そら飛べワンチャンダイブマン ~1日1回個性ガチャ~   作:AFO

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U.A.FILE.06 Class No.06
MASHIRAO OJIRO

個性
『尻尾』
 後ろの尻尾が生えているぞ。太くて大きい立派な尻尾だ。
 人でいうところの手と同じ感覚で動かすことができ、単純ではあるが多くの用途を持つぞ。戦闘に使うのもよし、夜の戦闘に使うのもよし。
 全体がふさふさなタイプではなく、先端のみに毛が生えているタイプだ。太く長く、先端は膨れており、ああシルエットにすると18禁ヒーローですね。それもムキムキらしいから、ああ被ってるんですね。
 毛が生えているのは先端じゃなくて付け根でしょ? とは言ってはいけない。
 お尻のやや上、尾てい骨あたりから直接生えているため、トイレに行ったとき大変だ。洋式はまず座れない。和式でもずっと上にあげていなくてはいけない。座るという行為に制限がある以上、映画も見れないし遊園地も楽しめないぞ。服も全部特注。走るときも、変に重量があるので不便だ。
 気を取り直して。前の尻尾も頑張れよ! 尻尾少年!

マシラオズカミ
 掻きやすいらしい。……短髪なのに掻けるだろうか。マス。
マシラオズメ
 細い。爆豪と足して割るとオチョナンさんになる。
マシラオズケサキ
 尻尾の先端のこと。ふわっとしてる。ぷにぷにはしない。
マシラオズシッポ
 大きくて立派。ムキムキしてる。自在に動かせるテクニシャン。
マシラオズシッポ
 前の尻尾。後ろの尻尾と比べると貧弱。自在には動かせないが多分テクニシャン。
 計2本。彼は前と後ろで2本の尻尾を持っており、二尾の尾獣、もしくはその人柱力ではないかというのがもっぱらの噂だ。今後に期待。え? やっぱりNARUTOのパクリだって? うるさい! あああああああ!!
マシラオズゼンシン
 強い。何回でもイける。


No.7 正義(オールマイト)

 

 オールマイトが駆けつけたときにはすでに、イレイザーヘッドと13号という二人のプロヒーローが戦闘不能の傷を負わされていた。

 生徒は大きな傷こそないものの、恐怖を与えられたことに変わりはない。

 

『平和の象徴』ことオールマイトは、憤りを感じずにはいられなかった。

 それは敵にか、いやそれだけじゃない、生徒の危機に居合わせない自分への苛立ちでもあった。

 

 オールマイトは全力で拳を振るった。手刀で薙いだ。しかし──

 

 ──オールマイトへあてがわれた敵は、それらを受けつけることはなかった。

 

 怪人──改人『脳無』。異形のそれはオールマイトの攻撃を受けようとも、微塵たりともダメージを負う様子はなかった。

 

 激しい拳の応酬が続き、平和の象徴と、それを破壊しようという者の戦いは激化していった。

 

 オールマイトは通勤時に本日の活動限界を迎えていた。しかし、まだ確かに身に宿っている『ワン・フォー・オール』を信じ、全力で力を使い続けた。

 そこへ周囲の生徒が介入する余地はなく、結局、彼は一人で戦い続けた。

 限界まで打ち合った末に、オールマイトは最後の力を振り絞り、限界を越えた力で脳無を吹き飛ばし、無力化することに成功する。

 

 しかし──ならば初めから、限界を越えていればよかったものの。

 限界を感じてこそ限界を越えるという選択肢が出るというものだが、それでも初めから限界を越えておくべきだったと言わざるを得ない。

 

 ──オールマイト自身が、そう思わざるを得ない状況が、このあと訪れる。

 

 力を出し切ったゆえに動かない身体。

 これ以上戦闘を続ければ、全力を出す前にはトゥルーフォームに戻ってしまうだろう。

 敵の首謀者はまだ動ける状態だ。オールマイトは敵に引かせるために虚勢を張るが、意に反し敵はこちらへ踏み出した。

 

 敵の首謀者、死柄木弔。

 

