正義の反対は何時だって別の正義。
ならば、この刃は悪を以って正義を為そう。
それが、今の自分の生きる理由だ。
始まりは柔らかな陽だまり。
37層。
層の特徴としては少しくたびれたヨーロッパ風の街並み。
出てくるモンスターは、鎧に身を包んだ騎士やそれに類するゾンビ系。
情報屋の連中がNPCに聞き込みをしたところによると昔はなんとかとかいう王都があったが、アインクラッドが出来た拍子にぶっ壊れたんだとか。
「くあ……、ねむ」
そんな街の外れ。黒い屋根の赤レンガで作られた自分の店から出た俺は、立て札を『Open』にひっくり返して空を見上げた。
空、と言っても遥か頭上であるそこに広がるのは、見慣れたあの青い空ではなく、絵の具の原色を塗りたくったかのような真っ黒い天井。
「……もう、一年にもなるのか」
見上げた黒色に薄く目を細めて呟いた。
俺は詳しくはよく知らなかったが、世界初のVRMMORPGだったらしく人気は凄まじいものだった。
ソフトは限定で、しかもハードである『ナーヴギア』は目の玉が飛び出るほど高い。
正直ゲームに興味のなかった俺は特に買うつもりはなかったのだが、付き合いの長い先輩の強い勧めで買う事にした。
その為に愛しの子豚の貯金箱を粉々に粉砕したのは記憶に懐かしい。
ゲームを始めた俺はそのリアルさに驚き、そして戦闘の爽快さに少し心惹かれたものだった。
これなら、結構楽しめそうだ、そう思っていたところ、
ソードアート・オンライン製作者である茅場晶彦によって、全てのプレイヤーはログアウト不可とされたのだ。
曰く、ログアウトボタンがないのは仕様である。
曰く、なんらかの要因でナーヴギアが外れた人間は、頭を焼き殺されて死ぬ。
曰く、既に二百人近い人間が死んでいる。
曰く、プレイヤーがログアウトするには全100層のアインクラッドを攻略するしかない。
曰く、これより蘇生手段は一切なく、アバターが死ぬと、現実での自分も死を迎える。
その時、周囲がやたらとざわめいていたのを、他人事のように聞きながら、一つのことが頭の中をぐるぐると回っていたのは覚えている。
ああ、この世界なら俺は──。
「ルーキウスっ!」
「おうふっ」
どんっ、と背中に強い衝撃を感じおかしな声が出た。もちろん圏内のために体力が減る事はないがそれでも強いノックバックは存在するため、少しよろめいてしまった。
こんな時間になんじゃいと思いながら自分を突き飛ばした人物の方へと向き直り、その顔を確認して小さくため息をついた。
「まったく、こんな朝早くにこんなボロっちい鍛冶屋になにか御用ですかな、お嬢さん」
「はい!お嬢さんはなにか御用です!」
にこーっと太陽のように彼女は笑う。
「おはようルキウス!」
「はいはい、おはよう
自分が挨拶をすると紫の
「早かったかな?」
「構わんよ別に。急ぎの用もない」
ユウキを伴って店の中に入ると店を買った時に付いてきたNPCに店番を任せて二人で工房の中に入る。
広がるのは見慣れた武器を打つための俺の相棒達。どれもメンテは行き届いて出番を待つかのように静かに待っていた。
しかし、今のところの出番はこいつらではない。
「いつも通り武器のメンテだけでいいのか?」
「うん。バッチリ頼むよー」
「ほいほい心得た」
ユウキの腰に提がった片手剣を受け取って鞘から抜いた。薄い紫と白の色のコントラストが印象的なこの剣は、少し前に俺が鍛えた《イノセント》という片手剣である。
こいつが出来た経緯はちょっとした裏話があるのだが今は省略。
剣を両手で大切に砥石の前まで持って行き、メンテナンスを始める。
ひょこひょこと後ろをヒヨコのようについてきたユウキが興味深そうに俺の手元を見ているがいつも通りなので特に気にはしない。
俺はこの世界では一応『鍛冶屋』という仕事をしている。
