言葉にせずとも、ボクは常に自問自答を繰り返している。
それはボクの言葉が誰にとってどういう意味合いを持つかということもあるのだけれど、その意味が齎す結果も含めてだ。だからボクが信じることが、決してすべて正解ということもない。決して間違っているということもないだろうけど、どれだけ頑張ったって、それは所詮、一ノ瀬はじめという私の、矮小な、憂鬱な、思考の結果でしかないのだから。
『……刈り取る、脚? 爪?』
『あ、まだ考えてなかったんスね、技名!』
『! ――――っ、は、はじめの、ばかっ』
『んもぅううう、うつつちゃん可愛いッス!』
そう考えているのは、うつつちゃんと一緒にCROWDSちゃんたちを蹴散らしながらも、カッツェさんが表立って動き始めている様子がないからだ。なんとなく予想としてGALAXを利用して色々と煽ったりしてるんじゃないか、という予想はあるけれど、決してボクらが動いていることに対して、指をくわえてみているだけということはあり得ないだろう。
おっと、そうこうしているうちに累くん、ついにXを取り戻したッス!
やっぱり友達なんだ。意志ある一つの自由な意識なんだ。だからこそ、XもまたXの本性に従ったのだ。累くんと培って作ったそれなのだ。
だから、それはとても可愛くて、とてもうれしいことなのだ。ボクのやっていることがある種、間違っていないと誰かにいってもらっているような、そんな錯覚も抱くほどに。
『みんな、X戻ってきたッスよ! これからはGALAXみて動いてください!』
累くんがXを取り戻した結果として、ボクたちガッチャマンもGALAXの情報を最大限有効利用することが出来るようになった。周辺のCLOWDSちゃんたちの状況も、逃げ遅れた人たちの情報も、一括で確認できるようになったのだ。
しかしパイパイがすごく勇ましい。丈さんも先輩も格好良い声を上げてたりするけど、個人的に一番テンションが上がってるのはパイパイなのかもしれない。それもまあ、当然といえば当然か。
『――――なるほど。じゃあ、ボクいってくるッス』
『はじめ?』
『ちょっと、お遣いいってくるッスから~!』
累くんから送信された情報をもとに、ボクは一人、CAGEに戻る。めったに使わない腰背部の翼を展開して(ちなみにだけど、白鳥さんっぽい基部から展開して伸びるそれ)飛行、目下のCROWDSちゃんたちにはハサミを浴びせ、基地入り口にてバードアウト。エレベータを降りる一連の作業も慣れたものだ。
CAGEにはいつになく真剣な顔のDさんと、へしょげた感じの菅山総理。別にがおってる訳でもないだろうけど、何かあったのかな。
いや、そんなことよりREC、じゃなくて再生開始。ことは緊急を要するのだ、事後承諾はごめんッス! ということで。
「え? ガッチャンネル?」
「そうッス。総理から伝えてほしいことがあるんスよ」
ボクらの公式サイトから、出来る限り多くのヒトにGALAXをダウンロードして使ってもらいたい。累くんの持つ情報力と、
GALAXとつながってるのは、なにもボクらガッチャマンだけではない。それこそ前にバラっちもノブさんとも話したように、立川の、みんなの力が一つになることが出来るのだ。横のつながりをより高速に、そして確実に情報を伝えられ、調整をすることが出来る。そのためのツールなのだ。だから、誰だってそれは、少しの気持ちだけでヒーローになることが出来るってことでもある。
いうなればこれは、ボクらがボクらとして、カッツェさんに正面から立ち向かうための力であり、意志なのだ。
ボクの言葉に、総理は嫌そうな顔をした。
「嗚呼、ムリムリ。誰も俺の言うことなんか聞かないよ。どうせ、総理なんてって、みんな馬鹿にしてんだからさ……」
「じゃあ一回、総理、辞めてみるッスか?」
心の中で一度止めたことにしたらすっきりして、冷静に見れるかもしれないッスよ?
