この大地に黄金の星が輝くとき   作:そよ風ミキサー

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3.弟の名はギルガメッシュ

 御年8歳のギビルに弟が出来た。

 既に生まれる時期まで見通していたギビルにとっては、予定調和の名のもとに生まれて来た為驚く事はない。

 しかし、ついに完成品が出来上がった事に対する感慨深さはあったし、人としての感性が弟の誕生を素直に嬉しく感じていた。

 

 ギビルは生まれたばかりのギルガメッシュに会わせてもらい、その時一緒に千里眼で確認をする。

 

 このギルガメッシュの人格は自分の様に完成されてはおらず、見た目通りの赤子のような未成熟の状態だった。

 神々は自分という試作品から反省して、ギルガメッシュをより人間らしく調整し、人間らしく育てさせる方法を選択したのだ。

 だがその肉体は紛う事なき半神半人のそれ。そして未だ機能こそしてはいないが、眼には自分とは性能が違うが千里眼が備わっているのをギビルは視た。多少の調整を行った様だが、大元は確かに我が身を流用している所が見受けられる。己の後継機である事が良く分かった。

 

 この子が自分と同じく人の様に成長し、そしていずれウルクを支配する王となる。

 一体どんな王になるのだろうか。千里眼はいくつもの可能性を示している。

 この弟には、王としてだけではなく人としての幸福の成就があることを願いたい。

 

 布に包まれながら眠る弟をじっと見つめるギビルの姿に、王ルガルバンダと妻である女神ニンスンの見る目は複雑だった。

 

 

 

 

 

 

 ギルガメッシュ誕生から数日後の夜、ギビルは父ルガルバンダに呼び出される。

 王の自室に連れられて切り出された話題は、やはり王位継承の件であった。

 

――ギビルよ、お前には王位を継がせぬ。王位は、ギルガメッシュが継ぐ事とする。

 

 告げられたギビルは間を一呼吸置いて分かりました、と了承した。

 

 あまりにも呆気ない返事に、告げたルガルバンダの方が目を見開いた。

 

――ギビル……よもやお前は、こうなる事が分かっていたのか?

 

 はい、この身が世界に生れ落ちた時から、と答えるギビルは苦笑気味だ。

 

 ルガルバンダは体を震わせて何かを言いたそうにしていたが、出かかるそれを無理やり飲み込むようにして口を閉じる。

 元々この王子は経緯から誕生まで色々と特殊だった。神々の意向によって神と人の仲立ちとなる新たな王、その試作として生まれた存在。

 そんな赤子は生まれてすぐ様に立ち上がって歩き出し、言葉を発した。あの光景は今も頭に鮮明に思い出せる。

 それから今に至るまで王子は誰よりも賢く、誰よりも強く、そして民からも愛された。王となる素質ならば、この子にだって――。

 

 想いが脳裏を支配する前に、ギビルが私の方からお願いがありますと割り込むように話しかけられた。

 なんだ、言って見ろと言うルガルバンダは王の威厳を保っているが、その顔は困惑の色が滲んでいる。

 

 

 

「同じ経緯で先に生まれた兄として、ギルガメッシュのこれからを支えてやりたいと思っております。もし、私を信じていただけるのであればですが」

 

 話を聞いているルガルバンダは感情を抑え込むのに必死で、顔から脂汗が垂れ落ちてきた。

 

 この子は分かっているのだ。王位を全く惜しいと思っていないその態度に対して父である自分が疑っているのを。その疑念の中に、簒奪者(さんだつしゃ)という言葉が浮かび上がっているのを。

 そして……理解の及ばぬ未知なる存在を見るかのように、恐怖の色を帯びた眼差しを向けてしまっている事を。

 

 

 顔にびっしり浮かんだ汗を拭い、深いため息をつきながらウルクの王は顔を俯かせた。この子に、人間の王の威厳はもう不要。今必要なのは、親として伝えるべき事だ。

 

 

――……正直、お前だけでもワシには理解出来ぬ所が多すぎる。それに続いて今度は正当な王位継承者のギルガメッシュが生まれたのだ。……ワシの出番はそう遠くない内に終わるであろう。

 

 

 神々の思惑があったとはいえ、次代の王はもはや自分の力で導ける領域にいるとは思えない。その兄の成長する姿を数年見続けて来て酷く痛感した。

 で、あるのならば。

 

 

――……ギルガメッシュが王位に就いた後は頼む。そして二人でウルクを導いてくれ。

 

 ウルクの王が頭を下げた。歳を老いたせいで色褪せ薄くなっていた父の頭を見て、息子は僅かに目を見開かせる。

 

 息子、ギビルは何も言わずに深々と頭を下げた。

 

 

 

 それから数年間、主な世話は乳母達に任せつつギビルも別の側面からギルガメッシュの世話を積極的にするようになった。

 

