深淵の剣   作:足洗

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11話 勝手な話

「作りにって……アビスの中に?」

「ああ、確かそう、大だんそーだの……脂石がどうのと言っていたか」

「――――」

 

 日暮れのオース中央区。少年を西区へ、住処であるベルチェロ孤児院へ送り届けんと夜道を踏む。

 その途上、並び歩いていた少年は突如足を止め。

 

「三層じゃないか!?」

「らしいな」

「三層の一番底だぞ!? 四層の真上だ!」

「ははっ、おかしなことを言うな。三層の下はそら四層であろうや」

「そーじゃなくて!!」

 

 薄ら惚ける抜けさくに、少年は顔を赤くして怒鳴り声を上げた。

 

「危険だって言ってるんだ! 原生生物の力も環境の過酷さも一層二層とは比べ物にならないっ……そう、教本には書いてた……」

「ほう、よっく勉強しとるなぁ。感心感心」

「っ、茶化すな……!」

 

 少年の首元で鈴が鳴く。笛を提げるにはなるほど、この子はまだ幼すぎる。

 それ故の、知ったかぶりを嫌った生真面目な言い様が、なにやら小気味よかった。

 

「く、黒笛でも簡単に死んでしまうような場所なんだよ!?」

「……ああ、知ってるよ」

 

 よく知っているとも。

 なればこそ。

 

「たかが穴蔵に行ってやらぬで何が報いか」

「え……?」

「いやなに、こっちの話だ」

 

 訝る幼子に曖昧な笑みを返す。

 

「そう心配するなジルオ。さっと行ってささっと(けえ)るからよ。はははっ」

「ッッッ!」

 

 ……おっと、どうやら軽口が過ぎたらしい。

 その小さな肩口から立ち昇る怒気を気取った。

 

「ラーミナ!!」

「へい」

「死ぬかもしれないんだ!! 戻ってこられないかもしれないんだぞ!? もう、二度と……会えないかもっ、しれないのにっ……!」

「……」

 

 尻すぼみに語気は弱まり、声は()()()()。宵闇の中、少年の瞳が滲み、星屑めいた光が零れた。

 ジルオは俯き、ヘルメットの下に顔を隠す。頬から流れ落ちた雫が地面を点々と染めた。

 それは久しく味わうことのなかった感覚だった。己という、ただ自儘に己が身命を玩弄する無頼に、こんな愚物に、どうしてそこまでと。

 涙すら流して、叱り付けてくれる。

 あまりにも勿体ない。直視を躊躇う眩さの、思慮深さ。

 

「……ふ」

 

 少年の前に屈み、見上げるようにして目を合わせる。

 一瞬驚いたようにこちらを見返すジルオだったが、すぐにぷいっとそっぽを向いた。

 背けた頬に、今も流れるままの涙。それをそっと袖口で拭う。

 

「んっ……」

「ありがとうよ」

 

 幾度目か。この少年にこうして感謝を口にするのは。

 いつからか忘れた……いや、無いもののように扱い、目を背けていたものを、この子は折に触れて思い出させてくれる。喩えるなら人倫(ひとのみち)、そんな風に呼ばわる何かを。

 恥を知らねばなるまい。魂ばかり老い耄れて、そんな当然の人間性を幼子に教わるなど。

 

「くくくくくっ」

「なっ、なんだよぉ……笑うなよぉ……!」

「く、ふふふ、はははっ、すまんすまん……」

 

 少年の両頬に触れる。もちもちとしてきめ細かな肌は、己の節くれ立った手とは大違いだ。

 もはや呆れたか、それとも不可解が勝ってか。頬をこねる己を、ジルオは実に曰く言い難い表情で見下ろしてくる。

 

「お前は本当に優しい子だよ! ジルオ」

 

 戻るとも。会いに行くとも。誰あろうお前が望んでくれるなら、それを叶えぬ道理がどこにある。

 

「生きて帰ってくる。約束だ。そうだ指切りでもするか?」

「ぇ……あ、し、しないよ! ガキ扱いするな!」

「ははは!」

 

 

 

 

 

 

