かくしてギルガメッシュはウルクの王位を継ぎ、ギビルはその側で弟の王政を支える形を取ってウルクの統治が始まった。
ギルガメッシュが幼年期の頃は人に対して誠実であろうと努めていた事もあり、それが政治の方針にも繋がって善政を敷いていた。
これに国の民は喜び、我が国の王は地上でもっとも理想の王であるともてはやした。
国内の政策について、ギビルが未来の技術を事細かく観測出来るので、それを利用して今の時代に調整して普及させると言う方法もあったが、それは早々に兄弟二人の判断で却下された。
あれらは未来の人類が試行錯誤して築き上げてきたもの。このまま順当に人類が繁栄していけば、遅いか早いかの問題でそれらの技術は生み出される。それに、今と未来の人間達の頑張りを馬鹿にしているようにも解釈出来てしまった。ウルクの民が独自に開発したのならば喜んで受け入れるが、此方から文明の知恵を授けるような事は止めよう。彼らの脚を鈍らせかねない。
自分達は今のウルクを生きている、ならば今の時代の国作りをしていけばいい。そういう結論に至ったのだ。
兄弟間でそういう答えへと行き着くにあたって、年月と共に国の法にも少しずつ変化を加えて行った。
人類の良さとは発展力、成長力だ。その根幹にあるものは、自身の悪環境を改善しようとする欲望や抗いの精神だ。
その良さを殺さずに活かすためには、民に程々の抑制を与える必要がある。民を甘やかすだけでは、その環境に甘んじて成長しようとしなくなってしまう。
今の時代だけで見れば善政である事は悪くはない。だが、その次に繋げるには? 遠い未来で築かれる文明の一歩とするためには? そんな大きく俯瞰的な視野のもとに今の民に対する王政は考えられた。
ギルガメッシュは暴君による圧政を選択肢の一つに据えていた。
自分達は人間達に深く関わってはならない。ならば多くの人間に嫌われる王である事こそが最終的には彼らの成長を促す要因になるのではないのかと。
ギビルもそれには一定の理解をもったが、敢えて異議を唱えた。
逆境だけが人を育てるのではあるまい。民の堕落を肯定するつもりは毛頭ないが、対価を与えるのもまた成長の助けになる。
議論に議論を重ねた結果、法を改め、厳しくする所は冷徹なまでに締め、許容性が求められる所では寛仁な態度を示したりして緩急を付けて行った。
予想した通り、当初はこの政策の変更に民達の中から困惑の声が上がった。
税金の引き上げ、罰則内容の追加等、あれだけの仁君ぶりから少しずつ厳しい法が施されはじめ、まさか王が暴君になる兆しかと不安を抱いたのだ。
しかし、結局それは民達の杞憂に終わった。
確かに今までよりも厳しくはなったが、それでも全体的な民の生活水準などが著しく落ちた訳では無かった。働いた分だけ公平に賃金等は貰えているのでむしろ上がったと言えよう。
それに先代や先々代の統治が悪かったとは言わないが、昔の頃と比べれば大分暮らしやすくなっているという昔のウルクを知る老人達の述懐が民達の王政への理解を後押ししていた。
そういう経緯の結果、ギルガメッシュの執り行った統治は善政の境界線を超えない範囲の状態を保ち続けながらウルクは国として発展していく事となる。
そして時が経ち、ギルガメッシュも幼年期から少年期へ、そして青年期に入った頃の事である。
此処は植物や岩も見当たらない乾いた大地が広がる荒野の只中。
照りつける太陽と青空が見守る中で、二人の男が戦いを繰り広げていた。
一人はウルクの頂点に君臨するギルガメッシュ。
成人の儀を済ませた頃には既に幼さが抜けきり、今では誰もが見惚れる至高の美を体現する男として完成していた。
戦いの場という事もあって動きやすさを優先した衣装は腰下以外は裸体の状態で、神々が作り上げた美体を惜しむ事なくさらけ出している。
幼い頃に比べて伸びた黄金の髪は前髪の一部を除いて軽く上げ、鋭い猛禽の様な眼差しは敵対している相手の一挙手一投足を見逃さぬと言わんばかりに睨みつけていた。
