この大地に黄金の星が輝くとき   作:そよ風ミキサー

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7.人よ、神の手より旅立たん事を願う

――ギビルは目障りだ! 此度はあの泥人形を処分する事にしたが、奴も早々に廃棄する必要がある!

 

 

 天界の神々は地上で起きた一連の光景を見て想定外の事態に驚愕と一抹の恐怖を抱いている中、一柱の神が事態の重さを理解していないかのように声を上げている。

 

 イシュタルの暴走を端に発した天の双牛の地上への解放。

 多くの神々がイシュタルの暴挙に反対して止めようとしたが、それはある神の横槍によってその行為は強引に容認された。

 

 嵐や力を司る神、エンリル。メソポタミアの神々の中で、王のアヌ神ですら及ばぬほどの力を持つ神であり、影の最高権力者とも言われている存在だ。

 その性格は後先を考えない激情家にして横暴で傲慢。大昔より破壊と破滅を以て人類にその権能を振りかざしてきた暴君の如き神格である。

 

 元よりエンリルは人類と言う種に対して否定派で、不要な存在だと声高らかに周りの神々に自ら言い散らして回っている程で、侮蔑すらしている。

 なのでギビルとギルガメッシュの設計に対しても全面的に否定派を貫き、最終的にそれが可決された事を今でも恨みがましく思っていた。

 そもそもの話、エンリルは人類の成長する力を信じておらず、所詮は我らに劣る下等生物の浅知恵程度にしか見做していない。

 故にそんな種族と神との間を繋ごうとするアヌや他の神々の考えが全く理解出来なかった。

 

 ヤキモキしながら見つめる中、二人は徐々に人間寄りの行動をする様になり、エンリルが自ら森の番人を任せていたフワワを殺しただけに飽き足らず、イシュタルの求婚騒動における明確な神への拒絶。この惨憺たる有様にエンリルは激昂した。

 

 ほら見た事か、だから人間なぞに肩入れするからこうなるのだ!

 神々の恩恵なしでは生きて行け無い筈なのに、分をわきまえずに人間達は版図を広げ、自然を食い潰しながらのうのうと生き永らえている。これを傲慢と言わずして何だと言うのだ。

 他の神々が四苦八苦していく有様を嘆き、これ以上奴らを野放しには出来ないと周りの神々の静止を力づくで黙らせて、遂にエンリルは動き出した。そこで利用したのがイシュタルの暴走である。

 父であるアヌ神へ恫喝まがいに天の双牛の地上への開放を強請っている所へエンリルも便乗し、エンリル自身も力を見せつけ事と次第によれば碌な判断も取れない軟弱な王をその玉座から引き摺り下ろしても良いのだぞと脅し付けたのだ。

 そうなってしまえば天界と地上を天秤にかけるなど考えもつかなかったアヌ神は早々に要求を飲み、天の双牛を地へ降ろしてしまった。

 

 だが、そこからエンリルの目算は大きく外れる。

 天の双牛が生み出す自然現象の全てはウルクへ干渉する前にはじき返され、肝心の双牛達もギビルとギルガメッシュに討ち取られてしまったのだ。

 しかもギビルに至っては殆ど瞬殺に近い、星の大気圏を突破する程に伸びた光の柱が双牛の片割れを飲み込んだときなどエンリルがぽかんと呆気にとられてしまった。

 

 

 

――あんなものを作ったのは誰だぁっ!!

 

 エンリルは全身から権能の一つでもある怒りの嵐を巻き起こしながら当時の設計者達へ次々に問い質す。逃げようものなら殺してやると言わんばかりの殺気を放って神々の動きを止めながら。

 

――何故あんな過剰な性能を半神風情に与えた! シャマシュ、貴様か!? ニヌルタ、死にたくなければ素直に吐け! ネルガル、儂の眼を見ろ! アヌよ、貴様が陣頭指揮を執ったのだろうさっさと答えろ! ……何、誰も知らんだと? ……おいおい貴様らそれでも神のつもりか? 長生きしすぎておつむの中身はお空の彼方に飛んで行ってしまったのかね? ……捻り潰すぞこの馬鹿共! 自分の作ったものくらい把握しておけ基本だろうが役立たずの愚図めがッ!!

