お待たせしてスイマセン……。
英雄王戦、決着です。
瞬間、荊軻の手で匕首が翻り、彼女の手を拘束する蒼い掌を切り裂いた!
苦悶の声を上げ後退するそれを見ながら、荊軻は舌打ちをもらし、
「何者だ?」
この場に隠れ潜む敵の気配を探る。
だが、それに対する敵の返答は言葉のみ。
『英霊ともなれば座からのバックアップは受けているのでしょう? ならば、私についてもご存じのはず』
「っ!?」
そして、敵はそのままこちらを攻撃してきた。
床から湧き出るように現れた小人が、荊軻を拘束しようと襲い掛かる!
当然荊軻は即座に後退。とびかかってくる小人たちを匕首切り裂きながら、このような攻撃をしてくる敵を指摘する。
「キャスターか! まさかすでに同盟を組んでいるとはな!!」
「以外か、アサシン。いや、荊軻。用意周到にことに及ぶことを是とする君が、私と師の関係性について調べていないとは思っていなかったが」
「あぁ、無論知ってはいたさ」
同時に、自らと同じように気配を殺し、近づいてきた人間の暗殺者めがけて蹴りを放つ。
敵対者も即座にそれに反応。
指の間に挟むという変わった持ち方をした剣で荊軻のけりを受け止め、そのまま彼女の頭上へ跳躍。
荊軻に襲い掛かられ、壁際まで後退していた時臣の前に降り立った。
「綺礼、よくやってくれた」
「遅くなって申し訳ありません、師よ」
対する人間の暗殺者――言峰綺礼は、少しの隙も見せない状態で剣――黒鍵を構えながら、いまだに部屋から逃げようとしない経過を観察する。
――見たところ、武器はあの匕首一つ。投擲武器を持っているわけでもなく、あれを失えば攻撃手段はなくなるとみた。なんともはや、暗殺者としては少々軽装過ぎるな。
普通なら武器を失った際の予備、投擲可能な武器をどこかに仕込んでおくものだが、荊軻の薄い着物ではそれを隠すこともできまい。
だが、それも仕方ないことと言えた。彼女はもとより、隠れ潜んで敵を討つタイプの暗殺者ではないのだから。
「知っていてなお油断していたと?」
「いや違う。知ったうえで私は、君はこないものだと思っていた……」
だから荊軻はひいたりはしない。もとよりこの身は死んだ身であるがゆえに、一歩一歩に全霊をかける。
それを伝承で知るがゆえに、綺礼もまたアサシン風情と油断はしなかった。
こういった、猫を噛む窮鼠状態にあることになれている敵は、時に突拍子もない方法でこちらを殺しに来ると、代行者の経験上知っていたから。
「君は、そういう殊勝な人間ではないと思ったからな」
「――っ!」
だが、その言葉を聞いた瞬間だけ、綺礼は己が思考を停止させた。
一目会っただけで、燕太子が用意した相棒が役立たずだと見抜いた彼女の言葉を、綺礼は無視できなかった。
「師よ」
「なんだ、綺礼?」
鼓動を震わせる。足が床をこする音が響いた。
黒鍵を構えながら、敵を見据え、全身の筋肉を引き絞る。
――お前風情が、私の何を知っている!
と。
「お逃げください。あれと戦うに当たって、周りを気遣う余裕はありません」
「っ! 私の手は?」
「無用です。あの敏捷値では師の魔法は当たらないでしょう。そして英雄王がいない今、私とキャスターでアサシンの暗殺を阻むのは難しい。お逃げください」
「……わかった」
この時の時臣は懸命だった。自分が油断して招いた窮地だということを認めていたからだろう。
即座に館の魔術を発動させ、彼はどこへともなく姿を消した。
その光景に目を眇める荊軻が後退する。恐らく時臣を追うつもりだろう。
だからこそ、綺礼は即座に告げた。
「キャスター!」
『では、この話』
瞬間、綺礼の傍らに現れた褐色の肌を持つ肉感的な女性が、無数の巻物が取り付けられた変わった杖から、光の弾を放った!
それを見た荊軻は部屋の扉を突き破るように後退。光の弾が当たらない位置まで下がるが。
「無駄です。ワタクシのおおよその正体はすでに理解されているのでしょう?」
「チイッ!」
明確な忌まわしげな舌打ちが漏れる。
同時に、床に落下した弾からは絨毯に乗った若者が出現し、後退した荊軻めがけて握ったカトラスを振り下ろす!
