かささぎの梯   作:いづな

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第二話 『二年越しの答え合わせ』

「……なんか変なの出てきたな」

「不純物が生まれたと。具現化系ね」

 

水で満たしたコップの上に軽くて水に浮く物を浮かべ、そこに対象者が錬を行い変化を見る。

強化系なら水の体積が増え、変化形なら味が変わる。具現化系なら不純物が生まれ、放出系なら水の色が変化する。操作系なら葉が動き、特質系ならばそれ以外の変化が起こる。

――水見式。個人が先天的に有するオーラの特性を見定める術の1つ。

修行の方向性を定めるためビスケが尋ねた際に系統を知らない事が発覚したため、イナギが持っていたコップに傍の小川の水を汲み、落ちていた葉っぱを浮かべて行った物であった。

 

「具現化系か。それってどんなだ? 」

「オーラで物質を具現化するのに特化した系統よ。というかアンタ本当に何も知らないのね」

「爺が座学を重視するとでも? 」

「――あぁ、そういえばそうだったわね」

「念を覚えるのに、どうして俺はいきなり滝つぼに落とされなきゃならなかったんだろうなぁ……」

 

ナチュラルに死に掛けた記憶が複数個、しかも雪国故あと数ヶ月先だったら凍死確定。等々。

触れてはいけない部分に触れてしまったらしく、アラマに対する恨みとか辛みとかが一気に蘇ってきてクククといきなり黒化するイナギ。

それを見て、当時の私はそう見えていたのかとビスケは軽い衝撃を受けていた。

……ビスケにもイナギと同じような経験はある。例えば精孔を開く為に飢えた狼の前に放り出されたとか。

鍛え持った心源流の技を以ってして3匹を撃退したが、直後に足の肉をごっそりと持って行かれ。怪我による出血で死を覚悟した所に兄弟子の1人が助けに来てくれた。

その後アラマ師匠を問い詰めた所、素で「説明が面倒くさかった」とか言われてマジギレした。

結局精孔はその兄弟子に頼み込んで感覚を掴むのを手伝って貰ったのだが……その時の自分が今のイナギそっくりだった気がしないでもない。思い返せば兄弟子の目が妙に優しかった気も……。

万物は流転するというか、歴史は繰り返すというか。

何となくビスケは、又1つ人生の深さを学んだ気がした。全然嬉しくない。

 

「しかも結局それで精孔が半分くらい開いたからな。止め方が分からなくてやばかった所を丁度いいとか呟きながら無理やり開かれて、1週間くらい本気で寝込んだ」

「寝込むだけで済んだの? 」

「オーラが尽きかけて川が見えた辺りで、爺が念を使ってな。寝て回復した後で纏を習った」

「ホント無茶苦茶というかスパルタというか……よくアンタ生きてたわね」

「自分でもそう思う」

 

暗殺対策にと師事したにも拘らず、爺に師事した後の方が死に掛けた回数多いし。

その分その相手は見知らぬ雇われ人から見知った爺に変わった訳だが……あれ? もしかして師事する前の方が楽だった?

 

「……アンタの苦労は分かったけど、それとこれとは別問題よ。詳しく説明してあげるから集中しなさい」

 

ピッと一指し指を立てたビスケは、ともすれば五寸釘と藁人形を求めて出かけていきそうなイナギに声を掛けてから説明を始めた。

 

「1度しか説明しないから本気で覚えなさい。まずこれが六性図よ。6種類に分類されるオーラの系統の関係が示されてるんだわさ」

 

ビスケは傍にあった手ごろな大きさの枝を手にとって、地面にカリカリと六角形を描いた。

その1番上に"強"と書き込み、そこから各頂点に"変"/"放"/"具"/"操"/"特"と書き込んでいく。

 

「上から強化系、変化形、放出系、具現化系、操作系、特質系。自分の系統にあった能力ほど覚えやすく力も強い。逆に自分の系統から離れた能力は習得に時間がかかり力も弱くなる。特質系はそうとも限らないけど、それを除けばコレは絶対の真理よ」

「つまり、具現化系はどうなんだ? 」

「さっきも言ったけど、具現化系はオーラで物質を具現化する能力よ。そして論理上では変化形が80%、強化系と操作系が60%、そして放出系が40%まで習得出来るわさ」

 

あくまで理論上で、真逆の系統は伸びが悪くて時間もかかるからなかなかそこまで鍛えきる人は少ないけどね、と繰り返すビスケ。

理想は山形らしい。

 

