でもマスターとはなんだかギクシャクしちゃってるんだ。
でもでも、きっとこのシミュレーションで仲良くなっちゃうんだから!
ダヴィンチちゃんがくれた特別な礼装も持って、いざ出陣!
きっと遠い空の向こうでアッ君も応援してくれてるゾ!
ファイトだゾ!ガウェイン!
** あとがきに後日談があります。 **
あとがきに後日談あり。
うちのカルデア設定なので、ゆるーく見てほしいです。
夜の帳が下り、頭上には満天の星々が広がっていた。周囲には身を隠せるような樹もなく、背の低い草が所々に生い茂っているだけで、周囲100mを優に見渡せる。敵が現れたのならすぐに見つかることだろう。
しかし、その点は問題ない。
この時間帯はエネミーが出ないように設定してるから気にすることなく寝ていいよ、とはダヴィンチ女史の言である。その言葉から分かるように、私とマスターはカルデアのシミュレーションシステムで稼働している仮想空間にいる。
静寂の中で細々と聞こえるマスターの呼吸音は、深い眠りについていることが分かる。
本来なら私も眠るべきなのであろうが、私は肩を地面につけ、微動だにすることができず、眠りにつくこともできずにいた。
それは一重に、私の背にピタリと身を寄り添わせ眠っているマスターが原因であった。
決してそれを悪く言っている訳ではなく、ただの純然たる状況説明だ。
私はマスターを責めたりはしない。
私はマスターの家臣として、剣として在るのだから、そのような文句を言ったりしない。
この場合責められるべき責任は、眠りにつこうとしたマスターに、若干の、本当に微小な、欠片程度の下心を抱いてしまい、それを見事にマスターに見抜かれ、礼呪による拘束を受けた私にこそあるのだから。
本当に、騎士として恥ずべきことをしてしまった。
だから私は、甘んじてその縛りを受けよう。
今願うことは、陽が昇りきる前までにマスターが目を覚まし、この縛りを解いてもらえることだけだ。朝になるとエネミーが再び出現すると、ダヴィンチ女史が言っていた。
この奇妙な現状を真に理解してもらうためには、話を前日まで戻さなくてはいけない。
「ガウェインに頼みたいんだ」
マスターはいつもと変わらない無愛想な表情でそう私に告げた。
カルデアの廊下を歩いている途中だった。特に用があったわけではなかったが、マスターに突然呼び止められ驚いた顔を浮かべてしまった。
「何か用事がありましたか? ガウェイン卿」
「いいえ、そういうわけではありませんが……」
声をかけてもらったのはいつぶりだろう。
召喚された時に非常に驚いた様子で、そのまま簡単な挨拶を交わしてからは碌に会話していない。
カルデアですれ違う時など、私が声をかけると一言だけ返事を返し、それからすぐに顔を背けて逃げるように私の前から消えてしまう。
そんなマスターに声をかけられ、私は非常に驚き、言葉を失ってしまっていた。
「先輩、もう少し詳しく概要を説明しないと、ガウェイン卿も困っています」
「かまいませんよ、マシュ殿。マスターの頼み事であれば、それがいかような要件であれ、私に拒否する選択肢はないのですから」
私がそう返すと、マスターは少しムッとしてから、頼み事の続きを話し始めた。
「シミュレーションシステムをアップデートしたから、その試運転をしてくれってダヴィンチちゃんに頼まれたんだ。シミュレーション内容は1世紀頃のヨーロッパ、ブリテン付近の森で一日過ごすって内容。ブリテンに行くならその土地に慣れたサーヴァントが良いし、ガウェインの日中の強さは知ってるけど、夜はどこまで戦えるのかも知りたいって、ダヴィンチちゃんが」
「あと先輩のトラウマ克服も兼ねて――」
「マシュ、それは言わなくてもいいから。それでガウェインに同行を頼みたいんだ。エネミーも出るから安全に対処できるサーヴァントが良いし……」
「分かりました。喜んでお供させて頂きます。それで……他のサーヴァントの方々は……?」
「ガウェイン卿と先輩の二人っきりですよ?」
マシュ殿はウキウキとした様子で話しているが、隣のマスターは暗い面持ちだ。