荊軻はそれを匕首で受け止め、絨毯を蹴撃。
若者のバランスを崩した後、そのまま廊下の闇へと消え、気配遮断をいかんなく使いながら、館の闇へと隠れ潜んだ。
綺礼はその後を追い、廊下に飛び出しながら、
「では、手筈通りだ」
「あぁ。何故このようなことに……。あんな物騒なお方と戦うなんて、死んでしまいます」
チョット泣きを入れる褐色のキャスターの尻を叩き、時臣の館を彼女の工房に作り替えさせた。
…†…†…………†…†…
さすがは英雄王と言ったところか。
彼の本領である武器の一切が封じられたにもかかわらず、彼は荊崎の襲撃に対し逃げようとはしなかった。
忌々しげに眼前に御簾を引きちぎり、疾走を開始した荊崎の前に仁王立ちになる。
距離にして、荊軻が縮めようとした十歩の距離。
だが、常人の荊崎にとってその距離は通常の十歩では届かないほど遠い。
タンタンタンと、足音を響かせながら、彼は英雄王めがけて疾走する。
そして、
「逃げないのか?」
「戯け。貴様風情に背を向けるなど敗北と同義よ」
「なるほど……。わからん」
――こいつ馬鹿なんじゃねぇの?
と、完全に思っている顔で首をかしげながら、荊崎はその眼前に到達した。
そして、握られた匕首が彼の首を狙い振るわれた瞬間、
「ぐっ!」
それよりも早く、ギルガメッシュの拳が彼の体をとらえた。
盛大に吹き飛び階段を転げ落ちる荊崎に、ギルガメッシュは鼻を鳴らす。
「貴様ごときなど、我が拳のみで十分よ。財宝を使うまでもない」
「いってくれる!」
どうやら油断していたのは自分の方だと、荊崎はいまさらながら悟った。
筋力上昇系のスキルを持っていないのもかかわらず、とんでもない腕力だと、口の中ににじみでた血をはき捨てながら、荊崎は再び匕首を構えた。
――結果、縮んだ距離は五歩分か。本命を使うにはあと五歩、距離を詰めておく必要がある。まったく、ちょっといいとこ見せようと思って、下手に英霊に挑むんじゃなかった。
何ならこのまま殺せるのでは? なんて思った数秒前の自分を罵りながら、荊崎は再び身を低くする。
そんな荊崎に対し、わずかに結界を一瞥した英雄王が、鼻を鳴らした。
「この結界。なるほど、貧相ではあるが確かな力を持っているようだ。あの羽虫がいかようにして、始まりの帝を抜かす戯けを殺しかけたのか気になってはいたが、これならば確かにあの虫けらでも王を殺すチャンスを得よう」
「挑発のつもりか? 雑魚相手に、ずいぶんせこい真似をするんだな、英雄王」
「戯け。事実を告げているだけにすぎん」
――こいつ。俺の結界の正体に感づき始めているのか。
内心その事実に舌打ちを漏らしながら、荊崎はじりっと足を鳴らし、
「これは、ある男の呪詛だろう? 暗殺を命じた男の呪詛によって、この場は他者を弱める力を持っている。だからこそ、力の象徴である武器は封じられ、どのような羽虫であろうとも、天に頂く王を害する権利を与えられる。いやはや、これほどまでの呪いは久しぶりに見たぞ、雑種。これを作り出した男――あの虫けらに暗殺命令を出した男は、よほどあの勘違いを殺してやりたかったらしい」
再び疾走する!
…†…†…………†…†…
館は見る見るうちに様変わりを始めた。
漂う乾燥した空気に、有るはずのない砂塵が舞い始める。
暗かった空は一変し、黄昏の日差しが窓から差し込み始めた。
…†…†…………†…†…
残り四歩。英雄王はいまだに笑っているだけだ。
…†…†…………†…†…
やがて潜んでいた闇は消え去り、荊軻の前には黒鍵を握り締めた神父が一人。
…†…†…………†…†…
残り三歩。英雄王の背後に黄金の波紋が展開される。
…†…†…………†…†…
神父はゆっくりとした歩みで荊軻に近づき続ける。荊軻も油断なく匕首を構え、
…†…†…………†…†…
残り二歩。やはり波紋から出た武器は射出されない。だが英雄王はそれを気にせず、その柄をつかみとり、武器を封じる力を無理やり引きちぎりながら剣を抜いた!