「特質系を除く理由は? 」

「覚えようとして覚えられる系統じゃないって事よ。その上他系統から突然変異したりもするから、あまり考えない方がいいわよ」

 

つまり先達が少ないと言う事で……自分が特質系でなくて良かったという所か。イナギは自身が具現化系であった事に一先ず安堵した。

先達が少ないという事は、参考にする手本が少ない事とイコール。

いくら個々によって能力が違うといっても、より高みを目指すならある程度開拓されている道の方が進みやすい。

 

「それで、アンタはどんなことがやりたいの? フィーリングで何か良さそうなのない? 」

「やりたいこと……コレってのは、ないなぁ」

 

目的が目的である以上、戦闘用の念である事は決まっている。

ではあるのだが、そこに"具現化"を絡めるとなると難しい。

加えて応用が利き、弱点も少なく、消費オーラ量も少なく、最大のパフォーマンスを発揮して――等の希望を挙げていくと、もっと難しい。

そして、何よりも大切なインスピレーションというか直感というかが、イナギの頭に全く浮かんでこなかった。

 

「そう。具現化は能力の習得にかなり手間がかかるし、そうホイホイと変更することはできないからね。コレってものが浮かんでくるまで悩んで悩んで悩み抜いて決めなさい。勿論、六性図に合う形でね」

 

聞いて、思わず溜息。

一緒に強化系かせめてその両隣にある変化系か放出系がよかったのだがという思いがポロリと零れたが、直後ビスケに頭をはたかれた。

始めから諦めていてどうするのか、という事らしい。

 

「時間をあげるから、とりあえず考えてみなさいな」

「分かった」

 

そんなこんなで説明は終わり、ビスケは必要な物資を補給しに街へ出かけていった。

それを見送ったイナギはその場で頭を捻っていたが、直ぐにいいアイディアが浮かんでくるはずもなく。

仕方がなしに、そこら辺を散歩しながら考えることにした。

 

ゆっくりと流れる小川に沿って、ゆっくりと歩を進めていく。

清らかな流れと、微笑んでいるかの様な水面。

楚々とした木々から小鳥達が陽気にさえずり、優しく包み込む陽光の抱擁は、まるで光のカーテンのよう。

そんな長閑さに感化された時間は、長く伸ばされた水飴の如くのんびりと歩を進めていく。

――が、いくら遅くても進んでいる事に違いはない訳で。1時間が経過したが、彼の頭にはいい考えがまったく浮かんでいなかった。

そもそもである。具現化などと言われても、全くピンと来ないのだ。

物質を具現化する事にまったく惹かれない。わざわざ作るまでもなく、既存の道具を使った方が早いに決まっている。

それに何よりやりたいことなら既にあるのだ。具現化云々と関連性が皆無だけれど、やりたいことはと聞かれればこれしかない。

兎に角、ビスケに相談してみよう。

イナギはそう結論付け、今来た道を変わらぬ速度で戻っていった。

 

▽▲

 

「で、何か決まった? 」

 

あれからさらに1時間後。ビスケが手ぶらで街から戻ってきた。

怪訝に思ったイナギが尋ねてみると、なんと買った商品をここまで運んでくれるらしい。道路すらほぼ整備されていない、人里離れた森の中までである。

責任者呼んでハンターライセンスちらつかせたら一発だわさ、なんて悪い笑みを浮かべるビスケを見て、イナギにまたもう1つライセンスを得る目的が増えた。

殴られそうなのでビスケには内緒である。

 

「一応、決まりはしたが……」

「何よ、ハッキリしないわねぇ。聞いてあげるからとりあえず言ってみなさい」

「殴り合いだ」

「は? 」

「だから、殴り合い。素手で闘ってる自分しか想像出来ない」

「私の話、聞いてた? 」

「勿論」

 

何ならさっきの説明を一字一句間違えずに説明するか? なんてのたまう馬鹿弟子(イナギ)

その言い様に、冗談でないことを理解したビスケはわなわなと震え始め――

 

「どうかしたか? 」

「どうした、じゃないわよさ! 」

 

――大声で吼えた、耳元で。

あまりの声量に三半規管がどうにかなったが、根性で膝を突くのを堪える。

 

「私の話を聞いてたんならどうしてそんな結論になるのよ! 強くなりたいんでしょ! 」

「もちろん」

「肉体強化は強化系の分野で、具現化系は不得意なのよ? 」

「らしいな。けど、何とかなるだろ」

 

