(もっと前々から準備しろよとか言わない)
「どうしよ……」
涼しさを感じられるようになった、とある秋の夕暮れ。
艦娘を統べる柱である提督は、いつも傍にいる秘書艦に席を外させて、一人頭を抱えていた。
それは作戦の為に頭を回転させていたわけでも、上からの指令が酷いものだった訳でもなく。
「明日で海風とケッコンカッコカリしてから丁度一年じゃないか……」
◇◆◇◆◇◆◇
大規模な作戦が無事に遂行され、平常通りの落ち着きを取り戻した鎮守府だったが、提督は落ち着きが無かった。
「今からプレゼントを用意したところで間に合わないだろ……」
提督は読んでいたカタログを机に仕舞い込み、再び唸る。
「ハッ、普段から料理は海風がしてるんだから、俺が料理を振る舞えば……!?」
妙案が浮かび顔を上げる。
だが、焦っている頭でも可否の判別はつく。
「俺料理出来ないじゃねーか!」
普段から食堂や海風の手料理で腹を満たしていたため、自分で料理を作ったことがなかった。
妙案が泡のように消え去ったが、提督は挫けなかった。
「……もうこの際、誰かに相談しようか……」
そう決心した提督は、戻ってくるであろう秘書艦に書き置きを残し、執務室を出た。
◇◆◇◆◇◆◇
提督は艦娘達の生活する寮に足を運んでいた。
「提督、何の用?」
「……山風だけか?」
「……うん。海風姉は戻ってきてない。江風も、朝からどこかに行ったきり……」
艦娘は基本的に一部屋を複数人で使うようになっている。特に意図はないが、その方が良い艦娘が多いのだ。
「そうか、丁度良かった。聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「……何が聞きたいの?」
周囲に誰もいないのを確認してから、改めて山風に向き合う。
「……海風の好きなもの、知らないか?」
「…………」
山風にジト目で見られている。何か変な事を言っただろうか。
「提督の朴念仁」
「えっ」
◇◆◇ ◇◆◇
結局山風からは何も聞き出すことが出来ずに、すごすごと執務室へ戻ってきてしまった。時計の短針は頂上に届かんとしている。
執務室へ戻ってきた時に海風はいなかったが、それから数十分で戻ってきた。
しかしこのままでは、海風へのプレゼントを用意することが出来ないまま明日を迎えてしまう。
「提督、どうかされましたか?」
「いや、何ともないぞ?」
「そうですか? いつもより筆の進みが遅いので、何かあったのかと……」
「いやいや、ホントに何も無いって」
見抜かれている。
だが、笑顔でごまかす。
「あ、もうすぐ日付が変わりますね」
「そうだな……そろそろ終わりにするか」
「はい」
時刻はフタサンゴーナナ。午後十一時五十七分。
明日で一周年記念日とはいえ、鎮守府は通常営業だ。
そろそろ寝なければ、明日に響く。
机の上の書類全てを鍵付きの引き出しへ投げ込み、鍵を閉める。ペンをペン立てに戻して、財布等の忘れ物がないことを確認してから椅子を立った。
「よし、じゃあ帰ろうか」
「はい」
そうして、海風と並んで執務室を出た。
◇◆◇◆◇◆◇
非常灯の微かに眩しい明かりを頼りに、闇に飲まれた廊下を進む。
「提督、今日は泊まっていってもいいですか?」
「別に大歓迎だけど……急にどうした?」
「今日は提督と一緒に寝たい気分なんです」
「なるほどなるほど」
そう話すうちに自室へたどり着く。
自室は鎮守府内にあるので、執務室からだとそこまで時間はかからない。
俺は扉の鍵を開け、海風を中へと招く。部屋は土足厳禁なので、入口で靴を脱ぐ。
自室はワンルームで、大した家具などない質素な部屋。ベッドとクローゼット、おまけでテーブルと座布団があるのみ。シャワールームとトイレは付いている。
「失礼致します」
「どうぞどうぞ。じゃあそのへんで待ってて」
「はい」
俺は寝巻きに着替えるため、海風を適当に待たせる。クローゼットから寝巻きを取ると、シャワールームへと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
「待たせた」
「お疲れ様です」
俺がシャワールームから戻ると、海風はベッドに腰をかけていた。既に手袋とニーソックスは外されて部屋の隅に畳まれており、三つ編みも解いていた。髪は肩の上あたりでまとめられている。もう寝る気なのか。
「海風はシャワー浴びなくて良いのか?」
「朝で大丈夫です」
「そうか」
海風がいいと言うなら、俺は何も言わない。
俺は海風の横へと座る。
「……提督」
「なんだ?」
海風の隣に座ると、海風が口を開いた。
「今日、山風のところに行ったらしいですね」
「えっ」
「山風に聞きましたよ。海風の好きなものを聞きに行ったとか」
どうやら、山風が海風に密告していたらしい。相談相手を間違えたか。
「もう……海風の好きなもの、忘れてしまいましたか?」
「……分からなくなったんだ」
「明日──いえ、日付が変わってるので今日の事ですよね?」
「そうだ」
「今日は提督が海風に指輪を渡した日ですよね」
「ああ」
「恐らくですが、海風へのプレゼントを考えていたのですよね」
「ははっ、海風には全部お見通しかぁ……」
改めて、海風には勝てないと思った。
「──提督」
「おう」
突然、海風は俺の顔へ触れた。
そして、こう言い放った。
「──
「海風……」
──俺は、どこか考えすぎていたのかもしれない。
「ありがとう、海風。おかけで大事なことに気が付けた」
「それなら良かったです」
確かに、海風の好きなものはいくつかあるかもしれない。
その中には、食べ物や作品、人物が含まれているのだろう。
だが、彼女は恐らく「一番好きなものは提督です」と答えるのだろう。
「もう寝ようか。明日もあるし」
「はい」
そう言って、一人用のベッドに二人で入る。ベッドが狭いので、自然と体が密着する。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
海風の少し早い鼓動を肌で感じながら、俺の意識は眠りに落ちていった。