fate/義侠伝 ~風蕭蕭として易水寒し~   作:過労死志願

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7:教会からの知らせ

 英雄王討伐をおえた荊崎たちは、手際よく遠坂邸より離脱。

 もとより彼らは潜入を得意とするアサシンとその子孫だ。これ以上の戦闘継続の意思はなく、隠遁と逃走に全能力を割り振った彼らをキャスターのみでとらえるのは難しかった。

 結果として残ったのは、今回の聖杯戦争で最大の切り札であった英雄王を失ったという事実のみ。

 それを、令呪が消えたことによって悟った時臣は、工房の椅子の肘掛を殴りつけながら、声を震わせた。

 

「バカな! 英雄王が敗れるなど……あってはならない! あってはならないことだ!」

「申し訳ありません師よ。ワタクシがもっと早くはせ参じていれば」

「……………………いや、過ぎたことを悔やんでも仕方ない」

 

 しおらしく……と感じられる程度には、申し訳なさがにじんだ綺礼の言葉に、時臣は荒い息を整え、深く深呼吸をした。

 遠坂の家訓は「余裕を持って優雅たれ」。つい、『うっかり』をやらかしてしまう家系であるという自覚から、彼は極力己の思考回路を冷静に保つすべを心得ていた。

 そのおかげか、彼はたったそれだけで怒りに曇りかけた思考回路をただし、今後の聖杯戦争の流れを考える。

 

「我が師よ。キャスターと再契約されますか? 師が聖杯戦争に復活するには、それしか策はないように思えますが」

「……いや。今の段階でそれはまずいだろう」

 

 時臣がアーチャーのマスターであること。そして、そのアーチャーが討たれたことを、少なくともあのアサシンと荊崎は知っている。その気になれば、他のマスターにそれを周知させることは難しくないだろう。

 そして、今の綺礼は教会とは関係のない独立したマスターとして周囲からは見られている。聖杯戦争開始時に、彼は令呪が浮かんだ段階で聖堂教会から仮の破門処置を受け、師である時臣とも決別したことになっているからだ。

 だが、そんな綺礼がいきなり時臣にサーヴァントを譲ってしまえば、疑惑で収まっていた遠坂と聖堂教会の同盟が明白になり、聖杯戦争はルールなき殺し合いに堕ちてしまう。それは魔術師として最も避けねばならないことだった。

 

「聖堂教会には、監督役として中立の立場を貫いていてもらわなくてはならない。たとえ疑われていたとしても確かな証拠がない以上、聖堂教会はその地位を維持できる。いまだほかのサーヴァントが健在であり、マスターがどう動くかわからない情勢下で、聖堂教会の権威を落とすわけにはいかない」

「では……」

「すまないが綺礼。君はしばらくキャスターと共に情勢の観察に徹してくれ。サーヴァントが残り一騎になったとき、私が君からキャスターのマスター権限を貰い受け、この聖杯戦争の勝者となろう」

「かしこまりました。我が師よ」

 

 疲れ切った様子ではありながら、それでもしっかりとこちらに指示を出してきた時臣に頭を下げ、綺礼は時臣の工房を後にした。

 そして、綺礼が工房の扉を閉めた瞬間。彼の背後に肉感的な女性サーヴァント――キャスターが姿を現した。

 

「安心しました……」

「なにがだ?」

「あの方に、私のマスター権限を譲らなかったことにです。あの方は、最後に私を殺すつもりだったでしょうから」

「……ほう?」

 

 キャスターの言葉に、少しだけ口元が吊り上るのを感じた。だが、綺礼は即座にその笑みをかきけし、いつものような無表情になりながらキャスターを振り返る。

 

「なぜそう思う、キャスター」

「人の殺意には敏感ですので。それに、彼の英雄王から、いろいろ可能性のお話は伺っていましたし」

「英雄王に取り入っていたか?」

「王に取り入るのはワタクシの得意分野。なによりあのお方は、わたくしの最も苦手とする暴君でしたので、スキルの効きはよかったですから」

 

 固有スキルの《生存の閨A+》、そして《対英雄A》のスキルによって、シェヘラザードは会話という分野に限り、気難しい王に殺すという選択肢を取らせないことに秀でるサーヴァントだ。

