奥さん、貸した金が払えないなら身体で払ってもらおうか! 作:筆先文十郎
着ている衣服も愛する武具も奪われた王女を、帝国は容赦なく貶めていく。
中世。
小国クライン王国は大国サリウス帝国の度重なる侵略に耐えていた。
クライン王国は小国ながら長年度重なる他国の侵略から独立を保ってきた国だった。それゆえに優秀な将と勇猛果敢な兵。そして高い士気を持っていた。
しかしそんなクライン王国といえど、休む間もなく攻め続けるサリウス帝国の圧倒的な物量には勝てず、ついに首都を明け渡すこととなった。
そして、この日。前線で剣を振るい、その強さと美貌から『クラインの至宝』と呼ばれたクライン王国の第一王女マリアンヌ・クラインの裁判が行われようとしていた。
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サリウス帝国裁判所。
「判決を言い渡します。主文……」
裁判長の厳粛な声が法廷に響く。
被告人席には毅然とした態度で立つ金髪の女性がいた。現在彼女は愛用の武具を全て没収され粗末な衣服を着せられているが、身体からにじみ出る高貴なオーラは幾分も失われてはいない。
マリアンヌ・クライン。
クライン王国の第一王女でありながら、幼い頃から剣や戦術を学びサリウス帝国の侵略を防いだ英雄。切れ長で大きなグリーンの瞳を優しげに輝かせ、細眉の間から嶋の通った高い鼻を中央に飾り、東洋の国に咲く桜のように色づく、小さくて形のいい唇。さざ波のようにウェーブする光り輝く金色の髪は裁判にかけられている者のものとは思えないほど、彼女の美しい顔と同じく見る者の心を奪う要素であり続けていた。
心を奪う要素は顔だけではなかった。
数々の激戦で戦ってきたとは思えないほど、鎧を奪われた彼女の身体は息をのむほどのスタイルだった。
ほどよく豊かに膨らんだバストは、女性として魅力的なラインを描いている。下半身に目を移せば、粗末なスカートからは想像も出来ないほど健康的な太股が現れ、見る者の目を奪ってしまう眩しさがあった。それでいてお尻は胸と対照的にきゅっと引き締まっている。訓練によって培われた程よい筋肉と、女性としての魅力を最大限に引き出す肉感の絶妙のバランス。
類稀なる剣の才能を持ち戦場で戦っていても女性らしさを失っていないどころかその美しさが磨かれた10代後半の若き王女は、今にも爆発しそうな感情を抑えて前を向いて座っていた。
「……被告、クライン王国第一王女、マリアンヌ・クラインはサリウス帝国に対する度重なるテロ、ならびにサリウス・クライン両国民を大量に殺させるよう仕向け、社会秩序に対する重大な影響を与えた。よって思想矯正の執行処分とする!」
「テロ?……国民を殺させるように仕向けた?ふざけるな!!」
抗議の叫びを上げて被告人席から思わず立ち上がったマリアンヌ。だが。
「静かにしろ!」、「おとなしくするんだ!」、「黙れ、犯罪者!」
激昂する王女は傍に立っていた
それでも彼女は訴え続ける。
「敵とはいえ、これが……これが国と国民を想い必死で剣を振るってきた騎士に対する事か!?貴様らに弱き者を助ける精神があるのなら、このような判決はしないはずだ!!」
王女の身でありながら愛する国民のために戦ってきたマリアンヌは、自分が行ってきたことを罪であると言われることが我慢できなかった。
だが、そんな彼女の訴えに耳を傾ける者は一人もいない。
「おかしいのはお前のほうだ!」、「判決に従え!」、「場所をわきまえんか!この
腕や肩を掴まれ、ズルズルと引きずられるようにして退廷させられる。
「間違っている……こんな判決、絶対に間違っている!!」
どんなに叫ぼうと彼女の訴えは届くことは無い。なぜならばこの裁判は『マリアンヌを犯罪者にしたてあげる裁判』なのだから。