もちろんSAOにはジョブシステムはないため自分で勝手に名乗っているだけだが。
SAOシステムにおいては、鍛治スキルというのは主に《片手武器作成》と《両手武器作成》の二つに分けられる。鍛冶屋によっては片手だけ、両手だけという人もいるそうだが一応自分はどちらも取り扱っている。
少し遅めに鍛冶屋を始めたが、一般的なプレイヤーよりかは幾らか高い熟練度の鍛治スキルを持つ自分はハイレベルプレイヤー、いわゆる『攻略組』にもそこそこ贔屓にしてもらっていたりする。
小さいながら自分の店を持っているあたりそこがわかるだろう。
まあ、ちょっとした
およそ50回ほど剣を研いでいると、鈴のような音ともに目の前に小さなウインドウが出現した。メンテナンスが終了したという合図だった。
剣を砥石から持ち上げ素早くダブルクリックしてウインドウを開いてきちんと耐久値が回復している事を確認すると鞘に収める。
「ほい、出来たぜお客さん」
「わ、ありがとう!」
ユウキは愛剣を抱きしめると嬉しそうに笑った。それを見て自然と自分の頬も緩んだ。
「やー、いっつもタダで引き受けてもらっちゃって悪いなぁ」
「いいんだよサービスだサービス」
「よーし、これで今日もバッチリ攻略してくるよ」
「おう頑張りなさい」
「まっかせといて!」
ぐっと頼もしくサムズアップしてくる彼女の頭を右手でくしゃくしゃと撫でる。きゃー、といいながら笑い、俺の手から逃げる彼女に思わず自分も思わず小さく声を出して笑った。
「それじゃあ、アスナ待たせてるからもうボク行くね」
「行ってらっしゃい」
自分が手を振るとユウキがほんの少し迷うような曖昧な表情を浮かべ、何かを言おうとして、目を伏せて口を閉じた。だが、次の瞬間には直ぐにまたにこやかに笑った。
「行ってきまーす!」
そして、工房を出る前に小さく手を振って駆け足で店を出て行った。
「まったく元気だねえ」
なんだか自分も元気を貰えたような気がする、そんな事を考えながら今日の仕事の予定を頭の中で立てていると、
暖かく暖まっていた思考が瞬時に氷点下まで冷えた。
俺は無言で工房と店を繋ぐ扉へ歩いて行き錠前をかけて、扉が開けられない事を確認する。
そして今度は工房の後方に備え付けられた裏口の前で、鈴を鳴らした人物に問いかけた。
「誰の紹介だ」
「ね、《鼠》だ」
「なら合言葉は聞いているな、言え」
「跳ね鹿の、骸」
「鍵は開けてやる勝手に入れ」
扉越しのくぐもった声が正しい言葉を言ったので鍵を開けて、近くにあった椅子の一つに腰掛けた。
キイ、と小さく扉が軋むと緑の髪をした幸薄そうな、疲れた顔の男が工房の中に入ってきた。
金属鎧のそいつは背中に長めの十字槍を装備していた。防具や武器の光沢からわかる強化具合もそれなりにはしてあって、攻略組のような連中までとはいかなくてもそこそこのレベルがある、いわゆる中層プレイヤーだとわかる。
「アルゴの紹介でここまで来たということは口外しないという約束をしてきたみたいだな」
「……ああ」
通常俺が許していない人間が俺の工房まで訪ねてくることはない。だが、こいつはここまで来た。つまり、それに値する何かがあるということなのだろう。
「随分疲れた顔だな、
俺がじろりと男の顔を見ると、男は目に絶望を浮かべて、糸が切れたかのように突如へたり込んだ。
「仲間が、仲間がオレンジに……」
声に詰まった男は、小さな水滴を落としながら拳で床を強く殴って、続けた。
「仲間が、オレンジに
「ふーん、で?」
俺が男を見下ろしながら尋ねると、ふるふるとゆっくりと男は顔を上げて叫んだ。
「頼むっ!オレンジ共に、彼奴らに復讐してくれっ、
男の叫びが小さな工房に虚しく響き、俺が答える。
「心得た」
場所は21層、その廃村の空き家の一つ。