自分の系統から離れた能力は、習得に時間がかかり力も弱くなる。

具現化系と強化系はほぼ真逆に位置していて、具現化系による強化系能力の習得率は60%である。つまり強化系を極めた強化系念能力者に、強化系を極めた具現化系能力者は40%及ばないのだ。

しかし、イナギには自信があった。それは心源流拳法に対してであり、それをアラマ爺から認められるまで修めた自分自身に対してである。

彼にとって、念はあくまで『戦闘補助の道具』である。

確かに念の力は驚異ではあるが、こちらが念を知ってさえいればイーブンになる。だから結局勝敗を分けるのは鍛えぬいた肉体と修めた技術であり、念は副次的な要素でしかない。

そんなイナギの認識は、ビスケの懇切丁寧な説明を受けた後でも変わっていなかった。

 

だからこその発言なのだが、ビスケはそう受け取らなかった。

即ち、「念なんてどうだっていい」。

 

「イナギ、立ちなさい」

「……何だ? 」

 

何となく嫌な予感を覚えて、警戒心を顕わにするイナギ。

 

「フ、フフフ。ちょっと道理をわきまえない馬鹿弟子に世間の厳しさっていう物を教え込もうかなってね」

「待て。それって俺か? 」

「それ以外に誰がいるのよ? 」

「――だから困ってるんだけど」

「他でもないアンタよ! 間違いなくアンタの事よ! 」

「馬鹿な! 暗殺者に狙われ続けたこの俺が世間の厳しさを理解していないだと!? 」

「だったら師匠の言葉に対する態度を教え込むまでよ!! 」

 

いや確かにそれを得られることが出来る環境ではなかったが、最低限の配慮は有しているつもりだ。

だからわざわざ教え込まれるほどの物でも――。

何だかんだ言いつつ言われた通りに立ち上がってから考えていたイナギだが、突如1歩後ろに飛び退いた。

それからコンマ数秒空いて通過するビスケの足。

 

「いきなり蹴りとか危ないだろ! 」

「そこで私悪くないですみたいな顔をするな! そして避けるな、師匠命令よ!! 」

「それこそ無茶を言うな! 」

「師匠が白といったらカラスは白くなる物なのよ! 」

「黒いカラスが白くなるかっ」

 

ギャーギャー喚きあいながらのどつきあい。

会話だけだと仲のいい少年と(容姿と声音のみ)少女の微笑ましい戯れでしかないが、現実では手や足が容赦の欠片もなく飛び交っている。

加えてそれを行っているのは心源流を修めて念も覚えている猛者で、さらに2人は無茶苦茶本気であった。

拳のキレは凄まじく、蹴りの速度は恐ろしい程で、体捌きも尋常でない。

ここに一般人がいたとして、何が起こっているか理解できる者は数えるほどしかいないだろう。そういう戯れである。

ドンドゴンという粉砕音が森に響き、周囲の様子は秒単位で変容していく。

そして時が経つにつれイナギの悲鳴の様な絶叫が増え、ついには停戦を呼びかける懇願が入っても戦闘は止まらない。

――ビスケに弟子入りしてから、僅か2日目の出来事であった。

 

 

 

かささぎの梯

第二話 『二年越しの答え合わせ』

 

 

 

アラマ師匠が直々に修行をつけていたので当然なのだが、イナギの心源流拳法の技術はかなり高かった。さらに暗殺者に狙われていたからか、実戦への心構えもどうして中々完成している。

問題は、念能力と純粋な肉体面に関してだった。

前者については、四大行のみ習得。それ以外はアラマ師匠に「それ以上の事はお前にはまだ早いッ! 四大行を習得していれば簡単に殺される事もないだろうから、まぁ頑張れ気合で」と言われていたとの事。

後者はハンター受験者達と同レベル程度はあったのだが、イナギの目標――フランシール壊滅事件の犯人探しとその殺害――を考慮すると、思わず眼を覆いたくなるほど低かった。

しかし、イナギはある意味自分に正直だった。

当面最大の目標である「生き残ること」について、努力を惜しむ気は全く無い。それこそ常人なら裸足で逃げ出すような、血反吐を吐く程の修練を修めたのだ。

その上念に関しては、セラード家の血の後押しがあった。

呑み込みはそれほど早くはないのだが、ある程度まで習得した技能の底上げは驚くほど早い。1週間で練の持続時間を10分以上増加した時にキレそうになったのもいい思い出である。