 触れた者を『崩壊』させるという、恐ろしい個性の持ち主だ。そしてその側近である黒霧は『ワープ』という個性の中でも極めて特異かつ強力な個性。

 どこから襲いくるかわからない破壊の手、という脅威がオールマイトを襲おうとしていた。

 

 そこへ、ある者が横やりを入れた。

 

 ある生徒が、割り込んだ。

 

 平和の象徴と、それを破壊しようという敵。その間に──ただの生徒、緑谷出久が割り込んだのだった。

 

 

 オールマイトへ向けられるはずだった死柄木弔の手は、緑谷出久の首に触れ──

 

 ──緑谷出久の頭が、地に転がった。

 

 

 それまで言葉を発することなく、ただ傍観していたのみだった生徒から、悲鳴があがった。

 

 

   *

 

 闇。

 

 真っ暗な世界。

 それは死後の世界か、あるいは全てが消えゆく無なのか。

 

 緑谷出久はただ力なく、漂うだけだった。

 

 漂っているのかさえわからない。

 ただ緑谷出久はそこに()()()とも言えた。

 

 右も左も、上も下もわからない闇の中で、緑谷出久は想う。

 

 まだ死にたくないと。まだ僕はヒーローになっていないと。

 

 暗い闇が応えるように、光を差し出した。

 

 諦めきれないのだろう? まだ終われないのだろう?

 

 そう問いかけるように。

 

 ……、

 

 ……。

 

 

   *

 

「どうだ平和の象徴……目の前で子どもを殺された気分は……?」

 

 死柄木弔は嘲るように言う。

 

 オールマイトは、静かにこちらを睨んだ。怒りを全面に押し出した顔。絶望とは違った反応だが、その怒りの源にあるのは絶望に変わりないはずだ。

 

 まず一矢は報いたと、どこか勝ち誇る死柄木弔のすぐ横で──

 

 ──緑谷出久は起きあがった。

 

「……は?」

 

 死柄木弔の口から間の抜けた声が漏れた。

 

「へ……?」

 

 答えるように、緑谷出久が間抜けな声を出した。

 

 動こうとしていたオールマイトに間が空いた。

 

 緑谷出久、五体満足でそこにあり。解体マジックに失敗したのと同然だった体と首はいつの間にか繋がっており、何事もなかったかのように起きあがった。

 

 緑谷出久の安否に対し、喜びの声も憤りの声も上がるなかった。

 その場にはただ、沈黙があった。

 

 戸惑い。おまえさっき死んだやん、と。誰もが唖然とするしかなかった。

 

 そんな中、静寂を切り裂いたのは銃声だった。

 死柄木弔の腕に銃弾が突き刺さる。

 

 射線の先には、立ち並ぶプロヒーローたちがいた。軽く見積もっても、容易に勝てる相手ではない。

 

 混乱する中、死柄木弔が選んだのは撤退だった。

 

 

 

 

「ってえ……」

 

 黒霧の『ワープ』の個性で逃げおおせた死柄木弔は、横たわったままぼやく。

 

「両腕両脚撃たれた……完敗だ……。脳無もやられた……平和の象徴は健在だった……! 話が違うぞ先生……」

 

 先生。そう呼ばれた男は、音声のみで否定した。

 

 見通しが甘いと。それだけ告げた。

 

「そうだ……あんなの聞いてないぞ……あの子ども、『不死身』の個性かよ……?」

 

 あるいは、『超再生』か。

 

 死柄木弔の脳裏に浮かぶのは、確かに首を崩したはずの少年、緑谷出久だった。

 

   *

 

「1-Aクラス委員長飯田天哉!! ただいま戻りました!!!」

 

 声を張り上げたのは名乗りのとおり飯田天哉。一人この場から脱出し、救援を呼び戻ってきたのだ。

 雄英に所属する教師──ヒーローたちが立ち並ぶ。

 

「……さ、さすが非常口!」

「飯田!! お前こそ俺らの非常口だぜ!!」

 

 謎の気まずさを振り払うように生徒たちが沸き立った。

 

 そして勝ち目がないと見たか、敵は撤退。こうしてウソの災害や事故ルームを襲った敵──敵連合との最初の戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

「16……17……18……。よし、全員無事か……!」

 

 刑事である塚内直正が生徒を数え、頷いた。

 ヒーロー科とはいえ、生徒が敵と対して負傷者ゼロというのは褒めるべきことだろう。

 

 オールマイトはいつものように笑うものの、しかし釈然としなかった。

 

(全員無事と……言えるのか……?)

