我ながら飲みに飲んだ一晩だった。
シュルトが実家へドナドナされた後も、引かない人波と満ちる盃。クローズしてから3度目の乾杯にキレたカポクオーコの怒声が、その日の幕引きとなった。
直ぐに部屋に引っ込み、汗を流して倒れるようにベッドイン。
その後は全て事もなし。目覚ましを掛けずに寝たのもあって、パチリと目覚めたら既に9時過ぎだった。
「っかしいな。あいつなら日の出と同時に来ると思ったんだが」
久しぶりに読みが外れたかなんて溢しながら、荷物を持って1階へ。
昨晩の宿泊客は自分一人だったのか、ガランとしたフロアにいたのはカポクオーコとレオリオだけだった。
「おはよう、寝過ちまった。それにしてもシュルトまだなんだな」
話しかけるも返事はなし。厨房で下拵えをするカポクオーコと、帳簿をつけているレオリオ。集中しているのか、二人とも目すら合わない。
カウンターの椅子を引いて、レオリオの並びに腰掛ける。
タンタンと野菜が刻まれ、カリカリと文字が書きつけるリズミカルな環境音。しばらく続いたそれが、図ったようにピタッと止まった。
「なぁ、先生さんよ。俺は、いや俺たちは、この街のもんはみんなアンタに感謝してるぜ」
「お、おぉ。急に何だよ」
「あぁ、感謝してる。それは嘘じゃねぇ。だがな、先生。悪いこた言わねぇ、何も言わずに、すぐにこの街から出てってくれ」
「お、おぉ? そりゃシュルトとの待ち合わせが終われば出て行くが……って街? 宿じゃなくて? 」
「街だ」
「何だ急に。待ち合わせは? 」
「坊ちゃんは来ない。いづれ俺が、必ず連絡させる。約束する。だからこの街を離れてくれ」
「イナギさん、頼む」
意味が分からずに固まる俺を、無理やり促すレオリオ。全く意味がわからない。
せめて事情を!と訴えるも、襟首に手をかけられた所で抵抗をやめた。目で何かを訴えるレオリオに、そのまま押し出されるように入り口へ運ばれる。
調理場から出てきたカポクオーコから、朝飯だと押し付けられたサンドイッチと鞄。
同時に扉を勢い良く開き、外へ突き飛ばして大声で怒鳴る。
「うるせぇ、いいからとっととこの街から出てけってんだ! これ以上ウォーフェット家に迷惑かけるなら容赦しねえからな!! 」
言い放った後、バタンと閉じられる扉。目の前で揺れるcloseのプレートと、甲高く鳴り響くベルの音。固く閉まったドアの向こうからは、塩撒いとけ塩!という罵声が聞こえてきた。
そして店の前には、裏路地に似つかわしくない結構な人集り。30人はいるだろうか。しかし1人として目は合わず、ヒソヒソと囁き合っている。
その中で見つけた、知り合いの顔。カシナーリで何度も乾杯した、ハンチング翁。配達だろうか、トマトいっぱいの木箱を持っている。
「なぁ、なぁ爺さん。覚えてるだろ、昨日はありがとさん。で、いきなりカシナーリ追い出されたんだけど、なんか知らない? 」
「……」
気まず気ではあるものの、まさかの全無視である。
「なぁ、爺さん。ホント困ってるんだって。その感じ何かあったんだろ、教えてくれるだけで」
「……ねぇ」
「ねぇ? 」
「話すことは何もねぇ、ってんだ! さっさとペルレモから出ていきやがれ、トマトぶつけんぞ!! 」
「……オーケー、分かった。どうどう、向こう行くからその手は下ろしてくれ。悪かったな」
マジでトマト投げる5秒前な爺さん。とりつく島もない。
両手をあげて降伏を示し、黙って路地を後にする。
そのまま表通りへ出たが、状況は変わらない。歩いても歩いても、舌打ちにヒソヒソ声、そして粘い視線だけが纏わりつく。
時には昨日見た顔も目にするが、態とらしく距離を空け、足早にその場から離れ行く。まるで知り合いであるという事すらなかったことにするように。
「ほんにこれ、何があったんだか」
人気のない方を選び、街の外れへ。海岸線を歩きながら、思考を進める。
様子から察するに、知らない人たちは忌避感と使命感。昨晩飲んだ人たちは、困惑と申し訳なさも入り混じっていた。
つまり、ペルレモから俺を追い出す事を命じられている?
