かささぎの梯   作:いづな

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天空闘技場編(旧13話)の埋葬理由は、念を衆目に晒すことによるリスクをイナギに取らせる理由が見つからなかったからです。

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第十四話 『カサ族の試練』

カサの宴は燃えに燃え、本当に5日間休みなく続いた。

飲めや踊れやのどんちゃん騒ぎ。人の尊厳をかなぐり捨てて、文字通り浴びるように飲んだ日々。

記憶も結構頻繁にお出かけをしていて、最終日はほぼほぼ行方不明であった。

 

――そうして、宴が終わって15時間後。

イナギはジリジリと上昇する気温に根負けして、重い目を開け身を起こした。

そこは木の棒を支柱として建てられた、円錐形の天幕であった。恐らくカサの誰かが放り込んでくれたのだろう。

続いて全身を確認するも、衣服に異常はなし。どうやら意識がなくても防衛本能は働いていたらしい。

続いて隣でグースカ寝ているシュルトの確認をするも、どうやらコイツも大丈夫そうだった。

ほっと一息ついて、寝かされていた天幕を抜け出す。すると近くで宴の片付けをしていたウルザナが寄ってきた。

 

「イナギ、起きたか。早かったな」

 

昨日は大分盛り上がったからな、なんて話すウルザナの顔は朗らかである。

周囲のカサ族の人も同様で、ストレス発散になったのか宴前よりイキイキしていた。

 

「片付けもせず寝ててすまなかった」

「客人は容赦なく飲まされるからな。気にするな」

 

休んでていいぞと言われるが、むろんそんな訳にはいかず。

そこから片付けを手伝うこと30分。

まぁ、なんということでしょう! オアシスは綺麗な様相を取り戻していた。

 

「さて、では成人の儀についてだ。雨まではまだ時間があるが、場所が結構先だ。早く出発した方がいいな」

「ならさっさとシュルトを起こして準備」

「おはようございます! さぁ、今日から念の修行ですよね!!」

 

バサっと天幕の帷を分けて、勢いよく出てくるシュルト。

イナギとウルザナは目を見合わせると、同時に無言で頷き合った。

 

「よし確保!!」

「トラックはそこだすぐ出すぞ」

「っていきなりなんですかあああああ」

 

そんなこんなで容赦なくアブダクション。

担がれて連行されるシュルトは、事態が飲み込めないままカサのオアシスから連れ去られるのであった。

 

 

 

 

かささぎの梯

第十四話『カサ族の試練』

 

 

 

 

目の前にあるのは、砂漠のど真ん中に似つかわしくない、巨大なキノコ型の建造物。

金属で作られたそれの高さは優に50メートルは超えており、傘の部分は水平な円形。つまり、ハンター予選の発着場である。

そこから離れること約1キロ。イナギ・シュルト・ウルザナの3人は、大岩の上からそれを眺めていた。

中でも初見のシュルトは、意味が分からない建造物に目を白黒させている。

 

「何ですか、あの変な形の鉄塔。新種のキノコじゃないですよね」

「飛行船の発着場だよ」

 

飛行船? ここに? と見回すシュルトの目に入るのは、熱された砂と岩ばかり。

いや、もう一つあった。

 

「じゃあそこらに散らばる金属の残骸は?」

「ミズオイムカデの食べ残しだな」

 

両方ともハンター予選の名残りである。

 

「え、ムカデ? ミズオイ? 」

「見せた方が早いな。イナギ、コイツをなるべく遠くに投げ込んでくれ。届くか? 」

「誰に言ってるよ。短過ぎるくらいだ」

 

戦慄するシュルトを他所に、ウルザナは蓋を軽く閉めたペットボトルを放ってくる。

受け取り、握りを確かめてから振りかぶって遠投。

透明なそれは太陽の光を反射させながら綺麗な放物線を描いていき、地面にぶつかった衝撃で蓋が外れる。

散らばる水。瞬間、地面から飛び出してくる人型サイズのムカデ。

それが止めどなく次から次へと襲いかかり、あっという間に褐色の球体が出来上がった。

 

「あれがミズオイムカデだ」

「シュルトくん、君にはこれからあの大群の行進の中気配を消し続けてもらいます」

「死にます」

 

そう言い切るシュルトの目からは、既に死んでるんじゃないかってくらい光がなかった。

 

「そもそも、僕なんでそんな事しなきゃならないんですか? 」

「受けたいって言ったじゃないか」

「誰が? 」

「お前が」

「いつ? 」

「宴の最中、カサ族の成人の儀式受けたいって。ほら、クリアするとモテるやつ。ハニトラには気をつけろよって」

 