対するはギルガメッシュの実兄、ウルクでは弟ギルガメッシュの執政の補佐を努めているギビル。
ギビルもまたギルガメッシュと同様に上半身は裸体の有様だが、ギルガメッシュより頭一つ背丈が高く、その身長に見合った筋肉の厚みが釣り合わせている。
腰まで達した獅子の鬣の如き黄金の長髪は、ギビルが動くたびに荒々しく逆巻き、見るものにはさながら獣が舞っているかのように幻視させるだろう。
そして本来あるはずの真紅の瞳を携えた眼は、何故か両方閉じられていた。
「どうしたギルガメッシュ、それでは当たってはやれんぞ」
「抜かせ!」
兄の挑発に声を荒げる弟は両手に持つ剣を操り風を切り裂く剣閃を、更には蹴り等の肉弾戦をも加えた打撃を混ぜ合わせた連撃を見舞っていく。
刃を潰しているわけでもない、力を抑えているわけでもない。間違いなく生物を殺傷せしめるためにのみ作られた剣と人体を破壊するために力を込められた四肢は、並の人間では視認する事すら叶わぬ領域にまで加速して、人体の急所目がけて的確に振るわれた。
それを兄は事もなげに躱していく。目をつぶったままだと言うのに、あたかもその軌跡が見えているかのように最低限の動作で避け続けていた。
「“視野”をもっと広げてみろ、お前の眼は更に先が視える筈だ」
「言われなくとも!」
霞でも相手にしているかのように手ごたえの感じられない事にギルガメッシュは舌打ちをする。
ギルガメッシュはこの兄と戦い始めてからずっと、未来を見通す千里眼で兄の挙動を全て注視していた。
相手の動き、あらゆる勝ち筋、それらを全て視て、観測して、自身の動きに最適化させている。
だが、それでも当たらない。掠る事すら叶わない。
ギルガメッシュが見通している筈の先よりも更に先から全てを見透かしてくる様な、全貌の見えない未知の感触がギルガメッシュの前に立ちはだかっているのだ。
「隙が出来ている」
「ぐほっ!?」
連続で繰り出される攻撃の中に隙を見出したギビルが一歩踏み込み、腕を攻撃の合間へ滑り込むようにして掻い潜らせ、その胸板目がけて掌底を叩き込んだ。
直撃を受けたギルガメッシュは後方遠くへ吹き飛ばされる。するとそれを見計らった様に次の瞬間、ギビルの周囲に黄金の波紋が幾つも浮かんだ。
その数にして数百。全方位を隙間なく囲むように現れた波紋の中から視認できない速度で何かが射出される。
それは大量の武器だ。剣、槍、斧とありとあらゆる、そして一つ一つが一級品にして膨大な力を秘めたそれが全ての波紋から一斉に放たれたのだ。
これらは全てギルガメッシュが王として貯蔵していた財宝の数々。それをあの黄金の波紋を介して空間を越え、射ち込んでいるのだ。
ギビルは飛来する武器の群を残像が残るほどの速度を出しながら空間を跳ねるように動いて回避していくが、躱された武器はその射線先に展開されてあった波紋の中へ入り込み、また別の波紋から飛び出して再びギビルへ襲い掛かる。
撃ち出された武器同士の接触は無い。ある物は時間差によって、ある物は射出角度によって、全てギビルを狙い撃つためにギルガメッシュの緻密な操作によって組まれた武器の流星群は圧倒的に暴力的であったが、同時に心奪われるほどに芸術的ですらあった
弾幕の空間が少しずつ追い詰めてきている事をギビルは感じるが、その顔に焦りはない。閉じた瞼はそのままに、口元には小さく笑みが浮かんでいた。
「……蔵の使い方が上手くなったな」
事実、ギビルの動きを捉えるために編み出したこの蔵を攻撃に転用する方法も、当初は子供の癇癪の様にまき散らすというお粗末な有様だった。中身の詰まった壺をひっくり返すのなら子供でも出来るぞとその無駄遣いを指摘され、ギルガメッシュなりに考えた結果、今では見違える様に理性的な攻撃手段として構築されていた。
元々この戦いも、未だ幼かったギルガメッシュが有り余った力の吐き出し先に困り出した時にギビルが提案した事を発端としている。
