遠坂時臣は優雅である。
もしくはそうあれかしと生きてきた。
そのため、同盟者である言峰璃正が、衛宮切嗣がハイアットビルを爆破したという報告を聞き暫く白目になった後、泡を食って隠蔽に動き始めた騒がしい夜でも、ゆっくりと自室にこもりホットワインを口にしていた。
なるほど。遠坂時臣は優雅であろう。ゆえに、
「このような夜分遅くに客人とは……。あれほどの騒ぎがあったというのに、ずいぶんと性急なマスターもいたものだ」
無遠慮に自らの邸宅の結界へと侵入してきた異形の気配にも、眉一つ動かさずに対応して見せた。
結界の機能を使い、隠すつもりもない侵入をしてきた相手がいる場所へと視界をつなぐ。
そこには、血まみれになった男を抱える白い衣の仮面の女性がいた。
「ん? あれは……」
『頼む、助けてくれ! 対戦相手にこのようなことを言うにはどうかと思うが……それでももう、マスターが頼れる正当な魔術師は君しかいないんだ!』
涙を流しながらそう懇願する女性の言葉に、片腕を失い右足がつぶれて地面にたれている男のありさま。
それを見て時臣はしばし黙考し、その魔術師――荊崎燕翔が魔術教会に登録している術式をいくつか精査しながら、目の前の負傷が偽物ではないか結界を通して簡易的に調べる。
この戦いは何でもアリの聖杯戦争。根源に到達するためなら、魔術師はなりふり構わず何だってやる。
自身もその一人であるからか、時臣の対応は慎重であった。そして、その慎重な対応をとってなお、その負傷に偽りがないことを知った時臣は、ゆっくりと口角を吊り上げ、結界の一部を変形させ通路を作る。
「はいりたまえ、アサシン。君たちを歓迎しよう」
『……忝い!』
ほっと安堵した様子で「しっかりしろ、マスター。もうすぐ治してもらえるぞ!」と、意識を失っていると思われる荊崎に話しかける荊軻。
そんな彼女の健気な姿を見て「これは利用できるな」と、あくまで優雅に、時臣はグラスに残った僅かばかりのワインを飲み乾した。
…†…†…………†…†…
「これはひどい……。他のサーヴァントにやられたのか?」
「いや、我々はケイネス殿と同盟に向かっていたのだが……突如彼が工房にしていたホテルが爆破され、その巻き添えに!」
「そうか……」
アサシンが現れてからすぐに、時臣は荊崎を修業用の一室へと通した。治癒魔術に適性があった綺礼のために用意されたその部屋には、人一人を寝かせるのに十分な診察台がある。そこに置かれた荊崎の体は、明らかに致命傷だった。
完全に消滅した右腕に、原形をとどめていない右足。常人ならその痛みでショック死しているし、失血もひどい。何らかの魔術的応急処置が施されているのか、生きてはいるが……このまま放置すれば遅かれ早かれ死んでいる傷だ。
「ケイネス殿はその爆発によって行方知れず……。マスターは巻き添えでこのありさまだったから、探して合流するような時間はかけられなかった。すぐにでも処置が必要だ……そしてそれが可能だとマスターが言っていたのは」
「私というわけか」
「あなたは魔術協会に正式に席を置いている魔術師だと聞いている。失った手足は治せなくとも、一命を取り留めることくらいは可能なはずだ! それに、マスターは魔術協会にいろいろと恩を売っていたはずだ! 魔術教会に所属するあなたにとっては、そんな魔術師に貸しを作っておくのは、悪い提案ではないはずだ!」
「……………」
アサシンの言うとおり、荊崎燕翔という存在は、魔術協会にとってかなり重要視されている存在だった。
魔術師ではなく、魔術使いではあるが、始皇帝の時代より継続する魔術師の血脈を継ぐ彼らは、現在最も魔法使いに近い存在。フリーランスとして引き受けた協会からの依頼も数知れず、ロード達との強いパイプも持っている。
今後のことを考えるに、恩を売っておいて損をする相手ではない。
だが……。
「わかっているとは思うが、アサシン」
「っ!」
「これは聖杯戦争だ。これに勝利さえすれば、私は魔術師としての最終目標である、根源に到達することができるだろう。その機会を不意にしかねない君たちを、生かしておく理由が私にはない。なぜなら、極論すれば、聖杯戦争にさえ勝利すれば、時計塔での立場など幾らでもひっくりかえせるからだ」
「………………」
時臣の言うとおり、それらの貸しは、聖杯戦争の勝利という最終目標を不意にする可能性を無視してまで、人助けをする理由にはならない。
