そら飛べワンチャンダイブマン ~1日1回個性ガチャ~ 作:AFO
TSUYU ASUI
個性
『蛙』
蛙っぽいことはだいたいできるぞ!
蛙っぽいから跳躍ができる、とは簡単に言うけれど、人の質量で蛙と同等以上のパフォーマンスを行うというのがどういうことか考えて欲しい。彼女の外見は蛙っぽいところはあれど、おおよそ極一般の女の子。その身体で、蛙を大きくしただけの動きができると思ったら大間違いだぞ!
ゴキブリがゴリラサイズになったら、速度は変わるんだからな!
頑張れなんちゃって蛙少女!
ツユズメ
大きい。顔面の4割ほどの異常な大きさ。でもまあ我々の界隈では普通であります。つか他のキャラもそのくらいあるでしょ。
ツユズテ
大きい。本当に? お前拳藤さんに喧嘩売ってんの?
ツユズシセイ
蛙だけど猫背。じゃあ蛙っぽかったらなんて言うのさ。蛙背か?
ツユズアシ
大きい。てめーさっきから大きいしか書いてねーじゃんか! 大きい個性でいいじゃんかよお!?
ツユズカミガタ
ていうか大きいを強調するなら胸も説明してやれや堀越ィ!!
ツユズアシ
このアシは脚。さっきのは足。ていうか今回なんでこんなに喧嘩腰なの俺。
体育祭から二日後。連休明けの教室には、異様にボロボロの生徒が約二名。
クラスメイトに現実として去来する、動揺。
「緑谷ちゃん、その怪我どうしたの? 爆豪ちゃんも、同じような傷だし……喧嘩かしら?」
「な、なんでもないよ」
緑谷出久と爆豪勝己は顔を所々腫らせ、湿布や絆創膏を貼っている。それはどこからどう見ても体育祭の負った傷ではない。
心配するクラスメイトに対し、緑谷出久が浮かべるのは苦笑い。
「これは……僕たちにとって必要なものだったんだよ。だから心配しないで、蛙吹さん」
「……? まあそれならいいわ。あと、梅雨ちゃんって呼んでちょうだい」
「あすっ……つ、つ……ツユ=チャン」
そんなやり取りを余所に。爆豪勝己が浮かべるのもまた、どこか晴れやかなものであった。
朝一番、担任相澤により始められたのはヒーロー情報学。
『コードネーム』ヒーローネームの考案だった。
学生がプロの世界に触れるにあたり、重要ともなってくる呼び名。名を体を現す、その言葉に則り、自らを売り込むために名乗るものである。
先日の体育祭によって、ヒーロー科にはプロヒーローから指名が寄せられていた。
この指名を元に、生徒たちは一週間後の職場体験に望むこととなる。ヒーローネームはそこでも使用される重要なものだ。
余談であるが、指名は思いの外バラけたものであり、曰く二位の緑谷が作戦主体であり、個性を要所でしか使っていないのが影響しているとのことだった。
遅れて登場した評価役のミッドナイトを加え、15分が経過。生徒たちは各々、思いつく名前を発表した。それはさながら大喜利のようで、元気とユーモアのある流れが生まれていた。
明るい未来のある教室だ。
そして緑谷出久、ぱっと浮かんだ第一希望『オールマイト』。
(いやいやいや……こんなのここで言ったらシャレにならないぞ……)
未だに振り切れていない憧れがここで浮き上がる。
頭を振ると、改めて発表用のフリップボードと向き直り、他の生徒のネーミングを思い返す。
切島鋭児郎は『
麗日お茶子は自分の名前と、個性『ゼログラビティ』を文字った洒落たネーミングだった。
そんな二人を参考にして思いついたのが──
「──『オールダイド』!」
「「馬鹿にしてんのか!!」」
教室中からツッコミが入る。
「これは憧れの『オールマイト』と『常に死んでいる(All died)』っていうのを掛け合わせた名前で……」
「尚更ダメだよ!!」
「もうお前なんか『(命)捨テイン』だよ!!」
コントの如く、野次が飛ぶ。その裏では、
「ああ、一回オールマイトみたいなコスチュームだったもんね」「憧れかぁ……」「つかなんで常に死んでんのさ」とのコメント。
半笑いで自分の席に戻る。
『オールマイト』にはなれない、そのことを正面から捉えている今でこそ、こんな笑い話のネタにできるものだが。
それでもやはり、簡単に捨てきれるものではない。十年以上憧れに生きてきたのが緑谷出久である。