 エールの泡が音を立てた。きめ細かく柔い白。それが微かな破裂を繰り返しながら消えていく。

 消え去り果てる前に、がぶりとそれに食らい付き、飲み干す。

 甘味の名残も鮮やかな内に、じわりと広がる苦味が心地好い。

 旨い。

 まだ旨いと感じる。

 石の床に転がったオーク樽は一本。序の口であった。舌がまともに働いているのがその証拠。

 

「ぷっはぁ!」

 

 円卓の対面に女が座っている。そいつは自分と同じくエールを飲み干すや、ジョッキを卓上に叩き付けた。

 粗暴であった。

 瀑布のように豊かな金糸の髪、ビスク人形めいて可憐な容貌。

 

「あんぐ」

 

 大口が開かれる。牙こそ無いが、娘のそれはもはや(あぎと)だ。鉄串に刺さった槌嘴(ツチバシ)の肉を、獣のようにかじり取り、貪る。

 獰猛であった。

 

「下品だね」

「んぐん?」

 

 魚醤ダレで口の周りをべとべとに汚したライザがこちらを見る。

 

「ん、やにわに失礼だな、オーゼン」

「さて、見たままを言ったまでさ」

 

 場所はオース東区、探窟組合本部からも程近い崖沿いの酒場。アビス帰りの探窟家共がその日の稼ぎを飯と酒に代える溜まり場であり、乱痴気騒ぐ為の盛り場でもある。

 その二階席、大きな飾り窓とステンドグラスが一階広間からの無遠慮な視線を断ってくれる。かと思えば、バルコニーに続く大窓を開け放てばオースの全景を――街の灯に穿たれたアビスの虚を望める。

 店主とは旧い馴染みだった。人目を憚るなどという行儀の持ち合わせがない白笛二人が、事前に報せも寄越さずいきなり店に現れても彼は慌てず騒がずあたかも我々の来店を予期していたかのようなスマートさでこの席へと通してくれた。

 (こな)れた対応……違う違う。随分前、白笛になったばかりのライザとここを訪れた時、物見客が万と押し寄せて収拾がつかなくなったことがある。

 店主の方が()()()のだ。

 

「親仁ー! エール樽のおかわりだ! あと肉! じゃんっじゃん持ってきてくれ~!」

 

 椅子を器用に傾けながら後ろへ振り返り、ライザは階下に向かって大声を放った。

 酔っ払いの歓声に紛れて返事があった。娘はそれに満足して、オットバスのハムの最後の一切れを手掴みで口に放り込む。

 

「肉ばかり何皿も。よく飽きないもんだ」

「あんたにだけは言われたくないな。それにほら見ろ、ちゃーんとトコシエコウの実だって食べてる」

「そりゃ薬味だろ」

「オウバだってこの通り、んっ、もひゃもひゃくっへるはほ」

「それも薬味だろうに。偏食屋は探窟家には不向きだよ」

「くくくっ、私にそれを言うのか?」

「あぁ言うさ。なにせ鼻垂れの頃から何一つ変わらないんでねェ。ついつい小言が零れちまうのさ……フフフ、覚えてるかい? お前さん、四層の帰りに鼻血を啜り過ぎて幽霊根まで登った途端赤いゲロを撒き散らしたんだ、ンフッ! 断層の壁に帯が引けるくらい派手にさぁ。まったくゲロ臭いわ血生臭いわで堪ったもんじゃなかったよ。まあなかなか、傑作ではあったが……ンフフフッ」

「くっ、どうでもいいことをいつまでも……年寄臭いぞ、オーゼン!」

「そりゃそうさ。現に年だからね。クッ、フフフフフフフ」

 

 一頻り笑いものにされて娘は御立腹といった様子だ。

 その時、階下から男手二人掛かりで新たな酒樽を、そしてエプロンドレスの女給三人が両手に腕に料理を抱えてやってきた。

 それを見て取るやライザはニヤリと笑む。

 

「丁度いい。腹ごなしも済んだことだし、そろそろ飲み比べと洒落込もうじゃないか。私を虚仮にしたことを後悔させてやるぞ」

「やなこった」

「なんと。敵前逃亡とはあんたらしくもない。あぁそれとも、肝の臓を悪くしたかな? 御・老・体♪」

「安い挑発したって無駄だよ。仕事が近いんだ」

「仕事?」

 