そんなマスターが気の毒で、マシュ殿にそっと耳打ちをする。
「しかし……よろしいのでしょうか。私は構いませんが、マスターはその……私のことが苦手なようですし、他の方のほうがマスターの精神衛生上よろしいのでは……」
「衛生という言葉が聞こえましたが」
背後から強い威圧が込められた声が聞こえ背筋が凍った。
「うわっ! 驚かさないでくださいよ、ナイチンゲールさん」
通路の脇からヌッと現れたナイチンゲール女史だった。
ナイチンゲール女史はカルデアの衛生面を担う英霊であり、マスターの健康状態についてもかなり厳しい眼を持っている。そんな彼女ならば代わりに自分が行くと言うかもしれない。それならば是非お願いしたいところだ。
「シミュレーションの件です。マスターの精神衛生面を考えるなら、マスターのお供は私ではなく、それこそナイチンゲール女史か、円卓であればベディヴィエール卿の方が良いと思うのですが」
「その問題でしたら、むしろガウェイン卿の方がよろしいかと」
ナイチンゲール女史の言葉に私はさっきの比ではないほど驚く。
「そうです。これはガウェインさんにしかできないことなんです!」
「本来なら精神面の治療も可能なら私が行うのですが、私よりも適任な者がいるのなら、その方に譲るのが効率的な物事の考え方というものです。むしろそれを拒むと言うならまずは貴方から治療しなくてはいけませんね。それが効率というものですから」
抑揚をなくした声で淡々と述べるナイチンゲール女史に恐怖を覚え、私の頭から否定という選択肢が消えた。
「分かりました。その任務、円卓の騎士ガウェインが引き受けましょう」
「よろしい。さすが名高い円卓の騎士。話が早くて助かります」
「じゃあさっそく行きましょうか。ほら先輩も、魔術礼装を身に着けて行きましょう」
私とマスターの腕を引き、マシュ殿はシミュレーションルームへ向かった。
マスターの顔色が優れないのが気になったが、遠くで狂気を匂わせる笑みで我々に手を振るナイチンゲール女史を見て、ひとまず言葉を呑み込んだ。
「やぁやぁ諸君、よく来てくれた。最近色々なサーヴァントが勝手に使っていくからちょぉぉっと気になっててね。メンテナンスついでに色々アップデートしたんだ。アップデート内容の一つでエネミーにバイコーンを追加したりと、まぁ諸々はやりながら説明する、ね。基本的に時間進行は現実と同じにしているから、まぁサクッと行って、サクッとエネミーを倒して、サクッと寝て帰ってきな」
ダヴィンチ女史は新調したらしい眼鏡をくいっと上げ、上から目線な態度で一方的に口述する。彼女は天才らしく、常に偉そうではあるのだが、今日はそれが一段と強そうだ。
「ダヴィンチちゃん、ちょっとテンション高い?」
「分かるかい? この眼鏡、フレームとレンズにちょっとシステムを組み込んでね、カルデア内のシステムにアクセスできるようにしたんだ。おかげでデスクで紅茶を啜りながらシステム管理ができる。近未来的だろう」
ダヴィンチ女史のご機嫌はその発明品によるものであるらしい。得意気にグラスの内側を見せつけてくる。簡潔にまとめられたインターフェースが映っていた。確かに便利そうではあるが、紅茶を楽しんでいる時くらいは仕事を休んでほしいものだが。
「この眼鏡でも君の心拍やらのモニタリングができるから、安心して戦闘、そしてシミュレーションシステムの試運転に没頭するといい」
「本当はその眼鏡の調子を確認したいだけじゃないの?」
「はっはっは。勘が鋭いのは良いことだ。さぁ、いってらっしゃい」
「わかったよ。それじゃ行ってくる」
マスターはそう言うと、シミュレーションシステムに入り込んでいった。
「では私も」
「あぁ、ガウェイン卿。君に渡すものがあるんだ」
ダヴィンチ女史はペンダントを差し出した。形状はマシュ殿の持つ盾をデフォルメしたようなデザインで、縁がオレンジ色に輝いている。
「これは……?」
「君の能力値は条件によって変動が激しい。ある程度はモニタリングしてるんだけど、細かな変動データが欲しくてね。これはそのための観測機だ。身に着けているだけで十分だからさ」