最初は追いかけっこだったり取っ組み合いといった子供の遊びの真似事だった。
しかし年月が経つごとに、ギルガメッシュの精神が成熟していくにつれて内容は暴力性を帯び、片や武器を用いた闘争の形へと変化していった。
そう、これは真剣勝負であると同時に戯れだ。これは兄弟二人だけが許された
ギルガメッシュの成長がギビルの頬を微かに緩ませた。
「だが、この兄の矜持を挫くにはまだ足りないと見える」
回避行動を続けているギビルの体が黄金に輝きだした。
吹き飛ばされてから辛うじて態勢を崩さずに着地に成功していたギルガメッシュは、兄の変化に「来るか……」と武具の射出を継続したまま両手に持った双剣を構え迎撃態勢を取る。
輝きを身に纏った瞬間、ギビルの速度は今までのそれを追い抜き、光速の領域へと突入した。
その時、ギルガメッシュは自身が展開した武具による弾幕内で起きた事態に、信じられないものを目の当たりにしたかの如く眼を見開いた。
黄金の輝きが襲い掛かる武具の側面を反射しながら、遂にはその包囲網を突き破ったのだ。
いいや、反射と言うのは語弊がある。兄のギビルが“空中を高速で飛ぶ武器を足場にして跳び、弾幕内の小さな隙間を通って抜け出した”のだ。瞬きよりも早いほんの僅かな瞬間に生まれた隙間を縫うようにしてくぐり抜けていく様は、もはや超人的である。
人知を超えた絶技を以て飛び出した光が、遠くで待ち構えているギルガメッシュ目がけて更に加速。最早その様は地を駆ける黄金の流星だ。
光の速度で迫りくるギビルをギルガメッシュは眼で視れる。肉体も今なら反応が可能だ。だが。
「
ギビルの握り締めた拳が一際強く輝いた瞬間、ギルガメッシュに夥しい数の黄金の光の軌跡が襲い掛かる。
その正体は、黄金の光――
避ける事すら許されず、一撃一撃が光速にして必殺の威力を秘めたそれに、全身を余すことなく打ち据えられたギルガメッシュは光の軌道の中を跳ね回るようにして吹き飛び、その身を天空高く舞い上げた。
体中から血をまき散らしながらギルガメッシュは頭から落下してくる。
そして大地を砕きながら激突し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。その眼差しは力強く戦闘意欲が未だ旺盛である事を示していたが、瞳は虚ろで既に意識は無くなっていた。
倒れるギルガメッシュの側に、全身に拳を叩き込まれても手放さ無かった彼の双剣が追い付いて地面に突き刺さる。それは、まるで墓標の様で――。
――死なすなど兄としては言語道断なのだが。
「
天高くかざしたギビルの手から小宇宙の輝きが迸り、ギルガメッシュを包み込む。
光はギルガメッシュの肉体に生じた傷を全て癒し、同時に意識の覚醒を促した。
気が付いたギルガメッシュはむくりと上体をおこし、自身の体にべったりと残った血痕と周りの様子を一瞥して状況を把握した。
「……」
その顔に落胆は無く、怒りも無く、ある一つの事実だけが胸を占めていた。
「……ついに使ったな、
「ああ、でなければ流石に避け切れなかった……成長したな、ギルガメッシュ」
兄の返事に、弟の口元が不自然に歪んだ。
その健気にも思える向上心が、ギビルの心に培われていった兄心をくすぐった。
ギビルがギルガメッシュの頭を乱暴に撫でまわす。
「そろそろ戻るぞ、いい加減長居のし過ぎだ」
「おいやめろ、いつまで子ども扱いするつもりだ!」
ギビルが手を鬱陶しげに払い落されていると、二人のいた景色が歪みだした。
大きく歪み、再び景色が安定した時、そこは広大な部屋の中だった。ウルクの宮殿内のギルガメッシュの私室である。兄弟以外誰も入れないようにと事前に人払いをさせている。
二人のいた空間は、ギビルが小宇宙で時空間を操って道を開けた先の異空間だった。
兄弟があの荒野で戦いを始めたのは時間に換算して一週間前にもなる。
しかし空間を越えるにあたり時間軸の操作も行われ、丁度二人が異空間へ出かけた直後の時間に戻って来たのだ。