 

 彼の視界の先では、緑谷出久と学友が会話をしている。

 

「緑谷、お前さっき……」

「あぁ、うん。そのことなんだけど……今日の個性、みたいだね。正直取れたときも自分でもわかってなくて……『頭がとれる』個性、かな? 本当──よくわからない個性だよ……今日は」

「なんだよそれ!! ちょっと取ってみてくれよ」

「不謹慎よ……」

 

 本当に何事もなかったような素振りだ。

 

 だがオールマイトは見ている。目の前で、首を崩壊させられた緑谷出久を。転がり落ちる頭を。

 

 

 

「緑谷少年、少し話をしないか?」

 

 雄英に着くなり、オールマイトは緑谷出久を引き留めた。

 

 

 

 雄英の一室。一対一でオールマイトと緑谷出久は向き合う。

 

「助かった──と私は君に礼を言わねばならない。今日は午前中からいくつか事件解決に回っていてね、実は学校に出勤したのが午後なんだ!!

 その上であの脳無といったか──。私もいくらか消耗していてね、あのまま戦闘が続いていれば厳しいものがあった!」

「そそそそっそんな!! ででもさすがオールマイト!! 事務所の活動を停止してるのに事件に向かうなんて! そうだ! あのせっかくの機会だからササ、サインを……!! 僕あなたのファンで──」

 

 緊張と興奮が入り交じったような緑谷出久の様子に、オールマイトは豪快に笑ってみせる。

 いつも大衆の前で示す笑顔だ。

 

 そしてそれを潜め、やや声のトーンを落として。

 

「君は今日、あの状況でどうして飛び出したんだい?」

 

 あくまで明るいまま。しかし、真面目に問う。

 

「……っ。ごめんなさいオールマイト。あなたの邪魔を──」

「いや違うんだ。責めているんじゃない。……だが確かに無謀ではあった。君の()()()個性が君を──私を救ったわけだが、しかし相手の個性に君の個性が通用しなければ君は本当に死んでいた」

 

『首がとれる』と、緑谷出久は候補に上げていた。しかし首がとれる前に頭を触られていたり、とれた後に身体を触られていたら取り返しがつかなかっただろう。

 

「だからこそ、聞いておきたい。なぜあのとき──緑谷少年。君は飛び出したんだ? あのとき、私と敵の間に入り込もうとする生徒はいなかった。入り込める生徒はいなかったんだ」

「わから、ないです。ただ、必死で。あのとき、あなたの顔が笑ってなかったから……気づいたときには、飛び出してて──」

「──!!」

 

 その答えに、オールマイトは戦慄する。

 

 オールマイトは、この社会における平和の象徴であり、絶対のヒーローだ。世間は彼の敗北を認めないだろうし、予期すらしない。

 今日だってそうだ、オールマイトの到着に場の生徒は安心した素振りをした。

 戦闘に加わろうとしなかったのも、絶対彼ならば勝つという信頼があったというのもあるのだろう。

 

 しかし、目の前の少年は、オールマイトを案じて動いたという。

 

(私が、信用できなかったからか?)

 

 オールマイトは首を振る。緑谷出久は自分のファンを名乗ったばかりではないか。

 

 ならば──

 

(──私が笑ってなかったから? 私の危機を──察したから?)