 あの気難しい神代の王をもってしても、会話をするだけなら機嫌を損ねることなく、生き延びることがかなう。

 もっとも、本人にはいつ殺されるかわからないという多大なるストレスが発生するため、彼女自身はあまりこういった運用をされたがらないが……生き残るためなら仕方ない。

 魔術師としての実力もあまり高くない彼女にとって、今回の戦争の情報収集は何よりも優先すべきことだったのだろう。

 

「幸いなことに、私の宝具は王と呼ばれる存在に対しては無類の強さを発揮する物。此度の聖杯戦争では王は二人残っています。勝ち目は十分ありますよ、マスター」

「……この私に捨てられないよう売り込みか」

「えぇ、その通りです。えぇ。あなたは私を殺さないでしょう?」

「なぜ?」

「必要がないからです。あなたは私を見て愉悦を感じている。それを続けるためには、私を生かす必要がある」

「……………………」

 

 瞬間、綺礼の胸にすとんと何かがはまった気がした。

 荊軻が告げた「お前が来るとは思わなかった」という言葉を聞いたときと同じように、何一つとして感情を得なかった彼の心が、シェヘラザードの言葉に再び心動かされたのだ。

 

「愉悦? この私は……お前ごときに愉悦を覚えていると」

「正確にいうならば、私に愉悦を覚えているわけではなく、私の行動理念に愉悦を覚えていると言えばいいかと」

「なぜだ?」

「決まっています。あなたは人が美しいと思うものを嫌い、人が醜いと思うものを肯定する。私は生前一人の破綻した王をなだめすかしましたが、あなたのそれはそれよりもひどい。あのお方はショックを受けて壊れただけでしたが、あなたのそれは生まれつきの破たんでしたから」

「馬鹿な。そんなこと、あっていいはずが……」

 

 だが、彼はあくまで聖職者だった。鋼の信念と鍛錬によって、心身ともに鍛え上げた信仰心を持つ男。

 だからこそ、シェヘラザードはためらいつつも、己が生存のためにある猛毒を綺礼に流し込む。

 

――あぁ、恐ろしい。きっとこの人をこのまま勝ち残らせては、世界が滅びる。ですが、それでも……私は死にたくないのです。

 

 そんな言葉と共に、怯える体を奮い立たせ、彼女はそっと綺礼の耳元に口を寄せた。

 

「なんなら、ここであのお師匠様を殺してしまいますか?」

「――っ!?」

「今ならあなたに殺されるとも思っていなかった男の、無様な死にざまが見れますよ? 英雄王を失った彼では、サーヴァントである私に勝てませんから」

「…………」

 

 瞬間、綺礼は自覚した。

 自らの口元が明確に笑みの形に歪んだのを。

 慌てて彼は少しでも工房から離れるために歩を進め、遠坂邸の庭園へと飛び出した。

 そして、

 

「く、はははははは! ははははははは! なんだ、これは、なんだ、これは!! あぁ、なるほど、どれほど探しても見つからないわけだ。私の探し求めていたものは、信仰の道になど存在しなかったのだから! ははははは! 父は何を孕ませたのだ! これでは獣に生まれたほうがまだましな人生を歩めただろうに!!」

 

 笑いが、止まらない。

 生まれて初めて見つけてしまった、己の破たんした願望に、綺礼は哄笑を止めることができなかった。

 そして、気づいてしまったがゆえに……もう後戻りはできない。

 

「いかがいたしますか、マスター」

「キャスター。いいや、シェヘラザード」

 

 ゆえに、彼は怨むように、感謝するように、相反する気持ちを自らのサーヴァントに抱きながら、浮かんだ笑みを隠すことなく彼女に告げる。

 

「知ってしまったからには、仕方あるまい。あぁ、私はここで師を殺すことはできない」

「では」

「もっとも師が絶望する状況で、もっとも師が聖杯に近づいた瞬間に、殺せ。それまでは、われわれなりに聖杯戦争を楽しむとしよう」

「……私は、マスターとは違うのですが」

「貴様の破たんした願いをかなえようというのだ。多少の道楽には付き合え」

「あぁ、なんということでしょう……。このような面倒なことになるなんて、死んでしまいます」

「何を抜かす」

 

 言生存能力という方向において、お前ほど特化したサーヴァントはおるまい。

 そう言って笑う生まれたての男は、真っ黒に淀んだ心を胸に、聖杯戦争に本格的な参戦をすることを決めた。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 翌朝、監督役の聖堂教会から各マスターに伝令が走った。