受け取ったペンダントをよく見ると、微量だが魔術的な軌跡が感じられた。その軌跡はペンダントからマスターへと繋がっているように見受けられる。
「この魔術回路はなんでしょうか」
「そのペンダントはデータをとる為の機械であると同時に、マスターとサーヴァントを繋ぐ礼装の役割を持つ。具体的にはサーヴァントからマスターへの魔力供給という、常識とは逆行する役割だ。サーヴァントは基本的にこのカルデアからの魔力供給をエネルギー源としているのはご存知の通り。だが一部のサーヴァントは自分から魔力を生み出すことができる。その魔力の一部をマスターに譲渡できればさらに戦略の幅が広がると考えた。カルデアのエネルギーを直接マスターに送れれば良かったんだけど、カルデアの魔力は普通の人間、魔術師には濃度が濃すぎるから、送ったらマスターの身体が崩壊しかねない。そこでサーヴァントが生む魔力なら――契約を結んだサーヴァントからの供給なら受け取れるという結論に行き着いた、ってわけさ」
「その一部のサーヴァントというのが私なのですか?」
「そういうこと。君の『聖者の数字』はある意味燃え盛る太陽から直接的にエネルギーを得ている。言ってみれば君は太陽光発電を行う英霊みたいなものさ。無尽蔵に近いそのエネルギーはしかし、人間と永く寄り添った太陽からの贈り物、マスターの身体にも順応できるだろう。それにマスターに送る魔力は君や他の英霊からすれば微々たるもの。戦闘に差し支える程ではないから、別段気にする必要はないよ」
「私が気になるのはマスターが戦闘に参加するということなのですが……」
「それも大丈夫。マスターの立ち振る舞いは参謀のようなものに限られる。知略、防衛、逃避、直接の戦闘はどうしたって君達に任せることになる。マスターをよろしくね」
ダヴィンチ女史はそう言うと、身を翻し去っていった。ペンダントを首にかけると、うっすらとした軌跡が視界の端を写り込む。
この軌跡の先にマスターがいると考えると、ほんの少し、肩に力が入る。
シミュレーションシステムに入り、意識を集中させた。今はちょうど昼の十二時。魔力の昂りを感じ、胸に手を当て己の役割を再確認する。
私は騎士。主の剣となり盾となる。
低い機械音と共にその身は仮想空間へと運ばれていった。
辺りを見渡すと、鬱蒼とした森が広がっていた。頭上を照らしているであろう太陽の陽も木々に拒まれ碌に差すことはなく、薄暗い雰囲気と纏わりつく湿気で状況はあまり良いとは言えない。視界もすこぶる悪いが、気配感知は問題なく機能している。
マスターは落ち着いた様子で周囲を警戒していた。互いに言葉を発することはなかった。
『二人とも用意はいいかい? それじゃ、シミュレーション『エネミーパニック』を開始するよ』
緊張感のないシミュレーション名だと思ったのもつかの間、すぐに緊張感は最高潮に達した。
「マスター!」
「分かってる! 頼んだガウェイン!」
「お任せを!」
一層森が暗くなったと感じた瞬間、それは空から落下してくる巨大な魔猪による影だと理解した。このままではマスター共々潰されるのは自明の理であった。
だが。
樹の枝に阻まれているとしても、天には爛々と輝く太陽が在り、握る剣にはその熱が十二分に満たされていた。
「はぁぁぁぁ!」
咆哮にも似た掛け声と共に天を切り裂く大振りの軌跡は、落下途中の魔猪を真っ二つに切り裂いた。
『流石だねぇ。太陽の騎士の異名は伊達じゃない、と』
ダヴィンチ女史の感嘆とした声が何処からか響いてきた。
「最初の一体にしては大物すぎるんじゃない?」
『でもおかげで視界は良くなっただろう? それに、アレに手こずっているようだと、後が不安だよ』
ダヴィンチ女史の言った通り、頭上を覆っていた木々は剣撃によってすっかり消え去り、陽が差し込み視界良好になっていた。
だが、緊張が緩むことはない。
「マスター、前方から大量のエネミーが来ます!」
「少しの間時間を稼いで! ダヴィンチちゃん、マップを」
『はいはーい』