普段の通りに提案しながら、タブレットを菅山総理に向ける。画面には明らかに疲れ切った壮年の男性の顔が浮かんでいる。いろいろなコメントが走り始めているけど、この状況でちゃんとボクらのところをチェックしてくれているというのは、喜ぶべきか危機感の薄さを嘆くべきか。いや、今回はプラスに働いたのだし、どう人が動いていたとしてもそれはボクらみんなの個性なのだ。かわいいのだ。だから、それは守れるヒトが守るのが正解なのだろう。
ともかく、まさか中継されていると思ってなかった総理は大変取り乱した。
まあとはいえ、細かい指示まではしてる時間がないから、道中でちょろちょろちょろっと書いたカンペを手渡した。文字が少し丸っこいのはごめんなさいだけど、
「頼んだッスよ? 菅やん」
「す、すが、やん?」
このヒトもバラッちたちと同じ、一人の、日々につかれた一個人なのだ。あの腐り具合、状況からみてDさんに色々言われたのかもしれない。だけど、ボクはあえて特別扱いしない。役職に合おうが合うまいが、それと個人とは本質的には、きっと関係ないのだ。
後の調整はDさんに任せて、ボクは基地を飛び立つ。西立川駅に、一ノ瀬はじめ、参上! バードゴー! しながらガッチャタイフーン、かーらーの、ミディ・シゾー二刀流。背中にしまい込んで、足先で蹴り飛ばしたりすべったりしてると、パイパイからも指令が入る。昭和記念公園ッスか。今こんなことやってて、ちょっと前まで花火大会だったのを考えると感慨深いような、そうでもないような。ともあれパイパイ、すっごい格好良い感じなので、ボクもうきうきしながら答えて準備。
昭和記念公園の内部では、きっと今、自衛隊が臨時基地を展開しているだろう。上空を飛ぶヘリの数を見ると、やはりここが中継地点となっているはずだ。CROWDSちゃんたちもそうだけど、こっちの、よりコアに攻撃的な装備の場所を叩かれるのは痛いはずだ。軽く応じたけど、ボク、責任重大だ。全く表面には出さないけど、少しだけ緊張する。
避難状況は刻刻と好転してる。クラスのみんなも、あっちの二人もちゃんと逃げられたかな……。五日市街道方面で混乱起きてるって情報が入ってきたけど、スガやんがきっとなんとかしてくれるはずだ。それこそ気合の入ったパイパイみたいな勢いだ、ぜひとも頑張ってもらおう。
みんなが、みんなの本性に従って戦っている。そんな可愛い状況に、ボクだからこそ喜ばしく思い。だからこそ、少しだけ注意が散漫だったのかもしれない。
だからこそ、やられた。
スガやんが注目を集めた今。この状況で、スガやんの言葉が強く響くからこそ、カッツェさんはスガやんの現実でのアバターの影響力を鑑みたんだろう。
GALAXの配布に乗じて、そして、スガやんの映像を乗っ取り、CLOWDSを使用するよう叫んだ。CROWDSを遣って、悪いCLOWDSを倒せと。
嗚呼、だからか。
消えてしまいたいよ。自分の見通しの甘さを痛感する。
あふれ出したCLOWDSちゃん達は、留まるところを知らない。みんな思い思い、自分たちの遣いたいようCLOWDSちゃんを遣い始めている。現にボクの目の前でも、小さい子供が蹴散らされた瓦礫によって阻まれてる線路のそれをどけたり、そのCLOWDSちゃんに別なCLOWDSちゃんがタックルしてぶっ飛ばしたり。
状況は、以前にもまして混沌を極める。不意にパイパイの言葉が脳裏をよぎった。地球人にはいまだ過ぎた力――――。
いや、そうじゃない。ボクら誰しも、誰だって力なんてものはある。生きているボクらは死んでしまった誰かとは違う。新しく何かを為しえてしまえる。でも、そこにはボクらという現実のアバターが必ず不可欠なのだ。それを逸脱してしまえるのだとすれば、やはりそれはネットのそれが、その暴力の匿名性が、こちらに持ち込まれてしまったからに他ならない。
現実は、電源を切れない。
でも、こんな状況であっても、ボクはそれを否定する立場にはない。あってはいけない。例えどれほど混乱が生まれたとしても、それは人間が人間の本性のためにもたらされてしまった結果なのだ。
だから――――――、例えどれほど何があっても。ボクは、ボクだけは。
でないと、そうでもしないとボクは――――。
『だから、ボクらだけじゃ無理っす!』