 

 アサシンによってアーチャーが脱落。

 教会からもたらされたその情報に、全陣営に激震が走った。

 

「あの金ぴかを殺したのか、あの暗殺者! カーッ! やはり剛の物であったか!! あの時の勧誘がうまくいっていればな!!」

「嘘だろう? あのとんでもない宝具群はどうしたんだよ!?」

 

 ライダー陣営はただ何が起こったのかと目を白黒させた。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

『切嗣……』

「見た限りでは、あのアーチャーはこの聖杯戦争中最も強力なサーヴァントに見えたが」

『どうするの?』

「どうするもこうするもない。どんな小細工を使ったかは知らないけど、白兵戦に持ち込めばアサシンではセイバーを倒せない。強敵をうまく殺してくれたと思うさ。とにかく城で合流しよう。マスターの生存は確認できたうえに、セイバーの傷が治っていない以上、ランサーは生きているようだしね。僕らはそちらに集中する必要がある」

 

 今朝、アインツベルンの財力を用い雇っていた傭兵から、空港でケイネスを見かけたと報告を受け、切嗣はつい先ほどまで空港にいたのだ。

 狙ったのはケイネスの暗殺と、次善策で彼の婚約者であるソラウの誘拐だったのだが……昨日のハイアットビル爆破の経験からか、その防衛網は空港とソラウが搭乗する飛行機すべてに張り巡らされており、切嗣が事前準備なしに突破することは不可能だった。

 というわけで、切嗣はみすみす空港からソラウがロンドンに帰還するのを眺めるしかなく、見送りが終わった瞬間、魔術によって姿をくらませたケイネスを追うこともできず、作戦失敗という事実にやや苛立っていた。

 というわけで、ドライブスルーで某ハンバーガーチェーン店のセットを買った切嗣は、アーチャーを殺したといわれるアサシンなど眼中にいれぬまま、アインツベルンの城へと急ぐ。

 自分の武器であるセイバーを少しでも早くベストコンディションにするため、彼の目標はケイネスからぶれていないのだ……。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 そして、間桐家の蟲蔵において、

 

「遠坂の小僧がやられたか。かかっ! よほど慢心が過ぎたと見える」

 

 バーサーカーへの魔力供給によってずたずたにされた肉体を調整されながら、間桐雁夜は目を見開いていた。

 

「ばかな……時臣がもう、敗退した?」

 

――じゃぁ、これから俺は……どうしたら?

 

 時臣に対する憎しみだけで持っていた闘志が瞬く間に消えた。そして、

 

「あ、あぁあ……あぁあああああああああああああああああああああああ!」

「なんじゃ、もう壊れたのか?」

 

 雁夜は絶叫した。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 そして、そんな各陣営に激震を走らせたアサシン組はというと。

 

「帰ったぞ、ランサー。ソラウは無事に飛行機に乗った。礼装による護衛もつけてあるし、あれならば魔術師殺しもソラウに手は出せまい」

「ご無事でしたか、主よ。私が護衛についていられれば」

「いらん! 昼は聖杯戦争を行ってはならない取り決めだ。それよりも……」

 

 着こんでいたコートをランサーに投げつけ、酒蔵へと帰ってきたケイネスは、だらしなくその中央で寝転ぶこの酒蔵の主を睨み付け一言。

 

「そこのバカどもはまだ起きないのか?」

「いまだに……」

「ふん! まったく、次期魔法使い必倒と言われる魔術師ともあろうものが、品位に欠ける!!」

 

 このような穴倉を間借りしなくてはならないという情けない事実を振り払うために、酒臭い地価の空間内で彼は頭を振る。

 その視線の先には、昨夜の疲労がたたり酒樽にもたれかかって眠る荊崎と、彼に付き合って睡眠をとり魔力消費を抑えている荊軻の姿があった。

 

 聖杯戦争二日目の午前は、意外なほど静かに、ゆっくりと過ぎ去っていた。

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 そして、その日の夜。

 

「本当にやるのか、ケイネス」

「あたりまえだ。バーサーカーや、貴様が言う聖堂教会の飼い犬となったキャスターはいまだ情報不足。責める場合は慎重さが求められる。対するセイバーは真名もわれ、ランサーの呪いによって手負いの状態。討ち取るのにあれほど格好の獲物はいまい!」

