深淵の剣   作:足洗

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24話 可哀想な少年

 

 

 

 

 家政婦の作業着が源流なのだという。

 なるほど、言われて見れば確かに。前掛けは汚れ仕事の為にあり、頭飾りは髪が視界の妨げにならぬようにとの配慮、スカートの裾が短いのは……己の隣で、ニタニタと粘ついた笑みを湛えるこの女の趣味だろう。

 メイド服と呼ぶそうだ。冥土、とは特に語源的な関連はないとのこと。

 着せられている当人からすれば今この時、この場こそ冥土であり生き地獄であろうが。

 

「っ、く、ふ……うぅ……!」

「なっははははははは! 可愛い! 可愛いぞジルオ! あーんもう超絶的な似合いっぷりだ!」

 

 お礼参りの惨状に組合とセレニの役人が喧々諤々の対応を強いられている最中。というか、その当日である。

 窓の外に雪のちらつく宵の口。

 借り切った酒場の広間の中央には、安っぽい小上がりの舞台が設えてある。常ならば流しの踊り子や歌い手が酔っ払いの紙捻り目当てに技巧を披露する場なのだろうが、今夜は些か趣向が異なる。

 暖色の石灯に照らし出された小柄な姿。

 丁寧に梳かされた白銀の髪が、肩口にまでしな垂れている。

 

「髪が伸びちゃいねぇか」

「ウィッグだよ」

「うい……なんだって?」

(かつら)だよ。まったく、ものを知らない男だねぇ」

「はぁ、左様で」

 

 胸元に大きな白い帯で蝶々結びが成され、その結び目を留めるように青い宝石が飾られていた。

 膝小僧どころか腿まで晒すスカートの裾を、白手袋をした小ちゃな手が必死に押さえ付けている。

 つるりとした丸っこい革靴「パンプス」オーゼン曰くぱんぷすもまた深い青。

 林檎のような赤い顔と、その冴えた彩りの装いは実に対照的だ。

 

「ジルオ! ジぃルぅオっ! こっち見ろ。見ぃてってばジルオ。ほらニッコリ笑えー。かわいい! ぎゃんわい゛い゛ぞぉ!」

 

 閃光閃光、また閃光。

 どこから調達してきたやら、ライザは仰々しい写真機を手にして矢鱈滅多に発光器を焚いた。

 引いてみたり寄ってみたり、地を這うほど下方から()()()で覗き込んだり。その動きは機敏であるがこの上なく変態的だ。

 ジルオ。哀れなるかの少年に為す術はない。

 嫌がる男児に女児向けの衣装を着せるが如きこの無体な有り様は、言わずもがなこの二人の女共の仕業に他ならない。

 

「幼子を賭けの商品扱いたぁ、下衆な遊びをしやがって」

「一々口喧しい奴だねぇ。いいじゃないか。ただ服を着せ替えてるだけ。みだりに触れてもなきゃ虐めてもない、裸で吊ってる訳でもない。実に平和なお遊びだろう?」

「それが当たりめぇなんだよすっとこどっこい。というかな、賭けに勝ったの敗けたのの末ってぇならまだしも、お前さん方結局のところ思う儘にやらかしてるじゃあねぇか」

「それこそ当然さ。私達を、誰だと思ってる?」

 

 極上のしたり顔が己を見下げる。

 まさか、まさかであるが、我ら白笛様でござい、などと宣うのではあるまいな。ありそうだ。

 

「ラーミナぁっ!」

「おぉどうどう」

 

 もはや忍耐と羞恥の限度と、ジルオはお立ち台から逃れ己の腕に縋った。

 目に涙を溜め、今にも泣きじゃくりそうだ。だというのにそんなものお構い無しにライザは写真機を手繰る。

 

「ほっほう! これはこれはなかなか背徳的な……!」

 

 無遠慮な閃光電球の焦げ臭さ。女の興奮はさながら燃焼する金属の様相で熱を上げる。

 どうしてか、ジルオが己に必死に抱き着くほどそれはより熱く、激しくなっていくようだった。なんかこわかった。

 

「鼻息が荒いんだよみっともねぇ」

「荒ぶらいでか! いい表情(かお)だぁジルオ。まるで恋する乙女が想い人と再会を果たしたようだぞぉ!」

「脳味噌の何処から引っ張ってきた設定だそりゃ」

「このライザさん怖いよぉ……!」

「そろそろ落ち着きなライザ」

 

 黒衣の女がのっそりと立ち上がる。

 思いもよらぬ事態だ。暴走する弟子を見兼ねて、遂に師匠が諌めに入ってくれたか。

 

「まだまだ着せたいのが後につかえてるんだ。ロリータメイドだけでそんなに興奮してたら持たないよ」

 

 などと期待した己は無上の愚か者であった。

 

「おっと私としたことが、私の愛弟子があんまりにも可愛くて我を忘れてしまったぞ」

「次はこの振袖とかいうのを着な。東洋の果ての島国の民族衣装だ。なかなか雅だろう? ふむん、上からフリルのエプロンを合わせても具合は良さそうだねぇ。フフフフフフ」

「えー、私は断然! こっちのバニーだ! ジルオの清楚な雰囲気とのアンバランスさが滾るだろう?」

「趣の解らない子だね。お前さんのは露骨なんだよ」

「ほっほー、趣ときたか。ならばオーゼンは淫靡なジルオを見たくないと?」

「勘違いすんじゃない。私のが先で、お前さんのは後だ」

「よかろう」

「ラーミナぁ!?」

 

 ずいずいと突き出される二つの衣装、迫る女共の覇気にジルオは悲鳴を上げた。

 それこそ縋る思いで助けを乞うてくる。潤む瞳、固く握られた指の必死さは心から労しい。

 さても、異常な熱量を発するこやつらをどのように鎮めたものか。

 

「じゃあラーミナはこのジルオが可愛くないと言うのか?」

「あぁ?」

「この、こんな、フリッフリできゅるんきゅるんなジルオが、可愛くないと、お前はそう言うのかラーミナ!?」

「んん? いや、そうは言わんが」

 

 己の腹に抱き着いた童の、上目遣いの視線が顎を擽る。

 それは一体どう答えて欲しいのだジルオよ。

 眼前、二種の衣装、猛る女共、曇る少年。

 悩み、頭を捻り、捻転して、結論。

 

「兎は勘弁してやれ」

「!?」

「「えー」」

 

 兎の耳飾りはどうでもよいが、身体を覆う布地面積の少なさ、特に股座の儚さが男児にはあまりにも酷だ。

 振袖の方がまだしも、マシだろう。

 崖っぷちで命綱を切られた探窟家のような顔をする少年に、なるたけ優しく微笑んでやる。

 

「なかなか可憐だぜ、ジルオ」

「えっ……ッ~! ぅ、うれしくないよ!!」

 

 然もありなん。赤色灯も斯くやといった泣き顔で、童の心からの叫びが木霊する。

 夜はまだまだ長そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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