ホログラムで投影されたマップを睨みながら、マスターは空中に何かの文字を描き始めた。なぞった跡には白く輝く線が残り、その文字から魔力を感じた。
「ルーン魔術……」
『クーフーリンやスカサハに教わったみたいだよ。そしてあれは君の魔力を糧にしている。ま、君は戦闘に集中することだね』
前方から波のように押し寄せてくる敵を、一凪ぎで一葬する。しかし、無尽蔵に思える程、敵は現れた。何度も繰り返し剣を振るうが、状況は変わらない。
絶望的ともとれる状況だったが、私の身は徐々に熱を上げていった。
握る聖剣から溢れる熱量が、身体に流れ込んできているのだろうか。
いや違う。
久しいこの感覚は、全力を奮うことのできるこの状況を楽しんでいるのだ。
懐かしい熱に浮かされるがまま、敵を薙ぎ払う。
仕留めきれなかった敵を空いた手で掴み、上空に投げ捨て、魔猪のように両断する。
楽しい。そして、嬉しい。
胸で輝くペンダントが、背後のマスターに繋がっている。
護るべき存在がその背にいるというのは、良いものだと思う。
その事実が、身を焦がす程に心を燃やす。懐かしい感覚だ。
一心に剣を振るっていると、エネミーの気配が分散し始めた。
「マスター! 敵が四方からやってきます! 指示を!」
「――二時の方角の敵を一層して! そのまま突っ切って森を抜ける!」
「かしこまりました!」
マスターの指示通り、一二時の方角からやってきた敵に剣撃を浴びせ道を作った。
「ルーン!」
マスターの呼び声に反応し、他のエネミーがやってくる方角に木々の壁が現れた。厚い壁に阻まれ、エネミーは進行を食い止められている。
「マスター、道が開けました!」
「行こう!」
マスターの背中を追いかけ、森を進む。途中新たなエネミーの妨害があったが、マスターのルーン魔術で退けながら森を抜け、大きく広がる丘に辿り着いた。
「ここでは敵に見つかってしまうのでは?」
「いや、ここでいい。ここで終わらせるよ」
マスターは落ち着いた様子で周囲に目を凝らした。
抜けてきた森は勿論のことながら、それ以外の全方向からも大量のエネミーが丘を駆け上がってくるのが見える。
「マスター、この量は少し厳しいかと」
シミュレーションのバグではないかと感じるほどの量、三六〇度を埋め尽くすエネミーに、昂る気持ちが治まることはないが、希望が見えなくなってきた。
「何言ってるのガウェイン。ガウェインの強さはこの程度じゃ揺るがない。この程度の絶望は『あの時』と比べれば屁でもないよ」
「マスター?」
マスターが遠い記憶を思い出したように、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。だがその記憶を振り払うように、マスターは天を力強く指さす。
「陽は傾き、時は聖なる数字を示した! 待たせて悪かったね、ガウェイン。今からが、太陽の騎士ガウェインの時間だ!」
マスターの言葉と同時に、剣に宿る熱量が跳ね上がる。身体中に魔力が満ち、剣を握る腕に力が入る。
『ふむ、午後三時。これから日没まではガウェインの能力が最大まで上昇する。タイミングを見計らっていたね』
ダヴィンチ女史の感嘆とした声は戦場の喧騒にかき消されていた。
「マスター!」
「宝具の発動を許可する! 頼んだよ!」
マスターの言葉を合図に、身体中を駆け巡っていた魔力が剣に集中する。白銀の刀身はいまや太陽の化身の様にまばゆい光を放ち始めていた。聖剣を天に放ち、宝具の発動を宣言する。
「我が聖剣は太陽の具現。主の命のもと、貴様らを焼き尽くす!」
太陽の焔が刀身を覆い、火の粉が身に纏わりつく。その熱を地面に叩き付けるように力強く放った。
「――『転輪する勝利の剣』!!」
力強く、そして甚大に振りかぶった斬撃はマスターと私の周囲に広がり、燃え盛った。
凄まじい熱が丘を包み、膨大な光の量により思わず顔をしかめる。マスターは眼を腕で覆っていた。
太陽が目の前に降りてきたような眩しさの中。
その中で私は確かに見た。
マスターが笑っているのを。