……あぁ〜、あれね。確かにあったねそんな話も。

その時の会話は、シュルトの脳裏に確かに残っている。が、だれがこんなシビアな試練だと思うのかと小一時間。

 

「やっぱり僕いいです。まだ暫く子どもでいたいです」

「そんなシュルトくんに朗報です」

 

後ずさって逃走も辞さない構えのシュルトに対し、イナギはまぁ待てと声をかける。

 

「この試練、クリアすると念が使えるようになります」

「ありがとうございます試練行ってきます! 」

 

転身して全力で突っ込もうとするシュルト。

流石にそんな状態のままだと本当に死にかねないので、起こりで転ばせて落ち着かせる。

拳骨で短慮を咎めた後で、ウルザナと2人でかくかくしかじか。

 

「なるほど、砂漠に適応する為に水の匂いを感知するムカデですか。だからここにくる前に用を足したし、水も飲ませてくれなかったんですね」

「酒飲んだ後、しかも寝起きだから身体の中カラカラだろ? 」

「はい、もう汗一滴出ないです」

 

ならば、この試練のためのベストコンディションである。

 

「まぁ雨降ってる時は基本大丈夫みたいだからな。あ、流石に触れたら襲ってくるから、mm単位でも掠るなよ」

「それだけ乾いてたら大丈夫だとは思うが、呼気にも気をつけろ。出来れば息はするな」

「何ですかそれ、死んじゃいますよ」

「精々数分だから死にゃしないさ。落ち着いたか? 」

 

はい、とゆっくり頷いてみせるシュルト。

髪はボサボサだし、皮膚はカサカサ。水分が足りなさ過ぎて、肩で息する有様だ。

が、その目だけは爛々と輝いていて。これは大丈夫だとイナギは確信した。

 

「そら、タイミングピタリだ。雨が来たぞ」

 

そう言ってシュルトを担いで岩を降りると、ウルザナに指示されたポイントまで連れて行く。

振り出した雨を感じたのだろう。

2人のすぐ先で、黒光りする無数の甲殻が、砂を割ってゆっくりと出てきてた。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲

 

 

 

 

 

 

シュルトは激怒した。

必ずあの邪智暴虐な師を、いつか分からせてやると決意した。

シュルトには念が使えぬ。けれどもそれを騙る悪意には人一倍敏感であった。

 

(これで念に目覚めなければ、絶対に一発入れてやる!! 絶対に!! )

 

正直、水分不足で若干意識が朦朧としていた。

そこに投げられた「念」の言葉にやる気を出して、元気よく返事をしたような気もする。

そこからは急転直下。ぼーっとしながら会話してたら、気づいたら担がれて無理やり立たされる。

――そうしてフッと我に返った時、20m先には死の大群が広がっていた。

 

赤黒い頭部に、テラテラと光る褐色の胴。節からは百を超える脚が飛びており、身体を左右に揺らしながらゆっくりと前へ進む。

天高く掲げられた2本の触角は、雨に触れるたびに微かに揺れている。

しかし彼らの2対の目は、退化しているからだろうか。何かを映す事はなく、何かが浮かぶこともない。

その行進は虚無。プログラムされた機械が歩を進めるように、粛々とその時は近づいてくる。

 

シュルトの左前方にあった巨岩に、先頭の1匹の触角が触れる。それと同時に出来上がる暗褐色の球体。

もぞもぞと暫く蠢いていたが、数秒でスルッと解けて歩みに戻る。残るのはパラパラと舞う無数の砂だけだった。

 

心臓がうるさいくらい鳴っている。

ここまでくれば、もう最後尾を抜けるしかないことは痛いほど理解できた。

 

そして、正面の触角がシュルトを超える。

呼気を抑え、僅かに移動。間隙を見極め、流れる安置に身を滑り込ませる。

彼らは真っすぐ進まない。捻りながら進む為、周囲の空間すべてを知覚する。

気配は抑え、ただ流れに乗る。移動、待機。また移動。5秒10秒先の未来を見極め、ただ冷静にそれをなぞる。

 

あれだけでないと思っていた汗だろうか。雨かもしれない水滴が、シュルトの眉に溜まっていく。

晴れの日であれば、今この瞬間にムカデの中だろう。そんな些事を即座に捨てて、ただ雨の中に紛れて消える。

 

……そのまま、どのくらい経っただろうか。

一瞬だったようにも、永遠にも思える濃縮された時間が過ぎて。

 

「お疲れ様、よく乗り越えたな」

 

頭への軽い衝撃。

ポンっと乗せられた掌の感触で、ふっと意識が浮上する。

ミズオイムカデの群れは遥か後方。シュルトは無事、カサ族の試練をやり遂げていた。

 