しかも住民の意志を塗り潰すくらい、かなり強力に。ウォーフェット家は、そこまでの権力を持っている?
「……ま、その先はコレ見てからかな」
人目が完全になくなった所で、襟元へ手を伸ばす。
帰ってきたのは、くしゃりとした紙の手触り。
「恩に着るから、いい情報を頼むぜ。レオリオ」
その返事は、胸ぐらを掴まれた時にレオリオが忍ばせたノートの切れ端だけが知っていた。
かささぎの梯
第十七話『ウォーフェット一家③』
オステリア・カシナーリ。観光客向けではない、地元住民の人気店。
そこの上階に併設されている宿は、客室も少なければ利用客もそれほど多くない。実際、昨晩の宿泊客は僅か1名である。
「掃除、終わったぜ」
その一室を手早く片付けたレオリオは、仕込み真っ只中のスタッフ達へ声をかけた。
厨房へ立ち入る事はしない。
手伝うのはやぶさかではないのだが、洗い物以外の出入りを全面的に禁止されている身だ。
その為、夜営業が始まるまではいつもホールで勉強しているのだが――今日は先約があった。
「ちょっと昼、出てくるぜ」
「珍しいな」
「あぁ、ちょっと野暮用がな」
調理場の中心で的確な指示を出しているカポクオーコ。
その返事は、いつもと比べて少しだけ覇気がない。
「そうか。レオリオ」
「なんだよおやっさん」
「……すまんな。折角のプロハンターとの伝手を」
「気にすんなって。この街の掟は分かってるさ」
『ウォーフェット家には逆らうな』
隣町出身のレオリオだが、ペルレモでかの家に従う事の重要さは身に染みて分かっていた。
「必要な事は昨日聞いたしな。後はトレーニングを積むだけさ」
「そうか」
「あぁ。じゃ、営業前には戻るぜ」
掃除道具を用具入れに叩き込み、ケータイと財布を持つ。
何か問いたげなカポクオーコの視線を振り切って、レオリオはゆっくりと外へ出た。
街全体が、何となく落ち着かない空気感を纏っている。その中を何気ない風を装って、イナギに指定した場所へと向かう。
――10時、一番高い場所にある鐘塔で。
渡せたのは、署名も何もない、ただそれだけのメッセージ。
ペルレモでウォーフェット家に逆らうリスクを犯してでも、カポクオーコに嘘をつき、その信頼を裏切ってでも。オレの夢を叶えるために、プロハンターに貸しを作れるこの機会を逃すわけにはいかなかった。
「まぁ、バレなけりゃいいんだ、バレなけりゃ。その為にゃ、気にして、し過ぎるってことはねぇからな」
住民全てが、ウォーフェット家の目であり耳になるこの街では特に。
ぶらぶらと、表通りから裏道へ。逸る気持ちを押さえつけ、次第に勾配がきつくなる坂道を進む。
そうして時間をかけ、10時手前。
住宅地が途切れたその先にある、街が一望出来るその場所に辿り着いた。
「街中から外れてるから人も来ねえし、密会にはうってつけってな」
建物と同じ、石造りの長い階段を音を鳴らして進む。
そうして最上階。
踊り場から覘いてみるも、良かった。誰もいないようである。
「イナギさんも、まだ来てないか。頼むから、後つけられるなんて間抜けな真似はしてくれるなよ」
「誰が間抜けだって?」
「うぉっ!? 」
「ばっか、大声出すなよ。ここまでの努力が水の泡になるだろうが」
ビクった体を静かに戻し、恐る恐る頭上を見上げる。すると鐘の上部に身をひそめるように、イナギさんが天井にぺたりと張り付いていた。
なんだコレ、どうやってるのか全く分からねぇ。
「このくらいのとっかかりがあれば、プロハンターなら難なくクリアできるぜ」
「そ、そうか」
どうやら石材の僅かな突起物を掴んで、全体重を支えているらしい。
どのくらい待ってたのか知らねーけど、今なお微動だにしてない辺りプロハンターってすげーぜ。
「下から見られるとマズいから、このまま話すぞ」
「あぁ。ちなみに確認だが、誰にも見られてねぇよな」