 

 つまり──助けを求めていると、察したから。

 

 助けを必要としている人を感じとり、すぐさま飛び出したのだ。

 

「……そうか。君もそうなのか……」

「?」

 

「今日は本当に助かった。でもだからと言って、自分から命を投げ出すようなマネはしないで欲しい。──君はきっと、いいヒーローになる」

 

「! ……はいっ!」

 

 そう締めくくって、緑谷出久を帰す。

 

 

 オールマイトは一人部屋に佇み、今日の出来事を思い返す。

 

 緑谷出久。彼は今日、()()()()()()()()。死柄木弔に触れられ、首を崩壊させていた。しかし、緑谷出久は生きている。

 そこに『個性』が関わっているのは間違いないが、それは『首がとれる』ではないだろう。

 

 謎の多い個性だ。その個性への言及もしたかったが、それよりも大事なことを、緑谷出久は語った。

 

(『考えるより先に体が動いていた』……か)

 

 トップヒーローの多くが、学生時の逸話と結びつける言葉だ。

 それと同じ理由で、あろうことかトップヒーローであるオールマイトを助けようとした少年。

 緑谷出久もまた、それを動機とした。

 

 

 不意にドアが開き、誰かが入ってきた。

 

「……オールマイト、久しぶり!」

「! 塚内くん!!」

 

 その人物は塚内直正。今回の襲撃に駆けつけた刑事であり、オールマイトの友人でもある。

 

 塚内直正は、生徒が軽傷者数名、教師二人が命に別状なしと語った。

 

「三人のヒーローが身を挺していなければ、生徒らも無事じゃあいられなかっただろうな」

「そうか……しかし、一つ違うぜ塚内くん。生徒らもまた戦い、身を挺した!!

 敵も馬鹿なことをした!! 1-Aは強いヒーローになるぞ!!」

 

 オールマイトの宣言に、塚内直正は頷いた。そして問う。

 

「──君の後継者は、この中にいそうかい?

 君が教師になると決めたのは、新しく入ってくる一年生も見極めるため、だっただろう?」

 

「……ああ」

 

 オールマイトは──八木俊典は、先ほど相まで話していた少年を思い浮かべる。

 

 個性『日替わり』という謎多き少年だ。おそらくは、今日の『頭が取れる』個性は嘘である。崩れる様を直に見ていたオールマイトにそれを信じることはできなかった。

 真意の知れない少年。それでも、ヒーローに必要なものを持っているのには違いない。

 

 緑谷出久。『ワン・フォー・オール』の後継者候補としてその名を連ねた瞬間だった。

 

 

 

「──あの、すいません、さっきのその……サインを貰えればと」

 

 突如開かれたドア。オールマイトへ、ノートを持って戻ってきた緑谷出久が言った。

 

 どんな神経をしているのか、真意が知れない少年だった。

 

   *

 

 高ぶった気分で帰路についた緑谷出久。

 

 敵の襲撃があったにしては異様に明るい。疲労のせいかやや身体が重いのも、まるで気にならない。

 それもそのはず、今日彼は憧れのヒーロー(オールマイト)と二人きりで話す機会を設けられ、その場で「いいヒーローになる」と太鼓判を押して貰えたのだ。それがたとえ社交辞令のものだったとしても、緑谷出久は喜びへと変換するであろう。

 

 十年以上、ヒーローになれないと思っていた彼が。自分の力でたどり着いたこの場所で、憧れの人物に肯定してもらえたのだから。

 

 それに、直筆のサイン(『出久少年へ』の文字付き)まで手元にあるのだ。

 

 有頂天にうっきうきの彼は道すがらケンタッキーフライドチキンを購入し、そのまま普通に帰宅し、普通に食事を終え、普通に就寝しようとしていた。

 風呂上がりに何気なく体重計に乗り150kgと表示されるまで、普通だった。

 

「……!?」

 

 150kg。およそ緑谷出久三人分の重さだ。

 

 機械の故障を疑うが、思えば身体が重い。

 

(太ったとか、筋肉がついたとか、そういうわけじゃない。機械の故障でもなければ、ケンタッキーフライドチキンの食べ過ぎでもない──)

 

 そこで緑谷出久が思い至るのは、一つしかなかった。

 

「まさか!」

 