累くんからの通信というか、思念にボクは答える。ことはもう、誰かが誰かを守るとか、そういう段階を既に過ぎ去ってしまった。起こってしまったことは変えられない。だけれど、ボクは目の前で見たのだ。この力、誰かを助けようという風にも使うことが出来る。誰かを害そうと使うこともできる。
だったら、やっぱり、結局はツールなのだ。
コラージュの形がたまたま綺麗じゃなかったとしても、それは決して失敗じゃない。それはそれで一つの完成品だし、後からいくらだって付け足すこともできる。
ばらばらで良いのだ。だからきっと、累くんもそれに気づくことができるはずだ。
ボクの言葉は例によって、きっとボクの口から出る段階でボクの思った通りには出てくれていなくって。きっとそれも、正しく累くんに伝わっていない。それが酷くもどかしい。
『―――――私も出るわ。ケジメの、付け時よ』
Dさんから通信が入る。そしてカッツェさんを煽るDさんの一言をきっかけに、通信が途切れた。
まっさきに動揺の心を走らせたのは、うつつちゃんだ。そしてパイパイも、はやまるなとDさんに対して叫びが通る。先輩だってそうだ。Dさんはボクを太陽だと表現したが、ボクは決してそう思わない。ボクらにとって一番大きな太陽な、それこそDさんがそうなんじゃないかと思っている。みんなを優しく見守り、ときに傷ついたみんなを助けてくれる、そんな優しさと強さが存在する。きっとボクの意図した太陽という表現と、Dさんの意図した太陽という表現のニュアンスは違うだろうけど、その存在はあまりに大きい。
ただ意外なことに、待ったをかけたのは丈さんだった。
『それでも、心が決めたことだ。止められないことだってある。止まらないことだってある』
『丈さん……』
『行ってこい、O.D。』
……ボクも、その意見には賛同しなければいけない立場だ。
そしてそれはきっと、誰しもがそうなのだ。確かにボクらは愚かだ。きっとJ.Jとかから見れば、おそろしく矮小で、そして劣った生命体なのだ。だけど、それでもボクらは明日へ向かって歩くことができる。きっと今日よりも良い明日になるようにと、変わっていくことができるはずだ。だったら、Dさんも何か変わろうとしているのだとしたら。どうしても止まれないのだとしたら、ボクはそれに何も言うことができない。
「ここッスかね」
昭和記念公園、入り口から程なく。ボートとかの手前でボクは変身解除して、掲示板を確認した。立川実況スレは、今や混沌としている。スガやんに化けたカッツェさんによってもたらされた混乱と、そしてその有様がまさに形を伴わない匿名性の場でも起こっている。
>笹食ってる場合じゃねぇ!
>立川っていうか地球オワタ?
>ここで立川煽ってるやつ、オレのクラウズでぶっ飛ばしたいわ
>こんな状況だからこそ冷静になるべきだと
>クラウズってほんとに暴れるやつだけなんかな
>確かに、俺らってそこまでアホか?
>素直になれよ、人がどうなったって関係ないだろ
>そうか?んなヤツばっかじゃないだろJK
>俺立川行ってくる!
「行ったってなんの役にも立たないって」
>行ったってなんの役にも立たないって
スレは続いていく。ボクの、むしろ危ないから来てほしくないっていうのが半分くらいの感情のレスも、時間をおかずに流れていく。
大きく伸びをして、考える。答えは出てるけど、それをすぐにどうこうすることがボク一人にはできない。結局はみんなの問題なのだ、そこに返ってくる。世界が真っ赤に炎上するのも、世界をアップデートするのも。
『困っちゃうッスよねぇww』
そして予想通りと言うべきか、カッツェさんもボクが一人になったのを見計らったように現れた。
ただ、例によって姿は見えない。
「はじめたぁん? なぞなぞ、覚えてる? みんな大好き、あまいあまーい――――」
「――――人の不幸ッスか?」
気が付いたら、言葉が出ていた。カッツェさんのセリフを聞き終えてから語るつもりだったそれが、気が付いたら、抑えるまでもなく口をついて出てきていた。
「そうそうそうwwww この星のみんな、きっと今頃ウキウキっすよwwwwww」
「そうっすかね」
意図せず、顔が曇る。
カッツェさんは続ける。人の幸せな話をいくつも聞いていられない。だけど誰かの不幸な話だったら何時間でも聞いていられるだろうと。
「そういうもんッスかねぇ」
声がする。高架下。さっきのCROWDSの乱闘で破壊され爆発し、ただよう生臭い、肉の焦げる匂いがする。
ボクは、意図して微笑んだ。微笑まなければいけなかった。