「俺は湯浴みをしてくる。兄上は?」
「私も行こう、流石に汗臭いまま公務に取り掛かる訳にもいくまい」
「お得意の小宇宙でも身を清める事は出来ないのか」
「あれにそこまでの利便性を求めはせんよ」
二人だけの場合にのみ、ギルガメッシュはギビルを兄と呼ぶ。
普段は王としての立場があるのでギビルの事は呼び捨てにしているが、それについてギビルも理解しているし、そういうものだと納得している。
「きゃああ!! ギルガメッシュ王! お体に血が!?」
「狼狽えるな、食後の運動をしただけだ」
宮中の廊下を出掛かる際、通りかかった侍女がギルガメッシュの姿を見て悲鳴を上げた。
全身から流れた血がそのままの、しかも先程の戦いでボロボロのまま王が歩いているのだから悲鳴の一つ上がって不思議ではない。
紀元前、メソポタミア地域の都市国家の一つウルク。
神と人間の血を持つギルガメッシュが王として統治するその国の発展は目覚ましく、王位を継いだ当初から比べて国土は倍以上にまで広がり、都市の外周部は高く積み上げられた城壁で囲まれ、今では地域内でも屈指の国力を持つ城塞都市国家へと成長をとげた。
そんなウルクは、今日もそれなりに平和の様である。
「ギビル様! ギビル様! 大変ですギビル様!」
湯浴みで身を清めた後、王族の衣装を着込み、大量の粘土板に囲まれながら目を瞑ったまま政務に取り掛かっているギビルの元へ、慌てた様子の兵士が駆け込んで来た。
「どうした、王がウルクから飛び出しでもしたのか?」
浴室でギルガメッシュとは別れているが、既に弟の動向を掴んでいたギビルの言葉に兵士が驚いた。
「あ、相変わらずの
一国を預かる者が、しかも昨今善政によって民達からは大層評判の賢き王が突然居なくなればその下々の者が慌てるのは必然である。
そうなるとその王の行先や今後の対策について頼れるのは王の次に決定権を持つ男ただ一人、王兄のギビルしかいない。
慌てる兵士とは対照的に、ギビルの態度は冷静だった。
「……暫くは放っておいて差し上げろ」
「よ、宜しいのですか?」
「ああ、その代わり王が不在の間に案件が出たのならば私に報告するように。そう心配せずとも少し時間はかかるが、数日もすれば王は戻ってくるさ」
まさかの放置対応に兵士も怪訝そうな表情を作ってしまったが、王が最も信頼を寄せていてかつ政務を任せても王の采配と遜色のない手腕を持つ王兄の言葉なら信頼できると納得して、その場から下がっていった。
(そう、ギルガメッシュは戻ってくる。得難い友を連れてな)
今のギルガメッシュには対等な相手が必要だ。ギビルは自分がギルガメッシュの兄や理解者になれても、友という部類になるのは難しいと理解している。
そも、ギルガメッシュ本人はギビルに兄弟としての親しさも持っているが、同時に乗り越える対象としても見ているのだ。
しかも手加減をしようものなら烈火のごとく怒り出して暫く不機嫌になる事が今なら千里眼で視ずとも想像に難くない。
この家出紛いの外出はギルガメッシュにとって大いに意味のある良い出来事だ。ならば弟が帰ってくる場所を守るのも、それを支えると誓った兄の務めである。
そうやって臣下達が日を跨ぐごとに不安を募らせながら王の帰りを待つ事数日後、ギルガメッシュが返って来た。見知らぬ人物を一人連れて。
「兄上、面白い奴を連れてきたぞ」
臣下達に己の健在を挨拶交じりに示した後、ギルガメッシュはギビルの元へやって来てぶっきらぼうだが、何処か照れた様子で連れて帰って来たもう一人の人物を紹介してきた。
白い貫頭衣で身を包んだ、男とも女とも判別の付かない中性的な人物だった。
人間界の持つ
ギビルはその顔立ちに見覚えがある。ウルクの神殿娼婦、聖娼婦シャムハトと顔のつくりがそっくりだったのだ。
そしてその正体も視た。
「ギルガメッシュの
