よろしくお願いします。
ナビゲーターの居場所が分かれば、そこからの話は早かった。
もし普通の受験生であれば、最大の難関となるであろうムカデ対策。恐らくナビゲーターの元に辿り着くため、そこから更に2つ3つ超えなきゃいけない障害があった筈だ。
しかし、そこはきっちり鍛えた念能力者。念能力も使えず、人程度の大きさしかない、ただ水の位置が分かるだけのムカデなど障害になろう筈がない。
イナギは近くのコンテナの中を探して見つけたお茶と缶詰で腹ごしらえを済ませると、一緒に持ってきた縄ばしごを近くのコンテナに括り付けた。長さは十分。コンテナも一人の体重くらいでは少しも動きそうにない。
その結び目を再度確かめると、イナギは軽やかな身のこなしでロマブ砂漠に降り立った。
するとイナギの体内の水分を感じ取ったのだろう。砂中から無数のムカデが飛び出し、我先にとイナギを襲う――前にイナギは念の具足を作り出し、踏み込んで一歩。即座にもう一歩。
流と合わせた高速移動でムカデをふりきり、正面に出てきた奴は具腕で思いっきりぶん殴る。
そうしてかけること僅か4分。優々と大岩の上に辿り着いたイナギの目の前には、鷲の羽根冠を被った壮年の男性がいた。
「ハンター試験のナビゲーター、であってますか」
「確かに」
砂漠の厳しい気候の中を生き抜いてきた年月を感じさせるガッシリとした体躯を持つその男は、表情を一切変えずにゆっくりと頷く。
「我々はカサ族。このロマブ砂漠で生まれ、ロマブ砂漠を知り、ロマブ砂漠で死ぬことを誇りとする一族。私の名前はウルザナ。ハンター協会に雇われたナビゲーターだ」
「それで、俺はあんたの試験に合格したんだろうか」
「ああ。あのムカデ――我々が渇水の魔と呼ぶそれを恐れずに、巣の中心からよくここまでたどり着いた。お前、名前を何という」
「イナギだ」
「イナギというのか。イナギは、我々の定める試練を潜り抜けた。私は、わが一族はイナギを歓迎する。責任を持って試験会場まで送り届けよう」
その後、今回の試練について軽く説明される。
なんでも、ミズオイムカデの群れの中心から安全な場所まで自力で抜け出してくることは、彼らカサ族の成人の儀式であるらしかった。それを一人で、軽々と成し遂げた俺は文句なしの合格ということらしい。
その説明を聞いて、ナビゲーターのお眼鏡に適ったことを確認したイナギはホッとため息。
ハンター試験はハンター足る心・技・体を問う試験であるが、やはり正面切って問われる可能性が高いのは体――その強さである。ハンター足るもの誰だって武術の心得があって当然であるからだ。
それ以外についても問われるのだが、極端な話突き抜けた強さがあればなんとかなってしまう傾向が強かった。その点でいうと、念能力者が非念能力者に負けることはほぼありえない。
一方で、そもそもハンター試験会場に辿り着くまでのハンター試験予選は、その心・技を問う傾向が強い。主に戦闘用の発を持つイナギにとって、もしかすると試験会場に辿り着くまでが最も難易度が高い可能性もあった。
「ありがとう。会場に着くまでの短い間だが、よろしくお願いしますね」
「頼まれた。大船に乗った気持ちで、任せてくれ。では早速――」
イナギは外行きの笑顔でニッコリと笑う。
それを受けてもウルザナは表情を変えず、しかし目に優しい光を浮かべながら、大岩の影を指さす。そこには全長7メートルはありそうなトラックがあった。タイヤがでかく、砂漠での走破性は高そうである。
早速、エルベガへの移動だろうか。
「――早速、カサの村へ移動して歓迎の宴だ」
何故に宴か。
「今夜、イナギはカサの儀式を成し遂げた。つまりイナギはカサの男も同然。それを祝う宴だ」
祝わないでどうするのか、と逆に問い返される始末である。
更に詳しく聞くと、通常カサの成人の儀は雨の日に行われるとのこと。そして雨が降れば、ミズオイムカデは地上に出て基本雨雲と一緒に移動する。その間は雨を全身で受けるのに忙しく、アグレッシブに襲ってくるのは極々少数で済むらしい。
その群れの先頭へ回り込み、最後尾の一匹から抜け出るまで群れの中に居続けることが出来て初めてカサ族の男は認められるとのことだった。
余談であるが、そのような習性のためミズオイムカデの巣は雨とともに移動していく。そうして居着いた巣に、雨以外の日カサ族は決して近寄らない。理由は危険過ぎるから。
そんな危険地域を平然と突破してきた男はカサ族の中のカサ族、ということらしい。
「我々カサ族はロマブ砂漠で生まれ、ロマブ砂漠を知り、ロマブ砂漠で死ぬことを誇りとする一族。そしてロマブの砂漠は人に厳しい。それ故に我々は強者を敬うのだ。それゆえの宴だ」
「何となく分かるような分からないような……」