「え? え? まさか泣いてるの? いつもニコニコなはじめタン、まさかの涙目?www」
――――――。――――、――――――――――。
「泣いてないっスよ!」
ボクは微笑んでいた。
「はじめたんの良いところはねぇ、正直なところなんだよぉ? 初めて会った時も、テレビに出てた時もぉ。
ねぇ、正直なってみ? 今、超ムカついてるっしょwwww ミーが死んだら、嬉しくてたまらないッショwwww」
――――。――――、――――――――。――――――――、――、――――――――――――――――――。
「……………………、…………」
ボクは微笑んでいた。
だから、答えられない。答えてしまったら、ボクは、私になってしまう。一ノ瀬はじめという一つの個性でなく、もっと根源的な、私と言う一枚の憂鬱な、ただの一人の自我のみが残ってしまう。
嘘じゃない。本性があふれているのは、そのコラージュはかわいいのだ。だから――――それをボクは、嘘にしてはいけない。絶対にそれは、嘘なんかなじゃない。
影が続く。昭和記念公園の入り口に向けて。CAGEの入り口に向けて。Dさんから直接言われたわけじゃない。けどきっと、地上の被害を抑えるため決戦は地下で行うはずだ。だからそこに入ることのできないカッツェさんを、ボクが導く必要がある。
「……そういうことだったんだよね」
カッツェさんの言葉を聞いて、ボクは、私が、思っていたよりも暴力的な個人であったことに驚かされた。
そして、同時に気づいてしまった。ボクが何故カッツェさんの姿を見ることができなかったのかってことを。それは、それに気づいたからどうにかなるという問題ではない。今更、私は、このボクという私を否定することはできない。そうあろうとして生きてきたこれまでを、決してなかったことにすることは出来ない。
「――カッツェさん!
ボクは君を殺さないッス!
約束、するッス!」
だから、ボクは宣戦布告した。いや、そんな意図はない。だけれど私がボクであるように、ベルク・カッツェがベルク・カッツェであるのならば、これは宣戦布告以外の何ものでもないだろう。
「……ウ・ソww ク・ソwwww ア・ホwwwwwww」
「うそじゃないッス」
そしておそらく、今までで一番、直接的な意図を伝えた言葉でなかったにも関わらず。ボクの意志はカッツェさんに正面から伝わったことがわかった。わかってしまった。
CAGEへ続くエレベータに、誰かが乗ったことが分かる。それは姿形を観察することが出来ず、たとえ雲のように実態が曖昧なそれであったとしても。
ボクはそんな誰かに向かって、せいいっぱい微笑む。
「死ネwww」
「死なないッス。殺さないッス」
カッツェさんの罵倒が、だんだんと子供じみた悪口になってくる。これは果たして、良いことなのか悪いことなのか――――それは、明確にボクと言う「一ノ瀬はじめ」が、みんなのように、ベルクカッツェという個人に「寄って」いることに違いないのだから。
「――――カッツェさん、落ち着いたら、ボクと、デートしてくれませんか?」
だから、「私」は、貴方と出会わなければいけない。貴方がまだ誰にも出会っていないように、私は、私もまたきっと、貴方と出会っていないのだから。
きっと今のボクらでは、貴方をどうにもすることは出来ない。いや、本質的に貴方が貴方である以上、それは「貴方にも」どうにもすることはできないのかもしれない。
「ちょっと時間はかかるかもしれないけど、待ってて欲しいっす。立川駅のコンコースで」
そのためには、私は、きっと私にならなくてはいけない。ボクだけじゃない。貴方と戦うためにはボクでなければいけない。だけれどきっと、それだけじゃダメなのだ。
きっとそれば、私がボクであるために長く培ってきた時間すべてを一瞬で台無しにしかねないような、そんな時間がかかる筈だ。
だけれど、私はもう決めたのだ。私はかくあるように、一歩踏み出すと決めたのだから――――。
「カッツェさ~ん?」
ヒーローって何だろう。
何なんだろう、なれるんだろうか。
私にだって出来たのだ。出来る意志があるのだ。だったら、みんな大丈夫だ。
確信を持ちながら、ボクはゆっくりと歩き始めた。
橋の下から続いた影を抜けて、空は青空。まぶしいくらいの太陽に、うっすらと、僕は涙を流した。
――――そしてきっと、累くんも一つの答えを出した。