かささぎの梯   作:いづな

10 / 20
年内最後の更新になります。

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第十話 『ハンター協会本部にて』

一見、ヒソカの表情は穏やかに見えた。丁寧に削って形を整えた、能面のような笑顔であった。

しかし、その下ではドロドロの感情が蠢いている。念が淀んでいる。

そのある種魔的なオーラに呑み込まれ、受験生はヒソカから距離を取る。本能的な体の震えを止められず、目の前の化け物を祈るように見つめるしかなかった。

 

「凄いオーラだな。人のものとは思えねぇ」

 

その恐ろしさを理解した上でなのだろうか。三次試験官のトガリは、僅かに身構えるだけで泰然とし続けている。

手を伸ばし、剣先が半円状に反ったナイフを掴む。そのままそれを回転させ、右手には円状の刃が出来上がった。

 

「俺の裁定が気に入らねぇ、やるってんなら相手になるぜ」

「失格、失格かぁ、残念だなぁ♦︎ 」

 

ヒソカは聞いているのかいないのか、試験官の言葉に返すことはない。ただ、獲物に飛び掛かる虎のように身体だけが前傾に傾いていく。

そしてポツリと呟いた。

 

「――けど、失格だったら、もう我慢する必要もないよね❤︎ 」

 

そこからの勝負は一瞬だった。

試験官の懐に飛び込んだヒソカの右手が、勢いそのまま顔面を狙う。

トガリは辛うじて躱すも、その胸元にはヒソカの能力――粘着性のあるオーラ。

対して、恐らく試験官の発だろう。回転した刃がそれをスパッと綺麗に切断する。変化系か強化系だろう。相性的にはトガリの方が上かも知れない。

ニヤリと彼の口角が上がる。自らの能力で対応可能、ヒソカ恐るるに足らず。しかし、そんな余裕は秒で切って捨てられた。

目の前に居た筈の、ヒソカの姿がない。

見失った、同時に顔に違和感。視界が赤い、顔が熱い、切られた――

 

「警告する! 78番、それ以上動くな! 暴力行為も一切認めない」

 

ヒソカに顔面を二度切られ、悲鳴をあげるトガリ。

ヒソカはそのままトドメを刺そうとして、帯同していた二次試験官、ミザイストムの声が彼を制した。手には見慣れない黄色のカードが1枚。

 

「ハンター試験における合否の権限は全て担当試験官が握っている。裁定が下された以上、お前は不合格だ。そしてこれ以上の暴力行為は試験外と判断する」

「……これ以上続けるとどうなるのかな♣︎」

「お前を傷害罪で逮捕する。オレは特別捜査権を持つ犯罪ハンターだ」

「ここで戦うのも、魅力的だね❤︎ 」

 

ヒソカはオーラで挑発するも、ミザイストムの表情は変わらない。凪の日の穏やかな大海のように、オーラは小揺るぎもしなかった。

 

「試してみるか? 」

「――今はやめとくよ♦︎ まだ他に興味ある相手がいるし、追われると色々面倒そうだ♣︎ 」

 

そう言ってヒソカはトランプを仕舞う。その顔から狂気の色は薄れていた。

 

「ということだ。合格者は飛行船に乗り込んでくれ。不合格者はここで終了だ、この後に来る飛行船に乗り込めば近場の街まで送ろう。来るまで待っててくれ」

 

以上と告げて、三次試験官トガリの護送を指示するミザイストム。

他の合格者と共に飛行船に乗り込もうとするイナギに、ヒソカがするっと近寄ってきた。

 

「君は合格だろ♠︎ ホームコード教えてよ♣︎ 」

「ノーセンキュー 」

「本当につれないなぁ❤︎ 」

 

まぁいいや、とヒソカは踵を返す。

 

「また会おうよ♦︎ その時は闘り合おう♠︎ 」

 

本気で遠慮したいとイナギは心の奥底から思った。

まぁ、これで会うこともそうそうないだろう。

 

 

 

 

かささぎの梯

第十話 『 ハンター協会本部にて 』

 

 

 

 

ハンター協会本部ビルの前である。

三次試験後、飛行船に揺られ一足飛びでやってきた受験生一同の前に現れたのは、女性の試験官であった。

 