「そして宴を通して一族に強者を取り入れるのだ」
あれ、何か変な風が吹いてきた。
「それは、一緒にお酒を飲むことで強い人の在り様を知るという、精神的なあれでしょうか」
「いや、物理的にだ。気に入れば居着いて欲しいし、気に入った女子がいれば抱いていいぞ」
要するに子種的なあれである。
ちなみに私にもちょうどお前と同じくらいの娘がいてだな、なかなかの器量良しなんだ。何なら飲み始める前にうちに来て娘とファックしてもいいぞ、などと言い出すウルザナ。
キャラ変わりすぎである。
「――抱くのも居着くのも勘弁だけど、歓待してくれるってなら行こうかな」
今日は朝食以降缶詰しか食べてないし、こんなコバラベリーには……案外ちょうどいいかもしれぬ。
「そうだな、既にカサの村には連絡済みだ。今出れば、着く頃にはちょうど準備もできているだろう。楽しみにしているがいい、我らカサ族の宴はロマブ砂漠一である」
「そりゃあ楽しみだな。何が並ぶんだ? 」
「主に肉だな。あとあのムカデも出るぞ」
……それもちょっと勘弁かな、なんて笑いながら、イナギはウルザナと共にトラックへと乗り込んだ。
ハンター試験開始まであと3日間、イナギはこうしてナビゲーターと出会ったのだった。
かささぎの梯
第五話 『第一次試験開始①』
砂漠の朝は早い。そしてカサ族の朝も早い。
本日はハンター試験の開始日。イナギは日の出と共に起こされ、カサ族の皆に別れを惜しまれながら村を出立し、現在ウルザナの運転でエルベガへと向かっていた。
――カサの宴は本当に盛大だった。具体的には、彼と出会ってから昨日までの間、文字通りぶっ続けての宴会であった。
流石にハンター試験前日のため宴は昨晩で終わったが、それがなければ多分もう2日は続いたであろう、そんな盛り上がり方であった。あとちゃんと守り通した。
そして本日、ハンター試験の開始日である。本日の昼12時までに会場に辿り着けなければ、イナギにとっての今年のハンター試験は終了となる。
そんな少しの不安と、それ以上の期待を抱えながらトラックの中で揺られたり跳ねたりすること4時間。
イナギはヨルビアン大陸に来て、初めてエルベガの街に入り込んだ。
目の前に広がるのは摩天楼、そして観光客と思しき人々。ただ何となく活気が少ないようにも思える。
「この街は夜が本番だ。夕方くらいから、本当の姿が出始める。それまではあくび交じりで起きてるに過ぎない」
ウルザナの言葉に「すごい低血圧症なんだな」なんて返しながら、後をついて歩いていく。
既に行先は決まっているようで、彼の足取りに迷いはない。10分ほど歩いてから、大きな噴水広場の側にあるホテルの中に入っていた。豪華で高層ではあるが、普通のホテルである。
「まさか、ここがハンター試験の会場なのか? 」
「そのまさかだ。ここなら誰も応募者が数百万人とも言われてるハンター試験の会場だとは思わないだろ? ――ということらしい」
ハンター協会からナビゲーターを頼まれた時に受けた説明によるとだがな、と続けながら、さくさくと中を進んでいく。
エルベガは世界有数のギャンブル都市であり、街の至る所にカジノがある。それはホテルも一緒であり、むしろカジノがホテルを運営していた。
そのためホテルの造りも、すべてギャンブルを意識している。具体的にはロビーがものすごく小さかったり、というかホテルの1階はほとんどカジノだったり、エレベーターやレストラン等の施設はカジノの奥にあったりした。
本番は夜からとはいえ、そこそこの客で賑わっている。しかし、ハンター受験生らしき人は見当たらない。
不審に思いながらも、イナギは黙って後をついていく。バックギャモンとルーレットの間を抜け、ポーカーでバカ勝ちしてる人の脇を通り、立ち止まったのは通路に併設されたバーの前であった。
カウンターで飲んでる人は一人もいないが、既に開いてはいるようだ。カウンターの奥にバーテンダーがいる。
ウルザナはゴホンと一つ咳をすると、一歩近づいて彼に話しかけた。
「すまない、食事をしたいんだが」
「はい、いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
「ローストビーフ」
バーテンダーの眉がぴくりと上がった。
「付け合わせは? 」
「レーズン入りのマッシュポテト」
「かしこまりました、お食事の方は奥の部屋へどうぞ」
ウルザナがピッと指を立てて答えると、バーテンダーはカウンター脇の通路へ手のひらを向けた。
通路へ進むと、いくつも扉が並んでいる。その内の一つが既に開けられており、イナギはウルザナに促されてその部屋へ入った。
何の変哲もない個室である。部屋の真ん中には4人掛けのテーブル。促されて椅子に掛けると、すぐに先ほどのバーテンダーが料理を運んできた。ローストビーフである。