今なら例えハンターとして危険な事態に直面しても、かなりのレベルまで十分対処できるだろう。

結果としてビスケはそんな確信を抱くまでになっているが、イナギが自分の元にいる間は手を抜く気も抜かせる気もまったくなかった。

 

「ほらほら、ペース落ちてるわよ。はい後66ー、65ー、64ー」

「グッ……やはりコレは無謀だ……! 」

 

腕立て伏せを始めて1時間。

錘は開始時の倍である2トンを優に超えていて、かつ念使用の全面禁止。並のプロハンターとて30分と保たないだろう。

にも関わらず、イナギは今なおそれを続けている。

そんな存在を自分が磨き上げた事が嬉しくて、気が付いたらビスケはそれは楽しそうに宣言していた。

 

「ハイッ、まだ楽そうだから100キロ追加だわさ」

「うグッ」

「じゃあ100ー、99ー! 」

 

そんなこんなで。

――イナギが弟子になってから、はや2年の月日が流れていた。

 

 

世間の厳しさと師匠の残酷さ、そして師匠の言葉の有用性をを身を以って体験した結果、粗大ゴミみたいになったイナギ。

地に倒れ伏す彼にビスケが改めて話したのは、具現化系は単純な力勝負にものすごく弱いという事実である。

なまじっか心源流拳法をそこそこ修めているだけに、単純な力勝負を極めれば何とかなると思い込んでいたらしい弟子の先入観を物理的手段を含めて叩き潰したビスケは、彼に対して課題を与えた。

即ち、勝つ為の戦闘スタイルの確立。それに付随して、系統に合った念能力の集大成"発"の思索。

自分の裁量を越える事態に関しては()()()くらい慎重なイナギの性質を見抜いたビスケは、2年間という時間かけて考えさせることにした。

全ては彼が納得した上で、具現化系に合った能力を考えさせる為。

 

そして今日、その答えを聞くことになっているのであるが……であるが。

眼の前のコイツときたら、そんな事まったく気にしていない様子でせっせと昼食の準備をしている。

……もうちょっとキツく叩きのめしておくべきだったか。

顔を軽く傾ける。

天高くで煌々とまぶしいくらいに輝いている太陽と、頭上一面に広がる雲ひとつない青一色の空。

視界に入れながら、もし今後弟子をとったらもっとスパルタでいこうと固く心に誓うのであった。

 

▽▲

 

食事の用意は、全てイナギの担当だった。

母親が亡くなってから1人で生活していたので、料理はお手の物。

アラマ爺に山中に放り出された事も1度や2度ではない為、サバイバル料理も得意である。

その材料はというと、街まで遠く、また出て行ったとしても財布は空な為、全て採集と狩猟である。

――川から魚。森から山菜と木の実。そして動物。

生活している場所が場所なだけあり、幸い材料はそこらじゅうに溢れていた。

 

本日の昼食は山鳥と山菜の汁物、川魚の焼き物、それに木の実。

それらを手作りした木皿に手際よく盛り付け、匂いに釣られてやって来たビスケと共に食事を始める。

 

「出来はどうだ? 」

「相変わらずいい腕してるけど。それよりも。アンタ、この後の予定覚えてるの? 」

「答え合わせだよな、2年越しの。覚えてるさ」

 

そう、今日は2年越しの答え合わせである。

明確な答えが存在しないとはいえ、余りにも的外れな答えを出せば、あの時以上にボコボコにされるのは目に見えている。

とは言ってもイナギとしては最良の答えであるという確信はあるのだ。

そうそう的外れの答えでもないという自信もある。

問題は眼の前の彼女にそれが認められるか否かであって――

 

「――そうだ。その前に、伝えとかなきゃいけない事があるんだった」

「何よさ」

 

食器を置いて、師の方に向き直る。

突然神妙な顔で居住まいを正したイナギに、ビスケは訝しげな視線を向けた。

 

「俺の寿命の話なんだが」

「はいはい。弟子入りの時で10年だから、あと8年だっけ? 」

 

24歳、意外と時間ないわよさ。なんて焼き魚片手に話すビスケ。

弟子の余命を語るあんまりな態度に微妙な気分になりつつも、粛然とした面持ちで顔を振る。

 

「そう、その寿命なんだけど」

「えぇ」

「なんか、少し伸びたっぽい」

 

――その言葉に、時が、止まった。

どこぞやの宇宙猫よろしく、すんごい目でこっちを見てくるスペースビスケ。

木々の騒めきや鳥の鳴き声が、やけに大きく聞こえる気がする。

 

