城の一室で二人の魔術師を待ち構えながら、衛宮切嗣は苛立っていた。
「……なぜ来ない?」
城に侵入したはずの二人の魔術師が、いつまでたっても彼の元にやってこないからだ。
衛宮切嗣は、近代武装を好む。システマティックに、効率的に、ただ人を殺すための武装は、魔術師の不意を打ちやすく、速やかにその命を刈り取ってくれるからだ。
だが、同時に魔術師の神秘が、人間が積み上げてきた技術を、たやすく凌駕することも理解していた。
ましてや相手はあのロード・エルメロイと、魔法使いに最も近い男荊崎。
どれほど近代武装で守りを固めたところで、それをやすやすと突破してくるであろう実力者たちだ。
だというのに、切嗣はまだあの男たちの来訪を待ち続けている。
「おかしい……」
さすがにそれに気付き、切嗣は籠っていた部屋を出た。
簡単な探知の魔術を用いながら、周囲を警戒し、隙無く銃を構えながら、切嗣は城の中を見まわっていく。
すると、
「っ! これはっ!」
《爆裂》そんな記号が書かれた概念礼装の札が、城の柱に張り付けられてされているのを確認した。
脳裏に浮かぶのは昨日自分が行った爆破解体ショー。
「まずい!」
瞬間、切嗣は走り出した。もう交戦場所を選んでいる暇はない。
可及的速やかに敵を殺傷する必要がある!
そう思い飛び出した先で、
「見つけたぞ、ドブネズミめ」
「っ!」
空気が流動し、切嗣の体を強かに打ち据えた!
…†…†…………†…†…
「ケイネスの奴、本当に大丈夫なんだろうな?」
人が動く気配。
長い傭兵経験からそれを見事に察知した荊崎は、ひとまずケイネスと役割を分担。
荊崎が城を爆破するための礼装貼り付け。ケイネスがその時間稼ぎを担当することとなったのだが……。
「一応水銀は使わないって言っていたけど、本当に大丈夫なのか?」
本当なら、衛宮切嗣の相手は荊崎がしたかったところなのだ。
荊崎の礼装は基本的に使い捨て。黄金の礼装札を使わない限り、魔術回路と長期接続する礼装自体が少ない。
そのため、何らかの手段で魔術越しに魔術回路を攻撃してくると予想される切嗣とは、それなりに相性がいいはずであった。
だが、そのように動こうとした荊崎に待ったをかけたのは、ほかならぬケイネスだった。
『工房を破壊されたのは私であり、奴に戦いを挑むと決めたのもまた私だ。ならばこれは私の戦い。勝つために貴様の作戦には応じるが、衛宮切嗣との対決は、譲るつもりはない』
そう言って、さっさと衛宮の方へと向かって行ってしまったケイネスの背中を思い浮かべ、荊崎はそっとため息を漏らす。
確かにケイネスは一流の魔術師だ。それは否定しない。だが、同時に実戦経験などは数えるほどしかない魔術師家系のボンボンでもある。それゆえに、
――魔術自体は強力だから安心なんだが、その分意外なところで足元すくわれそうで怖いんだよな……。
「というわけでアサ姐さん。悪いんだけど、ケイネスの方についていてくれない?」
『……すまない、マスター』
「ん?」
『こちらも少々立て込んでいる。援護は無理そうだ』
「え?」
――何かあったのか!
荊軻の報告に、鼻歌交じりで礼装を張り付けていた荊崎に初めて焦りの色が浮かんだ。
そして、慌てて彼が視線を向けた窓の向こうで、
『ギャァアアアアアアアアアアアアアア!?』
「くっ! やはり匕首では致命傷にならないか!」
キリモミしながら城の庭に落下していく巨鳥と、それの体を足場に飛び回りながら、何とかその鳥と渡り合うアサシンの姿が……。
「って、アサ姐何してんのぉおおおおおおおお!?」
びっくりする位、寝耳に水すぎるその事態に、荊崎は思わず絶叫した。
…†…†…………†…†…
ロック鳥……千夜一夜物語に出てきた伝説の鳥で、その体は非常に大きく象三頭を持ち上げて飛び去るほどの巨体であったと言われている。
東方見聞録にもその存在は記されているが、こちらは実在する大きな鳥を誇張して記したものではないかと言われているので、正しく幻獣と扱っていい鳥ではない。
この聖杯戦争に現れたということは、恐らくは何らかの神秘がかかわり顕現に成功した幻想種なのだろう。
そして、そんなことができそうなクラスは、ライダーかキャスターのみ。現状確認されているライダーがあの征服王イスカンダルである以上、ロック鳥を呼び出したクラスは確定的に明らかだ。
「あなたのキャスターがあの鳥を呼び出したの?」
「だとしたらどうする?」
黒鍵を構えあくまで無表情にそう言ってくる言峰に、アイリと舞弥は構えを取りながら、じりじりと後退していた。
切嗣から、言峰綺礼は元代行者だという情報を聞いていたからだ。
代行者……聖堂教会に所属し、主の威光を否定するものを駆逐していく殺し屋。その戦闘能力はでたらめで、銃火器をもってしても傷一つつけられない場合があるとさえ言われている。
――私たちだけで戦うのは不利ね。
アイリの冷静な部分がそう判断を下し、生き残るためには逃げた方がいいと叫んでくる。
幸い言峰はアイリ達に興味を示しておらず、この戦いすら不本意そうであった。
それは、そうだろう。一目見た瞬間に、アイリは気づいていたのだから。
「こんな大がかりなまねをしてまで、切嗣に会いたかったの?」
「っ!」
この男は自らの夫――衛宮切嗣に会いに来た。そのことを、理屈や道理などを置き去りにして、アイリに気付かせた。
そして、同時に思う。
切嗣が聖杯戦争前に、最も警戒していたのがこの男だとも……。
「させないわ!」
「ほう」
だからアイリは、負けると分かっていても虚勢を張り、綺礼の前に立ちふさがる。
ただでさえ切嗣は、二人の魔術師と、もしかしたらいるかもしれないサーヴァント一人を相手取っている不利な状況に陥っているのだ。
――だからこの男を、切嗣の元に向かわせるわけにはいかない!