「非常にスムーズだったな。良い試練だった」

「だろ、俺の弟子だぞ。そりゃこんくらい朝飯前よ」

 

なっ! とウキウキした顔で微笑みかけられるも、次第に湧いてくる怒りが全身を満たしていき。

 

「まだ……」

「まだ? 」

「まだ、何も教えてもらってないわあああああ!!」

 

思わず本気で殴り掛かるシュルトに、ハハハこ奴めと受け切るイナギ。

その傍らで楽しそうにプカプカ煙管をやるウルザナ。

――そんな彼らを上から見守るように、頭上に浮かぶ3本の小傘。

まるで踊るかのように、クルクルと楽しげに舞っている。

 

これこそが、ロマブに来た目的そのもの。

念の覚醒を促す、カサ族に伝わる徴収型の念能力であった。

 

 

 

 

 

△▼

 

 

 

 

 

――カサ族の長が代々継承している念能力

『砂漠の乙女(デザート・アンブレラ)』

 

砂漠の厳しい環境を生き延びる為に作られた、徴収型・操作系の念能力。その特徴は、カサ族の相互扶助である。

まず小傘を差された者の精孔が閉じている場合、垂れ流しになっているオーラを留めてくれる。疑似的な纏であり、赤子や老人の生存率を飛躍的に高められる。

一方精孔が開いた者からは、オーラの一部を徴収。そのオーラを使い、小傘が差された者全員に"ロマブの生物から餌や敵と看做されない"念を付与しているのだ。

 

試練は全部で11あり、クリアする度に能力が解放されていくらしいのだが、今重要なのはこの第一段階。

つまり擬似的な纏が可能な状態なら、精孔を無理矢理起こしてもオーラが枯渇して死亡する恐れは無くなる。

こじ開けるリスクを極限まで減らせる、とても修行向けの発なのであった。

 

「それで、その疑似的な纏っていうのを僕はいつになったら使えるようになるんでしょうか」

 

説明を聞き終えたシュルトは、実感が湧かないのか訝しげな表情である。

 

「もうなってるぞ。例えば、そうだな。試練前までと比べて、少し涼しくなったと思わないか?」

「……言われてみればそんな気もしますけど」

 

もう昼近いのに凄いだろぉと言うも、それだけなのかと不満気なご様子。あくまで擬似的なものなので、纏と比べると効果は控えめだからなぁ。

このまま無理やり起こしてもいいのだが――シュルトの精孔の開き方を見るに、もしかしたら行けるかも知れない。

 

「よし。シュルト、俺の頭の上に何か見えないか?」

「イナギさんの頭の上ですか? 特に何も……いや、ちょっと待ってください。なんか空間が揺らめいてるような」

 

ビンゴ。いけそうである。

 

「そのまま。その揺らぎに集中してみろ」

「はい。えっと……透明な台風? 何かがゆっくり回ってるような気がします」

「ようしよし。当たらずとも遠からず、だな」

 

やはり、愚直な燃の賜物だろう。想像以上にオーラの知覚が早い。

垂れ流していたオーラが体表に留まった今、見ることを意識しただけで、目の精孔がどんどん開いている。

 

「そう、それが今話したカサ族の小傘だ。拳を一回り大きくしたくらいの傘だな。くるくる元気に回ってる」

 

むむむ、と何もないはずの空間を凝視するシュルト。それを手で遮って、いったん止める。

 

「ちなみにさっき話したように、こいつは既にお前のオーラを留めてくれてる。そっちを意識してみると、何か感じ取れないか?」

「えぇっと、あ、さっきよりもなんか暖かいかも。お風呂入ってるみたいですね」

 

ちょっと集中してみますと言って、目を瞑って意識を内側に向ける。

するとその深さに比例するように、まるで古い角質が剥がれ落ちるみたいに全身の精孔が開かれていく。

立ち上るオーラの勢いが加速度的に増していき、小傘はその勢いでぴょんぴょんと飛び跳ねては頭の上に戻ってきている。

そして5分後。シュルトの精孔は完全に開かれた。

 

「これが、念……」

「その通り。これこそが、お前が何年も夢見ていた"念"で間違いない」

 

シュルトの全身からは、湯気のようにオーラが立ち上っている。

まるでヤカンの注ぎ口から噴き出す蒸気のようなそれは、シュルトの生命エネルギーそのものである。

このまま出し尽くせば疲労困憊は免れず、その状態が続くと生死に関わる。

が、通常霧散して空気中に消えるオーラは、身体から50cmほどの所で、大きく開いた傘地によって押し戻されている。

何やらこの念、イナギの想定を大きく超えて、念習得に有用過ぎる発である。

これが公になったら中々大変なことになるかもしれない、なんて考えが頭に過ぎるも、

 