『いやぁ凄まじいねぇ。瞬間火力と攻撃範囲だけ見たら過去のシミュレーションの記録を大きく塗り替えたよ。良いデータも手に入った。感謝するよ。大量のエネミー発生は終わりだよ。後は新規エネミーを数体と、夜のガウェイン卿の戦闘データを取れれば完了だ。気を緩めてくれ、とは言わないが、さっきのがピークというのは伝えておこう』
ダヴィンチ女史はそう言い残して通信を切った。
ある程度落ち着いたところで、周囲の悲惨な様子を確認する。
マスターと私の周囲数メートルを残して草木は微塵も残っておらず、何もかもが焼却されてしまっている。綺麗さっぱり何もなくなった景色を見ると、否が応でも呆然としてしまう。
「どうしましょう、マスター」
「ま、残りのエネミーは強くないだろうし、出現しだい対応して。少し疲れたから、今日はもうここで休むことにしよう」
「森の方が身を隠せて良いのでは?」
「ガウェインの戦闘にはこういう広い場所が向いてるし、何より移動が面倒だもん」
そう言うと、マスターは僅かに残った芝に腰を落ち着けた。
「分かりました。では周囲の警戒は私に任せて、しばらくお休みください」
「お願いね」
マスターはそう言うと、眠るわけではないが、呆けた様子で遠くを見つめ始めた。
それからしばらく、マスターが呆けている隣に私が立ち、時折現れるエネミーを倒す時間が続いた。
マスターは呆けてばかりいたが、時折険しい表情を浮かべたと思ったら、すぐに考え込むような表情をし、また呆けてを繰り返していた。
私は何か言うこともできず、ただ黙って隣に立っていた。
やがて陽が沈み、身体を流れていた熱も魔力も静まっていった。
『陽が沈んでも、十二分な能力値だ。円卓の騎士というのは皆そうなのかい?』
「私は太陽の騎士の異名を頂きました故、実力に自信はありますが、他の卿達も十分強かったです。他の卿の事で私が言えるとしたら、できるなら戦いたくはないと思っていた、ということぐらいでしょうか」
『君にそこまで言わせるとはやはり恐ろしいね。その強さも味方であればこれほどまでに頼もしいものはないというものさ。もう夜も遅い。今君の目の前にいるシャドウサーヴァントを最後にしよう。残りは明日の朝に、ね』
ダヴィンチ女史が言い終わると同時に、シャドウサーヴァントは剣撃と共に消え去った。
「お疲れ様。今日はもう休もう」
マスターはそう言うと、芝生に横たわった。
「私はここで見張りをしていますので、マスターは休んでください」
「ダヴィンチちゃんが言ってたじゃん。次エネミーが現れるのは明日の朝だよ。シミュレーションだからってそこまで忠実に再現する必要はないよ。ほら、ガウェインも横になって」
「しかし……」
私が腰を降ろすのを戸惑っていると、マスターは呆れた笑顔を浮かべた。
「ダヴィンチちゃん、モニターとマイク切ってくれる? もう寝るからさ」
『了解した。それじゃあお休み』
「うん、お休み」
マスターはこれで遠慮する必要はないと言った様子で頷いた。仕方なく私もマスターの隣に身を横たえた。これほど穏やかに屋外で身体を休めるのはいつぶりだろう。
空には星々が輝き、月は僅かに欠けている。その美しさは心に染み渡るようで、久しぶりに心が休まっている気がした。
静かに空を見上げていると、隣で眠っているはずのマスターが、もぞもぞと動き始めた。
「いかがなさいましたか?」
「いや……。今日の戦闘を振り返ってたんだ。それで――少し前のことを思い出していた」
マスターは上体を起こしてジッとこちらを見つめる。
「昔とは?」
「第六特異点。ガウェインを召喚する前に、別のガウェインと出会った場所」
「別の私ですか」
その表現に、いまいちピンとこない。
話は以前にも聞いたことがあった。
そこでは我が王と供に多くの円卓の騎士達が集っていたという。
そして私は――マスター達に剣を向けたらしい。
「本当に怖かった。今でも思い出して身が震えるよ。だけど、仲間としてみれば頼もしい限りで助かるよ」
気丈に振舞ってはいるが、肩が微かに震えているのが分かった。