嫌味の無い柔らかな接し方はエルキドゥの美貌と相まって、相手に好印象を与えるだろう。試作品と言う言葉も悪意が込められたものでは無く、エルキドゥの出生を考えればそういう呼称にも他意はないのだとギビルにも理解できる。
ギビルはその穏やかな挨拶に応じた。
「私はギビル、こちらこそ宜しく。視た所、アヌ神と女神アルルが生み出した者と見受けるが?」
その正体を看破したギビルに、エルキドゥはとても驚いたように眼を見開いた。そのままギルガメッシュの方へと振り向くと、弟は不敵な笑みをエルキドゥに返していた。
「……貴方は知っていたのか?」
「目利きの良さには自信があるのだ」
「……目は閉じているようだけど」
実際、ギビルは普段から常に目を閉じて過ごしていた。宮中の中の人間ですらその眼を開いたところを見た事が無いと言う者もいる程にその時期は長く、実際ギビルはこの暮らしをしてからもう10年以上は過ごしていた。流石に神殿で神への謁見を行う際は不敬にあたるので開いているのだが。
別にギビルは失明したわけでも眼球が無くなったわけでもない。ギビルの眼は至って健在だ。閉じた理由は
ギビルだけが備えるこの小宇宙は、五感の一部を遮断する事で小宇宙が高められるという特性を持つため、ギビルは視覚を閉じる事で増大させ続けていたのだ。
生活や執政にも支障は無い、もとより千里眼による万象への観測が肉眼の代役を務めていたし、昔小宇宙の鍛錬の最中に新たな未知の感覚に――数で表現するのならば二つほど目覚め、それによって小宇宙が更に爆発的に上昇し、同時に千里眼での視野が遥かに広まった。
なお、広まった視野の向こう側に赤子の時に出会って以来の某覚者の意識体らしきものを見つけ、向こうも此方を振り返って嬉しそうに微笑んできた時は、何とも言い難い気分になった。
それはさておき、こうして和やかな雰囲気で紹介されたエルキドゥだが、ギルガメッシュと出会った当初は爽やかな出会いと言うわけにはいかなかった。むしろ血みどろの闘争が繰り広げられていた。
エルキドゥの正体は、神々の王アヌと創造の女神アルルが共同で手掛けて作成した人型の粘土細工だ。
姿が聖娼シャムハトに似ていたのは、生まれて間もない頃のエルキドゥが意図せず魂が入っていなかった所為で獣の姿となって野生化していたのを製作者達が嘆き、魂と知性を教えるために二柱が遣わしたのが聖娼の彼女であり、知性を得たエルキドゥが彼女に敬意を表して姿を模した為である。
そのエルキドゥの造りだされた理由とは、“人間側にかまけているギルガメッシュ、およびギビルに対してその驕った精神を諌め、そして神々の怒りを示す”事だった。
ギビルとギルガメッシュは神々に対して敬う事を怠った事は無かった。この時代に存在する都市国家は各々が都市神を崇拝しており、御多分に漏れずウルクにも都市神は存在する。その都市神を祀る神殿を建て、神殿内では常に大人数の神官や巫女達が働いている。ウルクのもう一つの宮殿ともいえよう。捧げる食物も、度々行う神事も他の都市国家より遥かに上等であり、ウルクの都市神は他の神々よりも質の良い奉仕に鼻高々だと気分を良くしている。
時折起こる神々の気まぐれにも粛々と応じ、あまりにも度が過ぎるようであればその神の顔を立てつつ
しかしギビルとギルガメッシュの二人は、神々を敬う事こそするが服従は一切していなかった。
そして現在の発展目覚ましいウルクの現状も相まって、多くの神々達はこの状況を快く思っていなかった。支配者である自分達を差し置いて人間達が繁栄し、そうさせたのは傲慢であると見做したのだ。故に我らの怒りを教える必要がある、と。
だが、神々達が直接赴いてそれを言うのも神としての体面が悪い。なのでその代弁者として生み出されたのが粘土人形にして神造兵器エルキドゥなのだ。言ってしまえばある種の刺客とも言えよう。
そしてシャムハトの一件があった後、諌める相手がいるウルクを都市の外から観察している最中、ちょうど国外を出ていたギルガメッシュの前に立ちはだかり、先の要件を伝えるや否や元々イラついていたギルガメッシュは宣戦布告と判断して戦闘態勢に入り、両者は激突した。
