれよ……!!」

 

 自虐的に言った轟焦凍の半身から、堰を切ったように炎が溢れ出す。

 

 その瞬間、観客席から沸き立つ声。

 

「──焦凍ォオオオ!!!」

 

 世界一不快で、世界一嫌悪する、父親の声だった。

 

(ひだり)』を受け入れたと勘違いし、狂乱する父親があった。勢いだけで、取り返しの付かないことをしたのではと、轟焦凍は思う。

 

 悠長にも、思ってしまった。

 

 瞬間。

 

 爆発的に、火の手が上がった。

 

 それは轟焦凍の周囲を取り囲むように。まるで、火の檻とでもいうかのように、燃え上がる。

 

「……緑谷!!」

 

 轟焦凍の頬を、汗が滴った。

 

 視界を埋める、火。炎。

 

 それを発するのに、緑谷出久は動くことはなかった。

 

(ノーモーションで、この範囲攻撃……!?)

 

 それも、轟焦凍を飲み込むことなく、その周りだけを。轟焦凍は戦慄する。

 

『発火』などという名前では生易しい。触れてもいない場所に炎を出す。それはもはや──父親の個性『ヘルフレイム』の、上位互換ではないか。 

 炎系最強とも謡われる『ヘルフレイム』でさえ、身体から炎を出すというものだ。予備動作もなしに、離れた場所に出せるものではない。

 

 轟焦凍は、口元を綻ばせた。

 

「なんだよクソ親父。お前の『個性』なんか、大したことないじゃねーか……!」

 

 炎で炎は消せない。これだけで『熱』は否定されたようなものだ。

 

 まさか上位互換をもって、父親を否定してくるなど、誰が思おう。

 

「じゃあもう、『(ひだり)』はいらないよな……?」

 

 轟焦凍は熱を止めると、氷を出す。炎の熱の中で、咄嗟に作り出せる範囲で巨大な氷を生み出す。

 

 氷は、溶けてしまえば水だ。炎は消せる。

 緑谷出久のいた方向へ、氷を使う。安直にも実行して──直後、()()()()()

 

「!!!!???」

 

 正面の空気が爆ぜる。

 氷で身を守るも、身体は後方へ吹き飛ぶ。

 

 なんとか場外へ投げ出されることは免れたものの、膝を突く。ノーダメージではない。しかしそれは炎の檻からも抜け出すということであり、不利ではない。

 ここからどう立て直せるかで、挽回できる。

 炎の無力は証明できた。あとは存分、(みぎ)で制圧すればいい。

 

 炎が消えた際の蒸気が、競技場に蔓延する中。

 

『個性』を使う挙動に入る。そこへ──

 

 

 ──緑谷出久の掌底が襲った。

 

「はっ……くっ……」

 

 横から、隙だらけの顔面へ、重い掌底がが打ち込まれた。緑谷出久は正面にいたはず。そんな固定概念にとらわれていた。

 それも、思っていたよりも遙かに重い。先の暴れていたときの身のこなしとは、まるで重みが違った。

 

 誤算だった。幼稚に暴れていたのは、偽装。

 

 どこまでが計算かは知らないが、少なくとも。これが、緑谷出久の作戦の結果だと思い知るしかない。

 

 ──無防備だった轟焦凍の身体は、場外へと落ちる。

 

「どうだよクソ親父。お前の『熱』を使ったからこそ、俺は負けたぞ……?」

 

 轟焦凍は、笑う。自虐的に。そして、どこか満足そうに。

 

「この『(ひだり)』は、いらな……」

 

「──フザけるなよ、バカヤロー!!!」

 

 怒鳴りつけたのは、緑谷出久だった。

 

「何が『いらない』だ!! 君の『個性』じゃないか!! 世の中には、『個性』がなくて苦しんでる人がいる!! ヒーローになる夢を諦めなきゃいけない人がいるんだ!!

 僕がそうだった! この『個性』にかっちゃんが気づかせてくれるまで、僕は『無個性』のまま夢をバカみたいに見てるだけで、努力もなんにも出来ずにいた!! 『個性』がある悩みなんて、『無個性』の悩みと比べたら贅沢なもんだぞバカヤロー!!!」

 

 緑谷出久が轟焦凍の襟首を掴み──すぐに離した。

 

「僕だってこの『個性』に悩んだ。でも、それでも夢を諦めようとは思わなかった。君は、違うの? 夢見た『ヒーロー』に、憧れた『ヒーロー』に、なりたいんじゃないの? 僕は、僕のこの『個性』で『ヒーロー』を目指すんだ」

 

 馬鹿みたいに必死に、阿呆みたいに喚いていた。

 一方的に喚き散らかされた。

 

 言っていることは確かに真っ当で。

 

 全てが──馬鹿らしくなった。

 

「それだと俺が、ただのガキみたいじゃねーか……」

 

 呟く。緑谷出久は、日によっては使えない『個性』になってしまう。それは『無個性』も同然で、轟焦凍のような優秀な『個性』には及ばない点だ。

 

 そんな緑谷出久が、この体育祭では自分より上にいる。

『個性』を十全に使おうと模索し、自分と同じヒーローを目指している。

 

 自分は、親を言い訳に『個性』を半分しか使っていない。そして、下だと思った人間に負けている。

 

 情けないのはどちらか、明白だ。

 

 一気に、身体の力が抜ける。それまで意識の外にあった、会場の歓声が現実として去来した。

 

「皆、本気でやってる。君は『(ひだり)』も合わせて『君』で……」

 

「わかったよ。考える」

 

 轟焦凍は笑う。

 左手に、小さく火を灯し。

 

「ありがとよ」

 

 憑き物が落ちたような表情で。目を伏せ、口角を上げた。

 




 THE・補足

○No.9 策柵作の『緑谷!! 1000ポイント抱え込んでまさかの籠城だあああ!!!』

 感想欄や誤字報告から
「これどゆこと? さっぱりわからんかった」という感想を頂きました。
 わかりにくくて本当に申し訳ありません。
 もちろん1000ポイントに減点されたわけではなく、
 騎馬戦っつてんのに籠城してんじゃねーよ、もうてめーの点には1000万の価値はねえ、1000で十分だ! というプレゼント・マイクの気持ちとしての点数です。
 正直俺もこの展開には納得してない。でもさ、何しても焦凍くんに凍らせられたら終わりやんに帰結するんだよ。もう発目さんに4人分のアイアンマンを用意させるしか打開策がなくてなあ……。無理があるのは許しておくれ。です。

 このコーナーがこれで最終回となるよう、
 もっと皆さんにわかりやすく、明朗快活、楽しい小説になるように鍛えます。あああああああ!!
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。