幻想郷の少女たちは、いつも、変わらぬ日々を過ごしていた。
神社の掃除をする。
魔法の研究をする。
お嬢様の世話をする。
熱心に信仰を集める。
そして、たまに異変が起これば首謀者(だけではないが)をとっちめる。
それが日常。
彼女らは、それに不満があるわけではなかった。
しかし、いつもどこかで、日常とは真逆の日々、”冒険” を求めて止まなかった。
ある日、妖怪の賢者、八雲紫が発した言葉は、そんな彼女らを突き動かすには十分だった。
「とてつもないお宝? ええ、存在するわよ」
「そこには、なによりも貴重なものが眠っているわ」
これは、お宝を求めて、人妖さまざまな少女たちが危険なダンジョンに挑み続けた時代。
少女たちが、必死に何かを探し続けた時代の、物語である。
トウホウクエスト 〜 Adventure of New Era.
**********
「いよいよここが、最後のダンジョンか……!」
そうつぶやくのは、馬火力がウリの魔法使い、霧雨魔理沙。
その黄金色の瞳は、これから挑む、最後のダンジョンへの期待と不安でギラギラと燃えていた。
思えば、ここにたどり着くまでの魔理沙たちの道のりは、とても過酷なものだった。肺の中まで凍ってしまいそうな氷の洞窟や、浴びると灰すら残らないマグマの吹き出る火山。いくつものダンジョンを乗り越えてきた。
そして、その度に魔理沙たちの行く手を阻んだのは、強力なモンスター。 努力し、頭を使い、時には挫折をしながらも、それらの困難をはね除け、彼女らはここまでたどり着いた。
そんな道のりを辿ってきたのだ。期待するな、というほうが無理な話かもしれない。
「アンタ、今度こそ気をつけなさいよ。毎回MP切れ起こすのは誰だと思ってんの?」
そう水をさすのは、前衛からサポートまで何でもこなす退魔の巫女、博麗霊夢。その独特な巫女服の、白い袖の部分を振りながら、呆れたように魔理沙に注意する。
魔理沙は一緒に着いてきてくれた昔からの親友の顔を見て、思わずここまでみんなと共に乗り越えてきた苦労を思い出した。
……今思えば、コイツには散々助けられてきたなあ。このダンジョンが終わったら、メシでも奢ろうかな。
「そうよ魔理沙。いつもマスパばっか打ってればいいってもんじゃないのよ」
呆れ気味に話すのは、時間と短剣を自在に操る瀟洒なメイド、十六夜咲夜。彼女の主人と同じその赤い瞳は、いつもより少しだけ楽しそうである。最後のダンジョンを前に興奮しているのは、どうやら魔理沙だけではないようだ。
……しかし、冷静に指摘を入れるところは、テンションが上がっていても変わらないんだな。やっぱり咲夜には頭が上がらないぜ。
「まぁまぁお二人とも、そんなことは言わないで。ラストなんですよラスト! もっとパーッと行きましょパーッと!!」
明るく盛り上げようとするのは、奇跡を起こす風祝、東風谷早苗。新緑のような色の髪に太陽を反射させながら、今日も最初から絶好調である。
……コイツは本当に、いつでも変わらず明るく元気だなぁ。でもいざという時には頼りになるから、私も信頼している。
魔理沙は、ここまで苦楽を共にしてきた三人の顔を見た。
三人とも、テンションの違いはあれど、どこか楽しげな表情をしている。
……当たり前だ。
紫の一言を聞き、みんなで冒険に行こうと決めてから、散々苦労して、ようやくここまでたどり着いたのだから。
いよいよ、この先に、あの紫に「なによりも貴重」と言わしめた、お宝が眠っている。
……そう考えると、今からでもワクワクが止まらないぜ。
「さぁ……! ダンジョン、スタートだ!!」
その声に続いて、四人の少女は最後のダンジョンの中へと入っていった。
**
ダンジョンに入ってすぐ、そこは既にこの世のものとは思えないほど、きらびやかに光輝いていた。
ダンジョン内では、大小さまざまな水晶がそこら中の岩から飛び出していた。その中を通った、魔理沙の放つ光の魔法が水晶一面に乱反射し、幻想的な照明のような印象を受けた。家に一本欲しい。