 ライザは樽の横っ腹の栓を抜き、じゃばじゃばとジョッキにエールを注ぐ。そうしてなみなみと中身を満たされたそれをこちらへ向けて無造作に放った。

 ジョッキの取っ手を摘み、手首で勢いを殺してそのまま口に運ぶ。

 自分の分のジョッキを手にいそいそと戻ってきたライザは、椅子に飛び乗るや丸焼きにされた槌嘴の(レッグ)を引き千切り、貪った。

 

「んん~っ、どんな仕事だ?」

「『遺物を回収して上納しろ』。いつも通りの、つまらん子供(ガキ)の使いさ」

「……」

 

 杯に口付けたままライザがこちらを見る。

 不可解、と言いたげな色に瞳が移ろう。

 

「不動卿を名指しで使うからには、遺物(モノ)は一級を超えるんだろう?」

「『決して切れない糸(スタースレッド)』」

「!」

 

 今度こそ確実に、娘の目の色が変わった。驚きと好奇と、そしてなおも蟠る不可解の鈍色。

 

「特級遺物。なるほど白笛が動く案件だ。だが、あれは」

「組合の保管庫に封印してある。持ち出された、なんて話も今のところ聞こえちゃいない。組合が紛失の事実を隠蔽してるっていうなら別だが。まあ順当にいって、『二本目』ということだろうさ」

 

 特級遺物はその()()()性質上、競売の対象にならず個人所有も許されず、決して社会の表に出回ることはない。あってはならない。

 もし一度でもそれらの跳梁を許したなら、国家などという人間の脆弱な枠組みは容易く瓦解するだろう。

 それを奪い合っての紛争、戦争による絶滅ならばまだしも人がましい。ある日突然、埃を吹き払うようにして一つの国が消えてなくなる可能性すら。

 実に笑える冗談だ。

 

「どこまで潜るんだ?」

「四層の南東、剣山奥地に生える樹齢2000年弱のダイラカズラの樹皮に埋まってるそうだよ」

「……」

 

 ライザはその美しい柳眉を顰め、目を細める。

 気に入らない、とでも言いたげな面だ。

 

「臭いな」

「肉ばかり食うからさ」

「そっちじゃない。えっ? そ、そんなに臭うか……?」

「真に受けんじゃないよこの子は」

 

 腕やら襟の内側やら、やたら神経質に嗅ぎ回る娘に呆れる。

 獣の糞に塗れても平気どころか大笑いしながら他人に擦り付けようとする悪童が。一端の乙女みたいな挙を見せている。

 もしやこれは、この娘なりの自虐的ユーモアなのか。

 

「悪かったね。嗤ってやればよかった」

「何を言ってるのか分からないがあんたがまたぞろ度し難いことを考えているのだけは分かるぞ」

 

 唇を尖らせ、しかめっ面を作って視線で抗議を訴える。

 そういう態度が幼稚(ガキ)だと言うのに。

 

「臭いのはその依頼だ。階層と発見場所まで特定して人選までドンピシャだと?」

「2000年もののダイラカズラなら捕食器が三層の下部に迫る大きさだ。その幹に食い込んだ『決して切れない糸』を取り出すとなりゃ、城を建てる規模の人足か重機が要るだろう。当然、そんな数の人間も、デカ物も、深界に持ち込める訳がない。とくれば、()()()()()膂力がある誰かが行くしかあるまい」

「ふんっ。まるで、不動卿オーゼンの為に誂えたような探窟行じゃないか」

 

 鼻を鳴らし、ライザはジョッキを空にした。

 気に食わない。全身からそんな毛色の思念が発散される。実に分かりやすい。

 

「依頼主は誰だ」

「例によってベオルスカ政府からの下知さ。ただ、情報源は別口でね」

「何処かの国の探窟隊か? オースじゃないんだろう」

「新興の北の小国で……て、お前さんに言ったところでどうせ名前なんて覚える気もないだろう。要は他国からの……プッ、フフフ、“善意の”情報提供というやつさ」

 