「舞弥さん!」
「はい、マダム!」
アイリの指示を受け、舞弥は即座に森の中へと隠れる。
護衛の女が姿を隠す。その不条理に綺礼が首をかしげる中、アイリは魔力を通した針金を放ち、
「私が切嗣から教わったのは、車の運転ばかりではなくってよっ!」
銀の大鷲を、その針金で作り出した!
…†…†…………†…†…
止むことなく襲い掛かってくるラミアの群れに、ランサー――ディルムッドは舌打ちしていた。
「おのれっ! キャスターめ! いったいどこでこいつらを生み出している!!」
敵は間違いなく召喚系の魔術を操るキャスターのサーヴァント。
その物量は尋常ではなく、次々と襲い掛かってくるラミア達に、対軍宝具をもたないディルムッドは苦戦を強いられていた。
――だが、これも長くは続かないはずだ。通常ならば、これほどの数の召喚を行うならばマスターの魔力が持たないはず……。
そう思い必死に戦い続け、ディルムッドは敵の魔力切れを待つ。
だが、この時彼は知らなかった。
実はこの時、綺礼は時臣との契約を結び、ケイネスがソラウとともに行ったように、キャスターの魔力供給を時臣に任せていたのだ。
遠坂時臣は、魔術師としての質は一流か、あるいはそれにちょっと届かない程度ではあるが、努力でその才覚を埋められる程度には質のいい魔術回路を持っていた男でもある。
時臣の魔力量は、キャスターの召喚を支える程度には潤沢であった。
もともとは英雄王の宝具すら維持しきった魔力量の持ち主である。それも一種当然のこと。
よって、結論から言えば……このまま魔力切れを待ちつつ戦えば、先に力尽きたのはディルムッドであった。
現状、彼が勝つ方法は、宝具の開帳。あるいはマスターの魔術による援護策敵によってキャスターの位置を割り出すほかない。
そんな風に、本人があずかり知らぬところで絶体絶命の状況が確定しつつあったディルムッドに、
「
予期せぬ援軍が到着した!
背後からやってきた暴風が、まるで竜巻のようにあたり一帯を薙ぎ払い、ラミアを吹き飛ばす。
それに驚き、ディルムッドが背後を振り返ると、
「どうしたランサー? 昨夜の槍の冴えが失われているように見えるが?」
「セイバー! お前こそどうして!」
「貴公とは騎士として、正々堂々とした決着を望みたい……それだけの話だ!」
そいうと、林の中から姿を現さした青い剣士が、ラミア達との戦いへと参戦する!