ここで助けの手を差し伸べるためには、絶対的に必要なある条件が存在するのだ。それは、
「……理解している」
「それはなにより」
「意識を失う前にマスターから許可を頂いた。マスターがこういう事態にそなえて用意していたギアスペーパーも持ってきている! 令呪をあなたに預託し、私はあなたのサーヴァントになろう。どのように扱っていただいても構わない。だから!」
そういって、アサシンが差し出したのは丸く巻かれた羊皮紙だった。
正真正銘のギアスペーパーではあるらしく、魔術師である時臣にはそこからにじみ出る魔力を明確に感じ取ることができた。
――なるほど。流石は魔法使いに最も近い男。自らの身の安全を最低限保証する手段くらいは用意しているか。
内心でそんな感心を抱きつつ、時臣はゆっくりと羊皮紙に手を伸ばした。
「どうか、マスターを助けてくれ! 私の……私の大切な子孫なんだ!」
――これでいい。アサシンが手に入るのならば、これからの諜報活動もやりやすくなるだろう。
涙を流す荊軻に少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、時臣は魔術師として聖杯戦争に確実に勝つための手段を選ぶ。
その時だった。
「くはははは! 時臣、ここまで来るといっそ滑稽よな」
「っ! わ、我が王!」
黄金の英雄――ギルガメッシュが、高笑いと共に薄暗い修行部屋へと降臨した。
驚き固まる時臣と、流していたはずの涙を瞬時に止めた荊軻が彼を見つめる中、ギルガメッシュはにやにやとした笑みを浮かべながら、
「どうした、続きはしないのか暗殺者?」
「…………」
「まさか、ここまで生前の愚行をなぞってくるとは正直予想外だったぞ? 面白そうだと思い、我に諫言などをよこしたその男には貴様の正体を教えていなかったが……。あまりにその道化ぶりが様になっていたのでな、つい笑いをこらえ損ねた」
「そうか、英雄王。だが私は急いでいる。マスターには今一刻の猶予も」
「それよ」
荊軻の言葉をさえぎり、ギルガメッシュは笑みをかきけし、処置台にて昏睡する荊崎を睨み付けた。
「仮にもこの我の拝謁の栄に浴したというのに、偽物をよこすなど無礼千万。この我の宮殿に入ったのだ。疾く正体を現し、そのような贋作で我が前に現れた理由を告げながら、伏して謝意を示すのが礼儀であろうが!」
瞬間、黄金の波紋が揺らめき、処置台にいた荊崎の体を串刺しにした!
轟音と共に激震する自らの邸宅に内心悲鳴を上げながら、時臣は慌てて怒り狂うギルガメッシュに膝をつく。
「わ、我が王! どうか御静まりを! 粗末とは言え、この家は今あなたの宮で……」
「時臣、その女の名は荊軻。わずか十歩の距離まで迫っておきながら、始まりの王を名乗った不敬者を討ち損じた戯け者よ」
「――っ!」
ギルガメッシュが告げたその真実に、時臣の体が固まった。
そして、彼がゆっくりと見上げた先では、
「ちっ!」
舌打ちと共に、ギアスペーパーを引き裂きながら取り出された匕首が、時臣に向かって振り下されたッ!
「な――っ!?」
「所詮は地を這う虫けらか」
だが、その匕首は時臣には届かない。
とんでもない速さで黄金の波紋から出された鏡のような宝具が、時臣の盾となり匕首の攻撃を防ぎきったからだ!
「この我を無視してマスターを狙うなど、俺が戯れとして行うなら良いが……貴様風情がしていい行いではないぞ、雑種!」
最初の不意打ちを封じられた以上、荊軻にはもう手がない。
この匕首――刺されば確実に敵を殺す猛毒の刃だけが、彼女の武器であり切り札なのだ。
だからこそ、ギルガメッシュは冷めた瞳で、失敗した暗殺者を睥睨した。
「ではな、雑種。英雄を名乗るには……片腹痛すぎる敗北者よ」
「あぁ、そうだな……。私はどうやらここまでのようだ」
そうして荊軻は目をつぶり、
「私一人では、確かにここまでだっただろう!」
「っ!」
瞬間、宝具で串刺しにされた荊崎の手から、一枚の黄金のカードが滑り落ちた。
その名は――。
「上位概念展開――我が一族の妄執を知れ」
「っ!? 贋作風情がぁあああああああああ!!」
「歴史概念《九賓の礼》」
それは、御簾に隠れた始皇帝に謁見する二人の人影が描かれた礼装だった。
世界が――裏返る!