「諸君、ご苦労様デス!! ワタクシはキューティー=ビューティーでございマス。カワ美ハンターもさせて頂いておりマスが、今はハンター試験最終試験官としてこの場に立っておりマス。これから最終試験に関して説明させて頂きマス!! 」

 

化粧が滅茶苦茶分厚い、瓜型の顔をした試験官である。非常に小さく、ビスケと比べて尚小柄であった。あと声が異常に高い。

最終試験官と聞き、受験生が騒めく。ここをクリアすれば、待望のプロハンターである。緊張している者、悠然としている者。誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「では説明させて頂きマス!! 今皆様の目の前にあるハンター協会本部の、会長室まで辿り着くことが最終試験デス! ただし受験プレートをお持ちでないと合格とは認められませんので、ご注意下さいマセ。会長室の場所はシークレットですので、ビル内にいる人間に聞いてくださいマセ。アドバイスは、無礼失礼超厳禁!! 中には用があって本部を訪れているプロハンターもいますケド、彼らからうまーく情報を聞き出してくださいマセ」

 

普通に考えれば、一階ロビーにあるであろう受付で会長室の場所を聞き、エレベーターなり階段なりで向かえば終了である。しかしプロハンターになるための最後の壁が、そんなに低いはずはない。

試験官から追加の説明はない。ということは本部ビル内で何かしらの妨害があり、それを乗り越えて辿り着けということなのだろう。

その上で質問をする受験生と、応える試験官。それらを全部うっちゃって、イナギは試験官の手元に注目していた。

ビスケの修行の結果、イナギにはとりあえず凝で観察する癖がついている。いつも通り行うと、試験官の指先からはオーラで次の文が出されていた。

 

"352番は、試験開始から5分後にエレベーターに乗って屋上まで来い。さもなくば失格とする"

 

残っている受験生の中に、イナギ以外にも念が使える者は数人いる。しかし彼らに言及はなく、ただ352番――イナギのみを呼び出す文言。

何か不味いことしでかしただろうか。目でキューティー試験官に問いかけるも、意図的にだろう、こちらを見ようとしない。

先ほどのヒソカの一件で、試験の合否は全て各担当試験官に委ねられている事はよくよく分かっている。無視して会長室に辿り着いたとして、不合格と言い渡されればそれまでである。つまりイナギに選択肢などない。

ヒソカがいなくなってもこれである。厄介なことにならなければいいなぁ、なんてイナギは一つ溜息をついた。

 

 

 

 

 

▽▲

 

 

 

 

 

最終試験が始まった。

後を付いて来ようとしたシュルトを絶でまいて、イナギはエレベーターにて屋上に上がる。

50人は乗れそうな大型のそれの中に、現在イナギは一人きり。チンと到着を告げる音に見送られ扉を出たイナギの前にいたのは、スーツ姿の若い男であった。

背丈は180センチ前後だろうか。黄土色の髪に、真っ白な歯。爽やかな笑顔。顔立ちも非常に整っている。

屋上で待っていた彼は、和やかな雰囲気でイナギに話しかけてきた。

 

「やあ、初めまして、パリストンといいます! 昨年からハンター協会の副会長をやらさせてもらってます。君がビスケット=クルーガーさんの弟子のイナギさんですか? 」

 

ハンター協会の副会長。超大物であるが、接点は全くない。

何か用なのだろうか。意図が全く分からず、物凄く気持ち悪い。

 

「はい、そうですけど……パリストン副会長はビスケ師匠をご存知なのですか」

「当然ですよ。ビスケさんは協会内でも有名な方ですから。特に人を育てることにかけては、定評があるんです」

 

ただ、かなり気分屋で教える人を選んでるみたいですけどね、と残念そうに肩をすくめる。

もっと協会に貢献してくれればいいんですけどねー、ということらしい。

 

「だから、貴方のことは協会内で結構有名なんですよ。あのビスケさんが、この2年間自らのハントをほとんど行なっていなかった理由として」

 

ビスケの念能力や指導者としての腕を考えると、有名なのは納得である。初めて会った時に吹っかけられたと思っていた50億ゼニー。師事するにあたっての報酬額だが、至極まっとうな数字だった訳だ。

ただ、協会内でそこまで噂になってるとは思っていなかった。まぁ、ダブルハンターが2年も活動を取り止めたとなれば、おかしな話ではない。

 