「……まぁ、その通りなんだけどさ」

 

 お前を見ているとどうも多分に私怨が含まれている気がしてならないんだが……。と、呆れる荊崎を伴い、ケイネスは今朝調べたアインツベルンの城へと殴り込みをかけていた。

 傍らに控えるのはランサーと荊軻。

 ランサーはあくまで寡黙に控えているが、荊軻は荊崎と同じようにしょうもない男を見る目でケイネスを眺めている。

 彼女にとって、カチコミ・戦闘とはきちんとした情報収集をもとに行う計画的な物であり、考えなしかつ根拠のない自信によって行う無計画な襲撃は下策なのだろう。

 それは荊崎にとっても同じだったらしく、

 

「ケイネス」

「なんだ!」

「もう止めはしないから、城攻めは俺の言うとおりにしろ? 良いな」

 

 ケイネスからあっさりと指揮権を取り上げる判断をした。

 ランサーは何も言わない。一応彼とて軍人の端くれ。いろいろ思うところはあったと見えた。

 

「なにっ!? 私には荷が重いというのか!」

「あたりまえだ。お前戦闘なんて、ほとんどしたことないだろう? ましてや今回は、城攻めを兼ねた近代兵器軍の攻略だぞ」

「あまりバカにするな! 魔術師崩れに註罰を下した経験ならある! お前も一緒にいただろう!」

「あぁ、時計塔にお膳立てしてもらった封印指定の魔術師討伐ならな! だが、あいにくと相手はその魔術師を大量に殺してきた暗殺者だ。何しでかすかわからん」

 

 荊崎はそう言いながら、海外から取り寄せておいた防弾チョッキにいくつかの防御概念が含まれた銀色の札を差し込み、術式を刻み込んだ匕首を抜き放った。

 

「まして相手は近代武装を操る魔術師殺しだ。お前、爆弾の解体経験とかは?」

「……ま、魔術工房のトラップ解除なら」

「ならおまえはそれを担当しろ。近代兵器のトラップ群は俺が何とかする? お前を舐めているわけじゃない。適材適所……それができない奴から死んでいく。前に教えただろう?」

「……むぅ。仕方ない」

 

 かつて共に戦場を賭け、戦いのイロハを叩き込んだ師である荊崎の言葉を、むげにするほど頭に血は登っていないらしい。

 それは、唯一の懸念で会った婚約者の浮気を心配する必要がなくなったからか……。とにかく、今のケイネスは幾分か冷静さを取り戻しつつあった。

 というわけで、

 

「アサ姐は……まぁ、適当でいいや。今回は、暴君が獲物じゃないし」

「そうだな。私もあの清澄な剣士が相手では匕首がさえん。マスターの許可がもらえるなら、そちらに同道したいと思うが?」

「助かる。ランサーは……聞くまでもないな」

「無論。我が願いはセイバーの首級。主ともども、昨夜の続きを!」

「なら、セイバーはランサーに任せよう。それでいいか、ケイネス?」

「……無様を晒すなよ、ランサー」

「心得ております、主よ」

「んじゃ、作戦開始だ。基本スタンスは……『イノチヲダイジニ』で!」

「まて、なんだその気の抜ける作戦名は!?」

「無策ならばそれくらいでちょうどいいと思うが……」

 

 もはや遠足気分すらにじみ出はじめた、ケイネスと荊崎の二人は、アインツベルンの森へと侵入。

 聖杯戦争第二夜の暗闘が、幕を開いた。

 




お待たせしました!
 第二夜、アインツベルン城攻略戦――からの聖杯問答編です。

 旦那がいないので、かき回し役がいないな……。いや、シェヘラさんも何やらかすかわからんが……。

 ちなみに綺礼があっさり覚醒した理由。
 むしろ英雄王が手間をかけすぎと判断しました。あれは何気に導く人ですから、自分で気づくまで待っている感じですね。
 シェヘラさんはそのあたりの気遣いできないというか、戦場にいる以上余裕がないので、確実に自分を殺しに来る時臣にうられないよう、さっさと綺礼の覚醒を手伝ったという感じです。
 そのかわり、英雄王と違っていきなりの覚醒ですので、綺礼も心情を持て余し気味。しばらくはおとなしくしてくれるかと……。おとなしくしてくれ……たらいいよね?
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