かささぎの梯   作:いづな

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第十七話 『ウォーフェット一家③』

我ながら飲みに飲んだ一晩だった。

シュルトが実家へドナドナされた後も、引かない人波と満ちる盃。クローズしてから3度目の乾杯にキレたカポクオーコの怒声が、その日の幕引きとなった。

直ぐに部屋に引っ込み、汗を流して倒れるようにベッドイン。

その後は全て事もなし。目覚ましを掛けずに寝たのもあって、パチリと目覚めたら既に9時過ぎだった。

 

「っかしいな。あいつなら日の出と同時に来ると思ったんだが」

 

久しぶりに読みが外れたかなんて溢しながら、荷物を持って1階へ。

昨晩の宿泊客は自分一人だったのか、ガランとしたフロアにいたのはカポクオーコとレオリオだけだった。

 

「おはよう、寝過ちまった。それにしてもシュルトまだなんだな」

 

話しかけるも返事はなし。厨房で下拵えをするカポクオーコと、帳簿をつけているレオリオ。集中しているのか、二人とも目すら合わない。

カウンターの椅子を引いて、レオリオの並びに腰掛ける。

タンタンと野菜が刻まれ、カリカリと文字が書きつけるリズミカルな環境音。しばらく続いたそれが、図ったようにピタッと止まった。

 

「なぁ、先生さんよ。俺は、いや俺たちは、この街のもんはみんなアンタに感謝してるぜ」

「お、おぉ。急に何だよ」

「あぁ、感謝してる。それは嘘じゃねぇ。だがな、先生。悪いこた言わねぇ、何も言わずに、すぐにこの街から出てってくれ」

「お、おぉ? そりゃシュルトとの待ち合わせが終われば出て行くが……って街? 宿じゃなくて? 」

「街だ」

「何だ急に。待ち合わせは? 」

「坊ちゃんは来ない。いづれ俺が、必ず連絡させる。約束する。だからこの街を離れてくれ」

「イナギさん、頼む」

 

意味が分からずに固まる俺を、無理やり促すレオリオ。全く意味がわからない。

せめて事情を!と訴えるも、襟首に手をかけられた所で抵抗をやめた。目で何かを訴えるレオリオに、そのまま押し出されるように入り口へ運ばれる。

調理場から出てきたカポクオーコから、朝飯だと押し付けられたサンドイッチと鞄。

同時に扉を勢い良く開き、外へ突き飛ばして大声で怒鳴る。

 

「うるせぇ、いいからとっととこの街から出てけってんだ! これ以上ウォーフェット家に迷惑かけるなら容赦しねえからな!! 」

 

言い放った後、バタンと閉じられる扉。目の前で揺れるcloseのプレートと、甲高く鳴り響くベルの音。固く閉まったドアの向こうからは、塩撒いとけ塩!という罵声が聞こえてきた。

そして店の前には、裏路地に似つかわしくない結構な人集り。30人はいるだろうか。しかし1人として目は合わず、ヒソヒソと囁き合っている。

その中で見つけた、知り合いの顔。カシナーリで何度も乾杯した、ハンチング翁。配達だろうか、トマトいっぱいの木箱を持っている。

 

「なぁ、なぁ爺さん。覚えてるだろ、昨日はありがとさん。で、いきなりカシナーリ追い出されたんだけど、なんか知らない? 」

「……」

 

気まず気ではあるものの、まさかの全無視である。

 

「なぁ、爺さん。ホント困ってるんだって。その感じ何かあったんだろ、教えてくれるだけで」

「……ねぇ」

「ねぇ? 」

「話すことは何もねぇ、ってんだ! さっさとペルレモから出ていきやがれ、トマトぶつけんぞ!! 」

「……オーケー、分かった。どうどう、向こう行くからその手は下ろしてくれ。悪かったな」

 

マジでトマト投げる5秒前な爺さん。とりつく島もない。

両手をあげて降伏を示し、黙って路地を後にする。

そのまま表通りへ出たが、状況は変わらない。歩いても歩いても、舌打ちにヒソヒソ声、そして粘い視線だけが纏わりつく。

時には昨日見た顔も目にするが、態とらしく距離を空け、足早にその場から離れ行く。まるで知り合いであるという事すらなかったことにするように。

 

「ほんにこれ、何があったんだか」

 

人気のない方を選び、街の外れへ。海岸線を歩きながら、思考を進める。

様子から察するに、知らない人たちは忌避感と使命感。昨晩飲んだ人たちは、困惑と申し訳なさも入り混じっていた。

つまり、ペルレモから俺を追い出す事を命じられている?