「それで、副会長は受験生である私にどんなご用でしょうか」

「いやぁ、実はビスケさんをそこまで長期間拘束されたのは、正直ハンター協会にとってもかなり痛手だったんです。だからその原因の君に、協会への貢献を要請したくて来てもらいました」

 

それから説明されたパリストンの主張を纏めると、次のようになった。

協専ハンターというものがある。協会の斡旋専門、略して協専。ハンター協会が政府や企業から依頼された仕事を専門に請け負うプロハンターの事である。

メリットは、仕事の成否に関わらずリスクや難易度に応じた報酬が与えられる事。そして協会を維持するために、彼らの存在は必要不可欠だと。

 

「イナギさん、ここまでの試験結果は見させて頂きました。あなたの戦闘力は中堅プロハンターを越えている、素晴らしいものです。賞金首ハンターとしてなら、直ぐにでもやっていけるでしょう。あなたの力、協会のために役立ててくれませんか? 」

 

あなたの貢献が、あなただけでなくビスケさんの評価にも繋がります。ビスケさんに恩を返す絶好の機会ですよ!

イナギに向かって手を差し出し、一緒に頑張りましょう! と誘ってくるパリストン副会長。

しかし今のイナギにとって、行動を制限されるのは避けたかった。デッドラインまで時間はあるが、故郷壊滅の手がかりが見つかればそちらに注力する事になる。迷惑をかけかねない為、断る以外の選択肢はなかった。

 

「それは強制でしょうか」

「いえ、勿論そんな事はないですよ」

「であれば有難いお話ですが、協専ハンターになるというのはお断りさせて頂き――」

 

――そこまで言葉を述べた所で、イナギはパリストンの異常さに気づいた。

目だ。表面上笑っているが、目がガラス玉のように無機質。

こいつ、人を見ていない。人を人と思っていない。飛べない小鳥をつついて遊ぶ、無邪気で残酷な猫の目。

 

「分かりました。残念ですが、仕方がないですね」

 

幾秒、或いは幾分だろうか。パリストンの圧に晒されていたイナギだったが、ふっと気配が緩んだ。

不気味さが消える。パリストンは爽やかな声でイナギの背後に向けて呼びかける。

 

「お待たせしました! ミザイストムさん」

 

そこにいたのは、二次試験官を務めていた犯罪ハンター、ミザイストムその人であった。

 

「……待ってない。ただ、おまえが受験生に何か良からぬことをするんじゃないかと心配でな」

「ははは、そんなことする訳ないじゃないですか」

 

だって僕副会長ですよ。未来の協会員の不利益は、僕の不利益ですから。

そんなパリストンを無視して、ミザイストムはイナギに話しかけてくる。

 

「352番、気づいてないかもしれないが、試験が始まってから何度か館内放送が流れている。最終試験は後10分で終わるぞ。本来なら屋上にも流れるんだが」

「どうやら屋上のスピーカー、壊れてたみたいですね。ミザイストムさん、ありがとうございます。せっかく最終試験まで来たのに、イナギくんが不合格になる所でした」

 

そう言って、パリストンは踵を返す。

イナギとミザイストムの脇を颯爽と抜けて歩いていく。

 

「イナギくん、ハンターになったら、是非またお会いしましょう」

 

通りがけにそんな言葉を残して、パリストンはエレベーターの中に消えていった。

 

「……悪かったな、ハンター協会のゴタゴタに巻き込んで」

 

パリストンの乗るエレベーターの扉が閉まったのを確認して、ミザイストムはイナギに話しかけて来た。

 

「ゴタゴタですか? 」

「そうだ。まだ協会員になってない奴に話すのもあれなんだが、パリストンが副会長になったのは昨年からでな。会長の座をとるために色々暗躍してる。協専ハンター、誘われたんだろ。協専ってのは、要するにパリストンの子飼いハンターのことだ」

 

ハンター協会も一枚岩ではないってことさ、とミザイストム。

危ない、知らずの内に配下になる言質を与える所だったのか。

 

「今後もあいつはちょっかいをかけてくるかもしれない。ビスケット=クルーガーの弟子であれば問題ないとは思うが、一応俺のホームコードを渡しておこう。それに君がビスケの肝いりだって噂になってるのは事実だからな。他にもトラブルが寄ってくるかもしれない、何かあったら頼ってくれてもいい」