さらに、岩石の中にも水晶が混じっているのだろうか、ダンジョン内の壁や天井がキラキラと輝き、まるでスノーグローブの中に入ったかのようであった。
ここは、確かに、お宝があるにはふさわしい場所だな。
それが魔理沙の第一印象だった。
鉱石ハンターからすれば、その場所自体がすでにとてつもないお宝だったかもしれない。
……もっとも、奥からモンスターの呻き声が聞こえてくるため、鉱石ハンターが中に入ってもまともに出てこられるかはわからないが。
「この分じゃ、ここのボスはクリスタルドラゴンとかかもしれないな」
「クリスタルドラゴン……! それはそれは、レアアイテムをたくさん落としそうね……!」
「そういうこと言うと、本当にドラゴンとかが出てくるからやめたほうがいいわよ」
「フラグですねわかります!!」
少女たちも、女性がジュエリーを前にするとテンションが上がるのはどこの世でも変わらないのであろうか、どこか浮かれ気味である。
そんなダンジョンに入って最初に出会ったもの。それは……
「っ! ……って、またフェアリーとゴーストじゃない。いい加減飽きたのよねー」
……いつも通りのモンスターだった。
フェアリーとゴースト。
それは、この世界で最もよく見かけるモンスターである。
どこのダンジョンでも出現率は最大。倒しても時間を食うだけで、ロクにアイテムなども手に入らない。ステータスは低いが、冒険者をイライラさせる技術だけは一級品の奴らだ。
そんな奴らに遭遇すると、普通、冒険者は “逃げる” コマンドを連打してやり過ごす。
しかし、今日の魔理沙は違った。
「よう、お前ら。私は今機嫌がいいんだ。全力で相手してやるぜ!!」
霧雨魔理沙 は どうする?
HP 504/504 MP 215/215
→こうげき
スペル
アイテム
にげる
「もちろん全力だ! 食らえっ、私のスペル!!」
恋符『マスタースパーク』消費MP:60
そう叫んだ魔理沙から発されるのは、圧倒的な光の濁流。手に持つ八卦炉から流れ出るのは、山をも吹き飛ばすと言われる膨大な魔力。
弱小モンスターのフェアリーたちが、どうしてその強大な術に抗うことができようか。嵐の日に必死に川を遡ろうとする小魚のごとく、なすすべなく流されていった。
「っしゃ! バトルクリアだぜ!」
「アンタ、さっき無駄撃ちするなって言ったばっかでしょ!! 早速最高火力放ちやがって……」
「低級モンスター相手に、えげつないわね……」
まさに魔法(暴力)。
もちろん、魔理沙にはもっと威力の低いスペルがあるにはあるのだが……
「ああ、弾幕はパワーだからな!」
「魔理沙さん、ナイスです!!」
「ありがとよ早苗! そういってくれるのはお前だけだぜ!」
とにかくパワー重視。
それが、魔理沙の戦闘スタイルである。曰く、「弾幕はパワーだぜ」。
そのせいでいつもMP切れに悩まされ、ダンジョン終盤には立派な置物と化している。しかし、魔理沙の火力があったからこそ倒せたモンスターも今までには多かった。燃費が悪い、の一言では片付けられないものがそこにはある。
「ったく……。魔理沙、ポーションの残りはいくつよ」
「んー、三つだな」
「三つか……それならなんとか足りるかしら? いい加減、私に回復結界使わせるのはやめなさいよ」
「ああ、気をつけるぜ」
今まで、そう言って魔理沙が魔力をセーブした試しがないのだが。
「ふふ、魔理沙も毎度毎度困ったものねぇ」
「ちょっとみなさん、なんで魔理沙さんを責めるんですか!? 最っ高にエキサイティングじゃないですか!!」
霊夢は、こめかみを押さえながら暗闇に覆われた道の先を見つめる。
普通は緊張と恐怖で息が詰まるはずのダンジョン探索も、このメンバーといると、自然と怖さは感じなかった。
……もしかすると、魔理沙という灯台が、霊夢たちの心を照らしているからかもしれない。
まあ、これが私が長いこと親友やってるやつだ。仕方がない。諦めなさい、私。
霊夢はそう切り替えて、三人と共にダンジョンの奥へと進んでいった。
**
少女たちは突き進む。
「また出ましたね! 今度は私のスペルを食らいなさい!」