この体を名前で表すというコードネーム考案は、彼にとってこれからどうなるか、なりたいかというのを見つめ直すいい機会でもあった。
『オールマイト』への憧れ以外に、今の自分にあるもの、今の自分で名乗れるものと言えば──
「──『クソナード』」
「「マジかお前!!!」」
またもや、ツッコミが入る。
『「頑張れ」って感じのクソナード』。
それはクラスメイトから言われた言葉で。緑谷出久にとって激励ともなる名前でもあった。
しかし、もはやネタ枠と化してしまった緑谷出久の発表。『クソナード』をそのまま言葉どおりに受け取り、ウケを狙ったものと認識される。
「でもさ……案外いいんじゃねえか?」
そこへふと、切島鋭児郎が呟く。
「だってよ、『クソ』って『すごい』って意味でも使うだろ? クソカッケーとか、クソ強えとか、クソ学校っぽいとか。
それでさ、緑谷ってまんまナード……オタクじゃん? 馬鹿にしてる訳じゃなくてさ、知識があるって意味で。個性オタク。それも、すげぇ。すげーオタク、なんかやべーオタク。要は、あり得ないほど個性に詳しいやつ。……ぴったりじゃね?」
「確かに……オタクってそもそも、一分野に固執して詳しいやつのことだし……」
「どんな敵の個性もすぐに分析して対処しちゃうみたいな……イメージどおりじゃん!」
「真に賢しいナード!」
「クソナード!! なんかやべーナード!! いいね!!」
流れが変わる。緑谷出久自身、予想していなかった流れにやや唖然とした後、力強く頷く。
「うん! 『クソナード』。 これが僕のヒーロー名です!」
「「おおお!! 個性分析ヒーロー『クソナード』の誕生だああ!!!」」
「いや、やめときなさいよ」
ミッドナイトが冷静に言った。人気が大事なヒーローなんだから、もう少し世間体を気にしろとのことだ。緑谷出久は静かに文字を消した。
さらば、個性分析ヒーロー『クソナード』。
(うーん、僕にぴったりで、それでいて前向きな名前……)
ふと、緑谷出久の目に飯田天哉のボードが映る。飯田天哉はここまで発表ゼロ、しかしボードには文字が書かれており──
『インゲ』
(淫毛……!? どうしちゃったんだ……だめだやめとけ飯田くん……)
緑谷出久が浮かべる表情は、真顔。
その名前は、本人が発表するか迷っているであろうもの。盗み見てしまったことに申し訳なさを感じる。
──この時。もっと強く言葉を掛けるべきだった。僕はこの日のことを、やがて後悔することになる。
「よし、決めた……!」
授業も終了間際。緑谷出久に一つの単語が去来する。
今日を、このときを。今ある全てを生み出した、発端のワード。
──そんなヒーローに就きてんなら効率いい方法があるぜ。来世は個性が宿ると信じて──
「『ワンチャンダイブマン』。これが僕のヒーロー名です」
緑谷がまた変なこと言い出した、そんな風に沸く教室に対して──
──ただ一人、爆豪勝己だけは。言葉にしようのない、複雑な表情で彼を見ていた。
*
一方、職員室では。
「おいおい、なんでこんなところから指名が来てるんだよ……!」
1-Aに所属する、とある生徒への指名に動揺が巻き起こっていた。
「なんでこんなところから……」
「あ、相澤はこのことを知ってるのか?」
「ええ……でも、おかしくはないって」
困惑。その指名先に対しての、疑念。
「おかしくないって……コネか?」
「かもしれない。コスチューム絡みで関わりがあると聞いた。でもこれは……あまりにも……」
「だが実際指名が来ているんだ……事実として、受け入れるしかない」
その生徒の名は緑谷出久。雄英体育祭において二位となった生徒で、指名数は他に比べて多い。
指名先に紛れた、一つだけ、異質な名前。
雄英高校ヒーロー科としては異例の、初の指名。
──『ケンタッキーフライドチキン』。
「なんで飲食店から指名が来てるんだ……」
*
火災によって、建物は限界を迎えていた。
消化が間に合わず、ヒーローによる救助だけが最後の頼りとなっていたのだが、取り残された最後の一人は絶望的な状況にあったと言っていいだろう。
四方を炎に囲まれ、壁も、床も、天井も、いつ崩れるかというところ。
「タケシ!!」
取り残されたされた者を呼ぶ、悲痛な声。