「――さて、それじゃあ次だが」

 

一新人ハンターが出来ることは何もないので、それは捨て置き先を進める。

感動に水を注されたシュルトはちょっと何か言いたげだったが、一々感動されてたら切りがない。

 

「いいか、今は小傘が代わりに纏を行ってくれているが、それじゃロマブを出たらすぐに生命エネルギーが枯渇するぞ。自分でオーラを留めようと念じながら構えてみろ。

身体から出たオーラが、血液のように全身を巡っていると想像してみろ。目を閉じて頭のてっぺんから右の肩、手足と通り左へ。そして流れがゆっくりととまり、体の周りで揺らいで――」

 

イナギの言葉を受け、その場で目を瞑り自然体で取り組むシュルト。そのオーラの揺らぎを見て、適宜指示していくイナギ。

――そうして30分。

途中コントロールを失って傘が幾度も大きくなりながら、シュルトは何とか安定した纏をマスターした。

 

「ふむ。終わったようだな」

 

ここまでの間、イナギの指導を静かに見続けていたルザナが話しかけてくる。

 

「いきなり修行始めて悪かった」

「いや、興味深かったから気にしないで欲しい。とても良いものを見させてもらった」

 

疲労困憊のシュルトを見る表情と声音から、どうやら本当に感心しているようである。

その顔がクルリと動き、脇のイナギにも注がれる。

 

「シュルトだけではない。お前にとっても初めての教え子なんだろう? 中々堂に入った教え方だったぞ」

 

これならすぐにでも、若い奴らに教えて欲しいくらいだ。

なんて真正面から褒められて、少しばかり面映い。

ポリポリ頬をかきながら、シュルトのついでならまぁと返すと、うむと大きく頷かれた。

 

「しかし、ハンターというのは本当に念に詳しいんだな。 今度来るやつにも期待が持てる」

「――今度来る? ハンターが? 」

 

『カサ族の発は、念習得に有用過ぎる』

先程切って捨てた嫌な予感。取るに足らない筈の会話の奥から、むくりと鎌首をもたげてくる。

 

「あぁ、ハンター試験ナビゲーターの報酬の1つとしてな。 あまり期待してなかったが、中々良い交渉だったようだ」

 

してやったと言わんばかりのウルザナは、全く感じていないそれ。

真綿で首を絞めるような、気づいたら自ら巻かれにいくかのような。

 

「ちなみに、その交渉にはどういう奴が」

「うむ。かなり上の立場だぞ。何と言ったってNo.2だからな」

 

残酷な悪戯。優しい悪意。

ハンター協会本部のビルの上で見た、無邪気で残酷で無機質な双眸は。

 

「イナギも知っているだろう? パリストンと言ったか、アイツの頼みを聞いたのは間違いではなかったな」

 

掴みどころの無い倒錯した愛情が、カサ族を包み込もうとしていた。

 

 

 

 

 

△▼

 

 

 

 

その後、居留地に戻ったイナギ達を待ち受けていたのは、初日同様トラックを取り囲むカサ族だった。

同時に鳴り止まない宴シュプレヒコール。

 

「よろしい、ならば宴だ」

「それはもういい!」

 

え、何言ってんだコイツみたいな目を向けられるも何とか押し留めたイナギは、この酒好きだけは何とかならんものかと溜息をついた。

 

そうして、その日から毎日シュルトを扱く日々が始まる。

時には合間に。時には合同で。カサ族の指南もしながら、弟子への修行は緩めない。

その密度を全て押し込めるように、かつての無念を過去にすべくシュルトは驚異的なスピードで念を会得していく。

その速度たるや、カサ族首脳陣が真面目にハニトラを検討するレベル。

既に四大行は一通り納め、水見式の結果系統は放出系。系統に合致する応用技"円"も既にマスターした。

 

――そうして4ヶ月と少し。

師弟がロマブを出る日がやってきた。

 

「イナギとシュルト。本当に残らないか? 」

「あぁ。悪いがやらなくちゃいけないことがあるからな」

「僕もカサ族の皆さんは好きですが、ここに永住するのはちょっとですね」

 

まだまだ学び足りないので、イナギさんと離れるつもりはないですし、とシュルト。 なおイナギの側も、初めて人に教える事で実力の向上を実感しているため、既に中途半端で放り出す気は失せている。

強さへの貪欲さという点で、何気に似た2人であった。

 

「そうか、ならば仕方ない。無理強いして嫌われては本末転倒だしな。だが、我々はいつでも歓迎する。是非またその道が交わらんことを」

 