数日に渡る死闘だった。周囲に甚大な被害をもたらしながら続いたその戦いの果て、片や所持していた蔵の財宝の大半を消費し本人も力尽き倒れ伏し、片や全身を武器に変形させて戦っていたが体積のこと如くを削り取られほぼ頭だけの状態で大地に転がる始末。
勝敗は引き分けだ。だがそれがギルガメッシュを大いに笑わせ、エルキドゥもつられて笑い合う結果となり、気が付けば意気投合して仲良くなった。というのが事の経緯である。
本来は神の怒りの代弁者として送り出されたエルキドゥだったが、本人からしてみればさほど重要な物では無く、ギルガメッシュとの邂逅にこそ大きな価値を見出したのだ。神からの指示に強制力が無かった事も理由の一つだろう。
そもそもからして設計段階から神々は指示の徹底を怠っていた様にギビルは思う。
ギビルの時は魂の段階で手が加えられていたのにエルキドゥの時は魂が入っていなかったのは、制作に携わった神々の人数の問題と計画性の無さが仇となった結果だった。
ギビルを作成した時の設計図でも残っていたのならそれを基にでもして作れたものを、そうできなかったのは結局あの時の後先を考えない勢いだけで作り上げた故の失敗だ。
一言で片づけるのなら、神々の驕りが原因だった。二人の驕りを罰するために計画したにもかかわらず、自らの驕りで失敗しているのだから皮肉以外の何物でもない。
超常の力を持ちながらも反省せず、次に生かさず、発展に結びつけようとせずに疎かになってしまっている所も、ギビルが表面上神々を敬うだけに留めている原因であった。ある意味、それが人格を持った自然現象である神々の限界なのかもしれないとも思っていた。
こうして神々の寄越してきた厄介事は転じて好事に様変わりしたわけである。
「ギルガメッシュがこうも親しげに話せる相手が出来たのは私も嬉しい。気難しい奴かもしれないが、宜しくしてやってくれ」
「おい何を勝手な事を言っている、宜しくしてやるのは俺の方なんだぞ」
「だ、そうだが?」
「ははは、二人ともよろしく」
友、と言う言葉を敢えてギビルはこの場で口にしなかった。
その言葉をエルキドゥに教え、贈るのは、ギルガメッシュであるべきだ。
自分は二人の友情が育まれるのを見守ってやればいい。
ギビルは二人の出会いを静かに祝福した。
エルキドゥの存在はウルク内ですぐに広まった。
見目の美しさもさることながら、ギルガメッシュがいつも親しげにしている事が民達の関心を強くした。
善政を敷く良き王ではあるが幼少期を過ぎてからと言うもの、王兄のギビルを除いて他人との接触を必要最低限にして遠ざけているきらいのあったあのギルガメッシュ王が、ああまで仲睦まじくするものだから、エルキドゥを容姿的に女性、それも最上級と言う言葉が頭に付くほどの美しさもあってもしやギルガメッシュ王の妃候補か? とも噂される程だった。
後に神々の作った無性の存在だと知らされるや非常に残念がっていたが、それでもギルガメッシュに仲の良い相手が出来た事を民達も喜び、エルキドゥの存在は概ね好意的に受け止められていた。
最も変化が起きたのはギルガメッシュの生活だろう。
最初こそウルク内や都市外近辺を二人で出かける姿が頻繁に見られていたのだが、ウルクでの暮らしにエルキドゥが少し飽きが入り始めたのをギルガメッシュは目敏く察してある事を思いついたのだ。
遠い地に点在すると言われている世界の秘宝を手に入れるための冒険の旅の計画。
後の世では、ギルガメッシュを主人公として綴られる叙事詩の大イベントの一つ、財宝探索の冒険の始まりであった。
幸いにも、ギルガメッシュが不在の間は決裁権を委ねられたギビルが代理として機能できるので、王が戻るまでの執政はギビルが務める事になった。
あるかどうかも判然としない財宝探索の旅に神官達は不安げだったが、ギビルもギルガメッシュも財宝の在処ついてはあたりをつけていた。