「うーん、なかなかオイシイ奴らだったよなー、中層プレイヤーだったしアイテムを値が張るものもあったしよ」
「ひひっ、だよな、次からも狙うか中層プレイヤー?」
「アホ、麻痺毒なけりゃ安心して狩れねえよ」
「それならもうあの人達がいるから安心だろ?これからいつでも材料流してくれるらしいしよ」
「でも、あんまり殺りすぎて攻略組に目ェつけられんのもめんどくせえぞ?」
数人のプレイヤーが楽しそうに言葉をかわす。そのプレイヤーらを示すカーソルの色は、いずれもオレンジ。まごう事なき犯罪者達の証だった。
通常空き家は誰か買い手がつくまではシステムに守られている。それは、廃村にある空き家も変わらない。
しかし、いまプレイヤーたちがいる空き家のように《解鍵》スキルを使えばごくたまに鍵を開けて使うことができるものもあるのだ。
「黙れ脳味噌筋肉共が、不愉快だ」
「へへ、サーセン、リーダー」
がやがやと騒ぐプレイヤー達を黒の全身鎧に身を包んだ男が一喝すると、しんと静まり返った。しかし、それも一瞬の事で辺りからはひそひそと話し続ける声が断続的に聞こえ始めた。
全身鎧の男は小さく舌打ちすると、ソファーの背もたれに大きく体を預けた。
男達のギルドが中層プレイヤーのパーティを襲い半壊させたのは一昨日の事。久々に大きな利益を上げられた事もあってかギルドは浮き足立っていた。
それを少し不愉快だと思えど、男自身も今度の成果には満足していたため、特にそれ以降は咎める事はなかった。
この分なら、先日加入した
「……どうした」
「いや、聞き間違いかも知れないが、何か悲鳴が聞こえたような……?」
「悲鳴?」
何を馬鹿な、と言おうとして立ち上がったメンバーは《聞き耳》スキルを取得している人物であった事を思い出した。
「一体誰のものだ」
「いや、わかんねえけどたぶん、見張りのやつの声と似てた気がする」
「……おい、お前見張りの様子を見て来い。何かあったとは思えんが、一応だ」
「おーっす、了解」
《聞き耳》スキルもちの男が扉を開けて、外に出ようとした時、いきなり姿が消えた。
そして聞こえる、叫び声。
「な、何が起こったっ!」
「リーダー敵襲だ!なんか知らねえ奴が外にいる!」
「何だと……?」
男達はいわゆる『オレンジギルド』、犯罪者でありこうした襲撃を予想していなかった訳ではない。しかし、それにしては余りにも状況が
「おい、どうなってる!他の《聞き耳》もちの奴らはなぜ気づかなかった!」
「そ、そんなの俺たちにはわかんねえよ!」
「ちっ、オラてめえら!さっさと表でろ!反撃するぞ!」
ざわざわとしているプレイヤーを再び一喝し、背中の両手剣を鞘から引き抜いて空き家の外へと走った。
ギルドメンバー二十数人と表に出た男が見た光景は、一人のプレイヤーが無数のポリゴン片の中で佇む姿だった。
目に入るのは灰色。上から下まで灰色の
灰色のフーデットローブ。初めて見るそれを、男はなぜか知っているような気がした。
灰色は、ひゅん、と夜闇の中に映える銀色の刀身の剣を血を払うように振るって地面に突き刺した。
「やっとか、随分待ったぞ」
「ここに一人、俺らの仲間がいた筈だが」
「見張りも合わせて二人だろう?」
「ああ、そうだな。そいつらはどうした」
「……ポリゴン片を見てわからないのか?」
ブラフだ、と男は思う。
灰色のカーソルはグリーン。男と違ってまっとうなプレイヤーであることを示している。
大方、高価な転移結晶で監獄まで送ったのだろう。転移結晶の生じるポリゴンのエフェクトは死亡時とよく似ている。
そこで、男は眉を寄せる。目の前の灰色は、どこからどう見てもひとりきりである。
「おいてめえ、ここがどこかわかってんだろうな」
「オレンジギルド『ティタンデザイア』のアジトだろう。唯の阿呆でもあるまいし、知らぬ訳はないだろう」