 意識すればするほど重く気怠い身体を、半ば引きずりながらマンションから降りる。

 辺りに誰もいないのを確認すると、地面へ足を勢いよく落とす。

 

 するとコンクリートが砕け、緑谷出久の足が僅かにめり込んだ。

 

「体重が、重くなってるんだ……」

 

 その行き着くところはつまり個性。今日の個性が、体重の増加に関係すると言えた。

 試行錯誤すること数十分、重さは身体の部位ごとで調整できることに気づく。言ってみれば『体重を調整する』個性。

 

 初めはただ重いのみ。クソナード三人分の体重というだけだったが、意識すれば二人分や一人分と変動できることがわかった。体重を倍化させる、それが緑谷出久の今日の個性だった。

 

 それに行き着いて、緑谷出久は言葉を失う。

 

 今日。彼は高所から落ちた。それが『日替わり』──『ワンチャンダイブ』の発動条件だと、緑谷出久は思っていた。

 飛び降りたことによる精神状態の変化が個性を生み出すと、とりあえず仮定していた。

 

 しかし──思い出す。今日高所から落ちたのは。一度のみ。その際緑谷出久は瀬呂範太によって救われている。『テープ』を通じて、引き上げられているのだ。

 

(体重が何倍になっている状況で引き上げた……? そんなはずはない)

 

 だから、この『個性』が発現したのはその後。地盤を崩した際の二度目の落下は大した高さを移動してないのでまずないはずだ。

 

 それ以外に、特筆できるきっかけがあるとすれば──

 

 初めに思い浮かんだのは、歓喜。オールマイトに応援の言葉を貰い舞い上がっていたこと。

 しかし、今までと比べれば全く以て関連性のないものだ。

 

 ならば。

 

「──死?」

 

 

 

 呟いて、一気に恐怖が沸き上がった。

 

 今日、特筆できる事柄と言えば。敵とオールマイトの戦いに割り込んだこと。

 敵の首謀者に、触れられたこと。

 

 頭が、落ちたこと。

 

「……!!」

 

 あのとき。初め、緑谷出久は周囲が何を言っているのかわからなかった。頭が落ちただの、首が切れただの言う周囲に緑谷出久は「わからない」としか返せなかった。マンションからであればもう落ちすぎているくらいなのだが、関係なかった。

 頭が落ちたと言われても、自覚がなかったのだ。もしそれが無意識下に起こったことならば、それは『個性』と考えられるのが今の緑谷出久。

 だから、『頭がとれる』個性とした。しかし、今緑谷出久に発現しているのは『体重の増加』。

 頭は、自発的にとれてはいない──。

 

 

 気づいてしまえば、すぐに全てが繋がった。

 

(あの日! 僕に『日替わり』が発現したあの始まりの日! 僕は死ぬために飛び降りた。でも、死ななかった!)

 

 それが、間違い。

 

(僕はあのとき、死んでたんだ……!

 階段から落ちたときもそう、実技試験も、身体測定も、戦闘訓練も! 僕は──)

 

 ──死んでたんだ。

 

 

 

 翌日。襲撃の影響もあり、臨時休校。

 

 休みであるのにも関わらず、緑谷出久の気が休まることはなかった。

 

 

 深夜。緑谷出久が訪れたのは、とあるビルの屋上だった。

 始まりの日。爆豪勝己の言葉を真に受け、身を投げた、始まりの場所。

 

 一日中、考え事をしていた。

 ケンタッキーフライドチキンも喉を通らないほどに、一つのことを考えていた。

 

 個性『日替わり』。またの名を『ワンチャンダイブ』。

 飛ぶことによって個性を得るその個性の実体は、『死ぬことによって個性を得る』個性だった。

 

 それは、この世の理に反するものだ。

 

 自らの命を対価に力を得る。

 

 それは、生きとし生ける者全てを冒涜する、倫理に反する個性だ。

 

 そんなもの、人が持っていい個性じゃない。

 

 憧れたヒーローとは真逆の力だ。ヒーローの掲げる正義や思想、イメージとは対極の力だ。

 許されない力だ。

 