 

 怒り狂いながらも吐き出したエンリルの言葉は思いの外正論だったため、誰もが口を閉じてしまった。

 そんなエンリルに怯えながら、ギビルを設計した神々は当時の事を必死に思い返してみるが、何故あのような力を持っているのか全く分からなかった。まるで“本来作れないものを作り上げてしまった”かのように。

 

 

 そうして現在、まず先にエルキドゥに死の呪いを送ったのがエンリルであり、いずれはあの異常な戦闘力を持つギビルも殺すべきだと他の神々に訴えていた。

 強引ではあったが、神々もその提案には前向きだった。あれ程の力、とてもではないが我が身をいつ脅かすのか分かったものでは無い。ギルガメッシュ達が自分達から明確に離反を表明した今だからこそその危機感はなお強まっていく。

 それにあの神獣を一瞬で消し去る恐るべき力を目にすると、神々は記憶の奥底に追いやっていた忌々しい過去が否が応にも浮かび上がってくるのだ。

 あの太古の昔、自分達神々が大地の支配者として真に謳歌していた頃、天空より降り立った異星の巨神セファールが自分達を蹂躙し、滅亡寸前にまで追い詰めてきた忌々しいあの力。ギビルのそれが別物だとしても、あれほど圧倒する力を見せつけらると、その時の光景と重なってしまうのだ。

 

 エンリルも傲慢で短慮ではあるが当時の巨神との戦いから生き延びた一柱だ。居丈高に振る舞っているその奥底では、過去に脅かしてきた存在への恐怖が確かに存在し、長く支配し続けていた結果増大したプライドがそれを認めたくないがためにエンリル自身を更に傲慢にさせている。

 その傲慢さがギビルの存在を認めない。自分達こそがこの星で最優、あのような存在があってはならないのだと。

 

 エルキドゥが死んだ後は警告を送り、あの欠陥品(ギビル)をさっさと始末してくれる。

 その後はギルガメッシュ、そして人類だ。どいつもこいつも、儂の思い通りにならない地上の生物など、否、天界で死に損なった神々(無能共)もこれを機に葬ってくれる。

 全てを消した後に都合の良い生物を作り直せばいい。実に簡単な理屈だ、何故この答えに他の奴らは行き着かなかったのだ。やはりこいつらでは、アヌでは今後の世界を支配する者には相応しくない。そうとも儂こそが、この世界の支配者となるに相応しいのだ。

 

 ひた隠しにしていた恐怖を塗り潰そうとして傲慢を呼び、肥大してエゴを生み出し、神としての責務では無く己の支配者としての我欲の捌け口を求める理論がエンリルの脳内を占めて行く。本人の気性の荒さと昨今の思うようにいかない天地全てに対する不満が一気に弾けたのだ。

 

 

 しかし、既にもう手遅れだった。

 エンリルに限らず、この天界に住む全ての神々がである。

 

 

 

 

 

 突如、神々が集まっていた天界の一角の様子が変化する。

 見慣れた天界の風景が歪み、徐々に激しく湾曲していく。

 次第に歪みが治まると、そこは全く別の世界に激変していた。

 

 

 

――な、何だここは!?

 

 狼狽えたどこぞの神が口にする。

 神々がいるそこは星の領域を超えた先の暗黒が広がる無の世界、宇宙と呼ばれる場所に酷似していた。

 いくつもの星々が煌めいているが、その実体は宇宙に酷似した異次元空間。

 神々は、何者かによってこの空間に引きずり込まれてしまったのだ。

 

 

 住み慣れていた惑星の次元とは全く異なるこの亜空の世界は、神々に驚く余裕すら与えなかった。

 空間が完全に形成される最中に、虚空から無数の黄金の鎖が恐るべき速さで飛び出し、その空間内にいる全ての神々に襲い掛かって来たのだ。

 鎖が神々の四肢に巻き付き、その身を縛り上げる。大人しく捕まるつもりのない神々は権能やあらゆる力を行使して抵抗を試みたが、権能は発揮されず、抗う度に鎖が強く体に食い込んで神々から口々に悲鳴が上がりだした。それはアヌであろうと、エンリルであろうと例外では無い。