 

そういってホームコードが書かれた紙を渡してくるミザイストム。

確かこの人、ダブルハンターだったよな。ハンターになる前からこんな伝手ができたのは怪我の巧妙か。

そんなことを考えつつイナギもケータイを取り出して、その場でホームコードを送り返した。

 

「さて、会長室は一つ下の階だ。もう時間もないだろう、そこまで送っていこう」

「そんな依怙贔屓していいんですか? 」

「なに、迷惑をかけた詫びとでも思ってくれればいいさ」

 

元々そういう体での試験だしな、なんて呟いたミザイストムに連れられて、イナギは無事会長室に辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 

▽▲

 

 

 

 

 

「イナギさん!」

 

会長室に入ると、イナギを呼ぶ声がした。同時に駆け寄ってくる少年。シュルトである。

 

「全然来ないから心配しましたよ、あんだけ大きなこと言っといて本人が失格だなんて笑えませんからね」

 

前半だけなら可愛い同輩なのだが、クソ生意気である。合格した安堵と興奮からだろうか、普段より幾分かテンションが高かった。

 

「とにかく合格ですから、約束は守ってくださいね!」

「分かったよ、詳しいことは後でな」

「はい、よろしくお願いします!」

 

めんどくさげに答えるも、シュルトからは全力で振られる尻尾が見える気がした。どんだけこいつ嬉しいんだ。

そしてシュルトと話し始めた時から、会長の傍にいる犬っぽい女性にそこはかとなくプレッシャーかけられてる。何だろう、動物のコスプレが流行ってるんだろうか。そして俺はどうして威嚇されてるんだろうか

――そうこうしている内に10分が経った。最終試験官のキューティーが一歩前に進み出る。

 

「皆サマ、お疲れ様でございマス!! ただ今をもちまして、第286期ハンター試験を終了とし、この場にいる7名を最終試験合格といたしマス!! 」

「それでは早速ですが、引き続きハンターライセンスについての説明会に移らせて頂きます。まず、ハンターライセンスをお配りさせて頂きます」

 

試験開始時にプレートを渡してくれた豆型の小男が、恐らく会長室に辿り着いた順番だろう、合格者全員にライセンスを手渡していく。

サイズはテレフォンカードより一回り大きいくらい。想像していたよりも、何というか大分控えめであった。

 

「皆さんにお渡ししたこのカードがハンターライセンスです。意外と地味だとお思いでしょうが、その通りです。カード自体は偽造防止のためのあらゆる最高技術が施されている以外は他のものと変わりありませんから。ただし効力は絶大!! まずこのカードで民間人が入国禁止の国の約90パーセントと、立ち入り禁止地域の75パーセントまで入ることが可能になります。公共施設の95パーセントはタダで使用できますし、銀行からの融資も一流企業並みに受けられます。売れば人生7回くらい遊んで暮らせますし、持ってるだけでも一生何不自由なく暮らせるはずです」

 

何とも素晴らしい許可証である。素晴らしすぎて集まってくる厄介ごとに目を瞑れば、であるが。他人には使用不可なのに欲しがるものが後を絶たないとはビスケの弁。

 

「それだけに紛失・盗難には十分気をつけて下さい。再発行はいたしません。我々の統計ではハンターに合格した者の5人に一人が一年以内に何らかの形でカードを失っております。プロになられたあなた方の最初の試練は、"カードを守ること"と言っていいでしょう! 」

 

そして豆男のキメ顔である。多分毎年説明しているんだろう、非常にこなれていた。

続いて協会の規約について、と話は移っていき、30分後。

 

「――さて、以上で説明を終わります。後はあなた方次第です。試練を乗り越えて、自身の力を信じて、夢に向かって前進して下さい。ここにいる7名を、新しくハンターとして認定致します!! 」

 

さて、これでプロハンターである。

生き延びる為の第一歩、近づいたことを一先ず喜ぼう。

 

「では最後に会長、一言お願いします」

「ふむ。さて、これでもうこの建物を出たら諸君らはワシらと同じ! ハンターとして仲間でもあるが、商売敵でもある訳じゃ。ともあれ、次に会うまで諸君らの息災を祈るとしよう」

「以上、解散!! ――あ、イナギさんはこのまま会長室に残ってください」

 

何だろう。何かやらかしただろうか。


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