この大地に黄金の星が輝くとき   作:そよ風ミキサー

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1.そして神々は汝を生み出せり

 その者は望まれるべくして生まれた。いずれ他にとって代わられる事が確定しているとはいえ。

 

 

 紀元前、チグリス川とユーフラテス川の間。いくつもの文明が栄え、豊かな土壌が広がるその大地で人類は生を謳歌していた。

 

 だが、そこに住むのは人類だけでは無かった。動植物の類か? などとは深く言うまい。そう、人類を真の意味で支配する存在達がいるのだ。

 

 人は畏敬の念を込めて、彼らを神と呼ぶ。

 強大な力を持った自然現象の化身。時に人に恵みと救いをもたらし、時に言語に絶するような残虐性であらゆる生命を脅かす。

 

 その様相はさながらこの惑星の生態系の支配者階級の頂点に座する者達。

 故に人類は神々の神殿を建て、贄を捧げ、その大いなる力による恵みを享受せんが為に信仰する事で、神々の庇護下に置かれながら安寧を保つと言う一種の支配体制が構築されていた。

 

 ところが、そんな神々も永遠にその座に居続けられるかと言えば、必ずしもそうではなくなってきたらしい。

 

 

 

 

――これは我々にとって看過できぬ事態だ。

 

 

 此処は神々の集う場所、天界。人知の及び付かない其処には多くの神々が一柱の神を中心として一堂に会していた。

 強い輝きを放ち、人であれば自ずから跪き己の延命をただ乞い続けてしまうような圧力を無意識に迸らせているにも関わらず、神々の様子は不安げである。

 

 その中で一際強大な神の気配を迸らせる一柱の神、神々の中心で彼らの王を務める天空と星を司る最高神アヌは腕を組んで唸った。

 

 今、彼らは自分達神々の行く末について議論を行い、ほぼ満場一致である結論に至っていた。

 

 事の発端は神々の集会内で行われていた他愛のない会話から始まった。己を祀る神殿の出来であったり、気に食わない人間がいたので国ごと天災に見舞わせたりと世間話に花を咲かせていた神々の中で、ある話題が挙がったのだ。

 

 

――最近の人間達は、発生した時から振り返ってみると発展が著しいとは思わないか?

 

 

 もっとも、神々にとっての最近とは人間では気の遠くなるような年月だ。それこそ人類が未だサルにも等しい原人だった時から遡る程に。

 

 言われてみればそうかも知れないと同意する神々が多かったのも事実だった。人間は自分達が教えるまでもなく文明を築き、法を敷き、人間独自のルールのもと営みを続けており、それらは少しずつ進歩を見せてきている。

 多くの神々はそれについて特に思う事は無かった。むしろその発展は自分達の手元へ還元され、より上等な信仰に繋がるであろうと考えていた。

 

 だが全員ではない。一部の、それも位の高い神々はそれについて楽観的にはなれず、それどころか危機感を抱いていた。

 

 

 このまま放っておいても人間達は少しずつ知恵を身に着け、自分達の身の回りの環境をより良くしようと改善し、そしてそれは国や人類規模で成長し続けるだろう。

 しかし本当にそれだけであろうか? 便利な暮らしにより神々への感謝と祈りは消え、人間達は神々から恩恵を授からずとも自らの力で……そして何時かは――

 

 

――いずれ神は、人間にとって不要の存在になるのかもしれない?