神籤『乱れおみくじ連続引き』消費MP:25
たとえ雑魚が大量に出現しようと。
「……今度のはなかなかできそうじゃない。いいわ、あなたの時間も奪ってあげる」
時符『プライベートスクウェア』消費MP:30
たとえ強敵が出現しようと。
「食らいやがれ!」
星符『ドラゴンメテオ』消費MP:50
「だからぶっぱするんじゃないわよ!」
熱意を持って。お宝を求めて。
少女たちは突き進む。
「邪魔よ。
パスウェイジョンニードル」
「お前は冷めすぎなんだぜ……」
現れる敵を殲滅しながら。
ダンジョンに入ってから、もうどれだけのモンスターを倒したのだろうか。
あまりのモンスターの多さに、少女たちは自分の撃破数を数え、クリアした後互いに自慢しあうことを諦めた。
そんな少女たちの目の前に現れたもの。それは、どんな人でも敢えて通ろうとはしない道のり。
高所恐怖症の人ならば泣き叫んで渡ることを拒絶するであろうそれは、断崖絶壁に取り付けられた、細い木の道だった。
「……すごい所に出てしまいましたね」
足の踏み場は三十センチもなく、一目で老朽化しているのがわかる。いきなり崩れたりしてもおかしくはない。
その右手には切り立つ壁。ところどころに水晶が突き出ているため、登れないことはないかもしれないが、ダンジョン内の暗さも相まって頂上が見えない。この壁を登るのは現実的ではないだろう。
左手には深く、底が見えない崖が広がっている。覗き込むだけで、その暗闇に吸い込まれそうになる。
試しに咲夜が、崖に向かって石を投げてみた。
「……石が底に落ちた音が聞こえないんだけど」
「そうね。ここに落ちたら、まず命はないと思ったほうがいいわ」
少しでも足を踏み外したら、彼岸へと直行する道。
それが、五十メートルほど続いていた。
思わず魔理沙は身震いする。
「……あからさまにここを進めって感じの足場だもんな。この細い道を、気をつけて進むしかなさそうだぜ」
そこで、霊夢、魔理沙、咲夜、早苗の順に並んで進むことになった。
こういう時、自ら先頭を引き受ける霊夢はやっぱりすごいな、と魔理沙は改めて思う。
これまでだってそうだった。いつもダンジョンの探索についてはあまり興味がなさそうにしている (お宝に関しては別) 霊夢だが、いざ何かが起こると、身を挺して仲間を守ろうとする。
そんな霊夢を、魔理沙は素直に尊敬していた。
さすが私の親友だぜ。
霊夢を先頭に、壁に体を寄せながら四人は細い道を進む。
すると当然、底の見えない暗闇が目前に広がることになるのだか……
そこは、今まで数多の異変を解決してきた幻想郷の少女たちである。
崖ごときで足がすくみ、動けなくなることもなく、
「ここで崖の上から岩とかが降ってきたら、私たちはなすすべがないわね」
「ちょい咲夜、不吉なこと言うなよ……」
「フラグですねわかります!!」
のんきに会話をしながら、幅三十センチの道のりを進んでいった。
進み始めてから、十分程経った頃だろうか。
咲夜が言っていたような事故も起こらず、向こう岸まで残り五メートル程となっていた。
その時皆は、ゴールが近づき少し安心していた。
決して油断はしていなかった。だが、
「ふぅ。やっとこの道がおわりそうね」
「ああ。霊夢、先頭お疲れさまだぜ」
それは起こってしまった。
霊夢が次の一歩を踏み出した瞬間、その足元の道がいきなり崩れたのだ。
「っ!!!」
「霊夢!!!!!!!! くそ、この手を掴め!!!!」
魔理沙が道から身を乗り出し、咲夜に支えられながらも目一杯手を伸ばす。
しかし、その手は虚しく空を切るばかりで、霊夢には届かなかった。
そうするうちに、霊夢はどんどん小さくなっていく。
その紅白の姿が、光をも飲み込む漆黒へと染まっていく。
「霊夢! ええい、どうすればいいの!?」
さすがの咲夜も冷静さを欠いている。
この状況を表すのに、これほど的確な言葉はないだろう。
それすなわち、絶体絶命。
誰もが、己の無力さに絶望し、霊夢の死を覚悟した。
その時。
人智を越えた奇跡が起こった。
……いや、
「霊夢さん!!!!!!!!
