デスとハイエロファントの物語:REBOOT 外伝・番外編集 作:桁石スミオ
登場人物:デスとハイエロファント、ヤング(リトル)・フォーチュン
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デスとハイエロファントの物語:REBOOT
外伝【 アイネクライネ ― Episode 0 to ∞ ― 】
間近での雫の落ちる音が、ひどく遠くで鳴るように聞こえる。
微かな黴の臭いが取れない毛布を、一旦頭から剥ぎ、デスは横たわったまま視線を足下に投げた。
どうやら一眠りしていたらしい。霞掛かった意識が、急速に明瞭化してくる。それと並行して、横向きの身体を起こし、寝台としている平たい岩に腰掛けた。薄茶色の毛布が、彼女の身体を滑り落ちる。
住居としている洞窟内に、点けたままのランタンの橙色の灯火が溢れている。
デスが、目線を前方足元に下ろす。
(また・・・夢に出てきた・・・)
短時間の眠りで、浮かんだ映像。
ハイエロファントの、にこやかな笑顔。
夢の中に投影された姿が、脳裏に再度、鮮やかに蘇ってきた。
デスの胸が、とくん、と脈打つ。頬が、綺麗な紅色に染まる。
同時に、彼女は奥歯を、きゅっ、と噛み、瞼を痛いくらい強く閉じた。
今までを、思い起こす。
以前、彼と出逢う前、世には救済を積極的に行う『法王』がいるという話を耳にしてから、どういう存在なのか、どういう風体なのか、どういう人物なのか気に留めてきた。その時は、逢ってみようと思ってはいなかったが、いずれ対面することもあるだろう、という予感があった。
デスは無自覚の内に、別の意識を芽生えさせる。
救済を前向きに行う者ならば―――自分を救ってくれるのではないか、と。
斬首を生業とする、血塗られた運命を背負う自分に、光明を与えてくれるのではないか、と。
それは表立って自覚することはなかったが、デスの裡に深く根を張り、やがて本人が意図しないままで心の真髄で確固たるものと化していた。
そして、初めて逢った時にハイエロファントに告げた言葉。
―――お前はあたしを救う力などない。
しかし、間髪を入れず彼が返してきた言葉。
―――そんなのやってみなくちゃわからない。
それを耳にした瞬間、デスは余りの驚きで目を見開いた。
何故、そうも力強い声が出せるのだろう。
何故、揺るがない目線を向けてくるのだろう。
かつて自分の向けられてきた多くのものは、怖れ、怒り、拒みの表情と声と態度。死神である以上、むしろ当たり前の応対。
ハイエロファントだけは、違った。真摯で真っ直ぐな態度、反らさない眼差し、真剣な表情。そして積極的に自ら距離を詰めてくる雰囲気。それは憐憫や哀れみなどは欠片も感じさせない、心底から対面しているものであった。
デスの気持ちが、激しく動揺した。
ハイエロファントの姿が、声が、消えない刻印となる。
それから何度も逢い、逢う度に彼の姿が自分の中で克明さを増し、自分の中で存在領域を拡大させていった。その度に戸惑い、且つどうしていいか解らない不安に襲われる。生まれて初めての感情に、彼女はその後も揺さぶられ続けていたのだった。
それが、決定的な感情になった出来事がある。
死神の“仕事”である首刈りの帰り、彼に遭った。全身が返り血に塗れた自分を見ても、尚、彼は普段の表情を変えなかった。それどころか、労いの言葉すら掛けてくれた。
デスの裡で、何かが弾けた。
その瞬間、今まで蓄積された感情が、一気に具体化される。
涙が止まらなかった。そして、デスははっきりと自覚する。
自分は、ハイエロファントに恋をしているのだ、と。
それから毎日のように彼を想い、毎夜彼への思慕に焦がれ、毎朝、夢にまで登場してくる彼を脳裏に投影し、頬を赤らめて溜め息をついている。生まれて初めての激情は、最早希釈することすら出来ない濃度にまで達していた。
だが、デスは何人に対しても、その気持ちを口にすることは避けていた。
何かの流れで、また何かの拍子にハイエロファントの耳に入れば、どうなるか。
答えは、出ている。
死神に慕われていると判り、良い感情を抱く者などいる筈がない。
今のところは、初めてあった頃から変わらない、真っ直ぐな態度で接してくれている。むしろその時よりも―――勘違いかやも知れない、と思うが―――にこやかな、また嬉しそうな笑顔を向けてくれている。
もし、自分がこう想っていることが、知られたのならば。
彼の笑顔も、態度も、一変するだろう。
彼と逢って感じている細やかな幸福感も、一瞬で霧散し、水泡に帰すだろう。
残るは、おのれに向けられる侮蔑と拒絶の態度に違いない。
であれば。
生涯、想いを告げることなく過ごせば良い。
デスの中で、それは決定事項だった。
ただ。
逢いたかった。
自分の裡に浮かぶ映像としてではなく、直接声を聞き、姿を見たかった。
恐らく、この感情を殺してなら、彼も嫌悪感は見せまい。ハイエロファントはそういう人物だ。だから多くの人々が彼を慕う。何しろ、死神の自分に対してですら、常人と変わらぬ態度で接してくれるのだから。
ちら、とデスは洞窟の入り口方面に目をやる。かなり明るい。未だに陽は傾いている様子はない。
すかさず、彼女は腰掛けていた岩から立ち上がり、フード付きのマントを羽織る。バサッ、と裾が翻り、身体の前面に降りてくる前に、立て掛けていた大鎌を左手に握る。いつもの身支度を整えながら、陽が射し込む方向に歩みを進め始めていた。
逢う約束は、していない。しかしハイエロファントは、いつ来てもらっても構わない、と言ってくれた。何用かあって逢うことが出来なくとも、彼の近くまで行くことで、今の自分は満足する。
デスは、昂る気持ちを抑えつつ、森の道へと歩み出した。