 

 

 その意見に反論する神々は多かった。人間どもなど殺しても掃いて捨てる程生まれる取るに足らん存在、その様な奴ら如きに我ら偉大な神々が後れを取る様な事など、ある訳がないと。暴君の如き強気の発言をするものまで現れた。

 神の支配と栄華は今後も続く事を疑う者はいない、はずだった。

 そこで反論を唱えた神に異を唱えた神が、まさか自分達神々の王であるアヌ神でなければ。 

 

 人間と言う種の恐るべき躍進力。その過程で待ち受ける自然環境の破壊。それが自分達神の衰退へと繋がる事をアヌ神は見抜いていたのだ。

 

 アヌ神の言葉は如何なる神々のそれよりも重い。彼の最高神は世界の礎を築き、誰よりも天地の理を識っているのだから。

 

 人間とは短命の生物だ。力も神に比べれば取るに足らない程に弱い。

 だがそれを補うかのごとく種族単位での成長速度には目を見張るものがあった。

 

 このままみすみす人間達をそのままにしていれば、先の懸念は現実となって神々を害しうる。

 そうと決まれば神々の行動は尻に火が付いたかの様に早かった。 

 危機感を覚えて集まった神々の議題はどのように対策を取るべきか、それに尽きる。

 

 ある神は、より強い力と恐怖と見せつけて人間を縛ろうと提案。

 いいやそれだけでは生温い、今いる人類を根絶やしにして新たな人類を作った方が良いと言いだす気性の荒い神もいた。

 

 長い議論の末、神々はある方策を打ち出した。

 

 

――人間の統治者を我々で造るのだ。人間を導きつつ我ら神の陣営に属する者を。それを我々で制御し、人間を我々から分かたない様にする。神と人間――天と地を繋ぎとめる楔とするのだ。

 

 

 “楔”、成程そんな存在はまさしく楔と言う役割が相応しい。

 名案だ、と神々は膝を叩いてその案を称え、採用した。

 

 かくして、神々は自分達の未来のいく末を左右する一大計画を始動させる。

 

 神々は早速人間の統治者の設計に取り掛かったが、そこでまた問題が生じる。

 

 

――どんな人間を作ろう?

 

 勿論優れた人物が前提条件である事は言うに及ばず。問題は、人間達を統治させるにあたってどの程度の性能を持たせた方が良いのかという力の与え具合、または抑え具合のさじ加減を当時の神々はよく分かっていなかったのだ。

 

 

――圧倒的な力だ。弱い指導者に誰が付いて行くものか。力こそ正義、獣がそうであるように、外敵を完膚なきまで打ち倒す力を持った統治者なら人間の民も付いて行くだろうよ。

 

――知性を忘れるな。優れた統治と人間の文明の手綱を引くためには、優れた知性と判断力が必要だ。ノータリンのボンクラが統治する人間達の行く末なぞ暴走か衰退しかないぞ。

 

――ふ、醜い奴らはこれだから困る。美しさこそが至高、極限の美しさの前ではあらゆる者が自ずと跪くものさ。もっとも、私の美しさに比べれば君達も含めて皆子供の落書き同然だがね。

 

――何だとこのスピリットブサイクが!

 

――お主達もっと落ち着いて議論せんか。

 

 

 白熱する議論。時には意見が対立して神々達の掴み合いの取っ組み合い、果てには権能を駆使した殴り合いにまで発展する者達が続出する。その過程で大規模な天災が生じ、国々に災害を及ぼしたわけだがそんな事を一々気にする様な神々では無かった。

 これでは埒が明かないと溜息を洩らしたアヌ神が何とか音頭を取って諌め、頭を冷やす意味で小休止を挟んで再び議論を再開。それを繰り返した結果、一旦事前に試作品を造って、それを基に調整してより完全な個体を造ろうという方針に落ち着いた。

 

 故にこれから造るのは、神々の挙げた要望を可能な限り人間と言う器に注ぎ込みつつ人の形を失わない様に鋳造された神造生命体。

 

 神の血と人間の血を混ぜ合わせ、自分達(神々)の思い描く優れた人間の試作品を、あらん限りの権能を駆使して組み立てていった。

 その様子はまるで狂ったように、何かに突き動かされていたかのように。

 

 

 

 