誰もが諦めの文字をちらつかせていたその状況で、唯一。一人の少年は、飛び込んだ。
ヒーローは制止の声を掛けた。だが少年──ヒーローですらない学生の彼は、ただ駆けた。
少年の姿が建物に消える。それを飲み込むようにして入り口は崩れ、外と絶たれてしまう。
焦り惑う周囲の面々。
この状況にあったヒーローを呼べと、救助に駆けつけた者が更なる救助を求める。
そうしている内に建物の倒壊は進み──中心の柱がやられたのか、無慈悲にも全域が瓦礫と化した。
直後──瓦礫を突き上げるようにして、内側から
瓦礫が押しのけられた中心には、二つの人影。一人は弱った様で、伏したまま。この火災に取り残されていた者。
そしてもう一人は、それを救助する者。先ほど、無謀にも建物に突入した少年だった。
少年もまた、横たわっていた。取り残されていた者と同じ。右肩を下に、地に体を着けている。ただ、容姿的に違いがあったとすれば──
──少年の肩が数メートルほど鋭利に突き出ていたことだった。
個性『肩パッド』とでも称そうか。少年の肩は世紀末を遙かに越えた突き出し具合を見せていたのだ!
両肩の骨を、突き出すことのできる『個性』。少年は横になり、全力で発動させることで、上方への力に変えたのだった。
保護──完了!
こうして、絶望的な状況は一人の少年によって打破された。
その少年が職場体験途中の学生であったことは後にも語られることとなる。
保護の際に少年が発した第一声、
『あの……もう片方の肩が地面に刺さっていて抜けないんですけど、助けて貰っていいですか……?』
と共に。
少年の名前は、緑谷出久と言った。
*
職場体験の二日目が終わった。
街外れにて、緑谷出久はほっと一息つく。
パトロール中に火災現場に出くわした緑谷出久は、自分の個性『ワンチャンダイブ』だからこそ出来る一手を打った。
一回きりの保険と、そこから発現する個性に賭けるという文字通りのワンチャンダイブだ。
緊迫した状況での無茶である。ずっと肩に力が入ったままだったのだ。一日の体験が終わり、ようやく肩の力を抜くことができる。
肩パッドをせり出すのに込めていた力も含めて。強弱コントロールはできないが、オンオフくらいは点けられるようになったところだ。
(でも、体感で感じられる個性なら、ベタ踏みならできる……)
以前から感じていたが、ここで確信に変わる。
自信が去来したところで、思考を転換。
「えっと……
次。明日。その言葉の意味と言えば、緑谷出久は、次の日には別のヒーロー事務所へ去来することになっているのだった。
体育祭二位の緑谷出久には多くの指名があり、その中から体験先を選ぶ必要があった。
しかし、ただいま絶賛壁にぶち当たり中の緑谷出久には目指すイメージが希薄だ。一つに絞り込むには材料が少ない。そこで彼が選んだ複数の職場を体験することだった。
これもまた、異例の選択。
個性『日替わり』を活かすために色々な個性を見たい。
自分の進む方向を見つけたい。
その二つを理由に申し出た結果、超短期間の体験で受け入れてくれる先で予定を組んでもらえることになったのだ。
一週間の職場体験の間に、緑谷出久は東京都内で五つの職場を去来することとなっている。
──最後に控えているのがケンタッキーフライドチキン(二日間)であるのは余談か。
理想的な条件で異例の形を了承した学校にも、体験先にも感謝しなければならない。
必ず収穫を得るためにも、『ワンチャンダイブ』だからできる無茶もした。行く先々のヒーローには、必ずヒーローの志望動機を尋ねた。
しかし、答えはまだ、明確化しなかった。
オールマイトではない、緑谷出久だからこそなれる『ヒーロー』は、まだ。
──このときまでは。
帰り道。慣れない土地のゆえ迷い込んだ、人気のない路地にて。
「──『
誰かが、問いた。
「!?」
逆光でその姿は見えなかった。辺りが暗いせいもあるだろうが、その声は不気味に感じられた。
「昼間の一件、見させて貰った。自らを顧みず、救助に走った姿。中々……良い」
声から判断できるのは、その主が男であるということ。
男は緑谷出久を讃え、そして最初の問いを繰り返す。
「おまえにとって、『
そこでまず、男が誰かを問い返してもよかっただろう。