 自分の言った言葉に自分で笑う。みっともない真似なのは承知で、しかし失笑を禁じ得ない。

 我ながらなんて心にもない言葉を口にしているのだろう。善意、善意、善意で舗装された奈落の――――罠。

 

「罠か」

「九分九厘そうだろうね」

 

 満面の笑みを刻んで、静謐した娘の顔を見る。

 しかしその瞳だけは、“静”には程遠い色を放っている。烈火か業火か、赤を超えて白熱する覇気。

 次に放たれる言葉は容易に想像がついた。

 

「私も行く」

「駄目に決まってるだろ」

「えぇ~!!」

 

 どったんばったんとライザはテーブルを叩いて揺する。子供の駄々同然に。

 

「陰険な鼠がようやく尻尾を見せてきたんだ。だのにそこへお前さんまで出張っていったら相手方は躊躇なく尻尾を巻くだろう?」

 

 この“敵”には、その程度の知恵がある。

 例の、ベルチェロの少年に対する拉致未遂。組合が捜査に動いたにも拘わらずその首謀が未だに判明していないことからも、一筋縄ではいかない手合いと見るべきだ。

 少なく見積もって探窟家同士の抗争などという小競り合いではなく、もっと上。ベオルスカ政府に正面玄関から訪問し仕事を促せる立場の……つまるところ、そういう輩。

 ならば方法は一つだ。差し出された尻尾を有り難く引っ掴み引き摺り出し頭を踏み潰す。鼠の殺し方はこれに限る。

 

「ぶー」

 

 ライザはなおも不満顔で、文字通りぶー垂れてテーブルに突っ伏した。

 留守番に残されることが面白くない、喧嘩に参加できない、不平の大半はそんなところだろう。

 けれど、どうも、それだけではなかった。

 つまらない……娘は顔も上げず、卓面を吐息で白くして呟いた。

 

「どうしてこう、つまらない諍いばかり起きるんだ。そんなつまらないことをしてる暇などないだろう。ない筈だろう。見ろ!」

 

 ライザはバルコニーを、その向こう側を指差した。

 空すら飲み込み、闇すら及ばぬ深淵、アビスを。

 

「あんなものが、未知と神秘の坩堝が、ぽっかりと口を開けてそこにあるんだぞ! 見たいし知りたいし触れたい筈だ誰しもが。私は見たい! 私は知りたい! 私は触れたい! 味もみたい!!」

「拾い食いで何度腹を下したと思ってんだい」

「探求心は止められないんだ。ましてその出会いが人生最後の機会でないとどうして言える。食い逃せようか? 否!」

「知らないよ」

 

 他国からの旅行者が持ち込んだ食い物などは特に目敏く見付けては躊躇なく口に運ぶのだ。

 この娘の、その辺りの馬鹿さ加減、もといイカレ具合は結局今日に至っても矯正できなかった。師としては悔いるべきか、それとも恥じるべきか。

 

「憧れるのは、いけないことか」

「……」

「遺物は好きだ。珍妙で不可思議でロマンがある。だがその値付けに興味はない。私が白笛になったのはアビスの深みに行く為だ。ソコに行くあんたに追い付く為だ、オーゼン。名声だの権力だの、腹の足しにもなりゃしない」

「フッ」

 

 そして、そこには燃えるような光が。

 陽の光よりも眩く、星の瞬きよりも限りない。

 あこがれにあふれた目が。

 

「……世の中、お前さんやアビスに憑かれた私ら探窟家共のような()()ばかりじゃあない。特に国教を掲げてる国からすれば、アビス信仰ほど目障りなものもないだろうねェ」

 

 人が信仰に帰依する上で必要とされる奇跡や預言といった諸々を、アビスは現実に、現物の、資源や遺物として人々の手に恩恵として現す。奇跡の真偽を疑うことを認めない宗教とは比べるべくもないほど、アビス信仰は人間に都合が良い。

 勿論、傾倒する人間ばかりではない。

 他の神を崇める宗教国家がそうであるし、思想か信条か信念かいずれかが致命的に合わない人間。アビスそのものを、あるいはアビスに心酔する者共、アビスに纏わる有様を嫌悪する人間もいる。