 

 

 神々の悲鳴が木霊する阿鼻叫喚地獄と化したその空間に、更に変化が起きる。

 空間の一角に切れ目が走り、広がるとそこから一人の男が現れたのだ。

 

 白い外套を羽織り、黄金の鬣の如き長髪を腰まで伸ばし、人に非ざる美貌を持った半神半人のその男。

 普段閉じた瞼は開かれて、神性を表す真紅の瞳が鋭い眼差しを以て神々を見つめている。

 男の名はギビル、神々がギルガメッシュより前に生み出した天の楔の試作品だった。

 

 ギビルの登場に、最初に口を開いたのはエンリルだった。

 引き千切ろうと暴れた結果、逆に引き千切られる寸前にまで圧搾されていても尚留まる事のない怒りを顕わにしていた。

 

――ギビル……これは貴様の仕業か! 貴様何をしているのか分かっているのか!?

 

「勿論です。――あなた方の御命は、このギビルが頂戴仕る」

 

 その言葉にエンリルや他の神々が声を上げるより先に、ギビルは問答無用で動いた。

 

 

巨蟹の星(アルトゥ)よッ!!」

 

 ギビルが人差し指を伸ばした片腕を頭上に掲げ、小宇宙を最大限にまで燃焼させて発動させると、神々の肉体に異変が生じる。

 

 神々の肉体からエネルギーの塊が――魂が引きずり出されたのだ。魂は肉体から抜け、頭上高く昇り始める。

 剥き出しの魂は何も語らない。神霊なだけあり強い輝きを放っているが、こうなってしまえばもはや抗う手段は無い。

 

「魂魄よ、爆砕して粉微塵と化せ」

 

 ギビルの声と共に、抜き取られた神々の魂が一斉に大爆発を起こした。

 長い間生きた神霊の魂は大自然のエネルギーの塊、それらを一気に爆発させれば膨大な勢いで以てまわりのもの全てを吹き飛ばす。

 魂が剥ぎ取られた神々の肉体は強靭な作りをしているにもかかわらず、その爆発の衝撃で全てが粉々に砕け飛び、神々を構築していたエネルギーだけがその場に漂い流れている。

 

 神々の死、星で最も優れた超常の存在である筈の者達がいとも容易く身魂悉く破壊し尽くされて、完全に消滅してしまった瞬間であった。

 

 

 

――お、おぉ……おおおおお……。

 

 爆発の中で未だ健在な神が数柱いた。

 メソポタミアの神々の王アヌと女神アルル、そしてギビルとギルガメッシュの肉親でもあるニンスンに、今回の騒動の引き金を引いたイシュタルの四柱である。

 イシュタルは黄金の鎖で雁字搦めにされた状態のまま他の三柱より離れた所に転がされていて、表情を読み取る事が出来ていない。

 

 彼らは狙い零しではない、敢えてギビルが生かしたのだ。

 

 爆砕した他の神々の残骸が大自然のエネルギーとなって亞空間を漂う中、自分達の元へと近づいてくるギビルに生き残ったアヌと二柱の女神は未だ嘗てない恐怖に慄いた。

 神々がギビルを見る目はもはや半神半人でも、人ですら無い。別次元の怪物を見る眼差しだった。

 

 

――お前は……お前は、何なのだ?