「誰の、寿命が? 」

「俺の」

「何年伸びたの? 」

「5年」

「いつ? 」

「3日前」

 

つまり、目の前のコイツは3日間も黙ってた訳である。

師匠である私に、そげな重要なことを。

 

「……それ以外に、何か言っておきたいことはある? 」

 

俯いてるから表情は見えないが、僅かに震えるビスケの声音に自らの行く末を悟るイナギ。

あー、やっぱりすぐに言った方が良かったかー。けど"発"の佳境だったしなぁ、今更だけどー。

10秒後の自分を幻視しつつも、そこはハッキリ勇気の一言。

 

「幻影旅団も、結構死ぬんだなって」

「何で、それ黙ってたァーッ!! 」

 

科白を途中でぶった斬って、言葉と共に振り上げられた拳。

そして宙を舞うイナギ。

 

「聞いてても修行の内容変わんないけど! それでも伝えるでしょ普通!! それともワザとか、なんか言いなさいよ!!! 」

 

落ちてきた所で襟元を掴まれて、ガクガクと前後に高速振動。返事をしたくても、物理的に出来ないことを分かって欲しい。

しかし、言葉に出来ない思いなど伝わる筈もなく。

イナギの意識は、答え合わせと関係ないところで、一時途切れることに相なったのだった。

 

▽▲

 

どのくらい時間が経ったのだろうか。

意識が戻ったイナギの目に飛び込んできたのは、綺麗に平らげられた昼食と、とっても怖い顔して座るお師匠様であった。

顎を使って指し示すことで、傍らの切り株に腰掛けるよう無言で促してくる。

 

「で、何で言わなかったのよさ」

 

見たことないくらい、むっすーとした顔である。

とはいえ、別に特別な理由など何もない。

 

「確証が持てなかったから、だな」

「詳しく説明」

「分かった。まず、かけられてる念に余命告知機能がついてたっぽくてさ」

「余命、告知」

「そう。年1で」

 

始めてそれを知ったのは、一昨年のこと。

突然頭の中で響いたラッパの音に続き、念かけたやつの声が聞こえたからである。

 

「『あなたの寿命は後9年です、もっと頑張りましょう』だっけかな。その夜は流石に眠れなかった」

「性格悪い念ねぇ……あれ、けどさっき3日前って言わなかった? あの事件の周年って、2週間以上前じゃない? 」

「そう、その時は8年だった」

 

毎年突きつけられる自分の余命。まだ8年なのか、もう8年なのか。

その時の気持ちを思い出しているのか、苦い笑いを漏らすイナギ。

 

「それが3日前、寝ようとしてたら急にラッパが響いてさ」

「じゃあ、そこで」

「そう。『実行者が1割減りましたので、寿命を5年追加します』だとさ」

 

つまり、現状の余命は13年である。

聞いた時は思わず固まったし、正直今でも100%信じられてる訳ではない。

イナギを念で縛った輩は、正直言って性格は糞だった。実際この念も、薬盛られて無理やりかけられた奴だし。

しかし今思い返すと、勝負ごとでの嘘は一度もなかった気がする。

 

「ただ知った所で、今出来ることは何もないし。"発"に集中する為に一旦忘れてたんだけど、"発"の判断に影響するかもしれないから、一応伝えとこうかなって」

「な、るほどね。事情は分かったわさ。今後は何かあったらすぐ報告しなさいよ。少なくとも修行を受けてる間は」

「分かった、約束するさ」

 

イナギの気持ちを察したのだろう。それで、この話は終わりだった。

その後はビスケのやけ食いで空になった食器類を手際よく片づけつつ、取り置きの木の実で腹を満たして一息ついた後。

思わず眠気に身を任せたくなるような風がそよそよと吹く中、満を持してビスケが切り出した。

 

「それじゃあ勝つ為の戦闘スタイルと、そのための発を聞かせてもらおうかしらね」

 

ついに来た。決戦の時である。

ふんす! と仁王立ちしているビスケに、イナギは先に断りを入れた。

 

「じゃあこれから話すけどさ、途中で話を止めるないでくれよ 」

「当然だわさ。素直に黙って静かに聞かせてもらうわよ」

「……オーラはそうは言ってないみたいだがな」

「あら失礼」

 

とは言いつつも、ビスケの体から迸る凄まじいまでのオーラは変化なし。

とんでもないプレッシャーを感じつつ、イナギもスクッと立ち上がった。

 