 それこそがメソポタミア神話、否、全神話史上最大の大失敗。後に他神話の神々が口を揃えてメソポタミア神話の神々へ呪いの言葉を吐き散らす。お前ら何してくれてんだ馬鹿野郎、あいつの所為で何柱ぶっ殺されたと思ってるんだこんちくしょうと。

 最高神アヌの眼を以てしてもあのような事態になるとは読めなかった、と未来の世界で生き残った神々と肩を寄せ合いながら吐露していたとか。

 試作品だからと人の形に無理やり詰め込んだ神々の技術力の数々が、本来ならばあり得ない偶然の方程式を創り上げ、創造主ですら予測の付かない強大な何かへと変貌させる。

 その過ちに気づくのは、その試作品が生まれてから更に年月が経ってからであった。

 

 

 

 

 

 

 “それ”は、未だ肉の体すら持たない魂の状態。

 肉体を持つにあたって必要な魂をようやく構築し終えた神々が疲れた神体に鞭打って肉体の方に着手している時、“それ”は既に目覚めていた。

 

 神々の調整が施された魂は肉の体を持つよりも前に明確な自我を獲得し、とうに思考する力すら習得していた。

 未だ体を動かす事の出来ない身ではあるが、試作品は己に備わった自我と既に認識している己の使命に対して現状行動が可能な方法を導き出していた。

 

 千里眼。過去から未来、更には次元を隔てた向こう側全ての事象ですら見通す事の出来る、神々が試作品に与えた最高の(まなこ)

 魂の状態故に物理的な視覚が機能していないからといって、その眼が使えないわけではない。この千里眼は肉眼で見るものではない、魂そのもので視るものである。だから今の状態でも千里眼は問題なく発動した。発動してしまったのだ。

 

 己に求められているのは優れた人間の統治者。その前身にあたる試作品。

 

 ならば、人間とは一体何か? 人間の統治を行うのならば、人間という生命体の精神の在り方を知る必要がある。その模索が試作品の魂の最初の宿題となった。

 思考は疑問を生み、与えられた千里眼がその疑問に答えるべく機能する。ありとあらゆる人間と言う存在の営みを、過去も未来も現代も、更には次元の向こう側すらも等しく観ていった。

 

 最初は知識の収集だけだった。

 淡々と、機械の如く情報をかき集め、次第に膨れ上がった情報の中から今度は指導者の人格に必要な要素を手に入れた知識から取捨選択を行い、自身の人格形成の為に落とし込んでいく。

 もちろん人間の歴史には失敗も成功も数多い、まさに玉石混淆の様相だ。なので試作品は失敗内容を教訓に、成功を更なる成功のための材料へと解釈し、判断材料として記録していった。

 

 そうしている間に神々の作業は着々と進み、遂に試作品の肉体を完成させた。

 その頃には試作品も人並みの人格を構築し終え、メソポタミアの大地に生れ落ちるのを待つばかりとなった。

 

 この世に生を受ける準備の出来た試作品はしかし、ただこのまま産声を上げるだけで良いのだろうかと疑問を抱いた。

 

 これより産まれるのは神々が生み出せし人類の統治者……の試作品。

 いずれ完成品にその位置を引き継がれる事になるとはいえ、第一印象は大切なのではなかろうかと思った。

 確か、最初の数秒でその者の印象の大半が決まるとか。今より遥か遠い未来の人間達が、そんな理論を提唱していたのを学んでいた試作品は誕生時に逸話のある人物の行いを記憶した知識の中から検索する。

 

 優れた物事を生み出すのに、既存物の模倣は時として有効である。

 であるならば、偉大な先人(?)の所業を少し拝借するとしよう。

 

 試作品の心は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 都市国家ウルクの宮殿では今、新たなる命の誕生を祝福する空気で満たされていた。

 

 生まれた赤ん坊の両親はウルクの王ルガルバンダとその妻にして知恵の女神ニンスン。そう、ウルクの王家に世継ぎが生まれたのだ。

 

 