 

 鎖で縛められながらアヌは理解の及ばぬ存在へ問いかける。

 

「私を創造なされたのはあなた方神々であったと記憶しておりますが」

 

――違う! 我らはお前のような恐ろしいものを作った覚えなど無い! これでは、これではまるで――

 

 アヌの脳裏へ焼き付くほどに浮かび上がるのは、かつてこの星を壊滅寸前にまで追いやった、虚空より来た破壊の化身。

 それまでは恐れる者無しと我が物顔で大地を自由に支配していた自分達は、突然現れたそれによって虫けらの如く踏み(にじ)られた事でとうとうプライドを投げ打って命乞いをし、何とか見逃されて地上の支配者として返り咲いていた。

 

 それだと言うのに、何だこれは。

 

 我ら神々は、永久の繁栄を約束するためにギルガメッシュを、その前段階として試作品のギビルを作り上げたと言うのに、奴らは此方の思惑を無視して逆らい、試作品は我々神々を塵芥の如く殺してしまった。

 

 どこで間違えた、一体何がいけなかったと言うのだ。我々は、何処で失敗を犯していたのだ。

 

 ……いや、そもそもここに至るまでの過程で疑念は幾つもあった筈だ。止める事だって可能であったにもかかわらず。

 

 我々は既に知っていた筈だ。

 

 あの試作品が幼い頃より発現させた恐るべき異能の力を。

 

 生まれた当初から見せた高すぎる知性を。

 

 だと言うのに何故だ。

 

 何故我らはそれに気が付けなかった? 見過ごしていたのだ?

 

 “あまりにも都合が良すぎる” のだ。まるで何者かの意図した題目に踊らされている様な――

 

 アヌはそこまで考えが及ぶとハッと何かに気が付き、徐々にその顔が焦燥に駆られていき、最期には発狂寸前にまで顔が歪んだ。

 

 

 

 

 

「……お気づきになられましたか」

 

 ギビルは既にその答えを知っている。生まれたときは気付かなかったが、成長していくにつれて視野が際限なく広がっていく千里眼がついにその一切を見通したのだ。

 

 アヌは、そして聡明な二柱の女神達も気付いてしまった。女神達もまたアヌと同じような恐るべき真実を垣間見た事で狂気に呑まれかけていた。

 アヌが信じられないと、狂乱気味に声を荒げる。

 

 

――星だと言うのか!? 星が我らにお前を作らせたのか!? 明確な意思を持たない、“あれ”が!?

 

 

 星とは、すなわち宇宙に点在する命そのもの。多くの命を内包した巨大なそれにも、無意識的な意志が宿っている。

 

 星はかつてわが身に起きた事態により、常に恐怖に苛まれていた。

 遥か昔、天の川銀河より飛来した恐るべき捕食遊星、それが送り出してきた尖兵たる破壊の巨神により、一度地上の文明も神々も、他の天体よりやって来た者も含めて全てが滅ぼされてしまった記憶は今でも忘れる事が出来ない。

 これにより星にとっての恐怖とは、他の惑星から来た敵性存在による文明ないしは星そのものがもたらす破壊と本能的に定義づけられていた。

 その巨神は辛くも地球にいた生命が打ち倒したが、それでも被った被害は甚大な物だった。

 

 今回は良かった。だが次はどうする? あの脅威に勝てるのか? そんな保証はどこにもない。

 

 恐ろしい、あの捕食者が、巨神セファールが、恐ろしくてたまらない。

 

 だから星は考えた、ならば作ればいい。内部(惑星内)にも、外部(惑星外)にも力の及ぶ強力な存在を。自分(地球)を守ってくれる、そんな存在を。

 

 その時着目したのが、当時の生き残りだったメソポタミアの神々が計画していた神と人類の繋ぎ手、その試作品だった。

 神とは星の自然現象より生まれた存在故に、干渉するには都合が良かった。

 

 そして試作品を設計する神々へ星は介入した。

 神々が本来想定していた性能を遥かに上回る力を、試作品にあらん限りつぎ込んでいく。

 星は力を惜しまない。そうまで突き動かすのは(ひとえ)に飛来した敵性生物、巨神セファールに対する過剰なまでの恐怖が後押ししたのだ。

 

 そしてそれは製作者の思惑を越えて産声を上げた。

 幼い頃から神々の悪干渉が及ばないように星が直々に干渉し、その成長を促しながら。

 

 星の生み出した狂気と執念の傑作。星の理や防衛機構にも縛られない人の形をした究極の切り札。

 星と霊長の守り手にして、虚空より来たる侵略者を撃退するために鋳造された者。

 