「当たり前だ。俺は誰にも見られてないよ」
「なら、いいけどよ」
街中の住人が見張っていることは既に気づいているだろうに、なぜこうも断言できるのか。
とはいえこの近辺で目撃されていれば、住民総出で探し回っている筈である。しかしここに来るまでにそんな様子は微塵もなかったし、実際この場にも二人っきりである。
……まぁ、プロハンターとしてのスキルか何かなんだろう。ほんとプロハンターってすげーなおい。
「で、詳しく説明してくれるんだろうな」
「あぁ。俺が知る範囲であれば、何でも話すさ」
傍から見た時に怪しまれないよう、取り出したケータイを耳に当てながら。
レオリオは、今ペルレモで起こっている事態について話し始めたのだった。
△▼
「イナギさん、ウォーフェット家は知ってるよな? 」
「あぁ、シュルトの実家だろ。十老頭直系組で、ペルレモに多大な影響力を持ってる」
「知ってんなら話がはえーな。そこから、明け方通達があったんだ。仇なす輩が今ペルレモに滞在しているってな」
「仇なす、ねぇ」
その時知らされたのは、宿泊先とその人物の風体。
身長は170半ば。年齢は20代。やや細身で、黒の短髪。手荷物は黒のボストンバック1つ。
名前はイナギ。職業、プロハンター。宿泊先はオステリア・カシナーリ。
後は『直接手は出さなくていい。会話せず、何も売らず、ただ関わるな』との事。
「これに逆らうとペルレモで生きてけないからな。宿泊先も通達されたから匿うわけにもいかねえしよ。だからカポクオーコも、せめてって事で朝飯を押し付けた……ってどうしたよ」
「なぁレオリオ」
「お、おぉ? 」
「オレ、まだ16なんだが」
どうしてもスルー出来ない、通達にあったという『年齢は20代』の一文。
何故って受け取り方次第では、見た目年齢アラサーの可能性すらありえる。
――え、まだ10代なのにそんな年上に見られる? 俺老け顔なの?
ある意味忖度なしの外見評に衝撃を受けているイナギに、レオリオは優しいトーンで話しかけた。
「あー、20代って言っても前半だと思うし、見た目じゃなく年不相応な雰囲気のせいだと思うぜ。それに、気持ちは分かるぜ。俺も10代に見られたことねーからな」
「……ちなみに何歳? 」
「今年で18」
ハハッ、ナイスジョーク。
思わず失笑が漏れそうになるが、イナギは気合いで押し戻した。
何故って、
にも関わらず、俺と2つしか違わないなんてつまんない嘘ついてまで、俺を慰めようとしてくれている。
――あぁ、なるほど。コイツは見た目に似合わず、本当に気遣いの人なんだなって。
イナギは頭ではなく、魂で理解した。
「悪いな、変なこと言わせちまって」
「お、おぉ? 変なこと? 」
「みなまで言うな。分かってる、ありがとな」
お礼を言うも、レオリオはどことなく不可解な面持ち。
本当に分かってないようにしか見えない。うーん、役者である。
「で、通達はそれだけか? 」
「そうだ。奴らの目的だなんだってのは分からねぇ、スマン」
「……いや、十分だ」
今聞いた情報から、幾つか重要なことが類推出来る。
まず、この村八分はシュルトの意志によるものではないということ。
シュルトは俺の年齢を知っているにもかかわらず、通達が"20代"であるからだ。
彼は、ウォーフェット家に俺の事を話してないらしい。
そしてウォーフェット家中に、恐らく念能力者がいるという事。
もしいなければ、四大行に加えて"円"も身につけているシュルトである。さっさと抜け出して、連絡の一つでもよこすだろうから。
幸い
また念能力者がいる可能性を、事前に知れたのは本当に有難かった。
「後聞きたいのは、そうだな。シュルトがウォーフェット家に捕まっているとして、場所に心当たりはあるか? 」
「あのちみっ子、捕まってんのか」
「多分な」