それほどまでの恐怖を、別の私はマスターに与えてしまったのだろうか。
「マスターが私を敬遠していたのは、そのせいですか?」
「――うん。ごめんね」
「マスターが謝ることではありません! それほどの恐怖を与えた私が――」
それから先を述べることはできなかった。
なぜなら――別の私というのも、紛うことなき私なのだから。
王の言葉ならば、迷うことなく従うのが私なのだから。
傍から見れば思考を放棄した、盲目の愚か者に見えるかもしれない。
しかし、それが私自身の騎士道なのだ。
その結果、マスターに恐怖を与えたと言うならば、その事実に心は痛めることはあっても、謝罪することはできない。それは私自身の否定となる。
「ガウェインが、主に忠実で誠実な騎士たっていうのは分かるよ。それに憧れもするし、格好いいと思う。それでも――ガウェイン自身の行動にガウェインの意志が感じられなかったりするのは怖いから――嫌だな」
マスターは消えそうな程か細い声で告げた。星明りに照らされた横顔には、一筋の光が流れている様に見えた。
その姿に、胸がきつく締め付けられる。
きっと別の私は、私自身の意志を殺して、マスターの前に現れたのだろう。
「最後に一つだけ。これだけ答えてくれたら、もう何も言わない。今目の前にいるガウェインは、マスターが子供を殺せって言ったら、殺す?」
「勿論、マスターの命ならば殺すでしょう」
即答する私に、マスターは悲哀に満ちた笑顔を向けた。
「そう……だよね」
「――ですが、私は信じています」
私が続けた言葉に、マスターは悲しそうに目を伏せる。
「何を? マスターの命令は必ず正しいって? 殺されるような行いをした子供が悪いって?」
マスターの静かな怒りがひしひしと伝わってきた。だが畏れることなく、私は言う。
「いいえ。貴方が――そのような命を下すことはないと」
胸に手を置き、決意に満ちた視線を向けた。
「我が王は、王であり、国を護るために戦い続けました。そのためには、心を殺す必要があったのでしょう。ならば臣である私も心を殺すのが、騎士の務めです。ですが貴方は、世界を護るために戦っている。その偉業には、全てを包む心が必要不可欠であると、私は信じています。だから私は、貴方と共にいればこそ、優しい私でいられるのです」
マスターの涙を指で拭い、そっと頭を撫でる。マスターは頬を赤らめ、手をバッと薙ぎ払い顔を芝生に伏せた。
「――寝る!」
「そうしましょう」
相も変わらず、上空に輝く星を横目に瞼を閉じる。
このマスターに仕えることができて、本当に良かったと感謝しながら。
――――――
―――
――
それから少しして、私は隣で小さく震えるマスターに気が付き意識が覚醒した。
その動きに連動して零れる吐息には、癒えない疲労が感じられる。
マスターの異変に私は首を傾げ、思考を巡らせた。
マスターとの間にあった確執は、消えた――とは言えなくても、眠りを妨げる原因ではなくなったはずだ。
では何故か。
隣で芝生に小さなその身を横たえるマスターを見やり、考えが浮かんだ。
このマスターは幼いのだ。身体も精神も、まだまだ成長の余地を残す、子供なのだ。
その幼いマスターが、その小さな掌で、溢れ零れそうな人理を救おうというのだ。
その背に圧し掛かる重圧たるや、とても想像できたものではない。
その重圧で、その生き方に軋みが生まれても、綻びが生活の端に現れてもおかしくはないだろう。いやむしろ、それが自然だとすら思える。
改めて、その震える背に目をやった。不可解に見えた震えも、今では怯えを剥き出しにする幼子にしか見えない。
そしてその様子に、記憶の奥底にある断片が海面に浮かびあがる泡沫のように、現れては消えた。
それは数えきれない程に、いくつも現れる。
かつて、幾度となく行われた戦闘。
王の命令であれば、私はどのような虐殺でも完遂した。
それでも――多くの場合、私の背には護るべき国民がいた。その中には震える幼子が居た。
そんな時、私の腕には殊更力が入った。
私は燃え盛る剣を振りかざし、敵を薙ぎ払った。