 

 

 対異星生命体撃滅用星造生体兵器。

 もしくはこういう呼称でも該当するであろう。

 

 アリストテレス、或は、アルテミット・ワン。

 

 

 

 

 故にアヌは恐れ慄かずにはいられない。今自分の目の前にいるモノはある意味セファールと同等の存在と言う事になるのだ。

 事実上、この怪物を抑制するものは存在しないも同然。いるとすれば現状では他天体にいるとされる同種の存在位しか太刀打ちは出来ないという事実が、自分達神々という存在の絶対性を失わせ、酷く矮小な存在へと落としてしまうのだ。

 

 

 最早何をやっても手遅れと悟り、抵抗の意思を失ったアヌは、それでもギビルへ訊ねずにはいられなかった。

 

――何故、人間達に味方する。

 

 アヌはついぞ理解する事が出来なかった。あの二人が、どうして自分達に反旗を翻したのか。

 ギビルは静かに理由を告げた。

 

「彼らは、貴方がた神々が持とうとしなかった力を秘めています。困難を乗り越えようと抗い、世界すら変え得る程の貪欲なまでに成長しようとする力。私達は、彼らの持つそれに無限の可能性を視たのです」

 

 神々からすれば短命で不完全なか弱き命。

 しかし、だからこそ彼らは自分達の置かれている環境をより良くしようと知恵を働かせ、心に炎を灯して力の限り道を切り拓いて文明を発展させていけるのだ。足りないものを埋めるように、より高次に至るために。

 その有様にギビルは、彼ら兄弟は掛け替えのない価値を見出した。いっそ、美しく尊いとまで思ってしまうほどに。

 故に彼らが踏み出すための道を作り、行く末を見守りたいと決意したのだ。

 

 アヌはギビルの言葉に顔を顰めた。

 

――その為に我ら神々を、皆を殺したのか? そのような、醜い欲望の為に……

 

「醜いと仰るか。そもそも、生命が生きるために他の命を淘汰して糧とするのは至極真っ当な(ことわり)、そうやってこの星の生命達は命を繋いできたのでしょうに。それを醜いと評するのは、生まれながらに全てを持っていた貴方がた神々の傲慢ではありませんか」

 

 神々の中には人類が発展する有様を認めている者も確かにいる。

 しかしそれは自分達神々の繁栄の糧として見ている側面が強く、自然を切り拓いて発展しつづけて行く有様には否定的であった。

 全てを持ち得るが故に明確な向上心を持たず、世界の秩序を保つ事に邁進し続けた神々の姿は二人からすれば革新と言う可能性を否定する存在。醜悪とまでは呼ぶまいが、もどかしさと嫌悪を抱く対象ではあった。

 いずれにせよ、遥かな時代から現代にいたるまでその姿勢を変えようとしなかった神々はギビルとギルガメッシュとは相容れる事は無い。

 

 

――……何を考えている。人間達はその為にこの星を無作為に食い潰しかねない危険性をも孕んでいるのだぞ、それを理解しておらぬお前達ではない筈だ。

 

「人類が必ずしも星を死に追いやる訳ではありませんが……もしそうなるのであればそれも宜しいでしょう」

 

 ギビルの思わぬ発言に、アヌは鎖で縛られている事も構わずに眼を見開いて叫んだ。

 

――ば、馬鹿な、正気か!? よりによって、お前がそれを肯定すると言うのか!? 星の意思で生み出されたお前が、自身の生まれた星の消滅を受け入れるのか!