「んー、だったら普通にウォーフェットのお屋敷じゃねえかな。街の真反対だな」
ここだ、とレオリオのケータイに表示された地図を見る。
ペルレモの中心街から車で10分ほどの距離だろうか。小高い丘に位置する、かなり大きな屋敷である。
「ちなみに一帯がウォーフェット家の敷地で、周囲は背丈を越える柵で囲われてる。門には銃持った見張りもいるぜ」
「犬は? 」
「確か、ドーベルマンを飼ってたはずだ」
「それじゃあ忍び込むのはちょっと骨か」
さて、レオリオのお陰で最低限の事態は理解できた。
詳しい部分、身近に能力者がいるのに念を隠してた理由などは分からない。が、そこら辺は直接聞けばいい。
「レオリオありがとな、助かった。お礼と言っちゃあなんだが、力が必要ならいつでも連絡くれ」
「それはありがたいが……イナギさんはこの後なにを? 」
「そりゃあお前、弟子が捕まってるんだ。やることは決まってる」
身内に捕まってるだけだから、おれが何をしたところで弟子の安全は保障されている。
となれば、取るべき策はたった一つ。正面からの家庭訪問。そして、状況次第で拳を交えての話合いである。
「どうなってもそっちに迷惑かけないようにはするからさ。お互いカシナーリでしか会ってないって事で」
「あ、あぁ」
「じゃあそういう事で。ほんとサンキューな」
その言葉を最後に、イナギからの返事はプツリと途切れた。
そこから何度呼びかけても、聞こえるのはウミヅルの鳴き声ばかり。チラリと上を見上げてみるも、影も形も存在しない。
いったいどうやって。俺が話していたのは本当にイナギさんだったんだろうか。
まるで白昼夢を見たかのような、リアリティがないその感覚。
しかし立ち去った直後にひらひらと落ちてきたホームコードだけが、確かな現実を教えてくれたのだった。
△▼
ペルレモの中心部を見下ろすように位置する、ウォーフェット組の邸宅。
その正門は、現在どこか物々しかった。
詰めているのは、マオカラースーツの構成員達。数はいつもの倍、両手を優に超えている。
その全員の懐が常ならず不自然に膨らんでおり、唯一の接道を睨みつけているその様は、彼らの警戒感を如実に物語っていた。
「おい、誰か来る」
「そこのお前、止まれ! 」
その内の1人が、遠くから人影が近づいて来るのに気がついた。
視界の先からゆっくりと歩いてきたのは、やや細身の青年。身長は170半ば。黒の短髪。手には黒のボストンバック1つ。
その特徴は、若頭から言われた警戒対象。頭のご長男を誑かしたプロハンター、イナギに間違いなかった。
「どうも、プロハンターのイナギといいます。弟子のシュルトに会いにきたので、取り次いでもらえます? 」
「坊ちゃんは会わねぇ。さっさとペルレモから消えな」
「ちょっとだけでいいから、穏便に会わせる気はない? 」
「会わねぇ、ってんだろ! 」
同時に、一斉に向けられる銃口。
「おぉ、こわいこわい。こっちは丸腰だよ? 」
「うるせぇ、撃たれない内にさっさと失せやがれ! 」
両手を差し出して無手をアピールしているが、そんなもの安全の利息にすらなりやしない。
若頭曰く、プロハンターは全員
まず拳銃を向けて近づけさせないこと。違和感を覚えたら直ぐに引き金を引くこと。
対峙した距離は30メートルほど。後はこのまま穏便に帰ってもらえれば。
「そっか、仕方がない。ここで時間を食うわけにもいかないし、ちょっと眠ってもらおうか」
思考が甘えた直後、青年はやれやれと頭をかく。
そしてその両手をズボンのポケットに入れ、そのことを認識した瞬間――顎に衝撃。
俺が感じたのはそれがすべてで。
そこで気絶した俺達が目を覚ますのは、すべてが終わった後だった。
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