そして背に隠れる幼子を、返り血を拭った腕で抱きしめた。
この記憶はきっと、私が生きた時代の出来事。
今、私の目の前には震えるマスターがいる。
私は、遠きあの日々に想いを馳せながら、マスターに手を伸ばした。
そっとその小さな背を抱きしめるために。
不安に溺れそうになっている、幼子に救いの手を伸ばすために。
「礼呪をもって命じる。ガウェイン、動くな」
突然のマスターの命令に、しっかりと身体は反応した。指先ひとつ動かなくなった私に、マスターは呆れた顔を向けた。
「マ、マスター?」
「なんとなく――ガウェインが考えてることが分かった。でも、それは余計なお世話かな」
マスターは動かなくなった私の身体をひっくり返し、顔が背くように転がした。
「しかしマスター、これでは敵が来た場合に――」
「陽が昇るまで敵はこないよ。そのまま寝てて」
「ですがこのような状態ではとても眠れま――マスター!?」
「おやすみ、ガウェイン」
マスターは私の背にピタリと身を寄せ、眠りについた。
顔が動かせないので見ることはできないが、マスターの身体の震えは止まったように感じられる。何より、先ほどまでの寝苦しいような吐息は消え、すぐに規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「本当に眠ってしまわれたのですか……マスター?」
返答はなく、本当に眠ってしまったようだ。
そうして話は冒頭に戻る。
結局、マスターから受けた礼呪の束縛が解けたのは、朝陽が昇りはじめてから少しして、マスターが目覚めてからだった。
その後、見事にシミュレーションをクリアし、私とマスターはカルデアに帰還し、いつもの日常に戻ったのだ。
一つ付け加えるのなら、マスターが私から視線を逸らすことはなくなった、ということだろうか。それに、よくレイシフトに参加させてくれるようになった。
相も変わらず無愛想なところはあるが、その傍にいれるだけで、私は満足だった。
―――――
――――
―――
そして数日後、マシュ殿と話す機会があり、マスターが震えていたことについて聞いてみた。
「そんなことが……。それはたぶん、マスターの癖というか、とにかくストレスによる異常の発露とかではありませんよ。私はよくマスターを起こしに行くので知っているのですが、マスターは壁にくっつかないと眠れないみたいなんですよ。おかげで寝起きも悪くて、寝ぼけて変なことを言う日も多くて……。それより私は、安心しました」
「安心した――とは?」
「有体に言えば、マスターは卿にトラウマを持っていました。その貴方の背を壁代わりにしたということは、マスターが卿に信頼を置いたということです。私はそれが何より嬉しい」
マシュ殿は本当に嬉しそうに笑った。
その笑顔に、懐かしい友の面影が見え、私も嬉しくなった。
「これからもよろしくお願いしますね。ガウェイン卿」
「おまかせください。マスターの剣として、いつまでもマスターと供に戦うことを誓いましょう」
いつまでも優しい私であるために、優しい我が主を護るために。
私の背後で、私を頼りにしてくれるマスターのためにも、私は堅く誓ったのだ。
「さぁさぁ! 貴重なマスターのデレ顔とデレ台詞が入ったダヴィンチちゃん特製CD、限定3枚の販売だよ! お代はもちろんマナプリでお願いネ」
それはカルデアの奥、人気がない部屋で定期的に開催されているイベントだ。
その名も『マスターを愛でる会』。まんまである。
「ダヴィンチちゃんってば、そんなCDどこで手に入れたのさ! あのツン九割不明一割なマスターがそんな顔みせるなんて――」
「はっはっは。アストルフォ君が知らないだけで以外と彼もデレるんだよ? ま、カルデアを取り仕切っている私だからこそ知っている顔、というやつだね」
「なぜ――マスター様が――。ダヴィンチさん、マスターのデレを直接見たのは貴女なのですか? 違う? では誰なのでしょう。色々言いたいのですが、とりあえず燃やします」
「清姫ちゃん炎はしまってねー。火災報知器にひっかからないか、私は胆が冷え冷えだよ」