すっ、スペル発動! お願いします、神奈子様!!!」
起こされた。
大奇跡『八坂の神風』消費MP:55
早苗のスペル発動と同時に巻き起こったのは、本物の『神風』。かつて風雨を司っていた神の力を模したその風は、とても激しく、しかし清らかである。見るものには、自然の厳しさ、そして包容力を感じさせた。
その風は、今にも暗闇へと消えそうだった霊夢へと向かい、その体を包み込む。そして、優しく、だか力強く、その体を押し上げていく。
風と一体となった霊夢は孟スピードで魔理沙たちの前を通り過ぎ、崖の終了地点まで運ばれていった。
魔理沙たちも、慌てて霊夢の元へと向かう。
「霊夢っ! だっ、大丈夫か!?」
「……ええ、見ての通り無傷よ」
無事そうな霊夢の姿を見て、魔理沙たちはほっと胸を撫で下ろした。
「はあ、肝を冷やしたわよ」
「ごめんなさいねー。まさか、あそこで道が崩れるとは思わなかったわ」
「れっ、霊夢さん……… 本当に、無事で、良かったです………」
「早苗、あなたのお陰だわ。早苗がいなかったら、今頃どうなっていたか……」
「…………………っ!
れっ、霊夢さん~~~~!!!」
早苗が霊夢に抱きついた。見れば、その顔は涙と鼻水とでぐちゃぐちゃになっている。
しかし、早苗が泣くのも無理はない、と魔理沙は思う。
崖から落ち、闇へと霊夢が飲み込まれていくあの光景は、思い出しただけでも寒気がし、心の中にベットリとした感情を残していく。
怖かった。
……ここまで一緒に旅をしてきた仲間を、なにより一番の親友を失うことが、耐えがたいほど怖かった。
それは早苗も同じである。もう放したくない、失いたくないと言わんばかりに、早苗は霊夢に抱きついていた。
「早苗、本当にありがとうね。
これ、お礼のポーションよ。スペル使わせちゃったから」
「うわーん、霊夢さぁぁぁぁん~~!
無事で、本当に良かったですぅぅぅぅぅ~~~!!!」
そう言いながら、ごくごくポーションを飲む早苗。
普段は端整なその顔も、涙と鼻水と口からこぼれたポーションとで、ひどい状態だ。
「ふふっ、早苗の顔、凄いわねぇ」
「そうだな、霊夢の服もベタベタになってるぜ。
……まあ、気持ちはよく分かるがな」
「あら、だったら私に抱きついてもいいのよ?」
「謹んで遠慮しとくぜ」
絶体絶命の危機を乗り越えた四人の間には、様々な感情が生まれていた。
それは、喜び。大切な仲間が、無事だったという喜び。
それは、恐怖。今、目の前で笑っている仲間が、このダンジョンでは、数秒後に突然消えるかもしれないという恐怖。
そしてそれは、団結力。死を体感した霊夢にも、それを救った早苗にも、そしてそれに安堵した魔理沙や咲夜にも生まれた、この四人で、必ず、ダンジョンを制覇しようという団結力。
さらに絆を深めた四人は、まだ見ぬ危険が潜むダンジョンのさらに奥へと、進んでいった。
**
ダンジョンへ入ってから、もう何時間経っただろうか。
出現するモンスターを屠りながら、少女たちはさらに突き進む。
そんな彼女らの前に現れた次なる試練。
それは、行き止まりであった。
「おいおい、まさか道を間違えたか? 今までにいくつか分かれ道はあったが……」
突然に行く手を阻まれて、魔理沙はうんざりしたような声をあげた。
最後の分かれ道はどこだったか。はっきりと思い出せないことから、かなり前だったことは間違いない。これは、大分戻らないといけないな。
そう算段を立てていた魔理沙だったが、ふいに横から異論の声があがった。
「行き止まり!? そんなはずないわ。私の勘が、この道の先にお宝があるって言ってるんだから!」