…†…†…………†…†…
だが、匕首を構える荊軻の背後では、突如として壁が崩れ去り、砂漠となり果てた空間が広がっていた。
そして、魔力を溜めたラミアが一人……荊軻に向かって魔術を放とうと構えている。
それを見た神父は、口元ににやりと笑みを浮かべ。
…†…†…………†…†…
残り一歩。
英雄王の剣が振り上げられる。
もういいだろう?
…†…†…………†…†…
「ここより先は生を求めず、死を恐れず」
宝具発動に入った荊軻を嗤いながら、神父は瞬時に加速する!
…†…†…………†…†…
赤い輝きが、英雄王の眼前で輝いた。
「なにっ!」
「こい、アサシン!!」
…†…†…………†…†…
そしてラミアの魔術が途中で止められ、綺礼の神父の剣は空を切った。
「なっ!?」
驚く神父を置き去りに、荊軻はその場から忽然と姿を消していた。
…†…†…………†…†…
そして、かつて残り十歩を詰められなかったあの場所で、
「があっ!?」
振り下ろされた剣は、広げられた巻物によってそらされ、英雄王の喉をかき切った匕首が、その力を示す。
すなわち、
「
英雄殺しの毒刃。西方から取り寄せられたある怪物の毒を焼き入れに使われた、即死の刃が英雄たちの王の首を切り裂いたのだ。
…†…†…………†…†…
慢心であった。あまりに慢心がひどすぎた。
それゆえに黄金の英雄は、かつての始皇帝が逃れえた刃をその身に受けてしまったのだ。
これで頭部やのどを守る兜でもつけていれば、また話は違っただろうに。
「とはいえ、あんたの観察眼は正解だ。確かにこの結界は英雄を弱める力を持っている。だが、結局のところアネサンじゃこの中ではあんたを殺せない」
それは史実が証明している。彼女はこの場で失敗したのだから。かつてと同じ状況を再現したところで、ひょっとしたら始皇帝よりも強い可能性があるギルガメッシュは討てなかっただろう。
だが、足りない十歩を縮める存在がいれば?
荊軻を、あとは匕首を突き立てるだけの状況に持っていけるものがいれば?
史実を無視し、荊軻の刃を皇帝に届かせることが可能かもしれない!
それこそが、荊崎の考えた必殺の策であった。
「あんたもそう考えたからこそ、俺を見くびっていたんだろう? どうせこの中では皇帝は殺せないと。ましてや姐さんよりも劣る魔術師風情では、なおのことって」
――だが、俺は初めからあんたを殺そうとは思っちゃいなかったよ。と、男は笑った。ちょっとだけ、荊軻に褒めてほしくて無理したことは内緒である。
「俺はあくまで代わりだ。あの時、荊軻さんの呼びかけに応えられなかった友人の代わり。腰を抜かして立ち上がれなかったくそ野郎の代わりだ」
そして、荊崎はその役割を見事に果たした。
「ありがとう、マスター……。君のおかげだ」
「なに、大したことないさ、姐さん。こいつ滅茶苦茶油断していたみたいだし? まぁ、この勝ち妥当なところだろう」
そう言って勝利を分かち合い笑いあう二人を、怨嗟の瞳で睨みつけながら、
「お、のれ……」
のどを切られたが故に恨み言の一つも洩らせないまま、黄金の英雄はこの戦争から脱落した。
異論は認めるっ!!
ギルくん倒すのって大変だよね。というわけで、荊軻さんと荊崎の作戦をざっくりと話しておきます。
それは違うよっ!! 異議あり!! というご意見があったら、ぜひご感想で。
今回は、限界ぎりぎりまで油断させるために、まずマスターが本気で戦うふりをする。
マスターが戦うという行為に信用を持たせるために、荊軻に時臣の暗殺をしてもらう。できるようならそのまま殺してもいいけど、出来ないならできないでかまわない。
伝承ではあと十歩という記録が残っていたので、その十歩を詰めた状態で荊軻を呼び出し、そのまま刺す。
というのが今回の暗殺計画でした。
荊軻さんは幕間で英雄王シャドウぶっ殺してますから、このくらいはいいよね? うん。
というわけで、次回の暗殺計画をご期待ください。
いや、まぁやりたいことは八割がた終わったので、荊軻さんにとっては残りは消化試合でしょうけど(楽勝という意味ではなく、やる気が出ない試合という意味で)。