「清姫の言い分も分からなくはないぞ。私とのルーン魔術の修行の時だって、そんな顔見せたことはなかったぞ。相手も気になるが、その状況。そしてダヴィンチ女史がどうやってそれを手に入れたのかを教えてもらおう。そうでなくては安心して買えないではない」
「スカサハは冷静だねぇ。ま、話しても問題はないかな。相手はガウェインで、状況は前行ったシミュレーションで、方法はまぁ――盗撮というか盗聴というか、手に入ってしまったのさ」
「中々アウトだと思いますが、マスターを想う気持ちは母もよく分かります。とりあえず3枚頂けますか? 観賞用、保存用、使う用で3枚です」
「頼光さん、それは欲深すぎます。快楽の化身と呼ばれた私でさえ2枚あれば十分だというのに。ちなみに私は使う用2枚です。同時視聴で快楽2倍。世はまさに大快楽時代」
「キアラ君も中々過激なことを言うね。でもおあいにく様、販売数は3枚だ。オークション形式にしてもいいが、今後の会の親交を考えると喧嘩は避けたい。なのでくじ引きで購入者を3名決めようと思う。いいかね」
「私は……かまいません。他の人が当選しても、うっかり抱き付いたりしませんから……」
「静謐ちゃん、ここにいるのは皆英雄なんだから、妙な真似したら痛い目を見るのは自分だって分かるでしょ。大人しく天運に任せることにしましょう」
「ブーディカ君のいう通りだ。あ、言い忘れてた。このCDにはマスターの寝顔画像も入ってるから」
「それをはやく言ってよ。私以外が引いたらそいつはローマ認定するわ」
ブーディカの一言で全員が臨戦態勢に入る。
ダヴィンチがくじの入った箱を皆の前に置いた。その箱の隣には、目当てのCDも置かれた。
「さぁ最初に引くのは誰だい? 当たりは先に赤い印が書いてある」
皆が黙りこくっているなか、真っ先に動いたのはローブを目深に被った者だった。
「君は……百貌のハサンかい?」
その顔は髑髏をあしらった仮面で隠されていた。
仮面の者はまっすぐに箱に手を伸ばし、伸ばし――CDを叩き割った。
その行為後、一秒とたたずして、その場に居たダヴィンチ以外全ての者が、瞬時に仮面の者の首に手刀を当てていた。
「どういうつもりですか百貌さん。これは言い逃れできませんよ」
「頼光さん、言葉などかける必要はありませんよ。聞けば百貌さんは多重人格者で、それぞれの人格が姿形を持つというではありませんか。つまり一人くらいいなくても――気づきませんよ」
全員が首を切り落とそうとした瞬間、ダヴィンチがそれを止めに入った。
「待った! 全員ストップだ!」
「なぜ止める。こいつには首を落とされる理由がある。山の翁を呼ぶ必要もない。我々がやる」
「違う違う! その子は『百貌のハサン』じゃない!」
ダヴィンチは皆が仮面の者の首に手刀を当てる一方で、素早く眼鏡に手を当て、カルデアのシステムに入り込んでいたのだ。
そして目の前にいる者の正体を知った。
「じゃあ――誰だっていうのさ!」
「それは――その――」
ダヴィンチが全てを言い終わる前に、仮面の者は自らの仮面を外した。
仮面の中から現れたのは、皆もよく知る顔であり、いわばこの会の主役であるところの――。
「「ま、マスター!?」」
全員の驚いた様子に目もくれず、マスターは出口に足を向けた。
誰もそれを止めることはできず、何もいうことができなかった。
ただ最後に、マスターが部屋の扉に手をかけ振り向き言い放った。
「さ・い・て・い」
たぶんそれは、盗撮していたダヴィンチに一番強く向けられた言葉だったが、それでもその場にいた全員が、マスターが消えてから数時間は動くことができなかった。
後にダヴィンチはこう言った。
「あぁ、あの会合かい? あれ以来やってないね。全員心にひどいトラウマを負ってしまってね。個々人で活動してるみたいだけど、誰も集まろうとはしないよ。かくいう私も減給を喰らってね、もう盗撮はこりごりだよ」
こうしてマスターのデレは守られたのだ。
――ちなみに、会合の情報をリークしたのはマスターの忠実なる忠狸、牛若丸だった。