しかも住民の意志を塗り潰すくらい、かなり強力に。ウォーフェット家は、そこまでの権力を持っている?

 

「……ま、その先はコレ見てからかな」

 

人目が完全になくなった所で、襟元へ手を伸ばす。

帰ってきたのは、くしゃりとした紙の手触り。

 

「恩に着るから、いい情報を頼むぜ。レオリオ」

 

その返事は、胸ぐらを掴まれた時にレオリオが忍ばせたノートの切れ端だけが知っていた。

 

 

 

 

かささぎの梯

第十七話『ウォーフェット一家③』

 

 

 

 

オステリア・カシナーリ。観光客向けではない、地元住民の人気店。

そこの上階に併設されている宿は、客室も少なければ利用客もそれほど多くない。実際、昨晩の宿泊客は僅か1名である。

 

「掃除、終わったぜ」

 

その一室を手早く片付けたレオリオは、仕込み真っ只中のスタッフ達へ声をかけた。

厨房へ立ち入る事はしない。

手伝うのはやぶさかではないのだが、洗い物以外の出入りを全面的に禁止されている身だ。

その為、夜営業が始まるまではいつもホールで勉強しているのだが――今日は先約があった。

 

「ちょっと昼、出てくるぜ」

「珍しいな」

「あぁ、ちょっと野暮用がな」

 

調理場の中心で的確な指示を出しているカポクオーコ。

その返事は、いつもと比べて少しだけ覇気がない。

 

「そうか。レオリオ」

「なんだよおやっさん」

「……すまんな。折角のプロハンターとの伝手を」

「気にすんなって。この街の掟は分かってるさ」

 

『ウォーフェット家には逆らうな』

隣町出身のレオリオだが、ペルレモでかの家に従う事の重要さは身に染みて分かっていた。

 

「必要な事は昨日聞いたしな。後はトレーニングを積むだけさ」

「そうか」

「あぁ。じゃ、営業前には戻るぜ」

 

掃除道具を用具入れに叩き込み、ケータイと財布を持つ。

何か問いたげなカポクオーコの視線を振り切って、レオリオはゆっくりと外へ出た。

 

街全体が、何となく落ち着かない空気感を纏っている。その中を何気ない風を装って、イナギに指定した場所へと向かう。

――10時、一番高い場所にある鐘塔で。

渡せたのは、署名も何もない、ただそれだけのメッセージ。

ペルレモでウォーフェット家に逆らうリスクを犯してでも、カポクオーコに嘘をつき、その信頼を裏切ってでも。オレの夢を叶えるために、プロハンターに貸しを作れるこの機会を逃すわけにはいかなかった。

 

「まぁ、バレなけりゃいいんだ、バレなけりゃ。その為にゃ、気にして、し過ぎるってことはねぇからな」

 

住民全てが、ウォーフェット家の目であり耳になるこの街では特に。

ぶらぶらと、表通りから裏道へ。逸る気持ちを押さえつけ、次第に勾配がきつくなる坂道を進む。

そうして時間をかけ、10時手前。

住宅地が途切れたその先にある、街が一望出来るその場所に辿り着いた。

 

「街中から外れてるから人も来ねえし、密会にはうってつけってな」

 

建物と同じ、石造りの長い階段を音を鳴らして進む。

そうして最上階。

踊り場から覘いてみるも、良かった。誰もいないようである。

 

「イナギさんも、まだ来てないか。頼むから、後つけられるなんて間抜けな真似はしてくれるなよ」

「誰が間抜けだって?」

「うぉっ!? 」

「ばっか、大声出すなよ。ここまでの努力が水の泡になるだろうが」

 

ビクった体を静かに戻し、恐る恐る頭上を見上げる。すると鐘の上部に身をひそめるように、イナギさんが天井にぺたりと張り付いていた。

なんだコレ、どうやってるのか全く分からねぇ。

 

「このくらいのとっかかりがあれば、プロハンターなら難なくクリアできるぜ」

「そ、そうか」

 