そう霊夢が声をあげる。
……確かに、今まで霊夢の勘はほとんど外れた事がない。あの水のダンジョンの迷路を突破できたのは霊夢のお陰だった。博麗の巫女の勘というのはどういう状況でも健在のようで、魔理沙たちはいつもそれにお世話になっていた。
今回のダンジョンも、分かれ道のたびに霊夢が道を決めていた。彼女の勘が急に狂いだしたのでもない限り、彼女が選んだ道が間違いということは考えにくい。
それは魔理沙もよくわかっていたが、なにぶん目の前が行き止まりである。
「そうは言っても、行き止まりは行き止まりだしなぁ……」
「あら? ねえみんな、ちょっとここを見て。何かが刻まれているわ」
そう意見を呈したが、突然声をあげた咲夜にかき消されてしまった。
咲夜の指が指す先を見てみると、そこは他と比べて明らかに壁が加工され、平らになっていた。他の場所は岩肌がゴツゴツしていたり、水晶が飛び出しているため、その一角だけがツルツルしているのはなかなかに違和感がある。
そしてその上にはいかにもな感じのする、仰々しい刻印のようなものがあった。
そこには、こう刻まれていた。
[%○%○#☆#◇##♪☆#○〒□ヰ□●☆*○〒□%☆〒◇〒△★○
▲◇▲□ヰ△◆◇■☆〒☆▼◇▼☆ヰ◇%◇ヰ△##]
「……何よこれ。おちょくってるのかしら?」
「たぶん、暗号じゃないかしら。こんなに立派に彫ってあるし、何か意味はあるはずよ」
まあ霊夢がおちょくってると思うのも無理はない、と魔理沙は思った。
なんかチカチカするし。ってか全く意味が解らないし。
「咲夜はこの暗号に何て書いてあるか解るのか?」
「さっぱり解らないわね。ヒントが少なすぎるわ」
頼みの綱の咲夜も解らないと言う。
……これはどうしたもんかな。
少女たちは、この少ない手がかりから、前に進むための道を見つけなければならなかった。
~少女討論中~
「この “◆” とか “◇” とかが続いている、って所に何か真意が隠されてるんじゃないかしら」
「……それはどんなのだ?」
「だとしても他の部分の説明がつかないわ」
「あれだな、最初にいきなり “%○” が続いてるのに、その次からの “#” の間にあるのは不規則だよな」
「それで?」
「えーっと……。咲夜、パス」
「わからないからって押しつけないでよ……」
「そもそもこれは文なのかしら。それとも別の何かを示すのか……」
「さっぱりわからないぜ」
「あーっもう、しゃらくさい! ここをぶっ壊せば全て解決するでしょ!!」
「ここごと崩れるわよ」
「ちっ……」
「いよっ、暴力巫女!」
「うるさい!」
悩み続けることはや数分。
するとここで、魔理沙があることに気づいた。
「……早苗? さっきから会話に参加してないが、何やってるんだ?」
「え? ああ実はですね、この辺に私の奇跡センサーが反応してるんですよ」
「おまっ、そんな便利そうな能力持ってるんなら、もっと早く言え
「いいえ、持ってませんが?」
「………」
早苗は放っておくことにした。
考え始めてから二十分ほど経った頃。
もはや、誰も言葉を発しない。それぞれが思考の深淵に入り込んでいると、突如として奇声があがった。
「あーーっ!! みなさん、これ見てください! きっとヒントですよ!」
「うお、マジか!」
「早苗、お手柄じゃない!」
「へへ、やっぱり私の奇跡センサーに狂いはなかったです!」
「……そんな能力ないんじゃなかったか?」
「はい、ありませんよ?」
早苗の指がさす先の、足元付近を見てみる。そこには、暗号とは違って乱雑な字で、こう刻まれていた。
[1= ☆〒☆
5= ●○
8= ▼◇〒☆
9= %★□□]