 

「そうだ。あの剣術使いがいい例さね」

「……」

「上手く隠しちゃいたが、探窟家って人種を毛嫌いしていた。それにあの、アビスを見る目。あの気の患い方は相当に根深いよ。次に会った時はあまり執拗(しつ)こく絡まないこった。さもないと、腹立ち紛れに斬られないとも限らないからねェ。フフフ……」

「ラーミナはそんなことしないさ」

 

 ライザは、ゆっくりと首を左右する。微笑すら浮かべて、自身の言葉に何一つの疑いも持たず。

 

「……はっきり言うじゃないか」

「はっきり信じられるからな」

「ハッ、御執心だね。たかだか一度助けられたくらいで――惚れたのかい」

 

 心にもない言葉がまた口をついた。心にもない。そう、あってたまるものか。

 ライザはきょとんとしてこちらを見詰め返す。数秒、瞬きを繰り返す間が続き。

 突如、娘は噴き出して笑い声を上げた。

 

「ぷっふふ、くふふふはははははは! 私が? ラーミナに? くくくっ、ははははははっ!」

「……」

 

 抱腹絶倒するまま、ライザは椅子の背もたれから床に倒れる。

 しかし天井を仰ぎながら、それでも娘は笑い続けた。

 エールを舐める。苦み走った味がした。

 いい加減叩き起こしてくれようかというほどに笑い倒して、ようやくライザは身を起こした。

 

「そうだなー。ま、強さは申し分ない。顔も悪くない。大きくなればいい男になるだろうなぁあいつは。ふふふふ」

「……」

「ああしかしやんぬるかな。私の好みはもっと可愛い系なんだ。あと料理が美味いとなおポイントは高いぞ」

「知らないよ」

 

 椅子には座らず、ライザはテーブルを横切ってバルコニーへ出る。月光の下に舞い出たことで、揺れ動く髪はまるで蛍火を纏うようだった。

 アビスを背にして、不意に娘は振り返る。

 

「むしろオーゼンこそどうだ。ラーミナは」

「馬鹿も休み休み言いな」

「馬鹿なもんか。私の人を見る目はなかなかの精度なんだ。あんたもきっとあいつを気に入るさ」

「フンッ、冗談じゃない」

 

 ジョッキを傾けて……既に空であることに気付き舌打ちする。

 

「なあオーゼン。賭けをしないか」

「なんだい突然」

「突然思い付いたのさ」

 

 どうして得意げに胸を張って、ライザは朗らかに笑う。

 

「もしラーミナが自分の意志でアビスに降りたなら、その時は、あんたがあいつにアビスのことを教えてやって欲しいんだ」

「ハァ? なんで私がそんなことを。自分でやればいいだろうに」

「私にはほら、ジルオがいるからな」

 

 恐ろしいほど手前勝手な。文字通り一蹴してそのバルコニーから蹴落としてやってもいいくらいだ。

 だが。

 

「……で? お前さんは何を賭けるって言うんだい」

 

 聞くだけ聞いてやる。その大それた要求に見合う条件として、この娘が一体何を差し出すつもりか。

 愚にもつかない安物を引き合いに出したなら本当に蹴りを入れてやる――なんて、こちらの内心を、さも見透かしたかのようにライザはニヤリと笑みを刻み。

 

「ジルオの着せ替え権」

「乗った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっきしっ!」

「はっくちゅん!」

 

 孤児院の裏口を目の前にして、二人分のくしゃみが辺りに響く。

 無断外出のジルオを隠密裏に部屋へ戻そうとした矢先のこと。手で口を覆いながら互いに顔を見合わせ、続いてさささと周囲を警戒する。

 幸い、院の住人に気付かれた様子はなかった。

 

「……風邪か、ジルオ」

「……ラーミナこそ」

「や、なにやら寒気がこう、ぞぞぞっとな」

「オレも、なにか来た……」

 

 えてして悪い予感は中る。

 思い知りたくもなかったが、どうやらそれが世の理であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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