…†…†…………†…†…
そんな戦場の状況を、全て、そして正しく認識していた人物、キャスター――シェヘラザードは、ため息とともに首を振った。
「いけません。このままでは死んでしまいます」
いや、実際死ぬわけではないし、今一番安全な場所にいるのは間違いなくシェヘラザードだったが、それでも彼女は不利な状況になるとこういわずにはいられない。
「サーヴァントの足止めを目的としたラミア達は、セイバーの参戦によって急速に駆逐されつつあります。このままでは逐次投入を続けたところで、戦線の維持可能時間はもって五分程度。マスターがセイバー陣営の女性魔術師に足止めを食らっている以上、かれらが切り抜けるまでにマスターが衛宮切嗣に到達できる可能性は低い」
ならばと、ロック鳥に視線を映してみる。
あの鳥は、万が一綺礼が目的を果たせなかった時のためにはなったスペアプランで、サーヴァントがいない切嗣をさらうために放った切り札でもある。
だが、そちらもそちらで今問題が浮上していた。
巨蝶の体を足場に飛び回りながら、白い人影が次々とロック鳥に手傷を負わせているのだ。
「アサシン……そこにいましたか」
万全を期すためならば、ディルムッドに付けておくべきアサシンが、なぜかアインツベルンの城にいた。
――想定以上に白兵戦が得意ではないのでしょうか? ランサーとセイバーの戦いの援護をさせたところで、役に立たないと思える程度には。少々あちらの戦力評価に修正を入れる必要がありそうですね。
そんなことを頭の中で考えながら、シェヘラザードは考える。
どうすればマスターの目的を達成させ、自分の安全を維持しながら、この場を収めることができるのかと。
そして、考えに考え抜いた結果……。
「えぇ、無理ですね。どうあがいたところで不可能です」
目的の達成は難しいと判断。即座に綺麗に撤退することを進言する。
『無駄だ。その程度の遅い動きでは、私をとらえることはできん』
『舞弥さん!』
『くらぇっ!』
『幻術の弾丸か……。こけおどしだな』
「あの……マスター」
『む。これは本物の弾丸か!』
『隙ができたわ、言峰綺礼! 捕えたっ!』
『マダムッ! あとは私が』
『無駄だ』
『『っ!』』
『お前は知らないようだがな、アインツベルンのホムンクルス。武術とはもとより全身の運動によって行うものだ。両手を塞がれた程度で、私は捕えられない』
「……忙しそうですね」
なんか邪魔したら怒られそうだと、進言は暫く待つことにした。
…†…†…………†…†…
そのころ、敵を求めて冬木市を徘徊していた不審人物が、裏路地にて血反吐を吐いて倒れた。
「時臣……。時臣ぃっ!」
口から洩れるのは怨讐の言葉。ただ一人憎み、殺すと決めていた男の名前。
だが、その願いはもう叶わない。
その男は自分の知らないところで、なんの因縁も持たない部外者によって、戦いを脱落していた。
「どうしてだ! どうしてっ!」
お前は俺が殺すべきだったのだと、男は呟く。
お前は俺に殺されるべきだったのだと、身勝手に思う。
だから、男はその怒りの矛先を、憎き怨敵を倒した相手へと向けた。
「荊崎……燕翔ぉおお!」
虫に食われ、激痛によどみ、恨みによって狂った脳髄はもはやまともな動きをしていない。
それがただの逆恨みであったとしても、その男には止まる術などもうないのだから。
…†…†…………†…†…
そのころ。荊崎が経営する酒の販売店にて。
「どぉれ、どれ!」
「ちょ、お前本気で!! やめろ! おねがいですからやめろくださぁああああああああああ!?」
「ふん!」
長期休業の張り紙を張られ、閉まっていたシャッターが、吹き飛ばされた。
そうして店内に不法侵入をかましたのは、赤い外套を着た巨漢と、びくびくと震えながら周囲を見回す小柄な青年。
「おほっ! なかなかいい酒を取り揃えておるではないか! うむ! これならセイバーをうならせることもかなおう! では行くぞ、坊主! ありったけ詰め込んで我が戦車に乗せるがいい!」
「乗せるがいいって……こんなもの持って、どこ行く気だよ!」
「決まっておろう! あの金ぴかが欠けてしまったのは惜しいが、今宵はあの城で多くのサーヴァントが集い戦っているという! ならば、この征服王も馳せ参じ、大王として現在に集った英雄たちを見極めようというのだっ!」
「それじゃぁ酒はいらないだろっ!」
「なにをいう! このバカ者めっ! 王が英雄を観戦し、そのありようを見定めるのだ! 戦いの後、酒宴の一つでも開いてやるのが大王としての度量というモノ!」
「そんな無茶苦茶な! というか盗んだもので酒宴ってそっちの方が度量疑われ――あだっ!?」
「まったく、坊主は学ばん奴だな! 以前も言ったはずだが、この征服王が堂々と正面から押し入り獲得したものであるならば、それはみすぼらしい窃盗ではなく、堂々とした征服王の略奪である! 何を恥じるところがあろうかっ!」
超威力のデコピンに吹っ飛ばされ、床でごろごろ転がる自らの主――ウェイバーにため息をつき、巨漢――征服王イスカンダルはにやりと笑った。
「では行くぞ、坊主! 今宵の戦いにおいて、余は大王として此度の戦争に集った勇者たちを見定める。無論それは武だけではない! 戦いが終わり、英雄たちが、己が武を存分に示した後は」
「あ、あとは?」
「己が賭けるものを明かし、どちらの度量が大きいか、比べてみればよい!」
さすれば、真に聖杯にふさわしい者はおのずとわかるであろう。
そう言って笑うイスカンダルに、ウェイバーは理解しがたいといった表情で、頭を振るしかなかった。
聖杯問答ちょっと前倒し。
旦那いないし、AUO現世からキャストオフしちゃったので、ずいぶん早くなる予定?