 ギビルの持つ小宇宙(ディアンキ)は、操作次第で相手の精神に語り掛け、精神内で相手との会話を行う事が出来る。

 相手が生まれて間もない未熟な肉体と精神故、ギビルはタイミングを見計らい努めて柔らかく、そして優しく語りかけて行った。

 話しかけられたギルガッシュは最初こそ言語も未だ解す事の叶わない幼い反応しか出来なかった。しかしそこは神々の設計によって聡明な頭脳を与えられているため、ギビルの語り掛ける言葉に対する学習能力はすこぶる優秀だった。

 

 始めにギルガメッシュと言う自身の名前を教え、その兄の名を教え、自分の事を、両親の事を、ウルクと言う国を、自然の営みを。この世界の事を少しずつ、ゆっくりと最初は語るように、徐々に対話と言う形に変えてギルガッシュに教えて行った。

 

 

 

 ギルガメッシュが一人で出歩けるようになり、多少たどたどしくも会話が出来る様になった頃、ギビルはギルガメッシュを連れてウルクの宮殿の屋根の上にいた。

 時刻は夜中、住居から明かりが消えてウルクの都市内に夜の帳が降りた頃合いである。

 

 ギルガメッシュものびやかに育って今は6歳、幼い頃のギビルによく似ている。

 横に並ぶギビルは14歳、幼児から少年期に移り変わり、神々の創り上げた美貌にはさらに磨きがかかっていった。

 腰まで伸びた黄金の髪は猛り狂う獅子の鬣の様に所々が逆立ち、穏やかな真紅の瞳を携えた眼差しの奥底には強い意志が宿っている。

 兄弟二人は並び立って夜空を見上げていた。

 

「あれが牡羊、あそこは牡牛、あれは……何だと思う?」

 

「んー……さそり?」

 

「当たりだ」

 

「兄上がよく話してくれるからおぼえちゃった」

 

 暗黒の天空に輝く星々の連なりにギビルは指をさし、それらが司る星座を口にしたりギルガメッシュに訊ねてみたりしている。

 

 この頃のギビルは天体観測が趣味になっており、中でもカルデア人なる人種の羊飼いが起源とされる星座と言う存在が特に好きだった。一体どういう発想からあの星の組み合わせを思いついたのか、人間の持つ理屈では無い不確かさに面白さを感じていた。

 その好き好きにギルガメッシュを誘ってこうして一緒に夜空を眺める時が最近はままあり、誘ってみたギルガメッシュも夜空の星々を見上げながら目を輝かせてくれているのでお気に召したらしい。

 

「面白いものを見せよう」

 

 不思議そうに見上げてくるギルガメッシュの頭に手を乗せると、ギビルは自分の千里眼が視る世界の一端をギルガメッシュにも共有させた。

 

 視せるのは二人が見上げる空の遥か彼方の大宇宙、恒星の光を浴びて輝く惑星の数々。様々な天文現象が生み出す鮮やかな色、寿命の尽きた惑星の死による爆発の光、これから誕生する星の息遣い、およそ星の上に立っているだけでは見る事が叶わぬ神秘の世界だ。

 

「これは……」

 

 幼いギルガメッシュは眼を真ん丸に開いてギビルを見上げた。

 小さな手が、無意識的にギビルの服を掴んでいる。そのギルガメッシュの手は、確かに震えていた。

 ギビルは共有を閉じてギルガメッシュをあやす様に頭を優しくなでた。

 

「すまん、驚かせてしまったか。今見せたのが宇宙というものだ。私達が今立っているこの大地から遠く離れた空の果てに、この世界が広がっているんだ」

 

 これがギビルが幼い頃から見続けていた宇宙の世界、この星が生まれる以前から続いて来た世界の理。

 幼かったギビルも今のギルガメッシュの様に震え、そして衝撃と大きな感動を覚えた。だからギビルは弟にもこの光景を見せたかった。感受性が豊かな幼いこの時期に。

 しかし、幼いギルガメッシュには刺激が強すぎた。

 

「すごく、大きくて、とても綺麗。でも……」

 

 言葉が途切れると、ギルガメッシュはギビルに身を寄せると、顔をギビルの体に(うず)めた。

 ギビルはギルガメッシュがしゃくり上げているのを察して、弟の背中をさすった。 

 

「……それが正しい反応なのだろうな」

 

 無理も無かった。ギルガメッシュは星に生きる生物が潜在的に持つ根源的な恐怖を垣間見て泣いたのだ。この衝動は、たとえ神であろうと免れられない。

 

 

 

 

 

 

「……兄上は」

 

 暫くしてギルガメッシュが落ち着き、二人で宮殿の屋上に座り込みながら再び夜空を眺めているとき、ギルガメッシュがぽつりと呟くような声でギビルに話しかけた。

 

「兄上は、本当に僕が王になって良かったの?」

 

 ギビルはギルガメッシュの顔を見据えたまま、無言で続きを促した。

 

「兄上は僕よりも色んな事を知っている。色んな事だって視れる。それでも僕が王になったほう良いの?」

 

 本当にこれでいいのかと、言外に訊ねているかのような。そんな声だった。

 その問いに、兄はふっと笑みを漏らした。

 

