それを喜んだかつての仲間たちは、歓迎会をしようと言ってくれた。
しかし、優しい心を持つ彼が道行く先で困っている人々を助けないはずがなく…。
ガシャン、と大きな音がした。
強風にあおられた駐輪場の自転車が、ドミノのように倒れてしまったのだ。そこには監視員であろう年のいった男性が、一人で全部を立て直そうとしていた。
腰が悪いのか、いたた、という声を時たまあげている。
「手伝いますよ!」
その時、後ろから声をかけられた。見ると、若い男性が自転車を手際よく起こしている。
「いいよ兄ちゃん、そんなことせんでも」
監視員は焦ったように言うが、彼は手を止めることなく全ての自転車を立ててしまった。ふうと一息つくと、彼は笑顔を向けてくる。
「これで大丈夫ですね! いつも、お疲れさまです!」
そう言ったかと思うと、何かに気付き勢いよく走り出していく。駐輪場に一人残された監視員は、唖然としていた。
物好きな奴も、いるものだ。
「ああいう若者が、増えりゃいいんだがなぁ…」
そう呟いてから、男性は小さく笑った。
「まだかよ…」
リュウは苛立ったように時計を見て、眉をひそめた。ジョージが腕を組みながら、リュウに問いかける。
「おい、今何時だ?」
「10時28分! もう30分近くも遅れてるぞ、あのバカ!!」
吐き捨てるように言うと、うんざりとしたようなため息をつく。
「何か、あったんですかね」
コノミがメガネをかけ直しながら、心配そうに言った。だが、その隣にいるマリナが軽く肩を叩く。
「すぐ来るよ、きっと」
「だと、いいんですけど…」
二人が会話していると、テッペイがハッとしたように辺りを見回す。
「あれ、総監は?」
「コーヒーを買いに行かれましたよ」
「ああ…変わってないんですね、コーヒー好き」
彼は、納得したように苦笑した。その言葉に、リュウはふっと息を吐いた。
「お前らだって、全然変わってねぇよ。アイツも、あの時のままだったしな」
坂を登り終え、キャリーバックを地面にゆっくりと下ろした。
「ここまでくれば、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとねぇ」
お婆さんは申し訳なさそうにペコペコとお辞儀をしながら、礼を言う。
「いえ、僕ができることをしたまでです。それじゃあ!」
彼は相手に笑顔で一礼すると、坂を降りていった。その先で、子供の泣き声がする。彼はハッとして、向かうべき方向と真逆の方へと走り出した。
子供を見つけると、すぐさましゃがんで相手の肩に優しく手を乗せる。
「どうしたの?」
話しかけられた子供は泣きじゃくりながら、上の方を指差した。その先には、赤い風船が木に引っ掛かってしまっている。
「分かった。ちょっと待っててね」
彼は子供にそう言うと、思いきり飛び上がって風船の糸をしっかりとつかみ、静かに着地した。
「はい、どうぞ」
ニコリ、と笑顔を向けながら風船を子供に渡す。子供はわぁ、と嬉しそうな声をあげて風船を受け取った。
「ありがとう!」
「今度は、離さないようにね」
「うん!」
笑顔で頷いて歩いていく子供を見送り、自分も行くべき場所へ走り出す。
…が、今度は女性の悲鳴がした。
「ひったくりよ、誰か捕まえてーっ」
彼はその声を聞いたかと思うと目を鋭くさせて、走る方向を変え猛スピードで向かっていく。
次の瞬間、ひったくり犯の情けない声が空に響いた。
「…流石に、遅いなぁ」
サコミズはとっくに飲み終わってしまったコーヒーのカップを片手に、ポツリと呟いた。眉を八の字にして、テッペイが小さくため息をつく。
「ええ、もう2時間半になるのに…」
「アイツのことだから、どっかで寄り道してるんじゃないのか」
ジョージが微笑を浮かべると、それを聞いたコノミが人差し指を立てながら言う。
「もしかして…カレーの香りとかに、つられてたり!」
「そんな、子供じゃないんだから」
マリナは、軽く笑い飛ばす。ですよね、とコノミも一緒になって笑い合った。だが、リュウはイライラしながらその場を右往左往し始める。
「笑ってる場合かよ、ったく…いつもそうだ、アイツは」
ブツブツと文句を言い始める彼を見て、サコミズがフフ、と笑った。
「待ってれば、いずれ来るさ」
「まぁ…それは、そうですけど…」
分かってはいるが、ここまで遅いと流石に心配になってくる。
考えてもらちが明かず、リュウが頭をかきむしりながらふと目を横へ向けたときだった。誰かがこちらに向かって、頭を下げている。
「すみません、皆さん! 遅くなりました!」
聞き覚えがある声に、全員が一斉に振り返る。
ゆっくりと顔をあげたのは、間違いなく。
「ミライ!」
「ミライくん!」
名前を呼ばれて嬉しそうにしている彼に、周りのメンバーが駆け寄っていく。
「もう~、遅かったじゃないですか!」
「心配、かけさせないでよね!」
わいわい、とミライの周りで言葉が飛び交う。
そんな彼らをかき分けて、リュウがミライの前に立ちはだかる。
「リュウさん、あの…」
彼がそこまで言うと、リュウは言葉をかき消した。
「何してた」
「えっ」
「こんなに遅れるほど、何やってたかって聞いてんだよ」
にらみを効かす相手に、ミライは指折りながら説明し始めた。
「はい! 待ち合わせ場所へ向かっていたら、ある駐輪場の自転車が強風で倒れてしまって、監視員の方が一人でそれを立て直そうとしていたためお手伝いを。あと木に登って降りられなくなってしまった子猫をお母さんの元に連れていったり、ベビーカーを押していたお母さんの飛んでいってしまった帽子を追いかけたり、それとお婆さんの荷物を…」
「もういい!!」
なかなか止まらないため、リュウは大声をあげた。なんにせよいつものお節介だと分かったので、もう十分だ。
その時、マリナがミライの後ろから走ってきた。
「じゃ、とりあえずお店行こっか」
「お店? どこかへ行くんですか?」
キョトンとしているミライの後ろから、コノミが歩いてきた。
「そうですよ、美味しいカレーのお店です。ミライくんのせっかくの休暇だから、皆でいい店探したんですよ!」
「本当ですか!」
目を輝かせていると、ジョージが彼の肩に自分の腕を乗せた。
「いくぞ、アミーゴ!」
「はい!!」
えへへ、と嬉しそうに笑うミライを見て、リュウがようやく笑みを見せた。
「じゃあ、僕らも」
「ああ」
テッペイとサコミズも、彼らの後を付いていった。
これは、きっとあったであろう、一つのミライのお話。