「まず始めにだが、俺は正面からの戦いを極めたい。というかいくら戦う姿をイメージしてもやはりそれしか思い浮かばない。思い浮かばない以上、俺にはこの体のみを使った闘いしか出来ない。それが前提条件だ」

 

ピクリとビスケの頬が吊りあがったが、意図的に無視する。

 

「その上で出した結論が――鎧だ」

「鎧、ねぇ。具体的な内容は? 」

「内緒だ」

 

ビスケのこめかみに見事な井桁が出来上がる。

見なかったことにした。

 

「……内容は? 」

「だから、内緒だ」

「冗談? 」

「本気だ」

 

剣呑な目つきで睨まれるが、ここは退けない。

例え師弟といえども、教えてはいけない事はある。そしてこれは確実に後者だ。

自分の命を守る術は、ほいほい教えられる物ではない。

 

「さっきの約束はどこ行ったのよ。師匠の事を信用出来ないって言うの? 」

「信用の問題じゃない」

 

むしろ自分の秘密がばれた時に疑いたくないから、相手を信用しているからこそ伝えたくないとも言える。

……所詮、詭弁でしかないのだけれど。

 

「――創り上げるのは"鎧"。俺に言えるのはそれだけだ」

 

判断は任せる、と宣言して師匠を見つめるイナギ。

そのビスケはというと、彼の視線に気づかない程、深く思考に潜っていた。

考えるのは、想像するのはイナギの能力の全容。彼がその"鎧"を纏って戦っている姿。戦闘スタイルとの適合性。

3分ほど経ってから、ビスケは漸く視線を上げる。

 

「1つだけ聞かせて頂戴。その能力を使って闘ってる自分に違和感は? 」

「ない……とは言えない。けど、これは恐らく慣れと共に消えていく類の物だ。何より考えた能力の中でこれが一番しっくりくる」

 

要は感覚の問題だ。そればっかりは他人にとやかく言われても何ともならない。

すると顎に手を当てて難しい顔をしていたビスケは、ふぅっと大きく息を吐いた。

 

「本当に不思議な性格よね。基本ズボラなのに、ある方面にはとことん神経質。そこまで極端な人間中々いないわよさ」

「命が関われば、誰でもそうなる」

「だとしてもよ、まったく。どうやったらそこまで捻くれるんだか」

「捻くれてるつもりはないんだが」

「自覚もなし、と」

 

情け容赦ないセリフである。しかしイナギには痛くも痒くもない。

だって事実捻くれているから。何言われても全然気になっていない辺りとか特に。

 

「ま、実を言えば、念能力にダメ出しするつもりなんて殆どなかったんだけどね。余りに酷い場合は別だけど、その様子なら多分大丈夫そうだし」

「ちょっと待て、なら俺はこんなに悩まなくても」

「あら、だったら身体とお話しましょうか? 」

 

……あれ、墓穴掘った?

 

「全力で遠慮させてください」

「素直でよろしい」

 

笑顔が爽やかでそこはかとなくむかつくイナギだったが、目先の衝動より明日の命。

石橋は叩いてから先に誰かを渡らせてみるくらいの気概で、彼はごく普通にスルーした。

 

「ま、自分で宣誓や制約、付加する効果は考えておきなさいよ。一応説明はしてあるけど、具現化がどうしても出来なかったら聞きに来なさい」

「あぁ。どうしようもなかったらそうさせてもらう」

「……ま、別にいいけど。ただ後悔だけはしないようにね」

 

イナギは深く頷いた。

念への思いは力になる。だからこそ見限った念を持つ者は、いつかその念に見限られ死ぬ事になるだろうから。

 

そんなイナギの様子に感じ入る所が合ったのか、ビスケはうむうむと頷いている。

しかし突如動作を止めて、あぁそういえばあれがあったかという風にポンと手を叩いて曰く、

 

「そうそう、そういえば卒業試験は私とのタイマンだわさ」

「どっちにしろ俺の能力知られる事になるよな! 」

「だったら使わないことね。そうすれば知られないわよ」

「それは遠まわしに死ねと言ってるのか? 」

「あぁ、きっとお空の向こうでお母さんが手を振ってるわね」

「人の母親使って自殺を促すな! ――いや、他殺か」

「どちらにせよ、下手な能力だといろいろと終わる事になるわよさ」

 

以降紆余曲折を経た結果、抗議は全て却下されたとだけ記しておこう。

 

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