だが、緑谷出久にとって興味深いものであった。
ヒーローとは、何か。
たった今、彼がぶち当たっている壁そのものであった。
だから、思わず、答えてしまう。思っていたことを、そのまま。
「わから……ないんです。憧れてるヒーローがいたんですけど、僕の『個性』じゃその人にはなれなくて……」
「ハァ……論外だ」
男は冷たい声で言った。一瞬、おぞましい殺気を伴って──
──しかし次に、男は笑った気がした。殺気は、消え失せていた。
「だが──『無』ならば、まだ、いいだろう。
……ヒーローとは、何かを成し遂げた者にのみ許される『称号』! 自らを省みずに他を救い出す者。己の為に力を振るわない者。
『ヒーロー』とは元来、そうあるべきものだ。英雄気取りの拝金主義者のことを指すものじゃない」
成し遂げた者。そこで緑谷出久が挙げるのは、オールマイト。
彼のデビュー鮮烈なもので、大災害に現れて多くの人々を救ったというものだ。それは逸話であり、語り継がれるもの。間違いなく、成し遂げた者だ。
加えて、それは自らを顧みずに他を救うことにも当てはまる。
「オールマイト、みたいにですか?」
「! ……そうだ。オールマイトこそ、本物の『英雄』だ」
やはり、オールマイト。
結局、『ヒーロー』という言葉に結びつくのはオールマイトだった。
(でも僕は、オールマイトには──)
──なれない。
そう、言おうとして──留まる。そして、去来する。
(いや違う、そうじゃない!)
『ヒーロー』とは何か、その問いは以前、自らにも問いかけた。その答えが『オールマイト』。
しかし、男が示した答えはそう、『成し遂げた者』。
『自らを省みずに他を救い出す者』であり、『己の為に力を振るわない者』である。決してそれは『オールマイト』だけの話ではない。
明朗快活な『個性』こそがオールマイトの印象だろう。派手に敵を打ち倒す様に人は惹かれるのだろう。豪快に人を救う光景に人は憧れるのだろう。
だが、真髄はそこじゃない。
『オールマイト』がどう在ったかじゃなく、何を成し遂げたか。
パズルの最後のピースがはまったような、迷路を抜けたような、知恵の輪が解けたような、そんな感覚。
(単純なことだった……!)
それは、ウソの災害や事故ルームで既に学んでいたこと。13号から教えられていたこと。
人気よりも、世間体よりも。名声より、金より優先すべき、本当のヒーローの目的。
敵を倒すことでもない、それは──
「──人を救うことが、ヒーローの本来の目的……!」
「正解だ」
男は笑っていた。予感でも気がしたでもなく、笑っていた。
「何かを成し遂げるにも、信念……想いが要る。あのとき、あの状況で飛び込んだおまえが、このことを抱き続けるなら──
──おまえは『
「……!!」
それはいつだったか、求めていた言葉と同じもの。
男の言うヒーローの条件、『自らを省みずに他を救い出す』というのは、『ワンチャンダイブ』だからこそできることでもあった。
緑谷出久だからなれる、『ヒーロー』。
「まだ、名前を聞いていなかった。おまえの名は……?」
「みど……」
本名を答えようとして、留まる。今名乗るべきは、そっちじゃない。
「『ワンチャンダイブマン』……です!」
「ワンチャンダイブマン……そうか。ハァ……飛び込む者──
──どんな絶望的な状況だろうとも、
そして男は満足したように、場を去ろうとする。
「待って……! あなたは……あなたは一体──」
男は背を向け、遠ざかる。
この問いには答えない。そんな意志が、どことなく感じられた。
「せめて! 名前だけでも!」
足を止め、男は僅かに考えるようにして。
「俺の名は──赤黒血染」
THE・没案
「まだ、名前を聞いていなかった。おまえの名は……?」
「みど……」
本名を答えようとして、留まる。今名乗るべきは、そっちじゃない。
「『(命)捨テイン』……です! ……あっ違っ」
「!!?」
「待って……! あなたは……あなたは一体──」
男は背を向け、遠ざかる。
この問いには答えない。そんな意志が、どことなく感じられた。
「せめて! 名前だけでも!」
足を止め、男は僅かに考えるようにして。
「俺の名は──ステイン。……あ、違」