優しくも深い眼差しで惜しむウルザナに、思わず感じ入る2人。

その気持ちを知ってか知らずか、2人の肩にゆっくりと手を置いて。

 

「……それで本当に、本当に別れの宴はしないのか? 」

 

今生の別れでもここまで出ないってくらい、先ほどよりもよっぽど深刻なトーンであった。

 

「さすがに長居し過ぎたからな。しないぞ」

「……少しだけでもどうだ? 」

「少しならいいけど、少しじゃ終わらなかったからね! 」

 

なお修行の労を労うと言って始まった宴は、軽く3日続いた。

イナギの断固たる決意に意気消沈しているウルザナは、まるでびしょ濡れでテンション下がった大型犬のようである。

 

――パリストンに対する警告は、現状手詰まりになっていた。

流石というべきか彼の人格的評価は思いの外高く、実力不安もイナギのお陰で解消してしまったが故である。

ただ、何かおかしい様子があれば必ず連絡をする事だけは約束させた。

その時こそ、イナギの人脈が役立つかもしれない。連絡と付け届けは欠かさないようにしよう。

パリストンと敵対してるっぽい牛柄のダブルハンターを思い出しながら、イナギはギュッと携帯を握りしめる。

 

そしてそんな師匠の傍で、シュルトはカサ族の女の子と別れを惜しんでいる。

今回イナギが面倒を見たカサ族の中で一番伸びたその子の名前は、アイヤナ。シュルトの余興に付き合ってくれた、彼にホの字のあの子である。

シュルトのように下積みがないのに迫る成長を見せた彼女の系統は、純粋な強化系。

別れを厭う気持ちからか段々と強まるパワーハグに、シュルトの顔からはゆっくりと笑みが薄れていったりした。いとをかし。

 

――そんなこんなで、カサ族との別れを済まし。

行き同様ウルザナに空港まで送り届けてもらった師弟は、天空闘技場へ向かう飛行船を予約する。

残念ながら直行便は満席。ハンターライセンスを出せば問答無用で乗り込めるのだが、厄介事も引き連れてくるので、その次に早いパドキア共和国経由を2枚購入。

出発まで時間がなかったため駆け足でチェックインした二人は、現在機上の人となっていた。

一面に広がる砂世界があっという間に遠くなり、次第に雲海に隠れて見えなくなる。

そのまま高度が上がり、大きな山脈を越える。食堂で遅めのランチをしていた二人の頭上から、ポンッと破裂音が聞こえてきた。

 

「あれ、何か音が」

「俺の上見てみろ。何か気づかないか? 」

「えぇっと、子傘が、見当たらないですね」

「そうだ。カサ族の発『砂漠の乙女(デザート・アンブレラ)』は強力な念だが、その効力が及ぶのはロマブ砂漠のみ。後で話すが、制約と誓約というやつだな」

 

制約と誓約! と、新しい知識に前のめりになる弟子を落ち着かせる。

小傘が消えた今、しておかなきゃいけない確認があった。

 

「その感じなら大丈夫だと思うが、きちんと纏は出来てるか? 」

「そんなの当り前で……あぁ、なるほど。小傘が消えてオーラ留める念がなくなったからですか」

「その通り。ロマブにいる間は纏を補助してくれるからな。纏が揺らいでるなら、基礎修行やり直しだったが」

 

一応、そのまま"練"や"絶"、"凝"もさせてみるも全く問題なし。

『砂漠の乙女(デザート・アンブレラ)』なしでも、シュルトは四大行をしっかりと修め切っていた。

 

「よし、大丈夫、と。じゃあシュルト、裏ハンター試験合格だな。おめでとう」

「裏ハンター試験? なんですかそれ、僕ってまだハンターじゃなかったんですか」

「そうさ。念法の会得はハンターになる為の最低条件。何故ならプロのハンターには"相応の強さ"が求められるからな。念を身につけない内は、プロハンター見習いといった扱いなのさ」

 

ハンター10ヶ条のうちの1つ、最低限の武の心得。即ち念の習得。それを会得したシュルトは、今初めて真のプロハンターとなった。

って事は、その旨協会に報告しないとな。天空闘技場に戻ったらビスケにしてもらえばいっか。

ついでにパリストンの事も相談しておこう。

 

そんなことをつらつらと思いながら、より一層やる気を出しているシュルトを温かく見守る。

もう眼下に広がるのは、白と青が混ざった空と海の世界。

遮るものは何もなく、目的地へ向けて一直線に進んでいく。

そんなこんなで、二人はじゃれあいながらエルベガを後にするのだった。

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