 

 その口調は、いっそ糾弾と表現しても良かった。

 だが、ギビルはその非難に動じなかった。

 

「私は星の走狗になった覚えは断じてありません。私は自らの意思で人類の行く末を見守ると決めたのです」

 

 星に災厄が、霊長が絶滅に瀕する程の脅威が降りかかるのならば躊躇わず力を奮おう。

 だが、抑止力に加担するつもりは無い。あくまで自分の力は、星が、否、人類が抗えない程の強大な害意に晒された時に力を貸そう。

 もしもそれを阻む者がいるのであれば、例え神霊であろうと、星の意思であろうと許しはしない。

 これは、ある種の宣戦布告に近かった。

 

「もし人類がこの星を不要とするのであれば、それは子が親の手から離れ、独り立ちの時期が訪れたという事。ならば私達はそれを祝福して見送ります」

 

 人類の未来にはいくつもの分岐が無数に広がっている。その道をどのように辿るのかは、人間達自身が選択する事だ。

 例え道半ばで滅びに進もうとも、それを最後まで見届けるのもまた自分達の役目である。

 

 

 そこまでギビルが話すと、アヌは俯いて何も言わなくなった。もはや何を言った所で意味が無いと悟ったのだ。

 

 ギビルがこの神達を生かしたのにはいくつか理由があった。

 

 アヌとアルルにはギルガメッシュの朋友エルキドゥを作ってくれた幾ばくかの礼がある。

 ニンスンには思惑があったにせよ、ギルガメッシュと共に自身を産んでくれた事と一応の肉親としての情があった。

 それにこの三柱の人類に対する姿勢は、神々の中でも特に穏健派に部類される神格達だ。

 そういった要因で彼らをギビルは生かす事にした。そうでなければ、あの時エンリル達と共に魂ごと木端微塵に始末していた。

 

 

 これで粗方の神々への対処が済んだ。

 ギビルは最後に残した仕事を片付ける事にした。

 

 ギビルはアヌ達のもとを離れると、彼らから離れた場所で拘束されている女神の元へと向かった。

 

 先程までギビル達が会話をしている間、一度たりとも口を開かなかった女神イシュタルだ。

 

 ギビルが近付くのに気付くと、俯いていた顔を上げ、怒りと悲しみがない交ぜになった眼差しで睨みつけてきた。

 有り余る感情を優先するあまり、イシュタルは現状への理解を拒絶してしまっていた。

 

 イシュタルはあらん限りの呪詛を吐き散らした。

 

――私は愛したかった……愛されたかっただけなのに!

 

 その愛が此度の事態を招いた事すら今の女神は理解してはいない。

 偏に愛を求めすぎたが為に。

 

――どうすれば良かったのよぉっ!

 

 どうにもならなかったのだ。

 神を上回る巨大な力が書いた“筋書き”はそうなっているのだから。

 

 とうとう泣き叫び出したイシュタルの姿に、ギビルは少しこの女神を憐れんだ。

 なまじ他の神々よりも強い力を持ち、どの神々よりも激情家過ぎた故に、まともに諌める者がおらずに時を重ね続けてしまった事がイシュタルの未来を決定づけたのだ。

 

――教えてよお父様! どうして答えてくれないの!?

 

 アヌは何も返事を返さない。決してイシュタルの方へ顔を向けようとはしなかった。

 

――どうして!? 何で皆私の思い通りにならないの!? 私は……私はぁ――

 

 怨嗟と共にイシュタルの叫びは途絶えた。

 肉体から魂が抜き取られたのだ。

 

「さらばだ、女神イシュタルよ」

 

 ギビルは瞳を閉じ、引きはがしたイシュタルの霊魂を操り爆破する。

 膨大なエネルギーの爆発によって、今まで多くの男達を魅了した美しい肉体もその余波によって粉々となって消滅した。

 

 

 

 

 後日、メソポタミア全域に向けてアヌ神から直々に宣言がなされた。

 神々の死という事実は隠蔽され、この大地を人間達に明け渡すと神の王が誓ったのだ。

 

 

 ここより人類と神々の仲は断たれ、人類による混沌の時代が幕を開ける。

 この星に新たな歴史が刻まれようとしていた。




神々「半神半人作った筈なのにやばい奴が出来上がったなう」

一時的発狂状態の星が作ったオーバースペックの産物が主人公の正体でした。

勢いで書いてしまってアレですが、凄い設定になってしまった。
会話や話の流れとか破綻していないか心配しつつの投稿でした。

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