それは彼女にもわかっていた。だが叫ばずにはいられなかった。
彼女の悲痛な叫びは裁判所の廊下に虚しくこだまするのみだった。
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裁判が終わるとすぐに睡眠薬を無理やり飲まされ意識を失ったマリアンヌが再び目覚めたのは陰湿な地下牢。
彼女の前に現れたのは一人の男。その男を王女は知っている。
「貴様は、サリウス帝国の王子、ラウンゼル!」
ボサボサの髪に適当に剃った髭。野獣が一流の衣装を身に纏っただけの気品のかけらもない男に、マリアンヌは気勢を上げる。さらりと波打つ長髪の下に凛々しくも鋭い眼差しを灯した王女は、こんな状況であっても毅然とした態度で男を見据える。
「久しぶりだな。マリアンヌ王女。こうして話すのも先日の平和協定以来か?」
まるで偶然道で出会った仕事仲間に語りかけるような口調。その場違いな口調に王女はキッと睨み付ける。
「その平和協定を破った卑怯者が、私に話しかけるな!」
そんな王女に薄気味悪い笑みを浮かべる。
「いいことを教えてやるぜ。てめぇはいずれその卑怯者よりも更に下の男達の足下に跪くことになる。てめぇの意志でな」
「戯れ言を……!」
ラウンゼルは自分を睨みつける少女の下あごを持ち上げる。
「時が来れば分かる。てめぇの本当の姿が、な」
「……ッ!」
男の欲望に塗れた醜悪な笑みに、地下牢に入れられた元王女はキィッと睨み付けた。
どんなことをされてもお前の思い通りにされない。その意志を込めて。
だがこの時、クラインの至宝と呼ばれ美と剣技を兼ね備えた元王女は知らなかった。目の前の憎悪の対象でしかない男の予言通りになることを。
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数ヶ月後。
過激な服装の女性達が集う城下街の一角に、クライン王国の王女だったマリアンヌ・クラインはいた。
「それじゃあ頼むぜ」
「はい、かしこまりました」
みすぼらしい服を着せられているものの、王女の頃の美しさを保ち続けているマリアンヌは媚びた笑みを浮かべながら汚らしい男の足元に
その動きはそうするのが当たり前のように自然であった。数か月前の彼女なら跪くどころか愛用の剣で真っ二つにしていた。そんな彼女が今では何かを期待した顔で自ら進んで男の足元に膝をつく。
「それでは……失礼いたします」
マリアンヌはポケットから汚れ一つない真っ白い布を適度に濡らし
キュキュキュッ
と泥まみれの男の靴を磨いていく。
「どうでしょうか?」
「いいぜぇ、流石はサリウス
少し不安げに尋ねるマリアンヌに男は清々しい笑みで答えた。
「あ、ありがとうございます!」
その一言にマリアンヌは飼い主に褒められた犬のような笑みを浮かべた。
王女から平民に落とされたマリアンヌは城下街の一角にある靴磨きの店に連れて行かれた。
最初は汚らしい靴を綺麗にするのを嫌がっていた彼女ではあったが、ものすごく汚かった靴がピカピカになる姿と客の嬉しそうな笑顔を見るたびに靴を磨くのが楽しくなっていた。
「お、おい!綺麗にしてもらったんならさっさとどけよ!」、「まだ待っている奴がいるんだぞ!」、「お、俺も(靴を磨いてもらって)気持ちよくなって明日の仕事に出たいんだよ!」
マリアンヌに靴を磨いてもらおうと、後ろで待っていた男達が磨いてもらった男に怒りの声を上げる。
マリアンヌは後ろで待つ客をなだめ、先ほど磨いた客に御礼の挨拶をすると次の男の靴を磨く準備に取り掛かった。
元クライン王国第一王女、マリアンヌ・クラインの顔に民の上に立つ王女としての気品や民を守ると言う騎士としての誇りは消え失せていた。あるのは靴を綺麗にして客に喜んでもらいたいと言う靴磨き職人としての喜び。それだけだった。