「1万人に一人。ここに辿り着くまでの倍率らしい」
そう言いながら、一緒に椅子に掛けていたウルザナは立ち上がり、部屋の扉に手をかける。
「このままここに座ってれば試験会場に着く。カサの試練を通り抜けたイナギなら、ハンター試験は大丈夫だろう。合格したなら、また来い。今度は一週間は飲ませてやる」
「分かった。合格したら、今度は土産もって遊びに行くよ」
楽しみに待っていよう、なんて大仰に頷いて。ウルザナは部屋を出る。
扉が閉められてすぐに、微かな浮遊感がイナギを襲った。恐らくこの部屋はエレベーターのようになっている。方向は、上か。
このホテルは140階建てである。何階で止まるのか知らないが、まだしばらくかかるだろう。
フォークを手に取ってローストビーフを頬張っていると、チンという音とともに部屋が止まった。
扉が開く――そこはむき出しのコンクリートで囲まれたワンフロアであり、そこを埋めるように無数の人間がいた。皆体のどこかに番号が書かれたプレートを付けている。受験生だ。
全身に何百もの視線が突き刺さる。観察されている。視線が離れた。
(飛行船の中の人たちよりは、何段階か上かな)
そんな事を考えながら、傍らにいた豆っぽい顔の男からプレートを受け取る。番号は352番。試験開始時間が迫っていることもあり、完全に後発組である。
受験生の観察を続けながら、胸にプレートを固定する――瞬間。ねっとりとした殺気。獲物を探す蛇の舌のように、全身を弄る血生臭いオーラ。
方向は真横。間近。足を開いて、鞄を落とす。練をしながら、視線をずらして。
「やあ♥ 君は使えるんだ、念◆」
手を伸ばせば届く距離に、キツネ目のピエロがいた。
服の上からでも容易に分かる、鍛え抜かれた体躯。全身を覆う凶悪なオーラ。一目でわかる、戦いに狂っている。
「何か用なら、手短にしてくれ」
「そんなに警戒しないでくれよ、ただの挨拶じゃないか♠」
「そこまで不快なオーラ出しといて、挨拶も何もある訳ないだろ」
返しながら、目が離せない。さっきから冷や汗が止まらない。
こいつはヤバい。ここでやり合ったとして、多分勝負にはなる。だけど、勝てる姿が想像できない。
俺の力ではこの男を倒せない。かといって背中見せて逃げたら嬉々として襲われる気がする。なんでこんな奴がここにいるんだ、逃げ切れるだろうか。
「つれないなぁ◆ 実はボク試験初めてなんだけど、ここに着くまでがすごくタルくってさぁ♣︎ ちょっとは期待してたんだけど、着いても退屈で退屈でしょうがなかったんだ◆ 君でウサ晴らししてもいいんだけど…… 」
ピエロが顔をグイッと寄せる。
熊との対峙みたいなもんだと言い聞かせて、細いその目を見つめ返す。
「うん、いいね♥ きみはまだまだ伸びそうだから、今やり合うのは止めとくよ♠ 君も試験初めてなんだろう、ルーキー同士仲良くやろうよ♣︎ 」
「仲良く、したくはない人種だな」
「うん、それ無理♥ 後でホームコード教えてよ、5年後くらいにやり合おう◆ 」
「絶対にノゥ」
「あ、でも味見なら今からでも問題ないかな♠ 」
「それも絶対にノゥ」
これ連絡先渡したら間違いなく粘着される奴である。絶対にホームコード教えねぇ。
渡さなくてもストーカーされる可能性は考えたくもなかった。
いつの間にか、嘗め回すようなオーラは収められていた。ホント勘弁して欲しい。
その後も変態ピエロに絡まれ続け(名前はヒソカというらしい)、そうこうしてる内に時間だけは刻々と経過していき、部屋の四隅に置かれている時計の短針が、12時を指した。
部屋に鳴り響くけたたましいベルの音。音の方に目をやると、いつの間にか部屋には鉤鼻の男がいた。
年齢は30代前後。長い黒髪を無造作に後ろで一つ縛り。派手な赤色のシャツの上に、黄色のスーツ上下。手には顔を模したタイマーを持っている。
「ただ今をもって、受付時間を終了する。これより、ハンター試験を開始する」
ピン、と空気が張り詰める。男の呼吸すら見逃さないように、全員が彼に集中している。時計の秒針がうるさかった。
「一応確認するが、ハンター試験には大変厳しいものもあり、運が悪かったり実力が乏しかったりすると、怪我したり死んだりする……なんてことを言われて止めるくらいなら、ここには辿り着いてないよな。よし、第一次試験428名全員参加っと」
当たり前の話だが、誰一人帰ろうとはしない。
その様子を見て、男は楽しそうに笑った。
「ここで終わってもらっちゃあ楽しくないからな。俺はギャンブルハンター、一次試験担当のパイゴウだ。これからお前たちにはこのホテルから飛び降りてもらうぜ」
さぁ、ハンター試験の始まりである。