――ギビル。貴方の名はギビル。

  

 シュメールの言葉で新しい人間を意味する名前が王子に与えられる。新たな時代を切り拓き、ウルクに更なる発展をもたらす希望となって欲しいと言う多くの者達の願いが込められた。

 

 ただの王と女神の子供というだけに非ず、生まれたこの赤子は神々が持ち得る技術の粋を集めて調整された至高の神造生命体でもあるのだ。王も女神もその事は既に知っている。

 

 人間の王であるルガルバンダは優れた子供が生まれたという事で素直に喜び、女神ニンスンは夫と同じように喜びながらも、神々の本来の目的として無事に完成した事を内心で別の笑みを浮かべていた。

 

 そこで突如異変が生じる。

 生まれて間もない赤子のギビルは柔らかい布で包まれながら寝かされていたのだが、そのギビルが突如すっくと立ち上がったのだ。

 

 その場に居合わせた王や女神はもとより、侍従達もこれに目を見開いた。

 突然立ち上がった赤ん坊が倒れては危ないという危機感を抱く者もいたが、しかし赤ん坊が放つ只ならぬ雰囲気に呑まれてしまい、誰もが動く事が出来なかった。

 

 ギビルは未成熟な二本の脚を危なげなく動かして歩み出す。

 一歩、二歩……七歩目で脚を止めたかと思えば今度は右手人差し指を天に、左人差し指を地に向けて口を開いた。

 

 

「天 上 天 下 唯 我 独 尊 !」

 

 

 それを目にした人々は、赤子の背後から眩(まばゆ)い黄金の輝きを見たと後に言う。

 

 

 よもやの衝撃。

 生まれた我が子が突如立ち上がり、天地を指さしながら大人でも聞き取れる程の声でもって口上を述べたではないか。

 

 

――……これはアヌ神のお計らいなのだろうか?

 

――い、いいえ、そんな筈は……

 

 

 父ルガルバンダと母である女神ニンスンの二人は顔を見合わせているが、驚愕は抜けきらないどころか留まるところを知らない。

 その場にいた者達は、目の前で起こったウルク待望の王子の衝撃に頭が追い付かず、腰を抜かして地面にへたり込む者もいた。

 

 こうして、ウルクの第一王子ギビルの誕生は人々に鮮烈な印象を与え、後世に語り継がれる事となった。

 

 

 

 

 掴みは上々だ。

 周りの人間達の心を読み取って、生まれて早々宮殿内の注目を独り占めにして華々しいデビューを飾ったと認識しているギビル本人は、確かな手ごたえを感じていた。

 これから自分は後継機――弟が生まれるまで、自身が成すべき事を模索していく日々が始まるのだ。

 ギビルは、そんな未来を思い描いて胸の高鳴りを覚えた。

 

 

 その夜、就寝中のギビルの夢枕に頭髪を螺髪(らほつ)にしたまろやかな顔立ちの男が苦笑を浮かべて立っていた。

 

 曰く、「程々にしておきなさい」との事。

 

 その後いくつか会話と問答を交わし、終始穏やかな空気のまま男はギビルの枕元から去っていった。

 

 翌朝、ギビルの顔が何故か後世で言う所のアルカイックスマイルを浮かべていた事に周りの者達が仰天。笑みの理由は本人にもよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 

――何処の次元から覗いていたのかは知らないが、よもや本人が向こうからやって来るとは私も意外だったな。

 

 遥か遠い未来、ギビルは人理修復の旅をしている組織に集まった彼の覚者と関わりのある英霊達へ、お茶会の際にそう話していたとか。




何かプロトデビルンみたいな名前だな、とちょっと思っていたり。
元々の兄ネタの発端は、ギルガメッシュの声の人ネタです。機動武道伝的な。

・主人公の名前の由来:シュメール語で gibil(新しい) + lu(人間) =gibilu(新しい人間)

間違っていたらすみません。

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