 屋上の縁に立つ。

 見下ろした街並みは小さく、夜の闇はまるでこちらを吸い込むかのようだ。

 そこへ踏み出すことなど、到底できやしない。

 

 できるはずがない。生きているのだから。

 身体の震えが止まらなかった。この先に踏み出すことが、『個性』を得ることにイコールだとしても、わかっていても、実行できるはずがなかった。

 

 そのとき──風が、吹き抜けた。

 

「あ」

 

 緑谷出久の身体は、投げ出される。

 

 瞬間的に死を直感する。

 間違いなく死に至る高さだ。おそらく一度死んでいる高さだ。

 

 人は死ななければいけない高さだ。

 

「あああああああ!!」

 

 そして、意識が闇に飲まれる。

 

 

 死。それは生きるものには避けられないもの。それは、死にゆく者には避けられないもの。

 

 緑谷出久がこのまま死を受け入れられる人間ならば、死ぬことができただろう。

 

 真っ暗な闇は緑谷出久の意識に問う。諦められないのだろうと。

 死ねない理由があるのだろうと。為したいことがあるのだろうと。

 

 緑谷出久は手を伸ばす。

 

 それは彼にとって希望の光。

 

 それは絶望の末にようやく見出す希望の光。

 

 それは、絶望が生み出す希望の光。

 

 

 

「……っ!!」

 

 緑谷出久は意識が戻るなり身を起こした。

 そこはビルの下、人気のない路地裏である。

 

 初め飛び降りた場所と同じ、路地裏である。

 

 身体の内に、()を感じる。それを、掌に集める。どこからともなく光が集まり、緑谷出久の掌に球体を形取っていく。

 

 今にも弾けそうなそれを、空に向かって放り投げる。

 

 それはビルよりも高いところで爆発的に輝いて飛び散る。

 真っ暗な夜空が、一瞬だけ真っ白に染まる。

 

 このとき彼に発現したのは、『光を集める個性』。元無個性に発現した、個性。

 

 

 ──死ぬことで、個性を得る。

 

 それは、決して正しいとは言えない力だ。

 

 それでも、緑谷出久の、想いが為した力だ。

 

「──それでも僕は、ヒーローになるんだ……!!」

 

 執念が、彼を立たせる。無念が、彼を呼び覚ます。

 

 

 

 ──これは、そんな彼がヒーローになる物語。真っ黒な闇を、真っ白な光へ。絶望を希望に変える物語である。

 




 THE・「いいよ」について。

『個性』で他人を傷つけるのは基本ルール違反です。
 なので公共の場などでは『個性』の使用が禁じられています。

 ただ『公共の場での「個性」使用禁止』というのは一昔前の
『自転車で歩道を走ってはダメ』のような認識のされ方をしています。
 例えば、出久くんのお母さんがケータイを落としてしまったとして、ケータイを『個性』で『引き寄せて』取ったとしましょう。
 この場合、厳密にはルール違反ですが、特に咎められたりはしない、そんな感じです。
 もちろん周り危害を及ぼしそうな『個性』人や使い方は咎められます。
 例えば、焦凍くんのお父さんがケータイを落としてしまったとして、ケータイを『個性』で『炎を出して』燃やしたとしましょう。
 この場合、ルール違反です。お父さんが悲しむのは他人と関係ないので勝手ですが、炎で人が危険にさらされる以上ルール違反となってしまいます。

 そして本作における出久くんはどうでしょうか。
 例えば、出久くんがビルから自分を落としてしまったとして、シータイを『個性』で『つくり直し』て蘇生したとしましょう。
 この場合、厳密にはルール違反ですが、特に咎められたりはしません。
 しかし、『個性』で発現した『個性』を使うのはルール違反です。浮遊や超人的競歩、コンクリートを踏み砕いたり、夜空へ光の球を放つのは確実にルール違反です。出久くんは犯罪者です。逮捕。

 ちなみにいじめに使うのも、壁を蹴るのも、幼馴染との決闘に使うのもルール違反です。犯罪者。逮捕。皆さんもお気をつけください。
 

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