…†…†…………†…†…
「く、くくくくく、くはははははは!」
見なれぬ空間、見慣れぬ場所であった。
そこは、古代中国の始まりの帝が座した謁見の場。御簾の奥に隠された玉座にて、黄金の英雄が、高らかに高笑いをあげた。そして、しばらくしてその笑みをひっこめると、
「それで、この貧相な結界でこの俺をどうしようというのだ? 魔術師」
「どうもしないさ。俺はただ時間を稼ぐだけだ」
そう言っていくつもたたずむ柱の影から現れたのは、概念投影によって生み出した、何の変哲もないただの匕首を持つ、荊崎だった。
…†…†…………†…†…
「概念投影! 自らの体ごと魔術で作るとは! 魔術教会の資料にそんな魔術は載っていなかった――」
「この日のためにマスターの一族は常に備えていたと聞く。切り札の一枚や二枚、伏せておくのは当然だろう。それに、別段珍しい手法ではないとマスターは言っていたがな? この時代で一流と言われるからくり人形師は、自らと寸分たがわぬ人形を作りだし、それを身代りに戦場に出ると聞いている。マスターはそれを自らの魔術でやっただけに過ぎない。もっとも、あれほどの精度の物を作れるのは、これが最後らしいが」
背後で砕け散る黄金の礼装カードを見ぬまま、荊軻は仕切り直しとなった暗殺を続行するために、逆手に持っていた匕首を回転させ構え直す。
「さて、マスターの手によって邪魔者はしばらく外には出てこれまい。それまでにお前を殺せば……我々の勝ちだ」
そう言って、荊軻はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
…†…†…………†…†…
「自らの魔術を用い、その土地、建物から起こった事件を概念情報として引き出し、結界として展開する魔術か。なるほどなるほど、ずいぶんと芸達者であることは認めてやろう。だが、魔術である以上、魔力の供給源を断たれれば、この結界も解けよう」
ギルガメッシュがそう言うと同時に、黄金の波紋が御簾越しに展開され、結界に潜んでいた荊崎へとその矛先を向けた。
「我を閉じ込めて、あの女暗殺者が時臣を殺せばそれで終まいだと、本気で思っていたのか雑種。英霊ですらない貴様風情を殺すのに数瞬の時すらいらぬ」
「だろうな……。こんなところにアンタを閉じ込めたところで、俺はなすすべなくあんたに串刺しにされて終っていただろう」
自覚はあったか。と、ギルガメッシュは目を眇めた。
なるほど、ただの愚か者ではないようだと。
だが、
「だからと言って、真の王たるこの俺を、このようなみすぼらしい檻に閉じ込めた罪は消えんがな」
多少知恵があろうがなかろうが、彼の沙汰は変わらない。
「疾く失せよ、雑種」
黄金の波紋から、無数の武器が射出――――
…†…†…………†…†…
そして、荊軻は駆け出す。
これが正真正銘の好機であると知っているから。
一直線に、無駄など見せず、ただ殺すために、
「ここより先は生を求めず」
「シィ――ッ!!」
だが、時臣もただで殺されるわけにはいかない。
英雄王ならば瞬きの間に出てくるだろう。それまでに時間を稼げればと、腰に差していた杖を引き抜き魔術によって迎撃しようとした!
だが、その顔面にあるものが叩きつけられる!
それは、本来荊軻の宝具とともに出現する巻物の一部。それはまるで鞭のようにしなって、時臣の顔面を打ち据え彼の詠唱を阻害した!
そこへ荊軻はためらうことなく飛び込み、
「っ!?」
「死を恐れず」
匕首を振り上げた!
「ただ、殺めるのみ」
「山場です……ね」
「っ!?」
匕首は再び妨げられた。
突如現れた青い巨人が、荊軻の両腕をつかむことによって。
…†…†…………†…†…
「――なっ!?」
ギルガメッシュの武器は射出されなかった。黄金の波紋から顔をだし、ただぶるぶると震えるだけだ。
「何事だ!?」
「逸話曰く」
自らの宝具に発生した異常事態にギルガメッシュが驚く中、匕首を手で弄びながら、ゆっくりとギルガメッシュに向かって歩きつつ、荊崎は話し始める。
「荊軻は、手土産として持ってきた地図を始皇帝に見せる際にことに及んだ。近づいてきたし皇帝の袖をつかみ匕首を突き立てようとした彼女は、幸運にも袖がちぎれたことによって、荊軻の拘束から脱した始皇帝を取り逃がす。だがその後、始皇帝も反撃しようとしたが、不思議と武器は鞘から抜き放つことができず、彼はしばらく荊軻におわれるままだったという」
「……何が言いたい!」
「『その土地、建物から起こった事件を概念情報として引き出し、結界として展開する魔術』俺の魔術をそう評したのはあんただろう、英雄王。それほどの大魔術……まさか場所を再現するだけだと思ってはいまい」
「キッッサマァッ!」
「さて、武器の使用封印はどれほどの時間になるかな? 一分か、二分か……。どちらにしろ、荊軻さんがただの魔術師を殺すには十分な時間だ。それまでせいぜい、あんたには、雑種の俺から逃げまわる屈辱を味わってもらうぞ!!」
一人の魔術師が、自らの祖先のために、世界最強と目される英雄へと牙をむく!