「なら、てめえ一人とはどういう了見だ?」
男が問うとそれに同調するようにメンバーが口々にがなり立てた。
「お仲間なしで俺らのとこに来るとか自殺志願者かぁ?!」
「それともやさしいセイギノミカタ様かよぉ?」
「ひひっ、それか底抜けの馬鹿野郎だ」
「ちげえねえ、ちげえねえ」
ひひひ、と周りの仲間達が心底楽しそうに笑う。男がリーダーを務める『ティタンデザイア』は灰色に殺された人数を含めれば凡そ32人を抱えるギルドであり、それはオレンジだけでなくすべてのギルドを見てもそこそこの規模を誇る。
それを、たった一人で挑みに来るとは自殺行為と言っても間違いではない。
男の仲間が笑う中、灰色は片手でフードを抑えて何かに堪えるように、僅かに背筋を曲げる。
男が訝しげに眉を寄せたと同時に、嘲笑うような笑い声が響いた。
「クハハハハハッ!愚かだなぁ、貴様らは」
灰色は、笑っていた。何かに狂ったかのように。
「あ、何だてめえ何がおかしいんだ」
「……貴様らは、『ティアードロップ』というギルドを知っているか?」
「あー、確か俺たちが三日前に潰したとこだっけ?それが何だよ」
「其れの生き残りから依頼を受けた。『貴様らを殺してくれ』とな」
灰色がそう言うや否や地に突き刺した剣を抜いた。
「故に、今から貴様らを殺す。せいぜい神にでも祈るんだな、
ぐっと灰色の体が沈み込んだ。
「麻痺させて殺せ」
男がそう指示すると全てのメンバーが己の武器を抜いて構えた。その中の半数は常時刃に毒を塗っており少しの傷がつくだけで確定で麻痺させられるように備えていた。
麻痺ナイフの《疾走》スキル持ちがその素早さを生かし瞬時に灰色に肉薄し刃を振るい、容易く弾かれる。
「なに、はや──」
そして、仲間の言葉が終わる前に
ポン、とまるで手品のように見知った顔でなければ笑ってしまいそうになる程鮮やかに綺麗に斬れて首が飛んで行った。
「まず、一人」
灰色が静かに言った言葉に男達の背筋が凍った。
本気だ。奴は本気で
「てめえら舐めてかかるな!囲んで殺せ!」
四人が灰色を囲むように走り、それぞれ武器を振るった。刀が、槍が、剣が、斧がそれぞれ彩色豊かなライトエフェクトを纏う。
ソードスキル。魔法のないSAOシステム下の『必殺技』。半ばシステムが勝手に動かした斬撃が、灰色に襲いかかる。
「甘い、愚かだ」
避けるのは不可能、そう思われたが灰色は体を沈めて手を地について軸として足を水平に払った。
現実においては水平回し蹴りと呼ばれる、システムに頼らぬ真の意味での『体術』。
その蹴りが槍持ちの仲間の足を払って、バランスを崩し自分の上へと倒れ込ませた。
槍持ちは一瞬何が起こったかわかっていない様子だったが、直ぐに状況に気づいた。
「止めろ!俺に当たる!」
しかし、制止の声は届かず三本の武器が背中に突き刺さり、HPが緑の安全域から赤に突入し、呆気なく消滅した。
「ひっ、死にたく──」
ぱりん、と体がポリゴン片になると同時に、その下にあった灰色の体がブレてソードスキル後の硬直を食らっている三人が吹き飛ばされる。
「二人、そして、三人」
灰色が剣を振るって斧持ちの首を刎ねた。
「骨がないな、貴様らは。犯罪者なら少しは気張れ。前殺った『ラビリンスフェイト』の奴らはもう少し粘ったぞ」
灰色がつまらなさそうにそう言って、男は最初に感じた違和感の正体に思い当たった。
「灰色のフーデットローブ、銀色の剣、オレンジ狩り……てめえまさかあの人達が言ってた
「……知らねえよそんな名前」
灰色、
「最初に言った通り、俺は貴様らを殺す。逃げられると思うなよ」
殺気など感じる筈のない電脳空間、その中を灰刃の肌を割くような
「ぐ、死ぬ気で行けっ!数ではこちらが上だ、囲め!同士討ちだけ気をつけりゃいい!」