太古の時代、それこそ人類と言う種が今の形に落ち着くよりも前の時代。この星に降り立った遊星の巨人、セファールが古き神々ごと滅ぼした過去の文明、その中で今も奇跡的に残存している遺跡に眠る遺物を手に入れようとギルガメッシュは目論んでいるのだ。尚、情報元はギルガメッシュとギビルの千里眼である。
あまり細かく見過ぎると面白みがないというギルガメッシュの要望で大まかな位置しか視ていないが、存在だけはしっかり確認出来ていた。
ギビルはギルガメッシュが計画した財宝探索の旅には好意的で、むしろ楽しんでこいと背中を押した。
この旅の目的には本音と建前が色々とある。
ウルクへの建前は王の財をより彩るために。
ギルガメッシュの本音はエルキドゥとの戦いで消耗した財の補填とエルキドゥとの旅を楽しみたいから。
更にギビル自身の目的としては、ギルガメッシュに良い思い出を作って欲しいと言う狙いがあった。
王として国を善政で以て治め続けているギルガメッシュ。
その本質は人類の観測者にして裁定者。成長を続ける人類がいずれ切り拓く遥かな未来、星を越え、遠き宇宙の果てに彼らが見出した答えを見届ける者だ。その為に人間を守護する者であり、星の文明を築く者でもある。
それがギルガメッシュが自身に対して導き出した在り方だった。
だが半神半人の、人としての人生が存在する以上ギルガメッシュ個人の幸福があって然るべきであるとギビルは思う。
ギルガメッシュは王としてよく統治している。国外に出て息抜きする機会があっても良いんじゃないかと思ってしまうのは甘やかしだろうか。国土は今も豊かで、周辺国家への対応にも余裕がある。
ギルガメッシュが不在の時に一時的にギビルへ
故にギビルはギルガメッシュとエルキドゥを安心して送り出す事が出来た。
旅先での判断については聡明な二人の事だから、誤った選択はしない筈だ。
そして。
「見ろ兄上! 我が宝物庫を飾るに相応しい剣だろう! 安置されていた遺跡内で番人が機能しておったが、そこは我とエルキドゥにかかれば古臭い木偶風情などひと撫でよ!」
「ふふん、今度のは一味違うぞ? なんと傷付けた者の治癒を妨げる鎌だ!」
「これを手に入れた旅は中々に痛快だったぞ? 竜を殺す事に特化した剣だ! 旅の方はちと長くなるので後でじっくり話してやるが、兄上も来ればよかったものをなぁ!」
「フハハハハ! こんな珍品などそうはあるまい、乗り手を空へ誘う御座よ! 我が威光もついに大空へと飛び立つときが来たようだな! 何、乗ってみたいだと? 遠慮する事は無いぞ安心しろ兄上、こいつは3人乗った所で問題はない! 空飛ぶ王の雄姿を特等席で見せてやるわ!」
財宝を手に入れるたび、
あとでエルキドゥがこっそり教えてくれたのだが、どうもギビルに対して見栄を張りたがっているフシがあるらしい。
なのでその件についてギビルも敢えて突っ込まず、大人しくギルガメッシュの冒険譚に耳を傾ける事にのみ注力した。
ウルクの巨大な宝物庫は、ギルガメッシュ達が旅から帰ってくるたびにその空き容量を減らし、所狭しと冒険の成果物が並べられる事となった。
ギルガメッシュの王道が尊すぎて丸ごとは変えられませんでした。CCCを見てしまうと……。
ギルガメッシュの蔵の財宝(冒険で手に入れた財宝)=大昔にセファールが滅ぼした文明の遺産? という解釈にしてみました。
辛うじて現存している文明の残滓になった遺跡から発掘する過程で、遺跡の守護者や過去の文明が生み出した生物兵器なんかが行く手を阻んだりしてくるのを攻略して財宝を手に入れたら冒険っぽいかなと。
あとギルガメッシュの技量が色々と上がりました。将来的に蔵の使い方がトンチキな事に。
天の鎖が追加されると用途幅の広がって隙がありません。
主人公が口にした技名はシュメール語版の黄道十二星座の名前がベースです。
技名と言うより大分類の項目名を口にしている様な感じですが。