どうやら石材の僅かな突起物を掴んで、全体重を支えているらしい。

どのくらい待ってたのか知らねーけど、今なお微動だにしてない辺りプロハンターってすげーぜ。

 

「下から見られるとマズいから、このまま話すぞ」

「あぁ。ちなみに確認だが、誰にも見られてねぇよな」

「当たり前だ。俺は誰にも見られてないよ」

「なら、いいけどよ」

 

街中の住人が見張っていることは既に気づいているだろうに、なぜこうも断言できるのか。

とはいえこの近辺で目撃されていれば、住民総出で探し回っている筈である。しかしここに来るまでにそんな様子は微塵もなかったし、実際この場にも二人っきりである。

……まぁ、プロハンターとしてのスキルか何かなんだろう。ほんとプロハンターってすげーなおい。

 

「で、詳しく説明してくれるんだろうな」

「あぁ。俺が知る範囲であれば、何でも話すさ」

 

傍から見た時に怪しまれないよう、取り出したケータイを耳に当てながら。

レオリオは、今ペルレモで起こっている事態について話し始めたのだった。

 

 

 

 

 

△▼

 

 

 

 

 

「イナギさん、ウォーフェット家は知ってるよな? 」

「あぁ、シュルトの実家だろ。十老頭直系組で、ペルレモに多大な影響力を持ってる」

「知ってんなら話がはえーな。そこから、明け方通達があったんだ。仇なす輩が今ペルレモに滞在しているってな」

「仇なす、ねぇ」

 

その時知らされたのは、宿泊先とその人物の風体。

身長は170半ば。年齢は20代。やや細身で、黒の短髪。手荷物は黒のボストンバック1つ。

名前はイナギ。職業、プロハンター。宿泊先はオステリア・カシナーリ。

後は『直接手は出さなくていい。会話せず、何も売らず、ただ関わるな』との事。

 

「これに逆らうとペルレモで生きてけないからな。宿泊先も通達されたから匿うわけにもいかねえしよ。だからカポクオーコも、せめてって事で朝飯を押し付けた……ってどうしたよ」

「なぁレオリオ」

「お、おぉ? 」

「オレ、まだ16なんだが」

 

どうしてもスルー出来ない、通達にあったという『年齢は20代』の一文。

何故って受け取り方次第では、見た目年齢アラサーの可能性すらありえる。

――え、まだ10代なのにそんな年上に見られる? 俺老け顔なの?

ある意味忖度なしの外見評に衝撃を受けているイナギに、レオリオは優しいトーンで話しかけた。

 

「あー、20代って言っても前半だと思うし、見た目じゃなく年不相応な雰囲気のせいだと思うぜ。それに、気持ちは分かるぜ。俺も10代に見られたことねーからな」

「……ちなみに何歳? 」

「今年で18」

 

ハハッ、ナイスジョーク。

思わず失笑が漏れそうになるが、イナギは気合いで押し戻した。

何故って、目の前の男(レオリオ)が10代である訳がない。若く見積もっても20代前半、恐らくは半ば過ぎ。一目瞭然である。

にも関わらず、俺と2つしか違わないなんてつまんない嘘ついてまで、俺を慰めようとしてくれている。

――あぁ、なるほど。コイツは見た目に似合わず、本当に気遣いの人なんだなって。

イナギは頭ではなく、魂で理解した。

 

「悪いな、変なこと言わせちまって」

「お、おぉ? 変なこと? 」

「みなまで言うな。分かってる、ありがとな」

 

お礼を言うも、レオリオはどことなく不可解な面持ち。

本当に分かってないようにしか見えない。うーん、役者である。

 

「で、通達はそれだけか? 」

「そうだ。奴らの目的だなんだってのは分からねぇ、スマン」

「……いや、十分だ」

 

今聞いた情報から、幾つか重要なことが類推出来る。

まず、この村八分はシュルトの意志によるものではないということ。

シュルトは俺の年齢を知っているにもかかわらず、通達が"20代"であるからだ。

彼は、ウォーフェット家に俺の事を話してないらしい。

そしてウォーフェット家中に、恐らく念能力者がいるという事。

もしいなければ、四大行に加えて"円"も身につけているシュルトである。さっさと抜け出して、連絡の一つでもよこすだろうから。

幸い()()()()()()()()()()()()ので、そこは問題なし。

また念能力者がいる可能性を、事前に知れたのは本当に有難かった。

 