「やっぱり訳分かんないわよ!」
「わ、私に言われても……」
ヒントっぽいものを見つけたのはよかったが、それによって魔理沙に突然光が降ってくるわけでもなく。
むしろ、より謎は深まるばかり。
この暗号は解けない。
魔理沙には、そう結論付けることしかできなかった。
これからどうするべきか。やっぱり、一旦戻ってみるか……と、次の行動を考える。
他のメンバーを見てみても、たどり着いた結論は同じようで、暗号から興味をなくしていたり、せっかくヒントを見つけたのに、と落ち込んでいたりしていた。
その顔に共通していたのは、暗号が解けなかったことから来る、悔しげな表情。
もはや、誰もが暗号を諦めていた。
……一人を除いては。
「……? 咲夜さん、どうしたんですか?」
「…………なるほど、そういうことか………!」
咲夜が小さく声をあげる。
みんなの視線が一気に咲夜に集まった。
「どうした? 何かわかったか?」
「ええ、この暗号の読み方がわかったわ」
「ほ、本当に?!」
思わず三人で顔を見合わせる。
すると咲夜は、その口から、いつも自分が主人へと行う報告のように、淡々と、しかしわかりやすく、説明を始めた。
「この暗号の読み方なんだけど……
その前に、三人はローマ字ってわかるかしら?」
「ろおまじ? 何それ美味しいの?」
「……英吉利語のことか? それなら、魔導書に出てくるくらいだったらわかるぜ」
「もちろんです! 外の世界の一般常識はまかせてください!」
咲夜の質問に、三人が口々に答える。
「じゃあ、分からなかったら早苗に聞いてちょうだい」
「ばっちこいです!」
「まず、ヒントの “1=☆〒☆” について。この、1が三文字で表されていて、同じ “☆” が二回出てきているところがポイントね」
魔理沙たちは、咲夜の説明を固唾を飲んで聞いている。
「ここでさっき言ったローマ字が出てくるわ。1は “いち” と発音するから、ローマ字で “ichi” もしくは “iti” と表すのよ。ここでは三文字になっているから、後者のほうね」
「なるほど、二つある “☆” が “i” を表しているってことね。
……あれ、じゃあさっき私が言ってた、形に何か意味があるっていう推理は……」
「的はずれもいいとこだな」
霊夢が耳を赤くしてうずくまった。おそらく、顔も赤くなっているだろう。
咲夜は続ける。
「もちろんこれは偶然当てはまっているだけって可能性も十分にあるんだけど、8が “▼◇〒☆” となっていることから、まあ確定でいいと思うわ」
「そうですね、8はローマ字だと “hati” になるから、“i=☆” と “t=〒” がこっちでも成り立ちますからね」
「そういうこと」
なるほど、そうだったのか。
魔理沙は暗号が妙にチカチカする理由に納得するとともに、ここまで見抜いた咲夜の頭脳に感心するばかりだった。
やっぱり咲夜はすごいなぁ。
「……と、ここまでから、記号がローマ字を表すことがわかったわ。ということは、ヒントを使えばいくつかの記号が意味する文字がわかるわね」
「えーっと…… “☆=i”、“〒=t”、“●=g”、“○=o”、“▼=h”、“◇=a”、“%=k”、“★=y”、“□=u” が成り立ちます!」
「そう。一旦、これらを暗号に当てはめて、日本語にできるところは変換すると、こうなるわ」
[ここ#i#a##♪i#oつヰuぎ*oつきたt△よ
▲a▲uヰ△◆a■iちはひヰaかヰ△##]
「何かのバグみたいですね」
「……待ってよ。まだ全然意味が読みとれないわ」
確かにそうだな。
もしかして、他にもヒントがどっかにあるのか?