おお、と男の仲間が叫び灰刃へと走った。どれ程、灰刃が強くともそれでも数には敵わない。何人か死ぬかもしれないが、勝てないはずはない。
しかし、十分後、男は惨めに地面を這っていた。
仲間達も同じ様に何人かは同じ様に地面に転がっている。ただ、その人数は最初より明らかに少ない。
減った人数がどうなったかなど、言うまでもないだろう。
「あ、ぐ……」
思考ははっきりしているにも関わらず体だけが、遅々として動かず、しびれるような感覚が広がっている。
視界の端にあるHPゲージの隣には雷を模したような黄色いアイコンが灯っていた。
「な、んで……」
麻痺毒など食らっていない。男はただ、灰刃に一太刀受けただけだ。にも関わらず何故か男の体を襲っているのは間違いなく『麻痺』の症状だった。
男はせめて武器を握ろうと遠くに転がる自分の得物に必死に手を伸ばす。
その目の前に、灰色が現れる。
「よう、気分はどうだ」
「あ、か……」
「さぞ気持ちいいだろう?今まで貴様らが罪なき一般プレイヤーへと行っていた行為だよ」
灰刃が銀色の両手剣を肩に乗せた。
「どうだ、辛かろう。悔しかろう。さぞ、惨めだろう。貴様らは、こういうことをしていたんだよ」
灰刃の声音は諭す様で、何処か己の子供の過ちを教える親の様な雰囲気でもあった。
たまらず、男は叫ぶ。
「わ、悪かった。俺たちが悪かった!アイテムは全部返すし《黒鉄宮》にでも何でも入る!だから……」
「命だけは助けてくれと?」
「ああ、そうだ!なあ、もういいだろう?お前だってもう十分殺しただろう!」
灰刃は、ぴたりと動きを止めて、俺の顔を見て大きく笑った。
「クハハハハハ!命だけは助けてくれと来たか!お前達が!よりにもよって、無数のその願いを握り潰してきたお前達が、よりにもよってその言葉を!」
急に灰刃が男に顔を寄せた。
「許すわけないだろうが。底抜けの阿呆か貴様は」
灰刃のローブの中はこれほど近づいても何故か暗いままでその素顔は全く見えない。せいぜい、口が付いているくらいしか男にはわからなかった。
「貴様らが貴様らを守るルールを捨てたのだ。今更
灰刃は男から顔を離して立ち上がる。そこで、ようやく男は己の運命を悟る。灰刃は、最初に宣言していたというのに。
「もう、貴様らに戻るべき道はない。その道はとうに燃え尽きている」
────貴様らを殺す、と。
雪の様に、ポリゴンが散っていく。その光景をぼんやり見ながら自身のもう一つの相棒を腰の鞘に納めた。
チン、と小さく鍔と鞘が当たる音が聞こえた。
「…………依頼、完遂」
胸を占拠する虚無感を奥の方へと押し込んで帰るべく廃村を出ようとすると、近くの空き家に背中を預けて自分を待っている人物を発見した。
「ヨウ、お疲レ」
「ああ」
「メールはこっちから依頼人に送っといたゼ」
「すまん」
顔を隠すフードに手をかけて顔を晒して礼を言うと、彼女、アルゴは首をふるふると振った。
「コレで暫くはオレンジの動きを牽制出来てりゃいいんだがナ」
「……俺は頼まれれば何時でも斬ろう」
「バーロー、オイラがそれは嫌なんだヨ。そう何度もお前にこんな事させられるカ」
「そうか。なら、また依頼があったら頼む」
「お前、話聞いてたカ?」
「頼むぞ」
そう言うと、再びフードを被って廃村を出るべく足を進めた。
そんな俺の背中にアルゴの声がかけられる。
「お前、いつまでこんな事するつもりだヨッ!」
「…………答えたところでどうにもならん」
「
後ろは振り返らずそう返して走り出した。廃村を出て、野外フィールドに出て、空を見上げる。
そこに広がるのは見慣れた夜空ではなく、鉄でできた分厚い壁にヒカリゴケが無数に張り付いた仮初めの星。
──お前いつまでこんな事するつもりだヨ。
「そんなの、俺の居場所がここである限り、だ」
今は、それだけが俺の生きる理由だ。
終わりは、暗き闇の中。