「後聞きたいのは、そうだな。シュルトがウォーフェット家に捕まっているとして、場所に心当たりはあるか? 」

「あのちみっ子、捕まってんのか」

「多分な」

「んー、だったら普通にウォーフェットのお屋敷じゃねえかな。街の真反対だな」

 

ここだ、とレオリオのケータイに表示された地図を見る。

ペルレモの中心街から車で10分ほどの距離だろうか。小高い丘に位置する、かなり大きな屋敷である。

 

「ちなみに一帯がウォーフェット家の敷地で、周囲は背丈を越える柵で囲われてる。門には銃持った見張りもいるぜ」

「犬は? 」

「確か、ドーベルマンを飼ってたはずだ」

「それじゃあ忍び込むのはちょっと骨か」

 

さて、レオリオのお陰で最低限の事態は理解できた。

詳しい部分、身近に能力者がいるのに念を隠してた理由などは分からない。が、そこら辺は直接聞けばいい。

 

「レオリオありがとな、助かった。お礼と言っちゃあなんだが、力が必要ならいつでも連絡くれ」

「それはありがたいが……イナギさんはこの後なにを? 」

「そりゃあお前、弟子が捕まってるんだ。やることは決まってる」

 

身内に捕まってるだけだから、おれが何をしたところで弟子の安全は保障されている。

となれば、取るべき策はたった一つ。正面からの家庭訪問。そして、状況次第で拳を交えての話合いである。

 

「どうなってもそっちに迷惑かけないようにはするからさ。お互いカシナーリでしか会ってないって事で」

「あ、あぁ」

「じゃあそういう事で。ほんとサンキューな」

 

その言葉を最後に、イナギからの返事はプツリと途切れた。

そこから何度呼びかけても、聞こえるのはウミヅルの鳴き声ばかり。チラリと上を見上げてみるも、影も形も存在しない。

いったいどうやって。俺が話していたのは本当にイナギさんだったんだろうか。

まるで白昼夢を見たかのような、リアリティがないその感覚。

しかし立ち去った直後にひらひらと落ちてきたホームコードだけが、確かな現実を教えてくれたのだった。

 

 

 

 

 

△▼

 

 

 

 

 

ペルレモの中心部を見下ろすように位置する、ウォーフェット組の邸宅。

その正門は、現在どこか物々しかった。

詰めているのは、マオカラースーツの構成員達。数はいつもの倍、両手を優に超えている。

その全員の懐が常ならず不自然に膨らんでおり、唯一の接道を睨みつけているその様は、彼らの警戒感を如実に物語っていた。

 

「おい、誰か来る」

「そこのお前、止まれ! 」

 

その内の1人が、遠くから人影が近づいて来るのに気がついた。

視界の先からゆっくりと歩いてきたのは、やや細身の青年。身長は170半ば。黒の短髪。手には黒のボストンバック1つ。

その特徴は、若頭から言われた警戒対象。頭のご長男を誑かしたプロハンター、イナギに間違いなかった。

 

「どうも、プロハンターのイナギといいます。弟子のシュルトに会いにきたので、取り次いでもらえます? 」

「坊ちゃんは会わねぇ。さっさとペルレモから消えな」

「ちょっとだけでいいから、穏便に会わせる気はない? 」

「会わねぇ、ってんだろ! 」

 

同時に、一斉に向けられる銃口。

 

「おぉ、こわいこわい。こっちは丸腰だよ? 」

「うるせぇ、撃たれない内にさっさと失せやがれ! 」

 

両手を差し出して無手をアピールしているが、そんなもの安全の利息にすらなりやしない。

若頭曰く、プロハンターは全員()()()()()不思議な力の使い手である。

まず拳銃を向けて近づけさせないこと。違和感を覚えたら直ぐに引き金を引くこと。

対峙した距離は30メートルほど。後はこのまま穏便に帰ってもらえれば。

 

「そっか、仕方がない。ここで時間を食うわけにもいかないし、ちょっと眠ってもらおうか」

 

思考が甘えた直後、青年はやれやれと頭をかく。

そしてその両手をズボンのポケットに入れ、そのことを認識した瞬間――顎に衝撃。

俺が感じたのはそれがすべてで。

そこで気絶した俺達が目を覚ますのは、すべてが終わった後だった。




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