そう考えていた魔理沙だったが、それは次の咲夜の言葉に否定される。
「そうね。あとはここから推定していくしかないわ」
「……マジで?」
咲夜の言葉に思わず目を見開いた。
「マジよ。大丈夫、そんなに難しくはないわ。
まず、偶数番目にある記号をあげていって」
「ええと……“○”、“☆”、“◇”、“#”、“□”、“△”、ですね。
あれ? でも、この中の四つは、それぞれ “o”、“i”、“a”、“u” って判ってますよね?」
「そうね。じゃあ早苗、その四つの文字の共通点は何かしら?」
「この四つは………全部母音です!」
「そう、正解よ」
咲夜と早苗は二人で盛り上がっていた。しかし、魔理沙の隣では全く着いていけていない紅白が呆然としていた。
「ぼ、ボイン……?」
「おっと、それくらいなら私も分かるぜ。母音ってのは、『ア・イ・ウ・エ・オ』を表すものだぜ」
「そう。例えば、カ行でウ段の文字は、“く” になるでしょ?
ローマ字では、カ行であることを “k” が、ウ段であることを “u” が表すのよ」
「はへぇー、そーなのかー」
そろそろ頭が回らなくなってきたのであろうか、霊夢がルーミアみたいなことを口にする。
「だからローマ字では、基本的に二文字で一つの日本語を表すの。つまり偶然番目の文字は、必然的に母音になるのよ。
まあ、ア行の文字は母音だけで表すんだけど、暗号の二文は両方とも記号の数が偶数だから、問題はないわ」
「いよいよ咲夜が何を言っているか、理解できなくなってきたわ……」
大丈夫だ霊夢。私も、最後のほうは意味が分からなかった。
咲夜も自分の世界に入ってきたのだろうか、説明に徐々に熱がこもってくる。
「ということは、あと判っていない母音は “e” だけなので、“#” か “△” が………って、あれ? じゃあ残った一つは何になるんですか?」
早苗は首をかしげた。
確かに、判っていない母音は一つだけなのに、記号は二つ残っている。
「例外的に、子音でも偶数番目に来る場合があるでしょ?」
「えーっと…………分かりません!」
そう笑顔で叫ぶ早苗。
……やっぱり、いつも変わらないなぁ。いい意味でも、悪い意味でも。
「 “n” よ。普通は、“ん” は “n” 一文字だけで表すことが多いのだけど、ヒントにある9もわざわざ “u” を二つ重ねているから、“ん” も “n” 二つで表していると推測できるわ」
「んー、なるほど。分かったような、分からんような……
で、結局どっちがどっちなんだ?」
「 “#” は奇数番目にも結構あるけど、“△” は偶数番目にしか出てこないわ。“n” はナ行の子音でもあるから、“#=n”、“△=e” で間違いないと思う」
おお、そうやって考えるのか……
魔理沙は咲夜のスラスラとした解説に、もはや感心を越えて感動すらしていた。
どうやったらここまで頭が回るのかなぁ……
「これでだいぶわかったわね。じゃあ、ここまでをまとめると……これで合ってる?」
[ここになん♪iのつヰuぎ*oつきたてよ
▲a▲uヰe◆a■iちはひヰaかヰeん]
「ええ、合ってるわ」
「おお! かなり解読できたな!」
魔理沙は興奮して思わず大きな声をあげた。
ダンジョン内で魔理沙の声が反響し、いつまでも響き続ける。
「あとは文が成り立つようにしていくだけだわ。
そうね、たとえばこの “つヰuぎ”。
“つ” と “ぎ” の間にウ段の文字が入る言葉にはなにがあるかしら?」
「うーんと……
「あとは、
「そう。ここの場合は、おそらく剣でしょうね。
そうして推測していくと……この暗号には、恐らくこう書いてあるわ」
そう言うと咲夜は、地面に指で文を書いていった。
[此所に汝の剣を突き立てよ
さすれば道は開かれん]