「勿論だ。むしろギルガメッシュ、お前だから王にふさわしい」

 

 ギルガメッシュの体に流れる神の血は三分の二、対するギビルは四分の三と限りなく神に近い。完成品と定めたギルガメッシュのその血の割合こそが設計した神々の答えでもあり、ギビルの導き出した結論でもあった。

 人間に近い者こそがウルクを、ひいては人間の世界を統治する王にふさわしい。それが神々と人間を繋ぎとめる天の楔の条件なのだ。

 

 実験的に作られたギビルはその基準から既に除外されている。今もこうして神々がギビルの存在を放置しているのは、ギビル自身がウルクの発展に貢献しており、ギルガメッシュの成長に積極的に協力しているからだ。

 それを思わぬ副産物だと神々はほくそ笑んでいる。いずれ来たる自分達へ返ってくる収益に胸を膨らませている神もいた。

 浅ましいなどとは思わなかった。人間達は神々の強力な権能に膝をつき畏敬の念を込めて崇拝するが、結局のところ、神々も強い力を持ったこの星に存在する一種の生命体に過ぎないのだとギビルは理解した。であれば生命体らしく欲なりエゴがあり、それを求めて奔走もするし、自尊心を持っていても不思議とは思わない。

 

 そして、絶対不滅の存在ではないという事も。

 

 

 

 

「人間の王になれ、ギルガメッシュ。人間のな」

 

 突然の兄の言葉だったが、ギルガメッシュは動揺した様子は無かった。

 

「それは、神様がいなくなるから?」

 

「……やはりお前の眼から視ても結果は同じだったか」

 

 ギビルは幼い頃よりあらゆる時間軸の世界を多く観測してきたが、今から遥か未来において神々の存在は人の世界から消えているのに気付いていた。

 その原因は分かっている。人間達の文明の発展が引き金となっているのだ。

 人類の発展は自然環境の破壊を伴う。神々は自然現象の化身、その母体となる自然が開拓によって切り拓かれ、更に自然の摂理を技術的に暴いて人間達が制御できるものへと解明されていく事によって神々の存在が不要になり、消滅していったのだ。

 他の可能性の世界でも、人間の文明に付随するように神々の回りも多少の発展は見せることはあるが、神々自身で発展していくと言う概念が結局生まれずに終わっていた。

 

 そこで人間達の王となり、発展の手綱をひいて神々が存続する為の調整役として創り上げられたのが試作品のギビル、及び完成品のギルガメッシュだ。

 

 だが、ギビルは神々から与えられている役割について、王子として暮らしていく内に疑問を抱きはじめ、観測し続けてきた人の未来に大きな興味を抱きだした。

 

 それは、人類が歩みつづけて行った文明の歴史。

 多くの可能性の中に、更に時間を進ませていけば、人間達はこの星を飛び出し別の星々にまで進出しては其処に根付き、文明を広げていった未来まであるではないか。

 

 何という力なのだろう。人間は、神々の出来なかった事を成し遂げうる力を持っているのだ。

 数々の困難に見舞われながらも抗い、歩み続ける力。神々と人類を分けたものがあるとすれば、間違いなくこれなのだろう。 

 だから人類は、この星の文明を滅ぼしかけたあの遊星の巨人を打ち倒す事が出来たのかもしれない。あれだけ自分達の力を絶対と信じて疑わず、挙句の果てには命乞いをしたどこぞの神々とは違って。

 だからこそ、その有様に素晴らしさを感じた。人類が歴史と共に刻んで来た、もしくはこれから刻んでいく悲劇、幸福、それらを総括して人間に愛しさすら抱きたくなる。

 

 であるのならば、この星に必要なのは天の楔では無く、人という種の――。

 

 

 

 

「僕が王になったら、兄上は僕と一緒にいてくれる?」

 

 どこか遠い目をしていたギビルに、ギルガメッシュが問いかける。

 言葉そのままの意味ではあるまい。ギビルも理解していた。

 

「弟に任せたまま傍観者でいるつもりはないさ。私も手伝うよ」

 

 その答えに、ギルガメッシュは年不相応な苦笑いを浮かべていた。照れ笑いのようにも見えた。

 

 明確な答えこそ言葉で返ってこなかったが、それが答えだった。




ぎるがめっしゅ6さい、宇宙の理をちょっと見せられる(ゲ○ター線を照射
本来なら生まれた時既に結論をくだせる位の知性があったみたいですが、主人公からの反省を振り返って精神構造に修正が入ってます。
原作の英雄王は生まれた時からある程度覚醒していたみたいですしね。なので遅いか早いかの違い位かもしれません。
あと、さらりと流してしまいましたが、王位につきましてはルガルバンダとギルガメッシュの間にドゥムジが本来いるのですが、本作では端折りました。


主人公のヘアスタイルイメージは狼狽えるな小僧どもで有名なあの羊の御方です。流石に麻呂眉ではありませんけど。

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