「おお! 本当に暗号が解けたぜ!」
「ええ。だからおそらく、この辺に…………お、あった」
いつの間にかチカチカする文の下を調べていた咲夜だったが、何か発見したようだ。
「これは……溝、でしょうか?」
「溝ね」
「溝だぜ」
そこにあったのは小さな溝。長さは十センチ程だが、厚さは三センチもない。
すると咲夜が、いきなりナイフを取り出した。
「これを、こうすれば………!!」
ガコン。
咲夜のナイフが溝に突き刺さると同時に、時計の歯車が組合わさったような、何かがはまった音が辺りに響いた。
そこで、少し待ってみると、ゴゴゴゴゴ、という音とともに地面がスライドした。そこに現れたのは果たして、さらなる地下へと続く階段だった。
「や、やったー! ついに先への道が現れましたよ!!」
「ああ! やったな!」
ようやく現れた次の道に、魔理沙と早苗は安堵した。それと同時に、地下への階段、というシチュエーションに二人とも興奮していた。
「ほら、だから最初に言ったじゃない! この先に道がある、って」
「お前は今回、一番何もしてないと思うぜ?」
「さ、さあ? 何のことかしら」
「ふふっ……」
魔理沙と霊夢のやり取りに思わず笑みがこぼれた咲夜に、魔理沙は改めて目を向ける。
「咲夜、今回は本当に助かったぜ! いやー、やっぱり咲夜はすごいな!」
「そんなことないわよ、私は私にできる仕事をしただけ。
それと同じで、霊夢には霊夢にしか、早苗には早苗にしか、そして魔理沙には魔理沙にしかできない仕事があるわ。こちらこそ、いつも助けてくれてありがとう」
「……おう! なんだかよくわからんが、受け取れる礼はもらえるだけもらっとくぜ!」
いきなり咲夜にお礼を返されて若干戸惑った様子の魔理沙だったが、すぐに返事を返した。きっと深くは考えていないだろう。
魔理沙は、早苗をいつもはっちゃけている、と考えているようだが、実は魔理沙自身も、良く言えばポジティブ、悪く言えば能天気だったりする。
「うっし、それじゃあ早速進んでみようぜ!」
「はい! 私たちの冒険は、これからだ!」
そう言うと、光魔法が使える魔理沙を先頭にして、二人は階段を降り始めてしまった。
咲夜と霊夢もそれに続く。
「ふふっ、まったくあの二人は、いつも元気ねぇ」
「全くだわ。付き合わされるこっちの身にもなってみなさいよ。
……ところで咲夜、一つ聞きたいことがあるんだけど……」
ふいに霊夢が声を潜める。それに合わせて、咲夜も声が聞こえるようにと、霊夢に近づく。
「あのヒントの字。明らかに暗号とは筆跡が違っているし、それに、なんか引っかかるのよねぇ」
「……さすがは霊夢ね。暗号は解けないけど」
「それは余計よ」
咲夜の言葉に霊夢がぐっ、と言葉を詰まらせる。さっき、何もできなかったと言われたのがそんなに堪えてるのだろうか。
「あれは間違いなく、暗号より後に書かれたものね。誰が、何のために、まではわからないけど」
「……そう。やっぱり、このダンジョンには謎が多いわね」
そう言って前を見つめた霊夢の先に続いていたのは、闇に包み込まれ、漆黒がその場を支配する階段。
そんな中でも闇に抗う点が一つ。魔理沙の放つ光は、決して明るくはないながらも、霊夢たちの足元をも照らしていた。
でもまあ、何とかなるか。
霊夢はそう、心の中で呟く。
「ふふっ、そうね。あの子たちと一緒なら、何とかなるかもしれないわね」
どうやら、無意識のうちに口にも出ていたようだ。咲夜は、ニヤニヤしながらこちらを覗きこんでくる。
霊夢は、咲夜から目を背けるようにして、改めて前を向いた。その黒く澄んだ瞳には、普段の霊夢からは感じられない、”熱意” が込められている、ような気がした。
ダンジョンはさらに深く、奥へと続いている。